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金融政策決定会合議事要旨

(1999年 3月12日開催分)*

  • 本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、99年4月9日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

1999年 4月14日
日本銀行

開催要領

1.開催日時
99年3月12日(9:01〜12:19、13:11〜16:07)
2.場所
日本銀行本店
3.出席委員
  • 議長 速水 優(総裁)
  • 藤原作弥(副総裁)
  • 山口 泰(  副総裁  )
  • 後藤康夫(審議委員)
  • 武富 将(  審議委員  )
  • 三木利夫(  審議委員  )
  • 中原伸之(  審議委員  )
  • 篠塚英子(  審議委員  )
  • 植田和男(  審議委員  )
4.政府からの出席者
  • 大蔵省   谷垣禎一 政務次官(9:01〜11:04)
    武藤敏郎 大臣官房総務審議官(13:11〜16:07)
  • 経済企画庁 今井 宏 政務次官(9:01〜11:14)
    小峰隆夫 物価局長(11:15〜16:07)

(執行部からの報告者)

  • 理事黒田 巌
  • 理事永田俊一
  • 金融市場局長山下 泉
  • 国際局長村上 堯
  • 調査統計局長村山昇作
  • 調査統計局早川英男
  • 企画室参事(企画第1課長)山本謙三

(事務局)

  • 政策委員会室長小池光一
  • 政策委員会室調査役飛田正太郎
  • 企画室調査役門間一夫
  • 企画室調査役栗原達司

I.前々回会合の議事要旨の承認

 前々回会合(2月12日)の議事要旨(グリーンペーパー)が全員一致で承認され、3月17日に公表することとされた。

II.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要

1.最近の金融市場調節の運営実績

 金融市場調節については、前回会合(2月25日)で決定された金融市場調節方針(より潤沢な資金供給を行い、無担保コールレート<オーバーナイト物>を、できるだけ低めに推移するよう促す。その際、短期金融市場に混乱の生じないよう、その機能の維持に十分配意しつつ、当初<注:2月12日の金融政策決定会合時点>0.15%前後を目指し、その後市場の状況を踏まえながら、徐々に一層の低下を促す。)にしたがって運営した。すなわち、前回会合以降、短期金融市場に対する資金供給スタンスをさらに強めた結果、オーバーナイト・レートは、3月4日には0.03%まで低下した。今積み期間(2月16日〜3月15日)の平均レートは、前営業日(3月11日)までで0.08%となっているが、そのうち資金供給スタンスを一層強めた2月26日以降の平均レートは、0.06%まで低下している。

 前回会合以降の金融調節と短期金融市場の反応を詳しくみると、3つのステージに分けることができる。第1のステージは2月26日〜3月1日である。この時期は、短期金融市場に対する資金供給額を増額したが、月末月初の決済資金需要が強く、また生保などの資金運用サイドが普通預金金利(0.1%)との関係を強く意識してオファーレートを0.1%台に堅持したため、レートは0.09〜0.10%で下げ渋った。第2のステージは、月末・月初要因が剥落し、資金の繁忙感が和らいだ3月2〜4日である。金融調節で資金供給額のさらなる拡大を図ったところ、市場は日銀のゼロ金利を目指す姿勢を改めて確認するかたちとなり、オーバーナイト・レートは0.03%まで低下した。この間、ターム物金利や長期金利がオーバーナイト・レートの動きを受けるかたちで低下したほか、株価も上昇した。こうした中で、オーバーナイトの取引は急速に縮小した。これを踏まえて、その後の第3のステージでは、積み上幅を幾分抑え気味に運営した。この結果、オーバーナイト金利はやや強含み気味となったが、水準としては引続き0.05%以下のきわめて低いレベルで推移している。

 オーバーナイト・レートがゼロ近傍まで低下したあとの金融調節の留意点としては、次のような点が挙げられる。第1に、コール市場取引が、ダイレクト・ディール(短資を介さない当事者間の直接コール取引)や普通預金にシフトしているため、コール市場残高が2月12日以前と比べると2割弱減少している。これまでのところ、資金調達サイドは調達手段の多様化を図っており、資金決済などに支障は生じていない。しかし、金利が現在の水準まで低下してからまだ日が浅く、また、市場取引が縮小する中でこれから年度末に向かうことを踏まえると、オーバーナイト金利の定着度合いと、それに伴う市場の動きを引き続きよくフォローしていく必要がある。第2に、オーバーナイト金利がゼロ近傍まで低下した状況の下で、日本銀行の資金供給オペに対して、市場参加者が実際にどの程度応じてくるかが読みづらくなっている。

2.為替市場、海外金融経済情勢

(1)為替市場

 前回会合以降の円の対米ドル相場は、不安定な相場展開となった。2月末から3月初めにかけては、日米の景気動向に一層の格差がついてきているとの見方が強まったほか、国内市場金利が大きく低下したこともあって、円は3か月ぶりの円安水準となる124円近くまで下落した。しかし、その後警戒感が強まり、昨晩(3月11日)はドイツのラフォンテーヌ蔵相辞任の報を受けてユーロが対米ドルで急反発したことにつれて、円も119〜120円の水準まで戻してきている。

 ユーロの対米ドル相場は、ECBの利下げ観測や、欧州の政策当局者からユーロ安容認発言が続いたことなどから、軟調な展開が続いた。しかし、ECBに対してこれまで金融緩和を強く求めてきたラフォンテーヌ蔵相が辞任したことを、市場ではユーロの買い材料と受け止めたことから、ユーロは急反発している。この間、ユーロの対ポンド相場も、英国において強めの経済指標の発表が相次いだことなどから軟化を続けたが、足許は反発している。

 ブラジル・レアルの対米ドル相場は、3月初めに最安値を更新したあと、ブラジル中銀による政策金利の引き上げや、財政改革に関するIMFとの合意を踏まえて経済改革プログラムが策定されたことなどを受けて、急速に反発している。

