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金融政策決定会合議事要旨

(1998年10月13日開催分)*

  • 本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、98年11月13日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

1998年11月18日
日本銀行

(開催要領)

1.開催日時
98年10月13日(9:00〜12:21、13:06〜15:46)
2.場所
日本銀行本店
3.出席委員
  • 議長 速水 優(総裁)
  • 藤原作弥(副総裁)
  • 山口 泰(  副総裁  )
  • 後藤康夫(審議委員)
  • 武富 将(  審議委員  )
  • 三木利夫(  審議委員  )
  • 中原伸之(  審議委員  )
  • 篠塚英子(  審議委員  )
  • 植田和男(  審議委員  )
4.政府からの出席者
  • 大蔵省   谷垣禎一 政務次官(14:27〜15:46)
  • 経済企画庁 今井 宏 政務次官( 9:00〜12:07)

(執行部からの報告者)

  • 理事黒田 巌
  • 理事松島正之
  • 金融市場局長山下 泉
  • 国際局長村上 堯
  • 調査統計局長村山昇作
  • 調査統計局早川英男
  • 企画室参事(企画第1課長) 山本謙三

(事務局)

  • 政策委員会室長小池光一
  • 政策委員会室調査役 飛田正太郎
  • 企画室調査役門間一夫
  • 企画室調査役栗原達司

1.前々回会合の議事要旨の承認

前々回会合(9月9日)の議事要旨(グリーンペーパー)が全員一致で承認され、10月16日に公表することとされた。

2.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要

1.最近の金融調節の運営実績

金融調節については、前回会合(9月24日)で決定された方針(無担保コールレート<オーバーナイト物>を、平均的にみて0.25%前後で推移するよう促す。なお、金融市場の安定を維持するうえで必要と判断されるような場合には、上記のコールレート誘導目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う)に従って運営した。

中間期末日の9月30日は、オーバーナイト・レートへの上昇圧力が懸念されたため、朝方の積み上幅を2.5兆円前後とする大量の資金供給を行い、あわせて日中の追加的な資金吸収を行わない旨をアナウンスした。この結果、当日のオーバーナイト・レートは、最高値0.7%まで上昇したが、加重平均では0.47%に収まった。このように、期末日に大きな混乱が生じなかった背景としては、(1) 日本銀行がCPオペ等により期末越え資金を潤沢に供給してきたことや、(2) 金融機関が自行株の株価下落等を受けて資金繰り優先の慎重な行動をとってきたことなどが、考えられる。

10月入り後の市場は総じて平静であり、今積み期間中(9月16日〜10月15日)のオーバーナイト・レートは、昨日(10月12日)までの加重平均で0.25%となっている。

この間、ターム物金利をみると、1か月物は、10月入り後弱含んでいる。しかし、市場の関心は、金融機関の年末越え資金手当てに大きくシフトしており、年末越えとなる3か月物等については、出し手の様子見姿勢などを反映して、これまでのところ取引があまり成立していない。こうした状況を踏まえ、年末越え資金の供給を、昨年よりも10日早く開始している。今後も、引き続き、市場の安定確保に全力を挙げていく方針である。

2.為替市場、海外金融経済情勢

(1)為替市場

円の対米ドル相場は、このところ急速な円高・ドル安局面となっており、10月8日には、ロンドン市場で一時111円台と、昨年6月以来の水準まで円が上昇した。この間、1日の値幅が記録的な大きさに達する日もみられるなど、海外市場を中心に相場が著しく乱高下していることも、最近の特徴である。これには、大手ヘッジファンドの破綻以降市場が神経質となり、出来高が減っていることも、影響している模様である。

この間、ドイツマルクの対米ドル相場も、9月以降、総じてマルク高方向で推移している。また、アジア諸国の通貨も、ドル安の流れの中で堅調な動きとなっている。このため、韓国をはじめいくつかの国では、金融緩和の余地が生まれており、香港市場を中心に、株価も反発している。

