金融政策決定会合議事要旨
(1998年 3月13日開催分)*
- 本議事要旨は1998年 4月 9日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。
1998年 4月14日
日本銀行
(開催要領)
- 1.開催日時
- 98年3月13日(9:00から11:28、12:40から14:10)
- 2.場所
- 日本銀行本店
- 3.出席委員
-
- 議長 松下康雄(総裁)(注)
- 濃野 滋(任命委員)
- 後藤康夫( 任命委員 )
- 武富 将( 任命委員 )
- 中川隆進(大蔵省代表)
- 藤島安之(経済企画庁代表)
- (注)松下委員は、衆議院・予算委員会に参考人として招致されたため、9:00~11:28及び13:44~14:10の間、会合を欠席した。この間は、議決権を有する委員の互選により、議長代理として濃野委員が選任され、議事進行を行った。
(執行部からの報告者)
- 副総裁福井俊彦
- 理事永島 旭
- 理事米澤潤一
- 理事山口 泰
- 企画局長川瀬隆弘
- 営業局長竹島邦彦
- 営業局審議役川原義仁
- 調査統計局長松島正之
(事務局)
- 政策委員会室長三谷隆博
- 政策委員会室参事補渡部 訓
- 企画局企画課長山本謙三
- 企画局参事補雨宮正佳
1. 議長代理の選任
会合の開始に当たり、議長の松下委員が衆議院・予算委員会に参考人として招致され一時欠席のため、その不在の間、議事を掌る議長代理の選任が行われた。不在の松下委員を除く議決権を有する委員3名の互選により、濃野委員が議長代理に選任された。
2.執行部からの報告の概要
1.最近の金融調節の運営実績
前回会合以降の金融調節の運営実績をみると、前回会合で決定された方針(無担保コールレート<オーバーナイト物>を、平均的にみて公定歩合水準をやや下回って推移するよう促す)のもとで、各種の調節手段を十分活用しつつ、潤沢な資金供給に努めた。この結果、無担保コールレート(オーバーナイト物)は多少の振れを伴いつつも、総じて落ち着いた推移を辿った。
ターム物金利は、(1)日本銀行による期越え資金の供給が累増する中で、資金の取り手が期越え資金の調達に目途をつけてきていること、(2)金融システム安定化のための公的資金導入の動きが具体化しつつあること、などを背景に、2月下旬以降、低下傾向を辿っている。市場では、ターム物金利の先行きについて、信用リスク懸念を背景に下げ渋るのではないかとの見方が根強い一方で、日本銀行による潤沢な資金供給により市場の需給がかなり緩和してきていること等から、もう一段の金利低下が見込まれるのではないかとの見方もでている。
2.為替市場、海外金融経済情勢
(1)為替市場
前回会合以降、円の対米ドル相場は、米国経済の堅調持続等を背景にやや円安方向への動きとなったが、円の対マルク相場は、一進一退で推移した。東アジア諸国の通貨は、全体としては安定の方向にあるものの、インドネシア・ルピア等がやや弱い動きをみせている。この間、円の名目実効レートは、対ドルの円安化を受け、全体としても若干円安方向への動きとなった。
(2)海外金融経済情勢
米国経済の動向をみると、家計支出等を中心に堅調な拡大を続けており、失業率も低水準となっている。物価は、生産者物価がやや軟化しており、全体としても引き続き落ち着いた動きとなっている。金融面をみると、長期金利は、物価の落ち着きを反映してやや低下した一方、株式市況は、米国経済の堅調持続を主因に、引き続き大きく上昇している。この間、マネーサプライは、伸びを高めている。
欧州については、ドイツでは、輸出に若干力強さが欠けてきており、内需への波及もやや弱い一方、フランスは、輸出に加え個人消費が立ち直りをみせており、景気回復が続いている。英国では、ポンド高を受けた純輸出の減少等からやや減速感も窺われているが、内需は堅調に推移しており、労働需給の逼迫も続いている。このため、物価情勢は、インフレターゲットとの関係で引き続き微妙な情勢にある。
東アジア各国では、一部に経常収支改善の兆しも窺われるが、内需は減退傾向が強まる状況が続いている。なお、株式市況は、一進一退で推移している。
3.国内金融経済情勢
(1)実体経済
