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金融政策決定会合議事要旨

(1998年 4月 9日開催分)*

  • 本議事要旨は98年 5月19日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

1998年 5月22日
日本銀行

開催要領

1.開催日時
98年 4月 9日(9:02から11:49、12:30から16:10)
2.場所
日本銀行本店
3.出席委員
  • 議長 速水 優(総裁)
  • 藤原作弥(副総裁)
  • 山口 泰(  副総裁  )
  • 後藤康夫(審議委員)
  • 武富 将(  審議委員  )
  • 三木利夫(  審議委員  )
  • 中原伸之(  審議委員  )
  • 篠塚英子(  審議委員  )
  • 植田和男(  審議委員  )
4.政府からの出席者
  • 大蔵省   松永光大臣(注)
  • 経済企画庁 尾身幸次長官(注)
  • (注)大蔵省からの出席者は9:54以降溝口善兵衛大臣官房総務審議官に、また経済企画庁からの出席者は12:30以降塩谷隆英調整局長に、おのおの交代した。

(執行部からの報告者)

  • 理事米澤潤一
  • 金融市場局長山下 泉
  • 国際局長杉田正博
  • 調査統計局長松島正之
  • 企画室参事稲葉延雄
  • 企画室企画第1課長山本謙三

(事務局)

  • 政策委員会室長三谷隆博
  • 政策委員会室渡部 訓
  • 企画室調査役門間一夫

1. 大蔵大臣及び経済企画庁長官からの発言

冒頭、政府からの出席者として会合に参加した大蔵大臣から、骨子以下のような発言があった。

  • 新日銀法で定められているとおり、金融政策が政府の経済政策の基本方針と整合的なものとなることが重要であり、こうした観点から、金融政策決定会合は、日銀・政府の意思疎通を図る上で有効な機会である。
  • 景気は停滞し、厳しさが増している。こうした情勢に対応するため、政府は、97年度補正予算や2兆円の特別減税を実施している。さらに政府は、与党がとりまとめた「総合経済対策の基本方針」を重く受け止め、必要に応じ大胆な措置をとるべく検討を始めた。
  • 金融システム問題や「貸し渋り」に対しても、政府は様々な措置を講じており、日銀においても、潤沢かつ円滑な資金供給により金融機関の資金繰り不安感の払拭等に努めることが重要である。

続いて、同じく政府からの出席者として会合に参加した経済企画庁長官から、骨子以下のような発言があった。

  • 景気は停滞し、一層厳しさを増している。政府としては、昨年11月の「21世紀を切り開く緊急経済対策」、2兆円の特別減税、97年度補正予算に加え、金融システム安定化対策の迅速かつ的確な執行に努めることとしている。
  • 政府は、98年度税制改正において法人税減税等の改革を行うほか、与党から提案された「総合経済対策の基本方針」を重く受け止め、必要に応じ大胆な措置をとっていく考えである。
  • 新日銀法に定められているとおり、金融政策と政府の経済政策の基本方針との整合性の確保が極めて重要である。今後とも十分な意思疎通を図ることにより、経済運営に万全を期していきたいので、協力をお願いする。

2. 執行部からの報告の概要

1.最近の金融調節の運営実績

前回会合以降の金融調節の運営実績をみると、前回会合で決定された方針(無担保コールレート<オーバーナイト物>を、平均的にみて公定歩合水準をやや下回って推移するよう促す)に沿った運営に努めた。まず、3月末までは、期末の流動性懸念が根強く残る中で、潤沢な資金供給に努め、その結果、期末日のオーバーナイト・レートは、前年並みの水準に着地した。4月入り後は、季節的な資金余剰期に入ったため、オーバーナイト・レートは一時0.3%台に低下した。こうした状況に対し、ターム物レートの動向に細心の注意を払いつつ、金融調節方針に沿って、適切な資金の吸収に努めた。以上の調節の結果、準備預金の今積み期間(3月16日から4月15日)におけるオーバーナイト・レートは、4月8日までの平均で0.42%強となっている。

ターム物金利は、日本銀行による潤沢な資金供給などにより、2月下旬以降かなり低下し、このところ概ね0.7%台での動きが続いている。4月3日には、海外格付け機関による日本国債の格付け見通しの下方修正を背景に、株価が下落し、ターム物レートにも上昇圧力がかかったが、その後は再び落ち着いてきている。期末の資金逼迫局面や上記格付け問題の影響はひとまず乗り切ったが、ターム物金利の動向については、引き続き注意深くみていく必要がある。

