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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策旭川市金融経済懇談会における挨拶要旨

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日本銀行政策委員会審議委員 鈴木 人司
2020年8月27日

1.はじめに

日本銀行の鈴木でございます。新型コロナウイルス感染症の影響が生活や経済の至るところに生じている大変な中にも関わらず、本日はこのように、旭川の行政、金融・経済界を代表する皆様方とお話しする機会を賜り、誠にありがとうございます。本来であれば、実際に旭川に足を運び対面で懇談をさせていただくべきところ、足もとの感染症の状況を踏まえ、止む無くオンライン形式での開催とすることと致しました。しかしながら、オンライン形式とはいえ、こうして皆様と直接意見交換をさせていただく機会は、日本銀行はもとより、私にとりましても大変貴重なものでございます。また、皆様には、日頃より日本銀行旭川事務所ならびに札幌支店の様々な業務運営に多大なご協力を頂いております。この場をお借りして厚くお礼申し上げます。

本日の懇談会では、まず私から経済・物価情勢と日本銀行の金融政策についてご説明申し上げたうえで、旭川・道北地域の経済についても触れさせて頂きたいと思います。その後、皆様方から、御地の実情に則したお話や日本銀行の政策運営に対するご意見などを承りたく存じます。

2.最近の経済・物価情勢

海外経済の動向

まず、海外経済についてお話ししたいと思います。海外経済は、新型コロナウイルス感染症の大流行により大きく落ち込んでいます。感染症の影響が和らいでいけば、各国・地域における積極的なマクロ経済政策にも支えられる形で、海外経済は回復していくものとみています。もっとも、有効な治療薬やワクチンが開発されるまでは、企業や家計の感染への警戒は続くものと考えられることから、回復のペースは緩やかなものにとどまるとみられます(図表1)。

次に、主要地域別に見ていきたいと思います。米国経済は、感染症の拡大は続いているものの、経済再開の動きにより雇用関連の統計などで持ち直しが続いています。しかし、感染が再拡大していることに加え、政治・社会情勢にも不安要因を抱える中、先行きも景気回復ペースが維持されるか懸念されるところです。欧州では、EU域内外で移動制限の緩和が始まるなど、経済活動の再開とともに一部に持ち直しに向かう動きもみられますが、経済は依然として大きく落ち込んだ状態にあります。また、足もとでは、感染者の増加に伴い感染防止策を再強化する動きも出ています。中国については、感染症が一旦収束し、経済活動が正常化しつつある中、積極的なマクロ経済政策の効果発現やペントアップ需要の顕在化から、持ち直しています。一方で、新興国のうち、中南米やインドなどでは、感染拡大に歯止めがかからない状況が続いています。

国内経済・物価の現状

以上のような海外経済の状況を踏まえたうえで、わが国の経済・物価についてお話しします。本年4~6月期は、緊急事態宣言が発令されるなど感染拡大の影響を特に大きく受けたことから、実質GDPが前期比-7.8%と大幅なマイナス成長となりました(図表2)。感染症は、主に3つの経路、すなわち、(1)財輸出、(2)インバウンド需要、(3)国内個人消費、を通じてわが国経済の需要を大きく下押ししています。こうした中、マクロ的な需要と供給力のバランスを示す需給ギャップは、1~3月期にプラス幅がほぼゼロにまで縮小しました。6月短観で雇用・設備関連の指数が悪化したことを踏まえますと、4~6月期はマイナスとなっている可能性が高いと考えられます(図表3)。

以下では、感染症がわが国経済の需要を押し下げている3つの経路について、順にお話ししたいと思います。

まず、輸出は、各国で感染症防止のための厳しい行動制限がとられていた4~5月に米欧向けの自動車関連を中心に大幅な減少となり、その後も回復は鈍いものとなっています。この間、経済活動がいち早く再開された中国向けの輸出は持ち直しを続けています。

