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金融政策決定会合議事要旨

(1999年12月17日開催分)*

  • 本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、2000年2月10日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

2000年 2月16日
日本銀行

開催要領

1.開催日時
1999年12月17日(9:00〜12:15、13:16〜15:44)
2.場所
日本銀行本店
3.出席委員
  • 議長 速水 優(総裁)(注1)
  • 藤原作弥(副総裁)
  • 山口 泰(  副総裁  )(注2)
  • 武富 将(審議委員)
  • 三木利夫(  審議委員  )
  • 中原伸之(  審議委員  )
  • 篠塚英子(  審議委員  )
  • 植田和男(  審議委員  )
  • 田谷禎三(  審議委員  )
  • (注1)速水委員は9:09より会合に出席した。その間、藤原委員が、日本銀行法第16条第5項の規定に基づき、議長の職務を代理した。
  • (注2)山口委員は、ベルリンで開催されたG20に出席のあと帰国し、14:35より会合に出席した。
4.政府からの出席者
  • 大蔵省   大野功統 総括政務次官(10:54〜12:15)
    原口恒和 大臣官房総務審議官(9:00〜10:52、13:16〜15:44)
  • 経済企画庁 小峰隆夫 調査局長(9:00〜15:44)

(執行部からの報告者)

  • 理事黒田 巖
  • 理事永田俊一
  • 金融市場局長山下 泉
  • 調査統計局長村山昇作
  • 国際局長平野英治
  • 企画室参事稲葉延雄
  • 企画室企画第1課長雨宮正佳
  • 調査統計局吉田知生

(事務局)

  • 政策委員会室長小池光一
  • 政策委員会室審議役村山俊晴
  • 政策委員会室調査役 飛田正太郎
  • 企画室調査役栗原達司
  • 企画室調査役内田眞一

I.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要

1.最近の金融市場調節の運営実績

 金融市場調節については、前回会合(11月26日)で決定された金融市場調節方針1等にしたがって運営した。具体的には、ほぼ連日、積み上幅2が1兆円となるような金融市場調節を行うとともに、大量の年末越え資金供給を実施した。

 この結果、オーバーナイト金利は、12月14日までは0.02〜0.03%での安定した推移を辿った。また、積み最終日の15日とその翌日の16日には、市場がややタイトとなったため、積み上幅を1兆円以上とした結果、金利は0.03〜0.04%と引き続きゼロ%近傍の水準を維持した。

 一方、年末越え金利は、やや変動の激しい展開となった。ユーロ円1か月物の約定レートは、12月上旬に0.7%台半ばから0.2%台まで急低下したあと、昨日16日には0.4%台まで反発した。短期国債の流通利回りも同様にいったん低下したあと、強含んでいる。上旬にレートが大きく低下したのは、日銀が大量の年末越え資金の供給を続けるもとで、年末越えの資金繰りに目途をつけた金融機関が増えてきており、そうした中で資金の出し手がオファーレートを引き下げて資金を放出したためである。しかしその後は、一部の外銀などが取引の薄い中を取り進んだことから、レートが反発した。このように、大方の金融機関の年末越え資金調達はすでにピークアウトしたが、市場は予断を許さない状況にある。

 年末越えの資金供給残高は、昨日16日時点で42兆円に達した。今後もレート動向によっては、必要に応じ、追加的な資金供給を行っていく方針である。それによって、「コンピューター2000年問題」に起因する日銀券の増発や金融機関の準備預金需要に、十分に対応していくことができるものと考えている。

  1. 「豊富で弾力的な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す。」
  2. 翌営業日から積み期間の最終日まで積み続ければ所要準備をちょうど満たすことになる金額に対して、当日為決時点(通常17時、準備預金制度上の計算時点)の準備預金額がいくら上回ると見込まれるかを示す金額であり、日本銀行が朝方の調節時点で予想したもの。

2.為替市場、海外金融経済情勢

(1)為替市場

 円の対ドル相場は、前回会合(11月26日)直後に、104円台から101円台まで急騰した。その後、(1)わが国通貨当局による介入報道等が流れたこと、(2)日本の第3四半期のGDP速報や12月短観が市場予想に比べて幾分弱めであったこと、(3)米国株価が堅調に推移したこと、などを受けて、円は軟化している。

 現在の市場はこうした流れを引き継いでおり、また、外国資本の流入テンポの一服や、国内機関投資家による外債処分売りの一巡など、内外の資金フローにおいて一頃の円買いが弱まっていることもあって、これ以上、円を買い進むことは難しいという雰囲気がある。

 ユーロの対ドル相場は、ユーロ経済の動向やユーロエリア当局者の発言などを受けて、一時1ユーロ=1ドルを割り込んだあと急速に持ち直すなど、やや不安定な動きとなった。また、東アジア通貨では、韓国経済の復調を背景にした韓国ウォンの上伸が目立っている。

(2)海外金融経済情勢

 各国の経済動向は、米国景気の力強い拡大、欧州の景気拡大テンポの高まり、そしてアジア経済の持ち直しの動きの広まりといった、これまでの構図に基本的には変化はない。

 米国では、個人消費、設備投資を中心とする内需主導の拡大が続いている。クリスマス商戦も昨年以上の活況が伝えられている。

 欧州でも、輸出に加えて、最近は個人消費が堅調度合いを増しており、フランスやイギリスでは、株価が既往ピークを更新した。

 東アジアでは、香港で、輸出の増加を契機に株価が上昇し、それに伴って個人消費も拡大するといった好循環がみられている。中国では、政府の追加刺激策の効果が浸透し、輸出も好調であるため、一段の減速は回避されている。しかし、国営企業改革やWTO加盟問題など、中期的な不安定要素も少なくない。

3.国内金融経済情勢

(1)実体経済

 最終需要をみると、公共投資の増加が一服し、住宅投資の頭打ち傾向が明確になっている。個人消費は夏場よりも明るい指標が増えているが、総じてみれば一進一退の範囲内で推移している。これまで減少基調にあった設備投資は、下げ止まりの気配をみせている。純輸出は、輸出の増加を主因に拡大を続けている。

