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【講演】 より効果的で持続的な金融緩和 きさらぎ会における講演

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日本銀行総裁 黒田 東彦
2021年3月30日

1.はじめに

日本銀行の黒田でございます。本日は、きさらぎ会でお話する機会を頂き、ありがとうございます。

この1年間、世界は新型コロナウイルス感染症という非常に大きなショックに襲われています。昨年前半、世界経済は、リーマン・ショック時を超える大きな落ち込みを経験しました。幸いなことに、各国の政府・中央銀行の迅速かつ積極的な対応により、その後、ボトムからは持ち直しています。わが国経済についても、こうした世界経済の動きと同様の展開を辿っています。

もっとも、感染症は、引き続き、経済活動に大きな影響を及ぼしています。この先も、感染症の影響によって、わが国の経済・物価への下押し圧力は長期間継続すると見込まれます。日本銀行としては、そうしたもとで経済を支え、2%の「物価安定の目標」を実現していくことが肝心であると考えています。そのために、まずは、感染症の影響への対応が重要であり、昨年3月以降、企業等の資金繰り支援と金融市場の安定確保のため、強力な金融緩和措置を実施しています。さらに、やや長い目でみると、2%の「物価安定の目標」を実現する観点から、より効果的で持続的な金融緩和を実施していくことが課題となります。日本銀行は、先日の金融政策決定会合で、そのための点検を行い、その結果を踏まえた政策対応を行いました。そこで、本日は、まず、経済・物価情勢と感染症の影響への日本銀行の政策対応についてお話した後、今回の点検の結果を踏まえた政策対応について詳しくご説明します。

2.経済・物価情勢と感染症の影響への日本銀行の政策対応

経済・物価情勢

はじめに、経済・物価情勢から話を始めます。

わが国経済は、感染症の影響から引き続き厳しい状態にありますが、基調としては持ち直しています(図表1)。実質GDPをみると、感染症のショックで大きく落ち込んだ昨年の4~6月をボトムに、昨年後半はプラス成長を続けました。2020年第4四半期の実質GDPは、2019年の平均を-2.6%下回る水準まで回復しています。しかし、昨年秋以降の感染症の再拡大の影響から、本年入り後は、飲食や宿泊といった対面型サービスセクターにおける下押し圧力が強まっています。

もっとも、今回の局面は、幅広いセクターで経済活動が抑制された昨年の春とは異なり、対面型サービス以外の経済活動は、世界貿易の回復や「巣ごもり需要」にも支えられ、相応に維持されています。感染症の影響に経済が左右される状況は続いていますが、持ち直しの動きは維持されています。

先行きは、感染症の影響が徐々に和らいでいくもとで、外需の回復や緩和的な金融環境、政府の経済対策の効果にも支えられて、緩やかながらも改善基調を続けると考えています。まもなく始まる2021年度は、今年度の落ち込みの反動に加え、政府の追加経済対策の効果もあって、はっきりとしたプラス成長となるとみています。

物価面をみると、消費者物価の前年比は、感染症の影響に加え、既往の原油価格下落の影響といった一時的な下押し要因から、マイナスとなっています。もっとも、こうした一時的な要因を除くと、小幅のプラスで推移しており、経済の落ち込みに比べると底堅い動きが続いています。先行き、当面は、マイナスが続くものの、その後は、一時的な下押し要因が剥落し、経済が改善するもとで、プラスに転じ、上昇率を高めていくと考えています。

以上の中心的な経済・物価見通しについては、引き続き、下振れリスクが大きいと考えています。ワクチン接種の拡がりは前向きな動きですが、当面、感染症の帰趨やその影響に注意が必要な状況が続くと考えています。

感染症の影響への日本銀行の政策対応

感染症が経済に影響を及ぼすもとで、日本銀行では、昨年3月以降、「3つの柱」による強力な金融緩和措置を実施しています(図表2)。こうした対応は、緩和的な資金調達環境を維持することなどを通じて、経済を支える効果を発揮しています。昨年12月の金融政策決定会合では、企業等の資金繰り支援のための「特別プログラム」の期限を本年9月末まで延長しました。感染症の影響を踏まえて、必要があれば、さらなる延長も検討します。今後とも、「特別プログラム」を含めた現在の金融緩和をしっかりと実施していく考えです。また、感染症の影響を注視し、必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じる方針です。

