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金融政策決定会合議事要旨

(1999年 9月21日開催分)*

  • 本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、99年10月27日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

1999年11月 1日
日本銀行

開催要領

1.開催日時
99年9月21日(9:00〜12:21、13:11〜16:15)
2.場所
日本銀行本店
3.出席委員
  • 議長 速水 優(総裁)
  • 藤原作弥(副総裁)
  • 山口 泰(  副総裁  )
  • 後藤康夫(審議委員)
  • 武富 将(  審議委員  )
  • 三木利夫(  審議委員  )
  • 中原伸之(  審議委員  )
  • 篠塚英子(  審議委員  )
  • 植田和男(  審議委員  )
4.政府からの出席者
  • 大蔵省 谷垣禎一 政務次官(9:00〜10:48)
    原口恒和 大臣官房総務審議官(10:59〜16:15)
  • 経済企画庁 河出英治 調整局長(9:00〜16:15)

(執行部からの報告者)

  • 理事黒田 巖
  • 理事松島正之
  • 理事永田俊一
  • 金融市場局長山下 泉
  • 調査統計局長村山昇作
  • 国際局長平野英治
  • 企画室参事稲葉延雄
  • 企画室企画第1課長雨宮正佳
  • 調査統計局吉田知生

(事務局)

  • 政策委員会室長小池光一
  • 政策委員会室調査役飛田正太郎
  • 企画室企画第2課長田中洋樹
  • 企画室調査役栗原達司
  • 企画室調査役山岡浩巳
  • 金融市場局調査役荒木光二郎(9:00〜9:43)

1.前々回会合の議事要旨の承認

前々回会合(8月13日)の議事要旨(グリーンペーパー)が全員一致で承認され、9月27日に公表することとされた。

2.資産担保債券および当座預金取引の相手方の債務の担保としての取扱い等に関する基本方針についての検討・決定

1.執行部からの提案内容

(1)資産担保債券の担保としての取扱い

資産担保債券(特定の資産から生ずる金銭等を裏付けとしてその元利金の支払いが行われる債券、ABS)は、現在、日本銀行の適格担保となっていない。

しかし、(a)今後、同債券の発行の増加が見込まれること、(b)主要国の中央銀行の例をみても、これを適格担保としているケースがみられること、等を踏まえれば、日本銀行としても、中央銀行資産の健全性の観点から十分に審査の上、信用力などの点で要件を満たす資産担保債券については、これを適格と認め、与信の担保として受入れていくことが適当と考えられる。

ただし、当分の間は、社債等を担保とする手形買入における担保としてのみ受入れることとし、詳細が固まり次第改めて決定の上、対外公表を行うこととしたい。

(2)当座預金取引の相手方の債務の担保・オペ対象としての取扱い

日本銀行の当座預金取引の相手方(取引先)である金融機関の債務については、従来、長期信用銀行などが発行する金融債、および証券会社・証券金融会社発行のコマーシャル・ペーパーを、日本銀行の適格担保・オペ対象としてきた。

ただ、この10月以降、銀行による普通社債の発行も見込まれており、金融機関の資金調達手段の多様化が一段と進展しつつあるので、この際、金融機関等取引先の債務全般について、これを日本銀行の適格担保・オペ対象とすべきか否かにつき、再検討を行う必要があると考えられる。

取引先金融機関の債務を、日本銀行の適格担保・オペ対象とすることについては、(a)当該金融機関等の信用状況等についての日本銀行の判断が示されることになること(例えば、信用力の劣化した金融機関の債務について、日本銀行が「今後は適格担保としない」といった決定を行うと、そのことが当該金融機関の資金調達難を通じて信用不安を招くリスクがあり、だからといって不適格化を見送ると、今度は中央銀行資産の劣化を招くおそれがあること)、(b)そもそも、日本銀行の与信によって弁済が行われる可能性がある債務を、日本銀行の与信の担保・オペ対象とすることについては、実質的な担保力という観点から問題があること、(c)主要国の中央銀行の例をみても、こうした債務は適格担保・オペ対象とされていないこと、などの問題がある。これらの点に鑑みれば、この際、取引先金融機関の債務については、原則として日本銀行の適格担保・オペ対象としない扱いとすることが適当と考えられる。

ただし、従来、金融債や、証券会社および証券金融会社が発行するCPについて、これらを日本銀行の適格担保等としてきたという経緯に鑑みれば、一定の経過措置が必要と思われる。具体的には、(a)金融債については、2001年3月末まで、(b)証券会社や証券金融会社のCPについては2000年3月末までに買い入れたものについて、引き続き適格とすることが適当と考えられる。

以上につき、提案したい。

2.委員による検討・採決

以上の執行部提案に対して、複数の委員から了とする旨の態度表明がなされ、その後採決の結果、全員一致で決定、即日公表されることとなった。

3.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要

1.最近の金融市場調節の運営実績

金融市場調節については、前回会合(9月9日)で決定された金融市場調節方針1にしたがって運営した。この間、「積み上幅」については、概ね1兆円の水準を維持しつつ、いわゆる「99年9月9日問題」(コンピューターの誤作動が発生し得るとされた特異日)への懸念や積み最終日(9月14日)などの要因からコール資金の調達圧力が高まった際には、オーバーナイトレートをできるだけ低く推移するよう促すという調節方針に沿って、市場動向をできるだけ安定させるため、弾力的に積み上幅を拡大させた。

オーバーナイトレートは、上記の「99年9月9日問題」に対する懸念を背景に、9月8〜9日には一時的に0.06%と強含んだが、日本銀行による潤沢な資金供給を受け、10日以降は、再び概ね0.03%で推移している。なお、短資会社各社による手数料の引き下げを受け、市場での取引は既に0.02%での出合いが中心となっており、9月17日には、オーバーナイトレートは加重平均値でも初めて0.02%となった。

この間、ターム物金利は、最近の円高の進行を受け、ゼロ金利政策の早期解除懸念が一段と後退したことなどから、総じて軟化している。TBレートをみると、既に3か月物や6か月物はオーバーナイト金利を下回る水準まで低下していたが、最近では、1年物も0.04%とオーバーナイトレートに近い水準にまで低下している。このように、ゼロ金利政策による金融緩和効果は、やや長めのタ−ム物金利に至るまで、一段と浸透してきているように窺われる。

また、ゼロ金利政策の継続により、市場では、「殆どコストのかからない資金をいつでも調達できる」という安心感が一段と定着している。この結果、都銀に加え、最近では外銀などでも、多めに超過準備を抱えておく必要はないとして、これを圧縮するスタンスを強めている。このため、最近では、日本銀行が供給した資金が、準備預金制度非適用先である短資会社などに積み上がる傾向がさらに強まっている。このように市場では、資金余剰感が一段と浸透している状況である。