 こうした最終需要の動向と、在庫調整の進捗を反映して、生産は増加を続けている。また、リストラの効果等もあって企業収益は好転しており、企業の業況感も改善を続けている。ただ、これらは、積極的な設備投資の拡大にはつながっていない。また、雇用・所得環境についても、悪化に歯止めがかかりつつある雇用指標もみられるが、企業の人件費抑制スタンスに変化はなく、全体としてなお厳しいと判断される。

 このように、わが国の景気は、足許、輸出や生産を中心に、下げ止まりから持ち直しに転じている。こうしたもとで、企業収益の回復が続くなど、民間需要を巡る環境は、徐々に改善しつつある。もっとも、民間需要の自律的回復のはっきりとした動きは、依然みられていない。

 先行きについては、堅調な海外景気を反映した輸出の増勢や、補正予算の執行に伴う公共工事の発注増加を背景に、外生需要が、基調的には経済を下支えしていくものと見込まれる。

 一方、設備投資は、リストラの進捗や企業収益の改善などの環境が整いつつあり、下げ止まりが明確化していく可能性が高い。ただ、現時点では、企業の先行き見通しは慎重であり、また債務返済圧力も残存しているため、今後設備投資がどの時点で明確な増加に転ずるかは見定め難い。

 物価の先行きについては、現状と同様の展開が続くと見込まれる。すなわち、国内卸売物価は、電気機械の価格低下や、円高による輸入品価格の押し下げ効果もあるが、その一方、原油価格が大幅に上昇していることや、国内需給ギャップが緩やかな改善傾向にあることから、当面概ね横這いで推移すると予想される。消費者物価も、ほぼ前年並みの水準で横這いを続けると考えられる。ただ、企業向けサービス価格は小幅の下落を続ける見込みである。

 このように、物価は、全体としてみれば、概ね横這いの範囲内で推移すると予想される。ただし現時点では、外生需要から民間需要へのバトンタッチがスムーズに進み、需給ギャップが持続的に縮小するといった展望が拓けた訳ではないので、外生需要が減少に転じた場合に、物価が再び軟化するリスクには引き続き留意しておく必要がある。

(2)金融情勢

 短期金融市場では、オーバーナイト金利が引き続きゼロ%近傍で推移している。また、年末越えのターム物金利は、ここにきて急速に低下した。この間、市場における年明け後の期待形成をユーロ円金利先物でみると、半年後の2000年6月限が0.2%台にあり、市場では、ゼロ金利政策が継続されるとの見方が強いように読み取れる。

 長期国債流通利回りは、11月中旬から下旬にかけて、景況感の改善などを背景に1.9%程度まで強含んだが、その後は円高の進行や、第3四半期GDP速報と12月短観が市場予想に比べて幾分弱めであったことを受けて低下し、最近は1.7%台前半で推移している。株価も、11月中に上昇傾向を辿ったあと、円高の進行や外人の利喰い売りなどをきっかけに幾分軟化し、足許は18,000円台前半で推移している。

 ジャパン・プレミアムは、年末越えの取引も含めてほぼ解消した。一方、国債と社債の流通利回りスプレッドは、低格付のものを中心に、引き続き縮小傾向を辿っている。

 金融の量的側面は、これまでと比べて大きな変化はない。民間銀行は、基本的には慎重な融資スタンスを維持しているが、貸出スプレッドが幾分縮小しており、大手行を中心に、徐々に融資を回復させようとする姿勢を強めている。

 しかし、資金需要の面をみると、民間の資金需要は低迷を続けており、民間銀行貸出は弱含みで推移している。また、社債の発行も、落ち着いた動きとなっており、残高の前年比伸び率は低下傾向にある。この間、CPをみると、日本銀行による年末越えCPオペの拡大などもあって、年末を控えて発行が増加している。

 マネーサプライ(M2+CD)前年比は、上述のような民間の資金需要の低迷を反映し、伸びがやや鈍化している。

II.前々回会合の議事要旨の承認

 前々回会合(11月12日)の議事要旨が全員一致で承認され、12月22日に公表することとされた。

III.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要

(1)景気の現状

 景気の現状に関しては、ほとんどの委員が、企業収益の状況がさらに改善していることと、これまで減少基調にあった設備投資に下げ止まりの気配が出てきたことに注目した。前回までの会合でも、輸出の増加などが生産の増加につながり、企業や家計の所得面の改善にも結びつき始めているとの認識が示されてきたが、今回は、企業部門の動きでさらに前向きの材料が得られたとの判断が示された。

 その一方で、多くの委員は、設備投資が下げ止まりから明確に増加に転ずる動きは確認されておらず、個人消費も引き続き一進一退の展開にあるため、民間需要の明確な回復の動きはみられていないと指摘した。

 こうした状況を踏まえて、景気の現状については、「足許、輸出や生産を中心に、下げ止まりから持ち直しに転じている。こうしたもとで、企業収益の回復が続くなど、民間需要を巡る環境は、徐々に改善しつつある。もっとも、民間需要の自律的回復のはっきりとした動きは、依然みられていない。」という評価に、ほぼ集約された。

 まず、輸出については、前回会合に引き続いて、大方の委員が増加傾向にあるということで一致した。ひとりの委員は、その要因として、米国、欧州、東アジアの経済動向が全体として好調であることを挙げたうえで、そうした世界経済動向は、昨年の国際金融市場の混乱時における米国の金融緩和策が市場の安定化に貢献したことや、米国を中心に情報・通信分野が飛躍したことなどによってもたらされたと指摘した。また、複数の委員は、アジア諸国の日本向け輸出の増加がアジア経済の回復を支え、その結果として、日本のアジア向け輸出も増加するといった具合に、日本とアジアとの間の拡大均衡メカニズムが働いているといった趣旨の発言をした。ただし、多くの委員が、これらの点には同意しつつも、円高が輸出にもたらすマイナスインパクトも注視していくべきであると指摘した。