3.「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」の継続

ここからは、「より効果的で持続的な金融緩和を実施していくための点検」についてお話します。日本銀行では、2%の「物価安定の目標」を実現するため、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」のもとで強力な金融緩和を続けています。今回の点検では、この枠組みのもとでの経済・物価動向と政策効果について確認するところから始めました。

「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」は、2016年9月に導入した金融政策の枠組みです(図表3)。これは、「イールドカーブ・コントロール」と「オーバーシュート型コミットメント」の2つを主な内容としています。まず、「イールドカーブ・コントロール」は、長短金利の全体、つまりイールドカーブを操作目標とする金融市場調節の枠組みです。金融緩和の効果だけでなく、副作用にも配慮しながら、適切な水準に長短金利をコントロールしていくことを狙いとしています。次に、「オーバーシュート型コミットメント」は、物価上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまでマネタリーベースの拡大方針を維持する約束です。ここでは、物価上昇率の「見通し」ではなくて、「実績値」に基づいて金融緩和の継続を約束している点がポイントです。この非常に強力なコミットメントにより、予想物価上昇率に関する期待形成を強めることを企図しています。また、このコミットメントは、物価上昇率の実績値が目標を下回る期間が続いた場合には、そうした状況を埋め合わせるべく、物価上昇率が目標を上回る期間を長めに保つように金融緩和を行う、「埋め合わせ戦略」の考え方を実践するものです。今回、経済モデルを用いて点検し、この戦略をとることが、金融政策運営として適切であることを改めて確認したところです。

このように、「イールドカーブ・コントロール」と「オーバーシュート型コミットメント」は、車の両輪であり、どちらも不可欠な要素です。そのもとで、名目金利から予想物価上昇率を差し引いた実質金利を低位で推移させることを起点に緩和的な金融環境を実現し、経済・物価に好影響を及ぼすメカニズムを想定しています。

この枠組みの導入以降の経済・物価動向を振り返ってみると、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」は想定されたメカニズムに沿って効果を発揮してきました。わが国の名目金利は、イールドカーブ・コントロールのもとで、きわめて低位に抑えられています。予想物価上昇率が「量的・質的金融緩和」の導入前を上回る水準で推移する中、実質金利ははっきりとしたマイナス圏で推移しています。低い実質金利は、資金調達コストの低下や良好な金融資本市場を通じて、金融環境を改善させています(図表4)。実際、銀行貸出やCP、社債の発行残高は増加を続けています。金融資本市場では、為替相場は総じて安定的に推移し、株価は上昇基調を辿りました。そうしたもとで、経済活動は押し上げられ、企業収益や雇用環境が改善しました。マクロ的な需要と供給のバランスを示す需給ギャップは、2017年にはっきりと需要超過に転じた後、プラス幅を拡大しました。こうした中で、デフレ期にはみられなかったベースアップが7年連続で実現するなど、賃金も緩やかに上昇し、基調的な物価上昇率はプラスの状況が定着しました。

「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」が、経済・物価を押し上げる効果を発揮したことは、経済モデルを用いた分析でも確認できます(図表5)。日本銀行の強力な金融緩和が導入されなかった場合の仮想の実質GDPや消費者物価の推移をシミュレーションすると、実績値は仮想値に比べて、実質GDPの水準で平均+0.9~+1.3%程度、消費者物価の前年比で平均+0.6~+0.7%ポイント程度、それぞれ高いという結果となりました。金融緩和による押し上げ効果がそれだけあったことを示しています。

以上に加えて、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」のもとで、経済活動が活発化し、労働需給がタイト化したことを背景に、女性や高齢者の労働参加が進み、企業が労働生産性を向上させたことも、重要な変化です。こうした変化は、人口減少という問題に直面し、経済全体の生産性向上の必要性のある日本経済にとって、望ましいことです。良好な経済情勢が続く中で、日本経済の中長期的な課題についても、前向きな動きが進みました。

もっとも、物価上昇率が高まりにくい状況は続いています。その大きな理由は、わが国では、予想物価上昇率に関する複雑で粘着的な適合的期待形成のメカニズムが根強いことにあります。この点について、点検で幾つかの分析を行っていますが、要するに、予想物価上昇率が、実際の物価上昇率だけでなく、過去の経験やその過程で培われた規範などにも、強い影響を受ける、ということが示されています。つまり、長期にわたるデフレの経験によって定着した、物価が上がりにくいことを前提とした人々の考え方や慣行の転換には、時間がかかるということです。しかし、このことは、人々が実際に物価上昇を長く経験すれば、物価上昇が徐々に人々の考え方の前提に組み込まれていく可能性が高いことを示すものでもあります。

