このページの本文へ移動

金融政策決定会合議事要旨

(1999年 6月28日開催分)*

  • 本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、99年8月13日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

1999年 8月18日
日本銀行

開催要領

1.開催日時
99年 6月28日(9:00〜12:35)
2.場所
日本銀行本店
3.出席委員
  • 議長 速水 優(総裁)
  • 藤原作弥(副総裁)
  • 山口 泰(  副総裁  )
  • 後藤康夫(審議委員)
  • 武富 将(  審議委員  )
  • 三木利夫(  審議委員  )
  • 中原伸之(  審議委員  )
  • 篠塚英子(  審議委員  )
  • 植田和男(  審議委員  )
4.政府からの出席者
  • 経済企画庁 河出英治 調整局長(9:00〜12:35)

(執行部からの報告者)

  • 理事黒田 巌
  • 理事松島正之
  • 理事永田俊一
  • 金融市場局長山下 泉
  • 調査統計局長村山昇作
  • 国際局長平野英治
  • 企画室企画第1課長雨宮正佳
  • 調査統計局吉田知生

(事務局)

  • 政策委員会室長小池光一
  • 政策委員会室調査役飛田正太郎
  • 企画室調査役栗原達司
  • 企画室調査役山岡浩巳

I.前々回会合の議事要旨の承認

 前々回会合(5月18日)の議事要旨(グリーンペーパー)が全員一致で承認され、7月1日に公表することとされた。

II.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要

1.最近の金融市場調節の運営実績

 金融市場調節については、前回会合(6月14日)で決定された金融市場調節方針 1にしたがって運営した。この結果、短期金融市場では、オーバーナイトレートが連日0.03%で推移し、ターム物金利も横這い推移となるなど、安定した動きが続いた。

 具体的には、1〜3月GDP統計が発表(6月10日)されたあと、市場では、ゼロ金利の解除が早まるのではないかとの見方が台頭し、ユーロ円金利やTB金利などのターム物金利が強含んだ。しかし、日本銀行が潤沢な資金供給を続けたことや、総裁が「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまで、現在の金融緩和スタンスを続ける」旨を確認した(6月16日)ことから、市場では、次の短観(7月5日発表予定)を含め、経済動向をよくみきわめる必要があるとの雰囲気が強まった。このため、その後のターム物金利は横這い推移を辿った。

 このような短期金融市場の金利感の変化に関連する特徴点として、以下のような動きを挙げることができる。第1に、資金の運用サイドでは一頃、ゼロ金利長期化見通しを背景に、ターム物への資金放出を強めていたが、ここにきてこうした姿勢が慎重化した。この結果、都銀等の資金調達サイドでは、ターム物による調達が減少し、オーバーナイト調達のウェイトが上昇している。第2に、一時強まったTB、FBへの運用ニーズも落ち着き、例えば、FBの公募入札の平均落札レートも上昇している(6月9日:0.026%→6月23日:0.042%)。第3に、資金供給オペの落札レートも幾分強含んでおり、一時札割れしたこともあったオペの集玉状況は、金利の上昇とともに改善してきている。

 このほか市場では、「コンピューター2000年問題」に伴う資金調達リスクが徐々に意識されてきており、企業や金融機関が調達する年末越え資金のコストはジリジリと上昇し始めた。

  1. 「より潤沢な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す。その際、短期金融市場に混乱の生じないよう、その機能の維持に十分配意しつつ、当初(注:2月12日の金融政策決定会合時点)0.15%前後を目指し、その後市場の状況を踏まえながら、徐々に一層の低下を促す。」

2.為替市場、海外金融経済情勢

(1)為替市場

 前回会合以降の為替市場では、海外勢を中心に根強い円買いがみられたが、これに対しては、円売り介入が対ドルや対ユーロで実施されたとの報道が行われたため、円相場はもみ合いながら軟化した。

