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金融政策決定会合議事要旨

(1999年 5月18日開催分)*

  • 本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、99年6月28日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

1999年 7月 1日
日本銀行

開催要領

1.開催日時
99年5月18日(9:00〜12:14、13:01〜15:28)
2.場所
日本銀行本店
3.出席委員
  • 議長 速水 優(総裁)
  • 藤原作弥(副総裁)
  • 山口 泰(  副総裁  )
  • 後藤康夫(審議委員)
  • 武富 将(  審議委員  )
  • 三木利夫(  審議委員  )
  • 中原伸之(  審議委員  )
  • 篠塚英子(  審議委員  )
  • 植田和男(  審議委員  )
4.政府からの出席者
  • 大蔵省   武藤敏郎 大臣官房総務審議官(9:00〜12:14、14:11〜15:28)
  • 経済企画庁 河出英治 調整局長(9:00〜15:28)

(執行部からの報告者)

  • 理事黒田 巌
  • 理事松島正之
  • 理事永田俊一
  • 金融市場局長山下 泉
  • 国際局長平野英治
  • 国際局参事小山高史
  • 調査統計局長村山昇作
  • 調査統計局参事早川英男
  • 企画室参事(企画第1課長)山本謙三

(事務局)

  • 政策委員会室長小池光一
  • 政策委員会室調査役飛田正太郎
  • 企画室調査役門間一夫
  • 企画室調査役栗原達司

I.前々回会合の議事要旨の承認

 前々回会合(4月9日)の議事要旨(グリーンペーパー)が全員一致で承認され、5月21日に公表することとされた。

II.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要

1.最近の金融市場調節の運営実績

 金融市場調節については、前回会合(4月22日)で決定された金融市場調節方針(より潤沢な資金供給を行い、無担保コールレート<オーバーナイト物>を、できるだけ低めに推移するよう促す。その際、短期金融市場に混乱の生じないよう、その機能の維持に十分配意しつつ、当初<注:2月12日の金融政策決定会合時点>0.15%前後を目指し、その後市場の状況を踏まえながら、徐々に一層の低下を促す。)にしたがって運営した。この結果、オーバーナイト・レートは、4月末から5月初にかけての主要行の資金調達が増加した時期も含めて、連日0.03%と、仲介手数料を勘案すると事実上ゼロ%の水準で、安定的に推移した。

 そうしたもとで、ターム物金利は、とくにゴールデン・ウィーク後、一段と低下した。とりわけ、6か月物や1年物など、ターム物金利の中でも比較的長めのものが大きく低下して、1年物辺りまでのイールド・カーブがさらにフラット化した。このように、最近になって、ターム物金利が再度低下している背景としては、(1)主要行の資金ポジションが、預金の流入と貸出の伸び悩みから改善していること、(2)普通預金を含めた預金金利の再引き下げに対する思惑が市場で台頭したこと、(3)「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまでは、現在の金融緩和スタンスを続ける」という総裁発言(4月13日)が市場で強く意識され、流動性リスクや金利リスクへの警戒感が一段と薄れたこと、などが挙げられる。

 こうしたインターバンク市場の動向を反映して、より広く短期金融市場全般においても、いくつかの注目すべき動きがみられる。第一に、TBやFBの入札は過熱気味となっており、落札レートは、1年物でも0.05%程度と、きわめて低水準となってきている。第二に、コンピューター2000年問題に絡む流動性リスクから、相対的にレートが高めとなっていた年末越えのターム物についても、このところ出し手の資金放出が積極化している。このため、年末越えのレートも低下してきており、金融機関による8か月物(=2000年1月満期)のCDの発行が活発になっている。第三に、CPオペの残高が昨年末の8兆円程度から、最近は2兆円程度まで大きく減少しているにもかかわらず、投資家のCP購入が積極化しているため、CP発行レートは大きく低下している。このように、少なくとも短期金融市場の投資家に関する限り、金利リスクのみならず信用リスクを取ることにも、ある程度積極的な姿勢が窺われ始めている。

 短期金融市場を巡る当面の留意点は次の4点である。第一に、直近の手形買入オペでは足切りレートが0.01%となるなど、日本銀行のオペに対する応札がきわめて低い金利となり、応札額自体も総じて減少傾向にある。第二に、有担保、無担保を併せたコール市場の規模は、2月12日の金融緩和措置の前に比べて、34%も縮小している。これまでのところ、これによる資金決済上の問題等は発生していないが、コール市場は、資金需給の最終的な調整の場であるだけに、今後ともその動向には注意を払っていく必要がある。第三に、超過準備や、準備預金制度非適用先の日銀当座預金は、引き続き高水準で推移している。こうした余資滞留の動向についても、注目しておく必要がある。第四に、足許は短期金融市場の緩和感がきわめて強い状況にあるが、先行きについては、米国株価の動向や2000年問題等の影響も含め、市場の動向を丹念にモニターしていく必要がある。

2.為替市場、海外金融経済情勢

(1)為替市場

 円の対米ドル相場は、しばらくの間、120円程度での小動きに終始していたが、先週以来、ドル高・円安方向の展開となっている。その背景として、第一に、日米両国の景気格差を反映した日米金利差の拡大が挙げられる。すなわち、日本では長短金利が一段と低下している一方、米国では強めの景気・物価指標を受けて長期金利が上昇している。第二に、「強いドルは米国の国益にかなう」という米国政府高官の発言をはじめ、日米通貨当局者の発言が、ドル高容認と市場で受け止められたことも、ドル高・円安の動きを支えているように窺われる。

