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【挨拶】わが国の経済・物価情勢と金融政策道東地域金融経済懇談会における挨拶要旨

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日本銀行政策委員会審議委員 政井 貴子
2020年11月16日

I.はじめに

本日は、釧路、帯広、根室といった道東地域の行政および金融・経済界を代表される皆様と懇談する機会を賜りまして、誠にありがとうございます。また、皆様には、日頃より日本銀行釧路支店および帯広事務所の業務運営に多大なご協力を頂いております。この場をお借りして御礼申し上げます。

金融経済懇談会は、日本銀行の政策委員が、金融経済情勢や金融政策についてご説明申し上げるとともに、各地の経済・金融の現状や日本銀行の政策に対するご意見などを拝聴させて頂く機会として開催しております。本来であれば実際に足を運び、皆様と対面でお話できればと考えておりましたが、今回は止む無くオンライン形式での開催とさせて頂きました。ただ、オンライン形式とはいえ、こうして皆さまと直接ご意見交換させて頂く機会を得られたのは、日本銀行はもとより、私にとりましても大変貴重なものです。

本日は、まず、私から、わが国の経済・物価情勢や日本銀行の金融政策などについてご説明させて頂き、その後、皆様から道東地域の実情に即したお話やご意見などを承りたく存じます。

II.経済・物価情勢

日本銀行は、10月の政策委員会・金融政策決定会合(以下、会合)において、「経済・物価情勢の展望」、いわゆる「展望レポート」を取りまとめ、2022年度までの経済・物価見通しを公表しました。

以下、経済・物価情勢については、「展望レポート」の内容に沿って、お話したいと思います。

1.海外経済の動向

はじめに、海外経済の現状については、「大きく落ち込んだ状態から、持ち直している」と判断しています。

世界人口78億人の約半分が自宅待機を余儀なくされた4月を底に、経済活動の再開やペントアップ需要の顕在化、挽回生産の動きなどを映じ、7~9月の成長率はいったん高めとなったようです。実際、グローバルPMIは、製造業、サービス業ともに、好不況の分かれ目となる50を回復していますし、世界生産や世界貿易量も持ち直している様子が見て取れます(図表1(1)、(2))。

先行きの海外経済については、感染症の影響が徐々に和らぐもとで、各国・地域の積極的なマクロ経済政策にも支えられて、改善していくとみています。

もっとも、足もとの改善ペースは、業種間・各国間で不均一であることが特徴的です。また、今後の見通しも、欧州等において公衆衛生上の措置が再強化されていることを踏まえると、一時的に当該地域の経済を下押しすることも考えられ、不確実性が高いと言えます。

業種別でみると、回復の軌道がはっきりとしたV字となっているセクターがある一方、未だ需要の回復目途が立たないセクターもあり、リーマン・ショック時と比較しても徐々にセクター間の対比が鮮明になりつつあると感じています。特に、感染症が財とサービスに与える影響を比べると、足もと、サービスへの影響が目立っています。例えば、米国の個人消費をみると、ペントアップ需要やサービスからの代替需要から、自動車や娯楽用品(ゲーム機、テレビ等)といった財消費が強い一方、外食、宿泊、娯楽といった対面型サービスを中心にサービス消費の弱さが顕著となっています(図表2(3))。こうした傾向は、いち早く経済活動を再開した中国でもみられます(図表2(4))。

IMFは、10月の世界経済見通しで、2020年の成長率を+0.8%P上方修正(-5.2%→-4.4%)しましたが、国・地域別にみると、先進国と中国を上方修正している一方、インドなどの新興国を下方修正しており、バラつきがみられます(図表3(5))。特に、対面型サービスの中でも観光・旅行需要の落ち込みが大きい中、経済に占める旅行収入の割合が大きい国・地域への影響は長引き、改善ペースは緩やかなものにとどまる可能性が高いとみています(図表3(6))。実際、欧州では、欧州委員会が今月公表した2020年秋季経済見通しをみると、ユーロエリアの経済見通しは夏季見通し対比上振れていますが、観光業やサービス業のウエイトが高いスペインやマルタでは下振れています1

