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信用リスク移転

2003年 1月29日
国際決済銀行・グローバル金融システム委員会

日本銀行から

 以下には、報告書の要旨を掲載しています。報告書の全文は国際決済銀行(BIS)のウェブサイト(http://www.bis.org/)(外部サイトへのリンク)から入手できます。

日本銀行仮訳

 債務保証や信用保険といった取引に代表される信用リスクを移転する技術は、金融市場において長年に亘り用いられてきた。しかし、最近、信用リスク移転取引の種類や、こうした取引を用いるケースが大幅に拡大してきている。

 信用リスク移転取引の増加の背景として指摘されているのは、(1)銀行を始めとする金融機関が信用リスク管理をより重視するようになったこと、(2)貸し手および投資家がリスク/リターンの関係をより厳格に評価するようになったこと、(3)銀行が信用リスク・エクスポージャーを単体としてではなくポートフォリオ・ベースでみる傾向が強まっていること、(4)市場仲介業者が手数料収入の確保を図っていること、(5)低金利局面の下で、投資家が保有する金融資産の対象を広げることにより運用利回りの向上を図っていること、(6)業態毎に異なる自己資本規制が規制回避の行動を生んでいること、などの点である。信用リスク移転技術をどの程度重視するかは、市場参加者、市場セグメント毎にかなり異なる模様である。例えば、クレジット・デフォルト・スワップの仲介業務を主要なビジネスの一つとしているのは、ごく限られた数の金融機関に過ぎない。また、主要企業に係る信用リスクを対象とした信用リスク移転取引は活発である一方、中小企業を対象とした市場の規模は小さい。こうした違いがあるため、信用リスク移転技術の金融システムへの影響を一括して議論しようとすると誤解を生む可能性がある。こうした商品を通じて移転される信用リスクのフローは最近増加しつつあるが、信用リスク移転市場は、信用リスクに関する貸出等の従来型金融商品の残高およびフローと比べると依然として小さいのが実情である。

 報告書では、第2章において信用リスク移転取引拡大の背景を整理した後、第3章では、各種の信用リスク移転商品および市場参加者の特徴や、市場参加者が信用リスク移転商品を利用する理由を紹介しつつ、最近の市場の発展状況について概観する。第4章では、市場自体の特質について述べる。特に市場の透明性およびデータの入手可能性、市場における各信用リスク移転商品の価格形成、および信用リスク移転商品が信用市場における価格発見プロセスに及ぼす影響に焦点を当てる。

 残りの3つの章(第5章から第7章)では、信用リスク移転市場の発展が金融システムの機能全般に及ぼし得る影響についての整理・分析を行う。その上で、金融システムを不安定化させかねない点として懸念されている論点を紹介する。

 信用リスク移転取引は、多くの場合、「借り手」と「貸し手」の関係に変更を加え、また「貸し手」と「貸し手からリスクを引受けた主体」という新たな関係を生むことになる(第5章の論点)。こうして新たな関係が構築されることは、信用取引における各当事者のインセンティブが変わることを意味している。報告書はこうした変化を、情報の非対称性(訳者注1)、エージェンシー問題(訳者注2)、不完全な契約に起因する問題といった潜在的な市場の失敗の観点から分析している。報告書は、市場参加者や監督当局はこうしたインセンティブ問題の大部分を認識し何らかの対応策を講じている、と整理している。しかし、完全に問題を解消することが困難または不可能な場合があることも明らかになった。対応策として一般的にとられているのは、債務者の弁済リスクの一部をリスク移転者(貸し手)に引き続き負担させることにより、リスク移転者が債務者を注意深くモニタリングするインセンティブを持ち続けるようにする方法である。ただし、こうした対応策はインセンティブ上は有効であっても、リスクを100%移転しないという点で規制上のリスク移転効果が認められない扱いとなると、その限りにおいて、信用リスク移転取引の魅力を損ない得るものとなる。想定されるあらゆるケースに対応可能な取引契約書の作成も課題の一つである。現実に、契約書作成時には想定されていなかった状況が発生し、取引関係者の利害が一致しないようなケースが少なからず発生している。この問題は、一面では法的または契約書式の問題であり、ISDAの標準契約書が策定されたことによって改善がみられている。しかし、さらに改善の余地がある。特に、「リストラクチャリング」の定義および同条項を信用事由に含めるか否かといった点(訳者注3)は難しい問題である。契約書の文言の修正によってこの問題をどの程度解決することが可能か、またはより根本的な契約書の枠組みの問題なのかについては、現時点では明らかでない。いずれにせよ、リスクを移転したと思っていても実際には移転がなされていないケース、リスクに直面していないと思っていても実際にはリスクに晒されているケースが発生する惧れは残されている。

