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金融政策決定会合議事要旨

(2000年 5月17日開催分)*

  • 本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、2000年6月28日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

2000年 7月 3日
日本銀行

(開催要領)

1.開催日時
2000年 5月17日(9:00〜12:13、13:01〜15:28)
2.場所
日本銀行本店
3.出席委員
  • 議長 速水 優(総裁)
  • 藤原作弥(副総裁)
  • 山口 泰(  副総裁  )
  • 武富 将(審議委員)
  • 三木利夫(  審議委員  )
  • 中原伸之(  審議委員  )
  • 篠塚英子(  審議委員  )
  • 植田和男(  審議委員  )
  • 田谷禎三(  審議委員  )
4.政府からの出席者
  • 大蔵省 原口恒和 大臣官房総務審議官(9:00〜15:28)
  • 経済企画庁 小池百合子 総括政務次官(9:00〜15:28)

(執行部からの報告者)

  • 理事松島正之
  • 理事増渕 稔
  • 理事永田俊一
  • 金融市場局長山下 泉
  • 調査統計局長村山昇作
  • 国際局長平野英治
  • 企画室審議役稲葉延雄
  • 企画室企画第1課長雨宮正佳
  • 調査統計局企画役吉田知生

(事務局)

  • 政策委員会室長横田 格
  • 政策委員会室審議役村山俊晴
  • 政策委員会室調査役飛田正太郎
  • 企画室調査役山岡浩巳
  • 企画室調査役清水誠一

I.前々回会合の議事要旨の承認

 前々回会合(4月10日)の議事要旨が全員一致で承認され、5月22日に公表することとされた。

II.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要

1.最近の金融市場調節の運営実績

 金融市場調節については、前回の会合(4月27日)で決定された金融市場調節方針1にしたがって運営した。この結果、オーバーナイト金利は、概ね0.02%で安定的に推移した。この間、ゴールデンウィーク明け以降は、都銀等の残り所要額の増加や、連休明け後の資金決済需要の高まりに配慮し、日銀当座預金残高を6兆円弱とするやや厚めの資金供給を実施した。なお、5月8日には、いわゆる「積み上幅」が9千億円と、昨年2月25日以来はじめて1兆円を下回った。もっとも、これにより市場地合いに変化が生じたということはなく、金融調節関連情報の新たな公表方法が市場関係者の間に定着していることが窺われた。

 ターム物金利は、ゼロ金利政策の早期解除観測が幾分後退していることを背景に、弱含みで推移している。

 この間、短期国債市場では、公社債投信や地域金融機関等からの資金流入から、このところ需給がタイト化している。政府短期証券発行に対する応札倍率が上昇している一方、日本銀行の短期国債現先オペでも、買入玉が集まりにくく、応札倍率、平均落札レートとも低下をみている。こうした状況を踏まえ、金融調節においては、短期国債買現先オペのウエイトをやや下げる一方、CP買現先オペや国債借入オペ(レポオペ)を活用することにより、適切な資金供給に努めていきたい。

  1. 「豊富で弾力的な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す。」

2.為替市場、海外金融経済情勢

(1)為替市場

 為替市場では、前回会合以降、総じてみれば、円安、ユーロ安、ドル高の動きが進行している。ドル高の基本的背景としては、(1)米国株価が底固く推移していること、(2)米国と日本・欧州との間の金利差が拡大していること、(3)欧州から米国への資本流出の動きが続いていること、などが挙げられる。ユーロについては、5月初まで下落傾向が続いていたが、ECBによるユーロ安に関する緊急声明発表(5月5日)、ユーロ評議会が「ユーロ安に対する懸念の共有」を表明したこと(8日)等から介入警戒感が高まり、足許は、やや持ち直している。

 この間、市場のセンチメントをリスク・リバーサルでみると、ドルの下値不安の後退が窺われる。また、ボラティリティをみると、ユーロ/ドルでは、市場が値荒い動きを見込んでいることがわかる。

(2)海外金融経済情勢

 昨日(5月16日)の米国FOMCでは、FFレートの誘導水準の50bp引き上げが決定され、また、先行きインフレ圧力が高まるとのリスク判断が示された。政策変更発表直後の米国市場の状況をみると、長期金利やスワップ金利はやや低下、株価は上昇、ドル相場は堅調に推移した。さらにラテンアメリカ諸国においても株価上昇、為替強含みの動きがみられ、全体としてポジティブな反応であった。なお、FF先物金利は、各限月にわたって小幅に上昇しており、先行きの追加利上げがほぼ織り込まれた状態になっている。

