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金融政策決定会合議事要旨

(2000年 2月24日開催分)*

  • 本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、2000年 3月24日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

2000年 3月29日
日本銀行

(開催要領)

1.開催日時
2000年 2月24日(9:03〜13:06)
2.場所
日本銀行本店
3.出席委員
  • 議長 速水 優(総裁)
  • 藤原作弥(副総裁)
  • 山口 泰(  副総裁  )
  • 武富 将(審議委員)
  • 三木利夫(  審議委員  )
  • 中原伸之(  審議委員  )
  • 篠塚英子(  審議委員  )
  • 植田和男(  審議委員  )
  • 田谷禎三(  審議委員  )
4.政府からの出席者
  • 大蔵省 林 芳正 政務次官(10:00〜13:06)
    原口恒和 大臣官房総務審議官(9:03〜9:57)
  • 経済企画庁 小峰隆夫 調査局長(9:03〜13:06)

(執行部からの報告者)

  • 理事黒田 巖
  • 理事松島正之
  • 理事永田俊一
  • 金融市場局長山下 泉
  • 調査統計局長村山昇作
  • 国際局長平野英治
  • 企画室参事稲葉延雄
  • 企画室企画第1課長雨宮正佳
  • 調査統計局吉田知生

(事務局)

  • 政策委員会室長小池光一
  • 政策委員会室審議役村山俊晴
  • 政策委員会室調査役飛田正太郎
  • 企画室調査役栗原達司
  • 企画室調査役内田眞一

I.前々回会合の議事要旨の承認

 前々回会合(1月17日)の議事要旨が全員一致で承認され、2月29日に公表することとされた。

II.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要

1.最近の金融市場調節の運営実績

 金融市場調節については、前回会合(2月10日)で決定された金融市場調節方針1に則って、豊富な資金供給を継続した。この結果、安定した市場地合いが確保された。オーバーナイト金利は連日0.02%と事実上のゼロ金利水準での推移を続け、ターム物金利も、ゼロ金利政策の早期解除観測が後退したことなどもあって、幾分軟化した。

 金融市場調節における当面の関心事項は、コンピューターの誤作動が懸念される「2月29日問題」である。市場参加者は、それに向けた対応を始めており、都銀などでは、2月28日以降に準備預金を積み上げることを前提に、今積み期間の準備預金の積みの進捗ペースを相当遅らせている。また、外銀等の一部では、2月末をカバーする資金であれば、高目のレートでも調達するスタンスを示しているため、ここにきて2月末越えの3日物レートは0.10%程度まで上昇している。

 2月29日に向けた留意点としては、第1に、地銀などが準備預金を最終的にどの程度積み上げるかが不明確であること、第2に、かりにオーバーナイト金利が0.10%近くまで上昇すると、生保などが、運用資金を普通預金からコールにシフトさせるとみられ、現在普通預金を受け入れている都銀等の資金繰りが不安定化する可能性があること、第3に、日本長期信用銀行のニュー・LTCB・パートナーズに対する譲渡に伴って、2月28日に預金保険機構から支払われる特例資金援助等による資金が、運用としてどの程度市場に出てくるかが未確定であること、などがある。金融市場調節面では、こうした要因も踏まえ、豊富で弾力的な資金供給を継続することとしたい。

  1. 「豊富で弾力的な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す。」

2.為替市場、海外金融経済情勢

(1)為替市場

 円の対ドル相場は、2月半ば以降円安方向の動きが進み、最近では111円前後と、昨年9月以来の水準になっている。また、ユーロは対ドルで1ユーロ1ドルを回復するなど堅調な展開になっており、円は対ユーロ相場でも軟化している。

 このような円安の展開は、米国経済が堅調である一方で、日本経済の先行きに不透明感が出ていることを反映したものと考えられる。また、2月半ばに格付機関が日本の国債を格下げする方向で見直す旨を発表したことを契機に、海外投資家の間では、日本の財政事情の悪化についての関心が高まっている。市場のセンチメントを、リスクリバーサルで確認しても、中旬以降、ドルの先高観が強まっている。

