金融政策決定会合議事要旨
(2000年 1月17日開催分)*
- 本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、2000年2月24日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。
2000年 2月29日
日本銀行
開催要領
- 1.開催日時
- 2000年1月17日(9:00〜12:23、13:16〜15:39)
- 2.場所
- 日本銀行本店
- 3.出席委員
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- 議長 速水 優(総裁)
- 藤原作弥(副総裁)
- 山口 泰( 副総裁 )
- 武富 将(審議委員)
- 三木利夫( 審議委員 )
- 中原伸之( 審議委員 )
- 篠塚英子( 審議委員 )
- 植田和男( 審議委員 )
- 田谷禎三( 審議委員 )
- 4.政府からの出席者
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- 大蔵省 林 芳正 政務次官(9:00〜15:39)
- 経済企画庁 小峰隆夫 調査局長(9:00〜15:39)
(執行部からの報告者)
- 理事黒田 巖
- 理事松島正之
- 理事永田俊一
- 金融市場局長山下 泉
- 調査統計局長村山昇作
- 国際局長平野英治
- 企画室参事稲葉延雄
- 企画室企画第1課長雨宮正佳
- 調査統計局吉田知生
(事務局)
- 政策委員会室長小池光一
- 政策委員会室審議役村山俊晴
- 政策委員会室調査役飛田正太郎
- 企画室調査役栗原達司
- 企画室調査役山岡浩巳
I.前々回会合の議事要旨の承認
前々回会合(11月26日)の議事要旨が全員一致で承認され、1月20日に公表することとされた。
II.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概
1.最近の金融市場調節の運営実績
金融市場調節については、前回の会合(12月17日)で決定された金融市場調節方針1にしたがって運営した。この間、年末越えや「コンピューター2000年(Y2K)問題」といった要因にもかかわらず、日本銀行のきわめて豊富な資金供給を受け、オーバーナイト金利はゼロに近い水準で落ち着いて推移した。この間、取引面でも特に混乱はみられず、Y2K問題は大きな山を越えたと思われる。
Y2K対応の資金供給の経緯についてやや詳しく述べると、日本銀行は、12月22日から積み上幅2を拡大させ、同28日時点では、51営業日連続での資金供給により、累計46兆5千億円の年末越え資金を供給した。一方、年明け後は、取引面でのトラブルがないことを確認した上、1月4日午後から、1日当たり約2兆5千億円のペースで余剰資金の吸収を行った。この資金吸収は、(1)積み上がった余剰資金の規模が米欧と比べて相当大きくなったことや、(2)ゼロ金利政策の調節方針のもとで、オーバーナイト金利に上昇圧力が生じないよう留意する必要があったことから、米欧よりも時間がかかることになったが、先週末までにはこうした資金吸収も概ね完了した。
なお、このように資金供給の規模が米欧に比べ巨額となったのは、本邦金融機関がY2K対応として多くの超過準備を抱えたためである。この背景としては、(1)ゼロ金利政策により、超過準備を保有するコストがきわめて低くなっていること、(2)97年秋以降の大手金融機関の破綻の経験等から、金融機関は万が一の場合の流動性対応について慎重に備える傾向が強いこと、(3)日本銀行も金融機関に対し、なるべく自助努力でY2K問題に対応するよう促してきたこと、が挙げられる。この結果、12月積み期の超過準備は過去最大額となった。同時に、短資会社等の日銀当座預金も、過去最大の積み上がりをみた。
なお、年末以降、Y2K問題の剥落とともにいったんは低下したTB・FBレートが、年明け後やや上昇している。この要因としては、FB発行額の増加を受けた需給悪化懸念などに加え、足許ではゼロ金利政策の解除予想が市場に出てきていることも挙げられる。
- 「豊富で弾力的な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す。」
- 翌営業日から積み期間の最終日まで積み続ければ所要準備をちょうど満たすことになる金額に対して、当日為決時点(通常17時、準備預金制度上の計算時点)の準備預金額がいくら上回ると見込まれるかを示す金額であり、日本銀行が朝方の調節時点で予想したもの。
2.為替市場、海外金融経済情勢
(1)為替市場
円の対ドル相場は、年初にいったん101円台まで上昇した後、介入報道をきっかけに円安方向の動きが進み、現在は106円を挟む展開となっている。この間、年明け後ドルに対して反発していたユーロも、先週末から再び反落しており、足許の状況は「ドルの堅調」といえる。
この背景としては、米国経済の好調と、こうした中での米国株価の上昇が挙げられる。すなわち、米国の12月の経済指標をみると、生産者物価や消費者物価が比較的落ち着いた動きとなる一方で、小売売上高や鉱工業生産は市場の予想を上回った。これらの指標の公表を受け、市場では「米国経済はインフレなき成長を続けている」との見方が強まり、これが株高やドルの堅調につながっている。
なお、この間海外筋の一部には、日本銀行が、米欧の中銀に比べ、年明け後のY2K資金の吸収に時間をかけたとして、これが、先行きの金融政策への思惑を生み、円安の一因となっているとの声もある。ただ、これは相場変動のドミナントな要因とは考えにくい。
(2)海外金融経済情勢
米国では、長期金利が6.6%台と、2年半振りの高水準となっている。FF金利先物をみると、市場は、今後のFOMC(連邦公開市場委員会)における金利引き上げを既に織り込んでいる模様である。この間、米国株価は、年明け後いったん大幅に下落したが、その後は長期金利の上昇をこなしながら、再び上昇している。
