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金融政策決定会合議事要旨

(1998年10月28日開催分)*

  • 本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、98年11月27日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

1998年12月 2日
日本銀行

(開催要領)

1.開催日時
98年10月28日(9:00〜13:55)
2.場所
日本銀行本店
3.出席委員
  • 議長 速水 優(総裁)
  • 藤原作弥(副総裁)
  • 山口 泰(  副総裁  )
  • 後藤康夫(審議委員)
  • 武富 将(  審議委員  )
  • 三木利夫(  審議委員  )
  • 中原伸之(  審議委員  )
  • 篠塚英子(  審議委員  )
  • 植田和男(  審議委員  )
4.政府からの出席者
  • 大蔵省   武藤敏郎 大臣官房総務審議官(9:00〜13:55)
  • 経済企画庁 河出英治 調整局長(9:00〜11:58)

(執行部からの報告者)

  • 理事黒田 巌
  • 金融市場局長山下 泉
  • 国際局長村上 堯
  • 調査統計局長村山昇作
  • 調査統計局早川英男
  • 企画室参事稲葉延雄
  • 企画室参事(企画第1課長)山本謙三

(事務局)

  • 政策委員会室長小池光一
  • 政策委員会室調査役 飛田正太郎
  • 企画室調査役門間一夫
  • 企画室調査役栗原達司

I.前々回会合の議事要旨の承認

 前々回会合(9月24日)の議事要旨(グリーンペーパー)が全員一致で承認され、11月2日に公表することとされた。

II.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要

1.最近の金融市場調節の運営実績

 金融市場調節については、前回会合(10月13日)で決定された金融市場調節方針(無担保コールレート<オーバーナイト物>を、平均的にみて0.25%前後で推移するよう促す。なお、金融市場の安定を維持するうえで必要と判断されるような場合には、上記のコールレート誘導目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う)にしたがって運営した。この結果、前積み期間(9月16日〜10月15日)におけるオーバーナイト・レートは、加重平均で0.25%となった。また、今積み期間(10月16日〜11月15日)に入ってからは、同レートは昨日(10月27日)までの加重平均で0.23%となっている。

 調節面で生じたやや特徴的な動きをみると、まず、(1)前積み期間の最終日(10月15日)においては、レートが強含む気配を示したため、超過準備を吸収せずに放置する旨を、朝方の段階でアナウンスした。その結果、レートは0.27%とごく小幅の上昇にとどまった。(2)また、10月23日には、同日施行された金融再生法のもとで、日本銀行は預金保険機構向けの貸付を実施した。この資金は、特別公的管理となった日本長期信用銀行の資金繰り支援に充てられ、その一部がコール市場で運用されたことから、以後一両日ほど、オーバーナイト・レートに軟化圧力がかかった。

 この間、ユーロ円3か月物レートは、外貨も含めて年末越えの資金繰りが市場で強く意識されていることを反映して、じりじりと上昇している。ジャパン・プレミアムも、海外格付機関が一部大手銀行の格付けを引き下げる方向で見直すとの報道を受けて、拡大した。今後、年末にかけて、ターム物レートの上昇圧力がさらに強まり、企業金融面へ影響が及ぶことが懸念される。そうした認識のもとで、昨年同時期をかなり上回る額の年末越えオペを実施しているが、今後も、企業金融面にも配慮しながら、市場の安定に努めていく方針である。

2.為替市場、海外金融経済情勢

(1)為替市場

 円の対米ドル相場をみると、このところ概ね118円〜119円で小動きとなっている。わが国の景気の先行きに対する不透明感など、円売り要因が根強いことも事実であるが、緊急経済対策への期待や、米国の追加利下げ観測、さらにはブラジルを巡る不透明感などを反映して、当面はどちらかといえば円買いの動きが強まるのではないかとの見方が、市場には多い。

 一方、ドイツ・マルクの対米ドル相場は、イタリアが利下げを行ったこともあって市場でドイツの利下げ観測が強まっていることや、ロシア情勢が不透明なことなどを反映して、マルクが軟化する展開となっている。