 また、多くの委員は、こうした輸出の増加や在庫調整の進捗などを受けて、生産の増加基調が維持されていると指摘した。ひとりの委員は、これまで日本経済の構造改善が遅れていたため、金融緩和効果の浸透や、財政支出や輸出の乗数効果を通じた影響が弱かったが、ここにきて漸く生産の増加に結びついてきたとの認識を示した。

 次いで、各委員は、輸出や生産の増加が、企業のリストラ努力の効果と相俟って、企業収益の改善をもたらしていることに注目した。

 ひとりの委員は、11月初めの会合の段階で、すでに経済の前向きの循環メカニズムが動き始めた可能性があるとみていたが、ここにきて、企業収益がかなりしっかりしてきたことが確認されたことは、景気の先行きを展望するうえでも大きな意味があると発言した。具体的には、12月短観で明らかになった企業の今年度の収益計画が、円高の進行──今年度下期の大企業・製造業の予想為替レートが107円台まで上昇──や、経済構造調整などの下押し圧力にもかかわらず、依然として増益見通しとなっていることを、その根拠として指摘した。

 一方、別の委員は、企業収益改善の動きを認識しつつも、素材業種を例にとって、(1)アジアの需要回復を背景とした国際商品市況上昇によって輸出価格が上昇したが、この分の収益改善は円高がほぼ打ち消している、(2)輸出の増加を受けた生産の増加がもたらす収益改善効果は、固定費負担の軽減に資する程度に止まっている、(3)したがって、収益の改善を支えているのは、リストラとゼロ金利政策による金融収支の改善である、といったことを指摘したうえで、現状は、内需の回復に裏打ちされていない収益改善であって、収益回復の基盤はなお脆弱である、との認識を示した。

 以上のような企業収益の状況を受けて、多くの委員が、最近の設備投資動向について発言し、これまでの減少基調に変化が生じているとの認識が概ね共有された。

 ひとりの委員は、製造業の設備稼働率や機械受注などが下げ止まっていることや、設備投資の水準自体が減価償却費のレベルまで低下していることを踏まえると、これ以上の減少は考えにくいとの見解を示した。別の委員は、中小企業・非製造業の今年度設備投資計画が上方修正されるピッチがここにきて速まっていることは、これまでの日本の景気回復期にみられるひとつの典型的なパターンであり、注目すべき動きであるとの見解を示した。また、ほかの委員は、ミクロの動きとして、非住宅の建築着工——工場、倉庫、店舗など——が増えていることも、設備投資の下げ止まりを示すひとつの材料であるとした。ただ、その委員は、今の実体経済の姿は、業種、企業、地域といったあらゆる側面で二極分化がみられることを留意事項として付け加えた。

 このように、これらの委員は、設備投資には下げ止まりの気配が出てきているとの認識を共有したが、それとともに、設備投資関連指標やミクロ情報では、明確な増加の動きがまだみられないということも付け加えた。

 その一方で、これらとは別のひとりの委員は、設備投資は一見すると下げ止まっているようにみえるが、(1)名目設備投資の対名目GDP比率は依然として高く、資本ストック調整は当分続くとみられる、(2)最近伸びているのは、IT(Information Technology)に関連する分野や、一部のサービス部門だけで、それ以外は依然として減少基調にあるとして、大方の委員よりも弱めの見方を示した。ただ、その委員も、日本の情報・通信関連投資が設備投資全体に占める割合は、米国に比べてかなり低いだけに、今後拡大する余地があり、中長期的には、設備投資の柱となることが見込まれるとの見通しも併せて述べた。

 個人消費については、多くの委員が、引き続き一進一退の動きにあるとの見解を示した。ひとりの委員は、生産の増加や企業収益の改善を受けて、今冬に交渉された賞与が前年並みに回復するなど、雇用者所得の減少テンポが緩やかになっていることを指摘し、別のひとりの委員は、自動車の国内販売が持ち直していることに言及した。しかし、いずれの委員も、個人消費全体の基調としては、はっきりとした回復の動きはみられないとの判断であった。

 なお、公共投資については、複数の委員が、ここにきて地方の動きが鈍っていると指摘した。

 足許の物価動向については、大方の委員は概ね横這い圏内にあるとの見方で一致した。ただ、ひとりの委員は、石油価格について懸念を表明し、現在は欧米が暖冬でこれが需要を抑制する要因として働いており、また、サウジアラビアなどが「コンピューター2000年問題」対応で増産の構えをみせていることから、価格の上昇が抑制されているが、こうした構図に変化が生じた場合、1バレル40ドル程度まで急騰する可能性があるとした。

 以上のような状況を踏まえて、多くの委員が足許の景気は持ち直しているとの趣旨の見解を述べた。ひとりの委員は「景気は緩やかに持ち直しており、踊り場から一段上がったところに来た」と表現し、また、別の委員は「景気は半歩前進した」と述べた。以上の結果から、景気の現状認識を、「輸出や生産を中心に、下げ止まりから持ち直しに転じている」として、前月の「持ち直しに転じつつある」との判断から幾分前進させることになった。また、企業収益がしっかりしてきた状況等を踏まえ、「企業収益の回復が続くなど、民間需要を巡る環境は、徐々に改善しつつある」との認識を付け加えることとなった。

(2)金融面の動き

 金融面については、大方の委員が、(1)金融資本市場は、引き続き、総じて落ち着いて推移している、(2)金融面の良好な環境は維持されており、実体経済活動をサポートしている、との見方で一致した。