 ユーロエリアと米国間の資本フローをやや長い目でみると、(1)ユーロエリアから米国への中長期証券投資は、ユーロの対ドル相場の低下とほぼ並行して生じていること、(2)証券投資の中味はこのところ株式が中心になっていること、などの特徴点が窺われる。

 実体経済動向をみると、米国では、2000年第1四半期の実質GDP成長率が前期比年率+5.4%と引き続き高い成長を示した。生産水準や製造業稼働率はさらに上昇しており、景気減速の兆しはみられていない。雇用面では、失業率が約30年振りに4%割れとなったほか、雇用コスト指数や時間当たり賃金が一段と上昇するなど、潜在的なインフレ圧力の高まりが窺われている。なお、4月の消費者物価については、ほぼ市場予想通りの落ち着いたものであった。

 この間、ユーロエリア、東アジア諸国においては、実体経済面に大きな変化はみられていない。

3.国内金融経済情勢

(1)実体経済

 最終需要をみると、外生需要の面では、純輸出が、堅調な海外景気を背景に増加傾向を辿っているほか、公共投資も補正予算の執行に伴い増加しつつあるとみられる。一方、国内民間需要の面では、住宅投資は基調として緩やかに減少しており、個人消費も、なお回復感の乏しい状態が続いている。しかし、設備投資は、緩やかに増加しているとみられる。

 以上のように、わが国の景気は、持ち直しの動きが明確化しているが、企業部門と家計部門とではやや異なる動きとなっている。

 まず、企業部門では、輸出、生産がこれまでの見方よりも幾分強めに推移している。また、設備投資についても、機械受注の動きなどからみて、回復傾向に変化はない。ミクロ情報でも、電子部品関連分野で投資前倒しや上方修正の動きが出ている模様である。一方、個人消費については、3月の消費水準指数等が地方公務員の賞与減額の影響もあって弱い結果となった。家計の所得環境については、一部判明している大企業の夏季賞与妥結状況をみると、規制緩和が進む通信業等で、収益力の強化を狙ってここにきて大幅な引き下げを図る動きもあり、幾分厳しめとなっている。

 物価面をみると、国内卸売物価は、幾分強含んでいる。消費者物価は、基調として幾分弱含みの状況が続いている。企業向けサービス価格は小幅の下落を続けている。

 先行きについては、外生需要はこれまでと同様、純輸出が引き続き増加傾向で推移すると見込まれるほか、公共投資も、補正予算の工事進捗によって夏場まで緩やかな増加を続けるとみられる。国内民間需要に関しては、設備投資は、当面緩やかな増加が続くと考えられる。生産は、ミクロ情報によると、4〜6月、さらには7〜9月にかけても、増加を予想する企業が多い。他方、個人消費は、当面の賃金の動向が鍵を握ると考えられる。生産および企業収益が増勢を維持する可能性が高い状況下、所定内・所定外賃金が緩やかながらも増加し、夏季賞与についても、電機をはじめとする業績好調先や、これまで賞与未払いであった一部中小企業等で、ある程度増加することが期待される。一方、上述のような通信業等の例もあり、賞与の全体像は、現時点で判明している情報からはまだ判断しにくい。

 物価は、全体としてみれば、当面は横這いの範囲で推移するものと予想される。国内卸売物価は、当面、電気機械等が技術革新を反映して下落を続けるものの、国内需給バランスの緩やかな改善に加え、これまでの原油価格上昇の転嫁が続くことから、横這い圏内の展開を辿る可能性が高い。一方、消費者物価は、国内の需給バランスが緩やかに改善する可能性が高いほか、いずれ円高の影響も弱まっていくため、今後、これまでの弱含み傾向が徐々に薄れ、横這い圏内の推移になっていくとみられる。

(2)金融情勢

 短期金融市場では、オーバーナイト金利は引き続きゼロ%近傍で推移している。ターム物金利やユーロ円金利先物レートは、やや軟化しており、ゼロ金利政策の早期解除予想が幾分後退していることが読み取れる。ただ、年内ないし来年初めにかけてゼロ金利政策の解除が織り込まれている点はこれまでと変わりなく、具体的な予想解除時期が内外の株価の動向などにより変動している状況と考えられる。

 長期国債流通利回りは、狭いレンジでの展開となり、足許では1.7%前後で推移している。

 株価は、米国株価の急落を受けて、一時大幅に下落したが、その後は、銘柄変更の影響が大きい日経平均株価以外の指標をみれば、海外の株式市場と比較しても、相対的に底固く推移しているように窺われる。