こうした不均一がもたらすリスクについては、後ほど触れたいと思います。

  1. 2020年のユーロエリアの成長率は、夏季経済見通しが前年比-8.7%だったのに対し、同-7.8%に上方修正。一方、スペインは、同-10.9%に対し、同-12.4%に下方修正。

2.わが国の経済情勢

(1)現状

わが国の景気については、「内外における新型コロナウイルス感染症の影響から引き続き厳しい状態にあるが、経済活動が再開するもとで、持ち直している」と判断しています。4~6月期の実質GDPは、輸出(サービス輸出に分類されるインバウンド消費を含む)や個人消費を中心に急激に減少し、前期比-8.2%(年率-28.8%)と、比較可能な1980年以降で最大のマイナスを記録しましたが、本日公表された7~9月期の実質GDP(一次速報)は前期比5.0%(年率21.4%)となっています。

一方、感染症の影響は、足もと、特に外食や旅行、娯楽などの対面型サービス2を中心に強く残っています。例えば、クレジットカードの決済情報から作成された消費指標をみると、サービス消費は、財消費と比べて、4~5月の落ち込みが大きいだけでなく、その後の持ち直しの遅れも鮮明となっています(図表4(1))。また、選択的サービス支出と相関の高い移動データで人出の動きをみても、緊急事態宣言の解除以降、いったんは持ち直し傾向を辿りましたが、夏頃には新規感染者数の再拡大を受けて足踏みした状態がみられました(図表4(2))。この点、アンケート調査からは、高齢者を中心とした移動・対人接触への慎重姿勢が見て取れ、消費の持ち直しペースを抑制する要因となっていると思われます(図表5(3))。加えて、ここ数年伸びが著しかったインバウンド需要も、感染抑止のための入国・渡航制限が続くもとで、皆減に近い状態が続いており、テレワークによる外出機会の減少とも相俟って化粧品需要が低迷するなど、影響は広範囲に拡がっています。もっとも、感染症の拡大が他国比抑制されている中、10月からGo Toトラベル事業に東京発着分が加わるなど、政府のGo Toキャンペーン等の需要喚起策も奏功して、対面型サービスにも明るい動きがみられ始めています(図表5(4))。

  1. 2GDP統計上、その大宗が政府消費に分類される医療費を含む。

(2)先行き

わが国経済の先行きについては、「経済活動が再開し、新型コロナウイルス感染症の影響が徐々に和らいでいくもとで、改善基調を辿るとみられるが、感染症への警戒感が残る中で、そのペースは緩やかなものにとどまると考えられる。その後、世界的に感染症の影響が収束していけば、海外経済が着実な成長経路に復していくもとで、わが国経済はさらに改善を続ける」というのが中心的な見方となっています。

年度ごとにみると、2020年度下期は、経済活動が再開し、感染症の影響が徐々に和らいでいくもとで、サービス業を中心に下押し圧力の強い状態が続くものの、輸出・生産面を中心に持ち直しが続くと予想されます。その後、2021年度は、内外で感染症の影響が和らぎ、海外経済の成長率も高まる中で、緩和的な金融環境にも支えられて、景気の改善基調が明確になっていき、2022年度は、内外需要がバランスよく増加するもとで、しっかりとした成長が続くと見込まれます。これを10月の展望レポートにおける政策委員見通しの中央値で表すと、2020年度の実質GDP成長率は-5.5%、2021年度は+3.6%、2022年度は+1.6%となります(図表6(5))。

もっとも、この見通しでは、広範な公衆衛生上の措置が再び導入されるような感染症の大規模な再拡大はないと想定していることに加え、感染症の影響が収束するまでの間、企業や家計の中長期的な成長期待が大きく低下せず、金融システムの安定性が維持されるもとで金融仲介機能が円滑に発揮されることを前提としていますが、これらの点には大きな不確実性があります。こうした中心的な見方のうち、足もとの見方については違和感ありませんが、先行きの見通しについては、以下の2点から、私自身はより慎重にみています。