 最近の金融資本市場の動きについて、ひとりの委員が、(1)株価は、10月がほぼ17,000円台、11月以降が18,000円台と着実に切り上がっており、株式市場は企業部門の改善の動きを評価している、(2)長期金利は、10月以降、一高一低はあるが総じて低位安定が続いており、市場参加者はゼロ金利政策が当分継続するとみている、との見方を示した。また、その委員は、企業金融について、短観の資金繰り判断や金融機関の貸出態度判断をみても、引き続き緩和が進んでおり、実体経済にとっての好材料になっているとの見解も述べた。企業金融に関しては、別の委員からも、すでに十分に緩和された状態にあり、実体経済が本格的に動き始めた場合でも、金融サイドからは十分なサポートができる体制が出来上がっているとの趣旨の発言があった。

 企業金融の動向に関連して、量的金融指標を巡る議論があった。ひとりの委員は、金融機関の融資姿勢をみると、最近は、経営健全化計画の達成を意識して、スプレッドよりも貸出量を確保する方向に傾斜しているが、現状、企業経営にとっての最優先課題はバランスシートの改善であるため、企業の資金需要は依然弱く、これが民間銀行貸出の減少につながっているとの見方を示した。また、その委員は、「コンピューター2000年問題」が一段落すると、それに関係する借入も返済されるため、量的金融指標はさらに減少する可能性があると指摘した。

 別の委員は、マネーサプライの伸び率が最近低下していることに懸念を表明した。その委員は、まず、80年代、90年代のマネーの激しい振幅が、結果としては、経済の大きな振幅を示していたとして、中長期的には、マネーの動きが発するシグナルには重要なものが多いとの認識を示した。そのうえで、近年マネーと実体経済との関係が不安定になっていることや、金融システムが安定を回復していることの影響を勘案したとしても、最近のマネーの動きは、信用創造機能の低下についての警告を発している可能性があり、軽視することはできないとの見解を述べた。

 これに対しては、ほかの委員より、マネーの動向をフォローすることは重要だが、それに過度に依存して金融経済情勢を判断することは適当ではないとの反論があった。その委員は、その根拠として、マネーサプライは足許で低下しているが、その一方で、マーシャルのk(=M2+CDの対名目GDP比率)が引き続き高いレベルにあり、マネタリスト的なアプローチに則るとインフレが心配であるとする立論も可能になる、といったことを挙げた。なお、マーシャルのkの評価については、もうひとりの委員が、中長期的に均してみた平均名目GDPの試算値を使ってみると、現在のマネーの水準が必ずしも高くはないとの解釈も可能であり、幅をもってみる必要があるとの意見を述べた。

 会合では、円相場の見方等についても、活発な議論が交わされた。まず、ひとりの委員が、現在、日本の企業はグローバルな競争を勝ち抜いていけるようなコスト構造を作り上げるべく、全力を挙げてリストラに取り組んでいるが、その最中に円高が進行するとリストラによる収益改善効果を打ち消してしまうため、(1)現時点では、円相場が1ドル105〜115円程度の範囲内で安定することが大切である、(2)円相場がその範囲から、さらに急激に上昇するような場合には、必要に応じて介入を実施し、円高の動きを食い止めるべきであるとの考え方を強調した。

 また、別の複数の委員も、現在は、日本経済が民間需要を中心とする自律回復に戻るかどうか微妙な局面にあるので、もう一段の円高には神経質にならざるをえない、との立場を採った。このうちのひとりの委員は、(1)為替相場は、急激に変化することが望ましくないばかりでなく、中小企業の採算を考えるとその水準も重要である、(2)介入の実施にあたっては、国際協調の観点も大切ではあるが、それよりも国内経済動向に関する判断をその基準におくべきである、といった考えを付け加えた。

 これに対して、ほかのひとりの委員は、為替相場の形成は基本的には市場に委ねるべきである、といった観点からの意見を述べた。具体的には、(1)現在の為替相場は、円、ドル、ユーロといった3つの主要通貨のバランスを保ちながら形成されており、人為的にそのバランスを崩すことは避けるべきである、(2)相場が乱高下する際には介入が適当なケースもあろうが、特定の水準の維持を目的とすることは適当ではない、(3)円高には、アジア諸国の対日輸出の増加を通じてアジア経済をサポートする面がある、(4)最近の円高は、デフレスパイラルの瀬戸際までいった日本経済が改善し、内外の信認が回復しつつあることを反映している、といった点を列挙した。

 長期金利の先行きについての意見も出された。ひとりの委員は、最近は金融機関が債券投資に前向きになっていることもあって長期金利の上昇懸念が鎮静化しているが、市場参加者の意識の底流には需給悪化懸念があることには留意する必要があるとした。また、別の委員は、OECDの試算では、日本の一般政府債務残高の対名目GDP比率は今後110%を上回る見通しにあるが、財政赤字がコントロール不能の状態に陥っていないかどうかをよくみていく必要がある、と発言した。

(3)景気の先行き

 景気の先行きに関しては、各委員が、財政面、輸出面からの下支え効果が当面は継続するといった見方で一致した。ただ、多くの委員は、足許の景気の持ち直しが民間需要の回復の展望にまでは結びついていないとして、これまでの「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢にはなお至っていない」との判断は維持すべきである、という認識を共有した。

 まず、公共投資については、何人かの委員が、今年度第2次補正予算が今後執行されれば、来年度にかけて公共投資が大きく落ち込むことは回避されるとの見方を述べた。また、輸出についても、多くの委員が、基本的には海外景気の好調を反映して当面は増加が続くという認識を共有した。これらを踏まえて、何人かの委員が、外生需要の下支え効果は来年も継続するとの見解を示した。

 これに関するリスクとしては、何人かの委員が、米国経済のサステイナビリティに言及し、もしこれが変調を来すと、日米の株価下落や円相場の上昇を通じて、実体経済にも大きな影響が及ぶとの見方を述べた。このうちのひとりの委員は、すでに米国では、消費者物価や長期金利の上昇が始まっており、長期金利が今後大きく上昇すれば、株価への影響も避けられないとの懸念を示した。一方、別の委員は、米国経済が過熱と調整といった振幅を回避できるかどうかについては、生産性向上など供給サイドの強化が鍵を握っており、この点に注目していく必要があると発言した。

