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平成11年度の考査の実施方針等について

1999年3月30日
日本銀行

日本銀行法(以下、「法」という。)では、新たに第44条において考査に関する規定が定められた。また、日本銀行では、昨年4月の組織改正に伴って考査局に旧営業局の一部機能を合体し、オンサイト考査(法第44条に定める「考査」を言い、以下「考査」という。)とオフサイト・モニタリングの機能を一つの局で所掌することとなった。こうした新たな制度的、組織的枠組みの下で新考査局がスタートして1年が経過しようとしている。

今般、「平成11年度の考査の実施方針等について」の策定にあたり、(1)この1年間の経験も踏まえて考査局が担っている機能を改めて整理し、考査の位置付けを明確にするとともに、(2)平成10年度に実施した考査の実績を振り返り、そのうえで(3)平成11年度の考査における重点事項について述べることとしたい。

1.銀行業務を通じて政策目的の実現を図る中央銀行の考査

日本銀行は、中央銀行として、銀行業務を通じて政策を実行する主体であり、個別の取引先金融機関等の業務および財産の状況を把握する考査およびオフサイト・モニタリングは、政策を遂行するための出発点となるものである。この点、考査については法第44条は、「第37条から第39条までに規定する業務を適切に行い、及びこれらの業務の適切な実施に備えるためのもの」と規定している。

考査およびオフサイト・モニタリングが担うべき役割は、次の三点に整理でき、日本銀行が、その使命を自らの責任で的確に果たしていく上で欠くことができないものと位置づけられる。

  • 第一に、個別の取引先金融機関等の業務および財産の状況を把握し、その結果の伝達や必要な要請を行なうことを通じて、金融システムの安定の確保に資すること。
  • 第二に、個別に得られた情報を基に、決済システムを中核とする金融システム全体の抱えるリスク(リスクの種類、規模、取引先金融機関等毎の分散状況)や、そのリスクが顕現化および伝播するメカニズムを継続して把握し、必要に応じて当該リスクの発現を抑止するための対外的働きかけを行うこと。
  • 第三に、個別に得られた情報を、日本銀行の行う取引先金融機関等に対する与信業務(中央銀行としての最後の貸し手<lender of last resort>機能の発動を含む。)や、日本銀行が運営または関与する決済システムの円滑な運営等に活かすことで、日本銀行の業務全般に寄与すること。

日常のオフサイト・モニタリングと、より深みのある実態把握を可能とする考査は、共に日本銀行自らがファイナリティある決済システムの運営主体となっていることと不可分の関係にあり、取引先金融機関等の業務および財産の状況を把握するために不可欠ないわば両輪である。両者の運営は、効率的な業務運営の観点からも有機的、一体的に行っていくことが適当と考えられ、考査の運営に際しては、日常のオフサイト・モニタリングで得られた諸情報を適切かつ有効に活用していく方針である。

考査とオフサイト・モニタリングをより一体的、効率的に運用することにより、切れ目のない取引先金融機関等の経営実態の把握に努めていくことは、法に定める取引先金融機関等の事務負担への配慮にも資すると考えられる。この点、日本銀行考査局は、取引先金融機関等の事務負担軽減には可能な限り意を用いていく考えであり、資料の提出依頼の面でも、既に昨年、考査実施に先立ち提出を求めている事前資料の見直しを実施した。現在、オフサイト・モニタリングにおいて定期的に提出を依頼している資料等の取扱いについても見直しを進めており、成案が出来次第、その結果を取引先金融機関等に通知することとしたい。

なお、金融機関等が自己責任原則に基づく経営を益々求められている中で、考査やオフサイト・モニタリングにおいても金融機関等の自主性を最大限尊重していくべきであり、考査局としては、金融機関等自らの発意に基づくリスク管理手法の高度化を後押ししていきたい。こうした観点から、考査やオフサイト・モニタリングを通じて得られた金融システム全般に関する調査や研究成果については、可能なものは対外的な公表に努めていく方針である。

2.平成10年度に実施した考査について

(1)概要

10年3月31日に公表した「10年度の考査の実施方針について」で示した重点事項に基づき、平成10年4月から経営体力ならびに信用リスク、市場・流動性リスクおよびオペレーショナル・リスクの管理状況にかかる調査を行う考査を実施した。加えて、アジア拠点、米国拠点における邦銀の活動、コンピューターの2000年問題に焦点を絞ったターゲット考査(特定の分野に調査対象を絞って行なう考査をいう。)を行った。この間、わが国金融機関の不良債権の実態把握が喫緊の課題となる中で、昨年7月の政府・与党「金融再生トータルプラン」(第2次とりまとめ)を踏まえ、8月以降、金融監督庁と連携して都市銀行、信託銀行計5行、および地方銀行、第二地方銀行協会加盟行計43行に対して自己査定およびそれに基づく償却・引当の適切性のチェックを中心とした集中的な考査(以下、「集中考査」という。)を行った。このため全体としてみると10年度に実施した考査については、当初の重点事項に掲げた項目のうち、経営体力、信用リスク関連のウエイトが高い結果となった。

