金融政策決定会合議事要旨
(2000年 4月10日開催分)*
- 本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、2000年5月17日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。
2000年 5月22日
日本銀行
(開催要領)
- 1.開催日時
- 2000年 4月10日 (9:00〜12:54、13:46〜15:33)
- 2.場所
- 日本銀行本店
- 3.出席委員
-
- 議長 速水 優(総裁)
- 藤原作弥(副総裁)
- 山口 泰( 副総裁 )
- 武富 将(審議委員)
- 三木利夫( 審議委員 )
- 中原伸之( 審議委員 )
- 篠塚英子( 審議委員 )
- 植田和男( 審議委員 )
- 田谷禎三( 審議委員 )
- 4.政府からの出席者
-
- 大蔵省 林 芳正 政務次官(9:45〜15:33)
原口恒和 大臣官房総務審議官(9:00〜9:45) - 経済企画庁 河出英治 調整局長(9:00〜15:33)
(執行部からの報告者)
- 理事黒田 巖
- 理事松島正之
- 理事永田俊一
- 金融市場局長山下 泉
- 調査統計局長村山昇作
- 国際局参事役小山高史
- 企画室審議役稲葉延雄
- 企画室企画第1課長雨宮正佳
- 調査統計局企画役吉田知生
(事務局)
- 政策委員会室長小池光一
- 政策委員会室審議役村山俊晴
- 政策委員会室調査役飛田正太郎
- 企画室調査役栗原達司
- 企画室調査役内田眞一
- 大蔵省 林 芳正 政務次官(9:45〜15:33)
I.前々回会合の議事要旨の承認
前々回会合(3月8日)の議事要旨が全員一致で承認され、4月13日に公表することとされた。
II.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要
1.最近の金融市場調節の運営実績
金融市場調節については、前回の会合(3月24日)で決定された金融市場調節方針1にしたがって運営した。
具体的には、期末に向けた金利上昇圧力の高まりに対応し、3月28日より、日銀当座預金の積み上げを実施した。この結果、オーバーナイト金利は、概ね0.02%での安定した推移となった。市場のタイト感は、各行が期末越えの資金繰りに目途をつけた30日から和らいだため、30日の午後以降、市場動向をみきわめつつ、余剰資金の吸収を行った。
今回の特徴点としては、第1に、都銀が、昨年末や2月末のような、準備預金積み上げのスイング——月末の積み上げに備えて、積み期間初期の積み上げを大幅に抑制すること——を行わなかったことがある。これは、都銀等が、取引先の資金決済需要が3月後半には強まることなどを念頭に置き、ほぼ日割り進捗率に沿って積みを進める姿勢に出たためである。第2に、年度末越えレートのピークは3月23日となり、昨年末や2月末と比べ、早めにピーク・アウトを迎える展開となった。これは、外銀等の期末越え資金調達や、地銀や系統金融機関の資金放出が、早くから始まったためである。第3に、期末越え資金供給オペでは、短期国債買い現先の利用割合が高まった。
年度明け後の短期金融市場の金利感をみると、ゼロ金利政策の解除は早くても本年秋以降になるとの見方が多い。このため、3か月物の金利は、むしろ幾分弱含みで推移している。市場は、今後、経済指標や本行の反応をみながら、ゼロ金利政策の解除時期を探っていくとみられる。なお、発行額が増えているTB・FBの消化状況如何などによっては、短期金融市場が不安定化する可能性もあるので、豊富な資金供給によって、安定した市場地合いの形成に努めていきたい。
- 「豊富で弾力的な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す。」
2.為替市場、海外金融経済情勢
(1)為替市場
円の対ドル相場は、3月末から4月初にかけて、いったん102円台まで急騰した。その後は、わが国通貨当局の介入報道等や4月半ばのG7を意識して幾分軟化し、104〜105円で推移している。
円相場上昇の背景としては、(1)日本の景気回復期待が広まっていること、(2)米国株価が幾分不安定な一方で、日本の株価が堅調に推移していること、などが挙げられる。市場には、介入警戒感や、本邦投資家の外貨資産購入など、円相場の上昇を抑える要因もあるが、全体としては、円買い材料に反応しやすい地合いである。市場のセンチメントをリスク・リバーサルでみると、4月3日の介入報道のあとも、円の先高感が依然強いことが認められる。
この間、ユーロは軟調な展開を続けている。市場では、ECBの利上げ期待の後退や、ユーロエリア企業による域外企業の買収などが、ユーロ売りの材料とされた。当面は、G7でユーロ安に言及があるかどうかが注目されている。
(2)海外金融経済情勢
米国株式市場では、IT関連株の値動きが荒い展開となったが、伝統的産業のウェイトが高いNYダウやS&P500は概ね横這いであった。また、欧州やアジアの株価も軟調ながら小幅な動きにとどまっている。
米国の長期金利をみると、政府関連機関債に対する政府の信用供与枠撤廃の提案などが国債に対する需要をさらに高めるとの思惑等から、30年債利回りは小幅ながら一段と低下した。この結果、国債金利の逆イールド化が進展している。欧州の長期金利は、ドイツの賃金交渉の一部が決着したことなどを受けて、低下した。
実体経済については、米国では、個人消費や、情報関連分野を中心とする設備投資の好調など、内需主導の力強い拡大が続いている。また、労働生産性の上昇持続などを背景に、賃金・物価はともに安定基調にある。ただ、FF先物金利をみると、市場が今後の金利上昇を予想していることが窺われる。
ユーロエリアでは、輸出の好調に加え、個人消費も堅調度合いを増しており、生産、雇用は改善基調にある。なお、消費者物価上昇率は、ECBが物価安定の上限としている前年比2%に達している。