 具体的には、(1)米国では、インフレ懸念の高まりを受けて長期金利が上昇し、それに伴って株価の先行きに対する警戒感も強まったこと、(2)日本の1〜3月のGDPが予想外の高い伸びとなったこと、などから、海外勢を中心に円買いの動きが広まって、円の対ドル相場は、一時117円台まで強含んだ。しかし、これに対してわが国通貨当局が円売り介入を実施したと伝えられたため、円は120〜122円台まで反落した。

(2)海外金融経済情勢

 米国経済は、力強い拡大を続けており、スローダウンの兆しはみられない。5月の消費者物価指数は落ち着いていたが、労働市場の引き締まりを背景に賃金上昇率は高まっており、インフレ懸念は根強い。これを受けて、米国長期金利は、97年11月以来の6.1%台半ばまで上昇している。また、株価は長期金利の上昇を受けて、軟調な展開となっている。このように、米国の金融資本市場は、次回FOMC(6月29、30日)における0.25%の利上げを織り込んだ展開となっている。

 東アジア経済は、中国を除き、回復の足取りがはっきりしてきている。これまで、リストラに伴うデフレインパクトや外資還流に対する不安など、ダウンサイド・リスクが強く懸念されていたが、ここにきて、(1)為替相場の堅調や金利の低下など、金融資本市場が全般に安定してきていることに加え、(2)先進国経済の好転などを背景として、そうしたダウンサイド・リスクの度合が後退しているように窺われる。また、(3)インドネシアの総選挙が一応平穏に済み、目先の社会不安の再発を防げたことも好材料である。こうした状況のもと、株価は、総じて上昇傾向にあり、多くの国では年初来最高値を更新している。

3.国内金融経済情勢

(1)実体経済

 前回会合以降明らかになったいくつかの経済指標からは、前回の基調判断——すなわち、「足許の景気は下げ止まっているが、回復へのはっきりとした動きはみられていない」——を変えるような材料は特に得られなかった。

 まず、公共投資関連では、5月の公共工事の発注は4月に続いて減少し、ヒアリング等によると6月も減少傾向を辿る可能性が高い。もっとも、工事進捗ベースでは高水準が続いているとみられる。

 輸出は、このところ横這い圏内で推移している。地域別には、EU向けの減少幅が拡大する一方で、ASEAN向けが堅調に推移している。輸入は、今年に入って幾分強含みの展開となっており、とくに、東アジアからの情報関連財の輸入が増加していることが特徴的である。

 設備投資関連の指標では、中小企業・製造業の99年度設備投資の当初計画(中小製造業設備投資動向調査<中小企業金融公庫>)が、前年度の当初計画並みの落ち込みとなっており、設備投資の調整が続くことを示唆している。

 個人消費は、全体として一進一退の動きが続いている。6月入り後の販売動向は、一部都内百貨店の閉店セールが盛り上がっているが、夏季賞与の減少など、雇用・所得環境が依然として厳しい状況にあるため、個人消費が持ち直していく展望は得られていない。

 物価面では、企業向けサービス価格指数が引き続き軟調に推移している一方、消費者物価指数は、ほぼ前年水準並みの動きとなっている。

(2)金融情勢

 前回会合以降の金融面の特徴的な動きは、市場の金利感に微妙な変化が窺われることと、5月のマネーサプライが僅かながら強含んだことの2点である。

 まず、TBのイールドカーブは、1〜3月GDP統計の発表前に0.02%レベルでフラットとなっていたが、ごく最近では、3か月物が0.04%、1年物が0.07%と、幾分スティープ化し、上方にシフトしている。これまでは、市場の見通しが景気悪化(または金利低下)方向一辺倒で、目先1年間程度の金利上昇リスクをほとんど意識していなかったが、最近の動きは、そうしたリスクに対しても目配りが始まったことを示唆しているものとみられる。

 長期金利も1.7%台まで上昇し、4月初めの水準になった。ただ、長期金利が一気に上昇するような地合いではないし、株価が堅調であることも踏まえると、これまでのところは、実体経済や金融市場に撹乱的な影響を及ぼすようなものではないと判断される。