 次に、民間需要の見通しについて議論が行われたが、多くの委員の認識は、民間需要が明確に回復に向かう展望はまだ得られていないというものであった。

 設備投資については、ひとりの委員が、企業サイドの積極姿勢はまだみられないが、先行き増加する環境が整ってきたとして、(1)人件費の抑制などによって収益力が改善している、(2)リストラのマイナスの影響を懸念していた個人消費は、何とか落ち込みを回避して一進一退を続けている、(3)これらをみて外資の再流入が始まっている、(4)今後のグローバル競争の観点からは情報関連投資の上積みは必須である、といった点をその要因として指摘した。

 別の委員は、景気の先行きを判断するうえでは企業サイドの調整の進展度合いを見定める必要があるとの観点に立って、企業の損益分岐点比率と設備投資の関係について発言した。その委員は、損益分岐点比率が改善に向かったあと1年から1年半が経過すると設備投資の改善が始まるという過去の経験則を踏まえると、今回は、ひとつの季節調整の方法を用いてみた損益分岐点比率が98年7〜9月をピークとして低下に転じ、徐々に改善に向かっているため、設備投資が底入れして反転上昇するといった方向性が、これから出てくる可能性があるとした。さらに、(1)12月短観などからは、今年度下期には設備投資がある程度は実施されると判断できることや、(2)ここにきて情報通信分野での前向きな動きなどが始まっていることなどは、こうした経験則とも符合するとの見方も併せて付け加えた。

 これに対して、ある委員は、損益分岐点比率について、(1)その改善が始まったとは言え、水準はなお高い、(2)大企業と中小企業との間には大きな格差がある、(3)設備投資の動きとの因果関係も明確ではない、といったことを指摘して、幅をもってみていく必要があるとの考えを述べた。また、その委員は、設備投資の動きをサポートする金融面の動向をみても、新規設備投資のための資金需要はきわめて弱く、観察されるのは、特別信用保証制度を活用した在庫ファイナンス資金に止まっている旨を付け加えた。

 また、別の委員も、情報通信分野で大きな変革があったり、地価が下げ止まったりすれば、設備投資が増加に転ずる可能性もあるとしながらも、ほかの委員とともに、企業が引き続き控えめの売り上げ見通しを維持している以上、設備投資が明確に増加に転ずる展望が描けるという段階には至っていないと判断すべきである、との見解を披瀝した。さらに、もうひとりの委員からも、(1)仮に企業収益やキャッシュフローが改善しても、その分は既往債務の返済に充てられるなど、必ずしも設備投資には直結しない、(2)IT関連投資についても、設備投資全体に占める割合は2割以下であり、当面の景気牽引力ということでは限りがある、という考えが示された。

 家計の雇用・所得環境については、複数の委員が、雇用者数の減少に歯止めがかかりつつあることなどを好材料として指摘した。しかし、それらの委員も含めた各委員の共通の認識は、企業のリストラや経済構造調整による家計所得への抑制効果は続くため、足許の企業収益の改善が雇用・所得環境の改善に明確につながるには、もう少し時間がかかるというものであった。このうちのひとりの委員は、雇用・所得環境は見かけの数字ほどには改善していないとして、(1)大企業のリストラはある程度進展したが、中小企業の雇用調整は全く進展していないことや、(2)失業率が若干低下しているのは、職探しを断念して労働市場から退出する人が増えているためであること、などを指摘した。

 このため、個人消費についても、当分の間は、一進一退で、はっきりとした回復感に乏しい展開が続くのではないか、という線で大方の委員の見方は一致した。

 以上のような、景気の見通しを踏まえ、物価の先行きに関する議論が行われた。大方の委員の認識は、物価は引き続き概ね横這いで推移していくものとみられるが、民間需要が明確に回復に向かう展望が得られていないため、物価に対する潜在的な低下圧力に対しては、引き続き留意する必要があり、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」には依然として至っていないというものであった。

 このうちのひとりの委員は、概ね横這いの範囲内であるとしつつも、円高が企業活動や物価にもたらす影響も考慮すると、幾分マイナス気味での推移を辿るのではないかとの見通しを披瀝した。また、別の委員は、来年のGDP見通しを概ね0〜2%、現在の潜在成長率を概ね0〜2%弱として、様々なケースについて一定の確率分布を仮定して行ったインフレ率の試算結果を紹介した。その委員は、この種の定量的な試算結果は幅をもってみるべきと前置きしたうえで、(1)来年のインフレ率の平均値はゼロ%近傍、(2)それがマイナスになる可能性はかなり残っている、(3)インフレ率が高まる可能性はあまり高くない、といった結果を説明し、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢には至っていない」と結論付けた。これに対して、別の委員は、来年のインフレ率見通しの平均値がゼロ%近傍にあることを、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢には至っていない」とする結論に結び付けることには無理があるなどとして、この種の試算結果は慎重にみていくべき、との趣旨の発言をした。

 このほか、何人かの委員は、物価動向をみる際の留意点として、情報通信分野などにおける技術革新によって起きる価格の低下は、需給緩和によって発生する悪性の物価下落とは峻別すべきであるとの認識を述べた。このうちのひとりの委員は、こうした例を踏まえて、物価判断は、個々の物価指標をみていても決め手に欠けるため、基本的には需給関係に拠るべきであり、その場合は、生産関数から算出されるような狭義の需給ギャップではなく、もっと広い意味での需給の逼迫・緩和の状況をみていく必要があると強調した。

