このページの本文へ移動

金融政策決定会合議事要旨

(1998年11月27日開催分)*

  • 本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、99年1月19日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

1999年 1月22日
日本銀行

(開催要領)

1.開催日時
98年11月27日(9:00〜12:10、13:01〜13:58)
2.場所
日本銀行本店
3.出席委員
  • 議長 速水 優(総裁)
  • 藤原作弥(副総裁)
  • 山口 泰(  副総裁  )
  • 後藤康夫(審議委員)
  • 武富 将(  審議委員  )
  • 三木利夫(  審議委員  )
  • 中原伸之(  審議委員  )
  • 篠塚英子(  審議委員  )
  • 植田和男(  審議委員  )
4.政府からの出席者
  • 経済企画庁 河出英治 調整局長(9:00〜13:58)

(執行部からの報告者)

  • 理事黒田 巌
  • 理事松島正之
  • 金融市場局長山下 泉
  • 国際局長村上 堯
  • 調査統計局長村山昇作
  • 調査統計局早川英男
  • 企画室参事稲葉延雄
  • 企画室参事(企画第1課長)山本謙三

(事務局)

  • 政策委員会室長小池光一
  • 政策委員会室調査役 飛田正太郎
  • 企画室企画第2課長田中洋樹(9:00〜9:49)
  • 企画室調査役門間一夫
  • 企画室調査役栗原達司

I.前々回会合の議事要旨の承認

 前々回会合(10月28日)の議事要旨(グリーンペーパー)が全員一致で承認され、12月2日に公表することとされた。

II.外国為替銀行法の廃止に伴う外国為替銀行に対する準備預金制度の準備率の廃止等に関する検討・採決

1.執行部からの提案内容

 執行部から、本年12月1日の「金融システム改革のための関連法律の整備等に関する法律」(平成10年法律第107号)の施行により、「外国為替銀行法」(昭和29年法律第67号)が廃止されるとともに、「準備預金制度に関する法律」(昭和32年法律第135号。以下「法」という。)が一部改正され、外国為替銀行が法第2条第1項に規定する指定金融機関から除かれることとなったこと等に伴い、以下のとおり技術的な改正を行いたい旨の提案があった。

  • 「準備預金制度の準備率」(平成3年10月1日決定)について、本年12月1日をもって「外国為替銀行」の文言を削除する等、所要の改正を行い、その旨の公告を行うこと。
  • 関連する行内要領について、所要の改正を行うこと。

2.委員による採決

 採決の結果、執行部提案が全員一致で承認され、即日公表されることとなった。

III.企業金融支援のための臨時貸出制度に関する基本要領等の検討・採決

1.執行部からの提案内容

 執行部から、前回会合で決定された基本方針にしたがい、企業金融支援のための臨時貸出制度について、その基本要領を概要以下のように定め、これを対外公表する旨の提案があった。

  • 対象先は、銀行、長期信用銀行、外国銀行支店、信用金庫、全国信用金庫連合会、全国信用協同組合連合会、労働金庫連合会および農林中央金庫のうち、平成10年12月2日現在で日本銀行の手形貸付取引の相手方(同日現在で、日本銀行の当座預金取引の相手方であり、かつ、手形貸付取引を開始したい旨申出ていた先を含む。)であり、かつ、この制度の利用を希望する先(以下「制度利用先」という。)とする。ただし、整理回収銀行および紀伊預金管理銀行を除く。
  • 貸付実行日は、平成10年12月21日、平成11年1月20日、同年2月22日および同年3月23日とする。
  • 貸付期間は、いずれの貸付についても、平成11年4月15日までの期間とし、同日付で貸付金額の全額を回収する。ただし、平成10年12月21日に実行する貸付については、3か月経過後にいったん手形書替を行う。
  • 貸付限度額は、(1)平成10年12月21日に行う貸付に適用する額は、制度利用先毎に、平成10年9月末現在の貸出残高に対する同年11月の貸出平均残高の増加額に0.5を乗じて得た金額、(2)平成11年1月20日以降に行う貸付に適用する額は、制度利用先毎に、平成10年9月末現在の貸出残高に対する同年12月の貸出平均残高の増加額に0.5を乗じて得た金額とする。ただし、(2)の額が(1)の額未満である制度利用先については、(1)を適用する。
  • 担保は、民間企業債務(コマーシャル・ペーパーを含む手形、社債および証書貸付債権)および国債のうち日本銀行の手形貸付担保として適格のものとする。ただし、都市銀行、長期信用銀行、信託銀行および農林中央金庫の20行庫については、担保として差入れた民間企業債務の担保価額が、貸付金残高の50%以上でなければならない。
  • 貸付利率は、年0.5%とする。

