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金融政策決定会合議事要旨

(1999年 3月25日開催分)*

  • 本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、99年4月22日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

1999年 4月27日
日本銀行

開催要領

1.開催日時
99年3月25日(9:00〜12:42、13:30〜15:35)
2.場所
日本銀行本店
3.出席委員
  • 議長 速水 優(総裁)
  • 藤原作弥(副総裁)
  • 山口 泰(  副総裁  )
  • 後藤康夫(審議委員)
  • 武富 将(  審議委員  )
  • 三木利夫(  審議委員  )
  • 中原伸之(  審議委員  )
  • 篠塚英子(  審議委員  )
  • 植田和男(  審議委員  )
4.政府からの出席者
  • 経済企画庁 堺屋太一 長官( 9:00〜11:02)
    河出英治 調整局長(11:03〜15:35)

(執行部からの報告者)

  • 理事黒田 巌
  • 理事松島正之
  • 理事永田俊一
  • 金融市場局長山下 泉
  • 国際局長村上 堯
  • 調査統計局長村山昇作
  • 調査統計局早川英男
  • 企画室参事稲葉延雄 (9:00〜9:17)
  • 企画室参事(企画第1課長)山本謙三

(事務局)

  • 政策委員会室長小池光一
  • 政策委員会室調査役飛田正太郎
  • 企画室企画第2課長田中洋樹 (9:00〜9:17)
  • 企画室調査役門間一夫
  • 企画室調査役栗原達司
  • 金融市場局調査役後 昌司 (9:00〜9:17)

I.前々回会合の議事要旨の承認

 前々回会合(2月25日)の議事要旨(グリーンペーパー)が全員一致で承認され、3月30日に公表することとされた。

II.オペ手続きの整備等に関する執行部提案および採決

(1)執行部提案の内容

 TB・FBオペおよび債券売買オペの手続きの整備等に関して、執行部より以下の提案があった。

(a)TB・FBオペの統合

 FB(政府短期証券)の発行が原則として市中公募入札により行われることとなったことなどを受けて、金融調節の一層の円滑化を図る観点から、TBオペとFBオペを統合して「短期国債オペ」とし、手続き全般を以下のように見直した

表 TB・FBオペの統合
  現行TBオペ 現行FBオペ 統合後(「短期国債オペ」)
売買方式 買現先のみ 売現先のみ 買現先および売現先
── 短期国債(TB・FB)オペとして一本化。
現先オペ
期間
期間の制限なし 同左 6ヶ月以内
金利決定方式 利回り入札方式
固定利回り方式
利回り入札方式 利回り入札方式のみ

(b)債券売買オペについて対象先選定を含めた手続きの整備

 債券売買オペについて、手続きを以下のように見直したい。

表 債券売買オペについて対象先選定を含めた手続きの整備
  現行 変更後
オペ実施店 本店
支店(昭和54年以降実績なし)
本店のみ
オペ対象先 金融機関、証券会社 金融機関、証券会社、証券金融会社、短資業者
── 他のオペと同様。
オペ対象
債券
国債、政保債(20年以上実績なし) 国債のみ
金利・価格決定方式 市場の動向等を勘案して決定(実際には、利回り入札方式で実施) 利回り入札方式

 また、債券売買オペについて、金融調節に関する事務手続きの一層の明確化を図る観点から、オペ対象先選定基準を定めることとしたい。その際、他のオペについて整備してきた対象先選定基準と、基本的には同様の考え方に基づくものとする。

 すなわち、具体的な選定基準としては、(1)本行本店の当座預金取引先であること、(2)日銀ネットの利用先であること、(3)信用力が十分であること、の3点。また、これらを満たす先の数が、オペの円滑な実施のために適当な数を上回る場合には、流通市場におけるプレゼンス等を勘案して選定する。対象先は、原則として、年1回見直しを行うこととしたい。

 なお、今回の債券売買オペにおける対象先選定基本要領の制定により、昨年春以降進めてきたオペ対象先選定手続きの見直し作業は一巡することになる。

(c)FBの担保としての取り扱いの変更

 FBの発行が原則として公募入札により行われることとなったことなどを踏まえ、FBを本行与信の担保として幅広く認めていくこととしたい。具体的には、手形貸付担保のほか、当座勘定根抵当としても受け入れ可能とし、担保価格の設定(時価の95%以内)等所要の手続きを整備するとともに、本件については別添1のとおり対外公表することとしたい。

(2)採決

 以上の執行部提案が採決に付され、全員一致で可決された。

III.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要

1.最近の金融市場調節の運営実績

 金融市場調節については、前回会合(3月12日)で決定された方針(より潤沢な資金供給を行い、無担保コールレート<オーバーナイト物>を、できるだけ低めに推移するよう促す。その際、短期金融市場に混乱の生じないよう、その機能の維持に十分配意しつつ、当初<注:2月12日の金融政策決定会合時点>0.15%前後を目指し、その後市場の状況を踏まえながら、徐々に一層の低下を促す)にしたがって運営した。

 新積み期入りとなった3月16日以降も、積み上幅(=翌営業日から積み期間の最終日まで積み続ければ所要準備をちょうど満たすことになる金額に対して、当日為決時点<通常17時、準備預金制度上の計算時点>の準備預金額がいくら上回ると見込まれるかを示す金額、日本銀行が朝方の調節時点で予想したもの)を1兆4千億円〜1兆5千億円前後と大幅なものとする調節を連日実施し、レートの低位安定に努めている。この結果、オーバーナイト・レートは、このところ0.03〜0.04%前後で推移している。この水準は、短資会社の仲介手数料を勘案すると、市場取引において到達しうるほぼ最低レートとみることができるため、オーバーナイト・レートは実質ゼロ%の水準で落ち着いて推移していると言える。

 ターム物金利をユーロ円金利によってみると、引き続き低下基調を辿っている。この結果、民間銀行間の取引金利であるユーロ円金利と、信用リスクのないTBの金利との格差は、非常に小さくなってきている。ある大手銀行の発行したCDの金利が、TB金利を下回るという逆転現象も生じている。このように、短期金融市場では、信用リスクや流動性リスクに対する市場参加者の意識が、薄れた状況となってきている。

 2月12日以降の金融緩和措置をここまで実施してきた経験から、短期金融市場の動向に関して留意しておくべきことが3点ある。

 第1に、運用資金がDD取引(=短資会社を経由せずに資金の取り手と出し手が直接行う取引)や普通預金にシフトしていることから、コール市場の規模が縮小を続けていることである。無担保コール市場だけでみると、金融緩和措置以降、市場規模は約3割縮小している。また、短期金利がきわめて低い水準で、総じて落ち着いた動きを続けていることから、金融先物取引の出来高が落ち込むといった影響も出ている。