 この間、ユーロの対米ドル相場については、大きな動きはみられていない。また、アジア通貨の対米ドル相場は、上記ドル高・円安の影響もあって、若干アジア通貨安となっている。

 国際金融市場全般における特徴的な動きは次の2つである。第一に、国際投資ファンドが資産構成を調整する動きが続いている。すなわち、国際投資ファンドは、保有資産に占める日本や新興市場国への運用ウェイトが過小になったとの認識のもとに、その若干の引き上げを図っており、これら諸国の株式市場活況の要因となっている。第二に、新興市場国の米ドル建て債券の利回りスプレッド(=米国国債の利回りからの乖離幅)に縮小がみられるなど、新興市場国にとって市場環境が改善基調にあるなかで、国際資本市場で債券発行を再開する国(ブラジル等)が増えている。

(2)海外金融経済情勢

 米国景気は拡大が続いている。物価は引き続き落ち着いているが、一部に原油価格上昇の影響がみられる。また、労働市場は引き続きタイトな状況にある。

 この間、欧州経済は、拡大テンポが幾分鈍化している。一方、東アジア経済は、底入れの様相が濃くなってきている。もっとも、最近の回復が在庫調整の進展によるところが大きいだけに、最終需要がこのまま回復していくか、また株価の堅調が持続するかについては、なお見きわめが必要である。

3.国内金融経済情勢

(1)実体経済

 景気の現状について、最終需要をみると、純輸出は横這い圏内の動きとなっており、個人消費は低水準で一進一退に推移している。設備投資については、先行指標などに持ち直しの動きも窺われるが、基調としては減少を続けている。一方、公共投資が増加を続けているほか、住宅投資も持ち直している。

 以上のような最終需要の動向や、在庫調整の一段の進捗を背景に、生産は下げ止まっている。

 このように、足許の景気は、下げ止まっている。

 物価面では、消費者物価が引き続き弱含みで推移しているが、下落幅が拡大する兆候は依然みられていない。

 先行きを展望すると、公共投資の工事進捗や、住宅投資の持ち直しなどから、当面は小康状態を維持していく可能性が高い。

 ただ今後、景気が下げ止まりから明確な回復に転じるためには、民間需要が回復するきっかけをつかむ必要がある。この点で、株価の上昇は、企業経営者や家計のマインドにとって好材料と考えられる。しかし、実際には、企業は増産に対して引き続き慎重であり、個人消費が回復に向かう動きも依然として見出せない。

 もうひとつの好材料は、企業金融の緩和を背景に、これまで資金繰り不安等から先送りされてきた中小企業の設備投資が、このところ出てきているとみられることである。もっとも、大企業を中心に、有利子負債の圧縮を含むリストラ姿勢を強めていることなどを勘案すると、設備投資全体としては慎重にみておくべきである。

 以上を踏まえると、民間需要の自律的な回復は、引き続き期待しにくい状況にある。

 そうしたもとで、物価は、今後も軟調を続けると見込まれるが、最近の動きからみて、消費者物価の下落テンポは引き続き緩やかなものにとどまる可能性が高い。しかし、景気が現在の下げ止まりから浮上し得ず、再び悪化に転じるような場合には、物価の下落テンポが徐々に速まっていく可能性も依然払拭されたとは言い切れず、そうしたリスクに引き続き注意を払っていく必要がある。

(2)金融情勢

 短期金融市場では、オーバーナイト・レートがゼロ%近傍で推移するもとで、金融機関の多くには流動性確保に対する安心感が広がっている。ターム物金利は、金融緩和が長期化するのではないかとの市場の見方などを背景に、一段と低下した。ジャパン・プレミアムも、ほぼ解消された状態が続いている。

 こうしたターム物金利の低下をきっかけに、金利リスクや信用リスクに対する市場参加者のリスクテイク姿勢が強まる方向にあり、長期金利は、国債利回りはもとより、社債や金融債の利回りも低下している。株価も、米国株価の上伸もあって、総じて底固い動きを示している。

 この間、コール市場残高は、機関投資家による普通預金や長めの資金等へのシフトが続いていることから、引き続き緩やかな減少傾向を辿っている。

 金融の量的側面に関連して、企業の資金需要面をみると、設備投資などの実体経済活動に伴う資金需要が低迷を続けているほか、資金調達環境の厳しさを意識した手許資金積み上げの動きも、明瞭に収まってきている。この結果、民間の資金需要は一段と低調な状態にある。

 一方、民間銀行は、経営健全化の観点から、基本的に慎重な融資態度を維持している。ただ、民間銀行自身の資金調達面や自己資本面からの制約は緩和されてきている。こうしたもとで、大手行などでは、信用リスクが小さい融資案件を手はじめに、徐々に融資を回復させる姿勢に変わりつつある。

 これらの結果、企業金融を巡る逼迫感は和らいできている。今後、民間銀行の融資姿勢の変化がさらにどの程度進み、これが企業の投資意欲などにどのような影響を与えていくことになるか、十分注目していく必要がある。