2.委員による検討・採決

 以上の執行部説明のあと、複数の委員から、執行部が提案した基本的事項は、「最近の企業金融を巡る状況に鑑み、金融機関の企業向け貸出を資金繰り面から支援していく」という本措置の趣旨に則ったものとなっており、賛成である旨の発言があった。これに対して、ひとりの委員は、反対意見(下述)を表明した。

 採決の結果、賛成多数で承認され、即日公表することとされた。

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、後藤委員、武富委員、三木委員、篠塚委員、植田委員
  • 反対:中原委員

 中原委員は、(1)日本銀行はマクロ金融政策を怠りなく運営することに責務があり、このような企業金融に深入りすべきではない、(2)いったんこうしたオペレーションを開始してしまうと際限のない拡大につながりかねない、などの理由から反対した。

IV.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要

1.最近の金融市場調節の運営実績

 金融市場調節については、前回会合(11月13日)で決定された金融市場調節方針(無担保コールレート<オーバーナイト物>を、平均的にみて0.25%前後で推移するよう促す。なお、金融市場の安定を維持するうえで必要と判断されるような場合には、上記のコールレート誘導目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う)にしたがって運営した。オーバーナイト・レートの加重平均は、前積み期間(10月16日〜11月15日)が0.22%となったあと、今積み期間(11月16日〜12月15日)については、昨日(11月26日)までの加重平均で0.19%と、やや弱含んでいる。

 オーバーナイト・レートがやや弱含んでいる要因としては、預金保険機構から特別公的管理銀行(日本長期信用銀行)に対し貸し付けられた多額の資金や、北洋銀行と中央信託銀行に対する資金援助のための資金(北海道拓殖銀行の営業譲渡に伴うもの)が市場に滞留したことに加えて、年末越え資金を前倒しで確保した先が余資運用として超短期の資金放出を行ったことなどから、市場が「取り手優位」の状況となったことを挙げられる。こうした状況を受けて日本銀行では、11月16日以降、リザーブ・ニュートラルの調節を続け、20日および25日には、本年5月13日以来半年ぶりの積み下調節を実施した。この結果、ごく最近のオーバーナイト・レートは0.2%台前半に戻してきている。

 次に、ターム物金利をみると、(1)日本銀行が年末越えの資金供給を引き続き積極的に行った(年末越え資金供給オペ残が14兆円台乗せ)ことや、(2)そのもとで邦銀の年末越えの外貨資金手当てに一定の目処がついてきたことなどから、やや軟化している。

 この間、前回会合で決定したオペ・貸出面の措置を受けた市場の反応をみると、買い入れ対象となるCPの期間延長(残存期間3か月以内→同1年以内)に伴って、残存期間が3か月超のCPの適格審査の持ち込み額が大幅に増加している。こうしたCPオペの玉繰りの緩和を受けて、11月16日以降9営業日連続でCPオペを実施した結果、オペ残高は11月26日時点で、6.5兆円と既往ピークを更新した。

2.為替市場、海外金融経済情勢

(1)為替市場

 円の対米ドル相場をみると、120〜122円の狭いレンジでのもみ合いを続けているが、足許は、(1)米国株価が引き続き高値圏で推移していること、(2)日本サイドでいったん強まった消費税率引き下げ期待が後退したこと、(3)わが国の財政収支悪化懸念が円安材料として受け止められたこと、などから、若干弱含みでの推移となっている。

 一方、ドイツ・マルクの対米ドル相場は、ドイツの経済指標が予想比下振れしていることや、IMFとロシアの融資交渉が中断して年内の合意が難しくなりつつあることなどから、ジリジリと軟化している。

(2)海外金融経済情勢

 FRBは、9月29日、10月15日に引き続いて、11月17日に「金融市場では、異常な緊張状態が残っている」として、3回目の金利引き下げを決定・実施した(フェデラル・ファンド・レート:5.0%→4.75%、公定歩合:4.75%→4.50%)。

 米国経済をみると、個人消費や住宅投資が堅調であり、これを牽引役として緩やかな拡大を続けている。しかし、設備投資の動きを示す非国防資本財受注が2か月連続で減少しており、外需も、本年初めからの赤字拡大傾向が続いている。こうした需要動向を受けて、製造業では、生産、稼働率などの面で、スローダウンが目立っている。

