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金融政策決定会合議事要旨

(1998年 6月12日開催分)*

  • 本議事要旨は98年 7月16日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

1998年 7月22日
日本銀行

(開催要領)

1.開催日時
98年 6月12日(9:00〜11:17、12:05〜17:56)
2.場所
日本銀行本店
3.出席委員
  • 議長 速水 優(総裁)
  • 藤原作弥(副総裁)
  • 山口 泰(  副総裁  )
  • 後藤康夫(審議委員)
  • 武富 将(  審議委員  )
  • 三木利夫(  審議委員  )
  • 中原伸之(  審議委員  )
  • 篠塚英子(  審議委員  )
  • 植田和男(  審議委員  )
4.政府からの出席者
  • 大蔵省   武藤敏郎  大臣官房総務審議官(9:00〜10:10)
  • 経済企画庁 栗本慎一郎 政務次官(9:00〜10:46)
      尾身幸次  長官(10:50〜11:17)
      塩谷隆英  調整局長(12:17〜17:56)

(執行部からの報告者)

  • 理事黒田 巌
  • 理事松島正之
  • 金融市場局長山下 泉
  • 国際局長村上 堯
  • 調査統計局長村山昇作
  • 調査統計局早川英男
  • 企画室企画第1課長山本謙三

(事務局)

  • 政策委員会室長三谷隆博
  • 政策委員会室渡部 訓
  • 企画室調査役門間一夫
  • 企画室調査役柳原良太(9:05〜9:23)
  • 金融市場局調査役後 昌司(9:05〜9:23)

I. 前々回会合の議事要旨の承認

 前々回会合(4月24日)の議事要旨が、全員一致で承認され、6月17日に公表することとされた。

II. レポオペ対象先の選定基準に関する執行部提案の承認

1.執行部からの提案内容

 執行部から、金融調節の透明性を向上させる観点から、レポオペ対象先(正式には「金銭を担保とする国債の借入における借入先」)の選定基準について、概要以下のようなルールを定め、これを対外公表する旨、提案がなされた。

● レポオペ対象先の選定基準は、次の通りとする(ただし、1)、2)を満たす希望先数が、日本銀行がレポオペの円滑な実施に適当と認める数以下の場合は、3)、4)による選定は行わない)。

  1. 1)日本銀行本店の当座預金取引先となっている金融機関、証券会社、短資会社、証券金融会社であること。
  2. 2)信用力が十分であること(=一定の自己資本比率を有していること)。
  3. 3)レポ市場におけるプレゼンスが大きいこと(取引高、取引平均残高、取引先数、市場参加者への情報提供の4要素を勘案する)。
  4. 4)これまでレポオペ対象となってきた先については、これまでのレポオペ時における落札実績も勘案する。

● レポオペ対象先には以下の役割を求め、これに著しく反した場合には、レポオペ対象先からの除外等の措置を採りうる。

  1. 1)オペの入札に積極的に応札すること。
  2. 2)正確かつ迅速に事務を処理すること。
  3. 3)金融政策遂行に有益な市場情報・分析を提供すること。

● レポオペ対象先は原則として年1回の頻度で見直す。

 なお、執行部から、国債買い切りオペ、TBオペ、CPオペについても、同様の見直しを、今年度末までを目処に順次図っていきたい旨説明が行われた。また、併せて、入札方式のオペ全般について、オペ結果に関する情報(落札レート等)の一段のディスクロージャーを進める旨、報告があった。

2.委員による検討・採決

 以上の執行部説明の後、各委員から意見の表明があり、ある委員からは、今回のルール改訂によって裁量の範囲が明確化され、コンプライアンス(法令遵守)の観点からみても適当との評価があった。また、複数の委員から、こうした手続きの透明化は、新日銀法の理念に沿うものであり、今後その他のオペ等についても、本件の基本的な考え方に沿って、ルールをより明確にしていくことが適当であるとの趣旨の発言があった。

 採決の結果、執行部提案が全員一致で承認され、即日公表されることとなった。

III.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要

1.最近の金融調節の運営実績

 金融調節については、前回会合(5月19日)で決定された方針(無担保コールレート<オーバーナイト物>を、平均的にみて公定歩合水準をやや下回って推移するよう促す)に沿って運営した。