(2)海外金融経済情勢

 米国景気は拡大を続けている。家計支出は、良好な所得環境等を背景に堅調な伸びを維持しているほか、製造業受注も幾分改善している。こうした中で、物価は落ち着いた推移を辿っている。

 米国株価(ダウ工業株30種)は、2月雇用統計(3月5日公表)の発表を受けて、10,000ドル目前まで上伸した。銘柄としては、これまで相場のリード役であったテクノロジー関連やインターネット関連の株価が引き続き堅調である。しかし、市場では、たとえばテクノロジー関連株のPER(株価収益率)が50〜70倍に達したことなどを踏まえて、環境の変化によっては株価が急落するリスクがあるとの見方も出ている。FRBグリーンスパン議長も、こうした株価動向について、議会証言の際に警戒的にみている旨の発言を行っている。

 ユーロエリアの景気は総じてみると緩やかな拡大を続けている。ただ、国によって事情は相当異なっており、フランス、スペインなどで堅調な拡大が続く一方で、ドイツ、イタリアでは、経済成長の減速が明確化している。

 英国では、外需の減少や生産の低下が続いているが、このところ、製造業の受注悪化に幾分歯止めがかかりつつある。

 東アジア諸国では、韓国の生産に持ち直しの動きが窺われるが、その他の国では、景気は引き続き調整局面にある。

3.国内金融経済情勢

(1)実体経済

 足許の最終需要をみると、設備投資は、依然として大幅な減少を続けている。家計支出については、個人消費はなお低調の域を出ていないが、住宅投資が下げ止まっている。また、純輸出は横這い圏内での推移となっているが、公共投資は引き続き増勢を示している。こうした最終需要の動向や在庫調整の一段の進捗を背景に、生産は下げ止まっている。

 以上のように、景気は、足許、下げ止まりの様相を呈している。

 この間、物価面では、国内卸売物価が引き続き下落基調にあり、企業向けサービス価格も軟化を続けている。一方、消費者物価は弱含み基調にあるが、下落テンポの加速はみられていない。

 景気の先行きについては、公共工事の発注が2〜3月に急増しているとみられるため、公共投資は、来年度入り後大幅に増加すると予想される。住宅投資は、3〜4月以降、低水準ながら持ち直しが期待される。また、地域振興券の支給や所得税減税も、家計所得の減少を減殺する要因として働くことが期待される。目下のところ、企業の生産スタンスは極めて慎重なものに止まっているが、在庫調整はかなり進捗してきているだけに、このような公共投資、住宅投資などの増加によって、4〜6月頃に生産活動の水準が切り上がる可能性も一概には否定できない状況になりつつある。

 しかし、現在の所得環境からみて、こうした需要の増加が、設備投資などの誘発につながりにくい状況にあるということに、基本的な変化はない。加えて、3月期決算の大幅な悪化を背景に、企業は支出抑制を一段と強める方向にある。このため、雇用・賃金が相当抑制的となるほか、リストラが強化されたり、過去の膿出しに耐え切れずに大型倒産が発生したりすると、消費者心理の悪化を通じて、個人消費の押し下げに働くリスクもある。こうした点を踏まえると民間需要が回復する可能性に関しては、現時点では、引き続き慎重にみておくことが必要である。

 物価は、当面、下落基調を続けると見込まれる。やや長い目でみれば、需給ギャップが明確に縮小する展望が拓けていない中にあって、賃金の低下がサービス価格に現れてくる可能性があることを踏まえると、物価の下落テンポが速まるリスクにも注意していく必要がある。

 当面の経済情勢を考えるうえでの最大の注目点は、(1)今後企業が策定するリストラ計画やベア圧縮は、どの程度のデフレ圧力を経済に及ぼすのか、あるいは、資本市場がこうした企業努力をどのように評価するのか、(2)3月末の金融機関への公的資本の投入は、企業の整理淘汰を進めデフレ圧力を生じさせることになるのか、あるいは、金融機関の融資姿勢の緩和に繋がるのか、といったことである。

(2)金融情勢

 最近の金融面の動きを概括すれば、金融市況に明るい動きが出てきている一方、民間部門の資金需要は未だ低迷が続いている状況にある。

 短期金融市場では、2月12日の日本銀行による一段の金融緩和措置を受けて、オーバーナイト金利、ターム物金利がいずれも大幅に低下した。また、最近の特徴は、一昨年秋の大型金融破綻以来の最大の懸案であった「金融システム不安」が後退してきたようにみられることである。ジャパンプレミアムの急低下にみられるように、日本銀行による流動性供給や公的資本投入に向けた具体的な動きの進展を背景に、邦銀の流動性リスクや信用リスクに対する市場の警戒感は徐々に後退してきている。

 この間、コール市場残高は、機関投資家が一部資金を普通預金にシフトさせたことから、2割弱減少している。これまでのところ市場取引の縮小に伴って資金決済面で支障が生じるといった事態はみられていないが、市場における資金の流れに大きな変化が生じているだけに、その動向を十分注視していく必要がある。

 長期債市場では、神経質な地合いのなか、短期金利の動きを受けるかたちで、長期金利が低下している。株価も、外人勢の買いなどから15,000円台半ばまで強含んで推移している。株式市場では、(1)円相場の下落や、(2)米国株価の上昇、(3)公的資本投入に向けた動きの進展、さらに最近では、(4)企業の合理化努力など、が好感をもって受け止められているようである。

 金融の量的側面に関連して、企業の資金需要面をみると、設備投資のための資金需要が低迷を続けているほか、金融機関の慎重な融資姿勢を踏まえて、企業が防衛的に手許資金を積み上げる動きも収まってきている。一方、民間銀行は、企業業績が悪化するもとで、基本的に慎重な融資姿勢を維持している。ただ、金融機関自身の資金調達を巡る懸念が後退してきているほか、金融機関の自己資本面からの制約も、公的資本の投入などにより緩和される方向にある。こうしたもとで、民間銀行は信用リスクの小さい融資——たとえば、信用保証制度を活用した融資や優良企業への貸出など——に、積極的に取り組む姿勢を示してきている。