東アジア諸国では、情報関連財の米国、日本向け輸出が好調であるほか、既往の景気浮揚策の効果浸透などから、個人消費と設備投資が持ち直している。目下のところ、物価が急速に上昇する兆候はみられていない。
3.国内金融経済情勢
(1)実体経済
最終需要をみると、純輸出が増加傾向を辿っているほか、公共投資も補正予算の執行に伴い減少から増加に転じつつある。一方、住宅投資は緩やかに減少しており、個人消費は回復感に乏しい状態が続いている。設備投資は、下げ止まりから緩やかな増加に転じつつある。
こうした需要動向のもとで、生産は増加を続けており、企業収益と業況感の改善が明確化するなど、企業部門では前向きの所得形成メカニズムが着実に作動している。雇用面では、雇用者数・賃金の両面でこれまでの減少傾向に歯止めがかかりつつあるが、家計の所得環境は依然厳しい状況にある。
以上のように、わが国の景気は、持ち直しの動きが明確化しており、企業の業況感や収益の改善が続く中で、設備投資に回復の動きがみられ始めている。民間需要は、設備投資を起点とした自律的回復の過程に入りつつあるが、個人消費の増加を伴う本格的な立ち上がりまでには、今暫く時間を要する可能性が高い。
今月は景気判断を上方修正したが、これは、(1)各種アンケート調査から、企業収益の回復が2000年度も継続する見通しにあることが確認されたこと、(2)設備投資は、電子デバイス業種とその関連業種で能力増強投資が相次いでいるほか、収益と金融環境の改善を受けて、中小企業の投資スタンスも前傾化していること、などに注目した結果である。
先行きについては、設備投資が、緩やかな増加を続けると考えられる。ただ、企業の売上げ見通しは引き続き慎重であり、設備投資の持続性と広がりについては、注意深く点検していく必要がある。個人消費は、消費者心理が好転してきているため、所得の増加が明確になれば、回復に転ずることが展望できる。この点、ベアが低い伸びに止まるとみられるため、夏季賞与の支給動向が鍵を握る。
物価は、国内需給バランスの改善や原油価格の上昇などを背景に、卸売物価が夏場頃まで強含みで推移し、消費者物価も弱含みから横這い圏内での推移に変わるとみられる。企業向けサービス価格は小幅下落が続くと予想される。需要の弱さに由来する潜在的な物価低下圧力については、民間需要の一部に回復の動きが出てきているため、一頃に比べれば後退しているものの、引き続き留意していく必要がある。
(2)金融情勢
短期金融市場では、オーバーナイト金利が、引き続きゼロ%近傍で安定している。ターム物金利は年度末にやや強含んだが、その後は軟化している。市場の金利感をユーロ円金利先物でみると、今年秋口以降にゼロ金利政策の解除があることを見込んでいるようである。
長期国債流通利回りは、概ね1.8%をはさんだ動きとなっている。債券市場では、金利上昇を示唆する要人発言が売り材料、需給環境の良さが買い材料とされており、現在は双方の材料が拮抗している。
株価は、2万円台で堅調に推移している。IT関連株が調整局面入りしているにもかかわらず、株価全般が堅調なのは、出遅れていた従来型産業の株価が、持ち直していることによるものと理解される。
金融の量的側面をみると、民間銀行は、基本的には慎重な融資スタンスを維持している。ただ、銀行自身の資金繰りや自己資本面での制約が緩和していることもあって、大手行を中心に、融資先の信用力などをみきわめつつ、貸出を増加させようとする姿勢を強めている。
しかし、実体経済活動に伴う資金需要が低迷を続けているほか、企業は引き続き借入金の圧縮に注力している。このように、民間の資金需要は引き続き低迷しており、銀行貸出やマネーサプライは弱含みで推移している。
III.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要
(1)景気の現状
景気の現状について、持ち直しの動きが明確化しているとの認識が一致して示された。多くの委員は、最近の経済指標を踏まえ、(1)企業収益や業況感の改善が明確になっていること、(2)設備投資が増加に転じていること、(3)雇用者数や賃金面の減少にも歯止めがかかってきたこと、などに言及した。そのうえで、それらの委員は、企業部門では回復の動きが始まったとの判断を示した。家計部門の回復傾向についても、まだ確実とはいえないものの、明るい動きがいくつか指摘された。
まず、各委員からは、企業部門の動きについて、日銀短観など、3月後半以降に発表になったいくつかのアンケート調査結果や、機械受注や建築着工床面積などの設備投資関連指標などを踏まえて、以下のような指摘があった。
第1に、昨年後半以降の生産の増加を受けて、企業収益や業況感の改善が明確になっている。2000年度の収益見通しは、2年連続の増益計画であり、しかも99年度の「減収増益」が、「増収増益」になるなど、状況は一段と好転している。第2に、企業からみた金融環境が、引き続き改善の方向にある。第3に、2000年度の設備投資計画は、この時期の調査としてはかなりしっかりしたものとなっており、設備投資は、緩やかな増加に転じたものと判断できる。
このうちのひとりの委員は、経済の「2極分化」が進展しているもとで、設備投資の実勢をどのように評価するかという点に言及した。その委員は、設備投資動向に業種毎のバラツキが発生することは避けられないとしたうえで、2000年度の設備投資計画では、鉄鋼などで減少している一方、電気機械のほか、紙パや非鉄なども増加しており、この程度のバラツキであれば、「設備投資は全体として回復過程に入った」とみることができるとの見解を述べた。
また、別の委員は、自動車の国内販売台数や、産業機械・電気機械の生産指数など、生産・受注の主要統計において、前年比プラスの伸びが定着してきたことを述べたうえで、Tビジネス(伝統的な重厚長大産業などの分野)では、公共投資や輸出の効果でフル生産の先が出てきており、また、Eビジネス(情報通信関連分野)も民需に支えられて好調を持続している、と発言した。ほかの委員も、このところの設備投資の動きには業種別にも広がっていく兆しがある、との見方を付け加えた。
