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【挨拶】令和3年全国証券大会における挨拶

日本銀行総裁 黒田 東彦
2021年9月30日

1.はじめに

本日は、「令和3年全国証券大会」において、ビデオメッセージを通じてお話しする機会を頂き、誠にありがとうございます。新型コロナウイルス感染症の影響がなお続く中、本日の大会が無事開催されますことを、心よりお祝い申し上げます。

日本証券業協会、全国証券取引所協議会、投資信託協会に加盟の皆様におかれては、わが国証券市場の発展、ひいては、日本経済の安定的な成長に貢献してこられました。あらためて皆様の日頃のご尽力に対し、日本銀行を代表して、心より敬意を表します。

以下では、はじめに経済・物価情勢と日本銀行の金融政策運営について、次に証券業界への期待についてお話しします。最後に足もとで関心の高まっております金融面での気候変動問題への対応についても申し述べたいと思います。

2.最近の経済・物価情勢と日本銀行の金融政策運営

まず、経済情勢についてお話しします。わが国の景気は、感染症の影響から引き続き厳しい状態にありますが、基調としては持ち直しています。海外経済は、積極的なマクロ経済政策を行う先進国を中心に、しっかりとした回復を続けています。こうしたもとで、輸出や生産は、一部で供給面の制約を受けつつも増加を続けており、企業収益は、製造業部門を牽引役として改善を続けています。設備投資も持ち直しており、ウィズコロナ・ポストコロナを見据えたデジタル関連投資や、脱炭素化に向けた研究開発投資は、徐々に活発になってきています。一方、感染拡大と公衆衛生上の措置の影響が続く中で、個人消費は、引き続き低い水準で足踏みした状態となっています。特に、飲食や宿泊といった対面型サービスには、感染力の強いデルタ株の流行を受けて、引き続き強い下押し圧力がかかっています。このように、家計部門では依然として弱い動きが続いていますが、企業部門における所得から支出への前向きの循環メカニズムが、経済全体の改善を支えています。

先行きのわが国経済は、当面、対面型サービス部門を中心に低めの水準が続くものの、感染症の影響が徐々に和らぐにつれて、回復傾向が明確になっていくとみています。見通しの鍵を握る個人消費については、ワクチン接種の更なる進捗により、感染抑制と消費活動の両立がより容易になっていけば、ペントアップ需要にも支えられて、持ち直していくと考えています。ただし、個人消費の回復のタイミングやペースについては、感染症の動向次第で大きく変わり得るため、引き続き不透明感の強い状況です。

次に、物価です。消費者物価の前年比は、足もとでは0%程度となっています。もっとも、携帯電話通信料といった一部品目の下落が消費者物価全体を大きく下押ししており、携帯電話通信料に加えて、エネルギー価格などの一時的な要因を除いた実力ベースでみると、小幅のプラスで推移しています。感染症の影響により個人消費の低迷は長引いていますが、企業が値下げにより需要喚起を図る行動は拡がっておらず、物価の基調は底堅さを維持しています。消費者物価の先行きについては、エネルギー価格の上昇を主因に小幅のプラスになったあと、マクロ的な需給バランスの改善が続くもとで、携帯電話通信料といった一時的な下落要因の剥落もあって、徐々に上昇率を高めていくとみています。この間、現在横ばい圏内の動きとなっている中長期的な予想物価上昇率が、企業の価格設定スタンスの積極化を反映して再び高まっていくことも、消費者物価を押し上げる要因になると考えています。

続いて、金融政策運営についてお話しします。デルタ株の流行により、内外経済は不透明感の強い状態が続いており、当面は、こうした感染症の影響への対応が引き続き重要であると考えています。特に、企業等の資金繰りは、ひと頃に比べ改善しているものの、感染症の影響により売上の低迷が続く対面型サービスを中心に、厳しさがみられます。こうした認識を踏まえ、日本銀行は、6月に、「新型コロナ対応資金繰り支援特別プログラム」を来年3月末まで延長したところであり、引き続き、このプログラムのもとで企業の資金繰りをしっかりと支えていきます。もとより、今後も感染症が経済に与える影響を注視し、必要と判断すれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じる考えです。

感染症収束後も見据えた政策運営スタンスについては、消費者物価は、現在の見通し期間終盤である2023年度に、1%程度まで上昇率が高まるとはいえ、「物価安定の目標」である2%には、なお距離が残る姿を見込んでいます。日本銀行としては、物価目標の実現に向けて、3月の点検により持続性と機動性を増した「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」のもとで、強力な金融緩和を粘り強く続けていく考えです。