次に、インバウンド需要です。昨年の訪日客数は3,000万人を超え、観光を中心とするインバウンド需要は、わが国経済の大きな推進力のひとつでした。しかし、世界的な感染症の拡大により、残念ながらそうした需要はほぼ蒸発してしまっており、先行きについても、入国制限がかかり続ける間は落ち込んだ状態が続くとみられ、大変厳しい状況です。

最後に国内個人消費ですが、こちらは緊急事態宣言が発令された4~5月に特に大きく減少しました。その後は、経済活動の再開に伴って、徐々に持ち直しに向かっています。もっとも、感染症への警戒感や社会的距離の確保の必要性から、外食や個人向けサービスを中心に、そのペースはかなり緩やかなものにとどまるとみられるほか、先行き不安の高まりなどから、消費性向は過去の平均よりも幾分低い水準にとどまり続ける可能性が高いとみています。

このように、感染症が、輸出、インバウンド需要、国内個人消費の3つの経路を通じて、総需要を大きく押し下げることで、足もとでは企業収益が大幅に減少しているとみられます。また、短観の雇用人員判断DIが製造業や宿泊・飲食サービスで「過剰」超に転じたほか、有効求人倍率の低下や失業率の上昇など、雇用環境の弱さも明確になってきています(図表4)。

続いて、わが国の物価情勢についてご説明します。生鮮食品を除く消費者物価(コアCPI)の前年比は、エネルギー価格下落の影響などから、このところ伸び率が低下し、ゼロ%近傍での推移となっています。一方で、ここからエネルギー価格の影響を除いたベースでみると、振れを伴いつつも、足もとでは0%台前半で推移しています(図表5)。感染症が物価にもたらす影響は、エネルギー以外に、宿泊料や外国パック旅行費といった旅行関連、自治体による生活困窮者への水道料の免除、オンライン授業導入による補習教育の値下げなどにみられています。その一方で、過去のデフレ期にみられたような、値下げにより需要喚起を図る動きは、現在のところ広範にはみられていません。

金融市場に目を転じると、2月下旬から3月にかけてきわめて不安定な動きとなった頃の緊張は緩和しています。為替相場については、円の対ドル相場は、一時的に大きく振れる場面もあったものの、昨年7月以降、米国で2.25%ポイントもの利下げが行われてきた中でもレンジ相場の様相を強めており、かなり落ち着いていたと評価できます。また、昨年のドル円為替相場の年間変動幅は8円程度と、1973年の変動相場制移行後の最小値となりました。こうした背景を考えると、次のような点が指摘できるかと思います。第一に、昨年のわが国の貿易額は輸出が76.9兆円であるのに対し輸入が78.6兆円とそれほど大きな違いはありませんでしたが、ドル建ての比率は、輸出の5割弱に対して輸入が7割弱と高くなっています。その結果、幅を持ってみる必要はありますが、輸出入のネットで必要なドル資金を円の売却により調達するという前提を置きますと、約15兆円の円売りドル買いニーズがある計算になります。なお、この部分のみを単純に捉えれば1割円高となると約1.5兆円の為替差益が生じることになります。第二に、海外M&Aをはじめとする対外直接投資が拡大しており、昨年はネットで過去最高の約27兆円となりました。このうちのかなりのシェアがドルであり、為替ヘッジを行っていないとすれば、大きな円売りドル買い需要となります1。こうした実需での円売りドル買いの資金量が大きい状況のもとでは、投機的な円買いを仕掛けにくくなる可能性があるとも言えますが、引き続き相場の動向につきましては注視していきたいと思います。

  1. 昨年の対外直接投資には、円売りドル買い需要を伴わない「収益の再投資」が約7兆円含まれている。

国内経済の先行き

先行きのわが国経済については、経済活動の再開が徐々に進むにつれて、これまで抑制されていた需要が顕在化するとともに、緩和的な金融環境や政府の経済対策の効果にも支えられる形で、本年後半から徐々に改善していくとみています。もっとも、世界的に感染症の影響が残る中、企業や家計の警戒感が続くことから、回復のペースは緩やかなものにとどまると考えられます。このため、2020年度は大幅なマイナス成長となることが避けられない情勢です。その後は、世界的に感染症の影響が和らぎ、海外経済が着実な成長経路に復していくもとで、2021年度は高めの成長となったあと、2022年度もしっかりとした成長が続くとみられます。こうした見通しを、7月の「展望レポート」における政策委員の大勢見通しでみると、2020年度は-5.7~-4.5%、2021年度は+3.0~+4.0%、2022年度は+1.3~+1.6%となっています(図表6)。