欧州でも、景気回復期待を背景に、株価と長期金利が上昇傾向にあり、独、英、仏の株価は、年明け後、いずれも既往ピークを更新した。また、エマージング諸国でも、株価は総じて上昇している。
実体経済をみると、米国では、個人消費と設備投資が堅調を維持している。個人消費をみると、消費者コンフィデンスは引き続き好調であり、小売売上高も高水準となっている。クリスマス商戦についても、当初は出足が鈍いとの見方もあったが、終盤には盛り上がりをみせ、結局はまずまずとの評価である。
欧州でも、輸出や個人消費が好調に推移する中で、生産の増加に伴って雇用環境も改善し、失業率は低下している。こうした労働需給の引き締まりなどを背景に、イングランド銀行は1月13日、政策金利(レポ金利)の引き上げ(5.5%→5.75%)を実施した。
アジア経済も、引き続き回復基調にある。タイやマレーシアでは、最近では設備投資が回復しつつあり、外需主導から内需主導の回復への転換が徐々に進みつつあるように窺われる。
3.国内金融経済情勢
(1)実体経済
前回会合以降に公表された経済指標をみると、輸出入や生産の面で、Y2K問題による若干の振れが生じているが、景気についての基本的な判断を変更するようなものはなかった。
すなわち、公共投資の増加が一服しているほか、住宅投資も頭打ち傾向が続いている。個人消費は、一進一退で推移している。設備投資は、下げ止まりの気配をみせている。純輸出は、振れはあるが、基調としては増加している。
こうした最終需要の動向や、在庫調整の進捗のもとで、生産は増加を続けている。また、リストラの効果などもあって、企業収益は好転してきている。ただ、収益の改善は、これまでのところ、企業の積極的な設備投資スタンスには結びついていない。また、雇用情勢の悪化には歯止めがかかりつつあるが、企業は人件費を抑制する姿勢を変えておらず、雇用・所得を巡る環境はなお厳しい。
このように、わが国の景気は、足許、輸出や生産を中心に、下げ止まりから持ち直しに転じている。こうしたもとで、企業収益の回復が続くなど、民間需要を巡る環境は徐々に改善しつつある。もっとも、民間需要の自律的回復のはっきりとした動きは依然みられていない。
この間、ヒアリング情報などによれば、Y2K問題の影響について、以下のような動きがみられた。
まず、(1)輸出入の面では、国内電子機器メーカーがDRAMなどの在庫積み増しを前倒しで進めたことを受け、部品メーカーも国内向けの出荷を優先させた結果、輸出が一時的に減少し、逆に部品輸入などが一時的に増加した模様である。また、(2)設備投資の面では、汎用コンピューターなどの調達を年明け後に遅らせる動きがみられた。この間、(3)個人消費の面では、12月に食料品や暖房器具などの買いだめの動きがみられたが、その規模は大きなものではなかった模様である。
物価面をみると、国内卸売物価は概ね横這いでの推移を続けている。消費者物価は、農畜水産物が天候要因によって低下したことから幾分弱含んだが、基調としては横這いの動きが続いている。
先行きについては、輸出は、世界経済の回復のもとで、緩やかな増勢を維持する可能性が高い。また、公共投資も、いったんは工事量が減少するが、経済新生対策に基づく補正予算の実施に伴って、年度末までには工事の発注が再び増加すると考えられる。このように、外生需要全体としては、1〜3月にいったん横這いとなる可能性もあるが、今後も基調としては経済を下支えしていくと見込まれる。
設備投資については、企業収益の増加など、投資を巡る環境は改善しつつある。ただ、現時点では、企業が先行きの売上げなどに対して慎重な見方を変えていないうえ、債務を圧縮する動きも続くとみられるため、設備投資が今後いつ明確な増加に転じてくるかは見定め難い。
物価の先行きを展望すると、国内卸売物価は、電気機器の価格低下や円高の影響といった下落要因がある一方で、原油価格の上昇や需給バランスの改善傾向といった上昇要因もあることを勘案すると、当面は概ね横這いで推移すると予想される。また、消費者物価も、ほぼ前年並みの水準で推移すると考えられる。
ただ、現時点では、外生需要から国内民間需要へのバトンタッチがスムーズに進み、需給ギャップが持続的に縮小する展望は拓けていない。したがって、来年度下期以降、外生需要が減少に転じた場合に、物価が再び軟化するリスクには、引き続き留意しておく必要がある。
(2)金融情勢
短期金融市場については、先ほどの金融市場調節に関する執行部説明の通り、年末越えやY2K問題といった要因にもかかわらず、市場は総じて安定して推移した。この間、ユーロ円金利先物などをみると、今後数か月から1年といったタームでは、「ゼロ金利政策の解除もあり得る」といった見方も市場の一部に出ているようにみられるなど、市場の金利感には、若干の変化も窺われる。
長期金利は、年末まで低下傾向を辿った後、幾分反発し、足許では1.7%台後半で推移している。ただ、長期債市場はこのところ薄商いが続いており、市場の動向を把握しづらい状況となっている。
日経平均株価は、年初にかけていったん1万9千円台まで上昇した後、米国ハイテク株の動きを反映する形で上下し、足許では再び1万9千円台で推移している。
この間、民間銀行は、基本的には慎重な融資スタンスを維持している。ただ、銀行自身の資金繰りや自己資本面での制約が緩和していることや、経営健全化計画に示された貸出計画への対応もあって、大手行を中心に、融資先の信用力などを見きわめつつ、徐々に融資を回復させようとする姿勢を強めている。
しかし、実体経済活動に伴う資金需要が低迷を続けているほか、企業はバランスシート調整の一環として、借入金を圧縮していくスタンスを維持している。これらの結果、銀行貸出は弱含みで推移しており、マネーサプライ(M2+CD)も、伸びがやや鈍化している。
III.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要
(1)景気の現状