2.為替市場、海外金融経済情勢

(1)為替市場

前回会合以降、円の対米ドル相場は、短観等弱めの経済指標の発表や、海外格付け機関による日本国債の格付け見通しの下方修正などを受けて、一旦135円程度まで円安となった。しかしその後は、景気対策への思惑や、介入警戒感の台頭などから、131円程度まで戻している。円の名目実効レートも、対ドル相場とほぼ同様の動きとなっている。なお、オプション価格からみると、市場が予想する円相場(対ドルレート)の変動率は、ドイツマルク(対ドルレート)などに比べ、大きなものとなっている。これは、景気対策や為替介入などを巡って、市場に不透明感が強いことを反映したものとみられる。

この間、東アジア諸国の通貨は、対ドルで軟調に推移している。

(2)海外金融経済情勢

米国経済の動向をみると、純輸出はやや鈍化しているが、家計支出を中心に、潜在成長率を上回る力強い拡大が続いている。雇用者数は3月はやや減少したが、これには天候等の特殊要因が影響しているとみられる。失業率が引き続き低く、時間当たり賃金の伸びが高いことなどからみて、労働需給は依然タイトな状況が続いていると判断される。金融面をみると、長期金利は、3月の雇用減少等を反映して幾分低下した。株式市況は、金融機関の大型合併のニュース等から一時9,000ドル台に達したが、その後は企業収益に対する弱めの見方もあり、やや調整気味となっている。

欧州については、ドイツでは、生産や雇用の改善が極めて緩やかなものにとどまっている一方、英国の景気は堅調を持続している。

東アジア諸国では、通貨の下落にもかかわらず、輸出主導で景気が回復する兆しは未だ確認されていない。株価は、韓国、タイで軟調となっている。中国では、このところ生産の増加テンポが鈍化しており、今後注目していくべき動きの一つと考えられる。

3.国内金融経済情勢

(1)実体経済

最終需要面をみると、これまで経済活動を下支えしてきた純輸出の増加テンポが鈍化しており、設備投資には減少の兆しが現れ始めている。個人消費や住宅投資は、依然として低迷を続けており、公共投資もこれまでのところは減少傾向にある。こうした最終需要動向の弱さを背景として、在庫が大幅に積み上がっているため、鉱工業生産は減少を続けている。この結果、企業収益が急速に悪化するなど、雇用・所得環境は厳しさを増すとともに、企業マインドも急速に悪化してきており、これが国内需要の一段の低迷につながっている。このように、生産・所得・支出を巡る循環は、マイナス方向に働き始めており、経済活動全般に対する下押し圧力が強い状況にある。

先行きについては、アジア経済の調整の深まりなどを受けて、純輸出に景気の悪化を食い止めるほどの勢いは見込みにくくなっており、また設備投資は、企業収益の悪化を主因に減少を続け、調整局面に入るとみられる。個人消費についても、所得形成の力の弱まりを踏まえると、明確な改善は期待しにくい。在庫水準が高くなっているもとで、このように民間需要に目立った回復を見込みにくいことから、少なくとも当面は、生産面を中心に下押し圧力の強い状態が続く公算が大きい。しかし、その一方で、すでに実施に移されている金融システム安定化策や特別減税に加え、与党がとりまとめた16兆円を上回る規模の経済対策方針に基づいて、政府で追加的な景気対策が検討されており、その具体的な内容や、企業・家計のコンフィデンスに及ぼす影響などに注目していく必要がある。

(2)物価

物価面をみると、国内卸売物価の下落が続いているほか、消費者物価も、消費税率引き上げ等の制度変更要因を除いた前年比上昇率が、ゼロ近傍まで低下してきている。先行きも、国内需給ギャップの拡大傾向が続くと見込まれることや、これまでの国際商品市況の下落の影響から、物価は全般に軟調に推移する公算が大きいとみられる。こうした物価の状況が、企業活動に及ぼすリスクについても、注視していく必要がある。

