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【挨拶】 日米経済界への期待:コロナ危機からの経済回復と気候変動問題への取り組み 第58回日米財界人会議における挨拶の邦訳

日本銀行総裁 黒田 東彦
2021年10月6日

1.はじめに

日米財界人会議発足後、60年目を迎えた本日の会議で、両国財界を代表する皆様の前でお話する機会を賜り、誠に光栄です。

さて、日本では、約20年振りに紙幣(日本銀行券)を刷新します。今回、新一万円札の肖像画に採用された人物は、「近代日本資本主義の父」と言われる実業家の渋沢栄一です。渋沢は、日米の民間交流に熱心で、1909年には、50名ほどの実業団を率いて、米国各地を訪問しています。その際には、ウィリアム・タフト米国大統領や発明王のトーマス・エジソンなど各界の実力者と面談し、成長著しい当時の米国社会を体感したとのことです1。渋沢の渡米実業団を出発点とする日米経済界の交流は、その後も日米財界人会議をはじめ脈々と受け継がれており、両国経済の発展に大きく貢献しています。新型コロナウイルス感染症の流行という困難な局面でも、こうして皆様が対話を継続されていることを心強く感じています。

本日は、パンデミックという共通のショックに直面した日米経済の動きを比較することで浮き彫りになる両国経済の特徴点について、私なりの見方をお話します。次に、今後数十年を展望した際に最も重要な共通の課題のひとつとなる気候変動問題について、最近の日本銀行の取り組みを紹介しつつ、日米経済界への期待を申し述べます。

  1. 渋沢栄一記念財団ホームページ。

2.感染症流行以降の日米経済

日米経済は、パンデミックという戦後経験したことのない大きなショックに直面し、昨年前半には、幅広いセクターで急激に落ち込みました(図表1)。その結果、昨年4~6月の実質GDPは、感染症流行前の2019年と比べると、日米ともに1割近い大幅な減少となりました。その後は、日米ともに、人々の感染症への適応が進むもとで、大規模な財政金融政策の発動が下支えとなり、持ち直しの動きが進みました。いち早くワクチン接種と経済活動の再開が進んだ米国経済は、感染症後の落ち込みから、わずか1年程度で、感染拡大前の水準を回復しました。その後も、製造業部門からサービス部門へと改善の裾野を拡げながら、高い成長を続けており、世界経済の回復を支えています。他方、日本経済も、海外経済の回復を背景に、輸出・製造業部門主導で持ち直しています。足もとでは、ワクチンが十分に普及する前に、感染力の強いデルタ株の流行に見舞われたこともあり、米国に比べると、対面型サービス部門の回復が遅れています(図表2)。もっとも、日本のワクチン接種完了率は、米国と肩を並べる水準まで上昇してきています。今後、日本でも、接種証明書の活用などにより、感染抑制と消費活動の両立が一段と進んでいけば、ペントアップ需要にも支えられて、サービス部門も含めて経済の回復傾向は明確になってくる可能性が高いとみています。

このように、コロナ危機下における日米の経済活動は、多少のラグはありますが、概ね似通った回復軌道を示してきたのに対し、労働市場は、日米間で大きく異なる展開をたどってきました(図表3)。米国では、ロックダウンによる経済活動の急激な収縮を受けて、従業員の解雇や一時帰休が急増しました。その結果、コロナ危機前まで3%台半ばで推移していた失業率は、昨年4月に14.8%まで急激に上昇しました。その後は、経済活動の再開に伴い、米国の雇用情勢は好転していますが、雇用の回復はGDPと比べると鈍く、失業率はなお5%を上回っています。これに対し、日本では、経済活動の落ち込みに比べると、失業率は、かなり緩やかな上昇にとどまっています。感染症流行前まで2%半ば程度で推移していた日本の失業率は、感染症流行後に上昇しましたが、それでも3%程度と低い水準を維持しています。

日米間で労働市場の反応が大きく異なる背景には、両国の雇用慣行の違いが影響しています。すなわち、米国では、雇用調整速度が速く、経済に大きなショックが発生すると、素早く解雇や一時帰休が行われる傾向にあります。これに対し、長期雇用が定着している日本企業では、需要の減少が生じても、まずは、労働時間の削減や休業者の増加によって対応し、出来るだけ雇用の維持を図ろうとする傾向があります。こうした日米企業で異なる雇用スタンスには、労働市場のセーフティネット(安全網)の違いも影響していると考えられます。米国では、労働者個人に対し直接支払われる失業保険が重要な役割を果たしているのに対し、日本では、企業の賃金支払いを肩代わりする雇用調整助成金が、不況期でも企業内に労働力を保蔵することをサポートしています。