 第2に、資金がきわめて潤沢に存在し、いつでも市場から資金を取れるとの安心感のもとで、準備預金(=準備預金制度が適用される金融機関の日銀当座預金)から、準備預金制度非適用先、とくに短資会社の日銀当座預金へ向けて、多額の資金が流出している。この結果として、準備預金額の実績値は、当日朝における日本銀行の予想値に比べて、結果的にかなり小さめになる状況が続いている。このことは、(1)日本銀行の予想値を基準に算出されている「積み上幅」と実際の積み進捗との間に、かなりの乖離が生じてしまうことを意味するとともに、(2)準備預金や超過準備のコントロールが意外に難しいことを示唆しているように思われる。

 第3に、オペの金利がゼロ%近傍まで低下してきており、一部に札割れ(=有効な入札額が当初の資金供給予定額に達しないこと)といった現象もみられている。

 市場の機能という点では、これまでのところ、個別の資金決済が滞るといったような支障は生じていない。ただ、当面、以下の3点に注目しながら、引き続き、市場機能の維持に配意していく必要がある。第1に、普通預金金利の低下の影響や、最大の出し手である投信の資金運用スタンス、さらには余剰資金を抱え込んでいる短資会社のビヘイビアなどによっては、短期金融市場における資金フローが今後も大きく変化する可能性がある。第2に、大手銀行は、これまでの慣性もあって、超過準備を持たない方針を続けているが、そうしたスタンスが今後変わる可能性もなしとしない。第3に、目先は年度末要因によって資金フローが影響を受けるとみられるほか、新年度入り後はFBの公募入札化に伴って市場構造の変化が起きる可能性がある。

2.為替市場、海外金融経済情勢

(1)為替市場

 円の対米ドル相場をみると、日本経済の先行きに対する悲観的な見方がやや後退するもとで、欧米投資家による円資産比率引き上げの動きがみられていることなどから、幾分円高の地合いとなっている。もっとも、わが国通貨当局が大きく円高に振れることを容認しないのではないかとの市場の見方や、NATO軍によるユーゴ空爆等を背景とする「有事のドル買い」などが、円高方向への動きに歯止めをかけている。このため、このところ、概ね117〜118円での揉み合いとなっており、目先は年度末を控えていることもあって、大きな変動が生じる可能性は小さいとみられる。

 この間、ユーロの対米ドル相場は、概ね横這い圏内で推移しているが、NATO軍によるユーゴ空爆を受けて、地合いとしては不安定になりつつある。ユーロの対英ポンド相場は幾分低下しているが、これは、ユーロエリアの景気が英国以上にスローダウンしつつあることを反映したものとみられる。

(2)海外金融経済情勢

 米国の株価動向をみると、ニューヨーク・ダウは、3月16日の取引開始後まもなく一旦1万ドルを突破した。しかしその後は、(1)ハイテク関連を中心とする企業収益見通しの下方修正、(2)利食い売り、(3)ユーゴ情勢の緊迫化、などを背景に反落している。債券市場では、30年債利回りが、耐久財受注が弱めであったことなどから低下しているほか、2年債利回りも、ユーゴ情勢緊迫化を受けた「安全性への逃避(flight to quality)」からやや低下している。

 ロシア情勢をみると、IMFとの間でのプログラムの見直しが、実務レベルでは基本合意に達しつつあり、近々トップ会談が予定されるところとなった。同国では、本年中に支払いの到来する対外債務が175億ドルにのぼると伝えられているだけに、IMFプログラム交渉の今後の進展は非常に注目される。

 中南米諸国では、ブラジルのIMFプログラムが概ね順調に進んでいるとみられることや、OPECの減産強化による原油価格の上昇等を背景に、為替相場、株価とも、全体として比較的落ち着いた動きとなっている。

 東アジア諸国をみると、IMFプログラムと取り組んできた韓国、タイ、インドネシアで、経済調整策が総じて良好に進展してきている。他方、中国については、輸出が低調であることなどから、為替市場では、人民元が切り下げられるのではないかとのルーマーが折にふれて浮上している。しかし、中国政府は、貿易収支が黒字を維持していることなどを指摘しつつ、そうした見方を否定している。

3.国内金融経済情勢

(1)実体経済

 前回会合以降明らかになったいくつかの経済指標は、「景気は、足許、下げ止まりの様相を呈している」という前回の判断に沿った動きであった。

 具体的にみると、公共工事請負金額は、国の第3次補正予算分の発注が本格化したことなどから、2月は大幅に増加した。3月も高水準となることが見込まれる。

 純輸出については、月々の振れや特殊要因を均してみれば、実質輸出、実質輸入とも、横這い圏内で推移している。

 設備投資は大幅な落ち込みを続けており、99年度についても、日本経済新聞社や日本開発銀行のアンケート調査結果からは、引き続き深い調整局面となることが予想される。

 個人消費関連では、2月の都内百貨店売上高は、一部店舗の閉店セールにより大幅に増加した1月の反動からかなりの減少となったが、10〜12月の水準を維持していることなどからみて、減少傾向に歯止めがかかりつつあるようにも窺われる。消費者コンフィデンス関連の指標も、下げ止まりつつある。3月入り後は、家電販売はパソコンを中心に堅調を維持している一方、百貨店売上高は前年割れが継続、乗用車は引き続き低迷、と区々の動きとなっている模様である。このように、個人消費は、さらに落ち込んでいくリスクは小さくなってきているが、さりとて上向く状況にもなっていない。

(2)金融情勢

 金融市況をみると、とりわけ民間銀行のターム物金利の低下が目立っている。すなわち、2月の金融緩和措置前に比べると、オーバーナイト・レートの低下幅は0.2%強であるのに対し、3か月物ユーロ円金利は、0.5%程度も低下している。また、3か月物のユーロ円金利を、1か月物のインプライド・フォワード・レートに分解してみると、年度末を越える1か月物が、1月には1%強であったのに対し、最近は0.2%を割る水準まで急低下している。ジャパン・プレミアムも、概ね解消するに至っているほか、個別行間の乖離も縮小している。これには、(1)日本銀行による一段の金融緩和のほか、(2)大手銀行に対する公的資本投入に向けた動きが着実に進んできたこと、(3)金融機関自身による外貨資産の圧縮、といった要因が働いているものとみられる。