(2)海外金融経済情勢

 前回会合以降、各国の経済動向には大きな変化はない。ただし、2月10日に韓国銀行が、翌日物コールレートの誘導水準を約4.75%から約5.00%に引き上げた。

 金融資本市場では、米国30年債金利が、国債買い戻し計画や消費者物価指数の落ち着きを受けて6.1%前後まで低下した。しかし、2年債などの低下は小幅であり、逆イールド幅が拡大している。株価は、NYダウやS&P500は下落したが、ナスダックが既往ピークを更新するなど、区々の展開となっている。市場には、株価の高値警戒感を背景に、資金が株式から債券にシフトしているとの見方もある。一方、欧州株は高値圏にあるが、足許幾分軟化している。アジア株は、軟調な展開である。

3.国内金融経済情勢

(1)実体経済

 前回会合以降発表された経済指標には、前回の基調判断を変えるような材料は特にない。

 公共投資関連では、1月の公共工事請負金額が、99年度予算公共事業等予備費の発注を反映して微増となった。99年度第2次補正予算の工事の発注は、2月に入ってから本格化している模様である。

 輸出入では、昨年末にかけて、情報関連財や資本財を中心に、輸出が減少し、輸入が増加したが、1月には逆に、これらの輸出が再び増加し、輸入は減少しており、全体としても、純輸出の緩やかな増加傾向に復したものとみられる。ただし、輸入についても、情報関連財に対する国内需要が強く、また、円高によって安価な消費財が流入しているなど、増勢が続いている。

 個人消費関連の指標は、引き続き一進一退である。1月の都内百貨店売上高が増加し、乗用車販売は、1月に増加したあと、2月も前月のペースを維持している模様である。一方、12月の旅行取扱額は大きく落ち込み、1月のコンビニエンス・ストアの売上高も減少した。

 非製造業の動向を示す第3次産業活動指数や、全産業活動指数の10〜12月の動きは、前期比横這いとなった。

 企業向けサービス価格指数は、前年比で小幅の下落を続けている。

(2)金融情勢

 金融資本市場を概観すると、米国株価の下落は、米国経済に適度な調整をもたらすものとして、市場ではポジティブに受け止められているようである。これに、日本の10〜12月のGDPが2四半期連続でマイナスになるとの予測も加わって、円安が進んでいる。

 国内では、株価が19,000円台半ばで堅調に推移する一方、長期金利は、日本国債の格下げの可能性が取り沙汰されたにもかかわらず、安定して推移している。現状では、株価が個別企業の収益動向を反映している一方で、長期金利はマクロ経済動向と金融政策運営に対する予想を反映して、異なる動きを示している可能性がある。

 今後も、こうした円安、長期金利の低位安定、株高という組み合わせが続くかどうか、注目していく必要がある。

 1月のマネーサプライ(M2+CD)は前年比+2.6%と、12月と同じ伸び率となったが、引き続き弱めの動きが続いている。

 1月の企業倒産件数は、前年比4割増となった。最近の特徴は、小規模な倒産が増え、業種別には建設業と小売業の増加が目立ち、倒産原因では売り上げ不振が多くなっていることである。これらを総合すると、流通革命の進展や公共事業の減少の影響が、企業倒産の動きにも現れてきた可能性が考えられる。

III.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要

(1)景気の現状と先行き

 会合では、前回会合(2月10日)以降に明らかになった経済指標等の評価を中心に議論が交わされた。その結果、前回の基調判断(「景気は、足許、持ち直しに転じている。こうしたもとで、企業収益の回復が続くなど、民間需要を巡る環境は、徐々に改善しつつある。もっとも、民間需要の自律的回復のはっきりとした動きは、依然みられていない。」)を変更するようなものは特にみられないということで、委員の見解は概ね一致した。

 ただ、このうちの何人かの委員は、国内民間部門では明るい動きが続いており、経済のダウンサイド・リスクは徐々に小さくなっているとの認識を示した。そのうちのひとりの委員は、10〜12月のGDP統計が2四半期連続でマイナスになることが予想されているが、経済の回復に向けたモメンタムは、昨年後半から今年にかけて途切れていないとの判断を示した。

 まず、公共投資について、ひとりの委員が、公共工事の動きは昨年末にかけていったん鈍ったが、2月入り後は発注が増加している、と発言した。また、輸出について、その委員は、1月の数量収支が拡大したことを踏まえると、昨年第4四半期の落ち込みは、「コンピューター2000年問題」に関係する国内需要の高まりによる一時的なものであり、輸出の増加基調が維持されていることが、あらためて確認されたとの判断を示した。そのうえで、その委員は、公共投資と輸出は、先行きも暫くの間、経済を下支えしていくとの見方を述べた。