景気の現状については、大方の委員が、前回会合(12月17日)での判断を変えるような材料はみられていない、との見解であった。このため、多くの委員の認識は、「輸出や生産を中心に、下げ止まりから持ち直しに転じている。こうしたもとで、企業収益の回復が続くなど、民間需要を巡る環境は、徐々に改善しつつある。もっとも、民間需要の自律的回復のはっきりとした動きは、依然みられていない」という前回会合と同じ評価に集約された。
まず、多くの委員は、公共投資は増加が一服しており、住宅投資も頭打ちとなっているとの認識を、概ね共有した。
輸出について、大方の委員は、(1)10〜11月の統計では輸出はやや弱い動きとなっているが、これにはY2K問題の影響もあると考えられること、(2)この間、世界経済の回復は一段と明確になっており、こうした外需の上振れによる輸出数量へのプラス効果は、円高による輸出数量へのマイナス効果を上回っているとみられること、などを指摘し、基調としては増勢を維持している、との判断を示した。
さらに、多くの委員は、在庫調整の進捗などにも支えられ、生産は引き続き増加しており、この影響が企業収益や雇用・所得面にも徐々に及んでいる、との認識を、概ね共有した。
この間、一人の委員は、企業収益の改善が個人所得や個人消費につながり、また設備投資の回復を促すという経済の循環を考えると、まずは企業収益の回復が重要であると強調した。そのうえで、この委員は、(1)企業収益の改善は、リストラと低金利に支えられている部分が大きく、(2)輸出の増加による効果は、円高効果で打ち消される部分もあり、さらに、(3)当期利益ベースでは、株価の二極分化の影響から、むしろ株式の評価損を計上する企業もあるとみられるので、企業収益の基盤はなお脆弱であり、注意深くみていく必要がある、と述べた。
また、多くの委員は、こうした企業・家計の所得環境の改善も、現時点では設備投資や個人消費の増加に結びつくには至っていない、との見解を示した。このうち一人の委員は、現在の実体経済は、なお「底這いの中で持ち直しの動き」であり、経済が外生需要によって支えられている構図には変わりはない、と述べた。
まず設備投資について、多くの委員は、(1)企業収益や景況感の改善といった投資環境面での好材料や、(2)各種の先行指標も設備投資の下げ止まりを示唆していることなどを指摘した。ただし、現時点では、設備投資が増加に転じていることを示す確たる手がかりも得られていない、という点でも、概ね認識の一致をみた。
次に、個人消費に関しては、複数の委員が、11月の小売関連指標がやや弱めであったことに言及した。ただ、これらの委員は同時に、(1)この時期の気温が平年に比べて高めであったことが、衣料品などの販売に影響した模様であること、(2)ヒアリング情報などによれば、12月以降の売れ行きはやや持ち直していること、(3)雇用・所得環境の緩やかな改善傾向は続いていること、なども指摘した。こうした点も踏まえ、大方の委員は、個人消費について、引き続き「一進一退」との認識を示した。
この間、ある委員は、景気動向指数からみた景気動向について述べた。この委員は、景気動向指数のD.I.(ディフュージョン・インデックス)やC.I.(コンポジット・インデックス)等をみる限り、景気は昨年4〜5月頃を谷として緩やかに反転しており、こうした状況は本年7〜9月期まで続く可能性があると考えられるが、回復に力強さはない、と述べた。
物価動向について、委員は、横這い圏内で安定して推移している、との認識を、概ね共有した。
ある委員は、足許の物価動向について、企業の視点から解説した。すなわち、企業のコスト削減の動きが原材料や部品などの購入価格を引き下げる方向に働き続けてはいるが、一方で、アジア経済の回復などを受けて商品市況などが強含んでいるほか、在庫調整の進捗もあって需給環境は改善し、素材・中間財メーカーでは値上げが通りやすい環境となっているなど、当面、需給バランスの悪化による「悪い物価下落」が生じるリスクはほぼ解消している、と指摘した。
(2)金融面の動き
金融面については、多くの委員が、Y2K問題や年末越えといった要因にもかかわらず、市場が安定的に推移したことについて言及し、Y2K問題が概ね山を越えたことを確認した。
何人かの委員は、日本銀行が、きわめて豊富な資金供給をフレキシブルに行うことにより、市場を安定的に推移させ得たことは、「金利をできるだけゼロに近く推移させるために、必要かつ十分な流動性を弾力的に出していく」というゼロ金利政策の有効性・弾力性を示している、とコメントした。
また、複数の委員は、この時期、積み上幅や超過準備、マネタリーベースなどが大きな伸びを示している一方で、銀行貸出などはむしろ弱めの動きとなっていることを指摘した。このうち一人の委員は、これは、超過準備やマネタリーベースが増えたからといって、それだけで銀行の貸出姿勢などが変わるわけではないことを示す、一つの事例であるように思われる、と述べた。
これに対し、別のある委員は、この時期の超過準備は、銀行側も、あくまでY2K対応として保有していたわけであり、これが貸出などに向かわないことは自然ではないか、と発言した。また別の一人の委員も、Y2Kという特殊なケースをもとに、超過準備を増やすことに意味がないとまでは言えないのではないか、と述べた。
一方、さらに別の複数の委員は、12月積み期に日本銀行がきわめて多額の資金供給を行い、これに伴って超過準備やマネタリーベースが伸びたのは、あくまでY2K問題という特別な要因により、銀行などの流動性需要が一時的に増加したから実現したことであって、需要もないところに日本銀行の意思だけでこれらを増やせたということではない、と述べた。このうち一人の委員は、こうした特別な要因がなくなれば、銀行にはコストを払って過剰に流動性を抱える合理性はないので、これまで同様、超過準備は極力持たないようにするだろう、とコメントした。