 一方、5月のマネーサプライ前年比は、3か月連続の上昇となった。これには、ゼロ金利の浸透によってマネー保有の機会費用が低下したことが寄与しており、法人の流動性預金の伸びが高まっていることも、この見方を裏打ちしていると考えられる。

 日銀券の伸びも、現状は前年比6%台と堅調であるが、今後、前年割れが見込まれる夏季賞与の支給が本格化するにつれて、どのような動きをするかを注目する必要がある。

III.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要

(1)景気の現状と先行き

 会合では、前回会合以降に明らかになった経済指標の評価を中心に議論が交わされた。その結果、景気の現状と先行きについては、「足許の景気は、下げ止まっているが、回復へのはっきりとした動きはみられていない」、物価面については、「物価に対する潜在的な低下圧力は残存している」といった、前回会合における基調判断を変更する必要はないというのが、大方の委員の共通認識であった。

 景気認識については、まず何人かの委員より、5月の公共工事請負金額は減少しているが、既往請負分による高水準の工事が続いており、依然として、公共投資と住宅投資といった政策関連需要が景気を下支えしている、との見解が示された。

 また、輸出入動向にも言及があり、複数の委員は、アジア経済の持ち直しなど、最近の海外経済環境の好転を踏まえると、今後、輸出が増加し、経済を支える要因となっていく可能性がある、との期待感を表明した。しかし、昨年のリード役であったEU向け輸出がEU経済の減速とともに減少しているほか、米国経済も必ずしも楽観できるような情勢ではないとして、今後の輸出動向について慎重な考えを述べる委員もいた。

 民間需要の柱となる設備投資、個人消費については、ほとんどの委員が、その自律的な回復力はまだ備わってきていないという立場からの発言を行った。

 まず設備投資は、引き続き弱い状態にあるというのが各委員の共通認識であった。具体的には、中小製造業の99年度設備投資計画が前年度並みに慎重なものであったことや、4月以降の先行指標が再び減少していることなどを踏まえると、慎重な見方を維持せざるをえないとの認識が多く示された。このうち、ある委員は、中小・零細企業には先延ばしされた設備投資ニーズ(ペントアップ・ディマンド)が残っている可能性を指摘し、別の委員も、事務所や店舗など非製造業分野では多少の動きがあり、都心部では大型再開発案件の一部が前倒しで始まっていることを紹介した。しかし、これらの委員も含め、多くの委員が、そうした動きを織り込んだとしても、設備投資の基調判断を変えるには至らないとの考えを述べた。

 個人消費についても、大方の委員は、企業のリストラの本格化や、夏季賞与の落ち込みなど、雇用・所得環境を巡る厳しい状況に変化はないとして、引き続き慎重な立場を採った。

 ただし、何人かの委員からは、所得が減少しているなかで、消費支出が一進一退を続けていることからみて、所得環境の悪化のわりには消費が持ちこたえていると評価できるとの指摘があった。こうした見方を支えるひとつの考え方として、これらの委員は、株価の上昇が消費者コンフィデンスに好影響を及ぼしている可能性を指摘した。また、このうちのひとりの委員は、日本銀行情報サービス局の「生活意識に関するアンケート調査(3月実施)」で、「企業の努力などにより、景気は時間が経てばいずれ良くなる」という明るい見方が、半年前に比べて増えていること、などを紹介した。

 もっとも、これらの委員も含めた各委員の共通認識としては、個人消費全体としては、ダウンサイド・リスクが薄れつつあるにしても、景気回復をリードしていくような力は備わっておらず、今後の帰趨をよくみていく必要がある、というものであった。

 以上のような需要動向を踏まえて、生産を巡る環境については、複数の委員が、企業の減産や政策関連需要の増加を背景に在庫調整が進んでおり、出荷の増加が生産の増加につながる環境が整っていると発言した。これに対して、別の複数の委員からは、4〜6月の生産予測が前期比で微減の見込みであるなど、生産活動が前向きになったとは言い切れないとの見解が示された。

 物価面については、企業向けサービス価格指数が軟調であったことなどを踏まえ、ほとんどの委員から、前回会合の「物価に対する潜在的な低下圧力は残存している」との判断を変更する必要はない、との認識が示された。