 別の委員は、輸出入について、数量収支が増加する一方で、名目収支が縮小していることは、所得が国外に流出していることを意味しているので、その動向には注意を要するとの見解を示した。

 次に設備投資などの企業動向について、何人かの委員が、情報通信関連分野を軸にして、明るい動きが少しずつ広がっているとの見方を述べた。このうちのひとりの委員は、それを裏付ける材料として、(1)企業収益回復の裾野が広がっていること、(2)設備投資の先行きを示す機械受注や建築着工床面積は底を打ちつつあること、(3)製造業の設備稼働率も改善してきていることなどを挙げた。また、別の委員は、(1)企業の広告量の現状について、景気回復期に典型的に現れるテレビ・コマーシャルに対する需要の増加が昨年半ばから始まっており、この3月は需要に応じきれなくなっていることや、(2)設備資金の返済が、製造業や運輸・通信、電力などで目立って進んでおり、過剰債務問題の峠を越えた業種が、ある程度出てきていること、を指摘した。

 もっとも、設備投資動向については、慎重な見方を述べる委員もいた。ひとりの委員は、現在の設備投資の下げ止まりは、電機・通信等一部の好調業種に支えられたものにすぎず、これが産業全体に波及していくかどうかを、注視している段階にあると発言した。また、その委員は、具体的な懸念材料として、家電業界では、すでに主力機種の海外生産比率が7割を超しているが、昨年の円高の進行を受けて、さらにOA機器において、国際競争力コスト維持の観点から、生産拠点を東アジアに移す動きが出始めていることを紹介したうえで、こうしたことが、空洞化の再来として、国内生産の減少や、国内の設備投資の増加抑制をもたらすことになる、と指摘した。

 もうひとりの委員からは、(1)足許の製造業の設備稼働率は本格的な設備投資につながるようなレベルまでは上昇していない、(2)建築着工床面積の増加は大規模小売店舗立地法の施行を控えた駆け込み着工によるものである、との見方が示された。また、その委員は、情報通信産業の経済全体への波及効果は、日本の場合、米国のように大きくないとの見解も述べた。さらに、その委員は、原油価格の上昇と企業収益との関係に言及し、(1)過去のパターン──交易条件の悪化が本格化すると、8か月程度で株価がピークアウトし、さらにそのあと半年程度が経過すると企業の売上高経常利益率が低下する──を踏まえると、昨年来の原油価格上昇による交易条件の悪化は、今年半ば以降、企業収益の悪化につながるリスクがある、(2)原油価格と輸入物価のタイムラグなどを考えると、交易条件の悪化は、あと2か月ほど続くとみられる、との認識を付け加えた。

 こうした議論を踏まえ、ひとりの委員は、今後の設備投資動向をみていくうえでは、最近の企業収益の回復が、情報通信分野に止まらず、幅広い業種で実際の支出活動に結びつくかどうかがポイントであり、そうした点を、3月末から4月にかけて明らかになる来年度の設備投資に関するアンケート調査などで点検していくことになるとの整理を示した。

 個人消費の動きについては、まず最近の状況について、ひとりの委員が、百貨店では、(1)株価回復や所得税減税等を背景に高額商品も売れ始め、冷え切った消費が復調する兆しが出始めたこと、(2)そのうえで、今後の消費回復の試金石として、春先の新入生・新入社員関連商品の売れ行きに期待を寄せていること、を紹介した。別の委員は、乗用車販売台数が持ち直していることを、明るい材料のひとつとして例示した。また、ほかの複数の委員は、企業サイドの明るい動きが雇用・所得環境の改善に徐々につながっており、家計のマインドも持ち直しているなど、家計支出を巡る先行きの懸念材料は減っているとの認識を述べた。このうちのひとりの委員は、今年の夏季賞与が前年水準をある程度上回ることになれば、個人消費の緩やかな回復につながる可能性も出てきているとの見解を付け加えた。

 もっとも、これらとは別のひとりの委員は、雇用指標は全体として依然芳しくなく、個人が消費を抑制する流れは続いているとの立場をとった。その委員は、百貨店売上高の回復はバーゲンセールによる一時的なものであり、高額商品が売れ始めたのは、インターネット関連株などによって得たキャピタルゲインによる限定的な動きであるとの見解を述べた。さらに、その委員は、もうひとりのほかの委員とともに、乗用車販売の最近の回復にもかかわらず、自動車メーカー各社の4〜6月の生産計画が依然として抑制的であることを挙げて、足許の回復傾向の持続性に疑問を呈した。