以上を踏まえると、2%の「物価安定の目標」を実現していくためには、引き続き、経済・物価の押し上げ効果を発揮している「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続していくことが適当と考えられます。日本銀行では、そのための基本的な政策の考え方として、(1)持続的な形で、金融緩和を継続していくとともに、(2)経済・物価・金融情勢の変化に対して、躊躇なく、機動的かつ効果的に対応していくことが重要であると判断しました。この組み合わせは、金融緩和を長期にわたり継続し、その実効性を高めていくために不可欠なものです。今回、こうした観点から、各種の施策についても点検を行い、その結果を踏まえて政策対応を決定しています。次に、その点についてご説明します。

4.より効果的で持続的な金融緩和のための政策対応

今回の政策対応は大きく3点あります(図表6)。

貸出促進付利制度の創設

第1に、「貸出促進付利制度」の創設です。これは、金融仲介機能への影響に配慮しつつ、躊躇なく、機動的に長短金利の引き下げを行うための仕組みです。もとより、機動的かつ効果的な追加緩和の手段として、長短金利の引き下げは重要な選択肢です。もっとも、市場参加者の間では、金融仲介機能への影響を理由に、金利引き下げの追加緩和手段としての認識が低下しているように窺われます。そこで、金利引き下げに際しての金融仲介機能への影響に配慮する仕組みを予め整えることで、長短金利の引き下げという追加緩和手段の実効性を高めることとしました。

この「貸出促進付利制度」は、日本銀行が金融機関の貸出を促進する観点からバックファイナンスを行っている各種の資金供給について、その残高に応じて一定の金利をインセンティブとして付与し、そのインセンティブが短期政策金利を引き下げた場合に増加する仕組みです。これにより、金利引き下げ時の金融機関収益へ及ぼす影響を、金融機関の貸出の状況に応じて一定程度和らげることができます。

インセンティブである付利金利については、3つのカテゴリーを設けました。1つは、短期政策金利の絶対値、すなわち、現在は、短期政策金利が-0.1%ですので、付利金利を+0.1%とするカテゴリーです。他の2つは、それより高い付利金利と低い付利金利のカテゴリーです。今回、それぞれ+0.2%とゼロ%としました。言わば、日本銀行の各種の資金供給の趣旨に応じて使い分けることができる3つの「箱」を用意する形です。そのうえで、最も高い+0.2%を付利するのは、新型コロナ対応特別オペのうちプロパー分と決定しました。これは、金融機関が、中小企業等に対して自らリスクを負って行っている感染症対応融資を一層積極的に後押ししようという狙いです。さらに、付利金利が+0.1%の対象は、プロパー分以外の新型コロナ対応特別オペ、また、付利金利がゼロ%の対象は、貸出支援基金と被災地オペとしました。今後、どの「箱」にどのような資金供給を当てはめていくかは、情勢に応じて必要があれば、金融政策決定会合で変更する扱いとなります。

また、この制度は、マイナス金利のもとで、金融機関の貸出を促進することで、金融緩和の効果をより浸透させるものです。追加緩和として長短金利を引き下げる場合には、本制度により付利金利が引き上げられ、金融機関の貸出がさらに促進される仕組みとなっています。こうした形で、追加緩和の効果が補完されると考えています。

そのほか、今回の政策対応では、日本銀行が受け入れる当座預金のうちマイナス金利が適用される部分の算出方法の技術的な調整も行いました。詳細のご説明は省略いたしますが、これもマイナス金利政策の一層円滑な運営に資するものであり、短期金利引き下げという追加緩和手段の実効性を高めることにもなると考えています。

イールドカーブ・コントロールの運営

第2に、イールドカーブ・コントロールの運営についてです。日本銀行は、長期金利、すなわち、10年物国債金利の操作目標を「ゼロ%程度」としていますが、今回、その変動幅は±0.25%程度であることを明確化しました。

イールドカーブ・コントロールが国債市場の機能度に影響を及ぼすことは、金利をきわめて低位で安定的に推移させる効果に必然的に伴う面があります。もっとも、これを持続的に運営していくためには、市場機能の維持と適切な金利コントロールとの両立を図ることが重要です。実際、金利の変動は一定の範囲内であれば、緩和効果を損なわず、国債市場の機能にプラスに作用することが、点検で行った分析から改めて確認されました。