 具体的にみると、前回会合前後には、オーバーナイト・レートが一時0.5%を超えて強含む気配を示したため、積み上げ幅を拡大する金融調節を行った。その結果、その後5月末頃までは、レートは0.4%台の前半で推移した。5月末から6月初にかけては、3月決算法人の税納付等から年間最大の資金不足日となる6月3日の接近が市場で意識されたため、金融調節面でも積み上げ幅を拡大したが、オーバーナイト・レートは0.4%台の後半へと幾分強含んだ。その後、オーバーナイト・レートは、銀行株の下落などをきっかけに幾分上昇圧力がかかる場面もあったが、総じて安定的に推移した。以上の結果、今積み期間中(5月16日〜6月15日)のオーバーナイト・レートは、昨日(6月11日)までの加重平均で0.44%となっている。

 この間、ターム物金利は、特段の材料に乏しい中、概ね横這いで推移した。

2.為替市場、海外金融経済情勢

(1)為替市場

 円の対米ドル相場は、前回会合以降、ドル高・円安の動きが続いている。こうした動きは、基本的には日米の経済ファンダメンタルズ格差を反映したものとみられるが、東アジアやロシアの情勢悪化等から米ドルへの「安全性への逃避(flight to quality)」が生じていることや、わが国の金融機関の経営問題に対する懸念が生じていることなども、その要因として挙げられる。昨日(6月11日)から本日朝にかけては、米国高官の発言(「円の弱さは日本の経済状況を反映している」)を受けて市場における介入警戒感が薄れたことなどから、円は一段と下落し、144円台と1990年以来の円安水準となっている。

 この間、ドイツマルクの対米ドル相場は、ロシア情勢の悪化等によってマルク安となっているが、それ以上に円の対米ドル相場が下落しているため、円は対ドイツマルクでも、前回会合以降、約3円程度円安・マルク高となっている。東アジア通貨は、対米ドルでは全般に下落しており、対円では、インドネシア・ルピア、タイ・バーツが下落、その他は概ね横這いの動きとなっている。

(2)海外金融経済情勢

 米国経済の動向をみると、外需がアジア向けを中心に悪化しているが、内需は家計支出を中心に引き続き堅調であり、第1四半期の実質成長率は年率4.8%に上方修正された。もっとも、30年物米国国債の流通利回りは、アジア情勢の悪化等を背景とした「安全性への逃避(flight to quality)」の動きもあって、70年代に発行が開始されて以来の最低水準まで低下している。株価も、アジア関連株を中心にこのところやや調整局面となっている。

 欧州経済の動向をみると、ドイツでは、緩やかな景気の回復が続いており、フランスでも、景気は引き続き回復基調にある。英国では、労働需給が引き続きタイトな状況となっており、こうした情勢に鑑みてイングランド銀行は、6月4日、オペレートを0.25%引き上げて7.50%とした。

 東アジアでは、経済調整が続いている。輸出は全般に伸び悩んでおり、経済成長率はいずれの国もマイナスないし下方修正を余儀なくされている。こうしたもとで、株価も、韓国、インドネシアを除き、ほぼ一貫して下落を続けている。この間、韓国、タイは、IMFプログラムを予定通り実施しており、一時プログラムが中断されたインドネシアも、海外民間銀行との債務交渉に目処がついたことで、プログラム再開の展望が拓けつつある。

 ロシアについては、金融・通貨市場の動揺が経済に与える影響が懸念されており、国際的な支援の行方も含め、不透明感が強い。

3.国内金融経済情勢

(1)実体経済

 経済の現状をみると、設備投資が調整局面にあるほか、輸出は減少傾向を辿っている。個人消費の悪化には一応歯止めがかかっているが、はっきりした回復もみられていない。こうした最終需要の弱さを反映して、在庫はなお積み上がりを続けており、企業は減産姿勢を強めている。この結果、企業収益が悪化しているほか、最近は失業率が急上昇するなど、雇用・所得環境の悪化が目立ってきている。物価面では、国内卸売物価が軟化を続けているほか、消費者物価も、制度要因を除いた実勢でみて、僅かながら前年水準を割り込んでいる。このように、経済の現状は、金融システム不安やアジア情勢の悪化などに端を発した最終需要の減退が、生産面や、とりわけ雇用・所得面への波及を強めている段階にある。

 先行きについてみると、当面は、生産・所得・支出を巡る循環がマイナス方向に働き続けると考えられる。しかし、現在予算審議中の大規模な経済対策が速やかに実行されれば、秋口以降は、景気の下押し圧力が徐々に減衰すると見込まれる。この結果、需給ギャップの拡大にも徐々に歯止めがかかり、物価面を通じたデフレ・スパイラルも回避されると考えられる。もっとも、足許の所得環境の急速な悪化を踏まえると、これが家計・企業のコンフィデンスを損なうことなどを通じて、最終需要に追加的なショックを与えるリスクを完全に排除することはできない。仮にそうしたリスクが顕在化した場合には、経済対策の効果が減殺され、経済がデフレ・スパイラルに陥ることにもなりかねない点に注意する必要がある。