 企業倒産の見方を巡っても、意見が交わされた。ひとりの委員は、最近、倒産件数が増加を辿っていることや、ある大手スーパーがメインバンクのサポートにもかかわらず破綻したことなどを挙げて、企業の経営環境は依然として楽観できないとの認識を示し、4月に民事再生法が施行されると、倒産件数はさらに増えて、金融機関経営に影響を与える可能性があるとの見方を述べた。これに対して、別の委員は、企業倒産が経済に及ぼすマイナスの影響には留意すべきだが、最近は、建設業や流通業を中心に、売り上げ不振による小規模な倒産が増加していることが特徴であり、これは、経済の構造調整が徐々に進んでいることを示唆するものと解釈しうる、との見解を明らかにした。

 物価動向については、全体として横這いの推移にあるが、潜在的な低下圧力について注意深くみていくべきであるとする、これまでの認識に変化はなかった。ただ、複数の委員より、世界経済の回復を背景に原油などの国際商品市況が全般に上昇していることや、円相場が円安方向に動いていることなどは、物価の下落を抑制する方向で作用しているとの指摘があった。また、何人かの委員は、これに加えて、国内民間部門に明るい動きが出始め、経済の足取りが少しずつしっかりしてきていることを踏まえると、需要の弱さに由来するような物価下落リスクは徐々に和らいでいるのではないか、との見解を付け加えた。

 別のひとりの委員は、原油価格の動向は楽観を許さないとの立場を強調した。その委員によれば、3月末のOPEC総会が原油価格の先行きをみるうえでのポイントになるが、かりにそこで増産が決まったとしても、その増産が十分でない場合は、原油価格の下落は一時的に止まり、年後半には再びWTIが30ドル乗せする公算が高く、万が一、減産継続ということになると、原油価格が一段高になるとのことであった。

(2)金融面の動き

 金融面については、(1)金融資本市場が、全体として、総じて落ち着いて推移しており、(2)金融面の良好な環境は維持されている、といった認識が、大方の委員の間で共有された。

 このうちのひとりの委員は、株価と長期金利が、前回会合以降、ほぼ横這いで推移していることや、円相場が企業の予想為替レート(12月短観の99年度下期大企業製造業の予想レートは107.93円)を上回るような円安水準になったことを踏まえ、金融資本市場全体として、企業収益と経済全体の改善を促す動きを続けているとの評価を示した。

 株価については、ひとりの委員より、持ち合い解消や益出しの売りが出ているもとでも19,000円台半ばで安定していることや、東京証券取引所の売買代金が連日1兆円を超えていることを踏まえると、全体として底固い展開になっているとする評価が示された。別の委員も、ゼロ金利政策のもとで、有利な運用先を求める個人の資金が投信を通じて株式市場に流入しており、需給環境はしっかりしていると発言した。また、その委員は、資金の多くがEビジネス(情報通信関連)の株に向かっており、Tビジネス(伝統的な重厚長大産業などの分野)の株は値上がりしづらい現象が続いているなどとして、二極分化の動きが鮮明化している旨を付け加えた。

 なお、ほかのひとりの委員は、株価は2月上旬にピークをつけたあと、現在は、米国ダウの軟化もあって調整局面にあり、次に上昇に向かうのは年央以降ではないかと、慎重な見方を述べた。

 円相場が円安方向に動いている要因について、ひとりの委員より、市場では、米国経済のサスティナビリティが高まっているとみている反面、日本経済については、GDPの2四半期連続マイナスの予想などを受けて慎重な見方が増えている、との見解が示された。

 別の委員は、以上を踏まえて、株価や円相場から読み取れるシグナルという観点でみると、株式市場が、日本経済や企業収益の一段の改善を示唆する一方、為替市場は、日本経済の先行きについて慎重な見方を示しており、目下のところは、異なるシグナルが出ていると指摘した。そのうえで、その委員は、こうした株高と円安という組み合わせが今後も続くかどうか、注目していきたいと発言した。