 米国内の金融を巡る環境は、一頃に比べれば多少改善している。株価は、FRBの金融緩和、堅調な家計支出動向、ブラジル向けの国際金融支援パッケージの公表、さらには大型金融再編などを受けて、既往最高値を更新した。銘柄としては、従来のハイテク株に加えて、今回は金融株の上昇も目立っている。しかし、低格付け社債についてはスプレッドが相対的に拡大した状況が続いているほか、国債についても流動性の高い銘柄に資金が過度に集中する傾向が依然としてみられるなど、全体としては、緊張状態が引き続き残っている。こうした状況の下で、FRBは、リブリン副議長が「企業収益の長期的な期待成長率に関する市場の見方は楽観的すぎる」と発言するなど、警戒的な見方を維持している。

3.国内金融経済情勢

(1)実体経済

 前回会合以降に発表された経済指標をみると、公共工事請負金額が、9月にきわめて高い伸びとなったあと、10月は幾分減少したが、全体としては高水準を維持している。今後も、総合経済対策に伴う事業の発注等から、高めの水準で推移するとみられる。10月の輸出は、自動車輸出の集中がみられたことから大幅に増加した。もっともこうした急増は一時的で、緩やかな増加基調には変化はないとみられる。一方輸入は、内需の弱さを映じて弱含みの推移が続いている。10月の個人消費関連統計では、パソコンや一部白物家電等の売上が伸びたほかは、各種販売統計・消費者心理に関するサーベイのいずれも、一段の弱さを示している。

 こうした最終需要のもとで、10月の鉱工業生産は減少した。予測指数を踏まえると、10〜12月は7〜9月に比べて減少する見込みである。また、企業の本年度下期の収益予想をみると、製造業、非製造業ともに、これまでの増益予想が減益見込みへ転じている。この結果、雇用・所得環境は一層厳しさを増しており、失業率が過去最高水準近傍にあるほか、10月の有効求人倍率は過去最低水準を更新した。また、冬の賞与は、全体として前年をかなり下回る公算が大きくなっている。

 なお、これまで厳しい状況が続いてきた企業金融については、低格付け先や、中堅・中小企業では所要資金を確保しきれていないとする先が多いが、大企業では、日本銀行によるCPオペの積極化や、前回会合において決定したオペ・貸出面での新たな措置の公表などもあって、かなりの先で年末の資金繰りの目処が立ったとしている。また、こうした大企業では、万一の事態に備えて、手許流動性の積み上げ姿勢を積極化させている。

(2)金融情勢

 最近の金融資本市場の動きをみると、全体として、11月半ばまでの不安感はやや一服してきている。

 株価は、(1)日本銀行によるオペ・貸出面での新たな措置の公表、(2)政府の緊急経済対策の策定、(3)公的資金注入など金融システム建て直しに向けた動き、(4)消費税の一時凍結に対する思惑の台頭、(5)米国株価の既往ピーク更新といった材料に支えられて、15千円台を回復した。一方、長期金利は上昇している。市場では国債増発に伴う需給悪化懸念を指摘する声が多いが、株価の反発に連動していることなどを踏まえると、悪化一辺倒であった市場の景況感が修正されたといった面もあるようにみられる。ただし、基本的な市場地合いは依然として脆弱である。

 邦銀の年末越え外貨資金調達の動きは、かなり進捗した。この結果、為替市場におけるスワップ出来高はすでに減少に転じている。また、直先スプレッドも縮小したため、外銀の円調達コストはプラスに転化している。こうしたことを受けて、ユーロ円とTBとの金利格差やジャパン・プレミアムは、縮小した。

 もっとも、ユーロ円金利の低下は小幅に止まっている。ユーロ円金利を1か月物インプライド・フォワードレートに分解すると、年末越え金利にはピークアウト感が窺われるが、4か月後にスタートする3月末越えの金利はじりじりと上昇しており、市場の関心が年末から年度末越えにシフトしてきていることを示唆している。

 10月から始まった信用保証制度の拡充を受けて、信用保証協会の保証承諾額は大きく増加している。その利用も、中小金融機関から大手都銀にまで広がっている。また、先般の日本銀行によるオペ・貸出面での新たな措置の公表を受けて、3月末越えのCP発行が増えており、金利も最優良先で0.4%台と、銀行調達コスト(ユーロ円金利で0.7%台)を大きく下回ってきている。

V.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要

(1)景気の現状

 景気の現状については、多くの委員が、景気の悪化テンポはこれまでの政策効果などから緩やかになりつつあるが、企業や家計のコンフィデンスは未だ回復しておらず、とりあえずの小康状態と位置づける見方を示した。