(2)金融情勢

 金融面をみると、短期金融市場におけるターム物金利はほぼ横這い圏内で推移しており、ユーロ円金利先物も、ほぼ過去最低の水準が続いている。長期国債の流通利回りは、弱めの実体経済指標が相次いで発表されたことなどから一段と低下し、過去最低の水準を更新した。株価も回復力に乏しい展開が続いている。これら金融市況の動きからみると、市場参加者の景況感はさらに後退しているように窺われる。また、市場においては、金融緩和が長期化するとの見方がきわめて根強く、一段の金融緩和に対する思惑も一部出てきている状況と判断される。

 量的金融指標をみると、マネーサプライの伸び率がこのところ低下しているほか、貸出も低迷を続けている。これは、民間銀行が慎重な融資姿勢を維持しているといった資金供給面からの影響を受けている可能性もあるが、より基本的には、景気の停滞持続に伴って企業の資金需要が急速に落ち込んでいることを反映した動きとみられる。この間、金融機関や資本市場においては、信用リスクに対する警戒感が引き続き根強い。すなわち、信用力の高い企業は、金融機関借入、社債発行ともほぼ順便に行われている一方、信用力の相対的に低い企業は、資金量、金利の両面で、厳しい資金調達環境が続いているとみられる。このことが実体経済に与える影響については、引き続き注意深く点検していく必要がある。

IV.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要

 景気の現状については、雇用・所得面を中心に弱い経済指標の発表が相次いだことを踏まえて、マイナス方向の循環の力を、前回会合時よりもやや厳しめに受け止めておく必要があるといった見方が、多くの委員から出された。

 まず、執行部から「悪化には一応歯止めがかかった」との評価がなされた個人消費について、もう少し慎重に判断すべきという趣旨の見解が、複数の委員から述べられた。具体的には、ある委員から、個人消費の悪化に歯止めがかかったようにみえるのは、4〜5月の気温が平年より2度程度高かったという天候要因による面もあるため、その持続性には疑問があるとの見方が示された。また、別の委員からは、4月の消費性向は、固定資産税の支払い増加に伴う可処分所得の減少を反映している面もあり、実勢よりも過大に出ている可能性が高いとの指摘があった。さらに別の委員からは、確かに統計上は消費性向に回復の兆しが出てきているが、自動車の販売動向をはじめ、素材産業が直面している需要の状況等から判断する限り、個人消費を含め、国内需要全体がもう一段落ち始めている可能性があるとの見方が出された。

 他方、ある委員から、個人消費は昨年末の金融システム不安等によって一旦大きく落ち込んだが、その後の雇用・所得環境の悪化がさらなる個人消費の落ち込みをもたらすような事態は差し当たり回避されているとの指摘があった。また、別の委員からは、消費性向がある程度戻ってくるのは、それまでにおける落ち込みの大きさからみれば自然な動きであり、これをもって消費者マインドの回復と判断するのは早すぎるかもしれないが、消費性向の戻りそのものがプラスの面を持っていることは素直に評価してよいとの見解が示された。

 こうした個人消費に対する評価を含め、経済活動全般の現状について、前回会合時よりも総じて厳しい見方が示された。ある委員からは、減産を行ってもその間に需要も落ち、在庫調整がなかなか進まないという「逃げ水現象」が生じているため、当初4〜6月がボトムと考えていた景気は、夏に向かって二番底の様相を強めるのではないかとの懸念が示された。別の委員からは、97年5月頃の景気の山を100とする景気一致指数が98年3月には89まで低下するなど、景気悪化のスピードはバブル崩壊直後の調整局面と同程度に急速なものであり、差し当たりそれが止まる気配は全く感じられないとの指摘があった。もっとも、97年度下期の企業収益の落ち方からみて、設備投資や雇用に対する調整圧力が強まることはもともと予想されていた事態であり、最近の経済情勢の悪化はこれまでの見方を大きく変えるほどのものではないとの意見を述べる委員もあった。

 景気の先行きについては、以上のような現状についての厳しい認識と、今後発現することが見込まれる総合経済対策の効果とを、それぞれどのように勘案して総合判断するかが、前回会合に引き続き議論の中心になった。

 まず、総合経済対策の効果が発現する時期については、執行部報告通り、秋口以降ということで委員の認識は概ね共通していた。ある委員からは、もう少し具体的に、過去のパターン等を踏まえると、98年度補正予算に基づく公共事業は、8月に具体的な案件が決まり、9月に契約、したがって実際の経済活動に結びつくのは10月からになるとの見方が示された。