第一に、世界の貿易量は、当面、しっかりとした増加を続けるとみていますが、一方で、米中間の通商問題の影響などから感染症拡大以前の2018年央頃より増加が鈍化していたことを考えると(前掲図表1(2))、見通し期間の後半にかけても増加基調が維持されるかは不確実性が高いと考えています。実際、わが国の輸出・生産についても、感染症拡大以前から、水準低下がみられていた点には留意を要すると思っています(図表7(6)、(7))。

第二に、世界的にサービスセクターを中心とした非製造業の回復が緩慢であると見込まれているわけですが、わが国における当該セクターの建設投資を中心とした設備投資が、ここ数年のわが国の経済成長を相応に支えていたことや、近年のわが国の雇用市場での存在感の高まりを考えると、わが国経済が再び拡大基調に復していくには、こうしたセクターの復調が不可欠だと考えています(図表8(8)、(9))。

(3)先行きのリスク

先行きの経済見通しについて、感染症の影響が収束するまでの間のリスク要因としては、(1)新型コロナウイルス感染症による内外経済への影響、(2)企業や家計の中長期的な成長期待、(3)金融システムの状況といったものが挙げられます。また、米中対立、英国とEUの通商交渉の帰趨、地政学的リスク、こうしたもとでの国際金融市場の動向などにも引き続き注意が必要です。

特に、私自身が留意しているリスクは、各国・地域の回復スピードが一様ではない、不均一な回復が、この先、世界経済に与える影響です。現在、世界共通のショックに対し、多くの国・地域の財政・金融政策は同じ方向で実施されており、このことが、これまでの金融市場の安定にも寄与していると感じています。もっとも、先ほど来見てきた通り、今後は、2017年に見られたような世界同時景気回復は望み難く、回復の道のりは長く、バラつきが大きくなると見込まれており、こうした不均一が、各国・地域間での政策の方向性の違いとなり得るため、注意が必要だと考えています。特に、IMFのゴピナート調査局長が指摘するように、中国を除く新興市場国・発展途上国では、感染症拡大前の予測経路と比べた2020-21年のGDP減少幅が先進国よりも大きくなるとみられる中、このところ見られていた、世界的な所得水準や経常収支の収斂の動きが、再び拡大傾向に転じていくと、国際的な資金フローにも基調変化が生じ得るため、留意が必要だと感じています。この点、先般のG20で合意された途上国向け債務支払猶予イニシアティブ(DSSI)の延長など、こうしたリスクを軽減する取り組みは、今後、一層重要になると考えています。

3.物価情勢

(1)現状

続いて、わが国の物価についてお話したいと思います。

消費者物価(除く生鮮食品)の前年比をみると、感染症や既往の原油価格下落、Go Toトラベルによる割引を反映した宿泊料の下落などから伸び率が低下し、小幅のマイナスとなっています。もっとも、一時的な変動要因を取り除いた「消費税率引き上げ・教育無償化政策、Go Toトラベルの影響を除く」ベースの消費者物価(除く生鮮食品・エネルギー)の前年比をみると、足もとでは小幅のプラスとなっています(図表9(1))。

消費者物価の基調的な動きを捉える指標をみると、刈込平均値は、ウエイトの大きいエネルギー関連(電気代・都市ガス代)や旅行関連(宿泊料・外国パック旅行費)などの下落を反映して、本年入り後伸び率が低下し、足もとではゼロ%程度となっています。また、ウエイトの大きい品目の動きに左右されにくい最頻値は、ゼロ%台前半で推移しています(図表9(2))。

(2)先行き

先行きの物価動向ですが、消費者物価(生鮮食品を除く)の前年比は、当面、感染症や既往の原油価格下落、Go Toトラベル事業の影響などを受けて、マイナスで推移するとみられます。その後、経済の改善に伴い、物価への下押し圧力は次第に減衰していくほか、原油価格下落の影響なども剥落していくと見込まれるもとで、消費者物価の前年比はプラスに転じていき、徐々に上昇率を高めていくと考えられます。これを10月の展望レポートにおける政策委員見通しの中央値で表すと、消費者物価(生鮮食品を除く)の前年比は、2020年度-0.6%、2021年度+0.4%、2022年度+0.7%となります(前掲図表6)。