 この間、東アジア通貨の対米ドル相場は、米国における金利低下などを背景に、概ね底固い展開が続いている。とくに、インドネシア・ルピアは、IMFプログラムのもとで7月にインドネシア支援国会議が決定した援助資金が流入していることなどもあって、本年1月以来の水準まで上昇している。一方、ブラジル・レアルや、ロシア・ルーブルは、引き続き軟化している。

(2)海外金融経済情勢

 欧米諸国経済に関する民間機関や欧州委員会の見通しは、98年については、夏頃からほとんど変化していない。しかし、99年の見通しについては、各国とも軒並み下方修正されており、とりわけ英国はかなりの減速が予想されている。こうした状況下、いくつかの国で金利引き下げ措置が採られている。

 アジア諸国経済に関する民間機関の見通しは、98年は、台湾、中国を除きマイナス成長となっている。99年についても、概してマイナス成長が続くと見込まれているが、マイナス幅はかなり縮小する見通しである。また、中南米諸国については、ブラジルをはじめ、99年の方が厳しい見通しとなっている。

 この間、各国の株価は、欧米主要国における利下げないし利下げ観測を主たる背景に、香港ハンセン指数が大幅に上昇したのをはじめ、全般に堅調な動きとなっている。

3.国内金融経済情勢

(1)実体経済

 前回会合以降に発表された経済指標をみると、公共工事請負金額が9月に急増している。これは、遅れていた98年度当初予算分の前倒し発注が一気に発現したほか、第1次補正予算による公共投資追加の効果も現れ始めたためと考えられる。しかし、その一方で、個人消費は、9月以降の関連統計(販売統計・消費者心理関連統計)が一段の弱さを示しており、これまでの「一進一退」から、「一進二退」とでもいうべき状況になりつつある。その背景をなす雇用・所得環境は、失業率がこれまでのピークに近い水準で推移し、有効求人倍率がこれまでのボトムを更新するなど、非常に厳しい情勢にある。

 こうした最終需要のもとで、生産は、7〜9月は4〜6月に比べ、減少テンポがかなり鈍化した。しかし、企業ヒアリング情報などからみると、生産の減少傾向自体は、10〜12月も続く見通しである。

 この間、物価動向をみると、円高の影響もあって、商品市況が下げ足を速めつつあり、今後その物価面への影響が注目される。また、企業向けサービス価格も、ここへきて軟化傾向が定着しつつある。

(2)金融情勢

 最近の短期金融市場における第1の特徴点は、総じて落ち着いた動きの中で、年末越え資金のアベイラビリティーに関して、市場における懸念がとくに強まっていることである。実際、ユーロ円3か月物金利は、じりじりと上昇しているが、これを1か月物のインプライド・フォワード・レートに分解してみると、もっぱら年末越えの部分が、目立って上昇している。

 第2の特徴点は、flight to quality(=安全性への逃避)の動きを背景に、ユーロ円金利とTB金利の格差が、——主にTB金利が低下する形で——拡大していることである。米国でも、TBレートの大幅な低下が観察されており、国際金融市場全般でのflight to qualityの動きが、わが国の金融市場にも影響している可能性が考えられる。

 この間、マネーサプライをみると、M2+CDの前年比伸び率は、9月は+3.9%(速報)と、8月(+3.8%)並みの伸びを維持した。これは、金融機関の貸出が9月中間期末に向けて減少幅を拡大した一方、CP等直接金融市場からの資金調達が伸びを高め、両者が概ね相殺し合ったためである。ただ、こうした企業の資金需要は、先行きの資金繰りに対する懸念から、手許流動性を厚めにしておく予備的動機に基づく部分が多く、必ずしも実体経済活動を反映したものではない。

III.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要

(1)景気の現状

 景気の現状については、執行部から報告されたいくつかのポイント、すなわち、公共工事の発注が明確に増加してきたことや、その一方で個人消費関連の指標に一段の弱さがみられていることなどが、多くの委員から改めて指摘された。これらや、先般の支店長会議(10月26日)における報告などを踏まえて判断すると、全体として、景気は依然悪化を続けているという前回会合(10月13日)での判断に、基本的な変更を加える必要はないという点で、委員の見解は概ね一致していた。こうした景気の現状と金融市場における小康とを併せて、不安定の中に微妙な安定がみられ、そのもとで景気がじりじり下降していると捉える委員もいた。