 なお、マネーサプライについてやや長い目でみると、近年名目GDPが増加しないなかで、M2+CDの伸び率は一貫して3〜4%を維持してきた。この結果、いわゆるマーシャルのk(=名目GDPに対するマネーサプライの比率)は、かなりのテンポで上昇している。こうした点からみる限り、これまでの金融緩和効果が累積してきているように窺われる。

III.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要

(1)景気の現状

 景気の現状については、「足許、下げ止まっているが、回復へのはっきりした動きはみられていない」という見方で、委員の判断は一致した。こうした状況を、ある委員は、「明暗が入り混じったままの斑模様の底這い状態」と表現した。

 まず、「足許、下げ止まっている」との判断の背景として、最終需要面で、公共投資の増加や住宅投資の持ち直しなど、いわゆる政策関連の需要が改善していることに多くの委員が言及した。また、複数の委員から、在庫調整が進捗していることからみて、最終需要の動向次第で、生産活動が上向きやすい環境が整いつつあるとの指摘もみられた。さらには、金融面で、リスク・プレミアムの減少や株価の堅調など、環境の改善がみられることも、足許の景気が小康状態となっていることに寄与しているという点で、多くの委員は認識を共有した。

 このほか、ある委員は、東アジア経済の回復という外部環境の好転について、やや詳しく述べた。すなわち、その委員からは、韓国、台湾、タイを中心に、回復の足取りが次第にしっかりしたものとなってきており、その好影響が日本の製造業に及びつつあるとの見解が示された。具体的な好影響としてその委員が挙げたのは、(1)自動車のノックダウンやプラント類の輸出が増加しつつあること、(2)これが素材産業の内外需にも波及し始めていること、(3)鉄鋼や石油化学製品のアジアでの市況が回復しており、在庫調整が完了に近づいたことも手伝って、これらの産業が国内販売価格を立て直していくための環境が整いつつあること、(4)これらの動きが、公共投資や住宅投資の回復と相俟って、素材メーカーの単月決算に上方修正をもたらしていること、といった諸点であった。

 以上のような明るい材料の存在にもかかわらず、「回復へのはっきりした動きはみられていない」との判断が示された背景は、公共投資や住宅投資といった現在の景気を支えている要因の持続性に疑問が持たれる一方で、民間需要が引き続き低調であって前向きの循環がみられないという点であった。

 すなわち、個人消費は、強弱様々な材料があるが、基本的には、雇用・所得環境が厳しいもとで、一進一退の域を出ないとの見方が、委員の大勢を占めた。なかには、家計調査や百貨店売上高等の計数を示しつつ、個人消費の弱さがここへきてやや目立ってきているとの見方をとる委員もいた。

 設備投資についても、中小・零細企業の資金繰り懸念が一頃に比べて緩和してきていることに伴うやや明るい動きもみられるが、各種のアンケート調査等からみて、大企業を中心に減少基調自体には変わりがないとの点で、委員の認識は概ね共通であった。

 以上のように景気の厳しさを裏付ける要因を踏まえて、ある委員から、産業界の一部には、「景気に潮目の変化が生じつつある」との期待感が強まっているが、最近のやや明るい動きが本当に「潮目の変化」と言えるような広がりと持続性を持つものかどうかについては、なお相当の見きわめが必要との見方が述べられた。

(2)金融面の動き

 金融面では、ほとんどすべての委員から、企業や金融機関の債務にかかる金利も含めて長短金利が大きく低下していることや、株価が総じて堅調に推移していることなどからみて、信用リスクの一部も含めて、リスク・プレミアム全般がさらに縮小しているとの指摘があった。また、このような金融環境の改善の背景は、主として、日本銀行によるゼロ金利政策とその継続の表明や、公的資本の投入を軸とした金融システム安定化の枠組みが構築されたことなどに求められるという点で、委員の認識は基本的に一致していた。こうした金融面の動向について、多くの委員は、金融面から実体経済へ好影響が及ぶための必要条件は整いつつあるとの評価であった。

 個別の論点として、まず、最近における長期金利の低下(=債券相場の上昇)について、ある委員から、株価が堅調に推移していることなどからみて、景気見通しが弱気化したことを反映したものとは考えられず、いわゆる「流動性相場」と言えるのではないかとの指摘があった。ただ、その委員は、「流動性相場」という表現に、すでに何らかの行き過ぎが生じているとのニュアンスを込めたわけではなく、むしろ、現在の景気情勢に対応した金融市場調節の狙いと整合的な現象との認識であった。さらに、その委員からは、重要な点は、こうした良好な金融環境が保たれているうちに、銀行貸出の増加等を通じて金融緩和の効果が実体経済まで波及していくかどうかであるとの指摘があった。

 一方で、別の委員からは、いわゆる流動性相場が、実体経済と関係なく「金融のプロ」の世界で形成されるものであるとすると、長期金利の低下が行き過ぎて、後にその反動で大きく跳ね上がってしまう可能性もあるのではないかとの懸念が示された。

 もっとも、さらに別の委員からは、金融緩和を受けて、実体経済が好転する前に株価の上昇と長期金利の低下が生じるのは、ごく普通の現象であり、将来景気の回復が視野に入ってきたところで長期金利が上昇するのであれば、全く問題ないとの指摘があった。他の複数の委員からも、流動性が潤沢なもとで、長期金利も含めて各種の金利が低下することは、2月に一段の金融緩和策を採った日本銀行の意図と整合的であるし、景気回復を促すために必要な条件でもあるという趣旨の発言があり、この認識は多くの委員の間で共有された。