 すなわち、公共投資に関しては、多くの委員から、9月以降、国、地方とも公共事業の発注が高水準に達するとともに、政府により取りまとめられた緊急経済対策の中にもかなりの規模の公共投資が盛り込まれたことを踏まえて、前回会合までに比べ、財政面からの景気下支えをより明確に期待できるようになったとの見解が述べられた。また、住宅投資についても、ある委員から、着工水準はすでに年率110万戸ときわめて低レベルまで落ち込んでおり、ここへきて、プレハブメーカーへの来客数などがやや持ち直していることを踏まえると、とりあえず下げ止まりを見込みうる状況になってきたとの発言があった。

 これらを背景に、生産の減少にも歯止めがかかりつつあるとの指摘が多く示された。

 もっとも、民間需要全般に関しては、多くの委員が、雇用情勢や企業収益の一層の悪化を背景として、企業や消費者のコンフィデンスは低迷を続けており、依然、厳しい状況にあるとの判断を下した。

 個人消費については、ある委員から、明るい材料として、パソコンや新型白物家電などの販売が堅調に推移していることを指摘する発言があった。しかし、その委員も含めて、(1)百貨店売り上げの落ち込みや、(2)消費者マインドの低迷、(3)冬季賞与の前年割れ見通しなどを踏まえて、消費動向はなお楽観できないというのが委員の共通の認識であった。また、このうちのひとりの委員からは、企業倒産や有効求人倍率が悪化傾向を辿っていることについて、家計の購買力を推し測る観点からも、その動向には警戒を怠れないとの指摘があった。

 設備投資に関連しては、今年度下期の企業収益見通しが相次いで下方修正され、減益見通しに転じたことに委員の注目が集まった。すなわち、ある委員から、企業収益は9月の日銀短観に比べてかなり下振れてきているとの見方が示されたほか、複数の委員から、こうした収益の下方修正が企業倒産や雇用に及ぼす影響を注目していかなければならないとの指摘があった。さらに、別の委員からは、最近一部にみられ始めている給与の基本部分のカットが、仮に今後広範囲に起きてくるとすれば、デフレの典型的なプロセスの一部として警戒すべき材料となりうるとの見解が示された。

 こうした企業収益のもとで、設備投資について、秋以降、計画の中止や繰り延べを行う企業が増えているとの指摘や、98年度のGDPベースの設備投資は前年比マイナス15%程度にまで落ち込むのではないかとの発言がみられた。

 以上のような検討を踏まえて、設備投資については、回復のきっかけを依然つかめておらず、景気のダウンサイドリスクとして今後とも注意していく必要があるとの見解が概ね共有された。

 この間、物価については、複数の委員から、民間部門を中心とした需要面の弱さを背景に需給ギャップが引き続き拡大しており、物価下落圧力がさらに高まっているとの懸念が表明された。

(2)金融面の動向

 金融面については、内外の金融資本市場で一時強まった信用収縮懸念が後退してきたことや、わが国金融機関、企業の年末越え資金調達も進みつつあることから、実体経済面と同様に、金融市場も小康状態にあるとの認識が概ね共有された。

 会合ではまず、米国株価が再び既往最高値を更新したこととの関連で、米国の金融経済情勢について、各委員の関心が集まった。

 すなわち米国金融市場では、8月以来、信用リスクに対する警戒感が急速に強まり、「安全性や流動性への資金の逃避」といった現象がみられたが、FRBの3回にわたる利下げの効果などから、市場の不安感は徐々に鎮静化してきており、世界経済にとって好ましい動きとの受け止め方が概ね共通のものであった。もっとも、社債と国債との利回り格差は——一頃に比べればかなり縮小したものの——、8月以前の水準までには戻りきっておらず、市場の不安定さは完全に払拭された訳ではない、との見方が大勢を占めた。

 一方、米国の実体経済については、ある委員が、住宅着工や小売売上高などの指標が強い動きを示す一方、製造業の稼働率や雇用関係の指標は弱めで推移しており、明暗交錯している状態にあるとの見方を示した。また、ほかの委員からも、米国経済が粘り腰をみせていることは世界経済にとって当面プラスに働くが、その背後でもし必要な調整が先送りされているとすれば、調整圧力がそれだけ蓄積されていることになるとして、注意を喚起する発言があった。とくに、その委員は、最近の米国の株価水準は、名目国民所得の伸び率をかなり上回る企業収益の伸びを織り込んだかたちとなっているが、これが本当に実現するかどうかについて、注視していく必要があるとの見解を述べた。さらに、もうひとりの委員は、家計の貯蓄率がマイナスになるほど消費支出が拡大していることを踏まえて、消費の持続性に疑問を呈したうえで、株価と企業収益の関係についても必ずしも安定的な状態にある訳ではないという意見を表明した。