この間、地価は、商業地地価、住宅地地価ともに、昨年秋以降、軟化傾向をやや強め始めている。

(3)金融情勢

金融面をみると、短期金融市場では、日本銀行による潤沢な期末越え資金供給や金融システム安定化策の具体化等を反映して、ターム物レートが2月半ばから3月半ばにかけてかなり低下し、その後も総じて落ち着いた推移を辿っている。ただ、その水準は、昨年秋以前に比べて依然やや高めのレベルにあり、信用リスクに対する市場の意識が引き続き根強いことが窺われる。この間、弱めの実体経済指標の発表等を受けて、長期国債利回りは過去最低圏内で推移し、株価も3月末以降軟化している。

量的金融指標をみると、2月のマネーサプライは、投信解約資金の流入等から引き続き高めの伸びとなった。この間、民間金融機関貸出は低調な動きを続けているが、企業の資金調達全体でみれば、資本市場等からの調達増加もあって、大きな落ち込みは避けられているように窺われる。しかし、金融機関は、中期的な収益性や健全性の向上の観点から、引き続き慎重な融資姿勢を維持している。また、企業の調達コスト面では、信用力に伴う金利格差が拡大したままの状態が続いている。このため、中小企業などを中心に、企業によって厳しい資金調達環境が続いており、その実体経済に与える影響について、引き続き注意深く点検していく必要がある。

3. 前々回会合の議事要旨の承認

午後のセッションの冒頭で、前々回会合(3月13日)の議事要旨が、全員一致で承認され、4月14日に公表することとされた。

4. 金融経済情勢に関する委員会の検討の概要

まず、景気の現状については、短観を含め、3月末から4月初に判明した経済指標などを踏まえたうえで、以下のような意見が出された。

  • 家計消費の減退に加えて、設備投資にも明確に減少の動きが出てきている。こうしたもとで、在庫調整も、加工業種から建設財、生産財等へ及んできている。現在の在庫の積み上がり方からみる限り、政府の景気対策の効果如何にもよるが、在庫調整は早くても秋口、場合によって年末までかかる惧れがある。
  • 「実感なき景気拡大」は97年4から6月で終わり、その後は、設備投資の中期的調整の可能性を伴う下降局面に入ったとみられる。97年度におけるデフレ圧力は、財政面からの影響を含めて15兆円ぐらいという試算もあり、これが中期的な循環の下降を強める結果となった。こうしたもと、失業率は1970年以降趨勢的に上昇しているが、わが国の企業が借金依存で雇用を重視した日本的経営から、ROE重視への大きな転機にあることも踏まえると、雇用問題には十分注意を払う必要がある。
  • 97年度の景気が低迷した背景としては、(1)財政からのデフレ圧力、(2)アジア経済の調整、(3)昨年秋以降の金融システム不安の増大、といった要因のほかに、(4)94から96年度にみられた情報通信関連の設備投資が、97年度には一巡してきたという点も見逃せない。
  • 昨年上期以降、家計支出の減少をきっかけに製造業に大きな調整圧力がかかり、例えば97年度の自動車国内販売は約10年振りの低水準に落ち込んでいる。こうした消費財に対する需要減が川上にも及び、ほとんどの素材産業は1970年以来の厳しい状況にある。
  • ここ数年における経済の動きの特徴は、構造調整圧力が作用するもとでの景気循環であり、上昇局面ではその力が弱められ、下降局面ではその勢いがきつめになるという点にある。昨年夏場からの調整も、当初は、所得分配が家計から政府部門へと移転したことを起点とする通常の循環的な調整とみられたが、構造調整のもとでコンフィデンスが脆弱であったため、調整のスピードがはやまっていったと理解できる。
  • 昨年までの企業収益の回復は、円安による輸出増加、低金利、リストラという3つの要因に支えられてきたが、このうち前2者の追加的な効果が期待しにくくなってきている。このため、需要見通しの下振れが企業のリストラ姿勢強化を通じて、縮小均衡に結びつきやすくなっている可能性がある。

このように、様々な視点に立った意見が出されたが、家計支出を中心とする最終需要の低迷が、在庫調整の長期化や、生産活動、企業収益の減少をもたらしており、構造調整圧力が引き続き作用していることもあって、経済活動全般の下押し圧力は強い状況にあるとの見方で、委員の意見は概ね共通していた。

次に、景気の先行きについては、(1)一方で生産・所得・支出を巡る循環の力が既に弱まっていることのインプリケーションと、(2)他方で財政出動を伴う大型の景気対策が打たれた場合の効果とを(注)、どのようにみるかという点が検討のポイントとなった。具体的には、以下のような見解が述べられた。