 株価については、民間経済の動向が依然として弱いにもかかわらず、総じて堅調な展開を示していることに関し、ある委員から、構造問題や不良債権問題等の「負の遺産」がなお残存している事実よりも、それらが今後変化していく可能性に着目した動きとの解釈が示された。そのうえで、その委員は、現在株価に現れているような先をみた動きが実物投資の担い手にも及んでいくことを期待したいが、一方で企業の収益力にさしたる改善がみられない場合に株価の方が失望して反落するリスクも否定できないとして、これらの動向をなお慎重にみていく必要がある旨を強調した。

 別の委員も、本年初からの株価の上昇は時価総額を80兆円程度も押し上げる要因になっているとの見方を述べたうえで、その資産効果が企業経営の安心感や、ひいては設備投資の増加につながる可能性がある反面、5月下旬からの決算発表をきっかけに株価が調整に向かう可能性にも注意が必要との見解を示した。

 金融機関貸出については、多くの委員から、金融システム安定化の枠組みが整ったことなどを背景に、一頃に比べれば、金融機関が信用リスクに対してある程度前向きに取り組んでいく兆しがみられ、企業金融を取り巻く環境は大きく変わってきた旨の指摘があった。もっとも、金融機関のリスクテイクの程度は、依然として、それだけで実体経済へと好影響を及ぼしうるほど強力なものとは言えず、貸出が実際に増加していくためには、企業等の資金需要が増加することが不可欠というのが、大方の委員の受け止め方であった。

 この点について、ある委員からは、公的資本の投入や、ゼロ金利政策およびその継続の表明が貸出供給サイドの制約を和らげていることは間違いないが、一方で金融機関は収益力の向上を通じる経営の健全化を目指しているため、融資姿勢は基本的には慎重であるとの指摘があった。すなわち、その委員は、80年代までの金融緩和期においては金融機関が低利攻勢を含めて積極的な資金需要の開拓を行っていたことを考えると——当時は当時で行き過ぎがあったが——、現在の金融機関に十分な金融仲介機能が備わっているとは言い難いとの認識を示し、金融面から設備投資が刺激されるためには、(1)金融機関の機能をさらに強化するか、(2)金融機関以外の資金仲介ルートを充実させるか、のいずれかが必要なのではないかとの考えを述べた。

 また、別の委員は、公的資本が投入された銀行は、資本を返すためにまずは収益力の強化を追求せざるを得ないため、供給側を起点として金融機関貸出が増加していく可能性は低いとの見解を示した。

 もうひとりの委員からは、最近における金融機関の融資姿勢の変化は、金融機関貸出が増加していくための必要条件に過ぎず、相応の信用力を有する企業の資金需要が増加するかどうかがポイントとの意見が述べられた。

 一方、別のある委員は、資金需要が乏しい以上、金融機関の貸出は伸びにくいという他の委員と同趣旨の発言を行いつつも、大手銀行の融資姿勢は十分に積極的になってきていて、業況が悪化した低格付けの大企業に向けて貸出態度を前傾化しているケースもみられることなどを指摘し、貸出市場の動向は十分なモニターを要するとの見解を述べた。

 これらの議論を踏まえ、ある委員は、金融機関が積極的なリスクテイクを行うところまでには達していないとの見方と同時に、マーシャルのkなどからみて実体経済に比べて量的金融指標の拡大テンポが速いのではないかとの見解を示し、金融仲介機能の不足と行き過ぎの両サイドに目配りが必要であることを示唆する発言を行った。

 なお、昨年秋以降の金融機関貸出を支えてきた要因のひとつと考えられる特別信用保証制度については、現状では同制度によって持ちこたえている中小企業も少なくないため、そうした支えが働かなくなったときに倒産が増加するリスクを念頭に置いておくべき旨、複数の委員から指摘があった。

(3)景気の先行き

 景気の先行きについては、当面は小康状態を続ける可能性が高いが、中期的な構造調整圧力が残存していることもあって、民間需要を中心とする景気回復の展望は依然として不明確であり、公共投資が減衰すると見込まれる本年度下期以降、景気が再び下降するリスクも否定できない、という点で委員の判断は概ね一致した。

 以上の議論をやや詳しくみると、まず、現在、経済に小康状態をもたらしている公共投資や住宅投資といった政策関連需要の増加の効果は、このままでは年度下期には剥落していくのではないかとの認識で、委員は基本的に一致していた。

 公共投資の今後について、ある委員から、政府が表明した予算執行方針や、これまでの前払い保証金の出方、契約から工事までのタイムラグ等を踏まえて試算すると、工事ベースでは本年一杯高水準を維持するが、2000年1〜3月からは落ちる可能性が高いとの見通しが述べられた。この点について、別の委員からは、公共投資が落ち始めるタイミングはGDPベースで本年7〜9月ではないか、というより厳しい見方が示された。また、その委員からは、地方単独事業の計画達成率(=地方財政計画に対する決算の比率)が90年代初頭をピークに大幅に低下していることについても、地方財政の悪化を窺わせる懸念要因として言及があった。いずれにしても、年度下期の公共投資が、上期に比べて減少するとの点については、どの委員も同意見であった。