(3)物価のリスク

物価に固有のリスク要因としては、(1)感染症の影響が、経済活動の需要・供給両面に及ぶもとでの、企業の価格設定行動の不確実性、(2)今後の為替相場の変動や国際商品市況の動向といったものが挙げられますが、このどちらとも、以前にも増してリスクとしてより強く意識しておく必要があると考えています。

(1)については、今回の経済活動の抑制に伴う需要の減少の一因が感染症への警戒感であることなどから、これまでのところ、値下げにより需要喚起を図る行動が広範化しているとは評価していません。ただ、総実労働時間の減少が続いているうえ、政府の特別定額給付金による可処分所得の押し上げ効果が徐々に剥落してきています。今後、家計の雇用・所得環境の厳しさが一層強まっていった場合、企業の価格設定行動にも影響を与え得るため、状況を注視していきたいと思います。また、(2)については、国際金融市場はひと頃の緊張は緩和しているものの、経済の不透明感が強いもとで、なお神経質な状況にあり、輸入物価や国内価格への波及の状況は、引き続き注意してみていく必要があると考えています。

III.日本銀行の金融政策

次に、日本銀行の金融政策についてお話します。

1.現在の金融政策運営

感染症拡大の影響が顕在化し始めた2月下旬から3月にかけて、世界経済の不透明感の高まりから、内外金融資本市場では投資家のリスクセンチメントが急激に悪化し、わが国を含む世界の株価が急落し、ボラティリティ(予想変動率)はリーマン・ショック時以来の水準まで上昇したほか、長期金利も一時大幅に低下し、米独では、既往最低水準を更新しました。商品市場でも、原油や銅などの価格が大きく下落するなど、急激に起こった市場の動揺は広範に及び、不安定な動きが続きました。

また、金融環境は、米国の連邦準備制度理事会(FRB)が米国債等の無制限買入れやCP・社債等の買入れといった政策を矢継ぎ早に導入する必要に迫られたほど、世界中で緩和度合いが急速に低下する状況となっていました。特に、わが国では、多くの企業が決算期末を迎える中、大企業から中小・零細企業に至るまで、感染症拡大による業績悪化が急激に起こったわけですので、その備えや態勢が必ずしも万全ではない可能性があると危惧しました。実際、CP・社債の発行市場でスプレッドが拡大するなど、資金繰りに強いストレスがかかる惧れがありました。

こうした状況を受けて、日本銀行は3月の金融政策決定会合を予定より前倒しで開催し、企業金融の円滑確保に万全を期すとともに、金融市場の安定を維持する観点から、金融緩和を強化しました。また、4月の定例会合および5月の臨時会合では、更なる金融緩和の強化策を講じました。このような迅速かつ積極的な対応には、リーマン・ショック時の経験や教訓が生かされています。

今次局面での日本銀行の金融緩和強化策は「3つの柱」に整理できます(図表10)。1つ目の柱は、企業等の資金繰り支援のための総枠140兆円を超える「特別プログラム」です。これは、(1)約20兆円を上限とするCP・社債等の買入れと、(2)最大約120兆円規模になり得る「新型コロナ対応特別オペ」から構成されます。特別オペは、金融機関が行う新型コロナ対応融資を日本銀行が有利な条件でバックファイナンスするもので、当該融資には、政府が信用リスク等をカバーするものも含まれています。したがって、日本銀行と政府が連携して企業等の資金繰りをサポートしていると言えます。

2つ目の柱は、金融市場の安定を確保するための円貨および外貨の潤沢な供給です。円貨については、イールドカーブ・コントロールの下で、上限を設けず必要な金額の国債を買い入れることを明確にしました。外貨についても、主要6中央銀行の協調のもとで拡充されたドルオペを通じて、潤沢にドル資金を供給してきました。

3つ目の柱は、資産市場におけるリスク・プレミアムに働きかけることを企図したETFおよびJ-REITの積極的な買入れです。資産市場の不安定な動きが企業や家計のコンフィデンス悪化に繋がることを防止し、前向きな経済活動をサポートすることを目的としています。