  • (注)本会合終了後の当日午後5時、橋本首相が記者会見を行い、4兆円の特別減税を含む総額16兆円規模の「総合経済対策」の基本的考え方を発表した。すなわち、本会合での討議は、総合経済対策の内容は骨子も含め未だ不明であるが、観測報道は多くみられるという状況のなかで行われた。
  • 当面、在庫調整と消費者マインドの動向がポイントとなるが、いずれの点からみても、早急に需要喚起策が打たれない限り、経済は後退局面に入る可能性が高い。
  • 企業の雇用調整速度を関数によって計測すると、70年代から80年代前半頃までは、概ね4年ぐらいかけてゆっくりと行われたが、近年はそれが2から3年ぐらいの周期にはやまっている。そうしたことを念頭に置くと、政策対応なしには、本年中に雇用情勢がかなり厳しくなると予想される。
  • 先行きどこまで調整色が強まるかは見極め難いが、赤字企業や倒産件数の増大、雇用調整の本格化といった事態に立ち至れば、そのことによってまた新たな調整圧力がかかってくる。したがって、その流れを早急に断ち切ることが必要であり、現在政府で検討されている経済対策の中味が、そうした懸念を払拭するのに十分なものであることが期待される。
  • 財政が昨年度の大きなマイナス要因から、98年度前半には中立圏内に戻るとしても、設備投資や在庫投資等の動きからみて民間経済はある種の自律的な下降プロセスに入りつつあるため、少なくとも98年度前半は、経済全体としてかなり弱い展開になることが予想される。98年度後半については、下方モメンタムに歯止めがかかる可能性が高いが、それも基本的には政府の景気対策如何であり、金融システム問題やデフレ等のリスク・ファクターも無視できない。
  • アジア経済の調整の影響が暫く続く可能性は否めないが、今後景気対策が打たれれば、97年度に大きくマイナスとなった財政面からの影響は98年度は中立ないし幾分プラスに転じる可能性が高い。金融システム面でも、先般の30兆円の対策をうまく使えば、ある程度コンフィデンスの改善をもたらすことが期待できよう。一部の報道で伝えられているように、仮に減税4兆円を含むいわゆる真水10兆円程度の対策が打たれた場合、民間設備投資の減少や、ある程度の輸出の低迷を見込んでも、98年度は1%台半ばの実質成長率が可能と考えられる。
  • 現在の在庫調整圧力や、家計・企業のコンフィデンスからみると、生産・所得・支出を巡る循環の力は極めて弱く、政策対応なしで景気が回復に向かうことはかなり難しくなっている。政策対応としては、家計・企業のコンフィデンスの回復につながるように、サプライサイドの改善強化も重要である。

物価動向については、当面大きく下落するリスクは小さいが、国内の需給ギャップが拡大する方向にあることを踏まえると、軟調に推移する公算が大きいとの見方が大勢を占めた。

上記のような景気、物価動向のもとで、経済がデフレ・スパイラルに陥るリスクをどうみるかについても、検討が進められた。この点については、現在の物価の下落は、原油市況など国際商品市況の下落を反映している面も大きく、企業収益の一段の減少や、実質金利上昇の影響が強まるという形で、デフレ・スパイラルが顕在化していくリスクは、今のところ差し迫ったものではないとの見方が多かった。また、ある委員からは、先般の短観の結果からみると、98年度は減益見通しとはいえ、売上高経常利益率(製造業主要企業)の水準は過去の平均並みである4%程度が維持される見通しにあることを踏まえれば、本当のデフレ・スパイラルに陥る懸念は当面小さいと考え得るとの指摘もあった。

しかし、その委員も、経済に強い下方圧力が加わり始めていることからみて、そうした収益見通し自体に不確かな面があることを付け加えたほか、別の委員からは、素材産業の需給、市況動向からみて、デフレ・スパイラルの入り口付近には立っているとの見解が述べられた。さらに、消費者物価指数という財やサービスの最終段階でみた価格でさえも、その上昇率が実勢でゼロ近傍まで低下してきていることを考えると、仮に一段の物価下落圧力が加わった場合、それを短期間で押しとどめるのは難しくなるとの意見を述べる委員もあった。

以上のように、景気や物価の先行きの見方については、政府による景気対策の内容が未確定の状況のもとで、その効果をどの程度織り込むかによって、委員の意見にニュアンスの違いがみられた。しかし、民間経済に働き始めたとみられる下方圧力について、仮にこれを放置した場合には調整がかなり深まる惧れがあるという点に関しては、概ね共通の認識があった。また、デフレ・スパイラルのリスクが直ちに差し迫ったものではないとした委員も含め、先行きのリスクは念頭に置いておく必要があるとの見方が、委員の意見の大勢を占めた。