 したがって問題は、本年度下期に向けて、個人消費や設備投資といった民間需要が、どの程度高まりうるかという点にあった。ただ、結局どの委員も、企業収益や雇用・所得の状況を踏まえると、前回会合までと同様、現時点では、民間需要の先行きについて慎重にみざるをえないとの立場を崩さなかった。

 ある委員は、今後も雇用・所得環境はさらに悪化していく可能性が高いことを踏まえると、仮に民間需要の回復に期待をかけるとしても、個人消費を起点とする景気回復の姿は想定し難く、企業サイドの動きに期待せざるを得ないのではないかとの見方を述べた。別の委員は、各種の景気指標を合成した景気先行指標は、8か月程度先のところで景気に動意が現れてくることを示唆しているようにも読めるが、このところの動きがきわめて不安定であることからみて、確たる情報は読みとりにくいとの見解を示した。

 民間需要の回復が展望できる情勢になっていない背景として、多くの委員が、構造問題ないしは中期的な調整圧力の残存に言及した。

 この点で、ある委員は、企業の低収益力や過剰資本ストックに着目した議論を展開した。すなわち、その委員は、(1)減価償却費や人件費がそれなりに抑制されているにもかかわらず、売上高の不振等を背景に企業の損益分岐点比率は悪化を続けている、(2)資本係数(=資本ストックのGDPに対する比率)が中期トレンドから大幅に上振れ、また稼働率が93年のボトムを割り込んでいることなどからみて、資本ストックの調整圧力はまだ相当に大きい、といった点を指摘した。そのうえで、その委員は、企業部門のこうした厳しい状況からみて、設備投資の抑制が長引く惧れもあり、その場合には、資本財の出荷低迷から再び在庫調整全体の進捗が遅れるリスクも念頭においておく必要があるとの見方を示した。

 別の委員からは、思い切った産業構造の転換が進められていかない限り、仮に今後設備投資が回復する場合でも、製造業の投資はすべて海外生産拠点の拡充に向かい、国内では産業の空洞化が長引くことになりかねないとの懸念が示された。

 もうひとりの委員は、米国との比較を示しつつ、わが国の非製造業の賃金が製造業のそれに対して高過ぎるとの見方を示し、日本経済の発展のためには、非製造業の生産性を向上させるか、製造業・非製造業の賃金格差を是正することが必要との意見を述べた。

 さらに別の委員からは、企業が雇用、設備、債務、という3つの過剰を抱えている一方、ディスクロージャーの強化やROE重視への圧力が高まってきていることを踏まえると、今後数年にわたり、潜在的にはデフレ圧力がかかり続けるとみるべきとの見解が示された。

 こうしたリストラ圧力が雇用に及ぼす影響に関連して、ある委員から、失業者の失業期間がこのところ長期化していることに懸念が示された。また、別の委員から、90年代の米国では雇用の産業間シェアが大きく変わったことと、そのなかで医療・健康関連産業の雇用吸収力が最も大きかったことについての解説があった。そのうえで、その委員は、(1)日本では、余剰労働力を吸収する新規産業のひとつとして、例えば介護サービスの分野が期待されること、(2)したがって、来年予定されている介護保険制度の開始に向けて、同分野による円滑な雇用吸収を促す制度的な枠組みがきちんと構築されるかどうかがとくに注目されること、を指摘した。

 以上のように、構造調整圧力が景気の先行きに与える影響については、厳しい見方が相次いで示されたが、なかには、構造改革に対して株式市場等がポジティブな反応を示せば、その分デフレ圧力が和らぐと考えられるため、そうしたチャネルにうまく作用するような現実的かつ実効のある具体策を、早期に打ち出すことが重要との指摘を行う委員もいた。

 なお、本年度下期以降の景気を展望するうえで、外部環境等の留意点についても、いくつかの意見があった。ある委員は、本年度下期以降に景気が再び悪化するリスクは否定できないとしても、少なくとも金融資本市場の状態が昨年とは様変わりになってきている事実は、十分に評価してよいのではないかとの見解を述べた。

 さらに、その委員は、本年度下期以降の景気動向は、米国やアジアなど海外の環境に依存する面も大きいとの見方を示した。

 米国について、別の委員からは、仮に米国経済そのものが良好な状態を維持しても、貿易摩擦問題が少なくとも潜在的には横たわっていることから、わが国の米国向け輸出はあまり期待できないとの指摘があった。もうひとりの委員からは、米国の株価(S&P500種)が90年のボトムから最近までに4.4倍程度上昇しており、これは1921年から1929年までの上昇率(4.85倍)に近づいているとの発言があった。

 一方、アジア経済の関連では、ある委員から、アジア諸国の実体経済に回復の動きが出始めていることは事実であるが、金融セクターは依然として脆弱である点に注意すべきとの発言があった。もうひとりの委員からも、底入れしつつある東アジア経済が順調に回復していくかどうか、また現在好調な米国経済がこのままインフレなき高成長を持続していくかどうかについて、楽観はできないとの見方が示された。

 物価動向については、当面、低下幅が拡大していく可能性は小さいが、本年度下期以降に景気が再び悪化する可能性が否定できない以上、デフレ懸念も引き続き払拭できないという点で、各委員の認識は基本的に共通であった。