考査実施先数の実績
業態 実施先数(うち集中考査)
銀行 62(48)
信用金庫 65
その他(外国銀行、証券会社等) 12

この他、2地区(タイ、米国)における海外店考査、44先に対する2000年問題に焦点を絞ったターゲット考査を実施した。

(2)10年度の考査の実施方針における内容面の重点事項にかかる主な結果

(a)経営体力・信用リスク

バブルの崩壊および景気低迷による経営体力の低下を余儀なくされる先が目立つ一方、早期是正措置に基づく自己査定が開始されたのを受け、自己査定やそれに基づく償却・引当が適切になされているかの検証に重点を置いた。

  • 自己査定および償却・引当の基準は作成されているが、その内容が十分でなく、また、基準の運用が適切になされない先がみられた。このため、適正な基準の作成と厳格な運用を求めたほか、適切な運用を担保する組織・体制面での整備を促した。
  • 信用リスク管理の高度化については、その取組みは全体として途半ばの状態にあり、引続き拡充が求められる。

(b)市場・流動性リスク

経営体力の低下および市場における流動性問題の重要性の高まりを背景に、流動性管理にかかるリスク管理体制の構築のほか、その体制が実際に効果的に機能しているか否か、特に流動性リスクの管理における緊急時の対応可能性に重点を置いた。

  • リスク管理体制の整備は進んできたが、それが十分には経営判断に活かされていないケースがみられた。
  • 特に取引規模が大きく、また複雑なリスクを取る先に対して、内部モデルを用いたリスク管理手法につき必要に応じ調査を行い、問題等を指摘した。

(c)オペレーショナル・リスク

2000年の到来を前に、いわゆるコンピューターの2000年問題に重点を置いた。

  • 2000年問題については、関連局室とも連携して、対応の進捗状況のアンケート調査を実施し(平成10年8月に結果を公表)、その結果等を勘案しつつターゲット考査を行ない対応の早期完了や進捗の管理強化を促した。同じく、「コンピューター2000年問題対応に係るベンダーとの共同作業およびコンティンジェンシー・プラン策定に関する留意事項」(平成10年11月)を公表しコンティンジェンシー・プラン(緊急時の対応方針)の確立等を求めた。
  • コンプライアンス関連項目の拡充等、金融情勢やリスク管理をめぐる国際的議論の動向を踏まえリスク管理チェックリストを改訂し公表した(平成10年6月)。
  • 本年1月からのユーロ導入に備えた留意点を配付し注意を喚起した(平成10年11月)。

(d)アジア拠点の重点考査

アジア金融・資本市場の大きな変動を受け、オフサイト部署においてモニタリングを強化するとともに、邦銀のタイ拠点における与信管理のチェックを行った。

  • 同拠点において与信管理に重点を置いたターゲット考査を行った。特に海外店における自己査定の実施状況につき調査し、必要に応じて貸出先の経営状態を把握する頻度を上げるよう求めた。

3.平成11年度の考査における重点事項

わが国金融機関を取巻く経営環境として、現在次のような点に留意する必要がある。

  1. (a)わが国金融システムの安定という観点から、金融機関の不良債権問題への対応が、引続き緊要な課題である。本年3月には、金融機能早期健全化緊急措置法に基づき、金融再生委員会において都市銀行等に対する公的資本増強が決定され、今後、地域金融機関にも、その動きが広まっていく可能性がある。一方、預金保険法上の特例措置は、2001年3月をもって終了する予定となっている。
  2. (b)こうした状況の下で金融機関では、経営戦略の再構築や、収益力の向上がより重要な課題となっている。また、金融ビッグバンが始動し、持株会社制度が導入され、会計面では連結決算が原則化される。このように金融機関経営が抜本的見直しを迫られる中で、金融機関の経営方針や金融機関におけるリスク管理の体制と手法も大きな変貌を遂げることが見込まれる。

平成11年度の考査においては、以上のような金融機関を巡る経営環境に加えて、前述の日本銀行考査局が果たしていくべき役割、さらには10年度の考査の実績を踏まえて、次の点につき重点を置く。