最終需要面をみると、純輸出が引き続き増加基調にあって経済活動を下支えしているが、これまで増勢を維持してきた設備投資は、頭打ちが明確になってきている。個人消費については、家計マインドが慎重化していることなどを背景に、低迷が長引いている。また、住宅投資が落ち込んだ状態を続けているほか、公共投資も減少傾向にある。こうした最終需要動向を背景として、在庫調整の動きが本格化する中で、鉱工業生産は弱含み基調となっており、その影響が、企業収益をはじめ、雇用・所得面にも及んでいる。
先行きについては、金融システム安定化策や特別減税の効果が期待されるが、国内最終需要に目立った回復が見込めない下で、所得形成の力の弱まりが、国内需要の一層の減退につながっていく可能性も否定できない。これに加えて、アジア経済の調整の深まりや、後述するような金融面の動向が経済に及ぼす影響など、景気下振れリスクについて十分な注意を払っていく必要がある。
(2)物価
物価面をみると、卸売物価は軟化を続けているが、消費者物価は、消費税率引き上げ等の制度変更要因を除いてみると、上昇率が徐々に低下しながらも、引き続き前年を若干上回る水準にある。先行きについては、国内需給ギャップの拡大傾向が続くと見込まれることや、アジアにおける需給の緩和を背景に国際商品市況が下落していることなどから、当面、物価は全般に軟調に推移する公算が大きいとみられる。
(3)金融情勢
金融面をみると、短期金融市場では、日本銀行による潤沢な期末越え資金供給や金融システム安定化策の具体化等を反映して、このところターム物レートが明確に低下し始めている。もっとも、昨年秋以前に比べればなお高い水準にあり、市場では信用リスクを強く意識した状況が続いている。長期金利は、追加景気対策への思惑による振れを伴いつつも、実体経済指標の弱さを反映して、2月初以降総じて低下傾向にある。この間、株価については、実体経済指標や企業収益面での弱い材料と、金融システム安定化策が具体化してきたことなどの下支え要因を背景に、一進一退の動きとなっている。
量的金融指標をみると、1月のマネーサプライは、投信解約資金の流入等からさらに伸びを高めた。民間金融機関貸出は、引き続き低迷しているが、資本市場調達等の代替的な資金調達ルートも含めると、企業の資金調達額は、全体として増加している可能性が高い。しかし、金融機関の貸出姿勢をみると、自己資本面からの制約は一頃に比べ緩和してきているとは言え、中期的な収益性や健全性向上の観点から、与信先を慎重に選別するスタンスが続いている。このため、中小企業を中心に、企業によっては資金繰り環境が厳しさを増しているとみられる。また、企業の資金調達コストは、信用リスクの格差を反映しつつ、全般に若干上昇してきているとみられる。これら金融面での動きが、実体経済に与える影響については、引き続き注意深く観察していく必要がある。
3. 金融経済情勢に関する委員会の検討の概要
まず、景気の現状については、1から3月の情勢を総括して、多くの委員が以下のような特徴を指摘した。
- (1)最終需要及び生産活動は、昨年10から12月に大きく低下した後、1から3月は、弱含みではあるが、さらに大きく落ち込むには至っていないとみられる。これには、金融システム不安が一頃に比べ沈静化しつつあること等を背景に、消費者マインドが一段と冷え込む事態は避けられていること、全体としては輸出の増勢が維持されていること、などが寄与していると考えられる。
- (2)しかし、在庫・生産調整が続いていることが、収益の悪化を通じて、企業の設備投資意欲の後退をもたらしているほか、雇用・所得面にも悪影響を及ぼし始めている。これらからみると、景気の下押し圧力は、このところ強まりつつあるとみられる。
- (3)また、金融市場では、長期金利の低下傾向が続いており、市場参加者の景況感は引き続き後退している可能性が高い。
以上の検討を踏まえ、経済の現状評価については、「景気は停滞を続けており、下押し圧力が強まりつつある」との見方で、委員の意見の一致をみた。
景気の先行きについては、主に、個人消費、設備投資、輸出の動向等について検討が行われた。
まず、わが国経済の成熟化に伴い、個人消費などの家計支出が景気全体を左右する程度が、従来以上に強まっているとの意見が多く出された。このため、経済活動全体が持ち直すためには、家計のコンフィデンスが強まり、消費性向が明確に回復することが必要であるとの意見が多かった。この点、特別減税、金融システム安定化策の具体化等の効果が期待されるものの、上記のような雇用・所得環境を踏まえると、当面は、消費性向が大きく回復することは見込みがたいとの見方が大勢であった。