IV.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

 以上のような金融経済情勢を踏まえて、当面の金融政策運営の基本的な考え方が検討された。

 多くの委員の金融経済情勢に関する認識は、(1)足許の景気は、輸出や生産を中心に、下げ止まりから持ち直しに転じており、(2)こうしたもとで、企業収益の回復が続くなど、民間需要を巡る環境は徐々に改善しつつある、(3)金融面の良好な環境は維持されている、(4)しかしながら、民間需要の自律的回復のはっきりとした動きは、依然みられていない、(5)物価は当面、概ね横這いで推移していくとみられるが、潜在的な低下圧力については、引き続き留意する必要がある、といったものであった。

 このうちのひとりの委員は、以上のような景気認識のもとでは、一段の円高の進行や、長期金利が実体経済動向から乖離して上昇することが有するリスクには、引き続き留意する必要があると指摘した。

 こうした認識を踏まえ、多くの委員は、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」にはなお至っていない、との判断を共有した。この結果、当面の金融政策運営方針としては、現在のゼロ金利政策を続けていくことが適当であるとの見解が、大勢意見となった。

 ただし、会合では、今後の金融政策運営の方向性に関するいくつかの論点で、議論が交わされた。

 具体的には、まず第1に、ひとりの委員から、「企業収益の回復が続くなど、民間需要を巡る環境が徐々に改善しつつある」という現状認識と、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢には至っていない」との判断は、整合的と言えるのか、との問題提起があった。

 これについては、別の委員が、現状は、外生需要から民間需要へのバトンタッチという景気回復シナリオの途半ばにあり、円高の経済に対する下押し圧力と企業のバランスシート調整が残る以上、「デフレ懸念が払拭された」と判断することはできないとの見解を述べた。ほかの委員は、設備投資が今後上昇トレンドに乗るかどうかということが、確認すべき要件のひとつであると発言した。

 また、もうひとりの別の委員は、これらの指摘をまとめるかたちで発言し、現状は、(1)民間需要を巡る「環境」が改善し始めたところである、(2)需給の状況は、在庫調整が進展しており、短観の雇用・設備判断や製品需給判断からみても、これまでの需給緩和傾向にはストップがかかっている、(3)しかし、具体的に設備投資や個人消費の回復を展望させるような材料は得られていない、との認識を述べた。また、景気のアップサイドの可能性とダウンサイドのリスクの比較をしてみると、現在は、アップサイドの可能性がダウンサイドのリスクとほぼ拮抗するところまで漸く辿り着いた、というところではないかとの整理を示した。そのうえで、今後の「デフレ懸念の払拭」に向けた注目点としては、(1)今回確認された民間需要を巡る環境の好転が企業や個人の支出活動に、いつ、どのように結びつき、(2)それにより、需給の改善が持続的なものとなるかどうか、といったことを指摘した。

 さらに、ほかのもうひとりの委員は、ここで無理に利上げに踏み切って、経済にマイナスのショックが加わり、その結果として、ゼロ金利政策に逆戻りするようなことになれば、政策運営に対するクレディビリティが損なわれるリスクがあると指摘した。

 第2にゼロ金利政策の副作用として、構造調整を先送りしていることを問題視する意見も出された。この立場を採る委員は、有利子負債残高が大きく、バランスシートが傷んでいるような企業が存続できるのは、ひとつには、ゼロ金利政策によって資金コストが低位に抑制されているためであると主張した。そのうえで、こうした企業をサポートするためにゼロ金利政策をさらに継続することは、預金者が得られる金利をこうした企業に所得再分配することに他ならないと強調した。

 この議論については、ある委員が、(1)これまでは、金利を引き上げれば経済全体にダメージが加わるとの判断で、ゼロ金利政策を継続してきた、(2)最近では、企業としても収益率の向上が経営上の必須の課題となっていることを強く自覚しており、さらに金融機関からの借入金利も企業の信用力に応じて格差がつき始めているため、ゼロ金利政策と低採算企業の存続との間の因果関係は弱い、といった認識を示した。そのうえで、その委員は、今検討すべきことは、(1)それでも直ちに金利を引き上げて構造調整を一段と強引に促進することが必要なのかどうか、あるいは、(2)そうしたことが可能なのかどうか、ということではないか、と発言した。

 第3に、逆に、現状でも円高のリスクは残っており、今後円高が100円を大きく割り込むかたちで進展した場合には、何らかの追加緩和策を考える必要がある、といった問題提起もあった。それを提起した委員は、11月の終わりに円相場が一段と上昇した際に市場が本当に求めていたものは一層の金融緩和のシグナルであり、それに対する妥当な対応は積み上幅の拡大ではなかったか、との見解を述べた。その委員は、確かに積み上幅1兆円は、当初はオーバーナイト金利のゼロ%を確保することと整合的なものであったとしても、事実の問題として、すでに金融政策スタンスを示す指標性を具備しており、それを拡大すれば、金利体系に影響を与え、円相場に影響を与える蓋然性も高いと主張した。

 これについては、ひとりの委員が反論し、(1)オーバーナイト金利がすでにゼロ%まで低下しているもとでは、追加的な資金供給がもたらす効果が不明である、(2)市場に合理的とは言えない期待があるときに、それに乗った政策をいったん行うと、次々に同じような状況に追い込まれるリスクがあるし、政策運営のクレディビリティを損なうことにもなる、といったことなどを指摘した。また、その委員は、(3)追加緩和策として考えられる最後の決断としては、長期国債の買い切りオペの増額があり、これには円高抑制の効果も期待しうるが、これは国民経済的に大きなコストを払う政策であるだけに、経済が深刻なデフレスパイラルに陥ったような場合にしか決断できないものである、という趣旨も付け加えた。

 以上のような今後の金融政策運営の方向性を巡る議論を総括するかたちで、ひとりの委員は、来年の政策運営は「複線で」考えることが必要となっていると発言した。具体的には、(1)内需の力が途絶えて再びデフレ圧力が高まったり、米国経済・株価の大きな調整など外生的なショックに見舞われた場合の対応などを引き続き念頭に置いておく必要がある、(2)同時に、経済の改善傾向が続いていけば、現在の極端な金融緩和政策については、経済実態との整合性という観点に十分目配りしたうえで、適切な判断を行っていく必要がある、といった両面を指摘した。

