平成15年度の考査の実施方針等について
2003年3月28日
日本銀行
1.平成14年度を振り返って
(1)実施状況
平成14年度は、銀行35先、信用金庫67先、外国銀行・証券会社等13先の、合計115先に対して考査を実施した(注)。
このほか、上記の考査を補完する観点から、持株会社に対する立入調査を、4先に対し実施した。
12年度 | 13年度 | 14年度 | |
---|---|---|---|
銀行 | 31 | 31 | 35 |
信用金庫 | 59 | 78 | 67 |
外国銀行、証券会社等 | 21 | 11 | 13 |
合計 | 111 | 120 | 115 |
(2)考査を通じて把握された金融機関経営上の課題
平成14年度に実施した考査を通じて把握された特徴点、金融機関経営上の課題は次のとおりである。
(総括)
多くの金融機関は、これまで多額の不良債権処理を進めてきている。しかしながら、バブルの負の遺産の処理が続いているうえ、わが国経済の構造調整や地域経済の不振等を背景に、新規の不良債権が業種を広げつつなお発生している。このため、資産内容に目立った改善がみられず、経営体力の充実・強化が必ずしも進んでいない。先行きも、比較的高水準の信用コスト(不良債権の引当・償却)の発生が続く可能性がある。
このため、金融機関は、不良債権問題の早期克服に向けた取組みを一段と進める必要がある。同時に、(1)経費削減等による経営効率の改善のほか、(2)信用リスクに見合った貸出戦略の再構築、(3)手数料収入獲得等を目指した新しいサービスの提供等を通じて、収益力の改善を進めていくことが、経営上の主要課題であることが改めて確認された。
(信用リスク)
平成14年度中に考査を実施した先では、全般的に、信用リスク管理面で改善を要すると認められる先が多かった。具体的には、自己査定および償却・引当額の算定に際し、債務者の実態把握や貸出債権の予想損失率の算定方法、不動産担保の処分可能見込額の算出方法等において、改善が必要である事例が引続き少なからず認められた。
金融機関においては、企業再生に向けた体制整備の動きが広がっている。考査では、こうした取組みが、貸出債権の質的向上の裏付けとなる企業・事業再生を図るうえで実効あるものとなっているか検証を行い、改善に向けて議論を深めた。
大手行との間では、ディスカウント・キャッシュ・フロー法(以下「DCF法」)を用いた、貸出債権の経済的価値の評価等について議論した。こうした議論を通じ、将来キャッシュ・フローに基づく債権価値評価の重要性が、金融機関内部において強く認識されてきている。今後は、こうした評価の枠組みを組織内に浸透させていくことや、DCF法における計測精度の向上のため、具体的な算定手法の精緻化や使用するデータの整備等を進めることが課題であることが確認された。
(市場リスク)
市場リスクについては、長短金利の低位安定が続く中で、金利リスクについて、金利変動を想定したストレステストの実施等、適切な管理がなされているか検証した。また、大手行では、保有株式の価格変動リスクへの対応が経営上重要な課題であると認識されており、日本銀行による株式買入等も活用しつつ、保有残高の圧縮に前向きに取り組んでいることが確認された。
一方、地域金融機関の一部には、運用利回りを確保する観点から、高度に複雑な仕組みを持つ債券を購入する動きがみられるが、内在するリスクについてのより適切な評価など、市場リスク管理体制において改善が必要と思われる事例があった。
(オペレーショナルリスク)
金融機関では、営業店・人員体制の見直しや、投資信託等の新たな取扱いを進めているが、オペレーショナルリスク管理の面で改善を要する事例が見受けられた。また、平成14年度は、大手行のコンピュータ・システムの統合に伴う大規模な障害が発生するなど、システムを中心としたリスク管理面での問題が顕在化した。考査では、システム統合やシステム開発・運用のアウトソーシング・共同化等に内在するリスクに関する検証を実施し、その管理体制の改善策を巡って議論を深めた。
2.平成15年度考査における重点事項
(1)基本的視点
わが国の金融機関は、引続き不良債権問題の克服という大きな課題に直面している。しかも、不良債権問題は、「バブルの負の遺産」だけでなく、「構造調整圧力の影響」という性格も加わりつつあり、金融機関を巡る経営環境は、なお厳しい状況にある。
日本銀行は、平成14年10月、「不良債権問題の基本的な考え方」を公表し、不良債権問題の克服のためには、「不良債権の経済価値の適切な把握と早期処理」と「金融機関と企業双方の収益力強化」を軸とした包括的な対応が不可欠であることを基本原則として掲げた。ここで強調したように、不良債権の経済価値を適切に把握し、その価値の減価に見合った引当を行うこと、その上でリスクに応じた貸出戦略を再構築することなどは、金融機関の健全性維持と収益力向上、金融システムの安定確保・機能強化に向けた出発点である。こうした方策により、金融機関や金融システム全体の資金仲介機能が強化されていけば、企業・事業再生や新規事業の創造といった、前向きな企業活動への支援も強まり、わが国の経済活動の活性化に資するものと考えている。