 これに関連して、ほかの委員は、昨年半ば以降の円相場の推移をみると、現在は、124円台から101円台まで進行した円高が反転し、円安に向かっている局面にあるが、ここにきて、半値戻しの水準に接近していることもあって、上値が重くなっているとの見方を付け加えた。

 長期金利については、何人かの委員が、格付機関が日本の国債を格下げ方向で見直す旨の方針を発表したにもかかわらず、ボックス圏内で安定的に推移していることに言及した。それらの委員からは、(1)ゼロ金利政策が当分の間は続くとの見方が市場参加者の間で強いこと、(2)現状では、貸出が減少しているうえに、国債に代わる投資対象資産が市場には少ないため、銀行を中心に国債保有を増やさざるをえないこと、などがその背景になっている、といった指摘があった。このうちのひとりの委員は、このようにゼロ金利政策の浸透によって長期金利が安定していることを捉えて、現在のゼロ金利政策は資産価格全体の安定にも寄与しているとの見解を述べた。

 しかし、もうひとりの委員は、日本の財政赤字のサスティナビリティに関心が集まってきていることは事実であり、そうした状況のもとでは、かりに日本銀行が国債の買いオペを増額しても金利は低下せず、逆にリスク・プレミアムの拡大を通じて金利が上昇してしまう蓋然性が高まった、との認識を明らかにした。

 このほか、量的金融指標について、複数の委員が発言し、企業の資金需要が依然弱く、民間銀行貸出が低迷していることや、マネーサプライの伸び率が依然として低下基調にあることを指摘した。ただ、このうちのひとりの委員は、こうした動きは、企業が財務リストラの観点から借入返済を優先している結果であり、構造調整が着実に進展している証左と捉えることもできる、との見解を示した。

IV.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

 以上のような金融経済情勢を踏まえて、当面の金融政策運営の基本的な考え方が検討された。

 前述のとおり、大方の委員の金融経済情勢に関する見方は、前回の基調判断を変更する必要はないということであった。

 もっとも、このうちの何人かの委員は、国内民間部門に明るい動きが出始め、経済の足取りが少しずつしっかりしてきていることを踏まえると、需給の悪化に由来するような物価下落リスクは徐々に和らいでいるのではないか、との見方を示した。ただし、別のひとりの委員から、民間部門の動きは、現状では、基調判断の変更を要するような決定的な材料と言えないとの判断が示され、物価の下落リスクの低下を指摘した委員を含めた多くの委員が、これに賛同した。

 この結果、委員会の判断は、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」に至ったかどうかについては、なお注意深く情勢の展開をみきわめる段階にあるという点にほぼ集約された。このため、当面の金融政策運営方針としては、現在のゼロ金利政策を続けていくことが適当であるとの見解が、大勢意見となった。

 会合では、物価動向と金融政策運営の関わり方について、いくつかの論点で、議論が交わされた。

 まず第1に、ひとりの委員が、物価動向の判断に関連して、現在は、供給サイドから、国際商品市況の上昇や円安などの物価上昇要因と、技術革新や流通革命などの価格下押し要因の、2つの相反する力がかかっているため、物価の基調が読みにくくなっているようにみえるが、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」というゼロ金利政策のもとでの判断基準が焦点を当てているのは、あくまでも、需給バランスの失調に起因する物価低下圧力である旨を強調した。別の委員は、これに同意したうえで、実際の物価指数について、(1)生産、流通面の技術革新がどの程度指数を押し下げているか、(2)サンプル調査ではカバーできないような上方バイアスがどの程度あるか、といったことを把握できるよう研究を進めることが、物価動向を的確に判断するためにも、大切であると発言した。

 第2に、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」という表現を巡って、いくつかの意見が示された。ひとりの委員は、金融政策運営はその時々のアベイラブルな経済指標等を勘案したうえで、「物価の安定」を軸とした総合判断にならざるをえないが、アカウンタビリティ向上の観点から、よりわかりやすいものとする余地があるかどうかを、掘り下げて考える必要があるとの立場をとった。その委員は、かりに具体性を持たせた表現がとれれば、今後、ゼロ金利政策を解除する段階になっても、市場があらかじめこれを織り込んでいる分だけ、市場に与えるショックを小さくすることができるのではないか、との考え方を述べた。さらに、その委員は、より具体的な定性基準としては、(1)物価の潜在的な下落リスクが十分に小さくなることと、(2)その背後にある実体経済の展開では、民間部門の前向きのメカニズム——生産、収益・雇用、設備投資や個人消費——がしっかりと動き始めることが、重要な要件になるとの考え方を付け加えた。