 このように、物価の先行きについては、あくまでもデフレ方向のリスクに注意すべきというのが基本認識であったが、そのうえで、物価上昇方向の要因についても、ある程度念頭に置いておくべき状況になりつつあるのではないかとの見方も存在した。すなわち、ある委員は、米国の消費者物価指数が4月単月とはいえかなり上昇したことに言及しつつ、それが日米金利差の拡大→円安→輸入物価の上昇、というかたちでわが国に波及してくる可能性に注意を促した。また、別の委員からは、これまで対立関係にあったOPEC主要国間の関係が修復されつつあることなどからみて、今回の産油国協調減産は効果を挙げる可能性が高く、原油価格は夏場にかけてかなり上昇するのではないかとの懸念が示された。

IV.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

 以上で検討された金融経済情勢を踏まえて、当面の金融政策運営の基本的な考え方が検討された。

 金融経済情勢に関する多くの委員の認識をあらためて整理すると、(1)公共投資や住宅投資等が支えとなって、足許の景気は下げ止まっている、(2)これまでの金融緩和政策の効果は金融資本市場には十分浸透している、(3)しかし民間経済の動きが引き続き弱いことや、日本経済になお残存する中長期的な調整圧力を踏まえると、景気回復の展望は依然として不明確なままである、(4)したがって公共投資が減衰する今年度下期以降については、景気が再び悪化するリスクも否定できず、その意味でデフレ懸念は払拭されていない、といったものであった。

 このような情勢判断のもとでは、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまで現在の政策を継続する」という考え方にしたがって、現在の思い切った金融緩和スタンスを続けることとするのが自然な結論、という意見が委員の大勢を占めた。

 具体的にみると、ある委員からは、これまでの金融緩和がすでに企業収益や物価面に対してある程度の下支えとして働いている可能性はあるが、そこから一歩進んで有効需要そのものに効果が及んでいくかどうかについては、今後の展開を十分に注目していく必要があるとの指摘があった。

 別の委員からも、ゼロ金利政策の効果が金融資本市場に浸透して安心感が出てきている一方、当面は経済の回復基盤を整えていくことが引き続き重要であることを踏まえると、日本銀行は現在の政策を「動かさない」ことが重要であり、そのことが日本銀行に対する信頼を確保することにつながる局面ではないかとの見解が示された。

 こうした議論の過程で、現在のゼロ金利政策が、金融機関などに行き過ぎたリスクテイクをもたらしつつある惧れはないかという観点からも、いくつかの発言があった。

 ある委員は、各種のリスク・プレミアムが低下してきたことは、基本的には歓迎すべきこととの立場をとりつつも、信用リスクや価格変動リスクに対する投資家や金融機関のディシプリンが過度に低下してきていないかどうか、今後の金融政策運営上、留意すべきとの見解を示した。

 別の委員からも、(1)2月12日に一段の金融緩和措置を採った後、最近までの長短金利の低下は、自分の予想を上回る大幅なものであったこと、(2)そうしたもとで正常なリスク感覚が若干麻痺するというような、金融緩和のいわば副作用とでも呼ぶべき現象が生じていることは否定できないとの発言があった。もっとも、この委員は、マクロ経済の現状や先行きを考えると、たとえリスクテイクに何がしかの行き過ぎが生じている可能性があるとしても、現在の金融緩和スタンスを維持していくほかはないとの立場を明確にした。

 もうひとりの委員も、現在やや行き過ぎとみなしうるような市場の反応には、年度末明けに伴う季節的な大幅資金余剰が影響している可能性があるうえ、そもそもマクロ経済が漸く下げ止まったばかりで、先行きのデフレ懸念がなお残っていることを考えると、現在はこれまでの思い切った金融緩和スタンスを続ける以外にないと発言した。別のある委員も、もし金融市場に緩和効果が強く出過ぎているという立場に立つのであれば、オーバーナイト・レートの水準を若干上振れさせることなどによって、市場の動きを牽制するという選択も理論的にはあるかもしれないが、本当にそうした市場の牽制を行うと、現在行き渡っている市場の安心感や日本銀行に対する信頼感を根本から覆すリスクがあることを指摘し、そうした手段を用いることには慎重であるべきとの考えを示した。

 また、オーバーナイト・レートを若干上振れさせる可能性を考えること自体不適当であり、むしろ一段と金融緩和を進めるべきとの意見も出された。

 他方、やや先行きの政策環境もある程度念頭に置きつつ、一段の金融緩和の必要性や余地についてどう考えるかに関しても議論が行われた。この点については、金融政策面でできることは既に行っているというのが多くの委員の認識であった。

 すなわち、ある委員からは、まず、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまで現在の政策を続ける」というスタンスの表明もあって、ターム物金利がこれ以上低下余地がないと言いうる水準にまで既に低下しているとの認識が述べられ、そうした状況を踏まえると、これからは、中央銀行として常識的には採用し難いような極端なアクション以外に、何らかの実効性のある措置は考えにくいとの見解が示された。

 また、別の委員からも、金融財政政策はほぼ最大限の措置を採ってきているほか、金融システムの立て直し策も動き始めていることを踏まえると、これから日本経済に必要な処方箋は、企業経営および財政支出面の構造改革を進めていくことであるとの見方が述べられた。

