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【挨拶】令和4年全国証券大会における挨拶

日本銀行副総裁 雨宮 正佳
2022年9月26日

1.はじめに

本日は、令和4年全国証券大会にお招き頂き、誠にありがとうございます。本年は、このように対面を交えて大会が無事に開催されますことを、心よりお祝い申し上げます。

日本証券業協会、全国証券取引所協議会、投資信託協会に加盟の皆様におかれては、これまでわが国証券市場の発展、ひいては、日本経済の安定的な成長に貢献してこられました。あらためて皆様のご尽力に対し、日本銀行を代表して、心より敬意を表します。

本日は、まず経済・物価情勢と日本銀行の金融政策運営について、次に金融資本市場の課題と役割について、申し述べたいと思います。

2.経済・物価情勢と日本銀行の金融政策運営

はじめに経済情勢についてお話しします。

わが国の景気は、資源価格上昇の影響などを受けつつも、新型コロナウイルス感染症抑制と経済活動の両立が進むもとで、持ち直しています。家計部門をみると、個人消費は、夏場に感染症の第7波が訪れ、サービス消費の一部に影響が生じるなど、なお感染症の影響を受けているものの、緩やかに増加しています。企業部門をみると、輸出や鉱工業生産は、中国・上海でのロックダウンに伴う部品調達難などが下押しに作用していましたが、こうした供給制約の影響が和らぐもとで、基調として増加しています。企業収益は全体として高水準で推移しており、そのもとで、設備投資は、一部業種に弱さがみられますが、持ち直しています。先行きのわが国経済は、ウクライナ情勢等を受けた資源価格上昇による下押し圧力を受けますが、感染症や供給制約の影響が和らぐもとで、回復していくとみています。

物価面では、生鮮食品を除く消費者物価の前年比は、エネルギーや食料品、耐久財などの価格上昇により、2%台後半となっています。先行きは、本年末にかけて、エネルギーや食料品、耐久財などの価格上昇により上昇率を高めたあと、これらの押し上げ寄与の減衰に伴い、プラス幅を縮小していくと予想しています。

リスク要因については、引き続き、内外の感染症の動向やその影響、今後のウクライナ情勢の展開、資源価格や海外の経済・物価動向など、わが国経済を巡る不確実性はきわめて高いと考えています。そのもとで、金融・為替市場の動向やそのわが国経済・物価への影響を、十分注視する必要があります。

こうした中で、日本銀行としては、わが国の経済をしっかりとサポートし、賃金の上昇を伴うかたちで、「物価安定の目標」を持続的・安定的に実現できるよう、金融緩和を実施していく考えです。

3.金融資本市場の課題と役割

続いて、金融資本市場の課題と役割について、お話しします。

近年、新型コロナウイルス感染症の発生・拡大、国際情勢の不安定化や地政学的リスクの高まり、気候変動問題、AI等のテクノロジーの進展など、金融システムや金融市場を取り巻く環境は、ますます複雑化し、不確実性が増しています。

こうした環境において、経済主体は、情報を幅広く集め、それらを十分に吟味し、柔軟かつタイムリーに判断をしていくことが重要です。証券業界におかれては、資金の出し手と受け手を繋ぐ幅広いネットワークと豊富な情報量を有し、また、高度なリスク管理手法や金融技術を持った専門家として、その果たす役割への期待はますます大きくなっていると考えられます。

以下では、わが国金融資本市場が直面する課題や証券業界に期待される役割について、国民の安定的な資産形成に対する支援、中長期的な成長に向けた資金仲介の促進、ならびに、市場インフラの整備および革新の3つの観点から、お話を申し上げたいと思います。

1点目は、国民の安定的な資産形成に対する支援です。

資金循環統計によると、2021年度末の家計の金融資産残高は2千兆円を超えています。金融資本市場の重要な機能の1つは、こうした家計その他の資金余剰を、企業などの資金を必要とする主体に循環させるとともに、経済活動から生まれる果実を再び国民に還元していくことです。もっとも、個々の家計は大きなリスクを取ることはできません。そこで、金融資本市場が、貯蓄と投資を繋ぐチャネルとして、リスクを効率的に分散・配分し、家計の長期・安定的な資産形成ニーズに応える手段を提供していく必要があります。証券業界は、貯蓄と投資の仲介に当たり重要な役割を果たしています。