さらに、別の何人かの委員は、企業の動きが着実になっていることを裏付ける材料として、企業の広告活動が積極化していることや、トラックの混載便や宅配便の回復など物流活動が活発になっていることなどを紹介した。
ただし、これらとは別のひとりの委員は、企業部門の動きは楽観を許さないとの立場から発言した。具体的には、(1)3月短観で大企業製造業の99年度設備投資実績見込み額が下方修正されたこと、(2)短観以外のアンケート調査や法人季報は、中小企業の設備投資が弱いことを示していること、(3)在庫と出荷のバランスが崩れていること、などを懸念材料として指摘した。
また、もうひとりの委員も、これまでの企業収益の回復は、外生需要の増加、リストラの効果、ゼロ金利政策などに支えられた脆弱なものであるほか、年金債務などの損失処理という課題も抱えているとしたうえで、現在の収益回復をあまり楽観視することはできない、との見解を付け加えた。
家計部門の動きについては、まず、多くの委員が、個人消費は総じて回復感に乏しい状態が続いているとの認識を示した。ただ、同時に、(1)乗用車の新車登録台数や家電販売が堅調に推移していること、(2)百貨店・チェーンストア売上高やコンビニエンスストア売上高も落ち込みを回避していること、(3)消費者コンフィデンスは改善傾向にあること、などの好材料も指摘された。
また、会合では、最近は流通革命や消費の構造変化——新機能・新技術の投入、商品のライフサイクルの短縮化、および、財からサービスへのシフトなど——が顕著であるため、個人消費の実勢を、各種販売統計のみで把握することは難しく、雇用・所得面とコンフィデンスの双方から、マクロ的に捉えていくしかない、という認識が示された。
これを受けて、何人かの委員は、個別の販売統計は一進一退の状況を続けているものの、雇用・所得環境の悪化に歯止めがかかりつつあるほか、消費者コンフィデンスも改善傾向にあるという評価を示した。
雇用・所得環境の悪化に歯止めがかかりつつあるとの認識については、何人かの委員が、(1)年明け後の常用雇用者数と名目賃金が緩やかに増加していることや、(2)企業の雇用過剰感が徐々に縮小していることなどを、その根拠として挙げた。また、それらの委員は、失業率が2月に既往ピークを更新したことについて、必ずしも景気の弱さを示しているものではない、との見方を示した。すなわち、企業の求人数が大きく伸びていることとあわせて考えると、労働市場の流動化などを背景に、構造的なミスマッチが発生していることを示唆している可能性があるとの認識であった。
ただし、ある委員は、個人消費動向についても慎重な認識を示した。その委員は、(1)企業の雇用過剰感は、縮小しているとは言え、依然高水準であること、(2)構造調整下の産業の従業員世帯では限界消費性向が高いため、所得の悪化は消費支出の減少にそのまま反映され、しかも、こうした世帯のウェイトが高いこと、(3)パート比率の上昇によって、家計所得は実質的に減少していること、などを指摘した。
以上のような景気の現状を総括して、ひとりの委員は、(1)財政・金融両面からの景気下支え措置、東アジア向け輸出、そしてIT関連投資などに支えられて生産が増加し、(2)それが企業収益の改善をもたらして、設備投資の回復につながった、(3)これまで不透明だった民需の自律回復メカニズムが少しずつみえ始めているが、(4)企業経営を巡る3つの過剰──雇用、設備、債務──と消費の構造変化を抱えているため、「まだら模様」の回復パターンになっている、と発言した。
別の委員は、設備投資や個人消費に関する懸念材料を踏まえて、先行きは予断を許さないとしたが、このところの実体経済の状況を景気動向指数で確認すると、循環的な景気押し上げ圧力と、構造的かつ長期的な下押し圧力がせめぎ合う中で、前者が後者を上回りつつある、との見解を明らかにした。
このような議論を経て、景気の現状に関する委員の認識は、「景気は、持ち直しの動きが明確化している。民間需要面でも、設備投資が緩やかながら増加に転じるなど、一部に回復の動きがみられ始めている。」という線に集約された。
物価については、各委員から、現在は全体として横這い圏内にあるが、民間需要の一部に回復の動きが出ていることを踏まえると、需要の弱さに由来する物価低下圧力は後退していると判断してよいとの発言があった。そのうえで、何人かの委員は、消費者物価指数の前年比がこのところ幾分マイナスになっていることについて、これは、(1)技術革新や流通革命、(2)既往円高がもたらした輸入競合品価格の低下圧力、(3)消費者物価指数の作成過程で、物価動向の実勢が指数に正確に投影されるよう様々な工夫が重ねられていること、などが影響している、との見方を述べた。
これらとは別のひとりの委員は、原油価格の動向に言及した。その委員は、3月下旬のOPEC総会で増産が決定されたあと、原油価格は、当面、WTIベースで20〜30ドルの間——多分25ドル前後——で推移するだろうが、OPEC諸国のバスケット価格(7油種の平均価格)を22〜28ドルで安定させようとする新生産調整メカニズムがうまく作用しない惧れがあり、とりわけ年末にかけてはイラクの出方が鍵を握る可能性が高い、と発言した。
なお、地価については、ある委員から、全体としてまだ下げ止まっていないものの、個別にみると、一部優良物件では上昇しているとの見方もあるなど、「2極分化」現象がみられており、今度の動向を注意深くみていきたいとの発言があった。
(2)金融面の動き
金融市況に関する各委員の発言は、第1に、自律的回復の動きが一部に出始めていることが金融市況面でも確認できるか、第2に、ゼロ金利政策の解除を金融市場がどの程度織り込んでいるか、といった2つの観点に焦点を当てたものが中心となった。