(2)海外金融経済情勢

米国経済をみると、外需は悪化を続けているが、内需は家計を中心に引き続き拡大しており、全体としては、鈍化しつつもなお堅調である。ただし、製造業の業況を示すNAPM(全米購買者協会)指数や、消費者コンフィデンスが、このところ低下している。また、グリーンスパンFRB議長は、金融面の環境変化から、景気の先行きに関するダウンサイド・リスクが強まりつつあることを指摘している。こうしたことから、9月29日のFOMC(連邦公開市場委員会)では、フェデラル・ファンド金利の目標値を0.25%引き下げることが決定された。

金融面の環境変化を具体的にみると、市場参加者のリスク回避的な姿勢が明確になってきており、流動性の高い資産や、価格変動の小さな資産に対する選好が強まっている。その結果、30年物国債の利回りが最低水準を更新する一方で、企業の資本市場調達環境が悪化しており、新規株式の公開件数はこのところかなり減少している。また、FRBの貸出アンケート調査によれば、金融機関の貸出態度も慎重化してきている。流動性の低い物価インデックス債の利回りと、一般債利回りとの格差が拡大していることも、流動性に対する投資家の選好が強まっていることを反映したものと、市場関係者の間でみられている。

この間、欧州では、英国等いくつかの国で、金融緩和措置が採られた。ただ、ドイツでは、シュレーダー次期首相が利下げ余地に言及する一方で、ティートマイヤー連銀総裁の発言からは金融政策の明確な方向感は窺われない。いずれにせよ、米国および英国に関する限り、追加利下げは避けられないとの認識が市場では強まってきている。

3.国内金融経済情勢

(1)実体経済

最終需要をみると、純輸出が基調としては、輸入の減少を主因に増加しているほか、公共投資も増加に転じつつある。しかし、個人消費が一進一退を繰り返す中で、設備投資は大幅な減少を続け、住宅投資も低迷の度を深めている。

こうした最終需要の弱さを背景に、企業は大幅な減産を続けており、耐久消費財を中心に、在庫調整に一定の進捗がみられる。しかし、大幅減産のもとで、企業収益が急速に減少しているほか、雇用・所得環境は一段と厳しさを増している。つれて、企業の景況感が大幅に悪化しており、家計のマインドも慎重なものとなっている。

物価面では、需給ギャップの拡大を背景に、国内卸売物価が引き続き下落基調にある。消費者物価も、前年水準を若干下回っている。

こうした情勢のもとで、企業の財務内容の劣化が引き続き進んでおり、企業倒産が高水準で推移している。金融機関も、厳しい融資姿勢で臨んでおり、企業は当面の資金繰りへの不安を強めている。さらにこのことが、設備投資や雇用の削減の一因となるなど、実体経済と金融面の相乗作用が、経済情勢の悪化に少なからず影響している。

先行きについては、先般の金融緩和措置や、総合経済対策の効果等から、これまでのようなテンポでの経済の悪化は和らいでいくことが期待される。しかし、これまでの経済の弱さから波及するマイナス効果や、金融機関の融資姿勢の厳しさ、さらには最近の円高をも踏まえると、国内民需の減少や物価の下落に、直ちに歯止めがかかるには至らないとみられる。

今後、信用面の収縮が景気を下押しする一方、景気の悪化や資産価格の下落が金融機能をさらに低下させるというような悪循環が強まる場合には、金融財政政策のプラスの効果が損なわれる惧れもある。こうした点を踏まえると、金融システムの建て直しが喫緊の課題であり、当面、早期健全化スキームを含む金融再生に関する諸制度が、どのように運用されていくかが注目される。

(2)金融情勢

金融市況をみると、長短市場金利は、先月の金融緩和措置を受けて低下した。もっとも、わが国金融機関の外貨資金調達への不安が強まるもとで、市場の意識がとくに年末に集中する形で、年末越えユーロ円金利と同TB金利との格差や、ジャパン・プレミアムが拡大している。長期国債利回りは、経済の先行きに対するコンフィデンスが一段と後退したことから、短期金利を上回る大幅な低下となった。高格付の社債の利回りも、国債利回りの低下を反映して、過去最低水準まで低下している。貸出金利、預金金利も、それぞれ小幅ながら低下した。