 その上で、複数の委員は、消費者物価が前年比横這いになったことは、足許、物価下落が加速していくような状況ではないことを示している、との見方を付け加えた。また、ほかのある委員も、物価が安定して推移すれば、そうした動き自体にデフレ懸念を緩和する効果を期待できるのではないか、との考え方を述べた。さらに、別のひとりの委員からは、ここにきて在庫調整が進んでいることや、国際商品市況がアジアにおける需給バランスの改善などを受けて持ち直していることは、企業にとって、価格回復に向けた働きかけを行いうる環境が漸く整ってきたことを意味しているとの発言があった。もっとも、こうした最近の動きに言及した委員も含め、ほとんどの委員が、大幅な需給ギャップや賃金の下落を踏まえると、物価の潜在的な低下圧力は残存しているとの見方であった。

 その一方で、ある委員は、最近の物価動向を踏まえ、物価下落圧力は和らいでいるのではないか、との考えを述べた。その委員は、従来は、大きな需給ギャップの存在を前提に物価下落圧力を懸念してきたが、需給ギャップやその前提となる潜在成長率を正確に計測することは技術的に難しく、したがって、それを踏まえた物価見通し自体もかなり幅をもって捉えておくべきではないか、との見解を述べた。

 さらにほかのひとりの委員は、原油価格の動向について言及し、現在の産油国間の協調体制が維持されれば今後も堅調に推移していく公算が高く、その動向に注目していく必要があるとの考えを述べた。

 以上のように、現時点の景気認識としては、明るい材料も見え始めてはいるが、今年度下期について、民間需要の自律的な回復は展望できておらず、ダウンサイド・リスクに十分に注意を払っていく必要があるというのが、多くの委員の共通した認識であった。

 この点に関連し、ひとりの委員は、産業界には潮の変わり目を迎えたとの意見が増えているが、現在は、明暗交じった斑模様であり、底這いの景気状況にあるとの判断に変わりはないと述べた。また、別の委員からも、今年度上期の経済展開によっては下期のダウンサイド・リスクの姿が変化する可能性は排除しえないし、それに関する補強材料も幾分は出てきているようにみえるが、基調判断を変えるほどの動きにはなっていないとの見解が示された。

 こうしたなかで、ある委員は、景気が本年度下期に失速するリスクと、それに伴なうデフレ懸念を特に強調した。その委員は、そうした見方の理由として、(1)4月の景気動向指数や第三次産業活動指数からは、公共投資と住宅投資以外は良くないことが確認できること、(2)出荷と在庫のバランスが4月以降再び崩れており、今後自動車の生産が増加することなどからみて、第二段階の在庫調整局面に入る可能性があること、(3)リストラの本格化は企業収益に寄与するが、個人消費や設備投資が煽りを受けること、および、(4)強めの経済指標を受けて為替円高や長期金利の上昇が進むと、現在の景気は大きな痛手を被ることになること、といった諸点を列挙した。

(2)金融面の動き

 金融面についても、前回会合で示された「金融環境は改善している」との判断が基本的には踏襲され、多くの委員が、こうした動きが実体経済に好影響をもたらすことを期待するとの立場をとった。

 まず、金融市況については、複数の委員が、1〜3月のGDP統計の発表を受けて、ターム物金利や長期金利が幾分上昇するなど、市場の金利感に微妙な変化がみられていることについて言及した。多くの委員は、(1)こうした変化は一頃強かった経済の先行きに対する悲観的な見方が後退し、景気回復の可能性にもある程度注意を払うようになったことを示している、(2)金利の上昇ピッチは急激ではなく、株価も堅調を維持している、といったことを挙げて、懸念すべき状況ではないとの判断を述べた。