  1. 1「より潤沢な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す。その際、短期金融市場に混乱の生じないよう、その機能の維持に十分配意しつつ、当初(注:2月12日の金融政策決定会合時点)0.15%前後を目指し、その後市場の状況を踏まえながら、徐々に一層の低下を促す。」

2.為替市場、海外金融経済情勢

(1)為替市場

前回会合以降9月半ばにかけて、円は、対米ドルおよび対ユーロで、かなり急激に上昇し、ロンドン市場では1ドル103円台まで円高が進んだ。もっともその後は、16日の宮沢蔵相・速水総裁の会談などをきっかけに、日本銀行による追加緩和措置、あるいは、日米協調介入を巡る思惑などを受け、現在は106円台まで戻している。こうした中で、市場の関心は、本日の金融政策決定会合に集まっている。

ただ、同時に市場では、最近の円高は、基本的には日本の景気回復期待に根ざしたものであり、こうした市場の見方が変わらない限り、相場の基調もなかなか変わりにくいといった見方が強い模様である。

(2)海外金融経済情勢

海外経済や国際金融市場の動向は、前回会合以降、大きな変化はない。その中で、敢えていくつかポイントを挙げれば、次のとおりである。

まず米国では、輸入の増加を受けて、対外赤字が拡大傾向にあるように窺われる。14日に発表された米国の国際収支統計をみると、4〜6月の経常収支赤字幅は、1〜3月期に比べ一段と拡大し、この結果、経常赤字の対GDP比も3.6%と、過去のピーク(86年10〜12月の3.5%)を更新した。市場では、米国経済は多少のスローダウンはあっても、来年にかけて、なお潜在成長率を上回る成長を続けるのではないかとの見方が強く、対外赤字幅もさらに拡大すると予想する向きが多い。

次に、中国では、このところ輸出が好調に推移しており、貿易黒字幅も拡大傾向にある。外貨準備高も、8月末には1500億ドルを上回る水準に達している。したがって、当面、国際収支面からみる限り、人民元切り下げのプレッシャーは差し迫ったものとはみられない。

3.国内金融経済情勢

(1)実体経済

前回会合以降、6営業日しか経っていないため、この間発表された経済指標はさほど多くない。これらの指標からは、前回の基調判断(「足許の景気は、下げ止まりの状況が続く中で、輸出、生産等一部に明るい動きがみられるが、民間需要の自律的回復のはっきりとした動きは、依然みられていない」) を変えるような材料は得られなかった。

まず、公共投資関連では、8月の公共工事請負金額は、引き続きほぼ横這いで推移した。

設備投資関連指標は、設備投資が引き続き減少基調を辿っていることを示している。まず、7月の機械受注は、4〜6月対比でほぼ横這いとなった。また、日本開発銀行による設備投資計画調査(対象は資本金10億円以上の企業、8月時点調査)をみると、99年度の設備投資計画は前年比−3.7%と、98年度(同−8.0%)に続いて減少となっている。この間、個人消費関連の指標も、全体としては概ね横這い圏内の動きとなっている。このように、設備投資や個人消費には、現時点では、回復のはっきりした動きは、なおみられていない。

この間、外部環境の変化をみると、円の対米ドル相場は、前回決定会合以降、円高がかなり急速に進んだ。現時点では、これにより、景気や物価の見通しを大きく変更する必要があるとまではみていないが、今後とも、為替相場の動向、およびこれが輸出や企業収益などに与える影響には、十分注意していく必要があると考えられる。

(2)金融情勢

前回会合以降の金融情勢の特徴点としては、(a)ターム物金利や長期金利の軟化傾向、(b)マネーサプライの伸び率鈍化傾向が判明したこと、の2点が挙げられる。

まず、ターム物金利や長期金利は、前回会合以降、低下傾向を辿ってきた。この背景としては、(a)4〜6月期のGDP(9日公表)が前期比で増加となったことや、資金運用部が10月以降も国債の買い入れを続けるとの報道(13日)が、国債需給の悪化懸念を和らげる方向に働いたこと、(b)足許の急激な円高進行を受け、ゼロ金利政策の解除の時期が遠のくのではないかとの思惑が市場に生じたこと、などが挙げられる。

また、8月のマネーサプライをみると、M2+CDの前年比は+3.5%と、7月(+3.9%)に比べてさらに伸び率が鈍化した。この背景としては、(a)設備投資などの実体経済活動に伴う資金需要が低迷を続けていること、(b)資金繰り不安が一段と後退しているなかで、最近では、企業が手許資金を圧縮し始めていること、さらに、(c)生産の下げ止まりなどを受けて、キャッシュ・フローの改善をみている企業が、これを借入金の返済に振り向けていること、などが影響している模様である。いわば、金融緩和の効果が一段と浸透し、景気も下げ止まりの状況が続いている結果として、企業が債務圧縮などの「バランスシート調整」を進めやすくなっていることが、かえってマネーの伸び悩みにつながっている面があると考えられる。

もちろん、景気が本格的に回復し、実物投資も増加してくれば、マネーサプライも伸びやすい環境となることが予想されるが、そうした段階に至るまでの間は、マネーサプライなどの量的金融指標がなかなか伸びにくい状況が続く可能性が大きいと考えられる。

4.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要

(1)景気の現状と先行き

今回の会合では、前回会合(9月9日)以降に明らかになった経済指標に加え、9月半ばにかけての急激な円高の進行と、その景気・物価面への影響について、集中的に検討が行われた。

(a)経済指標の評価

前回会合以降に公表された経済指標については、これまでの経済情勢に関する基調判断を変更するようなものは特にみられなかったという点で、委員の見解は概ね一致した。

まず、公共投資については、8月の公共工事の着工は概ね横這いとなったが、基本的には、既往請負分による高水準の工事が続いており、本年中は公共投資が需要を下支えする可能性が高いというのが、委員の大勢意見であった。

一方、民間需要の柱となる設備投資と個人消費については、その自律的回復の明確な兆しは、依然としてみられないという点でも、委員の認識は概ね一致した。

まず設備投資については、何人かの委員が、7月の機械受注が、4〜6月との対比で横這い圏内にとどまったことや、日本開発銀行による設備投資計画調査において、99年度の設備投資が98年度に引き続き前年比マイナスの計画となっていることなどを指摘し、依然、回復の明確な動きはみられていない、と述べた。また、個人消費についても、旅行取扱高や都内百貨店売上高などの新たな指標からみて、一進一退の状況を脱していないという点で、委員の見方は概ね一致した。