また、複数の委員は、仮に実体経済活動に伴う資金需要が出てきて、これに伴い銀行の流動性需要が増加するような場合には、日本銀行はそうした需要にいくらでも応えていくというのがゼロ金利政策の枠組みである、と述べた。さらに、こうしたことは既に市場も十分承知しているわけであり、したがって、「超過準備を増やしてはどうか」といった主張が想定するような効果は、ゼロ金利政策の枠組みの中に既に取り込まれているはずだ、と指摘した。
さらに、別の一人の委員は、日本銀行が市場に過剰ともいえる流動性を供給しているにもかかわらず、貸出が伸びないということは、貸出の低迷が、やはり流動性以外の要因——すなわち、資金需要面や金融仲介機能などの要因——によることを示している、と述べ、貸出の回復のためには、実体経済や金融仲介機能の回復が重要である、と指摘した。
この間、ある委員は、Y2Kに関連して金融資本市場でどのような構造問題が明らかになったかと質問した。これに対し執行部から、例えば、過去に例をみない大規模な資金供給・吸収が実施される中で短期オープン市場の商品間で金利裁定が働きにくい状況がみられたほか、国債のフェイル慣行が認められていないことなどの制約を背景に国債市場の流動性が一時的に低下するといった現象もみられた、との回答があった。
次に、長期金利がきわめて低い水準での推移を続けていることに関し、議論が行われた。
まず、複数の委員が、(1)景況感は持ち直し、(2)株価も総じて堅調、(3)一部にはゼロ金利政策の解除予想も出ており、さらに、(4)海外の長期金利は上昇傾向、(5)一方で、財政赤字は拡大している、といった環境のもとで、日本の長期金利がきわめて低い水準となっているのはなぜか、との問題を提起した。
ある委員は、株式市場では、リストラ効果による企業収益の改善がかなりの確度で予想されている一方で、債券市場では、マクロの景気については緩やかな改善しか見込んでいないとの解釈も聞かれる、と紹介した。ただ、この委員は、こうした両市場の評価の相違が長期的に整合的なものかどうか、検証が必要であると付け加えた。
別の一人の委員は、市場に円高予想が根強いことが、日本の長期金利の低さに寄与しているのかもしれない、と述べたうえで、為替が逆に円安方向の動きを辿る場合には、長期金利は上昇することが考えられるのではないか、と述べた。
さらに別の一人の委員は、金融機関などは、運用先が見当たらないという理由から国債への投資を膨らませている状況であり、マーケット・リスクの観点から中短期債にシフトしているとはいえ、なお多額の長期債を抱えているので、これが逆方向にオーバーシュートするリスクに対しては、十分注意する必要がある、と発言した。
ただ、これらの委員を含めた多くの委員は、現在、長期債市場はきわめて取引の薄い状況が続いており、金利の動向を判断するためには、もう少し市場の動きをみていく必要がある、との認識であった。
企業金融について、ある委員は、金融緩和は浸透しており、この中で、企業はY2K問題を乗り切ったのち、再び手元流動性を圧縮し、過剰債務の削減に取り組んでいる、と述べた。さらに、銀行サイドでは、経営健全化計画達成に向けたプレッシャーもあり、スプレッドよりも量を重視した融資姿勢になってきているが、資金需要が低迷しているため、なかなか貸出の増加に結びついていかない状況にある、と解説した。
(3)景気の先行き
景気の先行きに関し、多くの委員は、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」にはなお至っていないとの見解を、概ね共有した。
まず輸出に関し、多くの委員は、世界経済の回復傾向が続いており、これによる輸出数量へのプラス効果は、この間の円高によるマイナス効果を上回るとみられることなどを指摘し、輸出は基調としては増勢を維持していくのではないか、との見方を、概ね共有した。
この間、一人の委員は、(1)円高の影響がラグを伴って出てくることが予想され、輸入面では既に影響が出ているように窺われる、(2)アジア経済は確かに好調とはいえ、タイやインドネシアなど、不良債権処理が終わっていない国がある、と述べ、輸出の先行きについて、他の委員よりも慎重な見方を示した。
また、設備投資の先行きについて、多くの委員は、(1)生産の増加や企業収益の改善など、投資を巡る環境が徐々に整いつつあること、(2)各種の先行指標も概ね下げ止まりを示していること、をプラス材料として指摘した。さらに、複数の委員は、(3)これまで投資抑制が続いた結果、ストック調整もある程度進んだとみられる、と付け加えた。
ただ同時に、多くの委員は、(1)企業は引き続き過剰設備・債務のリストラの過程にあること、(2)企業の需要見通しもなお慎重であること、などを指摘し、設備投資が今後増加に転じていくかどうかは、依然として見通し難い、との見方を示した。このうち複数の委員は、設備投資の先行きを展望する上で、今後公表される来年度設備投資についての各種アンケート調査が注目される、と述べた。
この間、一人の委員は、(1)企業収益や景況感の改善、(2)先行指標の下げ止まり、などのプラス材料に加え、(3)成長分野の明確化や情報通信技術(IT)の生産性向上効果、を指摘し、設備投資が回復に転じていく展望は既に見えてきているのではないか、と述べた。
すなわち、この委員は、(1)日本政策投資銀行の調査でも、約2割の企業がIT関連などの新分野への進出を計画するなど、今後の成長分野が徐々に見えてきており、(2)こうした中、企業の二極分化が進んでいるもとでは、成長性の高い企業は相対的に債務負担も軽いと考えられ、これらの企業は積極的に投資を行っていくのではないか、さらに、(3)企業は将来の労働力人口の減少を視野に入れており、労働の資本への代替といった観点からも、IT関連投資などを進めていかざるを得ないのではないか、との見解を示した。
一方、別の一人の委員は、「二極化現象」について異なる解釈を示した。すなわち、この委員は、(1)今後、投資の増加が見込まれるのは、製造業のうち大企業主導の業種(加工業種)と通信だけとみられる一方で、(2)設備投資の大きなシェアを占める中小企業主導の業種(食品、窯業土石、繊維等)では、設備投資にあまり期待できない、との考えを述べ、設備投資の先行きに関し、やや慎重な見方を示した。