量的金融指標をみると、民間銀行貸出は、実体経済活動に伴う資金需要が減少する一方で、大企業を中心に手許流動性を厚めに確保しようとする動きが広範化していることから、前年比マイナス幅は概ね横這いで推移している。この間、CPや社債についても、全体としては順便に発行されているため、7〜9月のマネーサプライ(M2+CD)の前年比は、4〜6月に比べて幾分高まる見込みである。

ただし、金融機関は、厳しい市場環境のもとで、12月末に向けて融資姿勢を一段と慎重なものとしていく可能性があり、これを、社債やCPの発行増加で埋め合わせられるかどうか注目していく必要がある。また、個別企業ベースでは、直接金融へアクセスできない企業を中心に、資金のアベイラビリティーはかなり厳しくなっている。こうした金融面の制約が、実体経済に与えうる影響を、十分注意深く点検していく必要がある。

3.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要

(1)景気の現状

景気の現状については、執行部が示した厳しい見方に、多くの委員が同意した。そのうえで、各委員から、補足的な見解が述べられた。

具体的にみると、何人かの委員から、耐久財の在庫調整等ごく一部の指標を除き、ほとんどすべての面で経済が悪化していることが指摘された。そのうち、ある委員からは、設備投資や住宅投資の底が見えないまま、ダウンサイド・リスクを抱えて下期に入ってきたとの評価が述べられた。また、雇用・所得環境の悪化が加速しており、これが景気の先行きを展望するうえでも不安要因になっているとの見方を述べる委員もいた。もうひとり別の委員からは、景気一致指数は、景気の山から既に16%以上下落しており、これはバブル崩壊後の調整局面と同じスピードの落ち方であるとの指摘があった。

この間、実体経済と金融面との悪循環に関連して、ある委員から、日本経済の最大の問題は、企業の実質自己資本(=ネットワース)が毀損されてしまったために、過剰な設備・雇用の整理や含み損の償却を、フローの収益に頼らざるをえなくなっている点にあるとの見方が述べられた。その委員からは、このところ急速に深刻化している企業の資金繰りの問題も、そうしたネットワースの低下に伴う信用リスクの高まりと、強く関連しているとの見解が示された。別の委員からも、不動産、建設といった土地関連の業種だけではなく、卸小売やサービス等の業種においても、ネットワースがかなり縮小してきたとの指摘があり、さらにはフローの企業収益も、この9月中間決算は相当深刻な内容となることが予想されるとの見方が述べられた。もうひとりの委員からは、中間決算の深刻さには、最近の株価低迷がもたらした持ち合い株式の含み損も、かなり影響しているとの指摘があった。

(2)景気の先行き

景気の先行きについても、執行部の見解が概ね支持された。すなわち、金融財政政策の効果が次第に出てくることなどから、景気の悪化テンポは今後徐々に和らぐ可能性が高いが、経済に働いている負のモメンタムの大きさを考えると、景気回復への展望は現時点では持ち難いとの点で、委員の認識は概ね共通であった。また、先行きのダウンサイド・リスクとして、(1) 急速な円高、(2) 米国金融情勢の変調、(3) わが国の金融システム問題、(4) 物価の下落傾向などについて、多くの委員から発言があった。

具体的にみると、ある委員からは、公共投資に幾分手応えが感じられ始めていることなどへの言及があり、慎重ながらも、在庫調整進捗への期待にややウェイトをおいた評価が述べられた。また、別の委員からは、16兆円の経済対策に対応する公共投資が後ずれしてきたことで、かえって例年みられる1〜3月の季節的な落ち込みが均されて、99年度予算につながる切れ目のない執行が期待できるとの見解が示された。

もっとも、他のある委員からは、確かに公共投資は徐々に動き始めているが、一方で経済の実態はさらに悪化しているとの指摘があった。もうひとりの委員からも、景気の悪化テンポは和らぐ方向ながら、設備投資が信用収縮の影響を、また家計支出が所得制約の影響を、それぞれ受け始めていることを踏まえると、目先10〜12月で景気が下げ止まるかどうかは予断を許さないとの見方が示された。雇用や賃金の調整が、年末にかけて一段と厳しさを増すとの懸念を示す委員もいた。