 こうした総合経済対策の効果については、これが遅滞なく実施に移されれば、対策の規模からみて、今年度下期には景気の下押し圧力に歯止めをかけるものとなるという見方が委員の大勢を占めた。しかし、景気の現状認識が上記のとおり厳しいものであることを踏まえると、対策の効果が現れる前に民間経済がかなり弱まってしまう可能性や、それと関連して対策が自律的な景気回復につながっていかないリスクも小さくないのではないかという点を巡って、多くの委員から意見が述べられた。

 具体的には、ある委員から、現在の在庫調整圧力を踏まえると、この夏の情勢はかなり厳しいものとなることが予想され、企業にとっては対策の効果が出始める秋までをどのように耐えていくかが大きな課題になるとの見解が述べられた。これに関連して、別の委員から、景気が夏場に向けてさらに落ち込んでいく可能性は排除できず、仮にそうなった場合には、1)92〜93年と同様に財政政策の効果が民間需要の弱さに吸収されてしまって経済成長率が上がらない、2)景気の下振れが銀行システムをさらに圧迫し信用収縮が進む、などのリスクを念頭に置かざるを得なくなるとの見方が示された。このほか、景気の先行きに対する慎重な見方として、先行き9か月程度を予測する先行指標によれば本年一杯景気の回復は困難であることや、雇用関連指標の中で先行性の強い所定外労働時間が減少を続けていることなどについての指摘があった。

 中長期的な視点を踏まえた見方もいくつか示された。ある委員からは、在庫調整自体は必要なプロセスであるが、調整の過程で企業倒産の増加や雇用環境のさらなる悪化などが生じうるリスクには、経済・金融の抵抗力が弱まっているだけに、十分注意する必要があるとの見解が示された。別の委員からは、日本経済は90年代における各種調整の過程で既に「含み」を使い果たしており、ショックに対して脆弱な体質になっているとの指摘もあった。また、日本経済が10年単位の調整局面にあり、労働生産性や資本効率がなお低いことを勘案すると、当面10〜12月には総合経済対策の効果等から生産が緩やかに上向くとしても、大きな意味での調整圧力は今世紀末頃まで残るとの見方を示す委員もあった。

 景気の先行きと密接に関連する論点として、最近の物価動向を踏まえ、経済が先行きデフレ・スパイラルに陥るリスクをどうみるかについても意見が交わされた。数名の委員から、前回会合と同様、経済がデフレ・スパイラルに陥るリスクは、総合経済対策が打ち出されたことによって、差し当たり回避されたのではないかとの判断が示された。

 これに対し、他の複数の委員からは、経済対策の効果が出始める前の夏場にかけて景気がさらに大きく落ち込む場合には、デフレ的な様相が強まるリスクがあるという趣旨の指摘があった。

 そうした警戒的な見方について具体的にみると、ある委員からは、このところ物価の下落のみならず、所定内賃金の増加率も急速にゼロ近傍まで低下してきており、これらに鑑みると、経済が既にデフレ・スパイラルに陥っている可能性すら完全には否定できないとの見解が示された。別の委員からは、素材業種では、経済対策の効果が出てくる秋口まで現在の販価を維持できるかどうかが勝負となっているが、これが崩れ出すと価格は一斉に下落し、既に悪化している企業収益はさらにダメージを受けるとの懸念が示された。その委員からは、そうしたデフレ懸念があるというだけで、設備投資や資金調達はどんどん先送りされるとの見解が示され、物価の下落が民間の支出行動を減退させるメカニズムが働いている可能性への注意が喚起された。この間、これまでの物価の下落は原材料の国際市況下落を反映した部分が大きく、企業収益にむしろプラスとなっている面もあるとの指摘を行った委員もあったが、その委員からも、内生的な物価下押し圧力も月を逐って強まっているため、対策の効果が出てくるまでに最終需要がさらに落ち込むことがないかどうか慎重に見極めていくべきとの見解が付け加えられた。

 こうした議論との関連で、当面、物価がどの程度下落しうるかについて、複数の委員から暫定的な試算の結果が紹介された。そのうち一人の委員からは、近年フィリップス・カーブ(=失業率と物価上昇率の関係)が再び明確になってきているとの指摘がなされ、さらに、今年度末から来年度にかけて、消費者物価の前年比が−3%程度まで落ち込むこともありうるとの試算結果が示された。また、別の委員からも、フィリップス・カーブの考え方をベースにして行った何通りかの試算によれば、6か月後における消費者物価前年比は−3%〜0%の範囲になるとの結果が紹介された。