  1. リスクをヘッジする「貸し手」は、「貸し手からリスクを引受けた主体」よりも債務者に関する詳細な情報を有している(情報の非対称性)ため、移転される信用リスクの価格がリスクヘッジ側に有利に設定されてしまう惧れがある。
  2. 「貸し手」が信用リスク移転取引によりリスクをヘッジした後も、「貸し手からリスクを引受けた主体」のために引き続きサービシング(元利金の回収、債務者との関係の管理)を行うケースが多い。しかし、リスクヘッジ後の「貸し手(エージェント)」には、債務者をきめ細かくモニタリングするインセンティブが低下する。この結果、「貸し手からリスクを引受けた主体」の利益が損なわれるケースも発生し得る。
  3. クレジット・デリバティブ契約では、破産等の信用事由が発生した場合に引き金が引かれ、プロテクションの売り手からプロテクションの買い手に対する支払いがなされる。一般に我が国の取引では、信用事由として「破産」、「債務不履行」と「リストラクチャリング」が指定される場合が多い。

 第6章では、信用リスク移転取引の拡大が金融市場の構造に及ぼす影響について述べている。報告書はこの中で特に、一部の信用リスク移転市場では格付機関が中心的な役割を果たしていることに言及している。これは格付機関が既に社債の格付において果たしている役割とある程度までは同様のものである。実際、特定の企業を対象としたシングルネーム・クレジット・デリバティブの取引も基本的には格付を既に有している企業に限られている。しかし、ポートフォリオ型商品については、格付機関はより重要な役割を果たしており、格付機関の評価モデルはこうした商品の信用リスク評価に関する市場標準となっている。ポートフォリオ型商品の信用リスク評価に関する分析技術は進歩してきているが、ポートフォリオの分散効果の評価といった未解決の論点が残されている。これは、同商品の価格形成自体に不確実性が残っていることを意味している。また、信用リスク移転は、銀行ビジネスのあり方そのものに大きな影響を及ぼす可能性もある。すなわち、銀行は、従来は貸出を通じた長期資金供給の担い手であったが、次第に貸出債権を個別にまたはポートフォリオ単位で売却や証券化することによってバランスシートから切り離すようになっており、当初の貸出を実行するのみの主体(credit originator)に変貌しつつある。ただし、案件によっては銀行が債務者のモニタリングやローンのサービシングを通じてエージェンシー機能を果たし続ける場合もある。こうした変化の流れ自体は確かなものになりつつあるが、一部の国におけるクレジットカード債権や住宅ローン債権の証券化の事例を除くと、今のところ銀行部門全体の業務の姿を大きく変えるには至っていない。

 金融市場における技術進歩や、それを体化したクレジット・デリバティブ等の新金融商品の発展は、市場の効率性を向上させ、ポートフォリオの分散度を高め、多様なリスク管理手段を提供する、といった点から一般論としては歓迎されるべきである。ただし、信用リスク移転取引については、政策上の問題を提起する論点もいくつかあり、そのうち少なくとも一部の論点に関しては、政策的対応を必要とし得るものである(第7章)。主要な論点は以下の通りである。