 国債と社債の流通利回りスプレッドは引き続き縮小傾向を辿っている。また、このところ企業倒産が増加している中にあっても、社債発行市場の機能低下はみられていない。

 金融の量的側面をみると、民間銀行貸出は、基調としては弱めの動きが続いているものとみられるが、大手行を中心に貸出を増加させようとする姿勢を強めている。しかし、資金需要面では、収益回復に伴うキャッシュ・フローの増加などを背景に企業の外部資金調達ニーズは乏しく、実体経済活動の改善が資金需要に結びつきにくい状況が続いている。

III.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要

(1)景気の現状

 景気の現状については、「持ち直しの動きが明確化している。民間需要面でも、設備投資の緩やかな増加が続くなど、一部に回復の動きがみられる」との判断が委員の間で共有された。多くの委員は、(1)輸出が予想以上に堅調である、(2)設備投資は緩やかな増加傾向が続いている、(3)生産が高い伸びを示している、(4)企業の収益回復を受けて、雇用・所得環境の悪化に歯止めがかかりつつある、との認識を示した。

 需要項目別には、以下のような議論があった。

 まず、何人かの委員が、輸出はアジア向けの情報関連財を中心に、予想以上に増加傾向を辿っていると述べた。

 また、多くの委員が設備投資は引き続き緩やかに増加しているとの認識を明らかにした。その根拠として、(1)先行指標について、機械受注が昨年後半以降3四半期連続で前期を上回っているほか、非居住用建築着工が前年を上回る傾向が定着してきたこと、(2)一致指標とみられる資本財の出荷が好調を続けていること、(3)ミクロ情報でも、電子部品関連分野において投資の上方修正の動きがみられること、などが指摘された。ただ、ひとりの委員は、(1)機械受注を業種別にみると、情報関連業種を除けば伸びていない、(2)リース統計におけるパソコン等の動きからみて、中小企業の情報関連投資が芳しくないことが窺われる、といった点を挙げて、設備投資の広がりはなお確認できていないとの見解を示した。

 この間、ある委員は、設備投資を中心とする国内需要の増加を裏付ける材料として、鉄鋼の内需関連受注数量が昨年秋頃から前年比プラスとなっており、さらに本年入り後は、発注増業種が広がりをみせるとともに、水準も前々年を上回るレベルに達していることを紹介した。

 何人かの委員は、このような設備投資動向を支えるファクターとして、企業収益が一層改善の方向にあることを指摘した。このうちのひとりの委員は、かねて企業収益はまだ脆弱であると懸念していたが、設備投資の増加に起因する内需回復に加え、最近の国際商品市況の回復傾向や足許の円安の動き等から、そうした懸念は徐々に後退しているとの考えを示した。

 個人消費については、多くの委員が、一進一退の状態にあるとの判断を示した。このうち、ひとりの委員は、実質消費支出、消費水準指数などの個人消費関連指標がこのところ弱めとなっていると指摘した。さらにほかのひとりの委員は、(1)ゴールデンウィーク後半の消費はさほどふるわなかった模様であること、(2)業種別の分析を試みると、好調業種に勤務する世帯は消費性向が相対的に低く、生産増加等の動きが消費改善に繋がりにくいことなどを付け加えた。これに対し、別のひとりの委員は、消費関連統計は、サンプルによる振れが生じやすい面があるので、業種別の消費動向を月次や四半期で分析する場合には慎重にすべきである、と強調した。

 そこで、会合では、個人消費の基盤となる雇用・所得環境について、様々な議論が交わされた。まず、雇用面について、ひとりの委員は、失業率がピーク水準で推移しているほか、引き続き就業者数の減少傾向が窺われるといった懸念材料を挙げた。また、別の委員は、公的需要の剥落等から失業率が5%に乗り高止まりする可能性があり、こうした中で高齢者の失業率が上がる一方、若年層の失業率が下がるといった二極化の動きが強まってくるとの見方を示した。これに対し、複数の委員は、失業率は景気の遅行指標であり、また、労働市場の流動化といった構造変化を反映している可能性が高く、失業率の高さそのものを過大に懸念するべきではないとの見解を示した。また、これらの委員は、有効求人倍率、新規求人、雇用者数などの指標を併せてみれば、雇用環境は厳しいながらも下げ止まりとみるのが妥当であると述べた。

 次に、賃金面について、何人かの委員が、公務員賞与の引き下げとも関連して特別給与は減少したものの、所定内賃金が前年比僅かながら増加に転じているとともに、所定外賃金の増加傾向が定着しつつあることに言及した。そのうちのひとりの委員は、本年春のベアが既往最低水準ながらもマイナスを回避した点を指摘した。これらの委員を含め多くの委員は、足許、賃金の悪化に歯止めがかかりつつあるとの認識を共有した。ひとりの委員は、これらの議論を総括し、企業部門の好調さが家計部門にも一部波及しつつある段階であるとコメントした。

