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【挨拶】最近の金融経済情勢と金融政策運営名古屋での経済界代表者との懇談における挨拶

日本銀行総裁 黒田 東彦
2022年11月14日

1.はじめに

日本銀行の黒田でございます。本日は、東海地域の経済界を代表する皆様とお話しする機会を賜り、誠にありがとうございます。皆様には、日頃より、私どもの名古屋支店の様々な業務運営にご協力頂いております。この場をお借りして、厚くお礼申し上げます。

日本銀行では、四半期に1度、わが国の経済・物価動向について先行きの見通しを作成し、その結果を「展望レポート」として公表しています。本日は、先月の金融政策決定会合で決定した最新の展望レポートの内容にも触れながら、わが国の経済・物価情勢に対する日本銀行の見方と最近の金融政策運営の考え方について、ご説明したいと思います。

2.経済情勢

はじめに、経済情勢です。わが国の景気は、新型コロナウイルス感染症抑制と経済活動の両立が進むもとで、持ち直しています。感染症や資源高、物価上昇といった様々な要因が経済の下押し要因となっていますが、家計部門、企業部門のいずれも、底堅い動きを示しています。

まず、家計部門の動向です。今年の夏には感染第7波が到来し、感染者数はそれまでのピークを大幅に更新しました。もっとも、行動制限措置が課されなかったこともあり、外食や旅行といったサービス消費への影響は、過去の感染拡大局面と比べて限定的であったとみられます(図表1)。他方、エネルギー価格や食料品を中心とした身の回りの商品の値上げが相次いでいることは、家計の消費マインドを慎重化させています。それでも、個人消費は、高めの伸びとなった夏の賞与や、感染症のもとで積み上がった貯蓄を背景としたペントアップ需要などに支えられて、緩やかな増加を続けています。

企業部門をみますと、輸出・生産は、振れを伴いながらも、増加基調をたどっています(図表2)。今年前半に強まった部品の供給制約は、自動車向け半導体などの一部を除けば、全体として和らいできています。また、中長期的なデジタル関連需要の拡大を見据えた半導体製造装置への旺盛な需要などを背景に、資本財の輸出・生産も増加しています。この間、原材料コストの上昇は、業績を圧迫する要因となっています。もっとも、企業規模や業種によって状況は異なりますが、企業部門全体でみますと、企業収益は、コロナ禍前の水準を上回り、過去最高水準となっています。こうした高水準の企業収益に加え、中長期的な観点からグリーン投資やデジタル関連投資を増やす動きもあって、今年度の企業の設備投資は、9月短観によると、前年度を15%も上回る計画となっており、積極的な投資スタンスが窺われます。

これらの動きは今後も継続すると見込まれ、わが国経済は、先行きも、感染症や供給制約の影響が和らぐもとで、回復を続ける可能性が高いと考えています。今回の展望レポートでは、来年度以降、1%台半ばないし後半という高めの成長を続けるとの見通しを示しています(図表3)。

もっとも、わが国経済の先行きを巡る不透明感は高まっています。特に、海外の経済・物価動向を巡るリスクには注意が必要です。米国や欧州、中国といった主要経済圏について、それぞれ企業の景況感を示すPMIをみますと、いずれも改善・悪化の分かれ目である50を下回っています(図表4)。IMFは、先月、世界経済の見通しを下方修正したうえで、2022年から2023年に、世界経済の3分の1以上が景気後退に陥る可能性が高い、という見方を示しました。

このような海外経済の減速は、急激なインフレの進行と、それを抑制するための金融引き締めが影響しています。米国の消費者物価指数は、このところ幾分上昇率が鈍化しつつも、なお前年比8%程度となっており、エネルギーや食料品にとどまらない広範な品目の価格が上昇しています(図表5)。また、欧州では、インフレ率の加速が続いており、直近では10%を超えています。こうしたもとで、FRBやECBは、今年の春以降、政策金利を2~4%程度も引き上げています。これは、物価目標である2%に向けてインフレ率を引き下げていくために実施されているものですが、市場では、インフレ抑制と経済成長が両立できるか、という点に対する懸念がみられています。実際、金融引き締めにより、景気が想定以上に後退するリスクが指摘される一方、不十分な引き締めによりインフレが高止まりするというリスクも意識されています。後者の場合、結局は、大幅な引き締めが必要となり、経済をより大きく下押しすることになります。こうしたもとで、資産価格の調整や新興国からの資金流出など、国際金融市場に及ぼす影響についても、慎重にみていく必要があります。

