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【挨拶】最近の金融経済情勢と金融政策運営名古屋での経済界代表者との懇談における挨拶

日本銀行総裁 黒田 東彦
2020年11月4日

1.はじめに

本日は、中部経済界を代表する皆様とお話しする機会を賜り、誠にありがとうございます。皆様には、日頃より、私どもの名古屋支店の業務運営にご協力頂いており、厚くお礼申し上げます。一年前に皆様とお目にかかって以降の最も大きな出来事は、新型コロナウイルス感染症の世界的大流行です。その影響は、経済・金融、社会生活に広く及んでいます。この会合も今年はオンライン形式としています。

そこで、本日は、感染症の影響を受けたわが国の経済・物価に対する日本銀行の見方を、先日公表した「展望レポート」に沿ってお話ししたうえで、金融政策運営の考え方についてご説明したいと思います。

2.経済・物価情勢

初めに、経済情勢です。わが国の景気は、感染症の影響から引き続き厳しい状態にありますが、経済活動が再開するもとで、持ち直しています。広範に経済活動を抑制した春頃とは違い、現在は、的を絞った感染防止を行いつつ、経済活動との両立を図る局面になってきています。そうしたもと、景気は、4~5月をボトムに底打ちが明確になりつつあります。一方、感染者が増加した夏場には、サービス消費の持ち直しの動きが足踏みするなど、改善が一本調子には進みにくいことも改めて認識されました。こうしたわが国経済の先行きを見通すうえでのポイントを、需要項目毎にご説明します。

まず、海外経済とその影響を受ける外需です。海外経済は、大きく落ち込んだ状態から、持ち直しています。4~6月の成長率は、多くの国で過去最大のマイナス幅となりました。その後、7~9月は、経済活動の再開やペントアップ需要の顕在化などから、プラスに転じたとみられます。先行きも、海外経済は改善を続けるとみていますが、感染症の影響が残るもとで、そのペースは緩やかと考えられます(図表1)。IMFの最新の世界経済見通しでも、成長率は2020年に▲4.4%の大幅マイナスとなった後、2021年は+5.2%の予想であり、2021年の世界のGDPの水準は、2019年をわずかに上回る程度との見方です。また、IMFは、今後の世界経済の回復は「不均一かつ不確実(uneven and uncertain)」としています。感染症の影響は、対面型サービス消費で相対的に大きいなど、業種間で異なります。また、IMFの今年の成長率見通しは、世界全体で上方修正された一方、新興国を中心に下方修正された国も多く、国毎のばらつきもみられます。足もと、欧州や米国で感染が再拡大している点も気掛かりです。

こうした中、わが国の輸出は、足もと増加しています。先行きも、当面、自動車関連を中心に増加するとみています。その後は、不確実性は大きいですが、世界的に感染症の影響が和らぐにつれて、資本財なども含め、幅広い財で輸出は増加していくと予想しています。

次に、内需の動向です。まず、企業部門です。設備投資は、企業収益の大幅な悪化や先行きの不透明感から、減少しています(図表2)。9月短観の設備投資計画は、3か月前の調査から下方修正され、小幅の前年比マイナスとなりました。製造業の能増投資やサービス業の新規出店の先送りなど、投資案件の選別姿勢が強まっています。もっとも、成長分野やデジタル関連への投資意欲は損なわれていないようです。9月短観でも、ソフトウェアの投資計画は、前年度からしっかりと増加しています。設備投資は、当面、減少傾向が続くとみていますが、メインシナリオとしては、緩和的な金融環境が維持されるもとで、リーマン・ショック時のような大規模な調整には至らず、感染症の影響が和らぐなかで、緩やかな増加基調に復していくと考えています。

次に、家計部門です。個人消費は、全体としてみれば、徐々に持ち直しています(図表3)。依然として飲食・宿泊等のサービス消費を中心に水準は低いものの、各種の所得支援策や需要刺激策が個人消費を支えています。先行きも、持ち直しが続くとみていますが、感染症への警戒感が残るもとでは、対面型サービス消費を中心にそのペースはかなり緩やかと予想されます。その後は、新しい生活様式への適応が進み、感染症の影響が和らぐもとで、増加基調が次第に明確になっていくと考えています。こうした個人消費の背後にある雇用・所得環境ですが、弱い動きがみられています。就業者数は減少しており、特に、飲食や観光関連などにおける非正規雇用者の減少が目立っています。名目賃金も、前年比マイナスとなっています。しかし、拡充された雇用調整助成金などが、雇用削減の一定の歯止めになっています。また、政府・日本銀行の各種措置が下支えとなり、企業倒産の大幅な増加は避けられています。そうしたもと、先行き、内外需要の回復に伴い、雇用・所得環境は改善基調に転じていくとみています。

以上を踏まえたわが国経済の見通しです(図表4)。標準的なシナリオとしては、経済活動が再開し、感染症の影響が徐々に和らいでいくもとで、引き続き、改善基調を辿るとみています。もっとも、感染症への警戒感が残るなかで、そのペースは緩やかなものにとどまると考えています。「展望レポート」の政策委員の大勢見通しは、2020年度に▲5.6~▲5.3%と大幅なマイナス成長となった後、2021年度は+3.0~+3.8%となり、2022年度も+1.5~+1.8%と成長が続く姿となっています。