 もうひとりの委員からも、リスク・プレミアムが大きく低下するなど、緩和感が十分に浸透しつつある現在の金融情勢を踏まえると、金融の緩和がまだ足りないというような批判は的外れであるとの主張がなされた。量的な指標に目標値を設けることなどを通じて、期待インフレ率に働きかけていくという一部の経済学者等からの提案について、その委員は、期待成長率の上昇が実現できてはじめて、それと整合的なインフレ率に対する期待が生まれてくるはずのものであって、立論の順序が逆であるとの議論を展開した。そうした期待成長率を高めるための施策として、その委員からは、(1)新規需要の掘り起こしなど企業のリスクテイクを阻害しないような税制を整備することや、(2)将来に対する家計の不安を和らげるよう年金・雇用制度等の改善を図ること、といった供給サイドの改善策が挙げられた。

 さらに、同じ委員からは、物価はグローバルな現象であるため、米国やアジアにおける最近の景気・物価情勢は、わが国のデフレ懸念を和らげる方向に作用するものであり、その面からも追加的な金融緩和の必要性は後退しているとの見解が示された。また、内外価格差の是正から生じる物価下落は構造改革と表裏一体の望ましい現象であって、デフレとは区別して考える必要があることも述べられた。

 こうした一連の議論を総括するかたちで、ある委員から、現在の金融政策運営において重要なポイントは、(1)できることはすべて行ってきていること、(2)それをデフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまで続けるつもりであること、(3)財政規律を失わせて将来に禍根を残すような政策をとるつもりはないこと、(4)構造改革の進展が期待されること、といった諸点であり、そのことをきちんと対外的に説明していくことが必要との見解が述べられた。

 以上の討議の結果、当面の金融政策運営方針については、現在の金融市場調節方針を維持することが適当であるとの見解が、大勢意見となった。

 もっとも、ある委員は、ゼロ金利政策は副作用が大きいため、長期にわたり継続すべきではなく、金融市場が落ち着いている現時点を捉えて金利を引き上げるべきとの立場をとった。その委員は、現在のゼロ金利政策の弊害として、(1)生命保険会社等の機関投資家が運用難に陥っており、そうしたもとで利回りを確保するために過度なリスクテイクが生じかねない、(2)せっかくFBを公募入札制としたが、これほどの低金利では外国人投資家にとって魅力がなく、当初期待していた「円の国際化」が進まない、などといった点を挙げた。そのうえで、その委員は、こうした異常な金利水準を長く続けると、現在は良い面が出ていても、次第に副作用の方が大きくなる可能性が高いとして、オーバーナイト・レートを2月12日の金融緩和措置以前の水準——平均的にみて0.25%前後——まで引き上げるべきとの主張を行った。

 この主張に対して、ひとりの委員から、金融市場がネガティブに反応して実体経済に悪影響が及ぶ可能性をどう考えているのかとの疑問が投げかけられた。このため、金利引き上げを主張した委員は、(1)3月末の公的資本の投入等によって金融システムの状況が2月12日以前とは異なってきていること、(2)マーシャルのk(=M2+CDの対名目GDP比率)の上昇テンポがバブル期を上回っていることからみて現状が「ミニバブル」である可能性さえ否定できないこと、などを挙げて、そうした疑問に反論した。

 逆に、別のある委員は、現在の金融緩和では不十分であり、超過準備を毎月5,000億円ずつ増額していくことなどを通じて、本格的な量的緩和策を採るべきと主張した。理由として、その委員からは、(1)日本経済が大きな転換期にあることなどを踏まえると、景気は本年度下期以降失速すると考えられ、この点について他の委員よりも厳しくみていること、(2)市場には追加的な金融緩和策に対する期待が存在しており、そうした期待を打ち消さずに金融緩和のモメンタムを維持していく必要があること、(3)米国の株価が反落した場合わが国への影響が大きいため、そうなる前になるべく早くから金融緩和で対応しておくのが望ましいこと、(4)名目金利の引き下げが限界に達している一方、マネタリーベースの伸び率が昨年よりも低いため、量の拡大を通じて株価や為替相場、期待インフレ率などに働きかけていくのが適当であること、といった諸点が挙げられた。

 これについて、ある委員から、オペの応札金利がきわめて低くなり、かつ応札額も減少してきているとの執行部説明を踏まえると、差し当たり今積み期間の超過準備を5,000億円増加させるだけでも技術的に困難であり、目標値を達成できなかった場合に日本銀行のクレディビリティーが問われるのではないかとの疑問が呈された。これに対して、量的緩和を主張した委員からは、オペの担保が市中に20兆円程度存在しているとみられることなどを勘案すると、超過準備を供給していくことは十分に可能との説明があった。

V.政府からの出席者の発言

 会合の中で、政府からの出席者も発言した。大蔵省からの出席者からは、以下のような趣旨の発言があった。

  • 景気は、民間需要が低調なため、依然として厳しい状況にある。しかし、公共投資が堅調な動きとなっていることや、信用保証制度の拡充、金融システム安定化策の進展など、各種政策効果の下支えによって、景気は下げ止まりつつある。
  • こうした状況のもと、本日の閣議において、産業競争力の強化策と雇用対策について、6月中旬を目途に、産業構造転換・雇用対策本部において取りまとめるよう、総理大臣より指示があったところである。
    また、先週末のAPEC蔵相会議には宮澤大蔵大臣が出席し、同会議に際して行われた宮澤大蔵大臣とサマーズ米財務副長官との会談においては、大蔵大臣より、日本の経済や金融制度の強化、および構造改革に取り組んでいく旨を説明した。

