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【挨拶】最近の金融経済情勢と金融政策運営名古屋での経済界代表者との懇談における挨拶

日本銀行総裁 黒田 東彦
2021年11月15日

1.はじめに

日本銀行の黒田でございます。本日は、東海地域の経済界を代表する皆様とお話する機会を賜り、誠にありがとうございます。皆様には、日頃より、私どもの名古屋支店の業務運営にご協力頂いており、厚くお礼申し上げます。昨年の新型コロナウイルス感染症の流行以降、こうした意見交換は、オンライン形式での開催を余儀なくされてきましたが、本日は、最近の感染の落ち着きを受けて、1年9か月振りに対面での開催となりました。こうして、皆様に直接お目にかかることが出来ることを嬉しく思います。

昨年来の相次ぐ感染拡大の波は、経済活動を大きく制約してきましたが、足もとでは、ワクチンの普及と感染者数の大幅減少により、経済活動の正常化に向けて、ようやく薄日が差し始めています。ただ、同時に、世界的に進む経済活動の再開は、供給制約による原材料や部品の不足という、新たな問題も引き起こしています。本日は、これらの点も含め、わが国の経済・物価情勢に対する日本銀行の見方を、先日公表した「展望レポート」に沿ってお話したうえで、金融政策運営の考え方についてご説明します。

2.経済情勢

はじめに、わが国経済の現状と先行きです(図表1)。わが国経済は、昨年春をボトムに、持ち直しを続けてきましたが、従来の想定と比べると回復がやや遅れています。まず、夏場のデルタ株の流行により、個人消費は、対面型サービスを中心に、足踏み状態が長引きました。また、これまで堅調に増加してきた輸出と生産も、東南アジアでの感染拡大に伴う部品調達の遅れから、足もとでは弱めの動きとなっています。先行きも、当面は、感染症への警戒感からサービス消費への下押し圧力が残るほか、供給制約による輸出・生産の一時的な減速局面は続く、と予想されます。このため、本年度の成長率は、+3.4%と、7月時点の見通しである+3.8%から幾分下振れると想定しています。

もっとも、先行きの景気回復のメカニズムは、崩れていないと考えています。とくに、企業部門では、供給制約の影響を受けつつも、需要自体は堅調なこともあって、収益とマインドの改善傾向は続いており、設備投資スタンスもしっかりしています。こうした企業部門の堅調さが維持される中、感染症と供給制約の影響が和らぐとみられる来年前半には、家計部門も含め景気全体の改善傾向がかなり明確になってくる、と予想しています。そうしたもとで、わが国の実質GDPも、米欧からやや遅れますが、来年前半には、感染拡大前である2019年の水準を概ね回復できる見通しです。その後も、感染抑制と経済活動の両立が進むもとで、海外経済の高めの成長や緩和的な金融環境にも支えられて、潜在成長率を上回る成長経路をたどると考えています。

以上が、先行きの経済見通しの概要となります。当面のポイントは、第1に、ウィズコロナのもとで、サービス消費の回復が順調に進むかどうか、第2に、海外経済の堅調な回復が続く中で、供給制約が解消に向かうかどうかです。ここからは、この2つのポイントを中心に、お話します。

ウィズコロナのもとでのサービス消費の回復

感染症は、サービス消費への強い下押し圧力として作用してきました(図表2)。この夏場には、感染力の強いデルタ株の流行に伴い、感染者数の急増を招くとともに、人々の感染症への警戒感が強まったことから、飲食・宿泊サービスは、感染拡大前を4割ほど下回る水準での低迷を余儀なくされました。先行き、対面型サービス消費が、こうした停滞局面を脱し、本格的に回復できるかどうかが、重要なポイントです。

この点、わが国のワクチン接種率は、欧米を超える70%超の水準まで、順調に上昇しています。感染者数も大きく減少する中、先月から各種の行動制限も段階的に緩和されています。また、ワクチン接種証明書の活用など、感染抑制と消費活動の両立を図る取り組みも徐々に進んでいます。この間、雇用者所得は、経済活動の持ち直しを反映して、増加に転じています。このように、わが国でも、サービス消費の本格回復に向けた基盤は整いつつあります。したがって、この先、人々の感染症への警戒感が和らいでいけば、サービス消費の回復傾向は明確になっていく可能性が高い、とみています。