3.証券業界への期待

次に、証券業界への期待について、お話しします。

まず、金融市場およびそこで重要な役割を担われている証券業界には、国民の資産形成の支援と成長資金の供給を繋ぐ場として大きな期待が寄せられています。資金循環統計によると、2020年度末の家計の金融資産残高は1,968兆円と過去最高を更新しました。人生100年時代においては、個々人が、金融市場を通じた資産運用によって、安定的に資産形成を図っていくことがますます重要になります。また、そうした資金が企業の成長資金へと循環し、社会・経済の持続的な成長を支えていくことが望ましいと考えられます。

そのためには、真に投資家が必要とする魅力的で健全な金融商品・サービスが提供されるとともに、投資家自身がそれらのリスクを適切に理解し、判断する能力としての「金融リテラシー」が重要です。証券業界では、学校から高齢者まで様々なレベルでの金融教育に積極的に貢献されてきました。日本銀行は、金融広報中央委員会の事務局を務めております。引き続き、家計の金融リテラシー向上について、証券業界の皆様とともに取り組んでいきたいと考えています。

次に、「持続可能な開発目標」(SDGs)の実現に向けた取り組みです。金融機関自らの事業として取り組み、収益性を確保しながら、社会に貢献していくことが重要です。取引先企業や投資家へ働きかけ、対話等を通じて企業価値向上を促すことは、自らのビジネス機会やリスク管理対応にも結び付くはずです。SDGsを重視する行動や姿勢が、ステークホルダーの支持や信頼感の向上に繋がり、証券業界全体の持続可能性向上にも寄与しうると思います。

たとえば、日本証券業協会主催の「証券業界におけるSDGsの推進に関する懇談会」では、証券市場を介した関連する投資の促進に加えて、証券業界自体の働き方改革・女性活躍支援を図る取り組み、社会的弱者、特に厳しい環境に置かれている子どもたちへの教育支援などについて積極的に議論されています。証券業界を挙げて熱意をもって取り組まれていることを心強く感じています。

加えて、LIBORの公表停止に向けた対応です。様々な金融取引に利用されてきた現行のLIBORは、米ドルの一部テナーを除き、本年末に公表が停止されることになります。わが国では、移行計画に沿って、個々の市場参加者による対応が進められていると認識しています。今後とも、時限性を意識した、着実かつ迅速な対応が求められます。証券業界の皆様には、債券の発行体や投資家などと連携し、年末に向けて対応を進めていただくようお願いします。日本銀行としても、引き続き、金融庁と連携しながら、市場参加者の取り組みをサポートしてまいります。

4.金融面での気候変動問題への対応

次に、金融面での気候変動問題への対応です。気候変動問題は、先ほど申し上げたSDGsのうちの1つでもあります。

近年、世界的に「脱炭素化」に向けた取り組みに対する関心が高まっています。大規模な自然災害の規模や発生頻度の上昇、地球規模での気温の上昇といった気候変動問題は、長期に亘って社会・経済に広範な影響をおよぼします。一方、個々の企業や家計が経済活動を行う際に、こうした温室効果ガスがもたらす影響が十分には考慮されない結果、社会的にみて過大な量の温室効果ガスが排出されます。経済学における「負の外部性」が生じているといえます。

金融資本市場の観点から申し上げると、中長期的に、投資家が気候変動に伴うリスクを適切に認識し、その投資行動や価格形成を通じて、負の外部性を内部化することが望ましいと考えられます。また、脱炭素化への移行は、社会・経済全体におよぶ世界規模のプロジェクトであり、実際に取り組むには多額の資金が必要となります。金融資本市場には、そうした投資を呼び込み、資金を供給する場として重要な役割を果たしていくことが大きく期待されています。実際に、気候変動に対応した取り組みを対象としたグリーン・ボンドの発行額は世界的に増加しています。情報開示などの制度面の充実を図りながら、こうした新たな市場の健全な成長を促していくことが重要です。

日本銀行においても、本年7月に、気候変動に関する取り組み方針を公表いたしました。金融政策面では、気候変動関連分野での民間金融機関の多様な取り組みを支援するための新たな資金供給制度の導入を決めました。今月の金融政策決定会合で決定した基本要領に沿って、年内を目途に資金供給を開始する予定です。また、金融システム面でも、気候関連金融リスクの把握や管理に関する金融機関の取り組みを積極的に後押ししてまいります。このほか、中央銀行として、気候変動問題にかかる調査研究や国際的な議論への参画を通じて、グローバルな気候変動に関する取り組みの進展に貢献していく所存です。日本銀行自身の業務運営においても、気候変動への対応を意識した取り組みを行っていきます。

5.おわりに

最後になりましたが、今後とも、皆様方のご健勝と、わが国証券市場のますますの発展を祈念いたしまして、私からのご挨拶とさせて頂きます。 ご清聴ありがとうございました。