この間、一人の委員は、景気の見通しについて、他の委員よりもやや慎重な見方を示した。

まずこの委員は、GDPが2期連続でプラスとなったことについて、景気循環の面からは本年春頃が底になった可能性はあるものの、1〜3月は主として公共投資、4〜6月は主として住宅投資および減税の効果に支えられているに過ぎない、と述べた。そのうえで、その反動から、7〜9月および10〜12月のGDPの伸びは再びマイナスとなる可能性がある、と発言した。また、原油価格は、今後、冬場の需要期を迎えることや、来年3月まではOPECが減産を続けるとみられることから、先行き、一段と上昇する可能性があり、これが世界景気にとってのリスクとなり得る、との見解を示した。さらに、地価の下落傾向が続いており、金融機関の不良債権処理の足枷となっているほか、企業のリストラの進展を妨げる一つの要因となっており、今後も当分、景気にとってのマイナス要因として働き続ける、と指摘した。

これに対して、別のある委員は、通産省の「特定サービス産業動態統計」をみると、情報サービス業の売上高の増加にみられるように、サービス業の経済活動には持ち直しの兆しがみられており、景気の底固さが増しているように窺われる、と述べた。さらに、物価面では、アジア経済の回復傾向などを受け、最近、石油化学製品や半導体など、国際商品市況の上昇が目立っており、その国内物価への影響については、注意深くみていく必要がある、と発言した。

(b)為替市場動向の評価

次に、9月半ばにかけての急激な円高の進行や、その景気・物価面への影響について、検討が行われた。

はじめに、最近の円高進行の背景について議論が行われた。多くの委員が、(イ)景気回復期待が生じつつある局面で、その国の通貨に上昇圧力がかかること自体は避けられない動きであること、(ロ)ただし、最近の円高進行テンポは急激であり、注視していく必要があること、を指摘した。

まず、複数の委員は、最近の円高進行の要因について、日本経済や企業収益の回復を先取りしている面が大きい、との見解を述べた。

ある委員は、このところ外国人投資家が日本への証券投資を積極化させてきたことが、円高の一因となってきたことを指摘した。また、別の委員も、高水準の経常収支黒字に加え、最近では、資本収支も黒字に転化してきており、こうした需給要因が円高方向に働いてきたように思われる、と発言した。

多くの委員は、基本的にこうした見方を共有したうえで、円高が行き過ぎれば、先行きの企業収益や経済活動への悪影響に対する懸念を通じて、自ずと株式市場などへの資本流入にもブレーキがかかり、円高に歯止めがかかるメカニズムが働くのではないか、と述べた。このうち一人の委員は、為替相場が、貿易摩擦の解決手段になるといった過度に政治的な色彩を帯びない限り、こうした株式市場と為替市場相互間の均衡メカニズムが働き得るのではないか、と指摘した。

ただ、最近の円高進行テンポは急激であり、また、市場にはしばしば「行き過ぎ」が生じることも確かであるので、今後の為替相場の動向を注意深くみていく必要があるという点でも、委員の見解は一致した。このうち一人の委員は、今のレベルから「更なる」(レベルの問題)、「急激な」(スピードの問題)円高が生じた場合が問題だ、と指摘した。

(c)円高進行の影響

次に、最近の円高が経済や物価の先行きに及ぼす影響について、さまざまな観点から議論が行われた。

複数の委員は、急激な円高進行が企業収益などに及ぼす影響が懸念されるが、同時に、円高の動きだけを捉えて、直ちに景気や物価についての見方を変えるのは性急に過ぎ、円高の影響も含めて、景気や物価の先行きを総体的に判断していく必要がある、と指摘した。こうした判断の枠組みについては、多くの委員に共有された。

こうした観点に立って、ある委員が、執行部に対し、マクロ計量モデルによる円高の影響の試算についての説明を求めた。これに応えるかたちで、執行部から、追加的に以下のような報告が行われた。

  1. (イ)円相場が7月半ばまで1ドル120円強の水準で推移していたことに鑑み、計量モデルを用いて、120円から105円まで円高が進んだ場合のシミュレーションを行うと、実質成長率への影響は、累積ベースで1年目にマイナス0.1%、2年目にマイナス0.8%の下押し要因(円高なしとした場合からの乖離分)になるとの結果が得られる。
  2. (ロ)ただし、計量モデルは、経済構造の変化を織り込んでいないことや、輸出数量は世界景気の動向に左右される面が大きいことなどから、シミュレーション結果については幅を持ってみる必要がある。ちなみに、計量モデルによれば、120円から105円への円高が輸出数量に及ぼすマイナスの影響は、世界経済の成長率が1%程度上振れれば、ほぼ相殺されるとの計測結果が得られる。

以上を受けて、各委員が、円高の景気・物価面に与える影響についての見解を述べた。

まず、多くの委員が、急激な円高進行が景気・物価に悪影響を及ぼす可能性を指摘した。

すなわち、複数の委員は、現状の110円前後のレベルまでは、実体経済の腰折れを来たすほどのマイナス・インパクトにはならないものの、企業が現在構造調整を進めている段階にあり、また、民需がなかなか出てこない中で輸出が企業生産を支えているという状況の下、今後円相場がさらに急激かつ大幅にオーバーシュートしていくことがあれば、企業収益や景気の回復の芽を摘む懸念が大きい、と述べた。

また、別のある委員は、足許では円高進行と同時に株価が下落していることに着目し、更なる急激な円高が、日本経済に対するコンフィデンスを低下させるリスクに言及した。

さらに別の一人の委員は、円相場が120円程度のレベルにおける円高と108円を割り込んだレベルでの円高では企業に対するインパクトが異なり、後者では製造業を中心に日本経済に対して大きな悪影響を与える可能性がある、と主張した。

一方、上記のような指摘を行った委員も含め、多くの委員が、円高の影響を検討する場合、あわせて総合的に考慮すべき事項についても言及した。

ある委員は、アジア経済の回復傾向は、円高の輸出数量へのマイナスの影響をある程度オフセットする方向に働くと考えられる、と述べた。別の委員も、アジア経済回復などを背景とする国際商品市況の持ち直しが、企業の輸出価格転嫁を容易にする方向に働くのではないか、と発言した。そのうえで、これらの委員は、今後の為替相場や海外経済の動向については、依然として不確定要素が大きいこともあり、円高が経済に及ぼす影響のマグニチュードについては、なお注意深く見極めていくべき段階ではないか、との見解を示した。

このほか、複数の委員が、日本の企業は、生産拠点の海外シフトや輸出品の高付加価値化といった為替変動への対応策や、リストラなどの体力強化策を進めてきており、以前に比べれば円高対応力を高めてきているのではないか、と発言した。また、ある委員は、設備投資への影響という観点では、各種アンケート調査からみた製造業の設備投資は、すでに減価償却費も下回るほどの低水準となっているため、円高が収益の下押しを通じて設備投資をさらに下押しするマグニチュードは、過去の局面と比較して、やや小さくなるのではないか、とコメントした。別のある委員は、円高を不安視するだけではなく、円高にはわが国の実質購買力の増加というメリットをもたらす面があることにも注目し、こうしたメリットが家計に浸透して消費面に及ぶよう、目配りすることも必要ではないか、と述べた。