海外経済を巡るリスクとしては、このほかにも資源・穀物価格の動向が挙げられます。世界経済の減速懸念を受けて、国際的な資源価格はこのところ下落していますが、ウクライナ情勢の展開等によっては、再び上昇に転じる可能性もあります。

さらに、内外の感染症の動向にも、引き続き警戒が必要です。夏場の感染第7波の影響は、結果的に限定的なものにとどまったとはいえ、今後の感染症の動向次第では、改めて経済活動への制約が強まる可能性があります。

なお、先ほど触れたIMFの世界経済見通しをみますと、来年、わが国は、G7諸国の中で最も高い成長率が見込まれています(図表6)。このように海外経済が減速する一方、わが国経済が回復を続けるという違いの背景には、2つの点を指摘することができます。

第一に、経済活動の再開のタイミングの違いです。わが国の場合、海外に比べ感染症への警戒感が長引いてきた結果、外食や旅行などのペントアップ需要は、今後顕在化していく局面に入ります(図表7)。先月開始された政府の全国旅行支援も、そうした動きを後押しするものです。同じく先月から入国制限が一段と緩和されたことで、インバウンド需要の回復も期待されます。今般策定された「総合経済対策」も経済成長に寄与するものと考えられます。

第二に、海外では急ピッチで金融引き締めが進められる一方で、わが国では、金融緩和の継続により、きわめて緩和的な金融環境が維持されている点です(図表8)。海外金利が大幅に上昇するもとでも、わが国企業の資金調達コストは、きわめて低い水準で推移しています。このところ、経済活動の再開や原材料コストの上昇を受けて、企業の運転資金需要は高まっていますが、金融機関は積極的な貸出姿勢を続けており、企業の資金繰りも、中小企業を含めて改善傾向が続いています。

3.物価情勢

次に、わが国の物価情勢についてお話しします。生鮮食品を除く消費者物価の前年比は、エネルギーや食料品、耐久財などの価格上昇により、直近9月は3.0%となっています(図表9)。年度下期に入った10月に、幅広い商品の値上げが行われたこともあって、今後、年末にかけてプラス幅はさらに拡大する見込みです。物価が上昇率を高めている背景には、国際的な資源高や為替円安を背景に輸入物価が上昇し、そうしたコスト高の価格転嫁が進展していることが挙げられます。

もっとも、先行きをみますと、物価上昇率は、年明け以降、徐々に低下していくとみています。国際商品市況はひと頃に比べて下落しており、輸入物価の上昇を起点とする価格転嫁の影響は、減衰していくと見込まれます。今年度の消費者物価の上昇率は3%程度の伸びになると予想していますが、来年度以降は、1%台半ばの伸びになるとみています。このように先行き2%を下回っていくという見方は、日本銀行だけでなく、IMFや民間エコノミストなどにも共通しています(図表10)。

もちろん、経済の先行き見通しと同様、物価見通しについても、これまでコストプッシュ圧力をもたらしてきた国際商品市況や為替相場の動向など、不確実性は大きい状況です。また、わが国企業は、長らく値上げに慎重な姿勢をとり続けてきましたが、このところ、幅広い商品で値上げが実施されています。今後の企業の価格設定行動を、注視していく必要があります。

加えて、企業の賃金設定行動がどう展開していくか、という点も重要です。この点、労働市場では、先行き、需給ギャップの改善に伴って労働需給のタイト化が進むことが予想されます(図表11)。とくに、サービス業では、感染症の影響が和らぐもとで、需要の回復が見込まれます。このため、サービス業に多い非正規労働者の賃金の上昇が見込まれるほか、これが中小企業などの正規労働者の賃金にも徐々に波及していくことが予想されます。さらに、労働需給のタイト化が進むなかで、より生産性が高い分野への労働力の移動などに伴って、賃金が上昇する可能性もあります。

また、やや長い目でみますと、生産年齢人口が減るなかでも、雇用者数は2013年以降の約10年間で400万人以上増加してきました。これは、主に女性と高齢者の労働参加によるものです。今では、女性の労働参加率は、米国を超える水準まで上昇しています。ただ、逆に言えば、このことは、追加的な労働力の供給余地が徐々に小さくなっていることも意味しています。こうしたなかで、今後、労働供給面からも、賃金上昇が促されていく可能性が高いと考えられます。

来年春の賃金交渉では、こうした労働需給の引き締まりに加え、これまでの物価上昇が相応に賃金に反映されると考えられます。今後の賃金動向については、内外経済の動向等に左右される面もありますので、丁寧に点検していく必要があると考えています。