設備投資については、ある委員から、まず、9月短観における中小企業の業況判断DIが、過去のパターンとは異なって大企業以上に悪化していることなどへの言及があり、中小企業の構造問題が深刻化していることが指摘された。そのうえで、同じ委員から、こうした中小企業の厳しさや、投資収益率の低下等の要因を考えると、過剰資本ストックの本格的な調整局面に入っているのではないかとの見方が示された。さらにその委員から、雇用についても、バブル崩壊後の調整局面とは異なって既に相当落ち込んでいることが指摘されると同時に、実質賃金との対比でみた労働生産性の低さなどを踏まえると、今後さらにかなりの規模で調整を余儀なくされるとの見解が述べられた。こうした設備・雇用面での調整の深さを踏まえて、その委員からは、98年度の成長率は−2%台、99年度もマイナス成長と厳しい情勢が続く可能性が高く、その間に公共投資の増加や、米国からの資本の逆流等による株価の持ち直しがあったとしても、あくまでも中間反騰にとどまろうとの見通しが述べられた。

景気の先行きをみるうえでのダウンサイド・リスクについても、多くの委員から発言があり、どちらかと言えば前月に比べてリスクが増しているといった内容のものが多かった。

そうしたダウンサイド・リスクのひとつは、最近の円高が景気に与える影響についてであった。ある委員からは、115〜125円前後という相場水準自体は、わが国製造業の国際競争力にとって大きな問題ではないが、企業金融面での厳しさが懸念される局面だけに、円高が今年度下期の収益圧迫要因として効いてくることは懸念されるとの見方が示された。別の委員からは、仮に今後日本経済が好転して、その結果円高が持続するということであればとくに問題はないが、わが国の弱い内需とそれに基づく対外黒字拡大、さらには米国の金融不安、といった要因で円高が続くとすれば、リスクが大きいとの見解が述べられた。もうひとりの委員からは、円高が卸売物価、さらには消費者物価の追加的な下落圧力となりうる点が指摘され、他の委員からも物価面への懸念が述べられた。このように、もともと企業収益が急速に悪化しているこの局面で、円高が経済にさらに収縮的な圧力をかける可能性について、他にも何人かの委員からリスクの指摘があった。

以上のとおり、ドル安・円高がわが国の景気にもたらしうるマイナス面を強調する意見が多くみられた一方で、ドル安はアジア諸国の金融緩和余地を生み出すなど、グローバルにみればプラスの面もあるとの見解も、複数の委員から示された。また、ある委員からは、企業経営の観点からみれば、為替相場の水準そのものよりも、その安定性こそが重要であるとの指摘があり、一部投機筋の動きによって企業のリストラ努力が台無しになってしまうような資本取引の現状は遺憾との意見が述べられた。

今後の円相場の展開をどうみるかについても、いくつかの意見が出された。ある委員からは、米国経済がリセッションに向かっているという見方が、米国の市場関係者の間でも台頭してきていることや、今後米国の対外赤字に市場の目が向いていく可能性があること、さらには利下げ余地が日欧よりも米国の方が大きいことなどを踏まえると、為替相場の動向には当面かなりの注意が必要との見解が示された。別の委員からは、波動分析的な観点などから大きく捉えると、95年4月からの3年超にわたる円安局面が完全に終わり、今後はかなり円高が進む可能性もあるとの見方が述べられた。

ただ、いずれにしても、為替相場の最近の動きには、ヘッジファンド等による大幅なポジション調整が影響しているとの認識を踏まえ、こうした動きが一巡した後の落ち着きどころを、予断を持たずに見きわめていくのが適当との意見が少なくなかった。

景気の先行きにとってより大きなリスクは、円高それ自体というよりは、その背景のひとつともなっている米国の情勢、とりわけ金融面での環境変化にあるという点が、多くの委員から指摘された。