これら3つの施策に加え、4月に金融庁とともにレバレッジ比率規制の緩和を公表するなど、金融システムの安定確保に向けた規制面での対応も行いました。その結果、当初懸念したような金融環境の大幅なタイト化は回避されているなど、これまでのところ所期の効果が挙がっていると評価しています。

次に、一連の政策を決定するにあたり、私自身が意識した点を2点、申し上げたいと思います。一つは、潤沢な資金供給などを通じて、緩和的な金融環境を維持することの重要性です。例えば、CP・社債等の発行市場が、仮にリーマン・ショック時のように干上がってしまうと、企業が銀行への大口借入に殺到し、結果として更なる信用収縮が起こってしまう可能性があります。また、当時と比べて、現在、金融機関は格段に頑健性を高めていると言えますが、それでも、金融市場の不安定化は、金融機関間の信用供与スタンスにも大きな影響を与えます。リーマン・ショック後に、信用状の発行が滞り、船積みに大きな影響が出たといった経験は、まだ記憶に新しい方も多いのではないでしょうか。

二つ目は、今回の感染症の影響から、規模・業種を問わず、幅広い企業活動に急激かつ甚大な影響が生じたことから、企業や家計のマインドを維持すること、および、中小・零細企業への金融支援をスピード感を持って実施することの重要性です。この点、前者については、先行きの不確実性が極めて高い中では政策運営スタンスを明確にすることが重要であり、日本銀行では、政策金利のフォワードガイダンスを、従来の「物価のモメンタムが損なわれる惧れ」から「感染症拡大の影響を注視したうえで、必要があれば、躊躇なく追加緩和措置を講じる」方針と紐づける形に変更しました。また、後者については、政府や各国の中央銀行との連携も含め、金融・経済活動の下支えに資する対応を最優先に取り組む姿勢が重要だと思っています。

2.先行きの金融政策運営

日本銀行では、2013年4月以来、2%の「物価安定の目標」の早期実現を目指し、量的・質的金融緩和を推し進めて参りました。その結果、物価が持続的に下落するという意味でのデフレではなくなったと言えます。もっとも、感染症が拡大する直前の本年1月の展望レポートでは、「2%の『物価安定の目標』に向けたモメンタムは維持されているが、なお力強さに欠けており、引き続き注意深く点検していく必要がある」と評価するなど、今回の感染症がなくても目標実現への道のりは容易ではないことが予想されていました。更に感染症の影響が重なり、物価のモメンタムはいったん損なわれた状態となっています。

労働と設備の稼働状況を捉えるマクロ的な需給ギャップは、感染症の影響を受けて、当面、大きめのマイナスで推移し、その後の改善ペースも緩やかなものになると考えられます(図表11(2))。そして、現在弱含んでいる中長期的な予想物価上昇率も、再び上昇に転じるまで時間がかかる可能性があります(図表11(3))。そのため、物価安定の目標の実現に、ますます時間がかかる可能性を強く意識する必要があると考えています。

こうした点を考えると、金融緩和の更なる長期化を想定しておく必要がある、換言すれば、更なる金融緩和の長期化を踏まえて政策運営にあたる必要があると考えています。具体的には、金融緩和の長期化に伴う副作用に一層配慮し、政策の持続性を担保するために、より幅広い観点から政策対応していくことが極めて重要になっていくとみています。

例えば、ETF買入れについては、株式市場のリスク・プレミアムに働きかけることを通じて、経済・物価にプラスの影響を及ぼしていくことを目的としていますが、導入から10年が経過する中、保有残高が相応の規模になっているのも事実です。こうした中、日本銀行では、2018年7月に、強力な金融緩和を粘り強く続けていく観点から、ETFの買入れ額が市場の状況に応じて上下に変動し得るよう、弾力的な買入れ方法に変更しました。また、本邦ETF市場の流動性の向上を図る観点から、ETF貸付制度を導入しています。このように、ETF買入れの柔軟性向上や市場育成といった点を含め、政策の持続性を担保しつつ緩和効果を維持する観点からの議論が、今後ますます重要になると考えています。