物価の先行き

次に、物価の先行きについてです。コアCPIの前年比について、7月の展望レポートにおける政策委員の大勢見通しをみますと、2020年度は-0.6~-0.4%、2021年度は+0.2~+0.5%、2022年度は+0.5~+0.8%となっています(図表6)。その背景は次のとおりです。

まず、目先は、先ほど触れたように、エネルギーや旅行関連等が感染症による影響を受けることが予想されます。このほか、景気感応的な食料工業製品や耐久消費財、被服、外食等の価格にも、次第に下押し圧力が及んでいく可能性が高いと考えられます。また、業界内の競争環境の強まりを受ける携帯電話関連も弱めの動きが続くとみられます。

もっとも、その後は、感染症の影響が和らぎ、わが国の経済が改善するもとで、物価上昇に向けた動きも先々戻ってくるのではないかと考えています。やや長い目で見れば、2022年度の後半にかけて、需給ギャップの改善が続くことに加え、企業や家計による先行きの物価に対する見方、すなわち中長期的な予想物価上昇率が高まっていくのに伴い、物価の上昇率はさらに高まっていくと考えられます。

経済・物価のリスク要因

もっとも、こうした経済・物価の見通しについては、不透明感がきわめて強く、リスクバランスは下振れリスクの方が大きいことには留意が必要です。最大のリスク要因は、なんといっても感染症による内外経済への影響です。すなわち、有効な治療薬やワクチンが開発されるまでは、世界的な感染症の流行がどのように展開していくか、収束までにどの程度の期間を要するかについては、非常に不透明です。また、「新しい生活様式」のもとで社会的距離の確保が求められ、テレワークやオンラインショッピングの利用拡大が加速すること等が見込まれるなか、価格設定を含め、企業や家計の行動がどのようなものになるか、という点でも不確実性があります。さらに、感染症の影響が想定以上に大きくなった場合には、実体経済の悪化が金融システムの安定性に影響を及ぼし、それが実体経済へのさらなる下押し圧力として作用するリスクもあります。この点については、後ほど詳しくお話ししたいと思います。

3.金融政策運営

感染症拡大の影響を踏まえた金融緩和の強化について

次に、日本銀行の政策運営についてお話ししたいと思います。感染症拡大により、2月下旬から3月にかけて、投資家のリスクセンチメントが急激に悪化し、株価が大幅に下落しCP・社債のクレジット・スプレッドが拡大する一方で、安全資産としての米ドルの調達コストが急上昇するなど、内外金融資本市場で不安定な動きが見られました。また、売上げや収益の減少により企業の資金繰りが悪化するなど、企業金融面で緩和度合いが低下しました。こうした状況を踏まえ、日本銀行は、金融機関や企業等の資金調達の円滑確保に万全を期すとともに、金融市場の安定を維持する観点から、3月、4月の定例の金融政策決定会合および5月の臨時会合で、金融緩和強化策を講じてきました。これは、「3つの柱」、すなわち、(1)企業等の資金繰りを支援するための「特別プログラム」、(2)円貨および外貨の潤沢な供給、(3)ETFおよびJ-REITの積極的な買入れ、に整理することができます(図表7)。以下、順にご説明したいと思います。

まず、1つ目の柱である、資金繰り支援の「特別プログラム」です。これは、約20兆円のCP・社債等の買入れ枠と、金融機関の貸出を促すための約100兆円規模の資金供給手段の導入からなるものです。後者には、金融機関の行う中小企業向けの貸出について、政府が信用リスク等をカバーするとともに、日本銀行が有利な条件でバックファイナンスするスキームが含まれています。