以上のさまざまな議論を経て、各委員は、(イ)最近の円高が先行きの経済に及ぼすダウンサイド・リスクの程度を判断するには、もう少し様子をみる必要がある、(ロ)これまでのところは、海外経済の回復傾向や、生産、輸出面では一部に明るい材料がみられていることもあり、経済情勢に対する基調判断を現時点で変更する必要はない、(ハ)ただ、今後円高が更に、急激に進むことがあれば、先行きの経済に対するダウンサイド・リスクが看過できない大きい問題として、警戒する必要がある、といった認識を概ね共有した。

こうした議論を踏まえ、円相場の動向や、それが今後の景気や物価に及ぼす影響については、引き続き細心の注意をもってみていく必要があるという点でも、委員の見解は一致した。

(d)まとめ

以上のような、円高の影響についての検討も踏まえた結果、景気の現状と先行きについては、「足許の景気は、下げ止まりの状況が続く中で、輸出、生産等一部に明るい動きがみられるが、民間需要の自律的回復のはっきりとした動きは、依然みられていない」という前回会合での基調判断を、現時点で変更する必要はないというのが、大方の委員の共通認識となった。そのうち一人の委員は、現在の情勢について、引き続き「明暗入り交じった斑模様」であり「足踏み状態ながら良い方向へ」という状況だ、と表現した。

(2)金融面の動き

前回会合以降の金融面の動きについては、各委員は概ね執行部と同様の見方を共有した。

何人かの委員は、日本銀行による豊富で弾力的な資金供給によって、流動性への懸念はさらに後退していること、こうしたもとで、銀行は超過準備を圧縮しつつあり、この結果、余剰資金が短資会社に積み上がる傾向が強まっていることなどを指摘し、金融市場の緩和感は一段と強まっている、との認識を示した。

また、複数の委員が、最近のターム物金利の低下について言及し、これも金融緩和が一段と浸透している姿を示している、との見方を示した。このうち一人の委員は、ターム物金利まで軒並みゼロに近づき、長期金利も1.6%台まで低下しているという金利の状況は、短資会社に資金が積み上がっているという「量」を巡る状況とともに、金融緩和が極限に近づいている状態を示している、とコメントした。

さらに企業金融に関しても、ある委員は、緩和感が広く浸透している状況だ、と述べた。別の一人の委員も、金融機関のリスクテイク姿勢は、徐々に前向きになっている、との見方を示した。

この間、一人の委員は、金融マーケットは良好な状態を維持している、と述べたうえで、先行き考慮すべき問題として、(a)第二次補正予算に絡んだ長期金利上昇のリスク、(b)コンピューター2000年問題対応、(c)更なる円高のリスク、の3点を示した。

5.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

以上のような金融経済情勢に関する判断を踏まえて、当面の金融政策運営の基本的な考え方が検討された。

前述のとおり、多くの委員の金融経済情勢に関する見方は、急激な円高進行が経済活動や物価に及ぼす影響を十分注意してみていく必要がある、という認識も含めて、前回会合時の情勢判断を大きく変える必要はない、というものであった。

そのうえで、当面の金融政策運営方針としては、円高によるデフレ圧力の高まりという要因も考慮したうえで、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまで、現在の思い切った金融緩和基調を続ける」という考え方に沿って、ゼロ金利政策を続けていくことが適当であるとの見解が、会合における大勢意見となった。

こうした結論に至るまでの間、最近の急速な円高の進行を踏まえて、さまざまな観点から議論が行われた。

まず、金融政策運営面で、円高にどう対処すべきかという点について、何人かの委員が意見を述べた。

大方の委員が、為替レートは景気や物価に影響を及ぼす重要なファクターであり、金融政策運営上も、十分に注意を払っていく必要がある、と述べた。同時に、金融政策運営は、為替変動の影響も含めた総合的な判断に基づいて行うことが妥当であり、金融政策によって特定の相場水準の実現を図る——いわば、為替相場そのものを目標とする——ことは適当でないし、そもそもそうしたことは難しい、との見解を示した。

複数の委員は、それに付け加えて、ファンダメンタルズを反映しない行き過ぎた急激な円高に対しては、まずは為替市場への介入に意味があるのではないか、と発言した。

また、別の複数の委員が、過去の金融政策運営から得られる留意点について述べた。ある委員は、70年代の狂乱物価や80年代の「バブル」の発生も、当時の国際環境の下で、為替レートの変動に対し金融政策が過度に対応したことが一因となったのではないか、と述べ、こうしたことは貴重な教訓としなければならない、と発言した。また、別の一人の委員も、このような考え方は、新日銀法の中にも反映されているとの認識を示した。

次に、さらに別の委員は、為替レートと金融政策の関係を理論的にまとめたうえで、現状を整理した。

すなわち、この委員は、金融政策によって市場金利を一段と低下させる余地がある場合には、金利低下が円安方向にも作用し得るが、現在はこうした余地は殆どない、と述べた。そのうえで、現状、円安方向に働き得る追加的な政策手法があるとすれば、それは、国債の引き受けなどを通じ、市場に悪性のインフレ期待を作り出すことであり、その場合には金利上昇と為替円安が同時に発生する可能性がある、との見解を示した。ただし、この委員は、こうした政策はきわめて大きなコストを伴うものであり、簡単に採れる手段ではない、と述べ、大方の委員の賛同を得た。

さらに、最近の急激な円高に伴って、「介入の非不胎化」や「追加的な資金供給(更なる量的緩和)」について、市場等で思惑が生じているため、これらの問題についてもあらためて議論が行われた。

多くの委員は、既に8月13日の金融政策決定会合でも議論されたとおり、ゼロ金利政策のもとで「介入の非不胎化」がどのような意味をもつのか、疑問を呈した。

ある委員は、日本銀行が、ゼロ金利政策のもとで潤沢な資金供給を続けている状況では、そもそも「介入を不胎化しているのかどうか」ということ自体に意味がなくなる、と述べた。すなわち、日本銀行が現在行っている金融調節は、「介入による円資金は市場に放置したうえで、さらに追加的な資金供給を行って、1兆円もの資金余剰幅を作っている」と言い表すこともでき、むしろ「不胎化していない」とも言える、と述べた。加えてこの委員は、最近海外の中央銀行当局者が執筆した論文でも、(イ)ゼロ金利のもとでは、不胎化介入と非不胎化介入とで効果の違いはないこと、(ロ)円とドルの供給比率を変えることも、為替相場への持続的効果は殆どないこと、を明確に述べている、と紹介した。