 まず公共投資についてみると、複数の委員から、9月の公共工事請負金額が急増したことは、明るい材料であるとの指摘があった。別の委員からは、中小企業の各種業況アンケート結果が、このところマイナス幅の縮小や、若干の持ち直しを示している点が挙げられ、公共投資増加の好影響がみられ始めているとの見方が述べられた。もっとも、もう一人の委員からは、支店長会議での報告等によれば、公共投資の関連業界では必ずしも工事増加の手応えを感じておらず、とくに資材の動き方や下請けへの発注状況は今ひとつであるとの発言があった。さらに別の委員からは、9月の公共工事請負金額が急増したことを好感しつつも、基本的には、これまで予想していたことが漸く実現したということであって、経済の見方を大きく変える材料ではないとの見解が示された。

 民間部門の動向については、多くの委員から、個人消費の一層の弱さに関する言及を中心に、厳しい見方が示された。

 ある委員は、とりわけ10月入り後の百貨店売上高や乗用車販売等がきわめて弱いことを、途中段階までの数字を挙げて示した。個人消費は「一進二退」との執行部の判断に、強い共感を示す委員もいた。また、個人消費の低迷には、将来に対する不安感が大きく影響しているとの意見もあった。雇用関連の指標については、ある委員から、9月の有効求人倍率がこれまでの最低水準をさらに下回ったことに、懸念が示された。9月の女子失業率が低下した点については、同じ委員から、職探しを諦める動きが強まったことを反映したものであり、むしろ雇用環境の厳しさを改めて示す材料との評価が述べられた。ほかにも、何人かの委員から、雇用・所得環境が非常に厳しくなってきていることや、消費者マインドや個人消費がここへきて一層悪化していることについて、言及があった。

 設備投資については、ある委員から、収益の悪化に加えて、景気の先行きに対する不安や資金繰り面での懸念が大きな制約要因となっているとの指摘があり、もはや金利の低下のみでその回復を促しうる状況ではなくなってきているとの見方が述べられた。

 さらに、物価については、デフレ色がますます強まっていることを懸念する意見が多くみられた。

 すなわち、数名の委員から、内外の商品市況がこのところ下げ足を速めていることへの言及があり、これがいずれ製品価格へと波及していくのではないかとの見方が示された。また、企業向けサービス価格指数の下落などを踏まえて、複数の委員から、価格下落の動きが財・サービスの広い範囲に広がってきているとの指摘があり、今後も物価下落傾向が持続する、ないしはデフレ色が一段と強まる可能性に、懸念が示された。

(2)景気の先行き

 景気の先行きについては、財政面から景気を下支える動きに期待しつつも、民間経済に働く負の循環圧力の強さや、海外情勢や金融面からのダウンサイド・リスクなどを踏まえて、前回会合までと同様の厳しい見方、ないしはどちらかと言えば、さらに幾分厳しめの見方を採る委員が多かった。

 まず、財政面からのプラス効果については、数名の委員から、4月の総合経済対策分がむしろこれから本格的に顕在化することなどを踏まえると、当面公共投資は着実に増加を続けていくとみられるとの指摘があった。そうした点を踏まえ、何人かの委員から、景気の悪化テンポは、これまでの急速なものに比べれば今後は和らいでいくのではないかとの見解が示された。

 しかし、景気の悪化テンポこそ和らぐとしても、悪化自体に歯止めがかかるかどうかはなお不明確であるという点について、委員の認識はほぼ共通であった。そうした認識の背後にあるのは、現在経済に働いている負の循環がかなり強まってしまっている可能性であり、その点を巡って様々な角度から多くの発言があった。

 例えば、一旦進捗の兆しをみせた在庫調整に関しては、ある委員から、再び警戒すべき状況になってきているとの見方が示された。すなわち、その委員からは、(1)在庫調整が概ね完了したとみられた耐久消費財(自動車、家電)について、最終需要の予想以上の弱さから再び在庫が積み上がる懸念が生じてきたことや、(2)そうしたもとで素材産業の在庫調整は後ずれしていることが指摘された。その委員は、このように在庫を減らしてもその間に需要もさらに落ちてしまう状況を「逃げ水現象」と捉えたうえで、98年度下期についても、上期と同様、在庫調整の継続を前提とした厳しい生産動向を予想せざるを得ないとの見方を採った。別の委員からも、9月の鉱工業生産指数は一見生産の下げ止まりを示唆しているようにみえるが、この間に最終需要が一段と悪化してきたことを踏まえると、当面10〜12月、1〜3月の生産動向は予断を許さないとの指摘があった。