ある委員からは、米国の金融資本市場では、リスク・プレミアムの拡大と流動性選好の強まりが幅広く観察され、リスクの大きい中小企業や新興諸国等への影響が心配されるとの発言があった。さらにその委員からは、こうした金融資本市場の混乱が一時的な現象として沈静に向かうか、あるいは自己実現的にさらに悪化していくかについては、金融機関の実質的なバランスシートなど市場の全体像が把握できないだけに、不確実性が大きいとの見方が示された。また、別の委員からは、本年夏をピークに米国のバブルが崩壊し、欧州・日本から米国へという資本の流れが逆転し始めたとの認識が示され、米国経済の高消費・低貯蓄構造の是正が今後進むこと、その結果として米国向け輸出へ依存度が高い国は今後厳しい状況に置かれることなどが指摘された。さらに同じ委員から、米国の株価について、波動分析等をベースにした予測では、一旦上昇した後で3割程度下落する可能性が示唆されており、仮にそうなった場合はわが国の株価も大きな影響を受けるとの意見が述べられた。ほかにも、現在の米国金融環境の変化が、米国実体経済の減速や、国際金融不安等を通じて、世界的な影響を持ち得る点について、何人かの委員から言及があった。

国際金融市場の変調については、ある委員から、流動性の枯渇(dry up)や、ボラティリティーの増大に伴うリスク・プレミアムの上昇が、今後わが国金融機関の年末にかけての流動性や企業の調達コストに、どのような影響を及ぼすのか、注意深くみていく必要があるとの指摘があった。

わが国にもともと内在するリスクとしては、金融システム問題の先行きが依然として不透明であることに、各委員から異口同音に懸念が示された。とくに、年末にかけてかなりの信用収縮が進み、企業金融面から実体経済に対する制約が強まりかねない点について、多くの委員から意見が述べられた。

ある委員からは、金融機関の行動は今や「貸し渋り」というよりも「貸出回収」であり、年末にかけて融資姿勢が一段と厳しくなる見通しにあることが指摘された。そのうえで、企業サイドでは、グループの中核企業や商社が、関連企業対策も含めて直接金融市場からの資金調達等によって手許資金を積み上げる対応を採っている一方、企業グループの基盤を持たない独立系の中堅中小企業や、格付けの悪化した大企業は、たいへん厳しい状況にあるとの認識が示された。その委員は、中核企業がしっかりしている企業グループであっても、12月末の資金繰りは9月末よりもはるかに厳しくなるとの見方であった。

こうした情勢のもとで、上記の委員を含む何人かの委員から、そうした信用収縮の動きに歯止めをかけるためには、金融機関の資本基盤強化が急務である点が強調された。流動性の問題も、結局は自己資本毀損の問題から生じていると捉えたうえで、流動性にひとたび懸念が生じた場合の市場の動きが速いことを勘案すれば、資本の面での迅速な対応が必要との意見を述べる委員もいた。

この点で、金融機能の再生および早期健全化に向けた法的枠組みが出来つつあり、そのために多額の財政資金も確保されつつあることには、多くの委員から一定の評価が得られた。もっとも、そうした制度がどのように運用され、金融機関の行動がどのように変わるかについて、現段階では不確実性が大きいとの点で、委員の認識は一致していた。例えば、ある委員からは、第2分類債権の扱いや、自己資本比率と公的資本注入との関係等について、現時点では不明な部分が多いため、手放しでは喜べないとの発言があった。別の委員からも、公的資本の注入が具体的にどのように進むのか、また、金融機関が不良債権の処理およびリストラをどこまで進め、再編問題をどのように展望していくのかがまだ見えてきていないとの指摘があった。

この関連で、ある委員からは、公的資本の迅速な注入の実現につながるような制度の運営が重要である点が強調された。その具体策として、同じ委員から、引き当てガイドラインを明示して早期の引き当て・償却を促すことや、経営責任の追及は資本注入自体とは切り離し、定められた期間内にリストラ・再建計画が実施できない場合に責任を問う仕組みとすることなど、いくつかの意見が述べられた。同様に、別の委員からも、個別行ごとの申請に基づく資本注入では不十分であり、自己資本比率の算定を厳格化するとともに公的資本を早期一括大量に注入するといった対応を採らない限り、年末、年度末へ向けて、貸し渋りは激しくなる一方ではないかとの危惧が表明された。