 また、CPの発行金利が、最優良銘柄(3か月物)で0.1%程度まで低下してきている。普通預金金利や短期プライムレートも、都銀の多くがすでに引き下げている。このように、金融緩和の効果は、インターバンク市場を通じて、企業金融面にも徐々に及んできているように窺われる。

 マネーサプライ(M2+CD)前年比は、1月+3.6%の後、2月も+3.5%にとどまった。もっとも、1月、2月については、前年における伸び率が高かったことの影響が大きい。すなわち、98年1月、2月は、金融システム不安の広がり等を背景に、マネー対象外資産(投信、信託、金融債)からマネー対象資産へ、大幅な資金シフトが生じたが、本年はそうした動きがみられていない。実際、前年の影響を受けない3か月前比年率でみると、1月、2月とも4〜5%程度の堅調な伸びを続けている。

 ただ、現在は、企業が先行きの資金繰り懸念や3月末の社債大量償還を踏まえて、手許資金を積み上げている面もあるため、金融システム不安の後退などとともに、今後マネーサプライの伸びがどのように展開していくか注目される。

 なお、マネタリーベース(=流通現金+準備預金)の前年比は、12月、1月と大幅に落ち込んだ後、2月はやや持ち直しており、3月もすでに明らかになっている日銀券の伸びをみる限り、さらに幾分持ち直してきている。

 この間、1〜2月の企業倒産件数をみると、信用保証制度拡充を背景に、前年を4〜5割程度も下回る状況となっている。

IV.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要

(1)景気の現状

 景気の現状をみると、前回会合以降明らかになった経済指標は、「景気は、足許、下げ止まりの様相を呈している」という前回の判断に沿った動きであったという点で、委員の意見は概ね一致した。

 何人かの委員から、景気が下げ止まりつつある状況を裏付ける材料として、公共工事の発注が大幅に増加していることや、住宅投資が目先持ち直すとみられること、さらには個人消費関連の指標が全体として悪化に歯止めがかかっているように窺われることなどが指摘された。

 もっとも個人消費については、ある委員から、3月入り後の百貨店やスーパーの売上高、さらには乗用車の販売動向に関するヒアリング情報をもとに、不振が続いている点を強調する見方が示された。その委員からは、そうした個人消費動向や、設備投資の大幅な落ち込みが続いていること、さらには輸出が一進一退の動きにとどまっていることなどを踏まえると、1〜3月の実質成長率がプラスに転じるかどうかはやや疑問であるとの発言があった。

 また、春闘による賃金上昇率が史上最低となる見込みであることについて、複数の委員から、個人消費に悪影響が及びかねない要因として懸念が示された。ただ、そのうちのひとりからは、そうした厳しい結果を労働組合側が冷静に受け入れた背景として、物価の安定も寄与しているとの指摘があり、物価の安定に対する日本銀行の責務の重要性を改めて感じさせるものであったとの見解が述べられた。なお、その委員からは、企業年金、定年延長、成果主義といった雇用制度の根幹に関わる議論が先送りされたことの問題点が強調された。

(2)金融面の動向

 金融面については、多くの委員から、一頃とは状況が一変して、実体経済へも好影響が及ぶことを期待しうるような明るい動きが出てきていることへの言及があり、当面、そうした市場動向の持続性を注意深く見守っていくことが適当という点で、委員の認識は概ね一致していた。

 具体的にみると、まず金融市況の動きについては、多くの委員から、金融緩和の効果や公的資本の投入などを背景に、(1)流動性リスクやインターバンクの信用リスクに対する警戒感の顕著な後退、(2)長期金利・為替相場の落ち着き、(3)株価の持ち直し、といった望ましい動きが出てきたことが指摘された。

 とりわけ、ターム物金利やジャパン・プレミアムの大幅低下に反映されているような、インターバンク市場を中心とした流動性リスクや信用リスクに対する警戒感の顕著な後退について、多くの委員が注目した。こうした現象の背景としては、(1)オーバーナイト・レートを事実上ゼロ%にするというような思い切った金融緩和の効果が、流動性に対する安心感の高まりや、金融緩和の長期化に対する期待の醸成という形で顕在化していること、(2)公的資本の投入等によって金融システムの安定化が進んでいること、といった点などが指摘された。

 もっとも、ジャパン・プレミアム縮小等の主因は、あくまでも金融システムが安定してきたことであって、金融緩和はそれほど重要な要因ではないのではないかとの意見を述べる委員もいた。その委員は、金融緩和よりは、むしろ日本の金融機関が海外業務を急速に縮小させていることの方が強く影響しているのではないか、との見解であった。

 別の委員は、ターム物金利の低下し始めたタイミングが、2月12日の金融緩和に先立って公的資本の増額が打ち出された頃であった事実などからみて、金融システムの安定化がターム物金利の低下に影響したことは明らかとの認識を示した。もっとも、その委員は、オーバーナイト・レートが常にゼロ%近傍に維持されるという期待が強まったことで、金融機関が長めの資金をビッドアップして調達する動機を持たなくなってきている——これがまさに、流動性リスク・プレミアムの縮小にほかならない——と考えられるため、その意味でやはり日本銀行の金融緩和スタンスがターム物金利の低下に寄与した面は大きいとの見解を述べた。

 さらに、その委員は、準備預金制度の観点から必要とされる以上の資金を日本銀行が恒常的に供給するようになった結果として、短資会社など準備預金制度非適用先に生じた余剰資金の滞留が、ターム物金利に低下圧力を加えている可能性に言及した。すなわち、その委員は、1日の最後において短資会社に滞留する余剰資金は、従来であれば日本銀行が午後の売出手形オペで吸収していた資金にほかならないとしたうえで、売出手形よりは短資会社の日銀当座預金の方が、いつでも使える資金が市場に準備されているという意味で、流動性リスク・プレミアムの押し下げに寄与している可能性があるとの仮説を述べた。もっとも、その委員自身も、この点について確証があるわけではなく、もうしばらく様子をみたいとのスタンスであった。

 株価については、金融政策に対する期待との関連で、いくつか発言があった。ある委員からは、最近の株価上昇は、主として、日本銀行が量的緩和に踏み切ったとの認識に基づく海外投資家の動きによるものとの見方が示された。

 もうひとりの委員は、短期金利の低下幅が小さい割には、株価が明確に持ち直したとの評価をもとに、市場において、金融政策に対する過大な期待が生じている可能性を指摘した。もっとも、この委員は、あくまでもそうした可能性を指摘したにとどまり、それ以上の強い判断は避けた。