 この結果、企業金融を巡る逼迫感は和らいできている。ただ、信用リスクに対する金融資本市場の警戒感は根強く、格付けが低めの企業などでは依然厳しい調達環境にある先が少なくない。こうした企業金融の動きが、今後、年度末や新年度入り後に向けてどのような展開を辿るか、注目していく必要がある。

III.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要

(1)景気の現状

 景気の現状については、各委員からほぼ一致して、執行部が示した「景気は、足許、下げ止まりの様相を呈している」との見方に違和感はない、との判断が示された。

 その具体的なあらわれとして、多くの委員から、(1)公共投資が増勢を続けていること、(2)住宅投資も、低水準ながら下げ止まり、持ち直しの兆しがあること、(3)在庫調整が一段と進捗し、生産も下げ止まっていること、などが指摘された。また、このうちひとりの委員からは、中小企業の景況感にも若干改善する兆しがみられるとの発言があった。

 しかし、それと同時に、それらの委員は、個人消費が低調な動きを続けており、設備投資も大幅に減少するなど、企業収益や雇用・所得環境の悪化を軸としたマイナスの循環は依然続いているとの指摘も行った。このうち設備投資については、ひとりの委員より、大蔵省発表の法人季報では98年10〜12月の設備投資が中小企業を中心に前年比18.7%減少しているが、これはGDPをかなりの程度押し下げる可能性が高く、きわめて深刻な状況にあるとの見解が述べられた。

 会合では、こうした明暗双方の材料がある中で、ここ1か月の動きを総括してみると、少なくとも景気のさらなる落ち込みを示す材料は乏しく、わずかではあるが明るい材料が増えつつあるとの見方が多く示された。これらを踏まえて、景気は全体として下げ止まってきているとの認識が大勢を占めた。あわせて、ひとりの委員は、景気一致指数の動きからも、景気がとりあえず下げ止まっていることが確認できると発言した。

(2)金融面の動向

 金融面では、前回会合以降、日本銀行による一段の潤沢な資金供給を受けて市場金利などが大きく反応していることをどのように評価するかという点について、委員の関心が集まった。議論の結果、2月の金融緩和措置は金融市況にとりあえずかなりの効果をもたらしたと評価できるが、その一方で、金融市況には、将来の金融政策に対する様々な思惑も影響しているとの見方が多く示された。また、短期金融市場や企業金融面における一時の逼迫感が後退してきたことが、景気の下げ止まりに寄与しているとの趣旨の発言も多くみられた。

 まず、今回の金融緩和に対する市場の反応に関して、何人かの委員から、(1)ターム物金利がオーバーナイト金利以上に大幅に低下したこと、(2)長期金利も低下したこと、(3)円相場が軟化したこと、(4)株価も上昇したこと、さらには、(5)ジャパンプレミアムもほぼ解消したことなどが指摘され、これらを全体としてみると、かなりの緩和効果が出ていると判断できるとの発言があった。もっとも、このうちのひとりの委員からは、こうした動きは、金融緩和措置以外にも、公的資本投入に向けた具体的な動きの進展や、大蔵省による国債発行面等での工夫、さらには米国株価の上昇なども大きく寄与しているとの指摘があった。また、委員の多くからは、金融緩和措置の効果だけでなく、オーバーナイト金利がゼロ近傍に近づくにつれて、先行きの金融政策に対する様々な思惑が強まったことが金融市況に影響した面もある、との見方が表明された。

 一方、別のひとりの委員は、今回の金融緩和措置が効いたのは、(1)2月12日の金融緩和の決定が市場にとって予想外であったこと、(2)2月末以降、オーバーナイト金利がゼロ近傍に向けて一気に低下したこと、さらには(3)こうした動きを受けて、市場では日銀のスタンスが相当強く、量的緩和も視野に入れているとの認識が広まったこと、などが背景であるとの意見を述べた。

 このような認識を踏まえて、何人かの委員は、今回の金融市況の動きが、先行きの金融政策に対する思惑や過大な期待を含んだものであるとすると、いずれある程度の修正場面を迎える可能性があることも覚悟しなければならないとの慎重な見方を示した。

 このうちのひとりの委員は、長期金利が2月初をピークに低下してきたことに関して、これまでは、金融緩和措置よりも、国債の発行年限の見直しや資金運用部の買い入れといった需給要因のほうが効果があったとみていたが、最近の長期金利の低下をみる限りは、金融緩和措置に対する反応も大きく、需給要因と金融緩和効果の双方が長期金利の低下につながったと解釈することが適当なのではないかといった趣旨の発言を行った。

 株価についても、複数の委員から、最近の株価の上昇は、一段の金融緩和に加えて、公的資本の投入や企業の経営合理化などを好感した外人勢の日本株買いによるものであるとの指摘があった。そのうえで、それらの委員の一部は、こうした要因だけで相場が長期にわたって支えられるかどうかは疑問であるが、最近の株価上昇の背後には、リスクプレミアムの大幅な縮小やキャッシュ・フローの改善による収益の回復期待が織り込まれている面もあり、明るい材料とみなすことができるとの見解を示した。

 その一方で、株価の持続性に関しては、慎重な見方も少なくなかった。ひとりの委員からは、現在の株価は、金融緩和効果のほかに、公的資本の投入、米国株価の上伸、さらには外人勢の日本株買いなどの外部環境によって支えられている面が強く、肝心の企業収益が改善していないため、基本的には脆弱な要素を残しているとの発言があった。このほか、別のひとりの委員より、自分は現在の株価が量的緩和政策への強い思惑などによって支えられており、ミニバブル的な様相があるとみているが、こうした思惑が剥がれたり、米国株価が10,000ドルに到達して目標達成感が強まったりすると、4〜6月頃の相場に反動が現れることもありうるとの見方が示された。