 この間、別の委員は、景気動向指数による分析から、本年1月頃から、景気の回復力は過去の景気回復局面を上回っていると発言した。

 物価については、4月の国内卸売物価が前年比+0.5%となったことに関して、ひとりの委員は、電気機器をはじめとする機械類が技術進歩から下落している一方、その他は総じて上昇していると述べた。別のある委員は、原油価格の上昇の影響といった外生的要因だけでなく、国内需給バランスの改善が、最近の国内卸売物価の下支え要因になっているのではないかとコメントした。一方、消費者物価については、複数の委員が、これまでの為替円高の影響から輸入品・同競合品の値下がりが続いていることが最近の指数の弱含み傾向の背景にあるとの見方を示した。

 ひとりの委員は、以上の物価を巡る状況を整理して、原油等の商品市況上昇による物価下支え効果と、技術進歩や流通革命を背景とする物価下落圧力が綱引き状態にあると述べたうえで、それらの要因が指数に現れるラグの長さやその影響の度合いの違い等によって、各々の指数が異なる動きを示しているとコメントした。エネルギー価格に関連し、別のひとりの委員は、本年第1四半期の世界の石油消費が若干減少しているにもかかわらず、最近原油価格が反騰しているほか、米国では天然ガス市況も高騰しており、これらのエネルギー価格の上昇にも注目すべきだと発言した。

 ある委員は、地価の状況についても言及し、大手不動産販売会社の調査によると、首都圏の住宅地価が、本年入り後上昇の兆しもみせており、今後の動向を注視していきたいと述べた。

(2)金融面の動き

 金融面では、わが国および米国の株価動向について多くの発言があった。

 まず、わが国の株価について、何人かの委員は、4月後半以降、米国株価の急落を受けて一時大幅に下落したが、その後は総じてみれば底固い動きを示しており、現時点では、経済にマイナスの影響を及ぼす可能性は小さいとの見方を示した。そのうちひとりの委員は、このところ、海外投資家が大量の日本株を売却しているとの見方が聞かれるが、日本の景気持ち直しの動きや企業収益の増加が期待されることから、長期にわたり海外投資家が日本株への投資を手控える可能性は低いのではないかとの立場をとった。もうひとりの委員も、株式市場において、日本経済に対する信認が大きく揺らいでいるとは思わないと付け加えた。

 これに対して、別のある委員は、チャート分析の観点から、最近の株価(日経平均)は、98年10月のバブル崩壊後最安値から本年4月の年初来高値までの上昇分の5割近くを失った水準にまで下げており、18ヶ月に亘った長期上昇傾向の終焉を意味するものではないかと述べた。

 なお、ひとりの委員は、日経平均株価の銘柄変更に伴い、株価を時系列で捉えるには東証株価指数(TOPIX)をみる方が適当である旨主張した。ただ、その委員は、東証株価指数は加重平均株価であり、日経平均株価のような単純平均株価との性格の違いにも留意すべきであると補足した。

 最近の米国株価の下落について、複数の委員は、健全な調整とみることができると述べた。ただ、そのうちひとりの委員は、漸進的な調整が望ましいものの、いずれかの時点で金利上昇の効果が急激に効き出し大幅な株価下落をみる可能性も否定できず、今後の展開を予想することは難しいと発言した。もうひとりの委員は、米国の債券市場参加者が先行きかなりの金融引き締めを予想しているのに対し、株式市場参加者の多くが利上げは緩やかに止まり、その結果株価に比較的強気の見通しを置いていることを紹介して、米国市場関係者の間でも今後の金利・株価の動きについて意見が分かれていると付け加えた。

 別の委員は、機関投資家の投資行動と投資マインドの間に乖離が生じつつあることや、NYSEとNASDAQの合計取引金額の対GDP比が96年には100%程度であったのが、足許300〜400%に達しているなど、株式市場における取引金額がこれまでにない水準に増加していることを指摘して、米国市場は依然として警戒すべき状態にあるとコメントした。

 そのほか、ひとりの委員は、米国株式市場のわが国に対する影響について言及した。この委員は、米国市場が動揺した際のわが国経済への波及経路として、(1)為替市場や日本の株式市場における調整が引き起こされる、(2)米国経済の減速を受け日本の輸出環境が悪化する、の2つに整理したうえで、現時点ではいずれの影響も生じていないとの見方を明らかにした。