以上の点に加えて、物価下落のリスクについて述べる委員もいた。その委員からは、名目賃金が既に減少し始めていることからみて、現在は何とか上昇傾向を保っているサービス価格も含めて、先行きは物価全般の下落がより鮮明になる可能性が指摘された。そのうえで、そうした物価の下落が、地価の下落とあわせて、実質債務負担を増大させ、その面から経済活動をなお一層悪化させるリスクがあるとの懸念が示された。

(3)金融市況の動き

金融市況に関しては、前回会合に引き続き、9月9日の金融緩和措置を受けた金融資本市場の動きをどうみるかについて、何人かの委員から見解が述べられた。

ある委員からは、国債利回りを中心に長期金利が大幅に低下しているのは、現在の経済状況にとって必要なことが、金融政策の変更をきっかけに大きな規模で起きたものと評価できるとの見方が示された。別の委員からも、年末越えの金利が高止まっていることを除けば、最近決まった長期プライムレートの引き下げを含め、長短金利全般が順調に低下していることを好感する発言があった。

もっとも、こうした長短金利の低下にもかかわらず、株価や為替相場などの資産価格が経済に収縮圧力をかける方向に動いている点については、これを懸念する意見も出された。その委員からは、株価や地価の下落、内外景気の悪化に伴う資産の劣化によって、金融機関の自己資本に一層強いプレッシャーがかかっていることへの言及があり、そこから生じる信用収縮の動きを和らげることに貢献しているかどうかという意味では、先般の金融緩和は少なくとも今のところ十分な力を持っていないとの認識が示された。この点に関し、別の委員からは、経済の下降圧力がこれだけ強いときに、金利だけで資産価格に影響を与えようとすることには、もともと無理があるのではないかとの見方が述べられた。

この間、金融緩和措置に対する企業からの反応については、複数の委員から、潤沢な流動性の供給に関する日本銀行の強い意思が好感されていることや、金利面でも一定の評価が聞かれていることが指摘された。

以上の議論とは対照的に、金利の低下についてネガティブな見方をとる委員もいた。その委員は、短期金融市場において信用力の低い借り手は金融緩和措置後も高コストでの調達を余儀なくされていることや、余裕資金運用主体である生保の状況が悪化している可能性などを挙げ、金融緩和の効果への疑問や、超低金利を継続していることの弊害に言及した。

この間、ある委員は、長期金利の大幅な低下について、金融緩和の影響もさることながら、民間のコンフィデンス低下を反映している面が大きいことを強調した。その委員からは、資本ストックとの関係でみた設備投資の増加率も、企業の中期的な期待成長率が1%程度まで落ちてきていることを示唆しているとの指摘があった。

4.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

以上で検討された金融経済情勢を踏まえて、当面の金融政策運営の基本的な考え方が検討された。

その結果、金融経済情勢はきわめて厳しい一方、(1) 通常考えられる金融緩和手段はほぼ打ち尽くしており、金融システム対策や財政政策に期待するのが適当であること、(2) このところ変動の激しい金融資本市場の動きについて、その落ち着きどころを注意深く見ていく必要があること、(3) 9月9日の金融緩和措置の効果をもう少し見きわめるべきこと、といった諸点から、現状の金融政策運営を続けることに、ほとんどの委員から支持が集まった。

具体的にみると、ある委員からは、これまでの議論で出された日本および世界経済が抱えているリスクを考えると、一段の金融緩和措置を検討するのが本来の方向であるが、対処すべきリスクの大きさに比べて、金融政策として現在採りうる通常の手段から期待される効果はきわめて小さいとの判断が示された。この点を踏まえ、同じ委員から、景気回復に向けてなすべき現状の対応としては、やはり金融システム対策と財政政策に、その役割を委ねるのが適当との見解が述べられた。別の委員からも、経済情勢はデフレ的な要素を濃くしつつあるが、そうした現況に対して有効な措置は、金融機関の資本基盤強化と財政政策であることが主張された。そのうえで、その委員からは、経済活動のレベルの低さなどからくるリスクを念頭に起きながらも、それらの政策の発動状況を見守り、かつ必要に応じて対外的にも発言していくことが適当との考えが述べられた。他にも、同様の趣旨の意見がいくつかみられた。