(1)考査内容における重点事項

  1. イ.金融機関等の経営体力把握(自己資本の充実度合、新規不良債権発生の可能性および資産査定と償却・引当の適切性の検証等)を行う。
  2. ロ.「経営体力の悪化を事前に防止する」という予防的観点にウェイトを置いた「リスク管理重視」考査を、取引先金融機関等毎の実態に配意しつつ、以下のポイントに即して行う。
    1. A)信用リスク
      • 金融機関においては、金融仲介機能の適切な発揮や収益性の向上が期待される下で、適切な信用リスクのテイクとそれを通じた収益力の向上、さらには、その前提となる信用リスク管理の徹底が求められる。このため、信用リスク管理体制の整備状況およびその運用(リスク管理体制とリスク・テイクの整合性、リスク管理体制の運用実態等)のチェックに努める。
      • 信用リスク管理体制のチェックにあたっては、例えば個別与信先の収益力を適切に把握した与信格付(credit rating)がなされているか、自己査定結果や格付付与の検証体制なども含む与信監査(credit review)制度が確立しているか、また、与信全体についてはポートフォリオ管理(特定業種、地域への過度の与信集中排除など)が適切になされているかに留意する。
      • 市場取引にかかる信用リスク管理の実態把握を強化するほか、クレジット・デリバティブ等の新商品にかかる信用リスクにも配意する。
      • また、今後、より的確な信用リスク管理体制の構築を目指して大手行を中心に信用リスク定量化モデルの開発が進んでいくとみられる中で、その実用化の状況にも注意を払う。
    2. B)市場・流動性リスク
      • 流動性の適切な管理が引続き重要な課題となる下で、流動性にかかる管理体制とその運用の実態を把握する。
      • 金利変動等に備え、ポートフォリオのALM管理を含む市場リスクおよび流動性リスク管理体制が、リスク・テイクの方針に見合うものか、また、実際に効果的に機能しているかをチェックする。その際、市場環境の急変時に対応した資本の備え、ストレステストの運用実態や商品毎の市場流動性を意識したリスク管理に留意する。
    3. C)オペレーショナル・リスク
      • 本年末へ向けコンピューターの2000年問題への各金融機関の対応状況を、特にコンティンジェンシー・プラン等の対応を重点においてチェックする。
    4. D)決済システムに関連するリスク
      • 各種決済システムの安定性確保という視点に立って各金融機関における決済リスク管理に関する調査を行い、体制整備が十分なされているかをチェックする。
      • その際には、昨年末の外国為替円決済制度の改正や先行きの内国為替決済制度の見直しに伴う新たな決済リスク管理方式(流動性供給スキーム、担保のスキーム等)の導入、さらには来年末迄の実現を目標としている日銀ネットのRTGS(Real Time Gross Settlement)化への対応に、特に留意する。
    5. E)国際部門
      • 海外向け与信につき、昨年のアジア金融・資本市場の変動等でクローズ・アップされたカントリーリスク(国毎の与信リスク)が他国のリスクと相関する事態(いわゆる「コンテイジョン(contagion)」)に関して、その認識が十分かどうかに留意する。
      • 海外店および現地法人の再構築の動きを念頭に置きつつ、ニューヨーク、ロンドン、香港等の主な海外拠点に対する考査を行う。その場合、海外店や海外現地法人の店舗集約化等に伴うオペレーショナル・リスクにも意を用いる。
    6. F)連結決算の原則化を受けたグループ全体にかかるリスク管理状況等
      • 連結決算の原則化を受け、取引先金融機関等を含む企業グループ全体にかかるリスク・テイクとリスク管理の状況が、取引先金融機関等に与える影響に配意する。その他、各種会計制度の変更の影響にも留意する。

(2)考査運営における重点事項

イ.考査周期および考査内容の弾力的運営

考査周期を考査先の経営体力やリスク管理状況に応じて一層弾力的に運用し、考査内容についても考査先の有する課題の所在に応じて、より弾力化を図る。

ロ.ターゲット考査の積極的活用

2000年問題や決済リスク管理等の特定のリスク・ファクターに関する管理体制等に踏み込んだ実態把握が必要と判断される場合には、その分野に調査対象を絞りターゲット考査を積極的に行う。また必要に応じ経営体力把握の面でもターゲット考査の活用を図る。

(3)その他

持株会社制度の導入や連結決算の原則化を受けて、金融機関の経営形態が大きく変化することが予想される。その際、当座預金取引の相手方の的確な経営実態の把握のためには、その相手方の親会社(持株会社を含む。)などの調査を行うことが必要となる場合があると考えられる。このため、今後そうした調査のあり方について鋭意検討を進め、必要に応じて関係金融機関等と協議を行いつつ、その体制の整備に努める。

以上