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金融政策決定会合議事要旨

(1998年 1月16日開催分、訂正版*

  • 本議事要旨は1998年 2月26日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

1998年 3月 3日
日本銀行

(開催要領)

1.開催日時
98年 1月16日(9:05〜13:27)
2.場所
日本銀行本店
3.出席委員
  • 議長 松下康雄(総裁)
  • 濃野 滋(任命委員)
  • 後藤康夫(  任命委員  )
  • 武富 将(  任命委員  )
  • 中川隆進(大蔵省代表)
  • 藤島安之(経済企画庁代表)

(執行部からの報告者)

  • 副総裁福井俊彦
  • 理事永島 旭
  • 理事米澤潤一
  • 理事山口 泰
  • 企画局長川瀬隆弘
  • 営業局長竹島邦彦
  • 営業局審議役川原義仁
  • 国際局長杉田正博
  • 調査統計局長松島正之

(事務局)

  • 政策委員会室長三谷隆博
  • 政策委員会室参事補渡部 訓
  • 企画局企画課長山本謙三
  • 企画局参事補雨宮正佳

I.執行部からの報告の概要

1.最近の金融調節の運営実績

 金融調節は、95年9月8日以降の方針(無担保コールレート<オーバーナイト物>を、平均的にみて公定歩合水準をやや下回って推移するよう促す)に従って運営した。

 最近の運営実績についてやや具体的にみると、前積み期入り後(97年12月16日以降)も、各種の調節手段をフルに活用しつつ、連日大幅な積み上を造成するなど市場に対する潤沢な資金供給に努めた。この結果、無担保コールレート(オーバーナイト物)の目立った上昇は回避し得たが、潜在的な上昇圧力は根強い状態が続いた。ターム物金利については、年明け後、年末要因の剥落などから2か月以内の比較的短期の金利が一頃に比べかなり低下した一方、年度末越えとなる3か月物金利は高止まりを続けた。こうした情勢を踏まえ、年度末越えを含む長目の資金供給を積極的に進めた。この結果、3か月物などのターム物金利にも漸く低下の兆しが出始めている。

2.為替市場、海外金融経済情勢

(1)為替市場

 円の対米ドル相場は、昨年秋以降軟化し、1月7日に134円台まで円安方向に動いたが、その後は、日本の追加的な景気対策への期待感の高まりや、アジア経済の調整が米国経済にも波及するとの見方等もあって、129円台まで円安修正が進んだ。円の対マルク相場は、このところ72〜73円台の安定した推移を続けていたが、足許は70円台へと円高方向への動きとなった。円の名目実効レートをみると、対アジア通貨での大幅な円高化を映じて、96年初の水準まで円高が進んでいる。なお、アジア諸国の通貨は、韓国ウォンが若干安定を取り戻しつつある一方で、インドネシア・ルピアなどは依然不安定な状態を脱していない。

(2)海外金融経済情勢

 米国経済の動向をみると、企業マインド面でやや弱い指標もみられるが、個人消費関連を中心に強めの指標が続いている。こうした中で、物価は落ち着いた動きとなっている。なお、市場金利は、アジアの通貨・金融不安を受けた資金流入等により、長期・短期金利ともに低下した。株式市況は、一進一退で推移した。

 欧州については、ドイツ、フランスでは、輸出の持直しを中心とする景気回復が続いている。この間、英国では堅調な景気拡大傾向が続いている。

 東アジア各国では、一部に経常収支改善の兆しが窺われるが、内需は減退傾向が強まる状況が続いている。なお、株式市況をみると、韓国市場が持ち直しつつある一方で、シンガポール市場、インドネシア市場は依然軟調な地合いを脱していない。

3.国内金融経済情勢

(1)実体経済

 最終需要面をみると、純輸出は増加基調を続けており、設備投資も製造業を中心に緩やかに増加している。一方、個人消費については、消費税率引き上げの影響が一巡した後も、家計のマインドが慎重化していることから、低迷が長引いている。また、住宅投資が落ち込んだ状態を続けているほか、公共投資も減少傾向にある。こうした最終需要動向を背景として、在庫調整の動きが拡がっており、鉱工業生産は弱含みの展開となっている。さらに、雇用・所得の改善テンポも、鈍化を続けている。このように、生産・所得・支出を巡る前向きの循環は停滞してきている。