 このうちのひとりの委員は、堅調な株価に注目した。その委員は、その背景として、金融システム不安の後退、ゼロ金利政策の効果、米国株価の堅調などの要因があるが、やはり将来の企業収益に対する見方が徐々に強まっていることが大きく効いているとの見方を示した。ただその委員は、現在のところ景気回復を明確に示す指標は多くはなく、市場の動きにはやや期待先行の感があるとしたうえで、今後、実体経済の弱さに市場が鞘寄せされるのか、あるいは、市場の期待に沿って経済が改善していくのかを注目したいとの見解を付け加えた。

 また、その委員も含めた多くの委員は、最近の堅調な株価動向が、企業や家計のコンフィデンスの改善に一定の効果をもたらしているとの認識を共有した。

 長期金利に関して、ある委員は、(1)長期金利関数(日本銀行調査月報1998年6月号掲載)を用いて理論値を試算してみると、足許の1%台後半の金利水準は必ずしも高くはないこと、(2)長期金利は、理論的には景気と物価の先行き見通しに、リスクプレミアムを加えたものから成り立っており、これを踏まえると、最近の上昇は、景気実勢のポジティブな変化をある程度反映している面があると解釈できること、などの見解を披瀝した。

 金融の量的側面については、複数の委員より、ゼロ金利政策などの効果を背景に、一頃慎重であった銀行の融資姿勢は徐々に緩和し、直接金融市場でも積極的なリスクテイクが行われるなど、金融資本市場はうまく機能し始めており、企業の資金は潤沢に確保されているとの指摘があった。このうち、ひとりの委員は、市場参加者のリスクテイクが積極的になった結果として、企業の資金繰りがうまくつくようになったことには、淘汰されるべき企業や設備が残置され、構造調整の進行を遅らせるという副作用があることも事実だが、それよりもまず現在は、景気回復に向けた基盤を固めるために、金融緩和のプラス効果を最大限引き出すことが先決である、との認識を付け加えた。

 ただし、金融緩和の副作用については、これとは別の立場を採る委員もいた。すなわち、その委員は、経済主体にモラルハザードを起こさせていることや、年金、保険、財団などの運営が超低金利の中で一段と厳しくなっていることなどを指摘し、低金利は無視しえない副作用をもたらしているとの発言を行った。

IV.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

 以上のような金融経済情勢を踏まえて、当面の金融政策運営の基本的な考え方が検討された。

 多くの委員の金融経済情勢に関する認識は、前回会合と同様に、(1)足許の景気は下げ止まっているが、民間需要の動きは依然として弱く、回復へのはっきりとした動きはみられていない、(2)物価に対する潜在的な低下圧力は引き続き残存している、(3)金融環境は改善しており、実体経済に好影響が及ぶことが期待される、といったものであった。

 こうした認識を踏まえて、多くの委員からは、現在のところ「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」には至っておらず、今後、民間需要の自律的回復力が強まっていくのかどうかを、引き続き注意深く見守るべき段階にあるとの判断が示された。

 したがって、当面の金融政策運営方針としては、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまで、現在の政策運営を継続する」という考え方に則って、現状の金融市場調節方針を維持することが適当であるとの見解が、会合における大勢意見となった。

 しかし、金融政策運営や、その前提となる「デフレ懸念」に関する認識などについては、大勢の意見とは異なる2つの主張が示された。

 まず、ひとりの委員は、「デフレ懸念は払拭されていない」との認識を踏まえて、インフレーション・ターゲッティングとマネタリーベースの量的拡大による一段の金融緩和を主張した。具体的には、(1)現在の景気の下げ止まりは、公共投資、住宅投資、さらには信用保証制度の拡充などの政策効果が現れているにすぎず、本年度下期に失速する可能性が高いこと、(2)日本銀行は、政策運営上の目標の設定や手段の選択を自主的に行える以上、設定した目標を明示して、結果に対する責任を明確にすべきであり、その観点からは消費者物価指数(CPI)を目標とすることが妥当であること、(3)設定した目標を達成している限りは、外部からの追加措置の要求に対抗できること、(4)ここにきて、マネタリーベースの伸びがやや鈍化しているが、これによって量的緩和に対する期待が剥落し、為替円高や株価下落につながるリスクがあること、(5)ゼロ金利のもとでは、金利と量は「コインの表裏」の関係ではないため、ターゲットを量に転換して、金融緩和の度合をわかりやすくする必要があること、さらに、(6)この政策によって期待インフレ率が上昇するが、通常は、その幅が名目金利の上昇幅に比べて大きいため、結果的に実質金利が低下する、といったことを列挙した。