日本銀行では、2018年7月に「強力な金融緩和継続のための枠組み強化」を行った際に、こうした観点から、長期金利の変動幅について「それまでの概ね±0.1%の幅から、上下にその倍程度変動しうる」こととしていました。その後、長期金利の変動幅は拡大し、国債市場の機能度は改善しました。しかし、その後、変動幅が、結果的に狭くなることがありました。こうした状況と点検での分析結果を踏まえて、今回、長期金利の変動幅について、これまでの考え方を明確化することが適当と判断しました。

このように平素は柔軟な運営を行いながらも、金融緩和の効果を確保するためには、金利が大きく上昇する場合には、そうした動きをしっかりと止める必要があります。そのための手段として、特定の年限の国債を固定金利で無制限に買い入れる「指値オペ」がありますが、今回、これをさらに強化することとしました。すなわち、一定期間、指値オペを連続して行う「連続指値オペ制度」を新たに導入します。これによって、必要な場合に、これまで以上に強力に金利の上限を画することが可能になります。一方、下限については、日々の動きの中で金利が一時的に下回るような場合には、金融緩和の効果を損ねることはないので、そうした動きには厳格には対応しない考えです。

以上が基本的なイールドカーブ・コントロールの運営についての考え方と今回の対応になります。もっとも、特に、感染症の影響が続くもとでは、イールドカーブ全体を低位で安定させることが重要です。当面は、その点を優先して、イールドカーブ・コントロールを運営していく考えです。

ETF・J-REITの買入れ

第3に、ETF・J-REITの買入れについてです。ETF・J-REIT買入れは、市場のリスク・プレミアムに働きかけることを通じて、経済・物価にプラスの影響を及ぼすことを目的としています。今回の点検で、ETF買入れは、市場が大きく不安定化した場合に、大規模に行うことが、リスク・プレミアム抑制の観点から効果的であることを確認しました。この結果を踏まえると、従来以上にメリハリをつけた買入れを行うことで、ETF・J-REIT買入れの持続性と機動性を高めることができると考えられます。

そうした買入れができるように、今回、ETF・J-REITの買入れ方針を見直しています。すなわち、感染症の影響に対応するための臨時措置として昨年3月に決定した、ETFは約12兆円、J-REITは約1,800億円という年間増加ペースの上限を、感染症の収束後も継続することとしました。この上限のもとで、市場の状況を見極めながら、必要に応じて、買入れを行うこととします。

さらに、ETF買入れについては、一部の銘柄の株式の間接保有比率が偏って高まることを避けるため、今後、指数の構成銘柄が最も多いTOPIXに連動するETFのみを買入れることとしました。日本銀行では、これまでも、そうした観点から、TOPIXに連動するETFの買入れウエイトを高めてきており、今回の対応はその延長線上にあるものです。

金融システム面への一層の目配り

以上の3つの対応に加えて、この先、金融緩和が長期間続くと見込まれることを踏まえ、今後、「展望レポート」を決定する金融政策決定会合において、金融システム動向のモニターを担当する金融機構局から報告を受けることとしました。これまでも、金融面の不均衡のリスクも点検しながら、金融政策運営を行ってきましたが、今後、金融システムの動向に一層目配りしてまいりたいと思います。

5.おわりに

以上、より効果的で持続的な金融緩和を実施していく観点から決定した政策対応についてお話してきました。今回の対応は、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を構成する各種の施策の持続性と機動性を高めることで、この枠組みを一層強化するものです。こうした対応によって、日本銀行は、これまで以上に力強く金融緩和を推進していくことができると考えています。

2013年に「量的・質的金融緩和」を導入して以降、日本銀行は、大規模な金融緩和を続けてきました。そのもとで、経済が大きく改善する中、賃金は緩やかに上昇し、デフレではない状態になりました。時間はかかっていますが、金融緩和を続けていくことで、2%の「物価安定の目標」を実現することは可能だと考えています。「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」は、今回の政策対応により、持続性と機動性が高まりました。「オーバーシュート型コミットメント」が有効であることも確認されました。日本銀行としては、この枠組みのもとで、今後も、強力な金融緩和を粘り強く続けていくことで、日本銀行の使命である2%の「物価安定の目標」を実現していく考えです。

ご清聴ありがとうございました。