また、ある委員からは、内外の株価や為替相場がこのところ大きなボラティリティーを示していることが指摘され、当面これらの市場が、金融システム対策や財政政策、さらには海外情勢の変化等にどのように反応して、どう落ち着いていくか、状況を見きわめる必要があるとの見方が述べられた。この点については、別の委員からも賛意が示された。

さらに、9月9日の金融緩和措置との関連では、ある委員から、金融緩和措置に伴って生じた長短金利の低下が、今後、家計や企業等にどのような影響を与えていくか、限界があるとすればどういう点であるかなどを、もう少し見きわめる必要があるとの意見が述べられた。ただし、そうした点も含めた政策効果の評価には、6か月前後は要するのではないかとの意見も出された。

今後、年末にかけて金融機関の資金繰りがかなり厳しくなる可能性に、どのように対処していけばよいかという観点からの議論も行われた。とくに、ある委員からは、最近の国際金融市場におけるリスク回避の動きも勘案すると、わが国金融機関の年末の外貨資金調達は、強く懸念される状況にあるとの指摘があった。その点を踏まえ、同じ委員から、年末の外貨繰りについても、日本銀行として打てる手があるならば打つべきであり、そうした趣旨を金融市場調節方針の文言の中に、明文化して書き加えてはどうかとの考えが示された。

もっとも、これについては、為替市場の存在を考えれば、外貨資金のアベイラビリティーは国内流動性の問題に帰着するという観点から、何人かの委員が発言した。例えば、ある委員からは、現在の金融市場調節方針の中に、必要に応じて一層潤沢な流動性供給を行う旨のコミットメントが既に入っているので、それによって対応していけばよいとの指摘があった。別の委員からも、潤沢な流動性の供給については既にアナウンスもし、実行もしているので、あとはこれを十分モニターしていくことでよいのではないかとの考えが述べられた。

このように、ほとんどの委員から、潤沢な流動性の供給という点も含めて、現状の金融緩和政策を維持することが適当とされたが、年末にかけて信用収縮の動きがとくに深刻化するような場合等への対応として、金融政策面で如何なる追加的な手段を採りうるのかという視点から、いくつかの発言があった。

ある委員からは、預金準備率の引き下げも検討対象になりうるとの意見があった。これに対し、別の委員からは、形式的には公定歩合や預金準備率の引き下げ余地が残っているのは事実であるが、これらの効果は二つあわせてもあまり期待できないのではないかとの指摘があった。預金準備率の引き下げ効果が小さい点については、他の委員からも言及があった。

麻痺している金融仲介機能をより直接的に補完するために、中央銀行として何ができるのかという観点からの意見もあった。ある委員は、今年度下期の企業金融の厳しさを改めて強調し、その中で日本銀行としては、みずからの財務健全性を十分念頭に置きつつも、CPオペを拡充するのが望ましいとの見解を述べた。同じ委員から、追加的なオペ手段として、社債オペの検討も急ぐべきとの意見が述べられた。さらに、他の複数の委員からも、種々のオペに伴うリスクを評価したうえで、中央銀行として民間のリスクをどこまで取れるかという点を含めて、オペや担保のあり方に関する検討を進めるべきという趣旨の発言があった。

以上のように、現状の金融緩和政策を維持することが適当との認識がほぼ共有された一方で、現在の金利水準が低過ぎることの弊害を主張した委員もいた。その委員からは、現在の超低金利は、国民生活のよりどころを損なう面を持つ異常な事態であるとの見解が示された。さらに、先般の金融緩和措置についても、企業への効果が小さいほか、家計のコンフィデンスを低下させているとの厳しい評価が示された。さらに、その委員は、CPオペについては肯定的なスタンスを採ったが、日本銀行ができることにはおのずから限界があることも強調し、公的資本注入のあり方や、政府系金融機関のさらなる貸出増加が望まれることなどについて、積極的に発言をしていくべきではないかとの考えを述べた。