 このうち、期待インフレ率を巡る部分について、複数の委員から発言があった。ひとりの委員は、一般的な量的緩和の主張には、それが名目長期金利の上昇を抑制するための政策であると誤解している面があるが、理論的には、こうした政策を採った場合は、先の委員が述べたように名目長期金利が上昇するというのが正しい理解であると発言した。また、別の委員からは、経済主体は、名目金利と実質金利の両方をみて行動しており、実質金利が低下するのであれば、名目金利が上昇しても構わないという立論には無理があるのではないか、という趣旨の疑問が呈された。

 もうひとつの主張は、金融政策運営を2月の緩和措置前の状態に戻す──オーバーナイト金利を0.25%に引き上げる──ことであった。これを主張した委員は、その理由として、(1)金融市場では、景気回復に向けたポジティブな材料を評価するメカニズムが働き始めており、これが、企業や家計のコンフィデンスの改善を通じて、前向きの動きを引き出す効果を期待できること、(2)アジア経済の回復などによって商品市況が持ち直し、卸売物価や消費者物価の動きにも下げ止まりの気配がみられるなど、デフレ懸念が払拭される展望が拓けつつあること、(3)これらを踏まえると、所得分配上の歪み、市場参加者におけるモラルハザードの発生、資金運用機関の運用難、さらには金融緩和感の行き過ぎに伴うプライスメカニズムの後退、といったゼロ金利の副作用を甘受してまでも、現在のゼロ金利政策を継続していくことの妥当性には疑問があること、(4)マクロ経済指標は景気実態に遅行するため、事後的にみると、景気が回復局面入りしていたにもかからわず追加的な緩和措置をとって、経済の振幅を大きくしてしまったケースが過去にあること、などの点を指摘した。

 この主張については、ある委員が、金融政策の判断に際しては、足許の経済情勢を判断することに止まらず、将来に向けた様々なリスクをよくみていくことが重要であるとしたうえで、現状、経済にアップサイドの動きが出始めていることは事実としても、先行きについては、引き続きダウンサイド・リスクのほうが遥かに大きいのではないか、と反論した。そしてその委員は、かりにいったん利上げしたあとに、経済が再度落ち込んだからといって再びゼロ金利政策に戻しても、2度目のゼロ金利政策には今ほどの効果は期待できないし、金融政策運営に対するクレディビリティも損なわれる、との見解を付け加えた。

 このほか会合では、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまで、現在の政策運営を続けていく」という考え方について、意見交換が行われた。

 まず、ある委員からは、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまで、現在の政策運営を続けていく」という考え方自体は、インフレーション・ターゲッティングにかかる技術的な問題をうまく回避した金融政策運営のコミットメントであり、市場環境の改善にも大きな効果をもたらしたとの評価が示された。それを踏まえて、その委員は、市場が「デフレ懸念」の定義を巡って神経質になっているだけに、足許の商品市況や物価の下げ止まりが材料となって金利が上昇することにはならないか、といった点を指摘したうえで、「景気の自律的回復の兆しがみえるまで」といった趣旨をより強調すべきかどうか、との問題提起を行った。

 これについて、ひとりの委員は、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまで」という表現には、(1)足許の物価情勢ばかりでなく、将来の景気や物価動向を十分にみていくという趣旨がうまく盛り込まれていること、(2)インフレーション・ターゲッティングを採用している国であっても、ある種の強いサプライショックによって物価だけが上昇するようなケースでは、景気への配慮を優先することがあり、この表現もそうした対応余地を排除していないこと、といったことを挙げて、現在の考え方は金融政策における判断基準として妥当である、との見解を述べた。この見解には、ほかの複数の委員が同調したほか、本件を問題提起した委員からも共感の意が示された。