設備投資の先行きについても、大方の委員が慎重な意見を表明した。この点に関連し、企業の設備投資行動は、従来の業界内の横並び的な投資パターンから脱しつつあり、これまで以上に、自社の企業収益との相関を強めつつあるとの意見が示された。このため、今後の設備投資動向を判断する上では、企業業績の見通しがきわめて重要な要因となるとの意見が出された。
以上のほか、これまでのところ、輸出は、全体としては景気下支え要因として働いているが、既に、アジアの経済調整の影響が明確に現れ始めており、今後の輸出動向を十分注視する必要があるとの意見が多く示された。
この間、金融機関の融資姿勢を巡る動きについては、政府による金融システム安定化策の具体化等を背景に、自己資本面からの制約は一頃に比べ緩和しているとの見方が多く示された。ただし、金融機関の融資姿勢慎重化の流れは続いており、引き続き、その企業金融や実体経済活動に与える影響については、注意深く点検していく必要があるとの意見が多かった。
なお、この点に関連し、やや長い目で見ると、わが国の金融システムを強化するために、金融機関経営の効率化・合理化が求められており、その過程で、金融機関の融資姿勢がこれまでに比べ慎重になること自体は避けがたいとの意見があった。また、こうした長期的な観点からは、借り手・貸し手双方が、信用リスクの適正な評価に基づく適切な融資慣行を形成し、それに慣れていく必要があるとの意見も出された。
物価動向については、国内の需給緩和や海外商品市況の軟化等を背景に、全般に軟調に推移する公算が大きいとの見方で、委員の意見の一致を見た。
次いで、こうした軟調な物価動向の内容や影響について検討が行われた。まず、物価が低下する場合、企業等の名目キャッシュフローが縮小するため、過剰設備や不良資産の償却が難しくなり、バランスシート調整を遅らせるという問題点が指摘された。また、物価の低下が、実質金利の上昇や企業収益の圧迫を通じて、経済活動をさらに下押しするリスクに着目すべきであるとの意見も示された。これに対して、現在の物価の軟調さのなかには、内外価格差の縮小や、従来の価格体系のうち非効率な部分の是正といった要因も含まれており、そうした点からみれば、生計費の低下あるいは生産コストの低下(交易条件の改善)といったかたちで、家計所得や企業収益に好影響を与える面もあるとの意見もあった。
いずれにせよ、最近の物価の軟調さについては、これまで先進国での経験や分析結果に乏しいだけに、その影響等を評価するに当たっては、以上のような点を踏まえ、多角的に検討していく必要があるとの意見が多かった。
4. 当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要
まず、上記の金融経済情勢に関する検討を踏まえ、景気回復の基盤を強化するうえでの一般的な着目点について意見交換が行われた。
多くの委員が、家計支出が景気動向に与える影響が増大しているとの認識のもとで、経済の先行きに対する家計のコンフィデンスを強化することが重要であるとの意見を述べた。この点、所得税減税措置や金融システム安定化策の効果が期待されるが、今後とも、構造改革の必要性を踏まえて中長期的な政策理念を明らかにし、経済の先行きに関する不透明感をできるだけ払拭していくことが重要であるとの意見が多く示された。
また、最近の物価の軟化は、とりあえず交易条件の改善を通じて企業収益下支え要因となっているとみられ、むしろ売上数量の減少が収益の悪化をもたらしていることに着目すれば、当面の政策対応に当たっては、家計の消費マインドの改善等を通じ、売上数量の回復を促すことが必要であるとの意見があった。
最近の金融市場動向については、多くの委員が、短期市場金利のうちターム物金利が明確に低下し始めていること、ジャパンプレミアムが縮小していることに着目し、日本銀行による潤沢な資金供給や政府による金融システム安定化策の具体化等の効果が、明確に現われ始めているものと評価した。