 一方、別の委員からは、ごく最近の相場は必ずしも海外投資家だけで支えられているわけではなく、国内の個人や機関投資家からも、株式市場に資金が向かっているとの指摘があった。

 銀行貸出や企業金融の側面については、緩和感が明確に強まってきているという意見と、そうは言ってもなお慎重にみておくべきとという点にウェイトを置いた意見とが出された。

 ある委員は、2月12日の金融緩和の最も大きな効果は金融機関の流動性懸念を後退させたことにあるとの見方を示したうえで、少なくとも、流動性の面での制約から金融機関の貸出が難しくなるといった状況は、解消されてきたのではないかとの見方が示された。

 別の委員は、こうした変化をさらに強調する形で、日本銀行による潤沢な資金供給や、公的資本の投入を軸とした金融システム建て直しの動き、さらには公的資本受け入れの前提として金融機関から金融再生委員会に提出された経営改善計画のもとで、大手金融機関の融資姿勢は、従来とは様変わりに前傾化しつつあるとの見解を示した。その委員は、そうした金融機関行動の変化と、信用保証制度の拡充の効果から、企業金融面ではかなりの緩和感が広がっており、年度末に対する不安もみられないとの認識であった。

 さらに別の委員も、極度の信用不安が和らいできたことが多少の消費者マインド持ち直しに寄与しているとみられることや、自己資本比率の制約を意識して強引な貸出回収に向かうという金融機関行動が影を潜めてきたことなど、金融面から実体経済に及んでいたマイナスの影響が薄らいできたことを指摘した。もっとも、その委員は、金融機関の与信姿勢は直ちに大きくは変わらないとの認識であり、最近の金融機関を取り巻く環境の変化が今後中小企業の経営や設備投資に前向きの変化を及ぼしていくかどうかについては、経営改善計画の遂行状況と併せて、引き続き注意深くみていくべきとのスタンスをとった。

 もうひとりの委員は、こうした点についてさらに慎重な意見であった。すなわち、その委員は、経営改善計画のもとで金融機関が今後融資額を増加させるとしても、内容的にどれだけが優良な中小企業の設備投資を促す性格のものとなるかについては不透明感がきわめて強く、結局再び信用保証の拡大に頼ることになりかねないのではないかとの懸念を示した。

 この間、複数の委員から、確かにインターバンク市場における信用リスクは後退しているようにみえるが、国債利回りと社債利回りの格差や、格付け別の社債利回り格差等から判断すると、個別企業の信用リスクについては、引き続き市場で強く意識されているとみられることが指摘された。

 以上のように、流動性リスクや信用リスクが大きく後退し、企業金融面にも好影響が及びつつある情勢に対し、金融政策とリスク・プレミアムとの関係をどうみるかについて、何人かの委員から意見が述べられた。

 ある委員からは、例えば3か月物のユーロ円金利とTB金利との格差が0.1%以下にまで縮小してきている状況について、市場参加者がリスクに鈍感になっていて、インターバンクの信用リスクに関して行き過ぎたリスク・テイクが行われていないか、という点にも注意しながら市場の動向をみていく必要があるとの意見が述べられた。

 これに関連して、別の委員からは、信用リスクや流動性リスクがほとんど意識されない現在の状況が、預金のペイオフが開始される予定の2001年4月が近づいてもなお持続しうるものなのか、あるいは一時的なものに過ぎないのかについて、今後ともみきわめていく必要があるとの見解を述べた。

 もうひとりの委員も、日本銀行の金融緩和や政府の信用保証制度拡充などによって、企業倒産が激減しているという最近の状況については、ある種の行き過ぎが生じている可能性を認めた。しかし、その委員は、仮に多少の行き過ぎがあったとしても、昨年秋頃の情勢に鑑みれば、その後採られてきた政策はやはり必要な政策であったと言わざるをえないとの評価を示し、金融緩和等が、金融資本市場を覆っていた極度の不安心理を鎮静化させ、とりあえず市場の安定化に成功しつつあることは重要なポイントとの見解を述べた。

 マネーサプライについては、ある委員から、実体経済との関係をどう考えればよいかとの問題提起がなされた。その委員はまず、例えば98年10〜12月は実質GDPが年率-3%程度のマイナス成長であったのに対し、同時期のマネーサプライは前年比で+4%前後の伸びを示しているなど、マネーサプライと実体経済との関係はかなり不安定であることを指摘した。そのうえで、その委員からは、このところマーシャルのk——マネーサプライ残高の名目GDPに対する比率——がトレンドを上回って上昇している点については、70年代前半の過剰流動性の時期や、80年代後半のバブル期以来の現象であるだけに、今後の展開を注意しながらみていきたいとの指摘があった。

 なお、その委員は、金融の緩和・引き締め度合いをマネーサプライで表すのは難しいという点を踏まえて、(1)他の主要国でしばしば利用されているMCI(Monetary Conditions Index)——実質短期金利と実質実効為替相場の加重平均——や、(2)実質短期金利の水準を日本経済の潜在成長率と比べる手法なども試みたが、結局のところ、金融緩和の度合いを何らかの単一の指標で判断することは難しいとの意見を述べた。

 この間、別の委員からは、事実上ゼロ%金利の金融政策のもとで、コールローンから普通預金への大幅な資金シフトが生じていることを踏まえて、これが、やや技術的な定義上の要因も含めて、マネーサプライにどのような影響を与えるのか、あるいは与えないのか、といった点もよくみていく必要があるとの意見が述べられた。

(3)景気の先行き

 景気の先行きについては、以上のような金融市場の改善が何がしかプラスに働いていく可能性はあるが、基本的には前回会合における判断に変化はないとの意見が大勢を占めた。すなわち、企業収益や雇用・所得環境がきわめて厳しく、今後さらに企業のリストラ本格化が予想されることなどを考えると、公共投資による下支えが弱まる99年度下期以降について、景気回復の展望は依然として明確になっていないという点で、委員の見解は概ね共通であった。

 とくに設備投資については、複数の委員から、日本開発銀行や日本経済新聞社のアンケート調査結果への言及があり、99年度の設備投資も大幅に落ち込む可能性が高いとの指摘があった。

 ある委員は、各種景気指標を合成した先行指標によれば、本年秋頃までに景気が上向く可能性はきわめて低いことなどを挙げながら、景気は現状底這いであるが、これが先行きの反転上昇につながる兆しはなお全くみられないとの見解を述べた。また、その委員からは、OPECの減産強化等を背景に原油価格が本格的な反発に転じて、米国株価の下落などを通じて世界経済に悪影響をもたらしていくダウンサイド・リスクがあり、これは本年最も注意しなければならないポイントのひとつであるとの認識が示された。