さらに複数の委員は、「介入によって政府がせっかく市場に出した円資金を、日銀が金融調節で吸収してしまう」といった見方が世の中にあるならば、それは事実ではなく、ゼロ金利政策のもとでの市場調節は、介入の効果をむしろアコモデートするものだ、と説明した。そのうえで、複数の委員は、介入資金も含めて様々な資金の流れを利用しながら、豊富な資金供給を行っている現在の調節手法について、幅広く理解を求めていくよう努力すべきである、と述べた。

次に、追加的な資金供給の効果について議論が行われた。

多くの委員は、現在、資金が短資会社等による日銀預け金として積み上がっている状況や、「オペの札割れ」といった現象も生じていることを踏まえれば、追加的な資金供給が実体経済や資産価格などに何らかの効果をもたらすとは考えられない、との見解を示した。

ある委員は、ゼロ金利政策の下でのこれ以上の資金供給の意味について、理論的な整理を行った。すなわち、中央銀行の金融調節とは、金融機関の保有する資産を、狭い意味でのマネーと交換することだと理解できる、と述べた。また、ゼロ金利政策とは、短期の金融資産の流動性を最大限高め、その金利をゼロに近づけていくということであり、その意味で、短期の金融資産とマネーとの間に違いがなくなってきている(完全代替財に近づいている)、と解説した。この委員は、こうした状況のもとで、短期の金融資産と引き換えにさらにマネーを増やしたとしても、それは同じものどうしを交換しているだけになり、実体経済や資産価格には影響を及ぼし得なくなる、と述べた。

さらにこの委員は、こうした状況の下で、なお経済に何らかの影響を持つ資金供給を行おうとすれば、理論的には、マネーとの違いが残っている資産 ——例えば、長期国債や民間の長期資産など—— を買っていくことにならざるを得ない、との見解を示した。そのうえで、こうした手段には、大きな副作用があり、中央銀行として安易に採用し得る選択肢ではない、と述べた。

別の一人の委員も、こうした理論的な整理に賛成した。そのうえでこの委員は、海外では、「日本では極端なデフレが進んでいる」といった認識に立って、「だから、こうした副作用の大きい手段でも敢えて採るべきだ」といった主張をする例が多い、と述べた。この委員は、実際には、現在日本の景気は下げ止まりの状態が続き、物価も横這いで推移しており、こうした危険な手段を敢えて採るような情勢ではなく、海外に対しても、日本経済の現状を正しく理解してもらえるよう、説明に努めていくことが重要である、とコメントした。

さらに委員の間では、市場が既に追加緩和措置を織り込んでいる可能性を踏まえ、そうした市場の思惑と金融政策運営との関係について、議論が行われた。

まず、ある委員は、円相場108円、日経平均17,000円、現状程度のNYダウのレベルは、いずれも相場の節目にさしかかっており、本日の決定会合で何らかのアクションを採らないと、相場が大きく下落(円は上昇)するリスクが大きい、と述べた。

こうした見解に対し、何人かの委員は、確かに、本日の決定次第で、市場が大きく反応するリスクは否定できない、と述べた。ただ、同時にこれらの委員は、理論的な意味付けや政策効果がはっきりせず、単に市場の思惑に乗るだけの行動を採ったとしても、その効果は——仮にあったとしても—— 一時的にとどまるだろう、と述べた。すなわち、これにより、一時的に円高に歯止めがかかったとしても、各国経済の先行きに対する市場の見方自体が変わらない限り、早晩、同じような円高圧力が生じてくるはずであり、その時には同じ手法は2度と使えないし、さらに、政策全般についての信頼も失われてしまうことになり、こうした副作用はあまりに大きい、と主張した。

さらに、このうちの一人の委員は、最近は市場でも、非不胎化介入の意味や金融調節の実情についての理解がかなり広まってきているように思われるので、そうした政策については、そもそも1回限りの効果すら期待できないのではないか、と述べた。

このような議論を踏まえ、多数の委員の見解は、中央銀行として、その目的や政策効果についてきちんと説明できない政策を、単に市場の思惑を利用する形で採ることは適当でないし、結局は、市場との関係も損ねてしまう、というものであった。

また、市場において、「政府と日銀との間で、為替を巡るスタンスに相違がある」との見方があることについても、議論が行われた。

この点に関し、多くの委員は、為替相場は経済のファンダメンタルズを反映して安定的に推移することが望ましく、行き過ぎた為替相場の変動は、景気や物価に悪影響を与えかねないという認識は、政府と日銀とで共有されている、との見解を示した。

なお、このうち一人の委員は、先週16日の蔵相・総裁会談以来、各種メディアによって更なる金融緩和が既成事実化されてきたような感があるのは遺憾である、と述べた。

ただ、一人の委員は、本日の決定次第では、「政府と日銀との間での政策の不一致が修復できない」といった市場の認識を煽る結果となり、きわめて危険であると主張した。すなわち、この委員は、日銀法第4条の、「政府の経済政策の基本方針と整合的なものとなるよう、常に政府と連絡を密にし、十分な意思疎通を図らなければならない」という観点からみて、現状は為替政策について政府と中央銀行とのハーモナイゼーションが十分でないと思われ、マーケットもそう認識しているのではないか、とコメントした。また、この委員は金融政策と財政政策との関係についてもコメントし、本来、金融政策は財政政策とシンクロナイズして発動し、効果を相乗的に高めるべきであるが、これまでは財政政策の効果が出尽くした「too late」なタイミングで金融政策が発動されている観があると指摘した。

これに対し、何人かの委員は、現在のゼロ金利政策は、金利をぎりぎりまで低下させているという面からも、1兆円もの余剰資金を日々供給して為替介入を事実上「非不胎化」できるほどに円資金の流動性を高めているという面からも、政府の為替政策と整合的なものである、と述べ、こうした点について理解を求めていくことが重要であるとした。

また、このうちの一人の委員は、「政府と連絡を密にし、十分な意思疎通を図る」という重要な一つの枠組みが、この会合の場に政府の代表が、場合によっては政策を提案する権利を持って出席するということであろう、と述べた。そのうえで、こうした高いレベルも含め、様々なレベルでの意思疎通を十分に図った上で、最終的には政策委員会の判断により金融政策を決定するというのが、現在の日銀法の下での政策決定の枠組みになっており、日銀法改正当時の議論もこうした考え方になっていた、との経緯を紹介した。さらにこの委員は、財政政策と金融政策との関係については、やはり、財政の効果も含め、マクロ経済全体や物価がどう動くのかという判断に立って、金融政策を運営するという考え方になるのではないか、と述べた。