 また会合では、以上の議論を踏まえて、何人かの委員が、金融政策運営に関する会合における判断や、その背景となる考え方、着目している材料などについて、市場や国民に対してしっかりと説明していく必要がある旨を強調した。これらの委員は、そうすることが、金融資本市場の期待形成の安定を確保し、円滑な金融政策運営を行っていくための近道であるとの認識を共有した。

 この間、「ゼロ金利政策の維持」とは立場を異にする、2つの主張もみられた。

 まず、ひとりの委員は、金融市場調節方針を、ゼロ金利政策を決定した2月12日以前の状態に戻すこと──すなわち、オーバーナイト金利を0.25%に引き上げること──、を主張した。

 この委員は、まず第1に、景気は持ち直しに転じ、民間需要を巡る環境は改善しつつあるということは、デフレ懸念の払拭が展望できつつあることを意味しているが、それでもゼロ金利政策を継続すると金融政策運営に対するクレディビリティが損なわれるとの考え方を示した。また、第2にその委員は、技術革新や規制緩和を背景とした新たな産業の萌芽として、金融界における異業種参入の動きや、情報通信分野における競争とそれに伴う消費者向けサービスの質の向上などに言及し、これらの新しい成長分野が経済を牽引する素地ができつつあることも指摘した。そうした中で、第3に、新たに成長している分野と構造調整に直面している分野との二極分化の様相が強まって、政策対応としては、構造調整分野のサポートを強く意識した政策を求める声が高まる惧れがある旨を付け加えた。

 別のひとりの委員は、CPI(消費者物価指数)上昇率に目標値を設けたうえで、マネタリーベース・ターゲティングに移行し、また、その実現のために超過準備額を増やすことを主張した。

 その理由として、この委員は、(1)景気の現状と先行きを、景気動向指数で確認すると、景気は本年4〜5月に底入れしたあと、回復の量感に乏しい脆弱な展開となっているが、来年3月頃の総体的な経済活動も依然として弱々しいものになることを示唆している、(2)個人消費には夏頃までの勢いがみられないし、過剰設備の調整が不十分であるにもかかわらず設備投資の対GDP比率が上昇に転じているほか、GDPデフレーターは3期連続でマイナスとなっている、(3)こうした状況のもとでは、政府の経済対策とシンクロナイズするかたちで早めに追加緩和に踏み切り、経済を潜在成長率まで押し上げることが必要である、(4)今のゼロ金利政策は、そのもとで採り得る選択肢が継続か解除しか存在しない非連続な政策であり、状況に応じたフレキシブルな対応が採れないため、量的ターゲットにレジームを切り替えるほうがよい、(5)インフレ・ターゲティングは今や国際的な潮流であり、市場の期待形成の安定化や、日本銀行が説明責任と結果責任を果たしていくうえでも多いに役立つと考えられる、といった諸点を列挙した。

 なお、利上げを主張した委員は、現在のゼロ金利政策のもとでは、「デフレ懸念の払拭」が政策運営上のアンカーの役割を果たしており、市場参加者に対するメッセージにもなっているが、ゼロ金利解除後はそのようなアンカーがなくなるため、それに向けた備えとして、インフレ率や需給バランスなど、中期的な日本銀行の見通しを公表することを検討する必要がある、との問題意識を表明した。また、一段の金融緩和を主張した委員も、経済についての日本銀行の認識を正確に伝えるために、インフレ率やGDPの予測値を公表すべきとするかねてからの主張を繰り返した。

V.政府からの出席者の発言

 会合の中では、大蔵省からの出席者より、以下のような趣旨の発言があった。

  • わが国経済は、各種の政策効果に加え、アジア経済の回復などの影響で、緩やかな改善を続けており、景気は最悪期を脱していると思われる。しかし、経済の自律的回復の鍵を握る民需の動向は依然として弱い状況にある。
  • このような状況の下、政府は景気の本格的回復と新たな発展基盤の確立を目指すため、11月11日に経済新生対策を決定し、これを受けて編成された今年度第2次補正予算は、今臨時国会で成立した。政府としては、本対策に盛り込まれた各種の施策を着実に実施していくとともに、平成12年度予算においても、引き続き景気に配慮をして、公需から民需への円滑なバトンタッチを図り、わが国経済が民需中心の本格的な回復軌道に乗るように努力していきたいと考えている。また、税制改正については、12月16日に政府税制調査会において、「平成12年度の税制改正に関する答申」が取りまとめられたところであり、政府として、今後具体的な税制改正作業に取り組んでいきたい。
  • 政府による諸施策の実施と合わせ、日本銀行においても、経済の回復を確実なものとするため、金融為替市場の動向も注視しつつ、豊富で弾力的な資金供給を行うなど、引き続き適切かつ機動的に金融政策を運営して頂きたい。

 また、経済企画庁からの出席者からも、以下のような趣旨の発言があった。

  • 景気の現状は、民需の回復力が弱く厳しい状況をなお脱していないが、各種の政策効果に加え、アジア経済の回復等の影響で、緩やかな改善を続けていると判断している。各論では、10月の個人消費が秋口に比べてやや改善したが、基本的には足踏みを脱していない。設備投資については、機械受注の製造業を中心に底入れの気配があるが、現状は大幅な減少が続いているとの判断を変えていない。
  • 政府としては、公需から民需へのバトンタッチを円滑に行い、景気を本格的な回復軌道に乗せていくとともに、21世紀の新たな発展基盤を築くという観点から、先般決定した経済新生対策を強力に推進する考えである。日本銀行においても、経済の回復を確実なものとするため、金融為替市場の動向も注視しつつ、豊富で弾力的な資金供給を行うなど、引き続き適切かつ機動的に金融政策を運営して頂きたい。