 以上のように、足許の景気や金融資本市場の動きに改善がみられる一方、先行きはなお不確実性が大きいという状況の中で、目先4〜6月の動向がひとつの分岐点になりうることを念頭に置いた発言が数名の委員からあった。

 最も悲観的な見方をとる委員からは、企業のリストラ本格化に伴って失業率が早ければ4月に4%台後半に達するとともに、4〜6月には地価の下落傾向が加速する可能性が高いとの指摘があった。こうした点を踏まえ、その委員は、4〜6月、7〜9月については、公共投資や住宅投資といったプラス要因はあっても、それを相殺するようなマイナス要因も大きいため、全体としてプラス成長となるかどうかは微妙との見方を示した。

 もうひとりの委員からも、一部の素材産業で4〜6月の生産が30年前の水準まで落ち込む見通しにあることなどを踏まえると、供給力を削減するという意味での構造調整は不可避であり、その景気に対するマイナスの影響が少なくとも短期的には懸念されるとの指摘があった。同じ委員からは、公共投資が99年度上期の景気を下支える効果には問題がないとしても、下期の息切れが懸念される以上、5〜6月頃までにうまく民間需要へとスイッチしていくような何らかの兆しがみえてこない限り、景気の先行き不安は拭えないとの発言があった。

 一方で、足許のやや明るい動きにもう少しウェイトを置いた発言もあった。ある委員は、足許に関する情報と先行きに関するそれとがいつまでも乖離し続けることは考えにくいという問題意識を示したうえで、景気の現状にいくつかの改善がみられる中で、4〜6月に生産の若干の回復やそれに伴う企業収益の持ち直しなどが生じて、次の局面へとつながっていく展開となる可能性も全くないわけではないと指摘した。そのうえで、その委員から、4〜6月には明暗材料がどのように交錯する展開となるか、大きな関心を払ってみていくべきとの見解が示された。

 いずれにしても、足許のやや明るい動きにも注目しながら、目先4〜6月は3月決算に伴う諸情勢の落ち着きどころを丹念にみていく必要があるという点で、多くの委員は概ね同様の認識であった。

 この間、今後の景気展開とも大きく関連する問題として、長い目でみた日本経済の構造転換を巡っても、何人かの委員から意見が出された。

 ある委員からは、サプライサイドの構造改革は、企業リストラの副作用としての雇用問題を伴うなど、短期的な景気への悪影響が懸念されるとはいえ、それなしには本格的な景気回復はありえず、中長期的な観点からみて不可避であることが、改めて強調された。その委員は、そうしたプロセスを進めていく際の留意点として、21世紀に向けて産業の国際競争力を高めていくことが重要であり、供給力の一律の削減ではなく、コストや技術の面で劣る企業の自然な退出を促しながら、市場原理の中でリストラを進めていくことが大切であるとの指摘を行った。ただ、その委員からは、金融・財政政策面での対応は既に限度一杯までなされているとの認識に基づき、上述した方向での構造改革を実現していくうえでは、民間の自助努力と、産業競争力会議などを通じた政府による環境整備に期待したいとの発言があった。

 もうひとりの委員は、当面は過剰な雇用や資本ストックの調整局面にあるが、それが終わったとしても、さらにその先どのようにして新規分野の拡張を促し、日本経済の体質を強化していくかという課題が残るとの見解を示した。その委員は、そうした課題に取り組んでいくうえでのポイントとして、(1)ベンチャー的な新規投資の促進、(2)雇用のセーフティー・ネットの充実、(3)基礎年金部分の税方式への転換と二階建て部分の民営化を内容とする年金制度改革、(4)非製造業の収益力を強化するための規制緩和等のさらなる推進、の4点を挙げた。

 この間、別の委員からは、構造転換が進んでいく可能性をどうみるかという点では、潜在的な成長性の高い情報やサービス等の分野に着目していくことが重要であり、そうした分野の動向が今後1年程度の景気展開をみるうえでもひとつの鍵になりうるとの見方が示された。さらにその委員からは、一般に高付加価値の商品は、そのコストに占める人件費の比率が小さく、アジア諸国との国際競争力の面での問題が相対的に少ないため、構造転換を担っていく役割が期待できるとの指摘があった。

V.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

 以上で検討された金融経済情勢を踏まえて、当面の金融政策運営の基本的な考え方が検討された。

 その結果、(1)経済情勢に関する基本的な判断は前回会合時点とほとんど変わらない、(2)現在の金融政策が金融資本市場には十分な緩和効果をもたらしている、(3)オーバーナイト・レートが事実上ゼロ%で推移するという新しい環境に対して短期金融市場は引き続き調整過程にある、といった点を主な理由として、現在の金融政策運営を維持するのが適当との見解が大勢を占めた。

 3点目に挙げた「短期金融市場がなお調整過程にある」との見方は、ひとつには、短期金融市場の機能維持について引き続きみきわめていくべき段階にあるとの認識に基づくものであった。

 すなわち、ある委員から、オーバーナイト・レートを事実上ゼロ%で推移させるという政策に伴い、個別金融機関の資金繰りがきわめて不安定になるリスクが事前には危惧されていたが、金融市場調節方針に「市場機能への配意」を明確に掲げてあることも功を奏して、これまでのところそうした問題は避けられているとの指摘があった。その委員は、今後についても、十分な流動性を供給していく限り、そうしたリスクの顕在化は防ぎうるのではないかとの見通しを述べたが、同時に、コール市場の縮小傾向がさらに加速していくことがないかどうかについて、なお注意深くみていく必要があるとの慎重な見方を維持した。コール市場から普通預金等への資金シフトが、どの程度の規模やスピードで続いていくのかについては、別の委員からも当面の注目点として挙げられた。

 短期金融市場が調整過程にあることのもうひとつの側面は、現在の調節方針のもとにおける金融機関の準備需要に関するものであった。すなわち、ある委員から、オーバーナイト・レートが事実上ゼロ%という状況のもとで、金融機関がどの程度超過準備を持とうとしているのかについては、過去2〜3週間の経験からはまだ不明確であり、とりわけ現在は年度末を控えている時期でもあるので、その動向をもう少しみていく必要があるとの見解が述べられた。こうした金融機関の準備需要については、金融市場調節上の操作目標を巡る議論の中で、さらにいろいろな意見が述べられた(後述)。