  • 透明性──信用リスク移転取引に関する市場参加者のディスクロージャーは限定的である。信用リスク移転市場は急速に成長しており、こうした動きは金融システムにおけるリスクの分布にかなりの影響を持ち得るため、ディスクロージャーが十分でないことは懸念材料である。報告書は、ディスクロージャーに関する既存の取組み(フィッシャーII報告書(訳者注4)等)を支持し、信用リスク移転取引に関連する具体的な問題点を指摘していくことが、本件に対する最も適切な対応ではないかと指摘している。
  1. 4バーゼル銀行監督委員会、CGFS、保険監督者国際機構、証券監督者国際機構が共同で設立したワーキンググループ(NY連銀Fisher局長<当時>が議長)が、2001年4月にディスクロージャーの改善を企図して公表した報告書(「ディスクロージャー強化のための共同ワーキング・グループ報告書」)。
  • マクロデータ──個別市場参加者に関する情報が不足していることに加え、信用リスク市場全体の動向を示すマクロデータも不十分である。中央銀行は、市場参加者に過大な報告負担を課さずに信用リスク移転に関するデータベースを充実させていく手立てについて現在検討中である。
  • 格付機関──報告書は、各種信用リスク移転市場において格付機関が重要な役割を果たしていることや、取引主体が格付機関が使用するリスク評価モデルに暗黙のうちに依存していると述べている。報告書では、こうした状況が望ましいか否かについて明確な見解を示してはいないが、格付機関の活動に関して現在行われている各種調査は、こうした信用リスク移転市場における格付機関の役割をも十分踏まえるべきである。
  • 分散と集中──信用リスク移転商品の主なメリットの一つは、リスクをより幅広い主体に分散し、リスク・プロファイルをより柔軟に調整できる点である。ただし、一部の信用リスク移転市場では取引が限られた先に集中している模様であり、こうした市場では主な市場参加者に何らかの問題が発生した場合に、市場が混乱する可能性も否定できない。
  • 契約書式──前述の通り、クレジット・デリバティブの契約書におけるリストラクチャリング条項の文言を確定させることは困難な問題となっている。この問題が解決されるか否かは現状不透明であり、仮に解決されない場合には、クレジット・デリバティブ市場の更なる発展が大きく阻害される可能性がある。
  • リスク管理──信用リスク移転取引に伴って生じるリスク管理上の問題は一般的な論点としてこれまでも馴染みの深いものがほとんどである。しかし、エクスポージャーが急激にかつ大きく変化する可能性があることを踏まえると、固有の論点としてクレジット・デリバティブ等オフバランス型のリスク移転取引におけるカウンターパーティー・リスクの管理は非常に重要である。また、ポートフォリオ型商品の価格設定をいかに適切に行うかという技術的な論点もある。さらに、契約書式についても引き続き作業を要する点がいくつかある。より根本的な論点として、最終的なリスク負担者が債務者(借り手)に関する情報を当初の貸し手ほどには有していない場合、信用リスク移転取引が拡大すると市場全体として信用リスクに対するモニタリング機能が低下するのではないかという懸念がある。こうした問題に対処するため、市場では、債務者に対するモニタリング機能が低下しないような市場慣行が導入されてきている。
  • 会計──業態間、商品間で会計基準が異なることは、一部の信用リスク移転市場では取引を抑制する方向に作用している。信用リスクの移転取引が(少なくとも信用リスクが大企業に対するものである場合)容易になるに従って、こうした商品の評価を簿価と時価のいずれで行うのかという問題が発生し得る。本テーマは様々な見解がある問題であり、報告書では詳細に取扱っていないが、実務家の関心は明らかに高まりつつある。
  • 規制──信用リスク移転取引は、信用リスクの規制上の取扱いに関する業態間の違いを際立たせる可能性がある。従って、各業態の自己資本規制をより整合的なものにする方向へ圧力が高まるものと考えられる。実際、最近、保険監督者国際機構や英国の金融サービス機構は、信用リスク移転が規制・監督に及ぼす影響について考察を加えている。

以上