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BISグローバル金融システム委員会報告書「主要金融機関におけるストレステスト:調査結果とその実務」(日本銀行解説)

2005年 1月26日
日本銀行

 以下には、報告書の解説を掲載しています。報告書の全文は国際決済銀行(BIS)のウェブサイト(www.bis.org/(外部サイトへのリンク))から入手できます。

1. 目的・調査対象

 本報告書は、グローバル金融システム委員会(CGFS)が実施したストレステストに関する調査を取りまとめたものである1。ストレステストは金融機関におけるリスク管理手法の1つである。この調査は、(1)ストレステストの収集・分析を通じて主要金融機関が想定している主なリスクを認識すること、(2)ストレステストがリスク管理実務においてどのように発展を遂げてきたのかを把握すること、の2点を目的として実施された。

 本調査では、わが国を含め16か国、64金融機関から2004年5月末時点で実施している主要なストレステストを収集した2。また、あわせて面談調査も実施し、ストレステスト実務に関する定性的な事項も取りまとめた。

  1. CGFSでは2000年5月にもストレステストに関する調査を実施しており、今回は2度目のグローバル調査となる。
  2. 具体的には、それぞれのストレステストを実施するに至った背景や、変化する要素(リスクファクター)とその変化幅、変化に要する期間(保有期間)等を調査した。

2. ストレステストの用途

 本報告書では、ストレステストをイベントや、金融資産の価格変動等が金融機関に与え得る影響を評価するためのリスク管理手法と定義している。従来、ストレステストは、バリュー・アット・リスク(VaR)では把握することのできない例外的であるが蓋然性のある重大な損失を検証するための手法と認識されていた。しかし、こうした用途に加え、以下のように様々な目的に利用されていることが確認された。

個社のリスク特性の把握

 ストレステストは、金融危機やテロの発生、景気の予想以上の上振れといった特定のイベントにより発生するリスクの評価に優れている。また、過去データが存在しない金融商品等3に関連するリスクの計量化も可能であるなど、自社のポートフォリオのリスク特性を把握するために有効な手段となっている。

  1. 3例えば、新しい金融商品を取引する場合には、過去の価格データが存在しないので、リスクを計測するためにはストレステストが必要となる。また、ペッグ通貨の変動相場への移行のように、将来のリスクを評価するために過去のデータが役に立たない取引のリスクを計測する際にも、ストレステストは有効である。

資本の割当てや検証

 多くの金融機関は、将来の損失に備えるために資本をリスクの種類や部門ごとに割当てており、その際に、VaRや収益計画と共にストレステストを用いる場合がある。また、割当てられた資本の水準の妥当性をストレステストによって検証するケースもみられた。

収益に関するリスクの評価

 ポートフォリオの価値に関するリスクではなく、収益に関するリスクを対象とするストレステストもある。年度の収益計画に対してどのような不確実性が存在するのかという評価を行うことによって、ストレステストは銀行経営者に意思決定の材料を提供している。

 このように、ストレステストが様々な形で利用されるようになった背景の1つには、ストレステストが優れたコミュニケーション・ツールであることが指摘できる。ストレステストは、特定のイベントやそれに付随する金融資産の値動きと自社に対する影響を直接的に関係付けているため、単なる統計値であるVaRに比べ直感的に理解しやすいという利点がある。このような特性を持つために、ストレステストはリスク管理部門と銀行経営者、時には監督当局との間で認識しているリスクの相互理解を促すという重要な役割を果たしている。

3. ストレステストの内容と作成方法

 ストレステストはシナリオ分析と感応度分析、シナリオ分析はさらにヒストリカルシナリオと仮想シナリオに分類される(図表1)。本報告書では、リスクの発生源となるイベントやそれがどのように伝播して行くのか明示されているものをシナリオ分析、そのような背景なしにリスクファクターが設定されているものを感応度分析と整理した。また、シナリオ分析のうち、過去のイベントやリスクファクターの変動をそのまま再現しているものをヒストリカルシナリオ、その他を仮想シナリオとした。

(図表1)ストレステストの分類

 収集したストレステストのうち、約半数は感応度分析であった(図表2-a)。また、シナリオ分析におけるリスクの発生源をみると、金利リスクを扱ったストレステストの割合が多い(図表2-b)。