株価については、ひとりの委員より、ここにきて、IT関連株の調整が目立つ一方で、それ以外のセクターの優良企業に物色が広がるなど、株式市場全体が堅調な地合いになりつつあり、また、それは、実体経済との関係でもバランスが取れている、との趣旨の発言があった。これに対して、別の委員は、海外勢の日本株買いブームが昨年で終わっていることや、日経平均が4月に入って年初来高値を更新している一方、TOPIXが高値を更新していないことなどからみて、最近の日経平均の動きは、中期的な波動の中での上昇相場の延長局面にあるにすぎないとの慎重な見解を明らかにした。
短期金融市場の動きに関する言及もあった。複数の委員は、ユーロ円金利先物をみると、秋口以降のゼロ金利政策の解除を織り込み始めているのではないか、との見方をとった。
長期金利については、景気回復の動きが一部に出ている中にあって、依然として低位で安定していることを巡って、意見の交換があった。
ひとりの委員は、長期金利が安定していることの解釈として、4つの仮説を提示した。具体的には、(1)長期金利が経済成長率と整合的に決まってくるとの立場に立って、現在の日本の潜在成長率が1.5〜2.0%、期待インフレ率がゼロ%とすると、名目長期金利の均衡値も1.5〜2.0%となり、現在の水準が低すぎるとは言えない、(2)市場は、ゼロ金利政策がかなりの期間続くと考えており、ゼロ金利政策解除のためのハードルがかなり高いものであると想定している、(3)民間の資金需要が低迷しているため、金融機関の国債購入意欲が強く、この需給要因が金利の低位安定を支えている、(4)債券市場にバブルが発生している、といったいくつかの考え方を整理した。
こうした整理を受けて、別の委員からは、市場が想定する長期的な名目成長率が低下していることを考えると、最初の仮説の妥当性が最も高い、との意見が出された。また、その委員は、欧米では、ディスインフレ傾向や財政赤字縮小の流れを受けて、長期金利が低下を続けているが、こうした動きも日本の長期金利の形成に一定の影響をもたらしている、との立場をとった。そのうえで、その委員は、長期金利だけから市場の金利感を読み取ることは難しいので、今後は、短期、中期の金利も合わせて分析していく必要があるとの認識も明らかにした。
これに対して、もうひとりの委員は、(1)今後景気回復を示すデータが追加的に出てきて、ゼロ金利政策の解除を織り込み始めたり、あるいは(2)膨大な債務残高に市場が再び注目したりする可能性を考えると、長期金利が上昇するリスクを排除できない、と述べた。
(3)景気の先行き
景気の先行きについては、最近の経済状況が改善していることを踏まえ、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」に至ったかどうかが、議論の大きな焦点となった。
ひとりの委員は、すでに「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」に到達したとの判断を示した。これに対して、多くの委員は、そうした状態に着実に近づきつつあるものの、デフレ懸念が払拭されたと判断するには、なお点検すべき事項が残っているとの姿勢をとった。
まず、多くの委員が、日本経済は、これまでの会合で議論してきた回復シナリオ──(1)企業収益の回復が設備投資など企業の支出活動の増加をもたらす、(2)企業の支出活動の増加が生産の一段の増加などマクロ経済全体に波及する、(3)そのことが家計所得の好転と個人消費の増加につながる、──に沿って改善してきており、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」に着実に近づきつつあるとの見解を述べた。
しかし、それらの委員は、同時に、民間需要の自律回復力にはまだ点検すべき点がいくつか残っているとの認識をあわせて示した。
ひとりの委員は、現時点では、設備投資の増加傾向は確認できたので、今後の注目点としては、(1)今年度の設備投資計画がどの程度上方修正されるのか、(2)個人消費が夏場にかけてどの程度改善していくか、といったことを挙げた。
別の委員も同様の立場から発言し、景気判断を前進させることに異論はないが、現時点での設備投資計画はほぼ前年度実績見込みのレベルなので、足許までの材料だけで、民間需要の自律的回復が本格化した状態——かなり大きな外生ショックが加わらない限り、前向きの循環メカニズムが途切れないような状態——に入っていると論じるのは、時期尚早である、との認識を明らかにした。
また、ほかの委員も、先行き、公共投資や輸出が減少に転じた際に、設備投資と個人消費がこれをカバーすることが見込みうるかどうかが、大きなポイントであるとの考えであった。
需要項目別には以下のようなやり取りが交わされた。
まず、設備投資については、今後、持続性と広がりが備わっていくかどうかを注目したいとの認識が、いくつか示された。
ひとりの委員は、バブル崩壊以降、経常収益と設備投資の相関が高まっていることと、今年度は増益見通しになっていることを踏まえると、今後は設備投資が徐々に増額されることが期待できると発言した。別の委員は、大企業・製造業の設備投資が底打ちしたので、今後のポイントとしては、(1)下げ止まり局面にある中小企業の設備投資が増加に転じるか、(2)ITを活用した設備投資が産業全体に広がり、これがトリガーとなって設備投資に持続力と力強さが加わっていくか、といった点を指摘した。ただし、ほかのある委員は、今後の留意点として、構造調整圧力やバランスシート問題の存在を勘案すると、設備投資の経済全体への波及効果は、過去のパターンと比べて不確かになっている可能性がある、との認識を説明した。
個人消費に関しては、様々な見方が示された。
ひとりの委員は、消費者態度指数が96年後半のレベルまで回復してきたことや、所定外賃金やパート収入の増加など、所得面でプラスの材料が徐々に出てきていることを踏まえると、個人消費動向は、ある程度しっかりしたものになるのではないか、との見方を述べた。別の委員も、雇用の過剰感が和らいでいることや、定額郵貯の満期資金の一部が消費に向かうことが期待されるなど、個人消費を巡る環境は悪材料ばかりではない、という考えを示した。