 このような議論を踏まえて、米国株価と、その裏付けとなる米国経済の動向等については、今後とも十分注視していく必要があるというのが、各委員の共通の認識であった。

 以上のような海外市場の展開のもとで、国内の金融情勢についても、一頃の切迫感は徐々に後退してきているとの判断が、会合の大勢を占めた。

 具体的には、何名かの委員から、(1)邦銀の年末越え外貨資金調達が峠を越えて、ジャパン・プレミアムやユーロ円金利がピーク・アウトしてきていることや、(2)金融機能早期健全化法のもとで、大手行の多くが公的資本取り入れの意向を明確にしたことなどが、市場の緊張感の緩和をもたらしたものとみられるとの趣旨の発言があった。ただ、そうした委員の中にも、公的資金の注入が決まれば直ちに金融仲介機能が回復するものではないことに注意を要するとの発言もみられた。また、複数の委員から、年末の資金繰り懸念は一段落したが、市場の関心は明年3月期末越えに移ってきており、信用リスクに対する市場の警戒感は依然根強いとの指摘があった。さらに、ある委員は、3月には3兆円程度の社債の償還も控えており、年度末の企業の資金繰りは依然予断を許さないとの見方を述べた。

 また、企業金融との関連で、前回会合で決定された日本銀行のオペ・貸出面の措置や10月1日に始まった政府の信用保証制度の拡充の効果についても、幾つかの言及があった。

 何名かの委員からは、オペ・貸出面での措置のなかで、これまでに「CPオペの積極的な活用」を実施に移したが、これをきっかけに明年3月期末越えのCP発行が増加しており、すでに一定の効果をもたらしてきているとの指摘があった。また、信用保証協会の保証承諾額が急増していることも企業金融面に好影響を及ぼし始めているとの発言があり、これらの措置は、企業や金融市場から高い評価を受けているとの見方が多く示された。

 ただ、ある委員からは、信用保証制度の拡充は、潜在的な財政赤字の拡大につながりかねないものであり、先行きの日本経済を考える上で、これが顕在化するリスクも念頭に置いていかなければならないとの指摘があった。また、その委員は、これまでの金融面における様々な措置は、景気回復を通じて借り手の業況が好転することによって、所期の目的を達することになるが、景気や借り手の業況が好転しないような場合には、そうした措置は単なる借り手の延命策となって、結果的に経済全体の処理コストを高めることにつながりかねないことにも注意を要するとの発言を行った。

 以上のように、大方の委員の見方は、現在の金融市場を小康状態にあるとしたが、ある委員は、これは株式相場の反発を受けた安堵感に支えられているにすぎず、その株価の反発も外人による日本株買いによってもたらされた脆弱なものであるとの指摘を行った。その委員は、BBB格以下の企業の起債が困難になっていることや、欧米銀行が日本に対するカントリー・シーリングを一層厳格化していることなどを踏まえれば、わが国金融市場を巡る環境は潜在的には悪化している可能性があるとの、より厳しい見解を示した。

(3)景気の先行き

 景気の先行きに関しては、多くの委員が、金融市場が落ち着きを取り戻しつつあるもとで、財政支出の効果が今後さらに出てくることを踏まえると、来年前半にかけて、景気の悪化にはいったん歯止めがかかるとの見方をとった。しかし、そこから先の経済については、各委員とも、民間需要がどちらの方向に向かうかなお不確実であり、ダウンサイドリスクも依然小さくないとの、慎重な判断を下した。

 すなわち、(1)金融面で流動性確保と資本増強の両面から大掛かりなサポートが行われ、信用収縮に一応の歯止めがかかりつつあるもとで、(2)総合経済対策に加えて、緊急経済対策や大型減税などの財政拡大措置が今後に予定されていることを踏まえると、少なくとも、来年前半までは、財政面からの対策の効果が続くとみられるというのが、多くの委員に共通の認識であった。

 一方、これが民間経済主導の自律的な景気回復につながるかどうかという点に関しては、様々な観点からの議論が行われた。

 ある委員は、今後半年ないし長くても1年程度の間は、財政に引っ張られてプラス成長を期待しうるが、民間需要はいずれの方向にも振れる可能性があるとして、(1)足許の収益、賃金の下振れペースが速いことが民需の弱さを加速させてしまうリスクと、(2)プラス成長となることが消費者コンフィデンスなどを引き上げ、消費が増えるケース、の両方が考えられるとした。また、別の委員は、現実の需給ギャップの大きさや企業、消費者のコンフィデンスの低迷を踏まえると、民間需要の先行きについては不確実性が高いとみざるをえないとの見方を示した。