 また、雇用情勢が今後急速に悪化する可能性を指摘した委員もいた。その委員からは、情報開示や企業の格付けがますます重視される傾向が強まるもとでは、いわゆる日本的雇用慣行の維持が難しくなることもあって、雇用情勢が、今後かなり急速に悪化する可能性は否定できないとの意見が述べられた。

 このほか、ある委員からは、約1か月前の時点における先行き予想をベースとして、その後明らかになったプラス材料とマイナス材料を比較するという視点からの発言があった。その委員は、プラス材料である公共投資の増加や金融再生策の始動は、基本的には想定の範囲の事柄が実現したという性格が強い反面、円高や個人消費の一段の落ち込みというマイナス材料については、1か月前には十分織り込めていなかった側面もあるとの評価を行い、全体として、1か月前よりも、景気の先行きを幾分下振れ方向でみておくのが適当と総括した。

 景気の先行きを従来よりも厳しめにみておくという方向の議論としては、支店長会議におけるトーンの変化に注目した発言もあった。すなわち、ある委員から、前回の支店長会議(7月)では、年度下期に何がしかの明るさを展望した報告が多かったこと、それに対して今回はそうした報告がほとんどなくなり、むしろ来年度に向けての厳しさに言及する報告がみられたことが指摘された。さらに、別の委員からは、民間部門が抱いている中長期的な期待成長率が、現実の景気悪化に引きずられる形で次第に低下してきている可能性があり、この点は景気の先行きを展望するうえで注意を要するファクターであるとの見解が示された。9月の景気先行指数が8月に比べて悪化する公算が強まりつつあることを指摘した委員もいた。その委員からは、そうした先行指数の動きを踏まえ、来年のどこかで仮に一旦景気持ち直しの動きが現れたとしても、再び下降を余儀なくされるのではないかとの見方が述べられた。

 以上のような景気の先行きとの関係で、いくつかのダウンサイド・リスクについても議論が行われた。そのひとつは、海外経済、とりわけ米国の金融情勢に関するリスクであった(国内金融面からのリスクについては(3)で後述)。

 具体的には、複数の委員から、米国の金融資本市場は、一頃のようなパニック的な状況に比べればこのところ小康を取り戻しているが、リスク回避や流動性選好の動きは依然として強く、株価もなお不安定であるため、当面相当の注意を要する旨の発言があった。そのうち一人の委員からは、1987年のブラック・マンデー時に比べて、個人金融資産に直接・間接に占める株式のウェイトが格段に上昇している事実を踏まえると、仮に米国株価が大幅に下落した場合の同国経済への影響は、深刻なものになるのではないかとの見解が述べられた。

 なお、上記の委員からは、海外からのダウンサイド・リスクとして、米国だけでなく、ロシアおよびブラジルの情勢にも十分な注意を払う必要があるとの発言があった。

 以上のように、景気の先行きに関して、ダウンサイド・リスクも含めて様々な懸念が述べられる中で、財政面からの追加的な景気対策については、多くの委員から期待を寄せる発言が相次いだ。もっとも、現時点では、具体的な対策のメニューが明確になっておらず、ましてその効果について評価を下すことは難しいとの見方が多かった。

 例えば、ある委員からは、98年度第3次補正予算の策定を軸とする景気対策が、年内に検討される公算が高まっている点について歓迎の意が示された。ただその委員も、まだ具体的な景気対策の中身が不確実である以上、それが景気の下降圧力を十分に止める力となるかどうかについては、現時点では慎重にみておくべきとの見解であった。企業金融面での問題(後述)にしても、金融政策での対応には限りがあって、最終的には企業のキャッシュフロー増加で解決していくしかないという視点から、企業の売上高増加をもたらすような景気対策が重要との意見を述べる委員もいた。