一方、家計側において鍵となるのが、「金融リテラシーの向上」です。金融リテラシーとして必要とされる考え方や知識は幅広い範囲に及びますが、個人が自らの直面する経済状況や資産運用にかかるリスクとリターンを正しく認識することが出発点になります。また、お金を投じる対象となる資産を多様化し、資産形成の時間軸を長期に設定するなど、分散効果を通じてリスクの軽減を図っていくことも大切です。人生100年時代において、個人が長い人生を自分らしく、豊かに暮らしていくためには、こうした考え方をしっかりと理解し、自らの資産形成に活かしていく必要があります。

日本銀行が事務局を務める金融広報中央委員会は、今年で70周年の節目を迎えますが、各地の金融広報委員会とともに、長年にわたって中立・公正な立場から、わが国の金融リテラシーの向上に取り組んできました。金融リテラシーの向上にあたっては、専門家の積極的な役割がきわめて重要であり、証券業界の皆様には、さまざまな形でご連携・ご支援を頂いております。引き続き、関係者が一丸となって取り組みを進めていきたいと考えています。

2点目は、中長期的な成長に向けた資金仲介の促進です。

持続的な経済成長を支えていくためには、社会にとって潜在的に必要なイノベーションやプロジェクトに対して適切なリスクテイクが不可欠です。例えば、スタートアップ企業の支援については、政府等でも活発に議論が行われ、資金調達、研究開発、人材育成、ビジネス環境などの多面的な対策を通じて、いわゆる「エコシステム」を構築していくことが課題として挙げられています。金融資本市場には、エコシステムの中で、多様なリスクプロファイルに応じて、資金のみならず、幅広い関係者や情報をマッチングさせる場としての役割が期待されています。証券業者や銀行は、公的主体等とも連携しながら、それぞれのスタートアップ企業のニーズやリスク特性に応じた適切な資金調達手段を提供していくことが重要です。

また、気候変動問題に対する関心が高まるもと、経済・社会の脱炭素化の動きが地球規模で一層加速すると見込まれており、今後、中長期にわたって巨額の投資資金が必要になると試算されています。温暖化ガス排出のネット・ゼロを実現するためには、再生エネルギー等の「グリーン」な事業だけでなく、その過程で、省エネやエネルギー転換など着実な低炭素化を実現する「移行(トランジション)」の取り組みも重要です。これらの資金調達のため、グリーンボンドやトランジション・ボンド等の発行額・件数は国内外で増加しています。金融資本市場には、こうした投資を質・量ともに一層呼び込む場として重要な役割が期待されています。

3点目は、市場インフラの整備および革新です。

社会の構造的な変化に応じて、金融資本市場やそれを取り巻くビジネスの在り方も適切に変化していく必要があります。例えば、証券業界においても、感染症の拡大が、特に対面営業や店舗運営に大きな影響を与えてきました。証券業界における従業員の働き方にも変化が及んだと思います。そうした状況に対応していくうえでも、新たなテクノロジーがもたらす価値とリスクの双方を適切に把握・認識したうえで、フィンテックやDXなどの技術革新を的確に採り入れていくことが重要です。

また、金融資本市場が効率的に機能するためには、ディスクロージャーが重要な前提となります。先ほど申し上げた気候変動問題への対応においても、投資家に気候関連投融資に対する適切なリスクテイクを促していくためには、その投資判断に必要な情報を質・量ともに一層拡充していく必要があります。こうした観点から現在、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)を中心に、サステナビリティ開示にかかる国際的な検討が進められています。そこでは、気候関連だけでなく、人的資本や多様性などの項目も含めて、幅広い議論が交わされているところです。いずれにせよ、充実した情報に基づいて、金融資本市場が企業の行動を適切に規律付けすることは、企業価値を高めるとともに、経済・社会全体の持続的な発展のための基盤であると考えています。

4.おわりに

最後になりましたが、今後とも、皆様方のご健勝と、わが国証券市場のますますの発展を祈念いたしまして、私からのご挨拶とさせて頂きます。ご清聴ありがとうございました。