次に、2つ目の柱である円貨および外貨の潤沢な供給です。これは、わが国債券市場の安定を維持し、イールドカーブ全体を低位で安定させる観点から、金額に上限を設けずに必要な金額の日本国債を買入れることを明確にするとともに、主要6中央銀行の協調にもとづき多額のドル資金を供給するというものです。

最後に、3つ目の柱である、ETFおよびJ-REITの積極的な買入れは、金融市場の不安定な動きなどが、企業や家計のコンフィデンス悪化に繋がることを防止し、前向きな経済活動をサポートすることを目的としたものです。

「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」について

感染症拡大の影響を踏まえ、日本銀行は、ただいま申し上げたような金融緩和の強化を図ったわけですが、それ以前に、2013年の「量的・質的金融緩和」の導入以降、7年余りにわたって強力な金融緩和を推し進めてきています。この中で、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続することとしています。長短金利操作、すなわちイールドカーブ・コントロールは、「物価安定の目標」に照らし最適と考えられる金利の期間構造の形成を促すものです。具体的には、日本銀行が金融機関から受け入れている預金の一部に-0.1%のマイナス金利を適用するとともに、10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう長期国債を買い入れることとしています(図表8)。

こうした強力な金融緩和を粘り強く続けてきた結果、昨年頃までは、所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、わが国経済は拡大基調を続けてきました。また、物価面でも、生鮮食品とエネルギーを除いた基調的な消費者物価の前年比は、7年にわたってプラス基調を続けており、「物価の持続的な下落」という意味でのデフレではなくなっています。しかし、残念ながら、感染症により「物価安定の目標」に向けたモメンタムはいったん損なわれ、金融緩和の一層の長期化が想定されることとなりました。

低金利環境が長期化するもとでの金融緩和の効果と副作用

このように強力な金融緩和のもとで低金利環境が長期間続くことで、その効果が現れてきていたわけです。しかし、一方で、そうした低金利環境の長期化に伴う副作用も累積してきていること、さらに今般の感染症によって、そうした副作用が金融システムの安定に影響を及ぼす惧れが高まる点には注意が必要です。以下では、副作用についての私の考えをご説明したいと思います。

感染症の影響により企業の資金繰りは厳しくなりましたが、日本銀行や政府による資金繰り支援の各種措置のもと、金融機関が取引先の支援に積極的に取り組んでおり、金融機関の貸出態度は現在のところ緩和的な水準を維持しています。しかし、その金融機関自身も、厳しい環境に置かれています。IMFによると、グローバルに活動する金融機関のうち、自己資本利益率(ROE)が4%を切る先の割合は、2018年時点では1割にも満たなかったのですが、これが本年末までに5割程度まで上昇すると予想されるとのことです2。さらに、感染症による影響が長引けば、5年後の2025年には先進国の多くの銀行が資本コストを上回る利益を上げられなくなる可能性があると指摘しています。自己資本利益率が資本コストを上回らなければ、金融機関はいわばじり貧の道を辿ることとなります。このように金融機関の利益率が低下していく背景には、3つの要因、すなわち、貸出スプレッドの低下、運用収益の減少、そして信用コストの増加があると考えられます。これら3つの要因について、わが国の状況をお話したいと思います。

まず、貸出スプレッドの低下についてです。わが国では、地域における人口や企業数の減少により新たな資金需要が限られるもとで低金利環境が長期化する中、金融機関同士の競争の激化もあり、新規の貸出金利はきわめて低水準となっています。その結果、経費率を控除したネット利鞘は縮小しており、たとえば昨年度の地方銀行の平均では、-2bps程度となっています3(図表9)。金融機関の利益を考えるうえでは、ここから貸し倒れに備えた信用コスト率等も控除する必要があります(図表10)。このような状況からさらに貸出金利が低下すると、金融機関はマイナス金利で資金を調達しなければ利益が出ないということになります。しかし、金融機関の資金調達コストの大宗を占める預金金利をマイナスにすることは困難です。このため、市場金利が低下しても貸出金利は低下しない、あるいは貸出が増えないという状況に近づいている可能性があります。また、政府のサポートおよび日本銀行からの資金供給のもとに実施される民間金融機関を通じた中小零細企業向け実質無利子の融資枠は、約52兆円に上ります。これは、資金繰りに苦しむ企業の支援として大きな効果が期待できるものとなります。他方で、この融資枠の規模は民間金融機関の中小零細企業向け貸出残高の約2割に相当するものです。このため、企業の資金繰り支援として現在行われている無利子・無担保の貸出は、感染症による影響が収束した後も含めて、今後実行される一般の貸出に対してスプレッドの下押し圧力となる可能性があり、その場合には貸出利鞘の縮小がさらに長期化することとなります。