また、何人かの委員は、企業が人件費抑制スタンスを維持するもとで、企業収益の改善が定例給与には反映されにくくなっているが、賞与支給がある程度増額されることは期待できるとした。その意味では、今年の夏季賞与の支給動向が個人消費の帰趨をみきわめるうえでのひとつのポイントになる、との見解を述べた。
ただし、別の複数の委員は、夏季賞与に過度な期待を寄せることは危険であるとの留意点を付け加えた。このうちひとりの委員は、企業収益は依然脆弱であり、本年の春闘でも、企業はベアおよび賞与の抑制を強く打ち出すなど、かつてなく厳しいものであったので、夏季賞与の支給に限って大幅に増額されるとは考えにくい、との見解を述べた。
なお、もうひとりの委員は、夏季賞与の支給動向だけで、雇用・所得環境の判断を固めることは早計であり、少なくとも今年の冬季賞与までは見定める必要がある、との判断を示した。
個人消費を評価する際には、足許の消費を巡る環境のほかに、中期的視点も欠かせない、とする意見が出された。
何人かの委員は、(1)かつての高度成長期とは異なり、今は経済の潜在成長率が大きく低下していることや、(2)消費が構造変化を起こしており、安価な商品やユーザーのニーズを捉えた商品の販売は好調であるが、それ以外では苦戦している商品が多いこと、などを踏まえると、個人消費に高い伸びを望むこと自体に無理がある、との認識であった。そのうえで、現状のように、雇用・所得環境が下げ止まり、消費者コンフィデンスも持ち直しているような状況のもとで、消費支出が一進一退となっているのは、いわば「平時の状態」であり、それをネガティブに捉えるべきではない、との見解を明らかにする委員もいた。
また、複数の委員は、現在の企業の人件費抑制スタンスは、90年代の資本収益率がきわめて低かったこと——すなわち、労働分配率がきわめて高かったこと——の修正過程と考えられる、との理解を起点に議論を展開した。ひとりの委員は、これは、実質賃金が労働生産性に見合うレベルまで低下しつつあることを意味しており、弾力的な労働市場への変貌と、雇用環境の整備のためには、避けることのできない調整プロセスであると発言した。もうひとりの委員は、こうした調整が不可避であることに賛意を示すとともに、実体経済への影響にも言及した。リストラとしての単なる賃金引き下げは、総需要に対してかなりのマイナス圧力を及ぼすが、この過程で技術進歩が伴っていれば、リストラ圧力を軽減しうるし、全体としてはプラスになることもある、との考えであった。そのうえで、この委員は、最近のIT関連分野の動きなどは、後者のような展開を示唆している旨を付け加えた。
個人消費の帰趨については、以上のように様々な論点が示されたが、結局、大方の委員の認識としては、個人消費は、今後時間をかけながら緩やかに回復に向かうことが見込まれるが、その際、雇用・所得環境の動向に着目していく、という線に概ね収斂した。
これまで経済を支えてきた公共投資と輸出に関する発言もあった。
公共投資については、何人かの委員が、積極的であった財政支出が、今後抑制方向で運営されることになると、来年度にかけての日本経済にマイナスインパクトを及ぼすので、民間需要の自律回復力がこれを吸収できるかどうか、よくみていく必要があると発言した。
輸出面については、何人かの委員が、米国経済、米国株価が失速することを、リスクシナリオとして指摘した。このうちのひとりの委員は、米国株価では、すでにNASDAQがピーク・アウトしたとみられ、今後調整局面に向かうとの見通しを付け加えた。
また、別の委員は、好調を続けてきたアジア向け輸出について、ここにきて現地のランニング在庫が積み上がっており、また、韓国経済に過熱感が出ていることや、タイ経済の回復が金融セクターの不良債権処理を引きずったままの状況であることなどを踏まえると、今後、一時頭打ちとなる可能性があると発言した。そのうえで、その委員は、輸出が頭打ちになると、国内民間需要の回復もいったんは踊り場に差しかかるのではないか、との見通しを付け加えた。これに対して、ほかのある委員は、日本とアジアの関係は、半導体や情報関連を軸にしたものであるので、現地在庫の積み上がりの影響は限定的なものに止まるのではないか、との意見を述べた。
物価の先行きについて、大方の委員は、民間需要の一部に回復の動きが出ているため、需要の弱さに由来する物価低下圧力は一頃に比べて後退している、という認識を概ね共有した。ただし、民需の回復力が十分に確認されたとは言えない以上、物価低下圧力にはなお留意する必要があるとの見方が多かった。
このうちのひとりの委員は、今後も予想される物価指数の低下と、需要の弱さに由来する低下圧力の後退との整理の仕方について発言した。まず、その委員は、卸売物価指数には、機械類の趨勢的な値下がりを反映した低下圧力がかかっており、消費者物価指数にも、技術・流通面の革新や統計調査方法の工夫などの効果による低下圧力があることを指摘し、今後、原油価格上昇の影響が薄まると、これらの低下圧力が表面化するかたちで指数が低下していく可能性がある、との認識を示した。そのうえで、その委員は、こうした中で、需要の弱さに由来する物価低下圧力が後退していくことを説明するためには、(1)これらの物価指数が低下しているもとでも、企業収益は悪化していないこと、(2)したがって、物価指数の低下と民間需要の回復が両立しうること、などを説明していくことが望ましい、との考え方を明らかにした。
IV.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要
以上のような金融経済情勢を踏まえて、当面の金融政策運営の基本的な考え方が検討された。
多くの委員の金融経済情勢に関する認識は、(1)景気は、持ち直しの動きが明確化している、(2)民間需要面では、設備投資が緩やかながら増加に転じるなど、一部に回復の動きがみられ始めている、(3)金融面では緩和感が浸透しているが、一部にゼロ金利政策の解除を織り込む動きがある、(4)もっとも、民間需要の自律回復力については、なお点検すべき点が残っている、(5)需要の弱さに由来する潜在的な物価低下圧力は、一頃に比べて後退しているが、引き続き留意する必要がある、といったものであった。