 長期金利についても、複数の委員が言及した。ひとりの委員は、このところ長期金利が比較的安定して推移しているのは、ゼロ金利政策が一因となっており、本来であれば、景気指標等に応じて、もう少し敏感にレートが変動するのが自然ではないかとコメントした。他方、別のひとりの委員は、ゼロ金利政策が長期金利の低位安定に寄与しているとしてもごく僅かであり、現状でも、基本的には先行きの経済および物価に関する期待を反映してレートが形成されているとの見解を示した。

 この間、ひとりの委員は、企業倒産と関係付けて企業金融について発言した。この委員は、生産や収益全体が増勢を続ける中での倒産件数の増加は、構造調整の進展という意味での前向きの動きと捉えることができ、倒産増加が金融機関の融資態度を一段と慎重化させていることはないとの見方を示した。

(3)景気の先行き

 景気の先行きについては、本年後半以降の経済情勢の見方について多くの議論が行われた。

 ひとりの委員は、(1)設備投資の先行指標である機械受注が堅調であること、(2)雇用・所得環境が着実に改善し続けていること、(3)生産の増加傾向が続く可能性が強いことなどから、すでに「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」に至っているとの判断を示した。

 これに対し、多くの委員は、そうした判断を最終的に下すには、なお確認すべき事項が残っているとの認識であった。各委員から、具体的に、(1)設備投資の持続性や広がりがみられるか、(2)雇用・所得環境について、下げ止まりから改善の方向感がつかめるか、(3)米国経済が減速した場合、輸出がどのような影響を受けるか、(4)先行き財政支出が減少した場合に、設備投資と個人消費といった民間需要がこれを十分吸収することができるか、などのポイントが指摘された。

 もっとも、大方の委員は、実体経済の内生的要因によるダウンサイド・リスクはかなり後退し、ある程度のプラス成長路線に向かって着実に歩み始めているとした。このため、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」に近づきつつあるという流れは、しっかりと維持されているとの考えであった。

 また、ひとりの委員は、97年後半以降の局面と比較して、景気改善の流れが逆戻りするリスクの度合いは相当減じているとの見方を示した。この委員は、その理由として、今回局面においては、(1)金融システム安定化の枠組みが整備されていること、(2)設備投資は、情報関連分野を中心に増加傾向を辿っており、こうした状況がもう暫く続くと見込まれること、(3)アジア経済が好調を続けていること、(4)財政面では、増税といった強いデフレショックが生じることは予想し難いこと、といった前回局面との相違点を挙げた。

 需要項目別には、まず、設備投資について、何人かの委員が、機械受注の4〜6月の業界見通しが前期比減少となったものの、(1)大企業を中心に企業収益が回復してきていること、(2)このところ受注見通しを実績値が上回る傾向となっていることなどから、先行指標は底固く、設備投資は緩やかに増加していくとの見方を示した。

 ただ、別の何人かの委員は、現在のところ設備投資は情報関連分野に集中しており、伝統的ビジネスや中堅・中小企業への投資の広がりはなお確認できないと指摘した。これに対し、もうひとりの委員は、企業収益、企業マインドの改善とを合わせて考えると、少なくとも設備投資の回復という方向性については、自信を持てる段階に入ってきたのではないかとの見方を示した。別のある委員は、機械受注の中味をみると、情報関連以外の機械類も底打ちから反転を窺う展開となっており、設備投資の裾野が広がる兆候があると付け加えた。

 個人消費に関しては、その基盤となる雇用・所得環境について、多くの議論があった。何人かの委員は、これまで入手できたミクロ情報等によると、ボーナスの増加はあまり期待できないのではないかとの見通しを述べた。これに対し別の何人かの委員は、企業が総人件費抑制をはじめとする構造調整を進めている中、それらの影響が集約的に現れるボーナスには、もともと大きな伸びは期待できないとの認識を示した。これらの委員は、消費者マインドの基調に影響を与えるのは、給与の約8割を占める所定内給与や所定外給与であり、これらを含めて総合的に判断する必要があると付け加えた。このうちのひとりの委員は、このところ所定内・所定外給与の底固さが増していることを踏まえると、夏のボーナスが前年を大きく下回るといったことさえなければ、所得環境の底固さは維持されるとみておいてよいのではないかとの見解を示した。また、別のある委員は、雇用・所得環境の回復には時間を要するものの、先行きの悪化リスクは概ね解消されつつあると発言した。