このため、近いうちに発表される予定の政府の景気対策が、どの程度家計や企業のコンフィデンスを強化することにつながるかがきわめて重要なポイントであり、その具体的な内容やそれが経済に浸透していく過程を見極めていく必要があるという点で、委員の意見の一致をみた。

金融機関の融資行動の慎重化を巡る問題については、一頃懸念されたように3月末にかけて貸出が急速に回収されるといった事態は、公的資本の導入を含む各種の対策もあって、一応回避されたとの認識が共有された。しかしそれと同時に、金融機関の融資姿勢は4月以降も慎重であり、その企業金融面、とりわけ中小企業の資金繰りに与える影響は、引き続き注意深くみていく必要があるという点でも、委員の意見の一致をみた。この関連で、ある委員からは、わが国の金融システムは、一頃の混乱は収まりつつあるとはいえ、実体経済を積極的に押し上げるような機能は果たしておらず、何らかのショックに対して引き続き脆弱であるとの見解が示された。

5. 当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

以上の金融経済情勢の検討に引き続いて、当面の金融政策運営の基本的な考え方が検討された。ある委員からは、現在の金利水準は家計の立場からみれば非常に低く、年金生活者等が不安定な状態に置かれていることについてどう考えればよいかとの指摘があった。しかし、その委員からも、家計といえども所得の源泉は自ら事業主になるか、雇用者として企業に雇われるしかないことを踏まえれば、結局のところ、現下の不況下では、企業部門を中心に経済活動の強化を促すような金融政策運営を続けざるを得まいとの見解が示された。この結果、委員全員が、中央銀行としてマクロ的な観点からみると、現在の経済情勢のもとでは、金利の引き上げは採り難い選択肢であるとの見方であった。

一方、経済活動全般に対する下押し圧力が強い状況にあること、また物価の軟調推移によって実質金利が上昇し始めていることなどに鑑みれば、本来ならば追加的な金利の引き下げが整合的な選択になり得るとの意見が、多く示された。しかし、以下のような様々な意見が述べられたうえで、委員全員が、本会合における一段の金利引き下げには慎重にならざるを得ないとの見方を示した。

  • 金利の引き下げはあり得べき選択肢ではあるが、歴史的な低金利が続いてきていることを考慮すれば、慎重な検討が必要である。利下げの決断には、(1)物価下落に伴う実質金利上昇の悪影響が強く懸念されるに至ること、(2)利下げの効果が有効に及び得る状況が生まれること、といった条件が満たされる必要があるのではないか。また、仮に利下げを実施した場合は、未曾有の低金利となるので、その後事情が許せばなるべく早急に利上げに転ずることも念頭に置く必要がある。
  • 現下の金融経済情勢から素直に判断すれば利下げということになる。しかしその効果の不確実性や、一段の利下げに対する家計等の反応の不確実性を踏まえると、政府の経済対策が検討されているこの時期に、あえてそうしたリスクをとるまでの必要はないのではないか。
  • 次の利下げが、残された最後の金融緩和手段になり得ることを踏まえると、真に緊急やむを得ない場合に限定して用いるとの考え方で、慎重に検討していく必要がある。
  • 金利引き下げの余地はきわめて限られているし、今や公定歩合の変更はアナウンスメント効果しか期待できないのではないか。したがって、利下げを行う場合には、最大限のアナウンスメント効果がもたらされるよう、政府の景気対策と連動させるなど、タイミング等に工夫を図ることが必要である。
  • 金利を下げた場合の円相場に及ぼす影響等についても、慎重に考える必要がある。

このほかに、ある委員からは、現在の日本経済を力強い回復軌道に乗せるためには、金融政策面でできることはおのずから限られており、技術進歩を促進する環境の整備など、サプライサイドの強化に資するような構造政策が重要との意見があった。

当面の金融調節方針との関連で、最近の金融市場動向についても検討が行われた。ターム物金利については、2月央頃から明確に低下したため、この面から実体経済への影響は一頃懸念されたほど大きなものとはならないとの見方が、概ね共有された。