次に、運用収益率の低下についてです。企業等の資金繰り支援のニーズに応える形で金融仲介機能が発揮された結果、7月の銀行貸出は前年比プラス6.4%と大きな伸びとなりました。その一方で、預金は財政支出を主因に前年比プラス8.3%と、貸出を上回る伸びとなっています。これを金額で見ると、貸出の30兆円に対して預金は60兆円と、預金の増加が貸出の増加を30兆円上回りました。金融機関は、このように貸出を上回って増えた預金を、短期国債や日銀当座預金等で運用することとなります。しかし、短期国債や日銀当座預金の利回りは極めて低いことから、金融機関の収益性は低下することとなります。

3点目は、信用コストについてです。感染症で資金繰りが悪化した企業を金融機関が積極的に支援していく中で、そのうちの一定割合は不良債権化し、信用コストが生じていく可能性があります。これまでのところ信用コストの発生状況は、リーマン危機後に生じたものほど深刻な状況にはなっていないようです。しかし、今後、第2波、第3波と感染症の影響が拡大する場合には、信用コストが膨らんでいき、リーマン危機時の水準に近付く可能性があります。また、貸出の利鞘縮小に加え、国債での運用利回りもさらに低下する中で、金融機関が、信用リスクが相対的に高い企業への貸出や高リスクの海外資産への投資を積極化する動きがみられてきました。このため、将来的に景気やクレジットサイクルの局面変化で金融機関の収益や経営体力が悪化し、金融仲介機能が低下することで経済・物価にマイナスの影響を及ぼすことがないか、注意深くモニタリングしていくことがきわめて重要です。

以上ご説明した3つの要因により金融機関の利益率が低下していくと考えられる中、金利が下がりすぎると、十分な収益が上げられなくなった金融機関の自己資本がタイト化し、銀行貸出が減少に転じる可能性もあります。こうした金利水準は、金融緩和の効果が反転するという意味で「リバーサル・レート」と呼ばれています。

現状では、金融機関が積極的な貸出スタンスを維持する中、貸出残高は前年比でプラスとなっています。しかしながら、先ほども触れたように、預金の伸びは貸出の伸びを上回っており、企業の借入から預金を差し引いたネットの借入残高は過去11年間で2割程度減少しています4。また、法人企業統計によれば、金融・保険業を除く全産業で2018年度までに積み上げた内部留保は463兆円となり、過去最高を更新しました。過去10年間で見ると、約65%増加しています。この背景のひとつには、リーマン危機直後に金融機関からの借り入れが困難となった経験が挙げられます。実際、今回の感染症により売上が減少する中では、そうした内部留保などを利用して積み上げた現預金が企業の資金繰りの助けとなっています。しかし、その一方で、利益を賃金や設備投資に振り向けずに現預金として積み上げる動きが、わが国の企業で今後さらに強まっていく場合には、企業の資金需要に働きかける金融政策の効果が限定的となる可能性がある点には留意が必要です。