 企業金融については、各委員より一頃の逼迫感が後退したとの指摘があった。

 ひとりの委員は、公的資本の投入に向けた動きや、信用保証制度の拡充等によって、年度末にもかかわらず企業金融は落ち着いているとの認識を述べた。別の委員からは、こうした政府サイドの動きに加えて、日本銀行による金融緩和措置が浸透した結果、金融機関や企業にとっては十分な資金が確保されており、これまで強く懸念してきた3月期末の企業金融も様変わりの緩和状態になっているとの見解が示された。そうした認識を踏まえて、その委員は、ほかのもうひとりの委員とともに、現在の企業金融を巡る問題は、資金が十分に用意されているにもかかわらず、企業の資金需要が乏しく、結局その資金がうまく使われていないことにあるとの指摘を行った。

 これに関連して、複数の委員は、ここにきて店頭株やゴルフ会員権の相場が上昇していることと、こうした企業金融面における緩和感の広がりとの間に、関係があるのかどうかを留意しておく必要があると発言した。

 以上のような金融面の動向を総括して、複数の委員は、昨年来採られてきた政府による金融システム建て直しに向けた取り組みと、日本銀行による流動性の供給によって、短期金融市場や企業金融の逼迫感は大きく緩和しているとしたうえで、このような状況は景気の下げ止まりをもたらすとともに、企業や家計のコンフィデンスの回復に向けた条件を整えるひとつの材料になるとの認識を披瀝した。

(3)景気の先行き

 景気の先行きについては、多くの委員の間で、目先は下げ止まりから景気持ち直しを期待できる可能性があるとしながらも、民間経済の動きが引き続き鈍いため、景気回復の展望は依然明確になっていないとの認識が共有された。

 まず、ひとりの委員からは、今後緊急経済対策の効果がより明確に現れ、住宅投資にも少しずつ動きが出てくるとみられるほか、短期金融市場や企業金融も落ち着いてきているため、少なくとも目先に関する限り、景気は底這いから多少の持ち直しを期待できるとの見方が示された。

 また、別の委員は、景気の先行きをみる場合には、これまでに採ってきた政策対応と最近における市場環境の大きな変化を、どのように評価するかがポイントとなるとしたうえで、ほかのひとりの委員とともに、現在のような株価動向が続けば、金融機関における自己資本面からの制約の緩和や企業の含み損の解消などを通じて、経済のダウンサイドリスクが軽減されるのではないか、との見解を示した。

 しかし、これらの委員を含めて多くの委員は、これまでのところ民間需要の自律回復を示す材料がほとんど得られていないため、先行きを楽観的にみることはできない、との立場を採った。

 まず、複数の委員から、企業収益や雇用・所得環境、設備投資や個人消費の動きは引き続き弱く、民間経済が直ちに好転するとは考えにくいとの発言があった。

 ほかのひとりの委員は、(1)景気一致指数の動きに景気の下げ止まりが窺われるのは事実であるが、その指数は一部百貨店の閉店セールや、求職者数減少による有効求人倍率上昇といった特殊要因の影響を受けている面があること、(2)景気先行指数は低下したこと、を踏まえると、景気が先行き反転していく契機は引き続き見出せていない、と発言した。また、企業の3月決算は、業況の不調に加えて、連結決算スタート前に過去の「負の遺産」を削ぎ落とす必要もあって、経常利益で2〜3割減、当期利益で半減すると言われていると述べたうえで、このような厳しい決算のあとでは、企業は支出行動を抑制したり、リストラを本格化させる可能性が高いとの見方を表明した。

 さらに別の委員は、景気の底這い状況は4〜6月にかけても続こうが、現在は、業種別、企業別、さらには商品別でも明暗が区々になっており、たとえば企業の生産動向をみると、(1)自動車業界では、決算対策としての販売嵩上げを企図して1〜3月に増産したが、結果的には、販売不振で在庫が積み上がったため、4〜6月にはかなりの減産を余儀なくされるとみられること、(2)素材産業では、4〜6月の水準が、設備投資や民間建築需要の弱さを背景に、当初ボトムとみていた1〜3月からさらに落ち込み、殊に粗鋼生産は30年ぶりの低操業となる見込みにあるといった事情を紹介した。加えて、その委員は、消費者コンフィデンスにも言及し、足許は、(1)政策減税や金融システム安定化の動きがよい影響をもたらしており、(2)そうした中で、当初は雇用か賃金かの二者択一を迫るというかつてないベア・ゼロ交渉になって、非常に厳しくなるとみられていた今次春闘も、最終的には非常に冷静に受け止められたことから、徐々に底入れしつつあるとした。一方、先行きについては、企業のリストラに伴う賃金所得の減少を背景にコンフィデンスが再び悪化すると、新商品・新技術開発が掘り起こす消費者の購買意欲をも打ち消してしまう惧れがあると指摘した。

 こうしたなかで、もうひとりの別の委員は、本年10〜12月以降の展望がまったく得られていないとして、景気の先行きに対する厳しい認識を示した。その根拠として、その委員は、企業を取り巻く環境を踏まえると、今後は大規模なリストラが見込まれ、大型の企業倒産の発生も危惧されるとしたうえで、(1)雇用・所得環境が悪化しており、消費支出への悪影響が考えられること、(2)現状の過剰設備を踏まえると、今後大規模な設備廃棄が実施されない限り、設備投資の2000年度の回復すら危ぶまれること、(3)住宅投資の増加は夏頃まで続く可能性があるが、所得環境が今後の制約要因となることを考えると、むしろそれ以降の反動減が危惧されること、(4)公共投資は本年10〜12月以降について全く展望がないこと、(5)輸出面についても、昨年伸びた欧州向けが減少する可能性が高く、米国向けも貿易摩擦問題が懸念されること、などを指摘した。そのうえでその委員は、こうした認識は、景気の長期先行指標の動きが、先行き8〜11か月の間に回復過程入りする可能性が殆どないことを示していることとも合致する、との趣旨を付け加えた。