 以上の議論を踏まえ、ひとりの委員は、消費性向は概ね70〜72%をキープしており、その意味で、身の丈に合わせた消費スタンスが維持されているといえ、雇用・所得環境の下げ止まり感が強まれば、個人消費は徐々に「一進一退」から「一進一停」の内容になってくるものと思われると述べた。その委員は、こういう段階になれば、雇用・所得がなかなか伸びない中での個人消費の動きを考えると、少なくとも「消費は平時に復した」といえるのではないかとの見解を述べた。

 なお、ある委員は、(1)素材産業を中心に在庫調整圧力が顕現化する恐れがある、(2)このところの建築着工や住宅着工の増加の動きは、首都圏の大規模再開発や大規模小売店舗立地法施行前の駆け込み、さらに住宅ローン減税といった一時的要因に依存しているにすぎない、(3)ユーロ安が進行している状況下、欧州勢が機械類の対日輸出に注力しており、国内機械産業の受注が減少する恐れがある、といった点を指摘し、他の委員に比べて景気の先行きに慎重な見方を述べた。この委員は、CI(コンポジット・インデックス)の先行指数や長期先行指数の分析をもとに、早ければ秋にかけて景気に陰りが出てくる危険性があると続けた。

 物価の先行きについて、大方の委員は、国内需給バランスの改善を背景に、需要の弱さに由来する物価低下圧力は着実に弱まりつつあるとの認識を共有した。同時に、民間需要の自律的回復が確認されていないため、潜在的な物価低下圧力には引き続き留意する必要があるとの意見が多く出された。

 各物価指標について、ひとりの委員は、足許の国内卸売物価はやや高い伸びを示しているが、原油価格上昇の影響がこれ以上波及しない限り、先行き小幅のプラス幅で推移するとの見通しを示した。また、もうひとりの委員は、最近の消費者物価の弱含み傾向は、大企業、中小企業を問わず収益の改善傾向が続いている中での若干の下落であるため、需要の弱さとの相関が薄れつつあるとコメントした。

IV.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

 以上のような金融経済情勢を踏まえて、当面の金融政策運営の基本的な考え方が検討された。

 多くの委員の金融経済情勢に関する認識は、(1)景気は、持ち直しの動きが明確化している、(2)民間需要面でも、設備投資の緩やかな増加が続くなど、一部に回復の動きがみられる、(3)金融面では株価が一時不安定な動きをみせたが、総じてみれば底固い動きを示している、(4)もっとも、民間需要の自律回復力については、なお点検すべき点が残っている、(5)需要の弱さに由来する潜在的な物価低下圧力は、一頃に比べて後退しているが、引き続き留意する必要がある、といったものであった。

 以上の認識を踏まえ、多くの委員は、わが国経済は「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」に着実に近づきつつあるが、そうした情勢に至ったとまではいえない、との判断を共有した。

 この結果、当面の金融政策運営方針としては、現在のゼロ金利政策を継続することが適当であるとの見解が、大勢意見となった。

 こうした中で、ひとりの委員は、景気は「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」に至っているとの判断に基づき、金融市場調節方針をゼロ金利政策を導入する直前に戻し、コールレートの誘導目標水準を0.25%とすることが適当であると主張した。この委員は、その理由として、(1)景気は民間需要主導の自律的回復局面に入っており、わが国経済が再びデフレ・スパイラルの瀬戸際のような状態に戻るリスクは大幅に後退していること、(2)景気が持ち直す中でゼロ金利政策を長期にわたり継続すると、その効果が行き過ぎて、かえって経済活動の行き過ぎなどのリスクが蓄積されていく可能性が大きいことを指摘した。

 これに対し、多くの委員は、(1)個人消費の基盤である雇用・所得環境についてもう少し状況を見極めるべきである、(2)米国の利上げやそれを受けた米国市場の動きを引き続きウォッチする必要がある、といった今後の留意点を指摘した。そのうえで、先行き財政支出の減少を想定した場合に民間需要の回復の力強さについてまだ何がしかの不安が残るとの判断から、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」には至っていないとの認識を示した。このうち何人かの委員は、金融経済情勢に関する見方について、日本銀行と市場の間になおギャップが残っており、それを埋め合わせるプロセスが引き続き必要であると付け加えた。

 もっとも、これらのうちひとりの委員は、企業部門のポジティブなメカニズムが家計部門にも一部波及しつつあり、こうした流れが逆戻りするリスクは相当減じていると述べた。このため、この委員は、引き続き、ゼロ金利政策を解除する方向での「バイアス」を持って判断に臨みたいとの考えを示した。また、もうひとりの委員は、ゼロ金利政策解除の機は熟しつつあるとの考え方を強めているとの認識を述べた。