ただし、期末の流動性リスクに関する懸念が後退しつつあるとしても、信用リスクに対する懸念はなかなか払拭しきれないのではないかとの意見があった。この点に関連し、市場参加者や金融機関が信用リスクを適切に評価し、それに基づいて市場金利や貸出金利の体系が形成されるようになってきているとすれば、これが昨年秋以前の状態に戻ることは期待しにくく、ある程度、市場構造の変化として捉える必要があるとの見方も示された。
このため、期明け後は資金需給の緩和が期待されるものの、引き続き金融調節面で細心の注意を払いつつ、市場金利の落ち着きどころとその貸出金利、実体経済活動等への影響を見極めることが適当であるとの意見が多かった。
なお、こうした検討を踏まえ、期末を控えた短期金融市場における緊張に対処するために一段の金融緩和を図るという選択肢については、その必要性は減じているとの意見が出された。
当面の金融政策運営の基本的な考え方については、景気の下押し圧力が強まっている点に着目すれば、一段の金融緩和も政策の選択肢として想定しうるとの考え方も示された。しかし、そうした考え方を指摘した委員も含め、追加的な金融緩和政策の必要性、効果については、金融経済情勢全体の動向、政府の追加経済対策の帰趨等を踏まえ、慎重に検討する必要があるとの見解が共通であった。
すなわち、まず、実体経済面では、現在強まっている景気下押し圧力が、所定外賃金や臨時雇用だけでなく、常用雇用まで及んでくるかどうか、設備投資調整の深度がどの程度になるか、といった点を見極める必要があるとの意見が出された。また、物価面でも、現段階では、前記の着目点——物価の軟調さが経済活動にどのような影響を与えるのか——を踏まえ、先行きの物価動向とその内容を注意深く点検していくことが適当であるとの意見があった。このほか、追加的な金融緩和については、経済主体のコンフィデンスを一層悪化させるリスクはないか、現在の企業マインドのもとで、金利低下が設備投資を刺激する効果をどうみるか、等の検討ポイントが示された。
この間、大蔵省代表委員から、本日の委員会で検討された家計や企業のマインド好転のためにも、9年度補正予算の執行、金融システム安定化策等政府が講じている様々な措置を着実に実施に移していくことが必要であるとの見解が述べられた。また、大蔵省の景気予測調査では、企業は引き続き金融機関の融資姿勢について厳しい認識を持っており、政府としては、一連の金融システム安定化策の他、政府系金融機関の融資の拡大などにより対処しているところであるとの説明があった。
また、経済企画庁代表委員からは、企業や家計のコンフィデンスの強化という課題について、自民党の第4次緊急国民経済対策を受けて、追加的な規制緩和等経済活性化のための具体策について、各省庁と協力しながら検討を行っている旨の説明があった。また、より長期的な日本経済の展望については、内閣として6つの改革に努めているほか、経済企画庁としても、経済審議会で、将来展望を示すべく検討中である旨の説明があった。
5. 採決
以上の検討の結果、次回金融政策決定会合までの金融政策運営については、現状の金融緩和姿勢を維持し、その効果がターム物金利等に引き続き波及していくことを促しつつ、政府による諸施策の具体化やその効果も含め、情勢の展開を注意深く見守っていくことが適当であるという点で、概ね共通の見解に達した。
これを踏まえ、議長が以下の議案をとりまとめ、採決が行われた。
議案
次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとし、別添のとおり公表すること。
記
無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて公定歩合水準をやや下回って推移するよう促す。
採決の結果
- 賛成:松下委員、濃野委員、後藤委員、武富委員
- 反対:なし
6.前々回会合の議事要旨の承認
前々回会合(2月13日)の議事要旨が承認され、3月18日に公表することとされた。
7.金融経済月報「基本的見解」の了承
最後に、当月の金融経済月報に掲載する「基本的見解」が了承され、金融経済月報を3月17日に公表することとされた。
以上
(別添)
平成10年 3月13日
日本銀行
当面の金融政策運営について
日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、当面の金融政策運営について現状維持とすることを決定した(全員一致)。
以上