 景気対策の中身として、減税の重要性を強調する委員もいた。その委員からは、今年度は企業収益のかなりの落ち込みが予想され、それが来年度の所定内給与を引き下げる圧力になることを考えると、当面最も重要な政策は、所得の減少を減税でカバーすることであるとの意見が述べられた。やや異なる観点として、減税も含めてサプライサイド強化の観点を重視する意見もあった。その委員からは、現在の日本経済の根本的な問題は、米国レーガン政権初期と同様、資本効率や労働生産性の低さにあるとの指摘があった。その点を踏まえ、同じ委員から、現在必要なのは、需要サイドの政策だけではなく、大幅な所得税減税や政策減税を軸に、供給サイドを強化することであるとの見解が述べられた。

(3)金融面の動向

 金融面の動向については、企業や金融機関の資金繰りに関する懸念が、実体経済に対して大きなダウンサイド・リスクとなっている点に、委員の注目が集まった。

 すなわち、複数の委員から、世界的な信用収縮の動きの中で、わが国の企業や金融機関にとって、年末越え資金のアベイラビリティーは大きなリスク・ファクターになっているとの指摘があった。別の委員からも、金融機関が海外拠点の外貨繰りのために円投を増加させるなど、外貨面での資金繰り懸念が円にも及んできており、これが、自己資本比率の制約と相俟って、貸出低迷の要因として作用しているとの見方が述べられた。

 企業金融面での厳しさが広がってきていることを指摘する意見も少なくなかった。すなわち、ある委員からは、中小企業はもちろんのこと、上場企業であってもグループ内金融にしっかりとした基盤を持たない企業などは、資金繰り面での厳しさが増しているとの見方が示された。銀行借入はもとより、直接金融市場での資金調達環境が厳しくなってきていることに注目した発言もあった。その委員からは、景気の悪化に伴って、格付けの低下から社債の発行が困難になる企業が増えているとの指摘があり、年度末までに予定されている大量の社債償還について、円滑なリファイナンスを危ぶむ見解が示された。さらにその委員からは、社債の発行金利上昇に直面した企業は、できるだけ低コストでのつなぎ資金を求めてCPへのシフトを企図するとみられる点が指摘され、その意味でも、CPの発行環境が企業にとってきわめて重要であるとの意見が述べられた。

 こうした企業金融情勢と実体経済との連関について、ある委員から、金融面での厳しさの増大から年末、年度末に向けて企業倒産が増加し、これが株価の下落や金融機関資産の一段の劣化を通じて、さらに信用収縮の動きを強めるリスクも無視できないとの懸念が述べられた。こうした悪循環に注目した見解としては、別の委員からも、金融セクターの弱さが、需要減少→企業収益減少→雇用・所得の減少→需要のさらなる減少という実体経済面での負の連鎖に、拍車をかける要因になっているとの指摘があった。

 この間、支店長会議での報告を踏まえて、地域間のばらつきに言及した委員もいた。その委員からは、地域によっては、体力のある地元金融機関が残っていて、大手金融機関の支店等が回収した貸出の受け皿機能を果たしているケースもみられるなど、信用逼迫の度合いには地域間でかなりの格差があるとの指摘があった。ただ、その委員も、全体としては、貸出に回収圧力がかかっているとの認識であった。

 以上のように、多くの委員から、年末越え資金のアベイラビリティーを中心に、金融面のリスクが述べられる中で、ある委員から、年末越え資金の問題は、(1)金融機関に対する公的資本の注入がどのように進むか、(2)海外における信用収縮の動きがどうなるか、の2点にかなりの程度依存するとの見方が述べられた。

 

 そうした認識のもとで、金融システム面での政策対応には、多くの委員から期待を寄せる発言があった。すなわち、10月23日に金融再生法と金融機能早期健全化法が施行され、そのもとで具体的な動きも一部にみられ始めていることは、重要な進展であるとの評価が多くの委員から述べられた。

 もっとも、早期健全化スキームが発動されるタイミングや条件等について現時点ではなお不明確であること、さらにそれによって金融機関の与信行動にどのような変化が生じるかについてはなおさら不確実性が大きいことなどについて、ほぼ共通の認識がみられた。与信行動との関連では、とくに、第2分類債権に対する金融機関の融資姿勢はどうなるか、メイン行以外の対応はどうか、またメイン行に債権が集約されていった場合に融資の一行集中がどの程度意識されるようになるかなど、具体的な注目点をいくつか挙げた委員もいた。