 また、これらとは別に、消費者物価指数(CPI)をターゲットとすることを提唱している委員は、「デフレ懸念」の考え方の整理は、「インフレーション・ターゲッティングにかかる技術的な問題の回避」という面に止まらず、金融政策運営に当って、ギリギリ重視するのが、物価と経済成長のいずれであるのかを問う根本的な問題であるとの認識を示した。そのうえで、その委員は、消費者物価指数(CPI)のターゲットにも、ルールと裁量の中間的フレームワークという側面があり、突発的な事態には弾力的に対応する余地はあるとの考えを説明した。

 続いて、ひとりの委員が、かりに、短観(7月5日発表予定)の業況判断D.I.が改善し、それに市場が強く反応するなど、早すぎる政策転換期待が芽生えた場合に、どのような対応をとるべきか、という問題提起を行った。また、別の委員も、景気が本格的に回復したり、将来の財政の姿に関する不安感が強まったりするケースでは、市場金利の上昇を食い止めることは難しいが、強めの経済指標や国債需給の一時的な悪化を材料にした金利上昇にどう対処すべきか、と同様の趣旨の発言を行った。

 この点について、ある委員は、現在の政策運営のもとでは、1〜3月のGDP統計に続き、短観の発表でも市場が再び揺さぶられた場合の対応は難しいとしたうえで、量的ターゲットによる一段の金融緩和を予防的に実施することの意義をあらためて強調した。

 しかし、ほとんどの委員の間では、金利形成は基本的に市場に委ねるべきであり、かりに経済指標が改善して、それに市場が反応するような場合でも、日本銀行がそれに対して何らかの対応策を講ずることは適当ではない、という認識が共有された。このうちのひとりの委員は、金融政策運営においては判断のタイミングが重要であり、現時点で「動かさない」ことの意義を強調したうえで、ほかの何人かの委員とともに、日本銀行は「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまで、現在の政策運営を続けていく」との立場を堅持していくことを確認した。さらに、ほかのひとりの委員は、大切なことは、市場参加者がさまざまな情報を冷静に消化できる環境を整えることであり、そのためには、現在の政策スタンスをしっかりと維持して、その背景にある考え方を市場に対して十分説明していくことが一層重要になっている、との見解を合わせて付け加えた。

V.政府からの出席者の発言

 会合の中では、経済企画庁からの出席者から、以下のような趣旨の発言があった。

  • 前回会合以降、政府における経済の認識に変化はない。
    今月18〜20日まで、ケルンサミットが開催され、総理よりわが国の経済運営の考え方の説明をおこない、各国首脳から高い評価が得られたところである。このように各国から理解が得られたことは、わが国経済の将来に対するコンフィデンスの向上にもつながるものと考えている。
  • 日本銀行においては、引き続きわが国経済の回復に貢献するような金融政策をおこなうことを要請したい。

VI.採決

 多くの委員の認識をあらためて総括すると、前回会合と同じく、(1)足許の景気は下げ止まっている、(2)金融環境は改善しており、今後実体経済に好影響が及ぶことが期待される、(3)しかし、民間需要の動きは依然として弱く、回復へのはっきりとした動きはみられていない、(4)物価に対する潜在的な低下圧力も引き続き残存している、したがって、(5)「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまで、現在の政策運営を続けていく」という状況にも変化はない、というものであった。

 こうした認識を背景に、当面は、引き続き市場機能の維持に配意しながら、これまでの金融市場調節方針を維持することが適当であるという意見が大勢を占めた。

 ただし、ひとりの委員からは、インフレ率に目標を設定したうえで、本格的な量的ターゲットに踏み切り、一段の金融緩和を実施することが適当との考えが示された。一方、別の委員からは、オーバーナイト金利を引き上げることが適当との考えが示された。