以上の認識を踏まえ、多くの委員は、わが国経済は「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」に着実に近づきつつあるが、そうした情勢に至ったとまでは言えない、との判断を共有した。
この結果、当面の金融政策運営方針としては、現在のゼロ金利政策を継続することが適当であるとの見解が、大勢意見となった。
もっとも、ひとりの委員は、景気は「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」に至ったとの判断に基づいて、ゼロ金利政策を解除し、オーバーナイト金利を0.25%に引き上げることを主張した。その委員は、その理由として、(1)景気が再びデフレ・スパイラルに陥るリスクは十分小さくなった、(2)経済の改善とともに、ゼロ金利政策のメリットは薄まり、デメリットが目立つようになってきている、(3)一進一退を続ける個人消費は、90年代の高めの労働分配率の修正過程という要因を受けているため、現状程度の展開を十分とみるべきであり、それがしっかりと回復するまで待つことでは、遅すぎる、(4)市場は、ゼロ金利政策の解除を「緊急避難措置」の解消と受け止めるので、それによって長期金利が大きく上昇することはありえない、といったことを列挙した。
また、別のひとりの委員は、現段階ではゼロ金利政策の継続を支持するが、今後は、ゼロ金利を解除する方向で「バイアス」をかけながら、金融経済情勢を点検していくとの考えを表明した。その理由として、(1)ゼロ金利政策は、当初、景気底割れ懸念と金融システム不安に対する「緊急避難措置」の性格を有していたとすれば、最近における景気の循環的な改善傾向に沿って、この部分の微修正を視野に入れていくことは自然な流れである、(2)ゼロ金利自体を解除しても、金融緩和政策を堅持する基本姿勢に変化はない、(3)今の日本経済は、IT関連を中心とした成長分野と、構造調整が遅れがちなセクターとが混在する「段違い平行棒」の状況にあるが、本来マクロ経済を対象とする金融政策が、その照準を、長期間にわたってその低い方の棒に合わせ続けると、次第にバランスを失する惧れがある、といったことを指摘した。
さらに、もうひとりの委員からも、ゼロ金利政策解除の機が熟しつつあるのではないか、との見解が示された。
このような指摘を踏まえて、会合では、ゼロ金利政策の解除の是非やその考え方などを巡り、様々な論点での意見交換があった。
まず、民間需要の一部に回復の動きがみられている現状と、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」にはなお至っていないことを、どのように整理するか、について、あらためて問題提起があった。
何人かの委員は、今後、民間需要の自律回復力がしっかりとしていくためには、(1)現在の設備投資の増加に持続性と広がりが伴うこと、(2)そうした企業部門の回復の動きが、家計部門にも波及して、雇用・所得環境に回復の展望が得られること、などが必要であるとの考え方を念押しした。
もっともこの点については、ゼロ金利解除を主張した委員から、すでに設備投資が増加に転じたもとで、今後さらに、設備投資や雇用・所得面でしっかりとした動きをみていくと言っても、具体的には、何をどのようにチェックするのか、という疑問が投げかけられた。
これについて、ひとりの委員が、(1)設備投資計画は、現時点においてもすでに前年並みとなっているので、あとは、これが今後どの程度上方修正されうるのか、関連する先行指標や企業収益の動きから点検していけばよい、(2)そのうえで、企業部門の改善は、設備投資動向以外にも、賞与支給の上乗せや販売管理費の増額といったかたちで滲み出してくるはずであり、そうした波及動向を確認していく、との理解を説明した。そのうえで、その委員は、家計部門改善の分岐点を特定することは難しいが、以上のような企業部門の一層の改善は、家計部門にとっても大きな材料である、との認識を付け加えた。
また、別の委員は、家計部門の改善傾向をみきわめることの難しさに同意したうえで、「雇用・所得環境のこれ以上の悪化を想定しなくてもよいような状況になるかどうか」がひとつの判断基準になる、との見解を示した。
次に、何人かの委員からは、民間需要の自律回復力をみきわめるための時間的余裕がなくなっているわけではない、との認識も示された。
これらの委員は、(1)経済のダウンサイドリスクは明らかに後退している、(2)ゼロ金利政策にマイナスの面が伴っている、といった指摘には理解を示しつつも、現在の物価情勢は、需要面の弱さに由来する物価低下圧力が後退しているとはいえ、物価上昇圧力が差し迫っているわけではないと述べた。
このうちのひとりの委員は、幅をもって考えるべき話と断ったうえで、「テイラー・ルール」を引用し、現在の状態は、そのルールから算出されたオーバーナイト・コールレート水準が、これまでのマイナスの領域から、ゼロ%近辺に戻った段階と理解できる、と発言した。そのうえで、ほかの何人かの委員とともに、(1)今後、財政面からの刺激策が徐々に抑制される方向にあるが、目下のところ、民間需要の自律回復力がこうしたショックを吸収できるかどうかについて十分な自信がない、(2)インフレが発生するリスクも殆どない、といったことなどを踏まえると、現状はまだ、ゼロ金利を解除した結果、経済が失速して再びゼロ金利に戻るといった事態に陥るリスクを意識するべきではないか、との判断を示した。
ゼロ金利政策を解除することの位置付けについても、やり取りがあった。
ゼロ金利政策の解除を唱えた委員も含めた何人かの委員から、ゼロ金利政策は、99年始めに、日本経済が金融システム面での不安感との相互作用によってデフレ・スパイラルの瀬戸際まで行った際に採った「緊急避難措置」であり、それ自体は、経済の改善に伴って解除すると考えるのが自然ではないか、との発言があった。