 先行きについては、外需が引き続き下支えに働くとみられるうえ、昨年末に発表された特別減税が、家計の支出に好影響を及ぼすことが期待される。しかし、在庫調整圧力が強まっているところへ、公共投資の減少が持続し、設備投資についても増勢鈍化が見込まれるため、今暫くは停滞色の強い展開が続くものとみられる。また、これまでの景気減速によって、わが国経済の追加的なショックに対する耐久力は低下してきているとみられるだけに、今後、アジア経済の調整の長期化・深刻化、金融機関の慎重な融資姿勢の強まりによる企業金融への悪影響、あるいは企業や家計のコンフィデンスの一層の低下、などの景気下押しリスクが発生することがないか、十分な注意を払っていく必要がある。

(2)物価

 物価面をみると、財市場における需給の緩和を反映して、卸売物価が軟化している一方、消費者物価は、消費税率引き上げ等の制度変更要因を除いて、前年を若干上回る水準で推移しており、物価全体としては、これまでのところ安定した動きを示している。先行きについても、デフレ・スパイラルの懸念が高まった95年当時のように、為替円高によって輸入ペネトレーションが誘発され、競合する国内最終財価格を直接押し下げるという環境にはないだけに、当面、総じて安定的な推移を辿る可能性が高いとみられる。ただ、国内需給ギャップの縮小を見込みにくいことを踏まえると、アジアにおける需給の引き緩みなども視野に入れつつ、今後とも物価環境を丹念にみていくことが適当である。

(3)金融情勢

 金融面をみると、TB利回りや長期国債利回りは既往最低圏で推移しているが、一部金融機関の経営破綻をきっかけに、信用リスク・流動性リスクに対する市場の意識が強まっており、短期金融市場のターム物金利や、社債・金融債利回りなどは、上昇・高止まりしている。このように、市場の景況感が引き続き弱い一方、金融システムに関する不透明感が高まるという状況のもとで、株価は低迷を続けている。また、為替レートは、対アジア通貨では円高が進んでいるが、対米ドルでは円安となっている。

 量的な金融指標をみると、民間金融機関の貸出は、計数面からみる限りこれまでのトレンドに大きな変化はみられていない。マネーサプライも、M2+CDの前年比は概ね3%前後で推移している。しかし、金融機関の貸出姿勢は、株安・円安による自己資本面からの制約の強まりもあって、一段と慎重化する方向にある。貸出金利面でも、上記市場動向等を反映して、12月入り後は上昇圧力が強まっている。当面、以上のような金融面の動向が、実体経済活動に対してどのような影響を及ぼすか、注意深くみていく必要がある。

II.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要

 景気の現状については、家計支出を中心とする内需減速の影響が、生産面や雇用・所得面に及びつつあるほか、企業マインドも悪化しており、景気は停滞色の強い状況にあるとの見方で委員の意見の一致をみた。

 まず、個人消費の低迷が長引いている背景について意見交換が行われた。11月以降の個人消費の低迷は、消費税率引き上げ前の駆け込みの反動や特別減税廃止の影響だけでは十分説明できず、10月までの局面とは様相を異にしているのではないかとの意見が出された。この背景については、多くの委員が、11月以降の金融システム不安の再燃、株価の下落、アジアの金融・通貨情勢の動揺等を背景とする消費者マインドの後退とそれに伴う家計の「防衛姿勢」の強まりを指摘した。

 こうした個人消費の動向に関する検討から発展し、景気停滞色の強まりの性格を全体としてどう理解すべきかといった点についても意見交換が行われた。
 現在の局面の特徴として委員から指摘された点を要約すると、(1)これまでは景気後退局面でも比較的安定的であった個人消費の落ち込みが大きいこと、(2)家計だけでなく、企業、金融機関も含め、経済の先行きに対するコンフィデンスが大きく後退しており、一種の不安心理の増幅現象がみられること、(3)景気停滞色の強まりに伴う株価下落等が、金融機関行動の慎重化をもたらし、それがさらに企業経営やマインド面に影響を与えるといった形で、「実物経済」と「金融」との間の連動現象が表面化しているとみられること、などであった。
 これらのため、最近の情勢は、在庫循環、設備循環などの通常の循環メカニズムだけでは十分説明し難いとの見方が多く示された。