 当面の金融政策運営方針について、少数ながら、現在の政策への疑問を述べる委員もいた。

 ある委員は、2月12日時点を振り返って、(1)金融システムの建て直しに向けた動きが着実に進む中で、ジャパン・プレミアムが縮小するなど、市場はすでに安定化に向かいつつあったこと、(2)そうした市場動向の影響もあって実体経済面にも落ち着きがみられはじめ、実際2月の「金融経済月報」では日本銀行自身が景気の現状認識を幾分好転させたこと、といった点を指摘し、これらを踏まえるとあの時点で金融緩和に踏み切った理由がいまだに理解できないとの主張を展開した。そのうえで、その委員は、準備預金等のコントロールが難しく、金利に軸足をおいた政策を続けていかざるをえない以上、ゼロ%という異常な状況から、少しでも正常な金利水準に近づけるべきとの考えを示した。

 こうした意見に一部関連して、別のある委員は、当面の金融政策運営については現状維持を支持しているが、現在のゼロ近傍という異常な金利水準は、生活者への配慮や企業のモラルハザード防止という点からは問題であるとの意見を述べた。すなわち、その委員は、健全な企業の活動に必要な資金が銀行貸出等を含めて十分に回るようになってきていることや、潤沢な資金供給によりインターバンク市場にむしろ余剰資金が滞留していることなどからみて、現在の金融緩和策は十分にその目的を達しているとの認識であった。そのうえで、その委員は、景気が自律回復する兆しがみえ始めた段階で金利水準を遅滞なく正常化させる必要があり、その時期と手段を念頭に置きながら、今後の金融経済動向を注意深くみていくべきとの考えを主張した。

 一方、逆に一段の金融緩和を唱える委員もいた。その委員は、金利水準だけをみて追加的な金融緩和の余地はなくなったとする考え方を強く牽制するとともに、経済の先行き展望との具体的な関連づけを明らかにしないまま現在の金利水準を「異常」と評価することに異を唱えた。そのうえで、同じ委員から、現在の金融緩和はあくまでも経過的な措置であり、直ちに本格的な量的緩和に移行すべきとの提案があった。その理由として、(1)日本経済は企業リストラの本格化もあって99年度上期に正念場を迎えること、(2)金融政策の波及経路のうち、現在最も有効に働いているのは量的緩和への期待を通じた株価や為替相場の反応であり、金利低下を通じて設備投資等が増加するというルートは働いていないこと、(3)やや長い目でみた金融政策の運営方針を、マネタリーベースのようなわかりやすい指標で示していくのが適当であること、(4)物価安定に関するアカウンタビリティーを高めるため、英国のケースのように2年先の物価目標を明示するのが適当と考えられること、といった諸点が列挙された。さらに、その委員から、実質成長率3%でインフレ率2%という状態を維持するために必要なマネタリーベースの伸び率を、マッカラム・ルール(=名目GDPを目標とした場合に必要となるマネタリーベースを求めるひとつの手法)で推計すると、現実のマネタリーベースの伸び率は86〜88年においては過大であったが、90年代はほとんどの期間で過小であるとの説明があった。

 以上の金融政策運営を巡る意見対立をひとつの背景として、そもそも金融政策の役割や対外説明のあり方をどう考えるべきかという点が議論になった。多くの委員は、インターバンク市場のみならず、外人投資家も含めた広い意味での金融資本市場の参加者全般に対して、現在の金融政策がどのような観点から何を目指しているかといった本質的な部分について、誤解が生じないよう今まで以上に説明の仕方を工夫していく必要があるという認識を共有した。もっとも、その具体的な方法や着目点を巡っては、議論は必ずしも煮詰まらなかった。

 具体的にみると、ある委員からは、日本経済の構造転換に対する金融政策の役割を巡って意見が述べられた。その委員は、金融政策にできることは、景気回復への自律的なモメンタムがある程度形成されてくるまで、それを支えるような金融資本市場の環境を維持するところまでであって、その先の前向きの構造転換については、基本的には金融機関や民間経済主体のビヘイビア、すなわち市場のダイナミズムに任せるほかはないとの見解を示した。ただ、その委員は、そうした市場のダイナミズムが正しい方向性からはずれないようにするためには、日本銀行が政府等とともに、前向きの構造転換と整合的な経済政策の全体を示すことが必要との主張を展開した。

 これに対して、もうひとりの委員は、そもそも政府や中央銀行が、市場のダイナミズムの望ましい方向性について事前に的確な判断を示しうるかどうかに強い疑問を呈し、構造転換は、あくまでも個々の企業が、個々の判断に従って新しい環境に適応していくプロセスであるとの考えを強調した。結局、その委員は、中央銀行に可能なことは、金利負担の軽減や流動性逼迫の緩和を通じて、企業のそうした適応過程をサポートしていくことに尽きるとの見解を示した。

 現在の金融市場調節方針に引きつけた透明性の問題としては、ある委員から、市場参加者が知りたいと考えているポイントとして、(1)金融市場調節上のシグナル——ないし操作目標——として今後何を用いていくのか、(2)どのような情勢になるまで現在のゼロ金利政策を続けるのか、(3)一段の金融緩和を行うとしたらどのような手段がありうるのか、といった相互に関連する諸点が挙げられた。

 オーバーナイト・レートが事実上ゼロ%という状況が定着しつつあるもとで、上記の問題意識は他の委員にも共有されていた。その結果、金融政策の基本的な運営方針自体を仮に今後しばらく「現状維持」とする場合であっても、オーバーナイト・レートに代えて——あるいはそれと併せて——、何か新しい指標を金融市場調節上の操作目標として用いていくことが適当かどうかを巡って、活発なやりとりがあった。仮に新しい指標を用いていくとした場合の候補として議論の対象となったものを大きく分けると、ひとつは準備預金や超過準備など何らかの「量」であり、もうひとつはターム物の「金利」であった。

 まず、準備預金や超過準備などを操作目標的に利用していくという考え方については、オーバーナイト・レートを事実上ゼロ%に維持するという方針と整合的な形で、具体的な量的目標を設定し、かつ実現していくことがそもそも可能かどうかが大きな問題となった。

 ある委員からは、流動性を巡る安心感が強い現状においては、機会費用——すなわちオーバーナイト・レート——がほぼゼロであっても超過準備を持たないスタンスを続けている金融機関が多いため、余剰資金が短資会社等の準備預金制度非適用先に漏出して、準備預金を日本銀行の意図通りに増やすことは難しい状況にあるとの指摘があった。また、その委員は、逆に金融システムを巡る何らかの不安要因が発生するような場合は、金融機関の準備需要は一転して急速に増大する可能性もあり、準備需要がかなりボラタイルになりうるとの見解を述べた。さらに、その委員は、現在の落ち着いた市場環境のもとでも、金融機関の準備保有スタンスがどう変化していくか読みにくいことも併せ考えると、少なくとも当面は、準備預金や超過準備を操作目標とすることは技術的に困難との見方を示した。