(図表2)ストレステストの集計結果

  • ストレステストの集計結果(グラフ)。詳細は本文のとおり。

 シナリオの内容を詳しくみると、ヒストリカルシナリオでは、1987年のブラックマンデーや1994年の世界的な金利上昇、1997年のアジア危機、1998年のロシア危機やLTCM破綻の際の市場の変化が、リスクファクターとして設定されている。一方、仮想シナリオでは、景気動向に焦点を当てたシナリオが多く、景気の上振れに伴う金利の上昇、景気の下振れに伴う株価の下落や企業信用力の悪化が扱われている。また、シナリオ全体を通じて、テロの発生が多く扱われていることが特徴として挙げられる。テロの発生に際しては金融機関の業務全般に幅広い影響が現れるため、ストレステストでは金利ボラティリティの期間構造といったきめ細かなリスクファクターが設定されている。テロに関するストレステストは、2001年の米国同時多発テロ以降、活発に行われるようになった模様である。

4. ストレステストの個別論点

 注目する論点として、信用リスク、リスク管理の統合、市場流動性の枯渇リスク、資金調達リスクのそれぞれに対するストレステストが、報告書で取り上げられている。特に、信用リスクを扱うストレステストについては、さらなる高度化の必要性が強調されている。

信用リスク

 信用リスクについては、信用リスクを統合的に把握するためのストレステストの構築が課題として挙げられた。

 金融機関は様々な形で信用リスク資産を保有しており、これらは社債やクレジット・デリバティブなど原則として時価評価をするもの、融資や保証など原則、会計に時価を計上しないものに大別できる。前者に対するストレステストでは、社債スプレッドやクレジット・デフォルト・スワップのプレミアムといったリスクファクターが設定されている一方、後者については、債務者の倒産確率や回収率、担保価値や格付遷移行列の要素等のリスクファクターが設定されている。

 これら2つのグループの信用リスクを統合する上での課題として、それぞれに異なるリスクファクターが設定されていること、及び、それらのリスクファクターのいくつかは客観的なデータを直接参照できないことが挙げられる。すなわち、会計に時価を計上する信用リスク資産には流通市場が存在するために、市場価格を用いてリスクファクターを設定することができるが、融資などについては、流通市場は未発達であることが多く、リスクファクターを客観的に推計することが難しい。

 こうした課題への1つの対応例として、すべての信用リスクに対して時価評価を行う手法がある。すなわち、会計上は時価評価をしない融資などの信用リスク資産についても、リスク管理のために時価評価を行うことによって、他の信用リスク資産と直接比較できるようにするという手法である。この手法の利点は大きいが、時価の推計方法や、推計の際の計算負荷が大きいなど、実現には様々な困難が伴う。

リスク管理の統合

 市場リスク、信用リスク、業務リスクといった異なるリスクの統合的な測定にも、多くの金融機関が取り組んでいる。このようなストレステストを行う際には、リスクの種類ごとに所管部署が異なるといった管理体制面の制約や、複雑かつ莫大な計算が必要となるために発生するIT面の制約に直面する。もっとも、どこまで統合を進めるかは金融機関によって区々であり、金融コングロマリットでは業種を超えた統合管理手法も課題に挙げられている。

市場流動性の枯渇リスク

 市場流動性の枯渇に対するリスクをストレステストに織り込む努力は従来よりなされているものの、未だ明快な解決方法は見出されていない。現状、(1)流動性枯渇を反映していると考えられる過去の価格データを利用する、(2)流動性が回復するのに要する時間を加味して保有期間を長めに設定する、(3)流動性の枯渇リスクに由来するプレミアムを勘案してリスクファクターの変化幅を大きめに設定する、といった対策の例がある。

資金調達リスク

 資金調達リスクに関するストレステストでは、自社の格下げ、資金調達コストの上昇、コミットメントライン契約に基づく引出し急増や預金の減少が想定されている。

5. 結論

 ストレステストは優れたコミュニケーション・ツールであり、金融機関のリスク管理において重要な役割を果たすようになった。ストレステストの結果が経営判断の材料となるケースもあり、ストレステストによって金融機関の経営者とリスク管理部門の結びつきが強まっていると考えられる。また、こうした結びつきが強まると、リスク管理情報が金融機関の行動を通じて、金融市場に影響を及ぼす可能性が高くなる。このため、リスク管理に関する知識を深めることは、金融市場を理解するための1つの重要な要素になりつつある。

 このほか、すべての金融機関にとって単一の理想的なストレステストの枠組みは存在せず、ストレステストは個々の金融機関のリスク特性やデータの蓄積状況、市場の発展状況や経営者とリスク管理部門の関係に応じて作成されるべきであることも本調査の結論として示された。特に、発達した金融市場は価格データの提供という観点から、ストレステスト、ひいてはリスク管理の高度化に必要不可欠な要素である。一方で、機動的なリスク管理に基づく金融機関の取引行動によって、市場の流動性が増すという側面も存在する。本調査は、このような金融市場と金融機関のリスク管理の相互作用メカニズムをより深く理解するためのひとつの試みとも位置付けられる。

以上