 また、何人かの委員は、今後の景気動向を見通すためのひとつの着目点として、公的資本が投入されたあとの金融機関の融資行動を挙げ、金融機関の融資姿勢がどの程度前向きになるか、また、企業のリスクテイク能力をどのように支えていくのか、といった点がポイントとなるとの認識を示した。このうちのひとりの委員は、公的資本の投入によって金融機関行動に直ちに大きな変化が現れるとは考えにくいが、少なくとも、むやみに貸出回収を進めるような動きは鎮静化するのではないかとの見方を述べた。

 さらに物価については、ある委員が、消費者物価の下落が予想したほどには大きくないことを指摘したうえで、現時点ではそれが基調的なものであるのか、あるいは一時的、技術的な要因によるものであるのかを判断することは難しく、賃金の下落傾向が現れるとみられる4月以降の動きに注目したいと発言した。

 このほか、景気の先行きに対する展望との関係で、構造調整に関する発言も多くみられた。

 まず、複数の委員から、これまで、財政・金融の両面から採り得る限りの政策対応が実施されてきたが、今後は、民間サイドが本腰を入れて構造調整に取り組む番であるといった趣旨の指摘があった。このうちのひとりの委員は、金融政策としてオーバーナイト金利をゼロ近傍まで低下させてきた中にあって、将来に向けた正しい処方箋を描くためには、官・民あるいは財政・金融のそれぞれの分野で、(1)今後民間サイドにはどのような努力が求められるのか、また(2)財政面では、需要創出には偏らず、経済構造改革に軸足を移した財政支出や税制改正をどのように進めていくのか、といったことを、総合的に考えていく必要があるとの見解を披瀝した。別の委員も、現下の巨大な需給ギャップを埋め合わせるためには、公共投資等の需要面からの施策だけでは不十分であり、過剰設備や過剰雇用の調整が不可避となっているとした。その上で、まずは民間サイドができるだけの努力を重ね、それを政府の失業対策、設備廃棄に関する促進税制、さらには土地の流動化策などがサポートしていくといったかたちで、いわば、財政、金融そして民間の合わせ技で景気回復を図っていくことが必要となろうとの認識を明らかにした。

 ほかの委員からは、企業がバブル崩壊後引きずってきた「負の遺産」を特別損失に計上して処理することは「過去への訣別」であり、これが経済の立ち直りにつながれば、いわゆる「創造的破壊」となるとの発言があった。しかし、その委員は、現実には前向きの動きが出ないままに、過去の清算の影響が先行するリスクも大きく、その場合には、マクロ的にはデフレ色が強まりやすい旨を付け加えた。

 また、別の委員も、設備の廃棄と過剰雇用の整理を伴う構造改革は、経済にマイナスの影響を及ぼすとしたうえで、これに対する政策的なバックアップが必要であるとの考えを述べた。ただし、その委員は、そのようなバックアップは、金融政策の範疇ではないとの判断を付け加えた。

 なお、何人かの委員からは、構造調整に関する市場の受け止め方について、最近では、必ずしもデフレ・プレッシャーとしてばかりではなく、株価の反転・上昇が示すように、場合によっては、ポジティブに受け入れられるケースが増えているとの指摘があった。とくに、このうちのひとりの委員は、バブル崩壊後の日本経済では、構造調整のもたらすデフレ・プレッシャーや景気全体の下向きの力が、構造調整のプラスの効果をことごとく打ち消してきたとの整理を示したうえで、今回は、政策的なサポートもあって経済全体が幾分持ち直しに向かう局面にあるだけに、場合によっては、そうした構造調整のプラス効果が打ち消されることなく前向きの力につながっていくこともありうるのではないか、との期待感を表明した。

IV.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

 以上で検討された金融経済情勢を踏まえて、当面の金融政策運営の基本的な考え方が検討された。

 多くの委員の間の経済情勢に関する認識をあらためて整理すると、(1)緊急経済対策の本格的な実施、住宅投資の持ち直し、さらには在庫調整の進捗などを背景に、足許の景気は下げ止まりの様相を呈しているほか、(2)2月の金融緩和措置は、政府による信用保証制度の拡充や公的資本投入の動きなどとも相俟って、短期金融市場や企業金融面での逼迫感の後退をもたらしており、所期の効果を挙げている、(3)しかしながら民間経済は依然低迷を続けており、景気回復への展望はなお明確になっていない、といったものであった。

 これらを踏まえて、当面の金融市場調節方針については、現在の金融市場調節方針を維持し、思い切った金融緩和スタンスを継続していくことが、会合での大勢意見となった。

 こうした判断に際しては、何人かの委員から、オーバーナイト金利がゼロ近傍まで低下してから、まだ数日しか経っておらず、現在は、市場の状況をよく見ていくことが必要な段階にあるとしたうえで、そうした観点からも、金融市場調節は、現行のディレクティブに沿って継続することが適当であるとの発言があった。具体的には、オーバーナイト金利をゼロ近傍で安定させる作業はまだ道半ばであり、オーバーナイト金利がゼロ近傍で定着するために必要十分な資金を供給しながら、(1)普通預金などへの資金シフトを含め、コール市場取引はどの程度減少するのか、(2)そうしたもとで、短期金融市場における資金決済などが支障なく行われていくのか、といったことを慎重にチェックしていく必要がある、との指摘が示された。

 また、このうちのひとりの委員は、日銀がインターバンク市場に対する資金供給を大幅に増やしても、準備預金制度の適用先金融機関の多くが超過準備をもとうとせず、その資金が短資会社などの準備預金制度非適用先に流れ込んでいることを指摘し、そのことが何を意味するのか、また、こうした動きが今後とも持続するのかなどを、注意深く検討していく必要があるとの見解を述べた。