以上のような観点から、平成15年度の考査における基本的視点は、次の5点とする。
(不良債権処理と企業再生)
金融機関が、不良債権全般について、債務者の実態を的確に把握し適切に査定しているか、これに基づき引当等を適切に行っているか、を検証する。また、経営再建途上の企業について、その再建計画の合理性を検証すること等を通じて再生可能性を見極め、必要に応じて早めに貸出取引を再構築するよう、金融機関としての適切な対応を促す。
(新規収益機会創出への取組み)
金融機関が、自らの収益力を適切に認識しているかを検証することを通じて、将来の収益力強化に向け、経営効率化とともに新しい収益機会の創出を企図した取組みを促す。特に、収益力強化につながる重点分野への適切な資本配分、キャッシュフローに着目した新しい貸出戦略・手法の構築、経済構造の変化を捉えた新規貸出先の開拓等が重要な課題となっている。こうした論点も含め、資金仲介機能が十分に発揮されるよう、金融機関の取組状況を確認しつつ議論を深める。
(リスクの多様化・複雑化への対応)
情報技術の進展等を背景にした新商品の登場に伴い、各種リスクの多様化・複雑化が進んでいる。また、新技術の活用により金融機関のコンピュータ・システムも高度化している。このため、金融機関が適切な業務運営・リスク管理体制を構築し、これを有効に運用しているかを検証する。また、経営統合・再編成を進めている金融機関については、システム統合等に際し、円滑な統合を確保するための方策や障害発生時の対応が適切に採られているか等を検証する。
(緊急時の業務継続)
金融機関においては、通常の業務体制が維持出来なくなる緊急時を想定したうえで、そのための対策の整備が重要な課題となっている。特定の拠点が被災した場合等における、緊急時の業務継続・復旧体制の整備や日本銀行との連携強化に向けて、金融機関との間で議論を深める。
(システミックリスク発現の回避)
日本銀行は、システミックリスク発現のおそれがある場合には、金融市場全体への影響等を想定して、流動性の供給面で適切に対応する方針である。このため、引続き金融機関間の取引や決済連鎖の実態、およびこれらを通じて波及するリスクの所在を的確に把握するための情報を収集する。
日本銀行では、考査および日々のオフサイト・モニタリングにおいて、個別の金融機関の経営体力や業務の状況等を適切に把握・検証するよう努めている。また、金融システム全体に関するリスクの態様が、実体経済に及ぼす影響等についても、中央銀行業務を通じて得られる情報などを活用して鋭意分析している。平成15年度においても、考査から得られる情報を、金融システム安定のための施策や金融政策運営全般に反映させていくことを通じて、金融システムの安定確保と経済活動の活性化に貢献したいと考えている。
(2)経営体力・リスクカテゴリー毎の重点項目
(経営体力)
自己資本の充実度合いや収益力について検証し、経営体力について的確に把握する。これに関連し、償却・引当額が十分なものであるか、繰延税金資産が適切に計上されているか、等について検証する。特に、大手行において本格的に導入されるDCF法による引当については、経済価値の具体的な算定手法、使用する倒産確率や回収率等のデータ、債権のキャッシュ・フローの見積もり等の適切性を検証する。
金融機関における収益力強化のための諸方策や、会計制度等の変更への対応方針に関して、将来の経営安定性やリスク管理の観点から、引続き議論を深める。
(信用リスク)
自己査定において、債務者の実態が的確に把握されているか確認する。特に、大口与信については、債務者が破綻した際の金融機関の経営全般への影響について適切に認識し、的確なリスク管理を図っているか、検証する。
業況の悪化した与信先企業への対応方針が明確化されているか、その方針に沿って行う保全の強化や、業況改善に向けた経営者への助言等の対応が、貸出債権の質的改善につながる実効性のあるものになっているかを、重点的に調査する。また、再建計画がある場合には、その実現可能性について検証する。
不動産担保の処分可能見込額が、貸出債権の実態を踏まえて適切に算定されているか検証する。
与信ポートフォリオ全体のリスク管理については、内部信用格付を用いた信用コスト等の把握が適切に行われているか、また、その結果が与信業務運営や債権管理に的確に活用されているかを検証する。このほか、与信ポートフォリオ内の債務者に関する財務データを集合的に分析し、この結果を基に金融機関と議論することを通じて、金融機関が、与信ポートフォリオ全体の特徴等について適切に認識し、それを踏まえた与信管理を的確に行っていくよう促す。
(市場リスク)
大手行における金利リスク管理体制、保有株式に係る価格変動リスク削減に向けた取組みについて、引続き確認・検証する。
主に地域金融機関において、有価証券投資が抱えるリスクが的確に認識され、また、適切なリスク管理が行われているかなどを検証し、必要に応じ問題点の改善を求める。