とくに、個人消費の4割近くを占める高齢世帯の消費スタンスに注目しています(図表3)。クレジットカードの決済情報に基づく高頻度データによれば、高齢者は、ワクチン接種が他の年代より先行していたにもかかわらず、これまでサービス分野での消費活動に非常に慎重でした。しかし、感染が落ち着いた9月後半以降、高齢者のサービス消費にも、持ち直しの動きがみられます。そうしたもとで、10月末を調査時点とする景気ウォッチャー調査をみても、消費関連企業の景況感は、飲食関連などのサービス部門も含め、はっきりと改善しています。ただし、こうした前向きな動きは、まだ1~2か月程度の話です。また、ワクチン普及後も、感染拡大の波が繰り返し訪れる可能性は残ります。こうしたもとで、この先、家計の感染症への警戒感が和らいでいくか、注意が必要です。

海外経済と供給制約

次に、海外経済と供給制約の影響です。海外経済は、国・地域ごとにばらつきはありますが、先進国のワクチン接種の進展と積極的なマクロ経済政策に支えられて、全体として堅調な回復を続けています(図表4)。IMFによれば、世界経済は、昨年のマイナス成長から一転して、本年は+5.9%、来年は+4.9%と、非常に高い成長が続くと見込まれています。7月時点と比べると、若干の下方修正となってはいますが、2年連続で、過去の長期平均である+3.5%を大きく上回る成長を想定している姿に変わりはありません。しかし、こうした異例とも言える速さの世界経済の回復は、各所で様々な摩擦を引き起こしています。部材や人手の不足、物流の目詰まりといった供給制約という問題です。

わが国の生産と輸出も、部品の供給制約により、自動車関連を中心に下押し圧力がかかっています。ただし、わが国経済が直面している供給制約については、(1)東南アジアの感染拡大に伴うサプライチェーンの問題と、(2)半導体を中心に、需要の急拡大に対して供給が十分に追いついていない問題を、分けて考える必要があります(図表5)。前者の問題は、東南アジアにおいて、夏場にデルタ株が急速に流行し、工場が一時的に閉鎖されたことに起因しています。これによる部品調達の遅れは、グローバル・サプライチェーンを通じて、自動車関連を中心に、わが国も含め世界の生産・貿易活動に大きな影響を与えています。しかし、9月以降、東南アジアの感染が落ち着きをみせる中、現地の生産活動は徐々に再開しており、今後数か月のうちにボトルネックも解消されることが見込まれます。一方、後者の需要が急拡大する中で生じている供給不足の問題は、いずれ解消されるにせよ、それにはある程度時間がかかる可能性があります。とくに半導体については、5G化や車の電動化といった感染拡大前からみられていたデジタル化のトレンドに、新しい生活様式の浸透によるオンライン需要の高まりが重なり、需要が大きく拡大しています。こうした旺盛な需要が満たされるためには、本質的には、設備投資などによって供給能力が増強される必要があり、相応に時間がかかると考えるのが自然です。

いずれにせよ、わが国経済が直面する需要自体が消失した訳ではありません。そうであれば、今後は、需要を満たすための挽回生産に加えて、大きく取り崩された在庫の補充も、先行きの生産活動を押し上げていくことが期待されます。また、供給能力の引き上げに向けた設備投資も、徐々に本格化していくことが見込まれます。そのため、わが国の生産・貿易活動は、供給制約による一時的な減速を乗り越え、基本的にはしっかりとした回復を続けていくと考えています。

ただし、世界的に供給制約が予想以上に長期化すれば、海外経済の減速やコスト上昇から、わが国の輸出や企業収益に悪影響が及ぶことに注意が必要です。そのほか、海外経済を巡るリスクとしては、コロナ後の落ち込みからいち早く回復していた中国において、このところ、電力不足や不動産セクターの債務問題もあって、成長ペースが鈍化していることにも注目しています。グローバルな供給制約の長期化に加えて、中国経済の減速リスクについて、国際金融市場への波及やわが国経済への影響を注意深くみていきたいと思います。

3.物価情勢

次に、物価の現状と先行きです。国際商品市況は、原油や天然ガスなど幅広い商品で、世界的な需要の急回復と、原油の減産継続といった供給要因が重なり、このところ、はっきりと上昇しています(図表6)。欧米では、人手不足や物流面の停滞も加わって、物価全般の上昇圧力が顕著に高まっています。わが国でも、商品市況の上昇を背景に、国内の企業間取引の価格である国内企業物価は、1981年以来となる前年比+8%まで上昇しています。一方で、わが国の生鮮食品を除く消費者物価は、マイナス圏を脱したとはいえ、なお0%程度にとどまっています(図表7)。この背景の一つとして、わが国企業の安定した供給力が指摘できます。長期雇用が定着しているわが国企業では、雇用調整助成金や各種の資金繰り支援もあって、感染症下でも、雇用を基本的に保蔵してきました。これは、感染拡大直後に、解雇や一時帰休が大規模に行われた米国とは対照的です。こうした労働保蔵により、わが国企業は、経済活動の再開に伴う需要の増加に対しても、供給を素早く増やす能力を維持しています。