 この間、地価については、ある委員から、一旦下げ止まりつつあった事務所賃貸料が最近再び低下し始めたことや、大規模小売店の中には賃貸料が現在の半分程度にならない限り収益を挙げるのは厳しいと感じている先もあることなどからみて、この先もう一段低下する可能性があるとの見方が示された。その委員からは、不動産の流動化は重要な施策であるが、これが短期的には地価の下落圧力を強める可能性にも注意する必要があるとの見解が述べられた。

 このように、多くの委員から、物価の下落を伴うデフレ・スパイラルの可能性も含めて、景気の先行きについて下振れのリスクが指摘された。しかし同時に、それらの委員の中から、先行きを展望するうえでのプラス材料に着目する発言も述べられた。すなわち、ある委員からは、昨年来の景気の下降圧力が予想以上に強いものである可能性は否定できないが、同時に4月以降の長期金利の低下や円相場の下落もかなりのマグニチュードであり、これらが経済に対して及ぼすプラスの効果にも注目すべきとの見解が述べられた。別の委員からは、景気が夏場にかけて一段と落ち込むリスクを排除することはできないが、同時に、公共投資が既に底を打ったとみられることや、消費性向が一頃よりは回復してきていることなど、景気の持ち直しにつながる材料も無いわけではないとの指摘があった。

 結局、景気の先行きをどうみるかについては、経済がデフレ・スパイラルに陥るリスクをどの程度念頭に置くかといった点などを巡って個々の委員の間で見解にやや相違がみられた。ただ、いずれにしても、こうした先行きのリスクに関するより明確な評価については、6月末に明らかになる短観の結果を含め、もう少し追加的な材料を待つ必要があるという認識が、委員の大勢により共有された。

 なお、このように当面のダウンサイド・リスクが排除できないことや、総合経済対策がその後の自律回復へつながる道筋を明確に持ちにくいことの背後に底流している要因として、多くの委員から不良債権問題についての言及があった。

 ある委員から、再び大きな金融システム不安に見舞われる恐怖を完全には払拭できないという状況のままでは、企業や家計のコンフィデンスが回復することは期待できないため、単なる延命策ではない根本的な不良債権の処理に、早急に目処をつける必要があるとの意見が述べられた。別の委員からは、総合経済対策が発表されて1か月半が経過しているにもかかわらず、依然として株価が低迷を続けているのは、対策の内容が中期的な日本経済の展望を確信させるものとなっていないという市場の評価のほか、やはり金融システム問題が根強い重石となっているためではないかとの見方が示された。ほかにも、今後財政面からの需要刺激効果が顕在化してくるので、その間に不良債権処理に目処をつけることが重要といった意見や、金融業は存続価値のある企業を支援する力を早急に取り戻さなければならないといった見解などが示され、景気の先行きに明確な展望を描くためには不良債権の早期処理が最も重要との認識で、委員の意見は概ね一致していた。

 不良債権処理の方策としては、土地・債権の流動化を柱とする金融再生トータルプランに期待を寄せる見解が多く示された。ただ、ある委員からは、トータルプランが実際に動き出すのは秋以降と見込まれるため、個々の金融機関が貸出債権の自己査定額を、可能な部分から自主的かつ早急に開示していくことが望ましいとの意見が述べられた。一方、別の委員からは、不良債権の全貌を明らかにし市場メカニズムを利用しながら処理を進めていくという考え方については、金融機関の破綻に対する最終処理のスキームなくしては危険な面もあり、借入企業の資金調達が困難化するリスクを十分に考慮する必要があるとの見方が示された。もう一人の委員からも、過去の膿を出し切ることが重要である反面、その過程で生じうる企業倒産等によって民間経済主体のコンフィデンスがさらに悪化するリスクを、どう考えておくかとの指摘があった。いずれにしても、不良債権処理については、日本銀行としてできる限りの努力は続けていくべきとの認識が、委員の間で共有された。

 金融面の動きについては、マネーサプライや銀行貸出などの量的金融指標が低迷を続けている背景として、資金需要の弱さが最も大きな要因との見方が多かった。例えば、ある委員からは、信用乗数(=M2+CDをベースマネーで除したもの)が低下傾向を辿っていることなどからみて、銀行システムの信用創造機能が低下していることは否定できないが、ここへきて貸出が落ち込んでいる基本的な要因は、資金需要の弱さであるとの見解が示された。別の複数の委員からは、金融機関が貸出先の選別を行いつつ貸出スプレッドを引き上げること自体は、与信リスク管理の観点からはむしろ正常な貸出行動との趣旨の発言があった。ただ、そのうち一名からは、選別対象になった企業からは、「貸し渋り(credit crunch)」ではないにしても「貸し絞り(credit squeeze)」と受け止められているとの指摘もあった。