 こうした中、会合では、ゼロ金利政策解除の条件に関する考え方や、ゼロ金利政策を解除した場合の影響等について、様々な議論があった。

 最初に、ある委員より、ゼロ金利政策解除の条件に関連して、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」という条件が想定している経済状況についてあらためて確認したいとの問題提起があった。この委員は、企業部門の改善の家計部門への波及が明確になる前でも、好調な輸出や設備投資の回復を背景に生産の高い伸びが持続すると見込まれるのであれば、マクロ経済のメカニズムとして、いずれは家計部門にベネフィットが及ぶと考えるのが自然であると述べた。このため、そうした段階でゼロ金利政策解除の条件が満たされるとみるべきなのではないか、と述べた。

 この点について、ひとりの委員は、今回の景気回復が、企業部門の回復が先行し、その後、雇用者所得の改善、消費の回復というパターンを辿ると想定することが可能であると述べた。他方で、家計部門のみに焦点を当てることにはリスクがあり、結局は、総需要全体の動きをみていくことが適当であると続けた。この委員は、雇用者所得が下げ止まったとしても、設備投資が予想外に伸びないということがあるかもしれないし、逆に、雇用者所得の回復が明確でなくとも、設備投資の持続的な回復が成長を牽引することが確認できれば、ゼロ金利政策を解除しうると説明した。ただ、この委員は、他の多くの委員が指摘するように、当面は夏場にかけての雇用者所得の動向およびその消費への影響に着目するのが適当であると付け加えた。

 次に、ゼロ金利政策を継続することに伴う将来のリスクについて、意見交換があった。ゼロ金利政策の解除を主張した委員は、(1)マーシャルのKの動きからみると、現在、日本銀行は過剰な流動性を供給し続けていると判断され、現時点ではインフレが起きる兆しがみえないからといって、将来のインフレ・リスクの顕現化に繋がらないという確信は持てないのではないか、(2)景気の本格的な回復を待ってからゼロ金利を解除すると、市場は急激な利上げを予想してかえって混乱する恐れがないか、といった問題を提起した。

 これに対し、ひとりの委員は、現在はデフレ・リスクが十分に小さくなったかどうかを検討すべき段階であって、まだ、インフレ・リスクを中心に置いた議論に転換するタイミングではないとの見解を明らかにした。この委員は、需要の強弱に起因する物価の上振れ・下振れリスクの比較考量を軸として政策を運営するという原則を述べたうえで、例えばプラス成長についての持続性が見込めるのであれば、金利をゼロからプラスに戻すべき論拠となろうとコメントした。また、別のある委員は、ゼロ金利政策の解除は、インフレになるまで待つということではなく、デフレに陥るリスクが十分小さくなるということに着目すべきとの考えを付け加えた。

 さらに、この委員を含めた複数の委員は、金融の量的指標は引き続き注視しなければならないが、ここ数年、マネー指標と物価ないし実体経済との相関関係が弱くなっており、マーシャルのKをみる場合でも今までの考え方をそのまま適用するのは難しいのではないかと発言した。

 別のある委員は、これらの議論を総括し、ゼロ金利政策の解除は、「インフレ・リスクが明らかになる」といった新たな基準を持ち込まずに、「デフレ懸念の払拭」というこれまでの方針に基づいて済々と判断すべきである、と述べた。また、昨年4月に「デフレ懸念の払拭の展望」という、あえてインフレ・サイドのリスクに言及しない基準を採用したのも、こうした対応を想定したものであるとの認識を示した。この委員は、経済が改善を続けるもとで、現在のような極端な金融緩和策を続けると、将来の大きな金利変動とか、経済活動の行き過ぎなどのリスクが蓄積される可能性が大きくなるとの理解を示し、適切な政策運営を行うためには、経済の情勢をチェックしながら、漸進的に進むことが必要であるとの見解を述べた。このため、この委員は、ゼロ金利政策の解除も、「経済の改善に応じて極端な金融緩和の度合いを調整する政策」と位置づけることができると付け加えた。

 また、ゼロ金利政策を解除した場合の影響についても、いくつか発言があった。ひとりの委員は、ゼロ金利政策の効果として、(1)将来の政策運営に対するコミットに伴う「時間軸効果」により、中短期ゾーンのターム・プレミアムがほとんど消滅していること、(2)豊富で弾力的な資金供給により、流動性プレミアムも消滅していること、といった点を認めたうえで、ゼロ金利政策を解除した場合には、反動として、これらのリスク・プレミアムが利上げ幅以上に市場金利を押し上げる懸念があるとの認識を明らかにした。また、この委員は、米国が94年2月にFFレートを実質ゼロ金利に誘導する政策を変更するまでの経過をみると、91年に実体経済が底入れし、それから2年遅れて銀行貸出が増加しはじめ、さらに93年10月にグリーンスパン議長が銀行のバランスシート調整の完了を示唆しており、こうした一連の流れがわが国でも参考になると述べた。