 さらに別の委員は、現状は、金融面の不安が鎮まったことから少し先をみる余裕が生まれ、さらに財政面の措置の決定によって底打ちの条件が一つ整ったとみることのできる局面としながらも、企業サイドで雇用と設備の大幅な調整が終わっていないことを踏まえると、日本経済が本当に底打ちしうるかどうか、微妙な段階にあるとの趣旨の発言を行った。さらに、その委員は、金融面についても、マクロレベルでは様々な政策の効果が出始めているが、ミクロレベルではなお緊張感が高く、引き続き十分な目配りが必要であるとした。

 このほか、多くの委員から、今後の景気動向を検討するうえでのポイントとして、何点かが指摘された。

 第一に、産業構造の改革に関して、ある委員が、大きな需給ギャップが存在するもとで、企業が国際的な競争に伍していくためには、体質を強化して収益力を高めることが急務であり、そのためには大規模なリストラが避けて通れないとの見解を述べた。その委員は、その際、企業はコストダウンと技術開発、商品開発の両面からリストラを行い、単なる縮小均衡ではなく、需要喚起にも注力していく必要があるとの意見を表明した。あわせて、その委員は、金融機関についても、公的資本の取り入れを含めた資本増強に対する強い期待を述べるとともに、不良債権処理や業務の再編、給与水準の見直しなど、中期計画に沿ったリストラが急務となっているとの認識を述べた。

 別の委員も、90年代の経済の特徴として、バランスシート調整が重荷となって、公的需要から民間需要への波及が遮断されていることが挙げられるとの認識を述べたうえで、中長期的にみて持続的な景気展開を展望していくうえでは、やはり、企業サイドの不良資産問題の早期解決が不可欠であるとの趣旨の発言を行った。

 これに関連して、ある委員は、金融機関の資産サイドの大規模なリストラは企業サイドのリストラを巻き込んで行われることになるとしたうえで、そうした調整過程は不可欠のものであるが、相当に痛みを伴うものであることについて改めて注意を促した。

 以上の議論との関連で、第二に、わが国民間経済が必要な調整を行っていく過程では、雇用面での調整は避けられないとして、何名かの委員から、雇用問題に対する見解が述べられた。すなわち、複数の委員が、民間企業がストック面の調整を行おうとすると、少なくともある一定期間は過剰雇用を表面化させることになるので厳しい道となるとしたうえで、雇用面でのセーフティネットの準備が不可欠との趣旨の発言を行った。また、別の委員は、現在は企業や金融機関は、市場からの評価を得るために徹底したリストラを選択せざるをえない状況にあるが、その一方で、現行の雇用調整助成金制度においては、雇用削減を行わない企業が助成金を受け取ることができるとされているため、こうした制度がある下で、企業のリストラが、所期の効果を発揮することができるのかという点について疑問を呈した。

 第三に、財政状況について、複数の委員から、今回の緊急経済対策により、財政赤字はかなりの規模に達することとなり、今後の財政運営は厳しいものにならざるをえないとの認識が表明された。このうちのひとりの委員は、地方自治体の財政悪化は深刻であり、今後の対応余力には相当程度限界があるとして注意を喚起した。また、別の委員は、今後、もう一段の財政支援を迫られるような場合には、そのアプローチなり、設計の仕方について、さらに吟味を加える必要があり、具体的には、財政資金を従来と同様に需要の追加を中心に使うのか、あるいは、供給面の調整に使うようにしていくのかをはっきりさせていくことが重要であるとの考えを表明した。

 このように、委員の多くが、財政面からの効果を背景に、少なくとも暫くの間は景気は下げ止まりを見込みうるとの立場をとったなかにあって、ある委員は、日本経済の先行きについて、ダウンサイドリスクが再び増大していくとの見方を展開した。すなわち、その委員は、(1)需給ギャップが依然拡大しているため物価の下落は加速すると見込まれること、(2)8月後半以降における円高の影響が今後表面化してくると見込まれること、(3)アメリカ経済の先行きが懸念されること、(4)国、地方とも財政面の制約が強まったこと、などを挙げたうえで、98年度の成長率は改定政府経済見通し(マイナス1.8%)を下回り、来年度もマイナス成長となる公算が高いとの見方を明らかにした。

VI.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

 以上で検討された金融経済情勢を踏まえて、当面の金融政策運営の基本的な考え方が検討された。

 多くの委員の認識は、上述のとおり、(1)わが国経済の現状は、実体経済、金融両面において小康状態にある、(2)先行きも来年前半にかけては、財政面の効果から景気の悪化に歯止めがかかることが見込まれる、(3)しかしながら民間需要が回復するかどうかについては、現時点ではなお不確実性が高い、というものであった。