 以上の現状評価を踏まえ、景気の先行きについては、当面の景気下支え要因、先行き留意すべきダウンサイドリスクの両面について検討が行われた。

 まず、景気の下支え要因としては、委員から以下のような点が挙げられ、現段階では、景気の累積的な悪化に至るリスクは大きくないとの見方が多く示された。

  • 消費税率引き上げ等の個人消費に対する影響は、時間の経過とともに後退するとみられること。
  • 特別減税、金融システム対策などの政策対応が図られており、その効果が期待されること。
  • 為替相場、海外景気の状況からみて、全体としては、輸出の好環境が続いていること。
  • 目下のところ、設備投資計画の大規模な下方修正は見込まれていないこと。

 ただし、景気のダウンサイドリスク要因として、以下のような点に留意することが必要であるとの意見も多く示された。

  • アジア経済の調整が一段と深刻化した場合のわが国からの輸出等への悪影響。
  • 金融機関の慎重な融資姿勢の強まりによる企業金融への悪影響。
  • 金融システム不安、企業倒産の増加等による、家計や企業のコンフィデンスの一層の低下。
  • 在庫調整の長期化により企業収益の下押し圧力が強まり、これが投資・雇用調整に繋がるケース。

 このうち、金融機関の融資姿勢慎重化の動きとその影響について、詳細な意見交換がなされた。わが国の金融システムや経済が大きな転換期を迎えていることを踏まえると、金融機関の融資姿勢の慎重化自体はやむを得ない方向であり、長期的には、金融機関の経営効率化やそれに伴う産業の合理化に資する面があるとの指摘もあった。ただし、こうした長期的な観点からの意見を述べた委員も含め、大方の委員から、目先1〜3月期については、金融機関の融資姿勢がいっそう慎重化する可能性があり、その実体経済面への影響を注視する必要があるとの意見が示された。その場合、企業金融を通じて設備投資等の実体経済活動に与える悪影響と並んで、マインド面への影響、すなわち、倒産の増加などにより、家計や企業の不安心理を強めるリスクも念頭に置く必要があるとの見方が示された。
 ただ、金融機関の融資姿勢の動向やその経済に及ぼす影響については、(1)株価・為替レートの動きとそれが金融機関のバランスシートに与える影響、(2)社債、CPなどの代替的な資金調達手段の動向、(3)相対的に自己資本比率に余裕のある先の貸出態度、(4)政府系金融機関の融資の拡充や金融システム安定化策等昨年来政府の打ち出した諸々の対策や日本銀行の潤沢な資金供給の効果、など様々な要因に依存するため、こうした点も含め、今後の動向を注意深く見守っていく必要があるという点で、意見の一致をみた。

 最近の為替相場動向に関しては、概ね、内外の景気格差を反映したものと考えられるとの見方が示された。ただし、これ以上の円安が急激に進む場合には、問題が生じうるとの意見も示された。その場合の具体的な懸念材料としては、産業構造改革の流れに緩みをもたらしかねないこと、外貨資産の円建て評価額の増大により、金融機関の自己資本比率規制上の制約が強まり、融資姿勢の一層の慎重化に繋がりかねないこと等が指摘された。

 先行きの物価動向については、当面安定基調が続くとみられ、上方、下方どちらのリスクも小さいとの意見が出された。これに対して、アジアの経済調整や、国際商品市況の動向等を勘案すると、先行きは、どちらかといえば、下方サイドのリスクに留意する必要があるのではないかとの意見も表明された。

III.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

 以上の景気、物価情勢に関する検討を踏まえ、当面の金融政策運営について、以下の検討が行われた。

 まず、現在の景気停滞色の強まりに対しては、その発端となった個人消費の後退にいかに歯止めをかけるかが重要であるという意見が出された。これに関連し、個人消費後退の背景は、主に、財政面からのマイナスの影響と金融システム不安によるコンフィデンスの低下の2つが考えられ、先行きについてはなお楽観はできないものの、政府による所得税減税と金融システム安定化策等の措置は、この2つの側面から、個人消費に好影響を与えることが期待されるとの意見が表明された。また、こうした政府による対策によって、よりバランスのとれた政策対応になりつつあり、3月決算期を控え、できるだけ早期にこれらの施策が実施に移されることが重要であるとの意見があった。

 また、コンフィデンスの後退を食い止めるという観点に絞ってみても、金融システム安定化策と同時に、アジアの金融・経済不安に対する諸施策が講じられていることを重視する意見が表明された。すなわち、(1)公的資金投入も含めた金融システム問題の抜本的な対策が講じられつつあり、国民の理解も得られつつあるとみられること、(2)アジアの動揺についても、IMF等の国際機関を中心に、日本、米国が積極的に支援に参加し、迅速かつ大規模な対策が講ぜられたこと、など前向きの動きも出ており、このように問題解決の方向性を明らかにしていくことがコンフィデンスにも好影響を与えるとの意見が出された。この点に関連し、ここ数日、株価が持ち直し気配にある点につき、これが、マーケットの雰囲気の変化を示しているものかどうか、注目したいとの意見があった。