しかしそれと同時に、ターム物金利は、3月期末を越えた後も、昨年秋以前に比べれば依然として0.2%程度高い水準にあり、信用リスクに対する市場の警戒感は根強く残っているという点でも、委員の認識は共通していた。また、海外格付け機関による日本国債の格付け見通し下方修正の報道(4/3日)で、ターム物金利やジャパン・プレミアムが再び上昇の兆しをみせるなど、短期金融市場は信用リスクに関連する材料に対して引き続き敏感であるとの指摘があった。これらを踏まえて、ターム物金利の動向等については、金融調節のうえで引き続き留意すべきとの見方で、委員の意見が一致した。

市場において信用リスクへの意識が根強いことにも関連して、金融システムや金融構造を巡る諸問題を、金融政策運営上どうみるかという検討も行われた。具体的には、以下のような視点が提示された。

  • 最近のターム物金利や社債利回りの動きには、本来織り込まれるべき信用リスクがようやく正しく市場金利に反映されるようになってきたということであり、むしろ正常化の側面があるのではないか。
  • 間接金融がバブルの後遺症を引きずる一方、直接金融市場は整備の途上という移行期であるがゆえに、金融政策の波及メカニズムが弱まっているのではないか。
  • 金融機関が中期的な資本収益率の向上を重要な経営目標とし、その結果として融資基準を厳しくしている面があることについては、その基本的な流れを押しとどめるべきではないとの割り切りでよいか。
  • 企業の日本的経営が崩れて、資本収益率や投資収益率を基軸としつつ自己責任原則が貫徹されていけば、中小企業を中心に企業の整理淘汰が進むと考えられるが、市場原理と秩序のバランスはどう考えたらよいか。

こうした諸問題については、ある委員から、金融構造を巡る議論としては重要な論点を多く含んでいるが、それらと金融政策運営に関する判断とは、基本的には分けて考える必要があるとの指摘があった。ただ、このように金融システムや金融構造の過渡期にあって、短期的に金融不安が高まり、市場金利が全般に上昇するような局面では、金融政策運営においても十分な配慮が必要という見方が概ね共有された。

以上の検討の結果、当面の金融政策運営の基本的なスタンスについては、現状維持が適当という見方で委員の意見が一致した。なお、その際、ある委員から、「現状維持」の範囲において、オーバーナイト金利がなるべく低水準で推移することが望ましいとの意見が出された。

また、別の委員から、仮に将来一段の金融緩和を行うような状況においては、公定歩合やコールレートを一段引き下げるという従来の方法だけではなく、併せてマネタリーベース等の量的金融指標を目標にするといった方法も、場合によっては使い得る手段として、検討してみる余地があるとの見解が示された。こうした問題意識に同調する委員もあったが、別の委員からは、諸外国の経験等では、そうした金融政策運営が必ずしも十分な成果を挙げていないのではないかとの指摘もあった。

最後に、経済企画庁調整局長から、午前中の経済企画庁長官の発言を補足する形で、昨年11月18日に政府が打ち出した「21世紀を切り開く緊急経済対策」に基づく各種の規制緩和、構造政策に関する法案のほとんどについて、国会審議が始まる段階となっており、5から6月に法案が可決されれば、本年度後半以降における企業活動の活発化、ひいては景気の回復に資するとの説明があった。

6. 採決

以上の検討の結果、次回金融政策決定会合までの金融政策運営については、現状の金融緩和姿勢を維持し、その効果がターム物金利を含め市場心理の安定に引き続き好影響を与えることを促しつつ、財政面からの景気対策の具体的内容やその効果も含め、情勢の展開を注意深く見守っていくことが適当であるという点で、概ね共通の見解に達した。

これを踏まえ、議長が以下の議案をとりまとめ、採決が行われた(政府からの出席者は採決時退席)。

議案

次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとし、別添のとおり公表すること。

無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて公定歩合水準をやや下回って推移するよう促す。

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、後藤委員、武富委員、三木委員、中原委員、篠塚委員、植田委員
  • 反対:なし

7. 金融経済月報「基本的見解」の検討

最後に、当月の金融経済月報に掲載する「基本的見解」が検討され、採決に付された。採決の結果、「基本的見解」が全員一致で決定され、それを掲載した金融経済月報を4月13日に公表することとされた。

以上


(別添)
平成10年 4月 9日
日本銀行

当面の金融政策運営について

日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、当面の金融政策運営について現状維持とすることを決定した(全員一致)。

以上