 こうしたなかで、ある委員は、これまで少しずつ出てきている良い材料が景気回復へつながっていくかどうかまだ何ともいえず、金融市場も十分な安定を取り戻していないとしたうえで、引き続き、年末、年度末へ向けた企業金融の円滑化を念頭に置きつつ、これまでの思い切った金融緩和スタンスを継続し、金融システムの立て直しに関するさらなる進展や、税制改革の動向などを見守っていくことが適当との判断を述べた。

 あわせて、多くの委員は、前回会合で決定した企業金融支援のためのオペ・貸出面の措置を今後とも着実に実行するとともに、その効果の浸透を注目したいとの発言を行った。これに付け加えて、そのうちのある委員は、日本銀行がこのように企業金融との関わり合いを強めるもとでは、日本銀行のバランスシートの健全性確保に注意を怠るべきではないとの意見を表明した。

 また、長期金利が上昇の様相をみせていることについて、何名かの委員が、これに言及した。ある委員は、景気が悪ければ金利は上がらないとみるのが普通であるが、長期的な財政の姿に対する不安を映じて金利が景気実態から乖離して上昇することがないかどうか、注意深く見守りたいとの発言を行った。また、別の委員は、財政赤字の拡大に伴って長期金利が上昇すると、円高が生じることも考えられなくはないとしたうえで、仮にそうしたことが起こった場合の景気に及ぼす影響について、十分注意していく必要があるとの見解を述べた。

 以上の検討を踏まえて、金融市場調節方針については、現状の思い切った金融緩和スタンスを継続することが適当である、との意見が多数を占めた。

 こうした多数意見の中にあって、ひとりの委員は、前回会合で決定した企業金融支援のためのオペ・貸出面の措置を評価しつつ、しかし、9月9日に決定した金融緩和の効果については、目下のところ、それが経済に対して何らかの好影響をもたらしたというデータは見当たらないとの認識を示した上で、現状の金融緩和スタンスの継続に懐疑的な見方を述べた。

 一方、別のひとりの委員は、デフレ回避のために、金融調節方針の一段の緩和を主張した。その根拠として、その委員は、(1)日本経済の構造調整には相当な時間がかかること、(2)財政硬直化の兆候がかなりでてきており、今後は、財政面から大規模な景気支持策をとることは難しいとみられること、(3)デフレ的な現象が浸透しており、マイナスの名目GDPに歯止めをかける必要があること、(4)現在の需給ギャップの大きさを踏まえると、今後、物価の下落が加速する危険があること、(5)銀行への公的資本注入額が小規模にとどまりそうなことなどを挙げた。また、長期金利に関しては、定額郵貯が2000年に大量の満期を迎えることを踏まえると、貯金者が満期資金によって国債を買わなければ、国債金利は大幅に上昇することになるとの危機感を表明した。その上で、その委員は、「中期的に消費者物価(総合)の年平均の変化率を零パーセントにまで上昇させることを企図して、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.15%前後で推移するよう促すこと」を提案した。

 これを受けて、会合では、「中期的に消費者物価(総合)の年平均の変化率を零パーセントにまで上昇させることを企図して」との表現を巡って、多くの議論が交わされた。

 まず、この表現は、いわゆる「インフレーション・ターゲティング」を意味するものかとの質問に対して、これを提案した委員は、デフレを断固起こさないとの強い決意表明であって、いわゆるインフレ・ターゲティングとは全く異なるものであると説明した。あとに続いたこの表現を巡る議論のなかでも、この委員は、米国大恐慌のひとつの教訓は財貨およびサービス価格の趨勢的な下落を絶対に起こさないということであるが、その教訓と現下の情勢を併せて考えると、従来から「インフレでもデフレでもない状態」と定義している物価安定を、現状ではデフレ阻止を意味するものと捉えなおした上で、中央銀行としては、それに向けた強い決意表明を行って、物価下落が収まるまであらゆる手立てを尽くす必要があるとの立場を一貫して主張した。

 これに対して、ほかの委員は、こうした表現はインフレ・ターゲティングに近い提案と捉えたうえで、それぞれの意見を表明した。

 ある委員は、インフレ・ターゲティングの考え方そのものについて反対するものではないとの立場を明らかにしたうえで、しかしながら、そのような政策を実効あらしめる手段が現状乏しいもとで、こうしたステートメントを出すことが日本銀行のクレディビリティーに及ぼす影響をどのように考えるかといった問題がクリアされていないとの指摘を行った。また、その委員は、技術的な問題として、(1)「インフレでもデフレでもない状態」を統計上の物価指標に置き換えた場合、上昇率ゼロを意味すると捉えるのか、小幅のプラスの方が適合すると考えるのか、(2)物価指標は、提案にあるような総合消費者物価指数でよいのか、それとも他の物価指標が適当なのか、(3)どの程度の期間に達成されるべきターゲットとして考えるのか、などの外延的な問題をあわせて整理する必要があるとの見解を述べた。