 そうした中で、要因は何であれ、量的金融指標の低迷自体が、企業や家計のコンフィデンスに悪影響を与える可能性があるとの見方も少なくなかった。すなわち、ある委員からは、マネーサプライの数字が弱いということ自体が、家計をさらに縮み志向にしかねないとの指摘があった。そうした見方に同調する別の委員から、量的な金融緩和を行えば、人々の心理に与えるインパクトが期待できるのではないかとの意見が述べられた。

 株価について、1万5千円程度で動意に乏しい展開が続いている背景として、複数の委員から、不良債権問題への言及があった。そのうち一人からは、4〜6月の株価は年金等の公的資金に支えられていた面があるが、7〜9月にはそうした支えが無くなり、かつ8月は倒産が多いという例年のパターンを踏まえると、夏場に株価が一段と下落するリスクは否定できないとの意見が述べられた。

 為替相場をどうみるかについても、多くの委員から発言があった。このところやや急速に円安が進行していることについては、基本的には日本経済の弱さに対して市場の調整メカニズムが働いているものと捉えることができ、日本経済にとっては企業収益等を通じてプラスに作用する面があるということで、委員の意見は概ね一致していた。

 しかし、円安がアジア諸国の通貨や経済に与える影響については、いくつかニュアンスの異なる意見が出された。ある委員からは、アジア通貨下落の背景は、あくまでもそれら諸国自身のファンダメンタルズが悪いことにあり、必ずしも円安によってもたらされているものではないとの見解が示された。

 一方、他の複数の委員からは、円安がアジアの通貨・経済に与える影響については、やはり注意深くみていく必要があるとの見方が示された。そのうち一人の委員からは、ほとんどのアジア通貨は昨年後半以降大幅に下落しているため、円が単独で下落してもこれら諸国の国際競争力が大きく損なわれるわけではないが、これら諸国の通貨に下落圧力がかかって金融引き締めで対応せざるを得なくなる可能性や、米ドル建て債務の返済負担が増加するルート、さらには米ドルにリンクする通貨政策を採っている香港や中国への影響など、考慮しなければならないファクターは多岐にわたるとの見方が示された。

V. 当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

 以上で検討された金融経済情勢を踏まえて、当面の金融政策運営の基本的な考え方が検討された。

 ほとんどの委員から、景気が前回会合時よりも厳しさを増しているとの判断が改めて確認され、本来ならばここで金融面から何らかの対応を採ることが整合的との意見も多く出された。しかし、1)総合経済対策により先行き景気が回復に向かうシナリオが崩れたわけではないこと、2)追加的な金利引き下げ余地が大きくないことを勘案すると、一段の金融緩和は真に必要かつ有効なタイミングで行う必要があること、3)金利のさらなる低下が消費者マインドに悪影響を与える可能性に注意する必要があること、などを背景に、現時点での金利引下げには慎重であるべきというのが、多数の委員の意見であった。

 具体的にみると、ある委員からは、ここ1〜2か月で、景気のダウンサイド・リスクが増してきていることは事実であるが、総合経済対策の効果等によって年度後半に景気が回復に向かう展望も失われていないという判断を前提にすれば、現状の金融緩和基調を維持するのが適当との意見が述べられた。別の委員からは、将来一段の金融緩和に踏み切るオプションは、量的緩和など従来とはやや異なる手法も含めて念頭においておくべきであるが、財政政策や金融システム対策が既に打ち出されていることなどを踏まえると、現時点では金融政策は不変でよいとの見解が述べられた。さらに別の委員からは、景気の先行きのダウンサイド・リスクが無視できないことを考えると、本来ならばここで予防的な金融緩和を行うことが望ましいが、ダウンサイド・リスクが不幸にして顕在化した場合の政策対応手段を確保しておくことも重要であるとの意見が述べられた。そのうえで、同じ委員から、現時点では金融政策を変更せずに、企業のコンフィデンス、株価、金融システムの動向などを注意深く見極めていくことが適当との主張がなされた。

 このほか、金利引き下げの弊害に関する言及もみられた。ある委員は、日本銀行の「生活意識に関するアンケート調査(98年3月実施)」を引用して、ローンの負担が低金利で軽減されていると感じている消費者が少ない一方、金利収入の少なさに抵抗を感じている消費者が多いことを指摘し、一段の金利引き下げが消費者マインドのさらなる悪化につながる可能性を主張した。また、その委員を含めた複数の委員から、低金利の弊害として、本来退出すべき企業の延命などにより構造調整が先送りされるリスクが指摘された。