加えて、別の複数の委員は、ゼロ金利政策は、日本銀行が採り得る効果が確実な手段として最大のものだ、と述べた。そのうえで、これらの委員を含めた何人かの委員は、こうした思い切った金融緩和策を続けてきたことは、企業金融の緩和やコンフィデンスの維持、資産価格への好影響などを通じて、財政政策とともに実体経済を下支えしてきたし、現在もその効果は出続けている、との見解を示した。

以上を踏まえて、金融政策運営上考えうる追加的な措置について意見交換が行われた。何人かの委員は、ゼロ金利政策の副作用について様々な議論があるにもかかわらず、この極端な金融政策を継続することをコミットすることが、景気回復のためになしうる大きな貢献であるとした。このうち一人の委員は、実際に、このコミットメントがあるために、ターム物金利の一層の低下といったかたちで、金融緩和効果がなお浸透し続けている、と述べた。

こうした中で、別の一人の委員は、追加的な金融緩和の余地が殆どない中でも、日本銀行としては、情勢の変化に備えておく必要がある、と述べた。さらに、そのために採り得る方策としては、ゼロ金利政策の効果浸透を一層確実なものとするよう、金融調節面での対応力を質的に一段と強化することではないか、との見解を示した。この委員は、オペ手段の拡充なども含め、どのような対応があり得るのか、検討を続けていく必要があるとした。さらに別の委員も、オペ手段の拡充なども含めて考えれば、「金融政策の道具箱が空っぽになった」というわけではなく、金融調節上対応しうる問題に対しては、機敏かつ柔軟に対応しなければならない、と発言した。

これに続けて一人の委員は、ゼロ金利政策の現状とその浸透状況について、市場や国民に良く説明し、理解を求めていくこと—— 一言で言えば、アカウンタビリティーをより充実させること——が、今求められている、と述べた。さらに、数日後に控えているG7などの国際会議の場でも、こうした点につき積極的に説明に努めるとともに、(a)日本銀行としても、急激な円高が経済にもたらす悪影響を懸念していること、(b)金融政策の運営面では、こうした為替の動向が景気や物価に与える影響も十分念頭に置きながら、豊富で弾力的な資金供給を行っていくこと、を表明していくべきである、と付け加えた。

こうした一連の議論を経たうえで、円高の影響も踏まえた金融経済情勢全般についての判断に基づき、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまで、現在の思い切った金融緩和基調を維持する」との考え方に則り、現状のゼロ金利政策を続けていくべきである、という方針が、委員会での大勢意見となった。

一方、一人の委員は、インフレ率の目標付きの量的緩和策を採るべきである、と主張した。

その理由として、この委員は、(a)最近の為替や株価の動きからみて、ゼロ金利政策の効果は出尽くしており、この段階でCPI目標付きマネタリーベース・ターゲティングに移行する必要があること、(b)現在の円高はきわめて急激であり、100円割れといった円高が進行すると、景気の先行きに決定的な悪影響を与えると考えられること、(c)日銀として為替レートに配慮する姿勢を明確に打ち出す必要があること、(d)マネタリーベースの伸びが十分でなく、一層の量の拡大を図るべきであること、(e)今後、国債引き受けや買い切りオペの増額要請といった圧力をかわしていくためにも、CPI目標付きマネタリーベース・ターゲットは有効であること、を挙げた。さらに、提案した委員は、オーバーナイト金利はこれ以上下げる余地がなく、量との間で裏表の関係は崩れているが、ターム物も含めた金利総体と量との関係では、まだ量を増やすことで金利を下げる余地は残っているとコメントした。

こうした主張に対して、何人かの委員が、マネタリーベースの操作可能性や、これ以上の金利低下の余地が果たしてあるのかといった点を含めた提案の効果について、疑問を呈した。

複数の委員は、マネタリーベースに目標値を定めて誘導するためには、銀行の超過準備を操作(コントロール)できることが前提となるが、実際には、超過準備に十分な操作可能性があるとは到底考えられず、そのことは、ここ数ヶ月のオペレーションの経験——すなわち、日本銀行がいかに懸命に資金を供給しても、超過準備はむしろ減少してきているという状況——によって、明白になっているはずである、と述べた。

そのうち一人の委員は、こうした点につき、やや詳しく解説した。すなわち、この委員は、金融緩和が浸透し、流動性不安が後退するとともに、銀行が超過準備をなるべく持たないように努めることは、経済合理性に基づいた、当然予想される行動だ、と述べた。そのうえで、仮に量的ターゲットを設けても、こうした合理的な行動自体を変えることはできないので、超過準備を増やすことはできないはずだ、とコメントした。

さらに、何人かの委員は、こうした量的ターゲットを敢えて実現しようとすれば、結局、長期国債の引き受けや買い切りオペの増額につながっていくことになり、こうしたことは、先ほど議論した通り、非常に問題が大きい、と述べた。

これに対して、インフレ率の目標付きの量的緩和策を主張した委員は、レポ・オペなどいろいろなやり方はあろうし、現状では余剰資金が短資会社に流れてしまうといった限界があることは承知しているが、それでもやってみる価値がある、と主張した。また、その効果について、この委員は、量を増やすことは、過剰流動性相場といった形で、特に株価には効くのではないか、と付け加えた。

6.政府からの出席者の発言

会合の中では、政府からの出席者も発言した。まず、大蔵省からの出席者は、以下のような趣旨の発言を行った。

  • 景気は最悪期を脱したと思われるが、民間需要の回復力は弱く、雇用情勢も厳しい状況にある。こうした状況のもとで、政府としては、景気回復に万全を期すため、公共事業等予備費の使用に踏み切るべきと考えており、9月中の閣議決定に向けて現在具体的な検討を進めているところである。また政府としては、15か月予算といった考え方に立った平成11年度第二次補正予算の編成も視野に入れた財政運営を行う旨、既に表明しているところであるが、具体的には今後の経済情勢を注視しながら、新内閣で編成に向けた検討がなされるものと考えている。政府としては、引き続き経済の回復基盤を固めるための施策の実施に、全力を挙げて取り組んで参りたいと考えている。
  • 最近の金融資本市場の動向を踏まえて若干申し述べると、急激な円高の進行は、消費者や企業のマインドの悪化や、企業収益の押し下げなどを通じて、ようやく最悪期を脱して回復軌道に乗りつつある日本経済に、甚大な悪影響を及ぼすおそれがある。したがって、日本銀行におかれても、金融政策運営に当たり、このような状況にも十分配慮頂いて、適切な対応をとって頂くようお願いしたい。