わが国の金融政策の枠組みは有効に機能しており、現時点では、金融緩和の効果が副作用を上回っているものと評価しています。また、わが国の金融機関は全体として資本・流動性の両面で相応に強いストレス耐性を備えており、企業等の資金繰り悪化の懸念が高まる中でも、金融システムの安定性は維持されており、金融仲介機能はこれまでのところ円滑に発揮されているように思います。しかしながら、問題はこれからです。感染症拡大が一旦収まったとしても経済活動が元の水準に戻るのには時間がかかります。さらには感染症の影響が想定以上に大きくなった場合には、実体経済の悪化が金融システムの安定性に影響を及ぼし、それが実体経済へのさらなる下押し圧力として作用するリスクがあります。こうしたリスクにも十分配慮しながら、金融政策運営の効果と副作用をこれまで以上に丹念に比較考量していく必要があると考えています。その際、「物価の安定と金融システムの安定を両立させる」という視点が特に重要であるというのが私の意見です。これは、金融危機を通じて明らかとなったように、ひとたび金融システムが不安定化してしまうと、そのもとで物価の安定を確保することは非常に困難であり、手遅れになってしまうためです。

  1. 2"Global Financial Stability Report," International Monetary Fund, April 2020.
  2. 3新規貸出約定平均金利(0.78%)と国内業務部門の経費率(0.80%、出典:全国地方銀行協会)を用いた試算。
  3. 4民間非金融法人の借入残高は2008年度末の375兆円から2019年度末の428兆円に増加、同期間の円建て預金残高は164兆円から260兆円に増加(資金循環統計)。その結果、借入から預金を差し引いたネットの借入残高は、約210兆円から約168兆円に減少。

4.おわりに ―― 旭川・道北地域の経済について ――

最後に、今回は誠に残念ながら旭川を訪問することは叶いませんでしたが、旭川事務所や札幌支店を通じて承知している情報も踏まえ、旭川・道北地域の経済情勢についてお話ししたいと思います。

旭川・道北地域は、大雪山系の山々といった、雄大で豊かな自然環境を有しており、そうした自然から生み出される多種多様な農水産品や美しい景観は、この地域の「食・観光」分野の競争力の源泉となっています。この地域で生産・加工された道産食品は、品質の高さから、国内外で北海道ブランドとして高い人気があります。また、旭山動物園、富良野をはじめとする集客力の高い観光地が集積しています。このほか、デザイン力に優れる家具をはじめとする地場製造業を有しています。

こうした中、足もとの旭川・道北地域の経済は、感染症の影響により、主力産業に大きな打撃を受けています。国内での外出自粛や厳しい入国制限の影響により、食関連分野では、外食などの業務用需要が減少し、観光分野では国内外からの観光客が大きく減少しました。5月下旬に緊急事態宣言が解除された後、政府や自治体による各種施策の効果もあって、個人消費や観光などでは持ち直しの動きもみられます。もっとも、近年、この地域の観光を牽引してきた外国人観光客は極めて少ない状況が続くなど、全体としては依然として厳しい状態にあります。先行きについては、経済活動の再開が進むにつれて、旭川・道北地域の経済は徐々に持ち直しに向かうとみていますが、感染症の経済への影響は大きな下振れリスクであり、留意が必要です。

さて、少し長い目でみますと、旭川・道北地域でも、他の地域と同様に、人口減少や少子高齢化による人手不足などの課題に直面しており、先ほど述べたこの地域の特徴を活かし、道外・海外需要を取り込んでいくことが重要です。この点に関し、地域経済の活性化に向け、官民の関係者の皆様により、様々な取り組みが進められています。

食関連分野では、海外販路開拓支援のほか、農業の担い手確保が難しさを増す中、ICTなどの活用を通じて省力化を図るスマート農業への取り組みがみられます。観光分野では、さらなる集客力の強化に取り組んでおり、例えば、大雪山エリアでは、滞在型・体験型の観光コンテンツ拡充の動きがみられるほか、感染症の収束後を見据え、国際競争力の高いスノーリゾートの形成に向けた外国人観光客の受け入れ態勢の整備が進められています。地場製造業の分野では、デザインを活用した地場産品のブランド化や高付加価値化を企図し、国際交流や人材育成が進められています。

今後も、皆様の幅広い取り組みが奏功し、旭川・道北経済が一層の発展を遂げられていくことを祈念いたします。ご清聴ありがとうございました。