 また、複数の委員から、物価指数の目標とコールレートを0.1%引き下げることとの間の整合性について、疑問を呈する意見が述べられた。あわせて、そのうちのひとりの委員は、こうしたターゲットを表明することが人々の期待(デフレマインド)に働きかけることになるという考え方に対しても、疑問を呈した。

 別の委員は、日本銀行法第2条には金融政策の目標として「物価の安定」が明記されており、インフレもデフレも回避するよう努めることは日本銀行としての当然の責務であるとしたうえで、この点が世の中に明らかになっている以上、あえて具体的な数値を示す必要は感じないとの考えを示した。

 このほか、別の委員は、金融政策の運営上、当面、真正デフレの防止に力を尽くすことにウェイトを置くのは当然であるが、そうした決意表明を、インフレ・ターゲティングのかたちで行い、さらに、それを調節方針のディレクティブのなかに書き込むことには無理があるとの認識を示したうえで、決意の表明は別なかたちで表現していくことが可能ではないかとの見解を述べた。

VII.政府からの出席者の発言

 会合の中で、経済企画庁からの出席者から、次のような発言があった。

  • 11月16日に、政府は、11年度のプラス成長を確実にするとともに、12年度には景気を回復軌道に乗せることを狙いとする、緊急経済対策を決定した。対策としては、金融システムの安定化、信用収縮対策を第一番目に据えるとともに、個別対策では、雇用や住宅対策を従来以上にふんだんに盛り込んだほか、世界経済リスクへの対応についても言及している。
  • 金融政策については、緊急経済対策にもあるように、引き続き適切かつ機動的な運営をお願いしたい。また、そうした観点からは、本日決定された企業金融支援のための臨時貸出制度については、積極的に支持したい。

VIII.採決

 以上の検討を踏まえて、わが国経済は、これまでの財政・金融両面からの政策の効果などから、来年前半にかけて景気の悪化に歯止めがかかる見通しにあるが、その先の経済については、需給ギャップやデフレ圧力などの残存を踏まえると、なお不確実性が高く、ダウンサイドリスクも小さくないとの認識が、多くの委員の間で共有された。こうした認識のもとで、当面は、財政政策、金融システム対策の効果、さらには税制改革の動向などを見守りつつ、金融政策面では、現在の思い切った金融緩和スタンスを継続し、前回決定したオペ・貸出面での措置を着実に実行していくべきとの意見が大勢を占めた。

 ただし、日本経済において、デフレスパイラルが本格的に進行することを阻止するとの観点から、金融市場調節方針をさらに一段緩和すべきとの提案も出されたため、次の2つの議案が採決に付されることとなった。

 中原委員からは、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、「中期的に消費者物価(総合)の年平均の変化率を零パーセントにまで上昇させることを企図して、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.15%前後で推移するよう促す。なお、金融市場の安定を維持するうえで必要と判断されるような場合には、上記のコールレート誘導目標にかかわらず一層潤沢な資金供給を行う」旨の提案が提出された。採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。

 議長からは、会合における多数意見をとりまとめる形で、以下の議案が提出された。

議案(議長案)

 次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとし、別添のとおり公表すること。

 無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.25%前後で推移するよう促す。

 なお、金融市場の安定を維持するうえで必要と判断されるような場合には、上記のコールレート誘導目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、後藤委員、武富委員、三木委員、植田委員
  • 反対:中原委員、篠塚委員

 中原委員は、(1)企業による過剰設備と過剰雇用の調整には時間がかかるとみられること、(2)財政面からの景気支持策の対応余力に限界がみえてきたこと、(3)物価の下落が加速しそうな状況にあること、を踏まえると、日本銀行としてデフレからの脱出という決意をはっきりと示すために、もう一段の金融緩和を行うべきとの観点から、上記議長案に反対した。

 篠塚委員は、現在の金利水準は異常な低水準であり、現時点では9月9日の利下げ効果についても十分に評価できるだけの材料に乏しいため、現行スタンスの継続は支持し難いとして、上記議長案に反対した。

以上


(別添)
平成10年11月27日
日本銀行

当面の金融政策運営について

 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、当面の金融政策運営について現状維持とすることを決定した(賛成多数)。

以上