 別の委員は、こうした考え方に基本的に同意しつつも、現在の「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」という表現は、上記の2つの定性的な要件をかなり的確に盛り込んでおり、これを上回るような数値基準や定性的な基準はなかなか見出し難いとの認識を明らかにした。

 第3に、「物価の安定」とはそもそも何かを考える必要がある、との問題提起をする委員もいた。その委員は、「物価の安定」の意味合いについて、物価指数をある目標とするレベルに着地させることに止まらず、物価面に集約されているその時々の経済状況が、国民の経済厚生の最大化に貢献しているかどうかが重要な点であるとして、最近の内外のインフレ・ターゲティングを巡る議論の中で、論点が物価指数の誘導などの技術論に矮小化されることに強い警戒感を表明した。そして、国民の経済厚生の増大とは、家計の生活の質の充実と、企業の最適利潤の確保であるとして、個別の検討ポイントを挙げた。具体的には、(1)物価の需給調整機能ばかりでなく、所得分配機能にも注目すべき、(2)評価すべき物価の対象は、物価の水準、物価の動きの方向性、あるいは相対的な価格体系のいずれであるか、(3)物価をみる際の軸は、国内需給と国際需給のいずれであるか、さらには、(4)技術革新や生産性と物価の関係はどのようになっているか、といった点を列挙した。

 こうした問題提起を受け、「物価の安定」の意味合いを巡るやり取りもあった。ひとりの委員は、この問題提起の中で、家計の生活の質を充実させる観点とか、所得分配機能に着目する旨が含まれていることについて、強い共感を表明した。

 別の複数の委員は、評価すべき物価の対象は、金融政策運営との関連でいえば、あくまでも、相対的な価格体系の安定ではなく、一般物価水準の安定であるという立場をとった。それらの委員は、現状「物価の安定」は、「インフレでもデフレでもない状態」を念頭に置いており、グリーンスパンFRB議長の言い回しを借りれば、「経済主体が意思決定を行うに当り、将来の物価の変動を気にかけなくても良い状態」ということであるが、これらはいずれも、一般物価水準が安定していることが、経済の潜在力を最大限に引き出すための最重要の要件であることを示しているとの考え方を強調した。

 また、そのうちのひとりの委員は、インフレ・ターゲティングにしても、一般の金融政策にしても、そうした状況の実現を目指している点では違いがないとしたうえで、ゼロ金利政策のもとで有効な金融緩和策がほとんど残っていないような現状においては、インフレ・ターゲティングに向けて舵をきることには慎重にならざるをえないとの見解を強調した。なお、その委員は、一般物価水準が重要とはいうものの、具体的にそれを示すことは困難であり、結局は物価指数の選択の問題に帰着する旨を付け加えた。

 この間、「ゼロ金利政策の維持」とは立場を異にする、2つの主張もみられた。

 まず、ひとりの委員は、金融市場調節方針を、ゼロ金利政策を決定した99年2月12日以前の状態に戻すこと──すなわち、オーバーナイト金利を0.25%に引き上げること──を主張した。

 この委員は、その理由として、第1に、景気は持ち直しに転じ、民間需要の自律的な回復の展望も拓けつつあり、日本経済が再びデフレスパイラルに陥るリスクは低下しているとして、具体的には、企業部門の前向きのモメンタムが家計の雇用・所得環境の改善につながりつつあり、個人消費も、単身者を中心に前向きになってきていることを指摘した。また、第2に、企業の中には、有利子負債が高止まりしている先が少なくなく、それには、ゼロ金利政策が、企業や金融機関の不良債権処理を先送りさせる誘因となっている面があるとしたうえで、こうした構造調整の遅れは、海外からみた場合、日本経済の先行き不透明感につながることになる、といったことも指摘した。

 別のひとりの委員は、CPI(消費者物価指数)上昇率に目標値を設けたうえで、マネタリーベース・ターゲティングに移行し、その実現のために日銀当座預金残高を増やすことを主張した。