 別の委員からは、市場が「量的緩和」等に対する期待をなにがしか持っていることを踏まえると、徒に失望感を誘わないよう市場の期待と折り合いをつけながら現状の政策を維持していくうえでは、現在の金融市場調節方針と整合的な準備預金等の額について、ある程度の目途だけでも示すことが本来は望ましいとの見解が述べられた。もっとも、その委員も、金融市場調節に関する過去2〜3週間の経験を踏まえると、そうした「量」の目途を示すことは、フィージビリティーの面からみて諦めざるをえないとの認識であった。

 もっとも、「量」はコントロールできない、という見方に対する反論を述べた委員もいた。ある委員からは、(1)日本銀行の意図を明確にアナウンスしたうえで、(2)十分な誤差を許容しさえすれば、準備預金や超過準備はコントロール可能ではないかとの意見が述べられた。

 また、別の委員は、現在は積み上幅という「量」のアナウンスが、オーバーナイト・レートという「金利」をコントロールするうえでのシグナルとなっているように窺われるが、オーバーナイト・レートが事実上ゼロ%という状態が定着してくると、積み上幅がシグナルとして意味をなさなくなってくる可能性を指摘した。そうした認識のもとに、その委員は、積み上幅以外の何らかの量的指標を、オーバーナイト・レートとともに、日本銀行の政策意図を表す指標として用いていくことが望ましいとのスタンスをとり、その候補としては、最近の経験でコントロールが難しそうであることがわかってきた準備預金ではなく、準備預金制度非適用先も含めた日銀当座預金全体とするのが適当ではないかとの意見を述べた。ただ、この委員も、日銀当座預金全体を正式な量的目標とすることは技術的に難しいとの認識であり、当面、これを無理に減らさないといった程度の、ごく緩い指標としてみていくことならば可能なのではないかとの見解を示した。

 今後の操作目標を巡るもう一つの方向は、ターム物金利に金融市場調節の対象を移していくことであったが、すでにターム物金利がかなり低水準になっていることを踏まえて、現時点でターム物金利を操作目標に付け加えることを主張する意見はなかった。

 具体的にみると、複数の委員から、ターム物金利はすでに十分に低下しているため、一段の金融緩和を進める場合の操作目標とはしにくいとの指摘があった。そのうちのひとりからは、現在のきわめてフラットなイールドカーブを前提にすると、ターム物金利を操作目標にしていくという考え方は、中期ゾーンあたりまでの金利を金融政策でコントロールしていこうとする考えにつながっていきかねないとの問題点が述べられた。

 これに関連して、別の委員からは、長めの金利に対する金融政策の影響という観点から発言があった。すなわち、その委員は、6か月物のインターバンク金利が0.1%台にまで低下してきたことは、オーバーナイト・レートを事実上ゼロ%で推移させるという現在の金融政策が向こう半年間程度は維持される、という予想が市場に生まれつつあることを示唆するものとの指摘があった。さらにその委員は、こうした市場の反応が現に起こっていることを踏まえると、政策姿勢をより明確に説明していくことによって、より広範な金利全般に対して日本銀行が影響を及ぼしうる余地があるのではないかとの見解を示した。しかし、その委員は、1年物のインプライド・フォワード・レートが、中期ゾーンまでは低下している一方、長期ゾーンがほとんど低下していないことに言及しつつ、市場におけるかなり先の期待にまで金融政策で働きかけていくことは、やはり難しいとの見方も述べた。

 以上のように、オーバーナイト・レート以外に何らかの操作目標を設定することが可能かを巡っては、「量」も「金利」もそれぞれ問題点があって簡単に結論を出すことができないというのが、大方の委員の共通認識であった。そうした実務上の困難もあって、少なくとも当面、オーバーナイト・レート以外の操作目標は不要であるとの主張を積極的に行う委員もいた。

 ある委員からは、最近の金融市場調節は、オーバーナイト・レートが事実上ゼロ%の水準で推移するためにまさに必要かつ十分な資金量を供給する、という実績を作ってきたことにほかならないので、そうした実績をこのまま積み重ねていけば、金融市場調節がいわばアンカーを失ってしまって市場等からみて分かりにくくなる、という問題は避けられるのではないかとの認識が示された。

 また、もうひとりの委員は、準備預金や日銀当座預金をコントロールしようとすると金利がかなりボラタイルになる可能性を念頭に置いて、「オーバーナイト・レートを事実上ゼロ%に誘導するうえで必要かつ十分な資金供給を機動的に実施していく」という定性的なコミットの仕方以外に対応策は考えにくいし、金融市場調節上はそれで十分なはずであるとの見解を示した。すなわち、この委員は、そうしたコミットの仕方では依然として分かりにくいという外部からの批判はありえようが、オーバーナイト・レート以外の指標に操作目標としての決め手が欠ける現実を直視すれば、これが市場の信頼を得るための最善の策であるとの立場をとった。

 さらに別の委員は、量的目標値やターム物金利のコントロールが難しいとすれば、オーバーナイト・レートを事実上ゼロ%に抑えることに対するコミットメントの強さを変えていくという手法に言及した。すなわち、その委員は、仮に一段の金融緩和が必要となった場合には、例えば「景気が本格的に立ち直るまでは現在のオーバーナイト・レート水準を維持する」という形でレート維持へのコミットを強めていくというような方法も、選択肢としてありうるのではないかとの見解であった。