 株価についても、主に上記金融システム問題との関連で、多くの言及があった。すなわち、何人かの委員から、金融再生の法的枠組みが整ったことや、米国株価の持ち直し等を背景に、株価の下落にひとまず歯止めがかかっていることが指摘された。その点との関連で、複数の委員から、株価の下落を媒介にして実体経済と金融面の悪循環がさらに強まるという事態は、差し当たり避けられているとの評価が述べられた。

 もっとも、これらの委員の間でも、上記の通り公的資本注入を巡る展開がなお読みにくいことなどから、株価の先行きについて、基本的には慎重な見方が共有された。

 この間、9月の金融緩和措置をどう評価するかを巡っても、議論が行われた。

 ある委員からは、9月の金利引き下げは設備投資や雇用の増加につながっておらず、支店長会議における各支店の報告等からみても、企業の評価は総じて高くないのではないかとの見方が示された。また、その委員は、金融緩和措置をきっかけに、住宅投資が先送りされてしまった点について、住宅ローン金利の低下期待による一時的な手控えという面もあろうが、長期にわたる低金利がさらに引き下げられたことで、将来に関する家計のコンフィデンスが一段と低下した可能性があるのではないかとの意見も述べた。さらに、同じ委員から、わが国の金融機関にとって最も厳しいのは外貨調達であり、為替スワップの相手方となる外銀等のラインが制約になりつつあるケースもみられることを勘案すると、日本銀行がいくら低金利の円資金を供給し続けても、外貨の資金繰りという真の問題への解決にならないのではないかとの疑問も提示された。

 もっとも、これらに対して、他の委員からは多くの反論が出された。例えば、ある委員からは、金利の低下が住宅投資に与える影響について、一時的にはともかく、基本的にはやはりプラスに作用するとの指摘があった。また、別の委員からは、9月の金融緩和措置は、景気の底割れを防ぎ、企業のリストラ等の痛みを少しでも和らげることを狙ったものと認識しており、現在の日本経済の状況から考えて、金融緩和措置だけで設備投資が目に見えて増加することはもともと期待していないとの発言があった。また、同じ委員から、低金利と家計の関係は、家計の財産所得の面からだけではなく、金利が経済活動全体にどう影響し、それが雇用を通じて家計にどう波及していくかという視点で論じるべきであることも指摘された。さらに別の委員からは、金利の引き下げだけで景気が上向くものではないが、金利を引き下げなかった場合に比べてどうかという観点から評価する必要があるとの見解が述べられた。この間、円の金利と外貨資金調達との関係について、ある委員から、仮に円の金利を引き上げれば、金融機関の収益や国内資金調達が一層厳しくなり、格付けが低下して、外貨資金調達もますます困難になるとの指摘があった。

IV.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

 以上で検討された金融経済情勢を踏まえて、当面の金融政策運営の基本的な考え方が検討された。

 その結果、金融政策運営については、現状の思い切った金融緩和スタンスを、当面継続することが適当との意見が大勢を占めた。デフレ色がさらに強まる懸念も含めて、景気に関してきわめて厳しい認識が共有された一方で、金融政策運営は現状維持が適当とされた背景は、(1)財政政策や金融再生策の動向をもう少し見きわめる必要があること、(2)9月の金融緩和措置の効果も引き続き注視していくのが適当であること、(3)金融政策面で可能なことは既にほとんど行ってしまっていること、といった諸点であった。

 上記(3)に関しては、ある委員から、企業の認識としても、日本銀行は既に十分な金融緩和を行っており、これ以上日本銀行に何かを望むことは難しい、という声が少なくないことが紹介された。

 当面の問題である年末の資金繰りへの日本銀行としての対応についても、ある委員から、現在の金融市場調節方針のもとでの潤沢な資金供給が、金融機関の円投を通じる外貨調達の円滑化に貢献しているほか、CPオペ等を通じた企業金融面への配慮、長めのオペ拡大による年末越え資金の供給など、様々な手立てが既に講じられているとの指摘があった。さらに、別の委員からは、現在の金融市場調節方針(執行部への指示文)には、「なお、金融市場の安定を維持するうえで必要と判断されるような場合には、上記のコールレート誘導目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う」(以下この部分を「なお書き」と称する)ことも明示されおり、この部分が機動的に発動可能であることまで含めて考えれば、年末の問題がさらに厳しさを増すような場合でも、かなりの程度、現行政策の範囲内で対処しうるのではないかとの意見が述べられた。