IV.持続的な経済成長に向けて

審議委員の任に就いてから4年以上の歳月が経過しましたが、この間、テクノロジーの発展や社会の規範(ノルム)の変化が加速しているように感じています。そのうえ、今回の世界的な感染症拡大は、人々の行動様式を急速に変化させています。特に、感染症の流行が深刻な欧米では、例えば、米国のFRBがこの間に行った金融政策上の意思決定は、基本的にリモートワークで実施されていることなどを考えると、様々な組織や個人に新たな経験値が蓄積されつつあるように感じます。

そうした中で、わが国が持続的な経済成長を確保するためには、こうした動きに並走していくことの重要性が高まっています。以下では、私自身が重要と考えている点を2点申し上げつつ、日本銀行の取り組みを紹介したいと思います。

SDGs/ESG

第一に、2015年9月に国連で「持続可能な開発のための2030アジェンダ」3が採択されて以降、持続的な経済成長の実現に向けて、SDGs(持続可能な開発目標)の達成に官民を挙げて取り組む動きが強まっています。わが国では、政府が温室効果ガスの排出量を2050年までに実質ゼロにする目標を表明しました。金融システムの安定という中央銀行の使命の観点で申し上げても、気候変動に対する関心がグローバルに高まっており、多くの中央銀行・監督当局が、そうした潮流の中で、活動を強化しています。例えば、2017年12月には、中央銀行・監督当局の有志のネットワーク(Network for Greening the Financial System)が設立され、日本銀行も昨年11月にメンバーとなりました。気候変動リスクについては、中長期的な時間軸の話が中心となっており、直ちに金融安定を脅かすものとはみていませんが、国際的な議論に積極的に参画・貢献し、国際世論と並走しつつ必要な情報発信をタイムリーに行っていくことが重要だと考えています。

また、日本銀行では、設備・人材投資に積極的に取り組んでいる企業に対するサポートとして、こうした企業の株式を組み入れたETFを年間約3,000億円のペースで買い入れています。この他にも、わが国経済の成長基盤強化に向けた民間金融機関による取り組みを支援するための資金供給(成長基盤強化支援資金供給)も行っています。日本銀行では、これらをESG金融の呼び水と謳っているわけではありませんが、私自身は、日本銀行がこうした施策を推進するもとで、設備・人材投資などを含めESGに積極的に取り組んでいる企業への資本市場の関心が一段と高まっていくことを期待しています。

  1. 3https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/pdf/000270935.pdfを参照。

デジタル・トランスフォーメーション

第二に、近年、進展の著しいデジタル・トランスフォーメーション(DX)の動きを、持続的な経済成長につなげていくことも重要です。今回の感染症拡大を受けた「非対面」、「非接触」のニーズの高まりにより、DXの進展は間違いなく加速しました。DXの進展は、効率化だけでなくサービスの高付加価値化や新しいサービスの創出などを通じて、経済・社会に幅広い便益をもたらし得るものです。最大の脅威であるサイバーリスクに対する備えを万全にしつつ、デジタル技術の便益を最大限引き出していくために、官民が協力して、さらなる環境整備に取り組んでいくことが益々重要になっていると思います。

こうした中、日本銀行では、先月、中央銀行デジタル通貨(CBDC)に関する取り組み方針を公表しました。情報通信技術の急速な進歩を背景に、内外の様々な領域でデジタル化が進展していることを踏まえると、中央銀行として、実証実験や制度設計面の検討などを進めておくことは重要であると思います。こうした取り組みが、民間事業者の創意工夫とともに、デジタル社会にふさわしい安全で効率的な決済インフラの構築に繋がっていくことを私としても期待しています。

SDGs/ESGやDXに取り組むことを通じて、わが国全体の生産性の向上が期待されます。それは、経済の持続的な成長に繋がっていくものですし、日本銀行が目指す「物価安定の目標」の実現にも通じると考えています。もっとも、その道のりは決して平坦ではないと思います。それゆえ、こうした各経済主体の活動を金融政策を通じてしっかりとサポートすること、また、金融システムの安定の観点からも、金融機関の取り組みを積極的に後押ししていくことが重要な局面なのだと思っています。