4.日本銀行の金融政策運営

次に、以上のような経済・物価情勢を踏まえた日本銀行の金融政策運営についてお話しします。日本銀行は、先月の金融政策決定会合において、金融緩和を継続することを決定しました。

今年の4月以降、消費者物価の前年比は2%を超えており、直近は3%程度となっています。物価上昇に対する金融政策面の対応は、物価上昇の程度に加えて、物価上昇がどのような背景により生じているかによっても異なります。

例えば、米国の場合、コロナ禍以降、早期に経済が再開し、旺盛な消費活動が続いてきました。他方で、高齢者を中心に、労働供給の回復は遅れています。需要が供給を大きく上回ることで、労働市場がタイト化しており、インフレ率だけでなく、賃金上昇率も大きく上昇しています。こうしたもとで、賃金上昇率の影響を受けやすいサービス価格は物価全体を押し上げており、賃金と物価が相乗的に上昇するかたちで、物価目標を大きく上回る水準のインフレ率が続いています(図表12)。このため、FRBは、急速な金融引き締めを通じて需要を抑制し、インフレ率の低下に努めています。

また、欧州では、米国のように需要が強いわけではありませんが、エネルギーを中心に10%程度の高インフレが続くなかで、人々の予想物価上昇率が上昇しています。このため賃金の要求水準も高まり、それがまた企業のコスト増加となって物価を押し上げる、という、いわば、賃金と物価がスパイラル的に上昇するリスクが懸念されています。ECBは、経済への悪影響をある程度覚悟したうえで、インフレの抑制を優先して、金融引き締めを進めています。

この点、わが国の場合は、いずれのケースとも事情が異なっています。経済は、依然としてコロナ禍からの回復途上にあり、マクロ経済の需給ギャップはなおマイナス圏内です。経済の回復に伴って、今年度後半のいずれかの時点では、需給ギャップがプラスに転じるとみていますが、現時点で、需要面から物価上昇率が高まっているわけではありません。現在、輸入物価の上昇を起点とするコスト高の価格転嫁によって、2%を上回る物価上昇率となっていますが、先ほど申し上げたとおり、この影響が減衰していくにしたがって、来年度以降、物価は2%を下回る見通しです。

また、本日ご説明したとおり、内外の経済・物価情勢や金融市場の動向を巡る不確実性は、きわめて高い状況です。日本銀行は、先行きの経済・物価見通しや上下双方向のリスク要因を丹念に点検し、それに応じて適切な金融政策運営を行ってまいります。現在は、金融緩和を継続することによって、経済活動をしっかりと支えていくべき局面にあると考えています。これによって、企業が賃上げをできる環境を整え、賃金の上昇を伴うかたちで、「物価安定の目標」の持続的・安定的な達成を目指しています。

5.おわりに

最後に、当地経済について、中長期的な観点から2点ほど申し上げて、私の話を終わりたいと思います。

1点目は、昨年の本席でも触れました、カーボンニュートラルの実現に向けた取り組みについてです。この1年、当地においても、様々な取り組みが進展していると伺っています。産業界では、IoTを駆使したサプライチェーンのCO2排出量の可視化や、排出量削減につながるエネルギー効率の高い設備への投資や生産工程の見直しなどにも取り組んでいます。金融機関も、そうした取り組みを融資によって支えるとともに、取引先の脱炭素化に向けたコンサルティングやソリューション提案機能を強化しています。さらに、行政においても、産業界と金融界の連携を強化する枠組みを整備するなど、地域が一丸となって、大変革期を乗り切る前向きなチャレンジを進めておられます。

2点目は、イノベーション創出を通じた産業競争力強化に向けた取り組みです。地域における産官学のコラボレーションはもちろん、海外のスタートアップ支援機関・大学等との連携や、県も出資するファンドによる資金調達環境の整備といった取り組みがみられています。さらに、2024年には、日本最大級のスタートアップ支援拠点が名古屋市内に開設される予定であるなど、当地の強みである「ものづくり」の進化と次世代の産業育成に向け、官民挙げて積極的に取り組んでおられます。

カーボンニュートラルの実現とスタートアップの強化は、当地のみならず、わが国経済全体にとって大変重要な課題です。当地の皆様には、こうした様々なチャレンジを通じ、引き続きわが国経済の持続的な成長をリードしていって頂くことを期待しています。

今回、1年振りに当地を訪れ、再開発が進む活気ある街の姿を拝見し、人を惹きつける魅力にあふれた街づくりが進んでいることも実感しました。先を見据えた様々なチャレンジが実を結び、当地の経済が益々発展していくことを祈念して、私からの挨拶とさせて頂きます。ご清聴ありがとうございました。