 こうした中で、複数の委員が、現状の金融市場調節方針を維持しながら、CPオペの積極的な活用を含めて、年末越えの資金供給に万全を期すべき点を、とりわけ強く主張した。

 そのうち一名からは、現状の金融市場調節方針(指示文)では日本銀行のスタンスが対外的に十分明確ではないとの意見が述べられ、CPオペの積極活用等を含めて年末越え資金を潤沢に供給するといった具体的な調節スタンスを、指示文に明示的に書き加えるべきではないかとの主張がなされた。

 ただ、この点については、大方の委員が、CPオペを年末に向けて積極的に行っていくこと自体には同意しつつも、その点を新たに指示文に書き込むことについては、消極的な姿勢を示した。その理由としては、(1)CPオペ、年末越え資金供給ともに、既に可能な限り実施してきていること、(2)現行の指示文は、「なお書き」まで含めればかなり機動的かつ幅の広い対応が可能な内容のものであること、(3)年末に向けての日本銀行のスタンスは既に市場で認識されていること、(4)これらの帰結として、指示文を変更しても実際に行う市場調節は変わらないこと、(5)調節方針の指示文は中央銀行の基本的政策スタンスを示すものであり、政策が変わらないのに指示文の内容がしばしば変更されると、政策スタンスそのものが不明確になること、といった諸点が挙げられた。中には、CPオペに関する方針の明確化には強い同調を示しながらも、オペや担保のあり方について具体的な詰めを行ったうえで、実質的なスタンスの変更が生じるときに対外的な言い振りも変えればよい、という意見の委員もいた。

 結局、日本銀行の姿勢を明らかにするという意味で、総裁講演、記者会見等の場で、引き続きCPオペを積極的に活用していく旨を明示的に述べていくこと、および議事要旨における議長案の趣旨としてこれを書き加えることについて、多くの委員の合意があった。

 この間、金融政策が企業金融面に対して、全面的な責任を負うことまではできないとの指摘を行った委員もいた。その委員からは、まず、マネーサプライの伸びがなかなか高まらない理由として、間接金融部門における与信能力の低下が改めて強調され、その問題は基本的には金融機関の資本基盤を強化することで対処していかざるを得ないとの考えが述べられた。そのうえで、同じ委員から、金融政策が直接働きかけうるのは基本的にはインターバンク市場であり、そこから先の企業や家計の資金繰りについては、ある程度の対応は採りえても、限界があることも事実との見解が示された。

 このように、企業金融に対する金融政策の関わり方については、委員の間で重点の置き方に多少の濃淡がみられた。しかし、仮に一段と企業金融を意識する形で金融緩和を進めるとすれば、オペや担保のあり方を中心にどのような手段がありうるのか、またそれぞれの手段を、その効果と中央銀行の資産の健全性という相矛盾する観点からどのように評価するのか、といった点について早急に検討を深めるべき旨、多くの委員から執行部に対して指示があった。

 例えば、ある委員からは、金融機関のところまでは動脈が通じているが、そこから企業に流れる血管が細くなっているという現状に対し、日本銀行が信認を損なわない範囲内で何ができるのか、検討しておく必要があるとの見解が示された。別の委員からは、政策手段にいくつかの候補があるとすれば、それら各々が企業金融面等へ及ぼしうる効果と、中央銀行の資産の健全性に対して持つ意味合いなどを、整理しておくべきとの問題意識が述べられた。さらに別の委員からは、日本経済の現状に対して、金融政策での対応に限界があることは否定しないが、情勢の悪化度合いに応じてどこまでなら金融政策で対応可能なのか、常に限界を探りながら検討を続けていく姿勢が重要との意見が述べられた。