 また、別の委員からは、潤沢な資金供給が全うされているもとで、ゼロ近傍のオーバーナイト金利が、普通預金金利や短期プライムレートにどのような影響を及ぼしていくかを見守りながら、金融緩和効果の浸透に注目していきたい旨の発言があった。

 このように、最近の金融経済情勢を踏まえて、金融市場調節方針は現状維持とし、引き続き市場の動向を慎重に見極めたいとする意見が大勢を占めるもとで、そのうちの何人かの委員は、金融市場などにおいて、今後の金融政策に対して過大な期待が生まれているのではないかとの懸念を表明した。

 ある委員は、このところ市場に、「財政政策の発動余地が乏しくなっているので、あとは金融政策に頼るしかない」との風潮がみられるとしたうえで、自分としては金融政策面からの有効な対応はほとんどすべて打ってきたつもりであるとの認識を明らかにした。さらに、その委員は、これまですでに財政・金融政策面からの対応はほぼ限度一杯のことを実施してきており、今後の日本経済にとっては、民間部門が構造調整を進め易い環境づくりをすすめることが重要であるとの見解を示したうえで、金融政策への過大な期待を生む最近の傾向は、日本経済にとっての真の処方箋から目をそらさせかねないとの危惧を表明した。また、他の委員のなかにも、この意見に同調を示す見解が少なくなかった。このうちひとりの委員は、金融政策運営がゼロ金利という未知の領域で行われているため、内外からこれに関する様々な意見や思惑が出てくることは止むを得ないとしながらも、中央銀行としては、すでにギリギリまで政策対応をとってきている以上、こうした声に一喜一憂することなく、誤りのない金融経済情勢の判断と適切な金融政策運営に努めていく責務があるとの考え方を述べた。

 一方、これらとは異なる立場からの意見もあった。

 すなわち、ひとりの委員は、景気の先行きに関する厳しい見方を背景に、追加的な金融政策の発動が必要であるとの従来からの主張を繰り返した。その委員は、3月決算の大幅悪化を受けて、企業が新年度入り後にリストラに着手して支出の抑制を図ったり、場合によっては大型倒産が発生するリスクもあるといった状況認識を示したうえで、2月12日の金融緩和措置だけではもはや不十分であり、追加的かつ抜本的な政策措置の早期実施を強調した。具体的には、金利の引き下げ余地がほとんどなくなって、いわゆる「流動性のわな」に陥っている状況の下では、この際金融政策のレジームを変えて、目標とする物価水準を示しながら、量的な緩和を図ることを主張した。その委員は、そうした政策転換を図れば、(1)人々にとってわかりにくくなっている金融市場調節方針の意味が明確になり、透明性を高めることになるほか、(2)マネタリーベース(=流通現金+準備預金)の伸びを示すことによって、日銀の金融緩和スタンスがより明確にもなる、といった説明を行った。また、これまで日本銀行は、政策目標である物価の安定について、「インフレでもデフレでもない状態」と定義しつつも、具体的な物価上昇率を設定してこなかったが、今後は目標とする物価上昇率を明示することによって、日銀の物価安定に対する姿勢を国民に伝え、アカウンタビリティーを高めていくことが重要である、との考えを付け加えた。

 あわせて、この委員は、何人かの委員が「金融政策面から効果のある措置はすでにほとんど実施してきた」との認識を表明したことに対して異なる立場にあることを明確にした。

 これとは逆に、別のひとりの委員からは、現行の金融市場調節方針のもとでゼロ%に近いオーバーナイト・レートを維持することに反対する意見が示された。その委員は、ここにきて金融緩和措置の効果が、株価の上昇、為替円安の動き、さらには金融市場の落ち着きなどに徐々に現れてきているとしながらも、その一方で、こうした動きは金融緩和以外の外部環境要因——米国株価の高騰、外人勢の日本株買いなど——に支えられている面も多いため、単純には評価できないとの認識を示した。さらに、その委員は、現状の金融緩和によってコール市場の規模が縮小していることについて言及し、市場参加者の資金繰りに過不足が発生した際に、コール市場に、直ちにこれを調整しうる機能が備わっていることの意義は大きく、その意味からも、超低水準のオーバーナイト金利を維持することによって市場が一層縮小するようなことは避けるべきである、との主張を付け加えた。

 このように、当面の金融市場調節方針に関しては、現状維持とする意見や、一段の追加的な変更を求める意見、超低金利に反対する意見が出たが、これとは別に、一部の委員から、現在のディレクティブは、ゼロ%というオーバーナイト金利が調節運営の「アンカー」となっているとの見方ができる一方、これだけでは十分な「アンカー」が用意されているとは言い難いとの見方もできる、との指摘があった。これを受けて、オーバーナイト金利の目標に加えて、新たな操作目標を付け加えることをどう考えるかという点について、活発な議論が展開された。

 ひとりの委員は、そうした問題意識のもとに議論を整理すると、理論的には、オーバーナイト金利の操作目標に加えて、「ターム物金利」か「超過準備などの量的指標」を操作目標に付け加えることが考えられるとしたうえで、その得失を紹介した。まず、前者のターム物金利を操作目標に付け加えることに関しては、(1)安全資産であるTB3か月物金利を操作対象としようとすると、金利がすでにゼロ%近くまで低下しているが、それでよいか、(2)一方、ユーロ円金利3か月物等の場合は、オーバーナイト金利に比べて相対的に大きなリスクプレミアムを内包しているが、そうしたものを操作対象とすることでよいか、(3)ターム物金利を操作対象として、これをだんだんと長めのものに延ばしていこうとすると、いずれ、長期金利も操作できるのではないかとの誤解を惹起しかねないが、それでよいか、などの問題点を指摘した。次に、後者の量的指標を操作対象とすることについては、まず、1979〜1982年の米国では、リザーブコントロールを行おうとしたが、金利の乱高下という事態を招いたことや、マネーサプライ目標をうまく達成できなかったとの経験を紹介した。その上で、インフレ率と中長期的な潜在成長率に加えて、その他のいくつかの変数に関する前提を置いて、これと整合的とみられるマネタリーベース(=流通現金+準備預金)、ないし超過準備に、具体的な操作目標を設定する場合の試算を行ってみたとした。その結果は、前提の置き方によって、操作目標にかなりの幅ができてしまうとの試算結果となり、こうした方針を採用するなら、より緻密で、かつ技術的な検討が必要であるとの発言を行った。また、マネタリーベースの伸びをかなり高めようとすると、流通現金が大幅に伸びてこない限り、大量の超過準備を供給していく必要がでてくるが、これはオペ面でのフィージビリティーがあることなのかどうか、疑問があるとの整理を行った。