VI.政府からの出席者の発言

 会合の中で、経済企画庁からの出席者が、以下のような発言を行った。

  • 最近の経済動向をみると、民間需要が依然として低調なために厳しい状況が続いているが、各種の政策効果の下支えもあり、このところ景気は下げ止まりつつあると判断している。政府は、平成11年度予算の成立を受け、当面の景気対策に全力を尽くすつもりである。11年度上期の公共事業は、契約高が前年同期を10%程度上回るよう、積極的な施行を図る方針である。また、住宅金融公庫の基準金利については、長期市場金利の動向からみてかなり小幅の引き上げ幅に抑え、当面2.4%とすることを決定した。雇用対策や起業促進政策等の実施も、加速させていきたいと考えている。
  • 当面、3月末から4〜5月が、きわめて重要な時期であり、この時期に景気を回復軌道に乗せることが、喫緊の課題である。したがって、金融政策においても、引き続き十分な流動性の確保に努めるなど、適切な運営をお願いしたい。
  • 情報通信等の規制緩和効果が95〜96年の景気回復を可能にした面があることを踏まえると、現在も、官民双方における様々な規制を撤廃し、公共事業や低金利政策と併せた景気対策としていくことが重要である。
    ただ、産業の競争力強化のためには、起業を奨励するだけではなく、設備廃棄等を含めたリストラも許容せざるを得ない。その場合に問題になるのは雇用である。政府も、雇用対策には全力を挙げて取り組んでいるが、様々な制約から直ちに速やかな効果が挙がりにくい。このように、競争力強化と完全雇用を両立するのは難しい。
    さらに、人口が増えないという歴史的にみて異例の状況の中で、10年単位であるべき経済の姿をどのように考えるか、またそれに至る政策を財政再建問題等を含めてどう考えるか、といった点がきわめて重要である。

VII.採決

 多くの委員の認識を改めて総括すると、(1)前回会合以降の経済指標は、「景気は、足許、下げ止まりの様相を呈しているが、民間需要の弱さや今後予想される企業リストラの本格化などを踏まえると、回復の展望は依然明確になっていない」というこれまでの判断に沿ったものである、(2)他方、金融資本市場においては株価、為替相場を含めて2月の金融緩和の効果がかなり明確に現れており、とりわけインターバンク市場を中心に流動性リスクや信用リスクに対する警戒感が大幅に後退していて、企業金融面にも好影響がみられ始めている、(3)短期金融市場は、引き続き、オーバーナイト・レートが事実上ゼロ%で推移するという新しい環境に対する調整過程にあり、当面は資金の流れがどう変わるか、また金融機関の準備需要がどうなるか、といった点を注意深く見守る必要がある、というものであった。こうした認識を背景に、当面は、引き続き市場機能に配意しながら、これまでの金融市場調節方針を維持することが適当という意見が大勢を占めた。

 ただし、ある委員からは、本格的な量的緩和に踏み切ることが適当との考えが示された。この結果、次の2つの議案が採決に付されることとなった。

 中原委員からは、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、「中期的にCPI(除く生鮮)の前年比が1%程度となること(2000年10〜12月平均の前年同期比:0.5〜2%)を企図して、次回金融政策決定会合までの超過準備額を現状比5,000億円程度拡大し、その後も継続的に超過準備額を増加させることにより、本年第4四半期(10〜12月)のマネタリーベースの前年比(四半期平均対前年同期比)が10%程度に上昇するよう、量的緩和(マネタリーベースの拡大)を図る。」との議案が提出された。同委員からは、前回会合における議案との相違点として、(1)中期目標のCPIを「除く生鮮、間接税」から「除く生鮮」に変更したほか、(2)約2年後の物価上昇率を重視するとの考えから、CPI前年比の目標値を2000年第4四半期についてのみ設定し99年第4四半期については設定しない扱いにしたとの説明があった。さらに、その委員からは、信用不安等に基づく資金需要の増大から市場に混乱が生じるような場合には、金融機関の要請に自動的に応じる形での日銀貸出で対応すべきとのポイントが付け加えられた。

 採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。

 議長からは、会合における多数意見をとりまとめる形で、以下の議案が提出された。

議案(議長案)

 次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとし、別添2のとおり公表すること。

 より潤沢な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す。

 その際、短期金融市場に混乱の生じないよう、その機能の維持に十分配意しつつ、当初(注)0.15%前後を目指し、その後市場の状況を踏まえながら、徐々に一層の低下を促す。

  • (注)「当初」とは、2月12日金融政策決定会合時点。

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、後藤委員、武富委員、三木委員、植田委員
  • 反対:中原委員、篠塚委員

 中原委員は、(1)量的緩和を行わないなら行わないでそれを明確にすべきであるが、現在の金融市場調節方針はその点が曖昧である、(2)量的な緩和を打ち出さないと、市場が失望し、経済に悪影響がある、(3)3月決算の悪化や大型倒産発生の可能性に伴う景気のダウンサイド・リスクを考慮すると、現在株価や為替相場の面に出ているこれまでの緩和効果が剥落しないうちにもう一段金融緩和を進めて、公共投資や住宅投資との相乗作用を促すべきである、という理由から、上記採決において反対した。

 篠塚委員は、(1)事実上ゼロ金利という現在の政策が、実体経済にどのような効果を与えていくのかについて不明である、(2)いずれ正常な金利水準に戻すときのためにも、コール市場の機能を維持しておくべきである、という理由から、上記採決において反対した。

VIII.99年4月〜9月における金融政策決定会合の日程の承認

 最後に、99年4月〜9月における金融政策決定会合の日程が別添3のとおり承認され、即日対外公表することとされた。

以上


(別添1)
平成11年3月25日
日本銀行

政府短期証券の担保としての取扱いについて

 日本銀行は、本日開催された政策委員会において、政府短期証券を本行与信の担保として幅広く認めていくこととしました。

 これは、政府短期証券について、本年4月以降、発行方式が原則として公募入札方式に改められることなどを踏まえた措置です。

 なお、政府短期証券の担保としての受け入れは、所要の準備が整った日から開始します。

以上


(別添2)
平成11年3月25日
日本銀行

当面の金融政策運営について

 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、当面の金融政策運営について現状維持とすることを決定した(賛成多数)。

 すなわち、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針は、以下の通りである。

 より潤沢な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す。

 その際、短期金融市場に混乱の生じないよう、その機能の維持に十分配意しつつ、当初(注)0.15%前後を目指し、その後市場の状況を踏まえながら、徐々に一層の低下を促す。

  • (注)「当初」とは、2月12日金融政策決定会合時点。

以上


(別添3)
平成11年3月25日
日本銀行

金融政策決定会合等の日程(平成11年4月〜9月)

表 金融政策決定会合等の日程(平成11年4月〜9月)
  会合開催 (参考)金融経済月報公表 (議事要旨公表)
11年4月 4月 9日(金)
4月22日(木)
4月13日(火)
−−
(5月21日(金))
(6月17日(木))
5月 5月18日(火) 5月20日(木) (7月 1日(木))
6月 6月14日(月)
6月28日(月)
6月16日(水)
−−
(7月22日(木))
(8月18日(水))
7月 7月16日(金) 7月21日(水) (9月14日(火))
8月 8月13日(金) 8月17日(火) (9月27日(月))
9月 9月 9日(木)
9月21日(火)
9月13日(月)
−−
未定
未定

以上