5.政府からの出席者の発言

会合の中で、政府からの出席者も発言した。大蔵省からの出席者は以下のような発言を行った。

  • 政府は、景気が低迷しており、きわめて厳しい状況にあるという認識のもとに、景気回復と金融再生を最優先の課題として取り組んでいる。そうした中、国会では、このほど金融再生関連法が成立し、金融機能早期健全化法や、これらに必要な補正予算も、成立の目処が立ってきた。今後は、これらを実施に移すための組織面、運営面での詰めに、早急に取り組んでいく必要がある。
  • 景気対策については、10月6日の閣議で総理から具体策の検討が指示されたところであるので、今後、関係各省庁において取り組んでいく方針である。

経済企画庁からの出席者は以下のような発言を行った。

  • 景気は低迷状態が長引き、きわめて厳しい状況にある。こうした中で、98年度の成長率は当初見通しの+1.9%は不可能であることが明らかになったため、10月6日の閣議において、諸情勢の変化を織り込んで、これを−1.8%程度に下方修正した。
  • こうした厳しい状況に対応するため、政府は、10月2日には「公共事業等の施行促進の強化策」を決定したほか、金融システム面でも、新たな枠組みのもとで不良債権処理を進めて金融への信認の回復を図るとともに、信用収縮が生じないように中小企業等貸し渋り対策大綱に基づく施策を強力に展開している。
  • 今後の景気回復策については、補正予算の策定や恒久的な減税を実施することとしているほか、「生活空間倍増戦略プラン」及び「産業再生計画」等の具体化を早急に検討する予定である。今後とも、経済の実態を迅速かつ的確に把握し、一両年のうちにわが国経済を回復軌道に乗せるよう、適切な措置を採っていく方針である。

6.採決

これまでの検討の結果、依然として景気の悪化が続いており、金融面からの制約など先行きのダウンサイド・リスクも大きいが、当面は、金融機関の資本基盤強化等の金融システム対策や、財政政策の状況等を見守りつつ、次回金融政策決定会合までの金融政策運営については、約1か月前の決定にもとづく思い切った緩和スタンスを続けていくことが適当という見解を、多くの委員が支持した。

なお、現在の金融市場調節方針の後段部分(=金融市場の安定を維持するうえで必要と判断されるような場合には、上記のコールレート誘導目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う)については、わが国金融機関の外貨資金調達が年末にかけて厳しくなる可能性も念頭において運営していく旨、委員の間で確認された。

議長からは、以上を踏まえて、次の議案が提出された。

議案(議長案)

次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとし、別添のとおり公表すること。

無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.25%前後で推移するよう促す。

なお、金融市場の安定を維持するうえで必要と判断されるような場合には、上記のコールレート誘導目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、後藤委員、武富委員、三木委員、中原委員、植田委員
  • 反対:篠塚委員

——篠塚委員は、(1) 長期に及ぶ超低金利は異常な事態と認識すべきであること、(2) 超低金利は、金融機関の不良債権処理において十分な効果を挙げえていない一方、国民生活の土台を損なってきた面があること、(3) 現在日本銀行にできることは、財政政策の効率的な発動や金融システム対策の実効ある運用に向けての提言であること、といった諸点を踏まえると、9月に引き下げた金利水準をそのまま維持することは支持し難いとして、上記採決において反対した。

7.金融経済月報「基本的見解」の検討

当月の金融経済月報(アイボリーペーパー)に掲載する「基本的見解」が検討され、採決に付された。採決の結果、「基本的見解」が全員一致で決定され、それを掲載した金融経済月報を10月15日に公表することとされた。

以上


(別添)
平成10年10月13日
日本銀行

当面の金融政策運営について

日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、当面の金融政策運営について現状維持とすることを決定した(賛成多数)。

以上