 一方、前述のとおり量的操作目標の導入による追加的な金融緩和政策の実施を主張した委員は、オーバーナイト金利をゼロ近傍に維持していけば、ターム物金利が期間の短めのものから順々にゼロ近傍に向けて低下していくのは当然であり、ターム物金利をコントロールすることは意味がないと発言して、量的指標ターゲット導入の必要性を繰り返した。また、前述の委員から指摘のあったオペの実施面でのフィージビリティーには、特段の問題はないとの認識を示した。

 これに対して別の委員は、ターム物金利と量的指標のいずれを操作対象にするにしても、オーバーナイト金利のコントロールと比較すれば、操作可能性は低下するとの認識を示した。このうち、量的指標のコントロールについては、(1)まず、時系列モデルによって、最近の量的指標(マネーサプライ、マネタリーベース)と実体経済指標(長短金利、株価、物価、GDP)の関係を検証すると、97年第4四半期以降は、それまでの安定的な相互関係が失われていることを指摘したうえで、(2)かりに、今回のような大きな金融システムショックが加わった場合に、マネタリーベースなどの量的金融指標を拘束力のある目標と設定していると、それが機動的な政策対応をとることに対する制約要因となって、実体経済の振幅をかえって拡大させる惧れがあるといった趣旨の発言をした。さらに、その委員は、(3)今後をみても、2000年問題や2001年4月のペイオフ開始など、量的指標と実体経済との関係を不安定化させる要因がいろいろあるとして、量的指標を設定しコントロールする可能性には否定的な立場をとった。一方、ターム物金利のコントロールについては、オペレーションの対象となる市場や商品の金利形成を歪めかねないとのリスクはあるが、オーバーナイト金利コントロールからの連続性という観点からは、量的指標のコントロールに比べればわかりやすいと言えるのではないか、との暫定的な見解を示した。

 このほかの何人かの委員からも、量的指標を政策運営のターゲットとすることについて慎重な意見が示された。

 ある委員は、金融政策のトランスミッション・メカニズムとして、引き続き金利を軸に据えて考えているとの認識を述べた上で、ターム物金利がゼロ近傍のもとでいくら量的な拡大を図っても、その効果は、所詮ターム物等の金利が低下しうる範囲でもたらされる効果以上のものではないと認識しているとの見解を表明した。また、その委員は、もし金利がゼロであっても量を出せば何らかの効果があるとする立場をとると、際限なく量を市場に注ぎ込めばよいということになるが、それは将来のインフレの要素を膨らませていくだけで、結局、目にみえて物価が上がり出してはじめて量の拡大をやめる、すなわち、インフレの進行をもたらすことになるのではないか、との懸念を表明した。

 これに対して、量的緩和を主張している委員は、目標とする物価上昇率やマネタリーベースの伸びを設定しておけば、際限なく量を注ぎ込んでしまうとか、インフレの進行をもたらすといった心配は当らないとの趣旨の反論を行った。

 別の委員からも、政策運営としては、将来のインフレの種を蒔くようなことは断固として行うべきではないとしたうえで、量の拡大に注目する議論は、金融はまだまだ緩和できるという過大な期待をもたらし、国債引き受けや買い切りオペの増額など、財政赤字をファイナンスする政策につながりかねない危険があるのではないかとの認識が示された。

 ほかの委員は、ここでいったん金利の軸足を放棄して量的なコントロールに切り替えると、再び金利を軸にした政策には戻れなくなるのではないか、との懸念を示した。そのうえで、現在のディレクティブ——金利をできるだけ低めに推移するよう促す——では、金利の「アンカー」が示せないということであれば、現状のオーバーナイト金利である0.03〜0.05%という数値を明示したうえで、金利ターゲットの維持を強調すべきではないかとの考えを述べた。

 これらとは別に、もうひとりのほかの委員は、金利に軸足を置いた政策を続けるにしても、(1)オーバーナイト金利をゼロ近傍に安定させるためには、自然体としてどの程度のリザーブが必要か、(2)市場に対して、日銀が量的指標コントロールに切り替えたとの誤解を与えないようにしながら、何らかの量的なレファレンスを示すことはできないか、といった点を、経験を踏まえながら検討することはそれなりに意味があるかもしれないとの指摘を行った。こうした指摘については、複数の委員より共感を示す意見が述べられた。

 以上のように、オーバーナイト金利の目標に、新たな操作目標を付け加えることをどう考えるかとの議論については、様々な見解が提示され、現時点で明確な結論には至らなかった。

 ただ、一部の委員からは、現在のディレクティブは、市場取引が大幅に縮小して市場機能が損なわれることのないよう配慮することを明示している以上、オーバーナイト金利をゼロ%近傍に維持するうえで、必要かつ十分な資金量を供給するという意味合いがすでに込められているとの指摘があり、この点は市場関係者にも理解が行きわたっているとみられるとの発言があった。このうちのひとりの委員からは、仮にオーバーナイト金利がゼロ%近傍である限りいくら資金を供給してもよいとの解釈をとると、ターム物金利もゼロ近傍まで低下して取引が殆ど行われない状態になる惧れがでてくるが、それはやはりディレクティブの趣旨に反すると考えるべきではないかとする見解が表明された。その上で、オーバーナイト金利がゼロ近傍という未知の領域に入っている以上、ある程度手探りをしながら進まざるをえないことは事実であるが、現在のディレクティブの意味するところが不透明ということではないとの趣旨の意見が述べられた。