この間、さらに何人かの委員が、産業や企業の「二極化現象」に注目し、その経済へのインプリケーションについて言及した。
ある委員は、これまで「今後の成長分野が不透明」といった見方もあったが、現在は、それがIT関連の分野(「ネット」、「モバイル」、「デジタル」等の言葉で表現される分野)であることは、徐々に明らかになってきているのではないか、と述べた。そのうえでこの委員は、既存の企業がこうした新技術を活用していけるかどうかが、先行きを展望するうえでの一つの鍵となる、とコメントした。
別の一人の委員も、今後、(1)IT関連などの成長分野を中心とする「ニュー・ジャパン」と「オールド・ジャパン」の二極化、(2)「オールド・ジャパン」内部で、リストラを通じた収益率の引き上げに成功する企業と、コスト削減に終始し縮小傾向を辿る企業の二極化、という傾向が、より鮮明になっていくのではないか、と述べた。
さらに、複数の委員は、経済全体が構造調整の過程にある中で、株価、収益等さまざまな面で二極分化の傾向がみられており、したがって、経済の実態を把握するためには、マクロ統計だけでなく、ミクロの情報を注意深くみていく必要がある、と述べた。
個人消費については、多くの委員が、雇用者数の増加や失業率の低下、残業代の増加といった雇用・所得環境の改善が、個人消費の先行きのダウンサイド・リスクを減少させている、との見解を示した。ただ、企業の人件費抑制スタンスが続く中、冬季賞与は前年比マイナスとなるなど、現時点では所得の改善はそう目立ったものではないので、個人消費が今後はっきりと増加に転じていくことも見通し難い、との見方も、概ね共有した。この間、複数の委員は、財政事情の悪化の中で、家計が将来の税制や年金への不安を抱いていることを、マイナス材料として付け加えた。
なお、ある委員は、足許の労働需給の改善はパートの増加による部分が大きく、労働者全体の平均賃金にはむしろ低下圧力が働いている、と述べ、個人消費の先行きに対し、他の委員に比べて慎重な見方を示した。一方、別の一人の委員は、(1)むしろ、世帯主の所得環境が引き続き厳しい中で、世帯主以外のパート就労の増加によって、世帯全体での所得は下支えされていると解釈できる、(2)昨年来の株価上昇は、富裕層などに相応の資産効果をもたらすと考えられる、と述べ、他の委員に比べてやや前向きな見解を述べた。
この間、さらに別の一人の委員は、(1)先行きの所得環境が不透明であること、(2)消費選別の目が厳しくなり(ユーザーニーズを満たした新商品、デジタル化による新機能商品、安価な代替品を指向)、消費構造の変化が起こっていること、(3)消費飽和感が強いこと、から、消費支出は抑制的とならざるを得ない、と述べた。そのうえで、実質GDPが1%前後の成長といった経済の中では、個人消費が目に見えて増加することは望みにくく、むしろ、現状のような「一進一退」の状況が普通であり、平時であると考えるべきではないか、との問題提起を行った。
この間、ある委員は、先行きの留意点として、(1)米国株価の動向、(2)米国の経常赤字の円滑なファイナンスが今後とも続いていくのかどうか、(3)更なる急激な円高、の3点を挙げた。そのうえで、特に、さらなる急激な円高が景気回復の足を引っ張る状況は、昨年9月のG7時と変わっておらず、数日後に控えているG7の場では、日本銀行としても、引き続き、急激な円高への懸念を表明していくべきである、と述べた。さらに、ゼロ金利政策の浸透を続けていく中での円売り介入は、行き過ぎた急激な円高に対して効果がある、と発言した。
また別の委員の一人も、さらなる急激な円高は、輸出採算の悪化や収益への影響といったルートを通じて、企業の設備投資スタンスにも悪影響を与え得る、と発言した。
別の一人の委員は、先行きのリスクとして原油価格に言及し、仮にOPECの減産が本年6月まで続くとすれば、原油価格(WTI)は、2001年第1四半期には39ドル/バレルまで上がる可能性があり、何かショックが加われば50ドル/バレルとなっても不思議ではない、との見方を示した。この委員は、米国のGDPに占める石油消費のウエイトは第一次オイルショック後(74年)の4.0%から99年は1.4%まで下がっているが、25ドル/バレルが続くと本年は1.9%にまで上昇することとなり、経済に強いインパクトを与えかねないとコメントした。
次に、物価の先行きと、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」の判断について、議論が行われた。
ある委員は、(1)技術革新や流通の効率化による物価下落圧力は、経済厚生にはプラスに作用するものであり、こうした要因から統計上のインフレ率がマイナスとなったとしても、経済にプラスのモメンタムが働いているならば「デフレ懸念がある」とは言えない、(2)このように考えると、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」とは、結局「民間需要中心の自律的な景気回復が、ある程度の確率で見通せる状態」にかなり近い、との見解を示した。また、こうした見解に立って、この委員は、「設備投資の回復の展望が見えてきている」という判断をもとに、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」になってきている、との見方を述べた。
これに対し、何人かの委員が、総合判断の重要性については賛同しつつも、設備投資の先行きには留保を示した。
一人の委員は、特定の物価指数の足許の数字だけで「デフレ懸念」を判断することはできず、その背景にある実体経済の動きなども含め、やはり、総合的に判断していくことが必要だ、と述べた。同時にこの委員は、経済が回復に向かう力は働き続けており、その意味で「デフレ懸念払拭へのシナリオ」は維持されているが、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」に至ったかどうかを判断するには、なお、設備投資などについて回復の展望を確認できる材料が必要であるとの認識を示した。こうした見方に、複数の委員が賛同した。