V.おわりに ―― 道東地域経済について ――

最後に、道東地域経済についてお話します。

まず、足もとの道東地域の景況感をみると、当地の事業所数に占める宿泊・飲食サービス業の割合(2016年)は15.2%と、全国(13.0%)や全道(14.4%)と比べて高くなっている中、第三次産業を中心に感染症の影響を強く受けています。短観調査(2020年9月)をみても、当地の宿泊・飲食サービスの業況判断D.I.は-79と厳しい状況にあります。

ただ、当地では、行政、経済団体、金融機関が、プレミアム商品券の発行や資金繰り支援などの各種の経済支援策を通じて、感染症の影響を受けている企業や家計を強力にサポートしていると伺っています。そうした中で、一部に持ち直しの動きがみられていることも事実です。例えば、釧路・中標津・帯広の3空港の乗降客数や宿泊施設の宿泊客数は、緊急事態宣言下にあった5月をボトムに徐々に持ち直しています。このことは、四国を上回る広大な土地に4つの国立公園を擁し、国の特別天然記念物であるタンチョウやマリモが生息するなど、雄大な自然と観光資源に恵まれている道東地域に大きな魅力を感じている観光客が少なくないことを端的に示しているように思います。実際、民間団体が行ったアンケート調査をみても、アウトドア観光や温泉を楽しめる道東の観光地を旅行希望先に挙げる回答が上位を占めています。

とはいえ、北海道では、感染症の新規感染者数が10月以降増加しており、人出や人の移動に関する高頻度データをみても、他地域と比べて人出の戻りが緩やかとなっていますので、今後の動向は注意してみていく必要があると考えています。

また、道東地域では、豊かな恵みをもたらす十勝平野や太平洋・オホーツク海沿岸を中心に第一次産業が盛んです。実際、当地では、域内総生産(2016年度)の12.2%を第一次産業が占めており、全国(1.1%)とは対照的な姿となっています。また、2019年度の生乳生産量は全国の3分の1超を占めるほか、耕地面積は全国の10.3%、漁獲量の全国シェアは7.5%となっているなど、全国有数の食料供給基地として発展を遂げてきています。

その第一次産業の足もとの動向をみると、農業関連では、例えば、十勝地域をみても、2010年から2019年にかけて飼養戸数が2割減となっている中、1戸当りの乳用牛飼育頭数は同3割増となっており、生産性は大幅に高まっています。この点、搾乳作業をロボットで自動化したり、農作物の選別にAIによる画像解析技術を導入するなど、生産性向上に向けた取り組みを不断に続けてこられたことが着実に実を結んでいるものとお見受けしています。他方、漁業関連では、花咲港のサンマ漁獲量が、2020年10月末時点で6,341トンと、歴史的な不漁であった昨年と比べても約5割減となっており、関連産業を含めて厳しい状況にあります。

このように、道東地域では、産業ごとに景況感にバラつきがみられていますが、景況感が悪化している産業でも、逆境を克服する試みがみられます。例えば、感染症の影響を受けている観光関連では、環境省推進事業を利用して、国立公園などでワーケーションを推進する取り組みが進められています。

感染症の影響の長期化が懸念されるもとでも、官民を挙げて、地域が持つ強みを磨いていくことや新たな発想で課題解決に取り組んでいくことは、政府が押し進めるSDGsを原動力とした地方創生等4にも通じると考えられます。日本銀行としても、釧路支店および帯広事務所を中心に、こうした地域活性化の取り組みに一層貢献できるように引き続き努めて参りたいと思います。道東地域経済のますますの発展を祈念して、私からのご挨拶とさせていただきます。ご清聴ありがとうございました。

  1. 4政府が策定したSDGsアクションプラン2020では、(1)ビジネスとイノベーション~SDGsと連動する「Society5.0」の推進へ~、(2)SDGsを原動力とした地方創生、(3)SDGsの担い手として次世代・女性のエンパワーメントが三本柱となっている。