もう一つの要因として、わが国企業の慎重な価格設定スタンスが指摘できます。すなわち、わが国企業が、供給制約に直面した際、「価格引き上げ」を提示し、高い価格を許容する顧客を優先して、限られる財を割り当てていく、という行動をとることは稀です。むしろ、顧客との長期的な取引関係を重視し、「納期の延長」への理解を求めながら、価格を据え置いたまま、顧客の需要に出来る限り応えていく傾向がみられます。

それでも、わが国の消費者物価を仔細にみると、携帯電話通信料やエネルギーなどの一時的要因を除いたベースでは、緩やかにプラス幅を拡大しています。最近では、食料工業製品や外食で原材料コストの上昇を価格に転嫁する動きがみられるほか、サービスでは混雑時に値上げするダイナミック・プライシングの手法を組み合わせながら、需要に応じた価格設定を図る動きもみられ始めています(図表8)。この間、企業や家計の予想物価上昇率も、持ち直しに転じており、感染拡大前の水準を概ね回復しています。また、人手不足業種を中心に、賃金の上昇率も徐々に高まってきています。

以上を踏まえ、消費者物価の先行きを展望すると、当面、エネルギー価格の上昇を反映して、プラス幅を緩やかに拡大していくと予想しています。その後も、来年半ば頃には、需給ギャップがプラスに転化することが見込まれるもとで、1%程度まで徐々に上昇率を高めていくと考えています。

4.日本銀行の金融政策運営

ここからは、日本銀行の金融政策運営についてお話します。

わが国の金融環境を振り返ると、昨年春の感染拡大直後は、先行き不透明感の高まりから、予備的な流動性需要が急速に強まるとともに、企業等の資金繰りも中小企業を中心に悪化する局面がみられました(図表9)。こうした状況に対応するため、日本銀行は、昨年の3月以降、新型コロナ対応金融支援特別オペとCP・社債等の買入れ増額からなる「特別プログラム」を時限措置として導入し、企業等の資金繰りを支援しています。こうした日本銀行の対応に加え、政府の施策や金融機関の取り組みも相まって、金融環境は、全体として緩和的な状態が維持されています。詳しくみると、資金需要面では、大企業において借入金を返済する動きがみられるなど、感染拡大直後に急拡大した予備的な流動性需要は、かなり落ち着いてきています。銀行借入やCP・社債発行といった外部資金調達環境も、貸出・発行金利が感染拡大前と同程度のきわめて低い水準で推移するなど、良好な状態が続いています(図表10)。一方で、短観やその他のサーベイ調査でみられるように、感染症の影響を強く受ける対面型サービスなど中小企業の一部では資金繰りに厳しさが残っています。このように、感染症による企業金融面へのストレスは、売上の低迷が続く業種や中小企業に限定されつつあるように窺えます。

そのうえで、今後を見据えると、なおしばらくは、内外の経済情勢は感染症の動向に左右される展開が予想されます。日本銀行としては、感染症の影響を注視し、必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じる構えです。なお、このところ海外の中央銀行では、金融緩和の縮小に向けた動きを示す先がみられています。その理由は、各国・地域の直面する経済・物価情勢により様々ですが、共通するのは、中央銀行の使命である物価安定目標の実現を目指した動きであるということです。この点、わが国では、「展望レポート」の見通しで示しているとおり、感染症が収束した後と考えられる2023年度にかけて、物価上昇率は、徐々に高まっていくとはいえ、2%の「物価安定の目標」には達しない姿を見込んでいます。こうした見通しを踏まえると、わが国では、「物価安定の目標」の実現に向けて、現行の「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」のもとで、強力な金融緩和を粘り強く続けていく局面にあるということを、改めて強調しておきたいと思います。

5.おわりに

最後に、中長期的な視点からみた当地経済の動向について一言触れて、私の話を終わりたいと思います。世界的に進むデジタル化や気候変動問題への対応は、当地経済にも大きく影響するものと思われます。とくに、気候変動問題については、世界的な問題意識の高まりを受けて、カーボンニュートラルの実現に向けた動きが内外で活発化しています。こうした中、当地の企業におかれましても、積極的に研究開発投資を行うなど、様々な対応を進めておられます。一方で、カーボンニュートラルの実現には、個別企業の努力だけでなく、産業界、金融機関、行政が一体となった取り組みが不可欠です。日本銀行も、「気候変動対応を支援するための資金供給オペレーション」を通じて、皆様の取り組みをサポートしていきます。

これまでも、東海地域は、モノづくりの分野において、日本経済を支え、そして世界をリードしてきました。今後も、そうした存在であり続けると確信しています。東海経済の益々の発展を祈念して、本日の挨拶とさせて頂きます。ご清聴ありがとうございました。