これについては、ひとりの委員が反論し、(1)そのような局面で採った強力な緩和政策が、実は最近まで経済にとって必要な政策とされていた以上、そこから戻る際にも入念な点検が必要となる、(2)これまで、ゼロ金利解除の基準は「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になること」と説明してきており、ここにきて「緊急避難措置の解除」というニュアンスを強調しすぎると、ゼロ金利解除の基準がかえってわかりにくくなる、との意見を述べた。この指摘については、「緊急避難措置の解除」の考え方に理解を示すひとりの委員が、構造調整に取り組んでいる産業分野からみると、そのような説明をすれば、ゼロ金利政策の解除を受け入れてもらうための素地を作ることができる、との考えを述べた。
各委員は、市場に対して日本銀行の考え方をどのように伝えるか、という点についても、意見を述べた。
会合では、ゼロ金利政策を解除する際に、長期金利や円相場の急上昇といった無用のショックを起こさないためには、それができるだけ市場にとってのサプライズにはならないような状況を設定すること——いわゆる「地ならし作業」——が大切である、との認識が共有された。何人かの委員は、そうした認識を踏まえたうえで、現在の金融市場の状況をみると、(1)景気判断を進めてきている日本銀行の認識と市場の認識との間には幾分乖離がある、(2)そうした乖離を埋めるためには、本日の景気認識に関する議論を金融経済月報に集約的に反映させるなど、対外的に十分な説明を重ねていく必要がある、といった見解を述べた。
なおこの関連で、利上げを主張した委員は、「緊急避難措置」の解除という趣旨でゼロ金利政策を解除すれば、市場の期待インフレ率が大きく高まらずに済むので、長期金利の上昇をうまく抑制できる、との考え方を再度強調した。これに対しては、別の委員より、ゼロ金利政策の解除を、かりに「緊急避難措置の解除」と言ったとしても、その表現と「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になった」という判断との違いがわかりにくい以上は、市場が利上げ局面の第1歩と受け止めて長期金利が上昇してしまう可能性は排除できない、との趣旨の見解が示された。また、ほかの何人かの委員も、ゼロ金利解除の位置付けはともかく、景気や物価に関する市場の見方次第では、長期金利の上昇に弾みがつくことは十分にありうる、との意見であった。
こうした議論を踏まえて、議長が「ゼロ金利政策という異例の金融緩和政策と、実体経済動向との整合性を、あらためて点検すべき局面に入りつつあると思う。ただ、当面は、ゼロ金利政策を継続し、デフレ懸念払拭の条件である民間需要の自律回復力について、実体経済や金融市場の動向をもう少しチェックしていくのが適当である」との総括的な見解を述べた。また、市場とのコミュニケーションを図る観点から、本日の議論の概要を、記者会見で紹介したいとの意向が確認された。これに対して、複数の委員が、個別の意見に詳細に言及することは望ましくないとの留意事項を述べた。
こうした議論とは別に、ひとりの委員は、CPI上昇率に目標値を設けたうえで、マネタリーベース・ターゲティングに移行し、また、その実現のために日銀当座預金残高を増やすことを主張した。
その理由としてこの委員は、(1)景気動向指数の動きをみると、景気は循環的にかなり強いと判断されるが、構造調整圧力は一向に和らいでおらず、経済の先行きは予断を許さない、(2)企業の設備・雇用過剰感は依然高水準にあり、設備投資や個人消費の先行きには不確定な面が多い、(3)物価は、消費者物価指数が前年比でマイナスであり、GDPデフレーターは前年比マイナス幅が拡大気味である、(4)インフレの危険はなく、また市場には円の先高感があるので、もう一段の金融緩和を行って、景気をさらに刺激し、円高の進行を阻止すべきである、(5)金融政策の目標が物価の安定である以上、国民に具体的な目標を示し、その結果についての責任を明確にすべきである、(6)物価目標の背後にあるGDPや経済のパスを公表して、透明性の高い政策運営を行うべきである、といった点を列挙した。
V.政府からの出席者の発言
会合の中では、大蔵省と経済企画庁からの出席者より、以下のような趣旨の発言があった。
- 経済の現状認識については、各種の政策効果やアジア経済の回復などの影響に加え、企業の活動に積極性がみられるようになっており、自律的な回復に向けた動きが徐々に表れている。しかし、自律的回復の鍵を握る民需の動向は依然として弱い状況であり、現時点では財政面からの下支えの手を緩めることなく、公需から民需への円滑なバトンタッチを図り、民需中心の本格的な景気回復の実現に努めなければならないと考えている。
- 4月5日に発足した新内閣は、前内閣からの政策の継続性を念頭に置きつつ、当面する諸課題に的確に対応するということで、以上のような考え方を確認した。その一方で、平成12年度予算における公債依存度が38.4%となるなど、わが国財政が危機的な状況にあることを踏まえれば、経済が本格的な回復軌道に乗った段階において、財政構造改革に向けた対応も行う必要がある。ただ、現在は、経済が厳しい状況を脱していないことから、政府としては引き続き景気回復に万全を期すこととしている。このような政府の経済運営の基本的考え方は、今週末に予定されているG7において、各国に説明することになると考えられる。
- 日本銀行におかれても、政府による諸施策の実施とあわせて、経済の回復を確実なものとするため、金融為替市場の動向も注視しつつ、豊富で弾力的な資金供給を行うなど、引き続き適切かつ機動的に金融政策を運営していただきたい。
VI.採決