経済企画庁からの出席者は、以下のような趣旨の発言を行った。

  • 経済動向は、民間需要の回復力は弱く、厳しい状況をなお脱していないが、各種の政策効果の浸透などでやや改善していると判断している。なお、景気が厳しい状況をなお脱していない現段階での急激な円高は、経済に悪影響を及ぼす懸念が強く、望ましくないものと考えており、今後とも為替動向に注意しながら適切な対応を行うことが必要と考えている。
  • 日本銀行におかれては、自律的な経済回復が明らかになるまで、適切な金融調節の手法により、潤沢かつ効果的な資金供給を行い、日本経済の回復に貢献する金融政策を行って頂きたい。

7.採決

多くの委員の認識をあらためて総括すると、(a)足許の景気は下げ止まりの状況が続いている、(b)足許の急激な円高の悪影響については十分注意してみていく必要があるが、一方で、外需や生産の面では明るい動きもみられている、(c)金融緩和は一段と浸透している、(d)ただ、民間需要の自律的回復のはっきりした動きは、依然みられていない、(e)物価に対する潜在的な低下圧力も引き続き残存している、(f)したがって、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」にはなお至っておらず、こうした基本的な情勢は、前回会合から大きな変化はない、というものであった。

こうした認識を背景に、当面は、引き続き市場機能の維持に配意しながら、現在のゼロ金利政策を続けていくことが適当である、という意見が大勢を占めた。

ただし、ひとりの委員からは、CPIの上昇率に目標を設定したうえで、本格的な量的ターゲットに踏み切ることが適当である、との考えが示された。

この結果、次の2つの議案が採決に付されることとなった。

中原委員からは、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、「中期的目標として2001年10〜12月期平均のCPI(除く生鮮)の前年同期比が0.5〜2.0%となることを企図して、今積み期間(9月16日〜10月15日)の超過準備額を前積み期間対比で平残ベース5,000億円程度増額し、その後も継続的に超過準備額を増加させることにより、2000年1〜3月期のマネタリーベース(平残)が前年同期比で10%程度に上昇するよう量的緩和(マネタリーベースの拡大)を図る(注2)。なお、無担保コールレート(オーバーナイト物)が大幅に上昇する等金融市場が不安定化した場合には、上記マネタリーベースの目標等にかかわらず、一層の量的拡大を図る。」との議案が提出された。

採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。

議長からは、会合における多数意見をとりまとめるかたちで、以下の議案が提出された。

議案(議長案)

次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとし、別添1のとおり公表すること。

より潤沢な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す。

その際、短期金融市場に混乱の生じないよう、その機能の維持に十分配意しつつ、当初(注)0.15%前後を目指し、その後市場の状況を踏まえながら、徐々に一層の低下を促す。

  • (注)「当初」とは、2月12日金融政策決定会合時点。

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、後藤委員、武富委員、三木委員、植田委員
  • 反対:中原委員、篠塚委員

──中原委員は、(a)為替政策および財政政策を巡って大蔵省と日本銀行のハーモナイゼーションがとれていないのではないかといった市場の思惑がある中でのこの決定は、更なる円高やこれを通じた企業心理の悪化につながりかねないこと、(b)この決定によって、政府が模索している協調介入の可能性が少なくなってしまうこと、(c)「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」といった表現はわかりにくく、具体的な数値付きのCPIターゲティングを行うべきであること、(d)現状、円相場、NYダウが重大な罫線上の相場の節目にさしかかっており、何らかの追加的な緩和策を打ち出さないと失望感等から大幅な下落(円高)の可能性があること、(e)現状維持とすることは、マーケットとの対話の不在を意味し、その咎が現れる可能性が大きいこと、といった点を挙げて、上記採決において反対した。

──篠塚委員は、(a)究極の金融緩和政策であるゼロ金利政策は、金融市場におけるリスクプレミアムを縮小させることなどを通じて、これまで経済にプラスに作用してきたが、最近では、資金供給が短資会社に積み上がるだけといった現象が生じているなど、効果に限界が見えていること、(b)こうした中で、今後の弾力的な政策対応の余地を設けるためにも、ゼロ金利政策解除の道を模索し続けるべきであること、などを理由に挙げて、上記採決において反対した。

なお、議長からは、本日の議論を踏まえ、ゼロ金利政策の一層の効果浸透に努めていくという観点も踏まえ、金融調節手段の整備・拡充について早急に検討を進めるよう、執行部に対して指示があった。

  1. 2「マネタリーベースについて2000年1〜3月期平残で前年同期比10%の伸びを実現するためには、現状程度の銀行券の伸び(前年同月比6%程度)が続くことを前提とすると、来年3月までに買いオペ等の拡大により現状比3兆円程度準備預金の残高を増額させる必要がある。」

8.「当面の金融政策運営に関する考え方」の公表について

何人かの委員は、(a)市場が金融政策運営についてさまざまな思惑を持ち、特に本日の会合が大きな注目を集めていること、(b)日本銀行の政策決定のプロセスや、ゼロ金利政策のもとでの金融緩和の実態が、一般に十分理解されていないこと、などを踏まえ、日本銀行の金融政策運営について、一層幅広い理解を求めていくことの重要性を強調した。そのうえで、これらの委員は、本日は、政策変更は行わないものの、金融政策運営の考え方を述べたステートメントを公表するとともに、議長が記者会見を行って十分な説明をしてはどうか、との意見を述べた。

こうした意見を踏まえ、議長は、執行部に対してステートメント原案の起草を指示した。執行部による起草作業は、決定会合を一時中断して行われ、その後会合は再開された(午後2時59分中断、午後3時27分再開)。

執行部から提出されたステートメントの原案について、政策委員による検討が行われ、最終的な文案として「当面の金融政策運営に関する考え方」(別添2)が作成された。これを公表することにつき、採決が行われた。

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、後藤委員、武富委員、三木委員、篠塚委員、植田委員
  • 反対:中原委員

──中原委員は、(a)本日のみ、特にこうしたステートメントを公表する理由はなく、議長が記者会見をすれば十分であること、(b)こうした文書によりさまざまな論点を挙げると、かえって無用な論争の種となり得ること、などの理由を挙げ、上記採決において反対した。

この決定を受け、「当面の金融政策運営に関する考え方」が、同日公表されることとなった。

9.99年10月〜2000年3月における金融政策決定会合の日程の承認

最後に、99年10月〜2000年3月における金融政策決定会合の日程が別添3のとおり承認され、即日対外公表されることとなった。

以上


(別添1)
平成11年9月21日
日本銀行

当面の金融政策運営について

日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、当面の金融政策運営について現状維持とすることを決定した(賛成多数)。

すなわち、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針は、以下の通りである。

より潤沢な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す。

その際、短期金融市場に混乱の生じないよう、その機能の維持に十分配意しつつ、当初(注)0.15%前後を目指し、その後市場の状況を踏まえながら、徐々に一層の低下を促す。