 この結果、次の3つの議案が採決に付されることとなった。

 中原委員からは、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、「中期的目標としてCPI(除く生鮮)の前年比が1%程度となること(2000年10〜12月平均の対前年同期比:0.5〜2.0%)を企図して、超過準備額を今積み期間(6月16日〜7月15日)について前積み期間対比で平残ベース5,000億円程度増額し、その後も継続的に超過準備額を増加させることにより、本年第4四半期(10〜12月)のマネタリーベースの前年比(四半期平均対前年同期比)が10%程度に上昇するよう量的緩和(マネタリーベースの拡大)を図る。なお、無担保コールレート(オーバーナイト物)が大幅に上昇する等金融市場が不安定化した場合には、上記マネタリーベースの目標等にかかわらず、一層の量的拡大を図る。」との議案が提出された。

 採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。

 篠塚委員からは、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、「無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.25%前後で推移するよう促す。なお、金融市場の安定を維持するうえで必要と判断されるような場合には、上記のコールレート誘導目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。」との議案が提出された。

 採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。

 議長からは、会合における多数意見をとりまとめるかたちで、以下の議案が提出された。

議案(議長案)

 次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとし、別添1のとおり公表すること。

 より潤沢な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す。

 その際、短期金融市場に混乱の生じないよう、その機能の維持に十分配意しつつ、当初(注)0.15%前後を目指し、その後市場の状況を踏まえながら、徐々に一層の低下を促す。

  • (注)「当初」とは、2月12日金融政策決定会合時点

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、後藤委員、武富委員、三木委員、植田委員
  • 反対:中原委員、篠塚委員

──中原委員は、(1)ゼロ金利政策のもとでは、金利と量は「コインの表裏」の関係にはないため、いずれ積み上幅などの量的指標が減少して、量的緩和への期待が剥落すれば、株価下落と為替円高を招来することになる、(2)金利政策としての追加緩和余地がないため、現状のままでは、景気の一段の悪化や不測の事態に対応できない、(3)金融政策の効果のラグを考えると、景気の下方モメンタムがついたあとに政策対応をしても間に合わない、(4)インフレ率に目標を設定して、そのときどきの物価の安定度合いをチェックすることが必要である、といった諸点を挙げて、上記採決において反対した。

──篠塚委員は、(1)長期にわたる低金利は、所得分配上の歪みや、市場参加者のモラルハザードを起こしていること、(2)ゼロ金利の長期化によって、金利のプライスメカニズムが阻害され、金融緩和の行き過ぎに歯止めが掛からなくなっていること、(3)現在の金融経済情勢は、一段の緩和を決めた2月時点と比較して、持ち直しの兆しがあること、(4)そうしたもとで、ゼロ金利解除を先送りすればするほど、この先実際に利上げしたときのショックが大きくなること、などを理由に挙げて、上記採決において反対した。

VII.99年7月〜12月における金融政策決定会合の日程の承認

 最後に、99年7月〜12月における金融政策決定会合の日程が別添2のとおり承認され、即日対外公表することとされた。

以上


(別添1)
平成11年 6月28日
日本銀行

当面の金融政策運営について

 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、当面の金融政策運営について現状維持とすることを決定した(賛成多数)。

 すなわち、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針は、以下の通りである。

 より潤沢な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す。

 その際、短期金融市場に混乱の生じないよう、その機能の維持に十分配意しつつ、当初(注)0.15%前後を目指し、その後市場の状況を踏まえながら、徐々に一層の低下を促す。

  • (注)「当初」とは、2月12日金融政策決定会合時点。

以上


(別添2)
平成11年 6月28日
日本銀行

金融政策決定会合等の日程(平成11年7月〜12月)

表 
  会合開催 (参考)金融経済月報公表 (議事要旨公表)
11年7月  7月16日(金)  7月21日(水) ( 9月14日(火))
8月  8月13日(金)  8月17日(火) ( 9月27日(月))
9月  9月 9日(木)
 9月21日(火)
 9月13日(月)
−−
(10月18日(月))
(11月 1日(月))
10月 10月13日(水)
10月27日(水)
10月15日(金)
−−
(11月17日(水))
(12月 1日(水))
11月 11月12日(金)
11月26日(金)
11月16日(火)
−−
(12月22日(水))
未定
12月 12月17日(金) 12月21日(火) 未定

以上