 経済企画庁からの出席者からは、次のような趣旨の発言があった。

  • 景気は、民間需要が非常に低調なため、依然として厳しい状況にあるが、各種の政策効果に下支えされ、下げ止まりつつある。雇用対策、産業競争力の強化策については、6月中旬までにまとめる予定である。
  • 日本銀行におかれては、現在の金融政策の効果を十分見きわめるとともに、自律的な景気回復が明らかになるまで、適切な金融調節の手法によって潤沢な資金供給を行い、引き続き日本経済の回復に資するような金融政策の運営をお願いしたい。
  • なお、ゴールデン・ウィーク期間中に、経済企画庁長官が2月12日の金融政策決定会合の決定(金融市場調節方針の変更)について若干の発言を行ったことに関して、一部に誤解を生じかねない報道がみられたが、経済企画庁長官としての正式の日銀の金融政策運営に関する意見はその(2月12日)決定会合で述べたとおりであり、その旨を、その後の公式の会見でも説明したところである。

VI.採決

 多くの委員の認識をあらためて総括すると、(1)足許、景気は下げ止まっているが、民間経済の弱さなどからみて引き続き回復の展望は不明確であり、本年度下期以降に景気が再び下降する可能性も否定できない、(2)したがって、先行きのデフレ懸念が払拭されるには至っていない、(3)金融資本市場に関する限り、金融緩和の効果は十分に行き渡っており、現在はその実体経済への波及を見守る段階にある、(4)金融緩和のもとで金融機関などに行き過ぎたリスクテイクが生じている可能性を示唆する現象もないわけではないが、上記のような経済・物価情勢を踏まえると、現在は金融面から最大限に経済を支えていくことが最も重要である、というものであった。

 こうした認識を背景に、引き続き、市場機能の維持に配意しながら、これまでの金融市場調節方針を継続することが適当との意見が委員の大勢を占めた。

 ただし、ある委員からは、金利を引き上げることが適当との考えが示された。もうひとりの委員からは、本格的な量的緩和に踏み切ることが適当との考えが示された。

 この結果、以下の3つの議案が採決に付されることとなった。

 篠塚委員からは、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を、2月12日の金融緩和措置以前に戻すこと、すなわち、「無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.25%前後で推移するよう促す。なお、金融市場の安定を維持するうえで必要と判断されるような場合には、上記のコールレート誘導目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。」との議案が提出された。

 採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。

 中原委員からは、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、「中期的目標としてCPI(除く生鮮)の前年比が1%程度となること(2000年10〜12月平均の対前年同期比:0.5〜2%)を企図して、超過準備額を今積み期間(5月16日〜6月15日)について前積み期間対比で平残ベース5,000億円程度増額し、その後も継続的に超過準備額を増加させることにより、本年第4四半期(10〜12月)のマネタリーベースの前年比(四半期平均対前年同期比)が10%程度に上昇するよう量的緩和(マネタリーベースの拡大)を図る。」との議案が提出された。

 採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。

 議長からは、会合における多数意見をとりまとめるかたちで、以下の議案が提出された。

議案(議長案)

 次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとし、別添のとおり公表すること。

 より潤沢な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す。

 その際、短期金融市場に混乱の生じないよう、その機能の維持に十分配意しつつ、当初(注)0.15%前後を目指し、その後市場の状況を踏まえながら、徐々に一層の低下を促す。

  • (注)「当初」とは、2月12日金融政策決定会合時点。

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、後藤委員、武富委員、三木委員、植田委員
  • 反対:中原委員、篠塚委員

 篠塚委員は、(1)ゼロ金利というのはきわめて異常な事態であり、できるだけ早く正常に戻すべきであること、(2)「デフレ懸念の払拭が展望できるまで」ということでゼロ金利が長引いてしまうと、家計資産の劣化が一段と進むこと、(3)現在の金融緩和が実体経済を回復させるプロセスが明らかではないこと、(4)経済政策を巡る日米関係を含め、情勢が比較的落ち着いている現在が、金利引き上げの好機であること、といった理由を挙げて、上記採決において反対した。

 中原委員は、(1)経済が失速する見込みが濃厚であるため、金融政策の効果浸透のラグも考え併せると、なるべく早目に一層の金融緩和を行うべきであること、(2)金融政策が限界に達したというイメージを人々に与えることは危険であるので、名目金利の低下余地が存在しない以上、量的緩和に踏み込んでいくべきであること、(3)マネタリーベースの伸びが不十分なこと、(4)米国株価の下落に備えておくのが望ましいこと、といった理由を挙げて、上記採決において反対した。

VII.金融経済月報「基本的見解」の検討

 当月の金融経済月報(アイボリーペーパー)に掲載する「基本的見解」が検討され、採決に付された。採決の結果、「基本的見解」が全員一致で決定され、それを掲載した金融経済月報を5月20日に公表することとされた。

以上


(別添)
平成11年 5月18日
日本銀行

当面の金融政策運営について

 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、当面の金融政策運営について現状維持とすることを決定した(賛成多数)。

 すなわち、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針は、以下の通りである。

 より潤沢な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す。

 その際、短期金融市場に混乱の生じないよう、その機能の維持に十分配意しつつ、当初(注)0.15%前後を目指し、その後市場の状況を踏まえながら、徐々に一層の低下を促す。

  • (注)「当初」とは、2月12日金融政策決定会合時点。

以上