多くの委員の認識をあらためて総括すると、(1)景気は、持ち直しの動きが明確化している、(2)民間需要面では、設備投資が緩やかながら増加に転じるなど、一部に回復の動きがみられ始めている、(3)金融面では緩和感が浸透しているが、一部にゼロ金利政策の解除を織り込む動きがある、(4)もっとも、民間需要の自律回復力については、なお点検すべき点が残っている、(5)需要の弱さに由来する潜在的な物価低下圧力は、一頃に比べて後退しているが、引き続き留意する必要がある、といったものであった。
こうした認識を踏まえ、会合では、ゼロ金利政策を続けていくことが適当であるという意見が大勢を占めた。
ただし、ひとりの委員からは、金融市場調節方針を、ゼロ金利政策を採用した昨年2月12日以前の方針に戻すことが適当であるとの考えが示された。一方、別のひとりの委員からは、CPI上昇率およびマネタリーベースの伸び率に目標値を設定するという量的緩和に踏み切ることが適当であるとの考えが示された。
この結果、次の3つの議案が採決に付されることとなった。
篠塚委員からは、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、「無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.25%前後で推移するよう促す。なお、金融市場の安定を維持するうえで必要と判断されるような場合には、上記のコールレート誘導目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。」との議案が提出された。
採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。
中原委員からは、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、「中期的な物価安定目標として2001年10〜12月期平均のCPI(除く生鮮)の前年同期比が0.5〜2.0%となることを企図して、次回決定会合までの当座預金残高を平残ベースで7兆円程度にまで引き上げ、その後も継続的に増額していくことにより、2000年7〜9月期のマネタリーベース(平残)が前年同期比で10%程度に上昇するよう量的緩和(マネタリーベースの拡大)を図る。なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記マネタリーベースの目標等にかかわらず、それに対応して十分な資金供給を行う。」との議案が提出された。
採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。
議長からは、会合における多数意見をとりまとめるかたちで、以下の議案が提出された。
議案(議長案)
次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとし、別添のとおり公表すること。
記
豊富で弾力的な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す。
採決の結果
- 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、武富委員、三木委員、植田委員、田谷委員
- 反対:中原委員、篠塚委員
中原委員は、(1)経済の先行きには、様々なダウンサイドリスクがある一方、インフレのリスクは現状ほとんど存在しないため、受動的かつ現状維持的な政策スタンスを放棄し、より積極的なものに変更すべきである、(2)ゼロ金利政策は、そのもとで採り得る選択肢が継続か解除しかありえない非連続な政策であり、継続すればするほど、解除の際のマイナスインパクトが大きくなって、ハードランディングになる、(3)ゼロ金利政策の解除の目途が抽象的で不明確であるので、これを改め、1〜2年先の物価などの予測を数値で示して、アカウンタビリティを高めるべきである、(4)予測数値を示すことは、かりにゼロ金利政策が解除されたあとでも同様に当てはまる、といったことなどを挙げて、上記採決において反対した。
篠塚委員は、(1)わが国経済はデフレ・スパイラルの瀬戸際から脱出し、ゼロ金利政策の所期の目的は達成されたため、この緊急避難措置は終了すべきである、(2)景気の回復とともに、ゼロ金利政策の副作用が一段と顕著になっている、(3)ゼロ金利政策を解除しても、超金融緩和政策が続いていることに変わりはない、(4)企業の期待成長率や資金需要が高まったあとで、ゼロ金利政策を解除すると、市場は、緊急避難措置の解除とは受け止めず、インフレ・リスクへの対応を強化しているとみるので、市場が混乱することになりかねない、といったことを理由に挙げて、上記採決において反対した。
VII.金融経済月報「基本的見解」の検討
当月の金融経済月報に掲載する「基本的見解」が検討され、採決に付された。その際、ひとりの委員は、設備投資や物価に関する判断が前進している根拠をあらためて確認した。そのうえで、経済の先行きは予断を許さないとみているが、冒頭の「民間需要面でも、設備投資が緩やかながら回復に転じるなど、一部に回復の動きがみられ始めている」という表現は、個人消費がまだ回復していないことをあわせて意味している、との理解に立って賛成する、と発言した。
採決の結果、「基本的見解」が全員一致で決定され、それを掲載した金融経済月報を4月12日に公表することとされた。
以上
(別添)
平成12年 4月10日
日本銀行
当面の金融政策運営について
日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、当面の金融政策運営について、「ゼロ金利政策」を継続することにより、金融緩和効果の浸透に努めていくことを決定した(賛成多数)。
すなわち、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針は、以下のとおりである。
豊富で弾力的な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す。
以上