 この間、大蔵省代表委員及び経済企画庁代表委員から、政府系金融機関の融資の拡充、公的資金30兆円の投入を含む金融システム安定化策、特別減税など、政府が各方面にわたって講じてきている措置について説明があり、こうした諸対策が相まって、経済の先行きに対する不透明感が払拭され、景気回復に貢献するものと考えられるとの見解が述べられた。また、経済企画庁代表委員から、わが国財政の健全化等6つの改革を進めるとともに、その時々の経済の実情に応じて臨機応変の措置をとっていくことになろうとの見解が述べられた。

 当面の金融政策運営については、現在の市場金利情勢を巡って検討が行われた。まず、オーバーナイト物金利が安定的に推移する一方で、ターム物金利がなお高止まっている状況については、通常の意味で実体経済活動を反映した金利形成ではなく、信用リスクや流動性リスクに対する市場参加者の意識が強まったため、TB金利と民間ターム物金利(CD、ユーロ円等)の間の乖離が拡大したものであるとの意見が出された。このため、当面の金融調節上は、日本銀行が長めの資金を潤沢に市場に供給することにより、市場の落ち着きを回復し、ターム物金利の高止まりの是正を促していくことが先決であるとの点で、委員の意見の一致をみた。また、大方の委員が、このような潤沢な資金供給は、金融システムの安定化や預金者(家計)心理の安定化にも資すると指摘した。

 以上のほか、現状のように民間のコンフィデンスが萎縮している状況では、追加的な金融緩和は、実体経済に及ぼす効果がどうしても限定されるほか、一方で、家計の消費マインドをさらに防衛的にするおそれがあるのではないかとの意見があった。
 また、消費者物価が前年を上回る水準で安定的に推移している一方、卸売物価がやや軟化しているために、資金運用者である家計が直面している実質金利(名目金利−消費者物価でみた期待物価上昇率)と、資金調達者である企業が直面している実質金利(名目金利−卸売物価でみた期待物価上昇率)の間の乖離が拡大している(すなわち、家計等の資金運用者の実質金利が低位にある一方で、企業等資金調達者の実質金利が上昇している)可能性があり、金利水準の評価を難しくする一因となっているとの意見が示された。こうした状況下では、家計の実質運用利回りの適正化を図るという観点も重要であるが、金融面から経済活動を支えるためには、現状の金融政策スタンスを維持してターム物金利の低下を促し、企業の実質借入コストの上昇を抑制することが適切であるとの意見であった。

 以上の検討を踏まえ、当面の金融政策運営に関しては、現状の金融緩和姿勢を維持し、その効果がターム物金利等に波及していくことを促しつつ、政府による諸施策の具体化の動向やその効果も含め、情勢の展開を見守っていくことが適当であるという点で、概ね共通の見解に達した。

IV.採決

 まず、議長から、議長による議案のとりまとめ及び採決の方法について、次の点につき確認があった。

 金融政策の各手段(金融市場調節方針、公定歩合、預金準備率)の決定方法については、(1)金融市場調節方針は、現状維持も含め金融政策決定会合で毎回決定し、(2)公定歩合及び預金準備率については、変更時のみに決定を行う、という方法で行うこととしたい。従って、金融政策運営について現状維持とする場合には、公定歩合、預金準備率については議案を提出せずに、次回金融政策決定会合までの間の金融市場調節方針についてのみ、現状を維持する議案を提案することとしたい。

 以上について委員の了承が得られたあと、議長が以下の議案をとりまとめ、採決が行われた。

議案

 次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとし、別添のとおり公表すること。

 無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて公定歩合水準をやや下回って推移するよう促す。

採決の結果

  • 賛成:松下委員、濃野委員、後藤委員、武富委員
  • 反対:なし

 最後に、当月の金融経済月報に掲載する「基本的見解」が了承され、金融経済月報を1月20日に公表することとされた。

以上


(別添)
平成10年 1月16日
日本銀行

当面の金融政策運営について

 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、当面の金融政策運営について現状維持とすることを決定した(全員一致)。

以上