この間、ある委員は、過去10〜15年間、グローバルな物価低下圧力が、世界的なディスインフレに寄与してきたが、今年から来年にかけては、こうした物価低下圧力の一部が一時的に弱まる可能性もある、と指摘した。その理由として、この委員は、(1)米国経済の好調持続に加え、アジア・欧州経済の回復によって世界経済全体が堅調に推移していることを反映して、原油などの一次産品市況が当面は上昇すると見込まれること、(2)エマージング経済の回復を受けて現地の労働コストや為替相場にも上昇圧力が働き、これまでの要素価格均等化圧力が幾分和らぐとの期待が生まれること、などの点を挙げた。
別の一人の委員は、足許の物価変動の要因を、(1)技術進歩要因、(2)需給要因、(3)原油等の商品市況の要因、の3つに分類した。そのうえで、当面は、(1)の要因が物価下落方向に、(3)の要因が物価上昇方向に働いているが、現段階では(2)の需給要因から大きな物価上昇圧力が生じる可能性は低いのではないか、との見方を示した。
この間、さらに別の一人の委員は、GDPギャップは、なお、かなり大きい、との考えを示したうえで、GDPギャップ、および、その算出の前提となる潜在成長率については——執行部でも日頃から研究を重ねているようだが——今後ともより精緻な把握に努めていく必要がある、との問題意識を示した。
こうした議論を経て、多くの委員は、当面、物価は概ね横這いで推移するとみられるが、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」にはまだ至っていない、との見解を、概ね共有した。
IV.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要
以上のような金融経済情勢を踏まえて、当面の金融政策運営の基本的な考え方が検討された。
多くの委員の金融経済情勢に関する認識は、(1)足許の景気は、輸出や生産を中心に、下げ止まりから持ち直しに転じている、(2)企業収益の回復が続くなど、民間需要を巡る環境は、徐々に改善しつつある。(3)金融環境も、緩和感が浸透している、(4)しかしながら、民間需要の自律的回復のはっきりとした動きは、依然みられていない、(5)物価は当面、概ね横這いで推移していくとみられるが、潜在的な低下圧力に対しては、引き続き留意していく必要がある、といったものであった。
こうした認識を踏まえ、多くの委員は、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」にはなお至っていない、との判断を共有した。この結果、当面の金融政策運営方針としては、現在のゼロ金利政策を続けていくことが適当であるとの見解が、大勢意見となった。
なお、このうち一人の委員は、経済の安定成長を考えた場合、ゼロ金利政策は異常な金融政策であり、これから脱却することが本年の政策課題である、と述べ、また、(1)判断のタイミング、(2)判断に至る過程についてのアカウンタビリティ、(3)forward-lookingな政策判断、(4)ミクロの現場の動きへの注意、といった点の重要性を強調したうえで、上記の大勢意見に同調した。
この間、いわゆる「積み上幅」について、市場の一部に、これが日本銀行の金融政策スタンスを示しているといった見方がみられることについて、議論が行われた。
ある委員は、「積み上幅」と円相場の関係をみると、12月は「積み上幅」が拡大する中で円高の動きが進んだ一方、1月入り後はこれが縮小する中で円安の動きが進んでおり、「積み上幅」自体が円相場に影響しているわけではなさそうだ、との観察を示した。
これを受けて、別の複数の委員は、海外市場が注目したのは「積み上幅」そのものではなく、日本銀行が「積み上幅」を増減させるテンポを、先行きの政策スタンスを示すシグナルと捉えた向きが、一部にあったということだと思われる、と指摘した。
そのうえで、何人かの委員は、日本銀行の金融政策スタンスが決定会合を経ないで変更されることはあり得ず、したがって、「積み上幅」の変化が何らかの政策スタンスの変化を示唆しているといった見方があるとすれば、それは是正していく必要がある、とコメントした。
なお、ある委員は、現行の「積み上幅」1兆円に関して、オペの未達現象等、情勢の変化をよく見きわめて、ゼロ金利を維持するうえで必要・十分な過剰流動性がいくらなのかに注意を払うことも必要だと付け加えた。
この間、「ゼロ金利政策の維持」とは立場を異にする、2つの主張もみられた。
まず、一人の委員は、金融市場調節方針を、ゼロ金利政策を決定した昨年2月12日以前の状態に戻すこと──すなわち、オーバーナイト金利を0.25%に引き上げること──、を主張した。
その理由として、この委員は、(1)経済は、デフレ・スパイラル入りのリスクもあったゼロ金利政策導入時の緊急事態を明らかに脱し、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」になってきているのではないか、と述べた。さらに、(2)経済に回復に向けたモメンタムが働く中では、長期金利や円相場に上昇圧力がかかることも当然予想されるが、景気の改善と整合的な市場の反応は、民間需要の自律的回復を阻害するものではなく、これらを単独で取り出して金融政策で対応しようとすることは適当でない、と付け加えた。
こうした主張に関し、一人の委員は、ゼロ金利は安定的な経済成長との整合性という観点からは異常な金利であり、また、運用側が金利リスクに鈍感になり過ぎている傾向もみられる、と発言した。別の一人の委員も、ゼロ金利政策を続けていること自体が、特に海外から、「日本は深刻なデフレではないか」といった、日本経済の現状についての誤解を招きやすくしている面はあるかもしれない、との感想を述べた。