金融システムの一角にショックが生じた際、それが金融機関間の市場取引を通じてどのように波及するかについて、リスクの実態を的確に把握する。また、これを踏まえて、市場参加者の業務運営や市場取引慣行等に改善すべき点がないかどうか、必要に応じ調査する。
(決済・流動性リスク)
流動性リスク管理の適切性を引続き検証するとともに、資金繰り逼迫時等における緊急時対応策を検証する。
円滑かつ安定的な決済を確保するため、金融機関の決済実務面およびそのリスク管理上の課題について引続き議論を深めるとともに、信頼性の高い決済事務の遂行を求める。
金融機関の本部や電算センター等特定の拠点が被災した場合、広域災害が発生した場合、通信回線が途絶した場合等における、緊急時の業務継続・復旧体制の整備や日本銀行との連携のあり方に関して、金融機関との間で議論を深める。
民間決済システムにおいて、支払不能参加者が発生した場合でも当日の決済が円滑に実行されるよう、各種ルールの整備が進められている。これらの民間決済システムを利用する金融機関において、ルールに即した事務対応が確保されているかについて確認する。また、金融機関間の資金・証券決済の状況(決済プロファイル)等についても、引続き調査する。
(オペレーショナルリスク)
金融機関においては、営業店配置の見直しや人員のスリム化等と併せ、事務処理の集中化やアウトソーシング化の動きが一段と広がっている。こうした事務処理体制の変化に合わせ、リスクが適切に把握・管理される体制が整備されているか、検証する。
金融機関は、顧客ニーズへの的確な対応や新たな収益機会の創出を企図して、取扱う商品の多様化や、インターネットバンキングを始めとする新しい金融サービスの提供を進めているほか、債権流動化商品の組成・売買等を積極化している。こうした取組みに関して、適切な業務運営・リスク管理が行われているか、検証を行う。
オペレーショナルリスクの適切な管理のためには、同リスクの計量化が必要であり、そのためには、金融事務に関する基礎的な統計データの整備を進め、併せて、データ分析能力を高めていくことが不可欠である。こうした点について経営陣を含め金融機関が適切に認識し、また的確な対応を行っているか、議論を深める。
(システムリスク)
オペレーショナルリスクのうちコンピュータ・システムに係るリスクに関し、システムの安全性、安定性および信頼性を確保するため、リスク管理の拡充状況について、引続き確認する。
システムの統合に関し、統合プロジェクトの管理体制が適切に整備されているか、統合に伴う各種のリスクが経営陣を中心に十分に認識され、円滑な統合を確保するための方策が採られているか、また、障害発生時の対策が適切に策定され、それが発動される体制となっているか、等について検証する。
システム開発・運用のアウトソーシングや共同化に対しては、共同化等に伴うリスク管理体制や移行後の機能向上策が適切に整備されているかについて、検証する。
(統合的リスク管理等)
金融機関の抱える多様なリスクについて、共通の尺度で統合的に捉え、リスク許容額や損失限度を設定するという統合的管理の枠組みが、大手行を中心に導入されている。こうした枠組みについて、対象とするリスクの範囲の適切性や、計量化技術の高度化等の整備状況について確認する。また、こうした統合的リスク管理の枠組みが、各部門に対する資本配賦・収益評価や、インセンティブの付与に適切に活用されているか確認する。
金融機関の業務内容や管理体制が変化し、これに伴って各業務に内包されるリスクの態様が複雑化しているため、内部管理体制の適切性をチェックする「内部監査」機能の充実が重要な経営課題となっている。こうした内部監査機能の充実・高度化に向けた取組みを後押しする観点から、リスクの所在に応じた監査手法・監査計画の導入、被監査業務・部署に対するモニタリング、経営陣の関与方法等、内部監査体制の充実に向け、引続き議論を深める。
(3)考査運営面での対応
金融機関の健全性維持と、金融システムの安定確保・機能強化に向け、引続き的確な考査を実施していく。その際、考査結果が、金融機関が適切かつ前向きな経営を推進していくことに資するために、考査先と十分に議論することにより、認識の共有を図るよう努めていく。また、会計処理のあり方について、必要に応じ、監査法人も交えて十分に議論を尽していく考えである。
考査の実施に当っては、考査先の有するリスクの大きさ、課題の所在等に応じて、考査の周期や内容、期間について弾力的に判断していくこととする。また、特定のリスクに関する実態把握が必要と判断される場合には、調査対象を絞った短期の考査を引続き積極的に活用していく方針である。
内外の金融経済環境が急速に変化しているため、金融機関の財務状況や業務内容も、短期間のうちに大きな影響を受け易くなっている。また、それを受けて、金融機関の対応も多様化している。このため、定期的な考査とその間を埋めるオフサイト・モニタリングとの連携を一段と図ることにより、金融機関の財務状況や業務内容の変化を継続的かつ的確に把握していく方針である。
以上
また、システム統合におけるプロジェクト管理体制等の検証に焦点を当てた考査を、3先に対し実施した。