 この間、このところ急速に進行している円安を、金融政策運営上どう考えるべきかについても、いくつかのややニュアンスの異なる意見が出された。すなわち、ある委員からは、バブル期の教訓を踏まえると、金融政策運営において為替相場を意識し過ぎるべきではないとの見解が示された。これに同調した委員は多かったが、そのうち複数の委員からは、アジア通貨との関係等を念頭に置いた場合、さらに意図的に円安を促進する、あるいはそのように誤解されかねない政策変更には慎重であるべきとの意見が述べられた。さらに別の委員からは、一段の金融緩和が必要な場合には、円安批判を覚悟してでも緩和に踏み切るべきであろうが、現在はそのような状況に至ってはいないとの発言があった。

 結局、以上のような様々なファクターを考慮すると、現時点で金利を一段と引き下げることには慎重であるべきという意見が多かった。しかし、そうした中にあって、現時点で可能な範囲内において、景気に対する金融面からの支援をより鮮明にアナウンスする工夫が望ましいとの観点から、いくつかの提案がなされた。

 具体的には、ある委員から、準備預金制度の準備率を引き下げ、現在平均残高で約3兆5千億円となっている所要準備額を、2兆5千億円程度まで圧縮してはどうかとの提案があった。提案理由として、現時点での金利の引き下げには様々な制約があるが、経済情勢が厳しく、政府が大規模な経済対策を打ち出している中で、日本銀行としても金融政策面で何らかの対応を採ることが望ましいとの主張がなされた。そのうえで、準備率の引き下げは、その直接的な金融緩和効果は小さいとはいえ、金融機関の融資対応力の強化に多少なりとも好影響があり、量的金融指標の拡大につながるイメージを伴う措置として、心理的な効果を持ちうるとの説明があった。

 もう一人の委員からは、コールレート(オーバーナイト物)の誘導水準を数値で表現し、かつ0.40%前後と現在よりも僅かではあるが引き下げる政策変更を行ってはどうかとの提案があった。提案理由として、1)実体経済がとりわけ本年度に入り急速に悪化していること、2)量的金融指標の伸び率も低下してきていること、3)景気の下支えを表明していく以上、後追い的な形ではなく先行的に対応していく必要があること、等の説明があった。

 もっとも、これらの提案に対して、他の委員は消極的な姿勢を示した。具体的には、ある委員から、準備率の引き下げは、金利水準が高いときには金融機関の負担を軽減し、収益をかなり増加させうるが、現在の金利水準では無利子の所要準備を保有することによる逸失利益がもともと小さいため、所要準備額を減少させても金融機関の収益はほとんど変わらないとの指摘があった。同じ委員からは、準備率引き下げのアナウンス自体に心理的な効果を持たせる狙いについても、実効性を伴わないアナウンスが長い目でみた政策のクレディビリティーにどう影響するかという観点から、慎重な見解が示された。

 この委員を含めた多くの委員から、いずれの提案もそれ自体としての効果は小さいため、必要と判断されるときに、コールレートの誘導水準をはっきりと引き下げるとか、さらにそれに準備率の引き下げを組み合わせるなど、より明確な形での政策変更を行うべきという趣旨の意見が述べられた。さらに、ある委員からは、マイナーな政策変更は、かえって市場に失望感を与えるリスクも否定できないとの指摘があった。また、別の委員からは、「現状維持」を拱手傍観と捉えることは適切ではなく、誤解も含めた低金利批判が強いもとで現状の金融緩和スタンスを継続していることには、積極的な意味が認められてよいとの意見が述べられた。

 なお、僅かではあっても政策変更をすべきかどうかという以上の議論とは別に、ある委員から、金融調節方針自体は現状維持であるが、コールレートの誘導水準について、「公定歩合水準をやや下回って」という現行の表現ではなく、数値でレンジを示すような表現にしてはどうかとの提案があった。提案理由としては、1)「やや下回って」という文章表現に曖昧さがあること、2)コールレートの誘導が金融調節方針の中心的な役割になっている実態を記述するうえで、公定歩合と切り離した表現とするのが適当であること、といった2点が挙げられた。

 この提案については、別の委員から、現在の表現は不透明であるので是非とも定量化すべきとの強い賛意が示された。もっとも、他の大方の委員からは、1)実際のコールレートが比較的安定的に推移していることもあって、現在の表現がわかりにくいという問題があるようには思われないこと、2)金融調節方針自体が現状維持ということであれば、表現も現在のままとするのが誤解を招かない対応であることなどを理由に、表現の変更に対して慎重な見方が示された。それらの委員の中には、現在の表現方法について改善の余地があることは認めつつも、それは将来政策変更を行う際に考えればよいとの意見も少なくなかった。