  • (注)「当初」とは、2月12日金融政策決定会合時点。

以上


(別添2)
平成11年9月21日
日本銀行

当面の金融政策運営に関する考え方

  1. (1)日本銀行は、本日開催された政策委員会・金融政策決定会合において、これまでの思い切った金融緩和政策、いわゆるゼロ金利政策を継続することを決定しました。
  2. (2)金融政策決定会合の討議内容は、会合の約1か月後に「議事要旨」として公表する仕組みとなっています。しかし、為替相場の急激な変動等を背景に、金融政策運営に対する内外の関心が高まっているため、討議の背景となった考え方のうち主要な論点について、直ちに対外的に説明することが適当と考えました。このため、政策委員会で討議のうえ、本ペーパーを公表することとしたものです。

(ゼロ金利政策と量的緩和)

  1. (3)日本銀行は、本年2月のゼロ金利政策採用以来、金融市場に大量の資金を供給し、誘導目標であるコールレートが事実上ゼロ%で推移するよう促しています。この結果、金融市場では、以下のように、資金は十分潤沢な状態となっています。
    • 日本銀行は、金利ゼロという状態が安定的に推移するよう、金融機関に保有が義務づけられている支払準備(1日平均約4兆円)を1兆円ほども上回る資金供給を続けています。そうした中で、金融機関サイドでは、ゼロ金利政策により「殆どコストのかからない資金をいつでも調達できる」という安心感が定着しているため、資金を保有する動機が低下しています。この結果、日本銀行が供給した余剰資金の7〜8割は、資金仲介を行っている短資会社等に積み上がっているのが実情です。
    • 日本銀行がマーケット・オペレーションを通じ、ほぼゼロの金利で資金を供給しようとしても、金融機関がそれに応じてこないような場合も起きています(いわゆるオペの札割れ現象)。

(追加的資金供給の効果)

  1. (4)最近、為替相場の安定等を図るため、日本銀行がより大量の資金供給を行うべきとの議論が聞かれます。しかし、上記のような金融市場の状態のもとでは、日本銀行がゼロ金利を維持するために必要な量を上回って資金供給を増やしても、資金がまさに「余剰」のままで短資会社等に積み上がるだけです。金利はもちろん、金融機関や企業行動、あるいは為替相場などの資産価格に目に見える効果を与えるとは考えられません。
  2. (5)実体的な効果がなくとも、市場が「追加的資金供給」に何らかの期待を持っていれば、それを利用してみてはどうかとの考え方もあります。しかし、そうした方法の効果は、あったとしても一回限りで、永続きしませんし、中央銀行として、目的と政策効果についてきちんと説明できない政策をとることはできません。

(為替市場と金融政策)

  1. (6)日本銀行は、為替相場については、経済のファンダメンタルズに応じて安定的に推移することが望ましく、相場変動が行き過ぎれば、景気や物価に悪影響を与える可能性が大きいと考えています。また、最近の円高の進行は急激であり、その企業収益等に与える影響が懸念されます。こうした為替相場に関する基本認識や最近の円高進行に対する評価は、政府とも共有されていると考えています。
  2. (7)ただし、日本銀行は、為替相場そのものを金融政策の目的とはしていません。金融政策運営を為替相場のコントロールということに直接結び付けると、誤った政策判断につながるリスクが高いことは、バブル期の政策運営から得られる貴重な教訓になっています。ただ、このことは、金融政策運営において為替相場の動向をみないでよいということではありません。日本銀行は、あくまでも、為替変動が景気や物価の先行きにどのような影響を及ぼすかという観点から、その動向を注意深くみていくべきものと位置づけています。
  3. (8)最近の円相場の動きは急激なものとなっているので、企業収益や輸出等を通じて景気の先行きに与えるマイナスの効果については、十分慎重にみていく必要があります。ただ、同時に、現在の日本経済には、様々な政策効果の発現やアジア経済の回復など、プラス面の力も働き始めています。現在は、これらの様々な要因が、全体として経済にどのように影響を与えていくのか、注意深く見極めていくべき段階であると考えています。
  4. (9)為替政策との関係で、介入資金を放置してはどうか(いわゆる非不胎化)という議論があります。しかし、金融市場には、介入資金だけでなく、財政収支や銀行券需要など様々な要因を反映した資金の流れが存在しています。中央銀行は、そうした資金の流れを利用しつつ、オペレーションにより市場全体の資金量を調節しています。これは先進国の中央銀行で、ほぼ共通の枠組みです。したがって重要なことは、すべての資金の流れを勘案したうえで、金融市場に全体としてどれだけ潤沢な資金が供給されているか、ということです。この点で、日本銀行は、上述したとおり、豊富で弾力的な資金供給を行っています。こうした資金供給姿勢は、現在の政府の為替政策とも整合的なものと考えています。

(当面の金融政策運営について)

  1. (10)日本銀行は、歴史的にも世界的にも類例のない思い切った金融緩和政策を講ずるとともに、この政策を「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になるまで」続けることを明らかにしています。現在、日本銀行は、景気の現状について、「足許は下げ止まり、一部に明るい動きも見られるが、民間需要の自律的回復のはっきりとした動きは依然みられていない」と判断しています。ゼロ金利政策については、その副作用についても注意深く点検していく必要がありますが、当面は、こうした思い切った金融緩和措置を継続することによって、経済の回復をサポートしていくことが大事であると判断しています。
  2. (11)なお、ここ数日、金融政策運営を巡る思惑により、市場が大きく変動しましたが、金融政策運営は、定期的に開催される政策委員会・金融政策決定会合の場で討議の上、多数決で決定されるものです。事前に一定の方針が固められたり、外部との間で協議が行われるといったことは、ありえません。この点をあらためて確認するとともに、日本銀行としては、今後とも、新日銀法下での政策決定の仕組みや時々の政策運営の考え方について、正しい理解が得られるよう努めていく方針です。

以上


(別添3)
平成11年9月21日
日本銀行

金融政策決定会合等の日程(平成11年10月〜12年3月)

表 金融政策決定会合等の日程(平成11年10月〜12年3月)
会合開催 (参考)金融経済月報公表 (議事要旨公表)
11年10月 10月13日(水)
10月27日(水)
10月15日(金)
−−
(11月17日(水))
(12月1日(水))
11月 11月12日(金)
11月26日(金)
11月16日(火)
−−
(12月22日(水))
(1月20日(木))
12月 12月17日(金) 12月21日(火) (2月16日(水))
12年1月 1月17日(月)
1月19日(水) (2月29日(火))
2月 2月10日(木)
2月24日(木)
2月15日(火)
−−
(3月13日(月))
(3月29日(水))
3月 3月8日(水)
3月24日(金)
3月10日(金)
−−
未定
未定

以上