続いて、物価です(図表5)。消費者物価の前年比は、当面、感染症や既往の原油価格の下落、GoToトラベル事業の影響などにより、マイナスで推移するとみられます。もっとも、需要減少の一因が感染症への警戒感であることなどから、現時点では、デフレ期にみられたような、値下げにより需要喚起を図る行動は広範化していません。

先行き、経済の改善に伴い、物価への下押し圧力は次第に減衰し、原油価格下落の影響なども剥落していくとみています。そうしたもとで、消費者物価の前年比は、プラスに転じ、徐々に上昇率を高めていくと考えています(前掲図表4)。「展望レポート」の物価上昇率見通しは、2020年度が▲0.7~▲0.5%、2021年度が+0.2~+0.6%、2022年度が+0.4~+0.7%となっています。

もとより、こうした経済・物価見通しについては、不確実性が高く、下振れリスクが大きいと認識しています。欧米を含め世界的に感染拡大が収まっておらず、欧州では公衆衛生上の措置が強化されています。そうしたもとで、感染症の帰趨やそれが内外経済に及ぼす影響について、不透明感が強いと考えています。また、企業や家計の成長期待が低下し支出スタンスが慎重化することはないかという点も注意を要します。さらに、現在、金融システムは安定性を維持しており、先行きも、金融面からの下支え機能が円滑に発揮されると考えていますが、経済が想定以上に悪化すれば、金融システムに影響する可能性があることにも留意が必要です。こうした点を含め、引き続き、経済・物価・金融情勢をしっかりと点検していく考えです。

3.日本銀行の金融政策運営

ここからは、金融政策運営についてお話しします。日本銀行は、感染症への対応として、3月以降、金融緩和を強化しています(図表6)。具体的には、(1)新型コロナ対応資金繰り支援特別プログラム、(2)国債買入れやドルオペなどによる円貨および外貨の上限を設けない潤沢な供給、(3)ETFおよびJ-REITの積極的な買入れの3つの措置を講じています。こうした対応は、政府の施策や金融機関の取り組みとも相俟って、効果を発揮しています。内外の金融市場は、なお神経質な状況ですが、ひと頃の緊張は緩和しています。企業の資金繰りには厳しさがみられますが、CP・社債発行や銀行借入といった外部資金の調達環境は、緩和的な状態が維持されています。

日本銀行は、感染症のショックに対して、企業等の資金繰り支援と金融市場の安定維持の2点を意識して、政策運営を行っています。なぜ、この2つが重要と考えているのか、やや詳しくご説明します。

まず、企業等の資金繰り支援です。経済全体の需要刺激策は、感染者の増加に繋がれば、その後の経済活動が制約されるジレンマに直面します。感染症の流行が続くもとでは、需要刺激策は、感染防止と両立可能なターゲットを絞ったものが有効です。そうしたもとで、大事なことは、感染症の影響を受けた企業や事業者などが、資金繰り面から困難に陥ることを防ぎ、今後、感染症が収束する中で、速やかに事業を再開していく環境を整えることです。そのため、世界の政府・中央銀行は、今回の危機に対して、事業と雇用を守ることに注力しています。日本銀行が、総枠約130兆円の「特別プログラム」により、企業等の資金繰りを支援しているのも、こうした考え方によるものです。

次に、金融市場の安定維持です。経済の先行き不透明感が強まれば、金融市場は不安定化しやすくなります。金融市場が混乱すれば、企業や家計のコンフィデンスの悪化を通じて、実体経済に悪影響が及ぶという、悪循環に陥ります。こうした悪循環を防ぐ観点から、危機時には、金融市場の安定維持を図る施策が重要です。そのため、今回、各国の政府・中央銀行が、リーマン・ショック時の経験も踏まえ、大規模な対応を迅速に講じています。

以上、日本銀行は、資金繰り支援と金融市場の安定維持の観点から、強力な金融緩和を行い、経済・金融を下支えしているということを申し上げました。このように、厳しい経済情勢のもとで、緩和的な金融環境を維持することは、企業や家計の痛みを和らげ、前向きな取り組みを支援することにもなります。その結果、新たな環境に適した事業の展開に繋がれば、感染症の影響が収束した後に、日本経済が再び持続的な成長経路に復していくことを、より確かなものにすると考えています。

そのためにも、日本銀行としては、引き続き、現在の金融緩和措置をしっかりと実施していく考えです。また、感染症の経済・金融面への影響には大きな不確実性があるため、当面、感染症の影響を注視し、必要とあれば、追加的な措置を躊躇なく講じていく方針です。

4.おわりに

最後に、当地経済について一言触れて、私の話を終わりたいと思います。当地の景気は、感染症への警戒感が残るもとで、飲食・宿泊等の対面型サービス消費を中心に、引き続き厳しい状態が続いています。もっとも、足もとでは自動車関連を中心に持ち直しています。自動車関連が枢要なシェアを占める当地は、わが国経済の持ち直しをリードしてくれています。

当地の企業は、過去の危機時の経験を次のイノベーションに繋げてきました。今次局面でも、機動的な生産調整や将来に向けた設備投資の維持、金融機関による積極的な企業支援など、リーマン・ショックや東日本大震災時の経験をしっかりと活かされています。また、官民一体でのスタートアップ企業の支援など、イノベーション促進に向けた取り組みも展開されています。東海経済は、今回の危機も1つのバネにして、一段と飛躍していくと確信しています。日本銀行としては、強力な金融緩和を進めていくことで、皆様の企業活動を最大限サポートしていくことをお約束して、本日のご挨拶とさせて頂きます。ご清聴ありがとうございました。