ただ、これらの委員も含め、多くの委員は、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」にはなっていない、との判断をもとに、やはりゼロ金利政策を維持していくことが適当だ、との立場をとった。
また、ゼロ金利政策の解除を提案した委員は、政策委員会として今回の会合ではゼロ金利政策の継続という結論を出すとしても、この将来の解除を念頭に置き、金融資本市場に対するショックを和らげる方法等についての検討を進めることが必要ではないか、と問題提起した。 これに対し複数の委員は、一般論として、市場参加者が中央銀行の経済についての見方を概ね共有し、市場が先行きの政策を自然に織り込んでいけるような環境を作っていくことが、こうしたことのためにも重要であろう、との見解を示した。そのうえで、日本銀行の景気判断や政策運営の考え方を市場によく伝えていくことが、やはり大切だ、と述べた。そのうち一人の委員は、こうした観点からも、景気の流れと整合的な長期金利の上昇などが生じた場合には、これを無理に抑え込むことは適当でない、と付け加えた。
この間、別の一人の委員は、ある時は市場の誤解を利用してはいけないと言い、ある時は市場と日本銀行との考えが一致したなら行動に移すといったことがそううまくいくものか、非常に疑問だ、とコメントした。これに対し、市場と見方を共有していくことの重要性を述べた委員の一人は、こうしたことが簡単でないことも確かだ、と応じた。
別の一人の委員は、CPI上昇率に目標値を設けたうえで、マネタリーベース・ターゲティングに移行し、また、その実現のために超過準備額を増やすことを主張した。
その理由として、この委員は、(1)GDPデフレーターなどがデフレ懸念の存在を示し、企業の期待成長率も低下し、原油価格も上昇し、消費者も先行きの税負担や社会保障を懸念して消費に後ろ向きである中では、一段の金融緩和が必要と考えられること、(2)Y2K対応による大量の資金供給によって、量的緩和に対する「定義が不明」、「できない」、「できたとしても意味がない」といった批判に一応の回答が得られたと考えており、株価や円高防止に効果があったとみられること、(3)G7終了後に円高となるおそれがあり、ここで緩和を行っておくべきであること、(4)インフレ・ターゲットは、日本銀行が物価安定について責任を持っていることを明確にする観点からも意味があり、世界的にも採用する動きが出ていること、(5)CPIの目標値を提示すれば、その背後にあるGDPなどのパスも公表することになるので、金融政策運営がよりforward-lookingかつpreemptive(予防的)になること、(6)ゼロ金利政策は待ちの政策でありpassive/(受動的)な対応であると考えること、を挙げた。さらにこの委員は、財政政策と金融政策のポリシーミックスを図ることで、できるだけ早く、潜在成長率と考える1.5〜2%の成長を達成すべきである、と主張した。
これに対し、ある委員は、この案を提案した委員は、原油価格上昇のリスクについても指摘しているが、こうした先行きのインフレリスクを強調しつつ、一方で「一段の金融緩和」の提案をするのはなぜか、と質問した。
これに対し、提案した委員は、(1)冷戦後の構造変化などにより、世界的にディスインフレ傾向がはっきりしてきており、また、(2)日本のエネルギーの使用効率は世界で最も高く、石油需要の伸びも低く推移しているため、原油価格上昇の物価への影響は相対的に小さいと思われる、と述べた。
V.政府からの出席者の発言
会合の中では、大蔵省からの出席者より、以下のような趣旨の発言があった。
- わが国経済は厳しい状況をなお脱していない。このような状況下、政府は11月に経済新生対策を決定し、12月には第二次補正予算が成立した。平成12年度においては、公需から民需への円滑なバトンタッチを行い、民需中心の景気回復を実現するとともに、構造改革の推進を図るとの基本的考え方に立ち、引き続き適切で機動的な経済運営を行ってまいりたい。
- 平成12年度予算は、経済運営に万全を期すとの観点に立って編成し、公共事業については、11年度当初予算と同額の9兆4千億円を確保し、公共事業等予備費も5千億円計上した。税制面では、国・地方をあわせ6兆円を相当上回る所得税・法人税減税の継続に加え、住宅ローン減税の延長やエンジェル税制の拡充、確定拠出型年金の導入に対応した税制措置等も新たに講じる。以上の結果、平成12年度の公債発行額は32兆6,100億円、公債依存度は38.4%に達し、12年度末の国・地方の長期債務残高は645兆円と見込まれ、財政はきわめて厳しい状況となっている。したがって、経済が本格的な回復軌道に乗った段階で、財政構造改革について、21世紀のわが国の経済・社会のあるべき姿を展望し、根本的な視点に立って必要な措置を講じていかなければならないと考えているが、経済が厳しい状況を脱していないので、政府としては引き続き景気回復に万全を期すこととしている。
- このような政府の経済運営の基本的考え方は、今週末に予定されているG7において各国に説明することになると考えられる。
- 日本銀行におかれても、政府による諸施策の実施とあわせて、経済の回復を確実なものとするため、金融為替市場の動向も注視しつつ、豊富で弾力的な資金供給を行うなど、引き続き適切かつ機動的に金融政策を運営して頂きたい。
経済企画庁からの出席者からは、以下のような趣旨の発言があった。
- 最近のわが国経済は、各種の政策効果に加え、アジア経済の回復などの影響から緩やかな改善が続いているが、民需に支えられた自律的回復には至っていない。こうした中で、平成11年度のGDP成長率は「0.6%程度」を見込んでいる。
12年度の経済運営においては、(1)民需主導の本格的景気回復の実現、(2)知恵の時代にふさわしい経済社会の構築を目指す構造改革の定着、(3)多角的貿易体制の維持強化とアジア地域との経済連携の促進、という3つの目標を立てている。このような経済運営の下、経済新生対策をはじめ必要な諸施策を推進することにより、年度後半には経済を民需中心の本格的な回復軌道に乗せることを目指している。 - 日本銀行におかれては、経済の回復を確実なものとするため、金融為替市場の動向も注視しつつ、豊富で弾力的な資金供給を行うなど、引き続き適切かつ機動的に金融政策を運営して頂きたい。