 その理由として、この委員は、(1)現状、景気の回復局面にあるとみられるが、10〜12月のGDPが2四半期連続でマイナスとなり、水準も1年前のレベルまで落ち込む可能性があるなど、量感には乏しく、今後についても確たる見通しを持ちえない、(2)物価は、GDPデフレーターの前年割れや、消費者物価指数の弱含みが続いている、(3)マネタリーベースを増やせば、円安の動きをサポートできる、(4)インフレ・ターゲティングは、他国中央銀行や学界の流れをみても採用すべきであり、それによって、国民は、経済の先行きの見通しを知ることができるし、金融政策の結果も評価することができるようになる、(5)ここで量的なレジームに切り替えて、ゼロ金利政策を解除すべきであり、そうすることにより、将来的には、経済実体が金利に敏感に反映されるような条件を整えるべきである、といったことを列挙した。

 この量的緩和の主張に関連して、ひとりの委員が、第1に、その手法は難しいが、やってみてできないことではないし、一定の効果を発揮する可能性があるとの見解を述べた。すなわち、(1)短資会社などの準備預金非適用先が保有できる日銀当座預金には限界があるので、それ以上に資金供給すれば超過準備を増やすことができる筈であるが、現状では、都銀などは不必要な超過準備を持とうとしないことから、結局オペの未達が繰り返されることとなり、難しい面がある、(2)しかし、例えば、長期国債の買い切りオペを増額すれば超過準備の積み上げを実現できる可能性もあり、(3)また、それにより、金融機関の活動に影響を与えることができるかもしれない、との認識を表明した。もっとも、第2に、その委員は、そうした認識に立ったうえで、現在は、内外の金融経済情勢は改善の方向にあり、この局面で、このようなドラスティックな政策を試すことは適当ではない、との判断を示した。

 また、別の委員は、マネタリーベースなどの量的指標と為替相場との関係について、年明け後、これらの指標の伸びが元のレベルに低下しても、為替相場が円安方向に動き続けたことを踏まえると、この両者には直接的な因果関係は存在しないということができる、との認識を述べた。これに対して、マネタリーベース・ターゲティングを主張した委員は、マネタリーベースの1月平残前年比について、日米の相対関係をみると、それは円安の動きと整合的であると反論した。

V.政府からの出席者の発言

 会合の中では、大蔵省からの出席者より、以下のような趣旨の発言があった。

  • わが国経済は、各種の政策効果やアジア経済の回復などの影響で、緩やかな改善が続いているが、民需は依然として弱い状況にある。このため、現段階では、財政面からの下支えの手を緩めることなく、公需から民需への円滑なバトンタッチを行い、民需中心の本格的な景気回復の実現に努めなければならないと考えている。
  • 財政運営においては、公債依存度がすでにかなり高くなっているため、財政構造改革をどのように進めていくかが、重要な課題になっていると認識している。今後の財政事情については、「財政の中期展望」に示したとおり、名目成長率が3.5%の場合でも、税の自然増収が難しく、長期金利の上昇が伴うので、1.75%成長のケースの場合と公債残高はあまり変わらない。ただ、対GDP比は幾分改善する。
  • 日本銀行においては、政府による諸施策の実施と合わせ、経済の回復を確実なものとするため、金融為替市場の動向も注視しつつ、豊富で弾力的な資金供給を行うなど、引き続き適切かつ機動的に金融政策を運営して頂きたい。

 また、経済企画庁からの出席者からも、以下のような趣旨の発言があった。

  • わが国経済は、民間需要の回復力が弱く、厳しい状況をなお脱していない。また、年末には需要がやや低迷した。ただし、各種の政策効果やアジア経済の回復などの影響に加え、企業行動にも前向きの動きがみられており、景気の緩やかな改善が続いていると判断している。
  • 政府は、公需から民需へのバトンタッチを円滑に行い、景気を本格的な回復軌道に乗せていくとともに、21世紀の新たな発展基盤を築くため、経済新生対策を始めとする諸施策を推進する。日本銀行においても、経済の回復を確実なものとするため、金融為替市場の動向も注視しつつ、豊富で、かつ状況に応じて弾力的な資金供給を行うなど、引き続き適切かつ機動的に金融政策を運営して頂きたい。

VI.採決

 多くの委員の認識をあらためて総括すると、(1)景気は、足許、持ち直しに転じており、(2)こうしたもとで、企業収益の回復が続くなど、民間需要を巡る環境は、徐々に改善しつつある、(3)金融面の良好な環境は維持されている、(4)しかし、民間需要の自律的回復のはっきりとした動きは、依然みられていない、(5)物価は当面、概ね横這いで推移していくとみられるが、潜在的な低下圧力については、引き続き留意する必要がある、(6)したがって、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」には、なお至っていない、というものであった。