VI.政府からの出席者の発言等

 会合の途中で、政府からの出席者による発言もあった。まず、執行部より、「経済対策が速やかに実行されれば、秋口以降は、景気の下押し圧力が徐々に減衰すると見込まれる」との報告があったのに対し、経済企画庁からの出席者より、政府では8月から効果が出始めると考えているとのコメントがあった。また、国内実体経済に関する執行部報告において、デフレ・スパイラルのリスク等に言及されていたことに対し、経済企画庁からの出席者より、消費性向が正常な水準に戻ってきていることなどを踏まえると、経済対策の効果が発現しやすい条件は整ってきており、この点で執行部報告は下方にバイアスのかかった見方であるとの意見が述べられた。これに対し、ある委員から、経済界には日本銀行より厳しい見方もあることや、そもそも経済企画庁と日本銀行の情勢判断が全く同じである必要はないことが指摘された。

 さらに、委員による討議の後で、経済企画庁からの出席者より、日本銀行には、企業への資金供給が量的に確保されることに十分配慮した政策運営を要望したいとの発言があった。

 なお、本会合における経済企画庁からの出席者が、途中交代により合計三名となったことについて、ある委員から遺憾の意が表され、他の委員もそれに同調した。すなわち、1)出席者が途中交代すると、一度終えた質疑等が交代した別の出席者によって繰り返されるなど、議事の円滑な進行に支障が生じること、2)討議の流れ全体を把握している出席者が必要に応じて政府としての意見を述べるのが望ましいことなどを踏まえると、本会合への出席者は、会議全体を通じて同一官庁から原則一名、精々二名とするのが適当であるとの見解が、複数の委員から示された。また、ある委員からは、午前一名、午後一名にとどめるのが常識的であるとの指摘もあった。

 これを受けて経済企画庁からの出席者より、三名といえどもそれぞれが別人格であるわけではなく、あくまでも経済企画庁の代表として出席しているのであるから、途中で交代することに本来問題はないと考えるが、議事運営上の問題等も理解できるので、今回は異例なこととしてできるだけ避けるように努力したいとの回答があった。

VII. 採決

 以上の検討の結果、次回金融政策決定会合までの金融政策運営については、現状の金融緩和姿勢を維持し、総合経済対策の効果がどのように出てくるかを含めて経済面、金融面の動向を注意深く見守っていくことが適当であるという見解を、多くの委員が支持した。しかし他方、これとは異なる見解の委員も存在したため、4つの議案が採決に付されることとなった。

 三木委員からは、準備預金制度の準備率を引き下げ、所要準備額平均残高を約1兆円減少させることを内容とする議案が提出された。採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対7、棄権1)。

 中原委員からは、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.40%前後で推移するよう促すこととする旨の議案が提出された。採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。

 後藤委員からは、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、内容としては現状維持であるが、コールレート(オーバーナイト物)の誘導水準について、「公定歩合水準をやや下回って」という表現を、「0.40〜0.50%の範囲内で低めに」という表現に変更する旨の議案が提出された。採決の結果、反対多数で否決された(賛成2、反対6、棄権1)。

 議長からは、会合における多数の意見をとりまとめる形で、次の議案が提出された。

議案(議長案)

 次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとし、別添のとおり公表すること。

 無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて公定歩合水準をやや下回って推移するよう促す。

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、後藤委員、武富委員、篠塚委員、植田委員
  • 反対:三木委員、中原委員

 三木委員は、景気、物価ならびに金融情勢を踏まえると、現在の金融緩和基調を何らかの方策で補完するのが適当であること、具体的には準備預金制度の準備率引き下げのアナウンスにより、金融機関の融資対応力強化など量的緩和のイメージを通じて企業や家計の心理にインパクトを与え、もってデフレ懸念を払拭していくのが適当であることを理由に、上記採決において反対した。

 中原委員は、金利を明確に引き下げるオプションは温存しておくのがよいかもしれないが、現時点においても可能な限り日本銀行の厳しい情勢認識を示しておくべきであり、そのためにはコールレートの誘導水準について微調整を行い、少しでも通貨供給量の増大を図ることが適当であるとの立場から、上記採決において反対した。

VIII. 金融経済月報「基本的見解」の検討

 最後に、当月の金融経済月報に掲載する「基本的見解」が検討され、採決に付された。採決の結果、「基本的見解」が全員一致で決定され、それを掲載した金融経済月報を6月16日に公表することとされた。

以上


(別添)
平成10年 6月12日
日本銀行

当面の金融政策運営について

 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、当面の金融政策運営について現状維持とすることを決定した(賛成多数)。

以上