 結局、全体としては、オペや担保のあり方について早急に検討を深めることとしつつ、当面は、年末に向けた企業金融の円滑化に可能な限り対応していくことも含めて、現状の金融緩和スタンスを継続すべきとの判断が、委員の大勢を占めた。しかし、そうした中で、現行の金利水準は低過ぎるとの立場を採った委員もいた。その委員は、現在のような超低金利が続いているのは異常な事態であるとの認識に立って、低金利だけでマネーサプライを増加させるのは難しいといった見方や、日本経済の現状に金融政策で対応する余地はもはや存在しないといった見解を述べた。さらに、同じ委員から、日本銀行にとって現在重要なのは、市場の安定と信用仲介機能の再生のために、個別金融機関への働きかけを通じたプルーデンス政策を強化していくことではないかとの問題提起があった。

V.政府からの出席者の発言

 会合の中で、政府からの出席者も発言した。大蔵省からの出席者は以下のような発言を行った。

  • 金融システムの機能不全が、景気回復の足かせになっており、この問題の早期解決が図られなければ、本格的な景気回復は望めない。国会で中身の濃い議論が行われた結果、先日、金融再生法と金融機能早期健全化法が成立したところであり、これら二法が車の両輪となって、金融システムの維持安定の枠組みになると認識している。
  • 景気情勢への対応としては、首相から、11月中旬までに緊急経済対策を具体的にとりまとめるよう指示があった。追加の公共投資等はもとより、貸し渋り対策や、その他様々な要素を盛り込んで、一つのパッケージとしてまとめる予定である。また、これらのために必要となる第3次補正予算を、異例のスピードで成立させるよう、全力で取り組んでいく方針である。

 経済企画庁からの出席者は以下のような発言を行った。

  • 非常に厳しい経済状況が続いているもと、首相から、11月中旬までに緊急の経済対策を具体的にとりまとめるよう指示があり、現在、関係省庁との詰めを急いでいるところである。今の時期は、景気回復のために、あらゆる手段を総動員して経済政策運営に当たることが重要であり、金融政策においても引き続き適切な運営をお願いする。

VI.採決

 以上の検討によれば、金融再生へ向けた法的枠組みの具体的運用や、財政面から景気を支えていく動きを注意深くみながら、金融政策面では、現在の思い切った金融緩和スタンスを継続していくべきとの意見が大勢を占めた。とくに、国際金融市場での流動性懸念が強まる中、現在の金融市場調節方針のもとで、可能な限り企業金融の円滑化を視野に入れつつ、年末越えの資金を潤沢に供給していくべきことが、改めて確認された。

 ただ、金融政策運営は現状維持としながらも、金融市場調節方針(指示文)に文言の追加を求める提案があり、次の2つの議案が採決に付されることとなった。

 中原委員からは、現在の金融市場調節方針(指示文)では、CPオペの積極活用や年末越え資金の供給に関する日本銀行・政策委員会のスタンスが、対外的に明確に伝わっているとは言い難いとの意見が述べられた。そのうえで、従来の指示文の末尾に、「以上の金融市場調節方針の実行に当っては、年末の接近を念頭に置き、CPオペの積極活用等を含め、年末越えの資金をできるだけ厚めに供給するよう努める」という一文を明示的に加える旨、議案として提出された。採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。

 議長からは、会合における多数意見をとりまとめる形で、以下の議案が提出された。なお、この議案には、引き続きCPオペを積極的に活用することなどによって、年末越えの資金を潤沢に供給していく趣旨が含まれていることが、改めて確認された。

議案(議長案)

 次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとし、別添のとおり公表すること。

 無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.25%前後で推移するよう促す。

 なお、金融市場の安定を維持するうえで必要と判断されるような場合には、上記のコールレート誘導目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、後藤委員、武富委員、三木委員、植田委員
  • 反対:中原委員、篠塚委員

 中原委員は、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針(指示文)において、(1)CPオペの積極活用等、当面の目標をより明確に記載すべきであること、(2)「なお書き」の部分については表現が抽象的かつ包括的過ぎるため、内容が不明確であること、などの理由から、上記議長案に反対した。

 篠塚委員は、現在の超低金利は異常な水準であり、その継続は支持し難いとして、上記議長案に反対した。

以上


(別添)
平成10年10月28日
日本銀行

当面の金融政策運営について

 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、当面の金融政策運営について現状維持とすることを決定した(賛成多数)。

以上