以上のような労働市場のダイナミクスの違いは、インフレ率にも無視できない影響を与えています(図表4)。最近の消費者物価上昇率をみると、米国は5%を超え、30年ぶりの高い上昇率を示しています。一方で、日本は0%程度です。最近の日本におけるインフレ率の低さには、携帯電話通信料の大幅値下げといった特殊要因も大きく寄与しており、実力ベースでみた物価はヘッドラインの数字ほどには弱くありません。しかし、その影響を調整しても、日本のインフレ率は、米国をはっきりと下回っていることに変わりはありません。

このようなインフレ率の日米格差には、予想インフレ率だけでなく、企業が受ける供給制約の違いも影響しています。すなわち、米国では、雇用が十分に回復していない状況で、企業は、経済再開に伴って、予想を上回る急激な需要の回復に直面したため、労働力不足や資材・部品の調達困難化といったボトルネックが生じています。その結果、米国企業は、賃金の引き上げにより、雇用の確保を急ぐとともに、自らの販売する財・サービス価格も引き上げて、需要超過の解消を図っています。これに対し、日本では、そもそも米国ほど急速に需要が回復していないことに加え、多くの企業は、基本的に雇用を維持してきたため、需要増加に対する供給制約は相対的に限定的なものにとどまっており、急いで賃金や価格を引き上げる必要に迫られていません。

以上のように、日米経済は、パンデミックという共通の危機に対して、それぞれの特徴――米国は流動性の高い労働市場と柔軟な賃金・価格調整、日本は長期安定的な雇用と強靭な供給体制――を活かしながら、経済活動の再開を進めてきました。コロナ危機は、ワクチンこそ普及してきましたが、完全な収束にはまだ暫く時間がかかりそうです。日米経済は、ともに、企業がこれまで示してきた高い適応力により、必ずやこの危機を乗り越えていくと信じています。

3.気候変動問題

世界経済には、感染症に加え、もうひとつ解決しなければならない共通の重要な課題があります。気候変動問題です。日米などの先進国は、18世紀半ばに始まった産業革命以降、石炭や石油などの化石燃料を原動力として、大量生産・大量消費社会を築き、豊かさと繁栄を手にしてきました。このように産業革命以降、300年弱かけて築き上げてきた炭素依存型の成長モデルを、今後たった30年弱で脱炭素社会へと転換させようというわけですから、政府も民間も総力戦で取り組んでいく必要があります。

中央銀行も、この問題と決して無縁ではありません。気候変動は、中長期的に、経済・物価・金融情勢にきわめて大きな影響を及ぼし得るという点で、中央銀行の使命にも関わってくるからです。また、この問題は、経済学で言う「外部性」の存在から、市場メカニズムだけでは解決が難しく、公的部門による関与が不可欠であることは広く認識されています。さらに、脱炭素化に向けては、長期にわたって大規模な設備投資や研究開発投資の実行と、そのファイナンスが必要になるため、金融部門が果たす役割への期待も大きくなっています。こうした認識のもと、日本銀行は、今般、金融機関による多様な気候変動対応の投融資を有利な条件でバックファイナンスする、新たな資金供給オペレーションを導入することとしました。日本銀行の新たな施策がひとつの呼び水となり、民間部門における気候変動問題への取り組みが活発化していくことを期待しています。

今後30年弱でカーボン・ニュートラルを実現するという意欲的な課題を解決するためには、世界のGDPの1位と3位である米国と日本の経済界が、これまで以上に手を携えて、アイデアを出し合っていくことが重要です。冒頭にご紹介した渋沢は、日本の資本主義黎明期に500近くの企業の設立に関与しました。その起業家精神は、コロナ後の変革する経済社会において一段と重要性を増すように思います。日米財界人会議における活発な意見交換が、様々な共通の課題への取り組みを一段と深化させていくきっかけになることを祈念し、私からのご挨拶とさせて頂きます。

ご清聴ありがとうございました。