このページの本文へ移動

【発言要旨】新型コロナウイルス感染症の影響への日本銀行の対応コロンビア大学・日本経済経営研究所(CJEB)主催ウェビナーにおける冒頭発言の邦訳

English

日本銀行総裁 黒田 東彦
2020年8月5日

本日は、コロンビア大学・日本経済経営研究所主催イベントにお招き頂き光栄です。最初に、私から、新型コロナウイルス感染症の影響への日本銀行の対応についてお話しします。

今年に入ってからの感染症の大流行は、世界中に深刻な影響を与えています。振り返ってみると、国際金融市場は、2月下旬以降、世界的に投資家のリスクセンチメントが悪化する中で、急速に不安定化しました。また、3月以降、各国が講じた外出制限や営業停止などの感染防止策は、経済活動を外生的に止めたため、本年前半の内外経済は大幅に落ち込みました。

こうした状況に対して、各国の政府・中央銀行は、リーマン・ショックの経験も踏まえて、迅速かつ積極的な対応を、国際的に協調して行いました。中央銀行の対応について言えば、ドルオペの拡充は国際協調の賜物です。また、今回の危機への中央銀行の対応は、具体的な内容や規模は異なりますが、次の2つの点で共通しています。第1に、貸出を支援する資金供給やCP・社債の買入れなどにより、企業等の資金繰りを支援すること、第2に、資産買入れなどにより、大規模に流動性を供給することで、金融市場の安定を図ることです。日本銀行でも、こうした観点から、3月以降、金融緩和を強化してきました。その内容は、次の「3つの柱」に整理できます。

1つ目は、企業等の資金繰り支援のための総枠約120兆円の「特別プログラム」です。これは、約20兆円を上限とするCP・社債等の買入れと、最大約100兆円規模になり得る「新型コロナ対応特別オペ」から構成されます。特別オペは、日本銀行が、金融機関の新型コロナ対応融資を有利な条件でバックファイナンスするものです。これには、政府が信用リスク等をカバーし、日本銀行が流動性を供給する形で、連携して資金繰りを支援するスキームも含まれています。

2つ目は、円貨および外貨の潤沢な供給です。円貨については、イールドカーブ・コントロールのもとで、金額に上限を設けずに、必要な金額の国債を買入れることを明確にしました。外貨についても、拡充されたドルオペにより、多額のドル資金を供給してきました。

3つ目は、ETFおよびJ-REITの積極的な買入れです。この措置は、金融市場の不安定な動きなどが、企業や家計のコンフィデンス悪化に繋がることを防止し、前向きな経済活動をサポートすることを目的としています。

金融緩和の強化に加え、金融システムの安定確保に向けた規制面での対応も行っています。国際的な合意に基づくバーゼルIII完全実施の1年延期や、資本・流動性バッファーの取崩しの奨励に加え、4月には金融庁とともにレバレッジ比率規制の緩和も公表しました。

以上の対応は、効果を発揮しています。金融市場は、依然、神経質な状況ですが、ひと頃の緊張は緩和しています。米ドル需要の高まりから拡大したドル調達コストのプレミアムも低下しています。企業の資金繰りには、なおストレスがかかっていますが、外部資金の調達環境は緩和的な状態が維持されています。金融機関の貸出態度は緩和的で、CP・社債の発行環境も、一時的に拡大した発行スプレッドが縮小するなど、良好です。こうしたもとで、銀行貸出残高は前年比6%台半ば、CP・社債残高も前年比10%を超える高い伸びとなっています。

そのうえで、先行きの日本経済の展望についてお話しします。現在も、世界的にみると感染症の拡大が収まっておらず、内外経済はきわめて厳しい状態が続いています。もっとも、多くの国が、感染拡大を抑えつつ、経済活動を徐々に再開させる取り組みを進めており、状況は多少変化しています。わが国でも、5月下旬に緊急事態宣言が解除され、その後、経済活動が段階的に再開しています。不確実性はきわめて大きいですが、内外経済は、本年後半から徐々に改善していくとみられます。ただし、感染症に対する警戒感が続くもとでは、感染防止の取り組みが経済活動を抑制し続けるため、改善のペースは緩やかなものにとどまると考えています。日本銀行の7月「展望レポート」における、わが国経済の成長率についての政策委員の大勢見通しは、2020年度に-5.7~-4.5%と大幅なマイナスとなった後、2021年度は+3.0~4.0%、2022年度は+1.3~1.6%と予想しています。こうしたもとで、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、当面、感染症や既往の原油価格下落などの影響を受けてマイナスで推移するとみられますが、その後、経済の改善などから、プラスに転じ、徐々に上昇率を高めていくと考えています。「展望レポート」の物価上昇率見通しは、2020年度が-0.6~-0.4%、2021年度が+0.2~+0.5%、2022年度が+0.5~+0.8%となっています。

もちろん、こうした見通しは、感染症の帰趨やその内外経済への影響によって変わり得るため、不透明感がきわめて強いと認識しています。公衆衛生上の厳しい措置の再導入といった事態が到来した場合には、経済活動が、再び大きく抑制される可能性があります。それに加えて、感染症によるショックの二次的影響が経済を大きく下押しするリスクにも注意が必要です。経済主体の抱える問題がliquidityからsolvencyにシフトし、金融システムへの影響を通じて実体経済への下押し圧力が強まることがないか、注意を要します。また、企業や家計の成長期待が低下し、支出スタンスが慎重化することはないか、という点も重要です。政府・日本銀行の対応もあって、現時点では、そうしたリスクは回避できるとみていますが、今後の動向には注意が必要です。

先行きの政策運営の考え方ですが、日本銀行としては、効果を発揮している「3つの柱」により、引き続き、資金繰り支援と金融市場の安定維持に努めていくことが重要と考えています。そのうえで、感染症の経済・金融面への影響には大きな不確実性があることから、当面、感染症の影響を注視し、必要があれば、中央銀行としてあらゆる手段を、躊躇なく講じていく考えです。

ご清聴ありがとうございました。