VI.採決

 多くの委員の認識をあらためて総括すると、(1)足許の景気は、輸出や生産を中心に、下げ止まりから持ち直しに転じており、(2)こうしたもとで、企業収益の回復が続くなど、民間需要を巡る環境は徐々に改善しつつある、(3)金融面の良好な環境は維持されている、(4)しかしながら、民間需要の自律的回復のはっきりとした動きは、依然みられていない、(5)物価は当面、概ね横這いで推移していくとみられるが、潜在的な低下圧力については、引き続き留意する必要がある、(6)したがって、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」には、なお至っていない、というものであった。

 こうした認識を踏まえ、会合では、現在のゼロ金利政策を続けていくことが適当であるという意見が大勢を占めた。

 ただし、ひとりの委員からは、デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になりつつあるとの認識を踏まえ、金融市場調節方針を、現在のゼロ金利政策を採用した2月12日以前の方針に戻すことが適当であるとの考えが示された。一方、別の委員からは、CPIの上昇率に目標値を設定したうえで、本格的な量的ターゲットに踏み切ることが適当であるとの考えが示された。

 この結果、次の3つの議案が採決に付されることとなった。

 篠塚委員からは、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、「無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.25%前後で推移するよう促す。なお、金融市場の安定を維持するうえで必要と判断されるような場合には、上記のコールレート誘導目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。」との議案が提出された。

 採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対7)。

 中原委員からは、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、「中期的目標として2001年10〜12月期平均のCPI(除く生鮮)の前年同期比が0.5〜2.0%となることを企図して、今積み期間(12月16日〜1月15日)の超過準備額を前積み期間対比で平残ベース5,000億円程度増額し、その後も継続的に超過準備額を増加させることにより、2000年7〜9月期のマネタリーベース(平残)が前年同期比で10%程度に上昇するよう量的緩和(マネタリーベースの拡大)を図る(注3)。なお、無担保コールレート(オーバーナイト物)が大幅に上昇する等金融市場が不安定化した場合には、上記マネタリーベースの目標等にかかわらず、一層の量的拡大を図る。」との議案が提出された。

 採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対6、棄権1)。

 議長からは、会合における多数意見をとりまとめるかたちで、以下の議案が提出された。

議案(議長案)

 次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとし、別添1のとおり公表すること。

 豊富で弾力的な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す。

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、武富委員、三木委員、植田委員、田谷委員
  • 反対:中原委員、篠塚委員

──中原委員は、(1)景気のアップサイドリスクがほとんどない一方で、円高の悪影響や政策効果の息切れなど、ダウンサイドリスクはかなり残っているため、現状維持という政策対応は適当ではない、(2)マネーサプライなどの量的金融指標の伸び率が一段と低下しており、円高圧力につながりかねない、(3)財政赤字が拡大する中で、今後、日銀に対して国債引き受けや買いオペ増額などの要請が強まることが懸念されるので、予め明確な政策スタンスを打ち出す必要がある、(4)現在の金融市場調節方針は、抽象的な表現が多く、政策目標として「何が」「いつ」「どうなるか」が国民にはわかりにくく、アカウンタビリティが十分に発揮されているとは言えない、といった理由を挙げて、上記採決において反対した。

──篠塚委員は、(1)景気判断の着実な上方修正によって、デフレ懸念の払拭が展望できる状況になりつつあると判断するが、それにもかかわらず、ゼロ金利政策を継続すると、中央銀行のクレディビリティを損なうことになる、(2)ゼロ金利政策をさらに継続すると、構造調整の進捗が一段と遅れ、その解除の時期がさらに難しくなる、(3)景気が最悪期を脱したと判断できる現時点で金利を早期に引き上げ、機動的な政策対応が行えるような体制を整えておく必要がある、という理由を挙げて、上記採決において反対した。

  1. 3「マネタリーベースについて2000年7〜9月期平残で前年同期比10%程度の伸びを実現するためには、現状程度の銀行券の伸び(前年同月比6%程度)が続くことを前提とすると、来年9月までに買いオペ等の拡大により現状比3兆円程度準備預金の残高を増額させる必要がある。」

VII.金融経済月報「基本的見解」の検討

 当月の金融経済月報に掲載する「基本的見解」が検討され、採決に付された。採決の結果、「基本的見解」が全員一致で決定され、それを掲載した金融経済月報を12月21日に公表することとされた。

  • (注)なお、山口委員は、会合の出席が短時間であったため、上記II、VI、およびVIIのいずれの採決にも加わらなかった。

VIII.2000年1月〜6月における金融政策決定会合の日程の承認

 最後に、2000年1月〜6月における金融政策決定会合の日程が別添2のとおり承認され、即日対外公表することとされた。

以上


(別添1)
平成11年12月17日
日本銀行

当面の金融政策運営について

 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、当面の金融政策運営について、「ゼロ金利政策」を継続することにより、金融緩和効果の浸透に努めていくことを決定した(賛成多数)。

 すなわち、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針は、以下のとおりである。

 豊富で弾力的な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す。

以上


(別添2)
平成11年12月17日
日本銀行

金融政策決定会合等の日程(平成12年1月〜6月)

表 金融政策決定会合等の日程(平成12年1月〜6月)
  会合開催 (参考)金融経済月報公表 (議事要旨公表)
12年 1月  1月17日(月)
 1月19日(水) ( 2月29日(火))
2月  2月10日(木)
 2月24日(木)
 2月15日(火)
−−
( 3月13日(月))
( 3月29日(水))
3月  3月 8日(水)
 3月24日(金)
 3月10日(金)
−−
( 4月13日(木))
( 5月 2日(火))
4月  4月10日(月)
 4月27日(木)
 4月12日(水)
−−
( 5月22日(月))
( 6月15日(木))
5月  5月17日(水)  5月19日(金) ( 7月 3日(月))
6月  6月12日(月)
 6月28日(水)
 6月14日(水)
−−
未定
未定

以上