V.政府からの出席者の発言

 会合の中で、政府からの出席者も発言した。まず、大蔵省からの出席者から、以下のような趣旨の発言があった。

  • わが国経済の現状は、景気の改善を示す動きが幾分みられるものの、全体としては低迷状態が長引いて、依然としてきわめて厳しい状況にあると判断している。こうしたもとで、平成11年度予算案については、当面の景気回復に向け全力を尽くすとの観点にたって編成したところであり、現在は参議院において審議中である。政府としては、引き続き、緊急経済対策をはじめとする諸施策の実施に全力で取り組んでまいりたい。

 経済企画庁からの出席者からは、次のような趣旨の発言があった。

  • わが国の景気は、民間需要が低調なため、依然としてきわめて厳しい状況にあるが、各種の政策効果に下支えされて、このところ下げ止まりつつある。政府としては、緊急経済対策に示された諸施策を推進することにより、不況の環を断ち切り、自律的な景気回復が実現するよう、全力を尽くしていく所存である。金融政策については、引き続き十分な流動性の確保に努める等、適切な運営をお願いしたい。

VI.採決

 多くの委員の認識をあらためて総括すると、(1)景気は、足許、下げ止まりの様相を呈しており、それには、短期金融市場や企業金融の逼迫感が大きく緩和していることも相当程度寄与している、(2)しかし、民間経済の動きは依然として鈍く、景気回復の展望は明確になっていない、(3)現在は、オーバーナイト金利がゼロ近くまで低下してからまだ日が浅く、市場の状況をよく見ていくことが必要な段階にある、というものであった。

 こうした認識を背景に、当面は、前回会合で決定した金融市場調節方針を維持すること——すなわち、(1)市場機能の維持に十分配慮しながら、(2)資金を潤沢に供給することによって、(3)オーバーナイト金利をできるだけ低めに推移するように促すこと——が適当であるという意見が大勢を占めた。

 また、議案を取りまとめる際には、最近のオーバーナイト金利の実績を踏まえると、ディレクティブの表現の一部(「当初0.15%前後を目指し、その後市場の状況を踏まえながら、徐々に一層の低下を促す。」)がもはや過去のものとなりつつあることをどう考えるかについて、意見の交換が行われた。議論の結果、(1)金融政策運営方針が現状維持であるにもかかわらず、ディレクティブの文言を大きく修正すると、かえって市場の混乱を呼び起こしかねないこと、また、(2)これまでのディレクティブの表現を維持しても、市場が調節運営の方向を誤解するとは考えられないことから、結局、従来どおりの文言を維持することとなった。

 その一方で、景気情勢についてとりわけ厳しい見方をとる委員からは、これまでも繰り返し強調してきたように、(1)先行きの景気回復シナリオが全く描けていない状況のもとでは、(2)様々なダウンサイドリスクが顕現化して下方へのモメンタムが加速する前に、金融政策面で、追加的かつ抜本的な措置を実施する必要があり、この際、量的緩和による金融緩和策を打ち出すべきであるとの考え方が示された。

 この結果、次の2つの議案が採決に付されることとなった。

 中原委員からは、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、「中期的にCPI(除く生鮮、間接税)の前年比が1%程度となること(99年10〜12月平均の前年同期比:1±0.5%、2000年10〜12月平均の前年同期比:0.5〜2%)を企図して、次回金融政策決定会合までの超過準備額を現状比5,000億円程度拡大し、その後も継続的にこれを増加させることにより、本年第4四半期(10〜12月)のマネタリーベースの前年比(四半期平均対前年同期比)が10%程度に上昇するよう量的緩和(マネタリーベースの拡大)を図る。」との議案が提出された。

 採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。

 議長からは、会合における多数意見をとりまとめる形で、以下の議案が提出された。

議案(議長案)

 次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとし、別添のとおり公表すること。

 より潤沢な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す。

 その際、短期金融市場に混乱の生じないよう、その機能の維持に十分配意しつつ、当初(注)0.15%前後を目指し、その後市場の状況を踏まえながら、徐々に一層の低下を促す。

  • (注)「当初」とは、2月12日金融政策決定会合時点。

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、後藤委員、武富委員、三木委員、植田委員
  • 反対:中原委員、篠塚委員

 中原委員は、(1)本年4月以降、企業が厳しい3月決算を踏まえて、支出削減姿勢を再度強めた場合、景気のダウンサイドリスクがかなり高まると見込まれること、(2)したがって、ただちに量的緩和による金融緩和策を打ち出す必要があること、さらに(3)現状のディレクティブにおいては、金融市場調節のターゲットがきわめて曖昧であること、などを理由に挙げて、上記採決において反対した。

 篠塚委員は、現在の経済状況は、巨大な需給ギャップを埋めるために、産業構造調整、規制緩和、税制・年金改革などが求められている。こうした状況のもとで、過度な金融緩和への期待が強まると、安定した金利体系を壊してしまう危険性があるとして、上記採決において反対した。

VII.金融経済月報「基本的見解」の検討

 当月の金融経済月報(アイボリーペーパー)に掲載する「基本的見解」が検討され、採決に付された。採決の結果、「基本的見解」が全員一致で決定され、それを掲載した金融経済月報を3月16日に公表することとされた。

以上


(別添)
平成11年 3月12日
日本銀行

当面の金融政策運営について

 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、当面の金融政策運営について現状維持とすることを決定した(賛成多数)。

 すなわち、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針は、以下の通りである。

 より潤沢な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す。

 その際、短期金融市場に混乱の生じないよう、その機能の維持に十分配意しつつ、当初(注)0.15%前後を目指し、その後市場の状況を踏まえながら、徐々に一層の低下を促す。

  • (注)「当初」とは、2月12日金融政策決定会合時点。

以上