VI.採決
多くの委員の認識をあらためて総括すると、(1)足許の景気は、輸出や生産を中心に、下げ止まりから持ち直しに転じている、(2)企業収益の回復が続くなど、民間需要を巡る環境は、徐々に改善しつつある。(3)金融環境も、緩和感が浸透している、(4)しかしながら、民間需要の自律的回復のはっきりとした動きは、依然みられていない、(5)物価は当面、概ね横這いで推移していくとみられるが、潜在的な低下圧力に対しては引き続き留意していく必要がある、というものであった。
こうした認識を踏まえ、会合では、現在のゼロ金利政策を続けていくことが適当であるという意見が大勢を占めた。
ただし、一人の委員からは、金融市場調節方針を、ゼロ金利政策を採用した昨年2月12日以前の方針に戻すことが適当であるとの考えが示された。一方、別の一人の委員からは、CPI上昇率およびマネタリーベースの伸び率に目標値を設定するという量的緩和に踏み切ることが適当であるとの考えが示された。
この結果、次の3つの議案が採決に付されることとなった。
篠塚委員からは、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、「無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.25%前後で推移するよう促す。なお、金融市場の安定を維持するうえで必要と判断されるような場合には、上記のコールレート誘導目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。」との議案が提出された。
採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。
中原委員からは、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、「中期的な物価安定目標として2001年10〜12月期平均のCPI(除く生鮮)の前年同期比が0.5〜2.0%となることを企図して、今積み期間(1月16日〜2月15日)の超過準備額を平残ベース15,000億円程度とし、その後、継続的に超過準備額を増加させることにより、2000年7〜9月期のマネタリーベース(平残)が前年同期比で10%程度となるよう量的緩和(マネタリーベースの拡大)を図る。なお、無担保コールレート(オーバーナイト物)が大幅に上昇する等金融市場が不安定化した場合には、上記マネタリーベースの目標等にかかわらず、一層の量的拡大を図る。」との議案が提出された。
採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対7、棄権1)。
議長からは、会合における多数意見をとりまとめるかたちで、以下の議案が提出された。
議案(議長案)
次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとし、別添のとおり公表すること。
記
豊富で弾力的な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す。
採決の結果
- 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、武富委員、三木委員、植田委員、田谷委員
- 反対:中原委員、篠塚委員
──中原委員は、(1)ゼロ金利政策のもとでは、日本銀行の政策意図がオーバーナイト金利の動きに反映されないため、市場とコミュニケートする別の手段を求めるべきであること、(2)ゼロ金利政策はかなりのGDPギャップがあるにもかかわらずwait and seeといった待ちの政策を採っているわけであり、貸出需要がないとか民需の回復を待つといって、何もしなくてもよいとは思えないこと、(3)Y2K要因の剥落に伴い、このままではマネタリーベースの伸びが急低下することが予想されること、という理由を挙げて、上記採決において反対した。
──篠塚委員は、(1)ゼロ金利政策導入時と比べ、経済情勢は明らかに改善しており、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」になってきていると思われること、(2)ゼロ金利政策の長期化を前提とした市場行動が目立ってきているなど、副作用が時間の経過とともに大きくなっていること、(3)ゼロ金利政策を解除しても、それは現在の経済情勢と整合的な政策スタンスにするということであり、思い切った金融緩和が続くことに変わりはないこと、(4)ゼロ金利政策が長期化すれば、有望な投資プロジェクトを「スクラップ・アンド・ビルド」を通じて生み出す構造改革自体を、阻害してしまうおそれがあること、を挙げ、上記採決において反対した。
VII.金融経済月報「基本的見解」の検討
当月の金融経済月報に掲載する「基本的見解」が検討され、採決に付された。採決の結果、「基本的見解」が全員一致で決定され、それを掲載した金融経済月報を1月19日に公表することとされた。
以上
(別添)
平成12年 1月17日
日本銀行
当面の金融政策運営について
日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、当面の金融政策運営について、「ゼロ金利政策」を継続することにより、金融緩和効果の浸透に努めていくことを決定した(賛成多数)。
すなわち、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針は、以下のとおりである。
豊富で弾力的な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す。
以上