 こうした認識を踏まえ、会合では、現在のゼロ金利政策を続けていくことが適当であるという意見が大勢を占めた。

 ただし、ひとりの委員からは、金融市場調節方針を、ゼロ金利政策を採用した99年 2月12日以前の方針に戻すことが適当であるとの考えが示された。一方、別の委員からは、CPIの上昇率に目標値を設定したうえで、本格的な量的ターゲットに踏み切ることが適当であるとの考えが示された。

 この結果、次の3つの議案が採決に付されることとなった。

 篠塚委員からは、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、「無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.25%前後で推移するよう促す。なお、金融市場の安定を維持するうえで必要と判断されるような場合には、上記のコールレート誘導目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。」との議案が提出された。

 採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。

 中原委員からは、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、「中期的な物価安定目標として2001年10〜12月期平均のCPI(除く生鮮)の前年同期比が0.5〜2.0%となることを企図して、次回決定会合までの当座預金残高を平残ベースで7兆円程度にまで引き上げ、その後も継続的に増額していくことにより、2000年7〜9月期のマネタリーベース(平残)が前年同期比で10%程度に上昇するよう量的緩和(マネタリーベースの拡大)を図る。なお、無担保コールレート(オーバーナイト物)が大幅に上昇する等金融市場が不安定化した場合には、上記マネタリーベースの目標等にかかわらず、一層の量的拡大を図る。」との議案が提出された。

 また、同委員は、今回の提案より、操作目標を、これまでの超過準備からコントロールの容易な当座預金残高に変更した旨を説明した。

 採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。

 なお、この採決のあと、ほかのひとりの委員からは、この提案のなお書きの部分に、市場が逼迫して金利が大幅に上昇した場合、それを抑制する趣旨が盛り込まれているが、この点は、これを提案した委員が、量的な緩和に踏み切ってゼロ金利を解除すれば、経済の実体を反映して金利が変動しうるようになるといったことを唱えていることと、整合的ではない、との指摘があった。

 これに対して、同委員は、提案のなお書きは、あくまでも緊急事態に対処することを想定したものであり、「金利の大幅な上昇」はその一例示に過ぎず、金利を景気実体に則して変動させることとは矛盾しない、との趣旨を述べた。

 議長からは、会合における多数意見をとりまとめるかたちで、以下の議案が提出された。

議案(議長案)

 次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとし、別添のとおり公表すること。

 豊富で弾力的な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す。

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、武富委員、三木委員、植田委員、田谷委員
  • 反対:中原委員、篠塚委員

中原委員は、(1)先行き、民需の回復が実現する展望が拓けておらず、政策効果の息切れなどの懸念もあるもとで、インフレリスクばかりを危惧して現状維持を続けるような政策対応は適当ではない、(2)現状のままでは、マネーサプライなどの量的金融指標の伸び率が一段と低下し、様々な悪影響が生じかねない、(3)ゼロ金利政策は、そのもとでの選択肢が継続か解除しか存在しない非連続な政策であるので、この際、量的緩和とゼロ金利政策の解除をセットで行って、市場の活性化を図る必要がある、(4)政策目標を、国民にとってわかりやすいものにするために、現在のディレクティブを書き直す必要がある、といった理由を挙げて、上記採決において反対した。

篠塚委員は、(1)ゼロ金利政策導入のそもそもの狙いは、市場の流動性不安の解消であったが、現状では、すでに所期の目的は達成されているとみられるので、ゼロ金利政策の直前に戻すべきである、(2)経済のバランスシート調整をゼロ金利政策で解決することは不可能である、(3)0.25%の利上げは、本格的な金融引き締め局面への転換を意味するものではないし、景気へのマイナスインパクトも限定的である、(4)設備投資の回復が本格化することを見届けてから利上げすることでは遅すぎる、という理由を挙げて、上記採決において反対した。

以上


(別添)
平成12年 2月24日
日本銀行

当面の金融政策運営について

 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、当面の金融政策運営について、「ゼロ金利政策」を継続することにより、金融緩和効果の浸透に努めていくことを決定した(賛成多数)。

 すなわち、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針は、以下のとおりである。

 豊富で弾力的な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す。

以上