 一方、別のある委員は、ゼロ金利政策解除の影響について、(1)市場がゼロ金利政策解除を金融緩和スタンスの中での微調整と理解すれば、長期金利の上昇幅は限定的とみられる、(2)したがって、国債を保有する金融機関への影響も大きくない、(3)企業の支払利息は増加するものの、一部の業種を除けばダメージは小さい、(4)為替レートについては、日米金利差が拡大しているもとでは影響は軽微であろう、(5)個人消費については、利子所得の増加からプラスの効果がありうる、(6)設備投資に対する影響は限定的であろう、等の諸点を列挙した。

 以上のほか、市場とのコミュニケーションについても様々な議論があった。まず、ある委員は、民間では、構造調整やバランスシート調整問題が全て解決するまでゼロ金利政策が継続されるとの期待が根強く、日本銀行の意図と乖離しているのではないか、との見方を示した。これに対して、別の委員は、金利先物市場では年内の利上げが織り込まれており、市場も、構造改革が終了しない限りゼロ金利政策が続くとみているわけではない、との見解を述べた。この点、初めの意見を述べた委員は、金融市場関係者の認識は日本銀行と比較的近いとしても、産業界や財界には、日本銀行の考え方が十分理解されていない可能性があり、こうした先との対話にも心掛ける必要があると指摘した。これらの委員を含めた大方の委員は、構造問題に金融政策で対処することは適当でなく、あくまでマクロ経済の観点から政策を判断していくべきだとの見解を強調した。

 こうした議論の中で、多くの委員は、市場と日本銀行との間で、コミュニケーションを行う努力を続けていくことが必要であるとした。ある委員は、市場の認識を日本銀行サイドに引き寄せるのみならず、市場の見方の背後にある考え方をよく点検することも重要だと述べた。ただし、別の委員は、市場の期待形成は、国際会議や政治日程といった経済情勢以外の要素に影響され過ぎる面があるので、ゼロ金利政策解除の方向性なり考え方がある程度の幅で理解されていれば十分ではないかと発言した。

 以上の議論とは別に、ひとりの委員は、CPI上昇率に目標値を設けたうえで、マネタリーベース・ターゲティングに移行し、また、その実現のために日銀当座預金残高を増やすことを主張した。

 その理由としてこの委員は、(1)現在、景気は循環的に一番モメンタムの強い時点に来ていると判断されるが、構造調整圧力が強く、必ずしも需要増加を伴っていない、(2)本年度下期には財政の下支え効果が低下すると見込まれるので、財政の効果が残っているうちにそれにシンクロナイズさせて緩和策を打ち出すべきである、(3)米国金融市場に不安定な兆候がみえる、(4)ゼロ金利政策は解除するか継続するかの非連続的な政策であり、フレキシビリティーに欠ける、(5)日本銀行が物価の安定に責任を持つ以上、CPIの目標を明示的に示す必要がある、(6)物価目標の背後にあるGDP成長率や経済のパス等についても、フォワード・ルッキングでプリエンプティブな金融政策を行うためにそれらの見通しを公表することが有効である、といった点を列挙した。

V.政府からの出席者の発言

 会合の中では、経済企画庁からの出席者より、以下のような趣旨の発言があった。

  • 最近の経済動向については、各種の政策効果やアジア経済の回復などの影響に加え、企業部門を中心に自律的回復に向けた動きも徐々に現れており、景気は緩やかな改善が続いている。しかし、完全失業率がこれまでの最高水準で推移し、また企業の本格的なリストラが実施されつつあるなど雇用・所得環境はなお厳しい状況にある。こうしたことから、個人消費の改善傾向が定着するには至っておらず、企業部門を中心とした回復の動きがいまだ家計部門には波及していない。また、米国経済の先行きには不透明感もみられる。
  • 政府においては、今後、公需から民需へバトンタッチを円滑に行い、景気を本格的な回復軌道に乗せていくよう、経済運営に万全を期する方針である。
  • 日本銀行におかれては、経済の回復を確実なものとするため、金融為替市場の動向も注視しつつ、豊富で、かつ状況に応じて弾力的な資金供給を行うなど、引き続き適切かつ機動的に金融政策を運営していただきたい。

 大蔵省からの出席者からは、以下のような趣旨の発言があった。

  • 景気は緩やかな改善が続いているが、全体としてまだ需要の回復が弱く厳しい状況をなお脱していない。また、米国における株価の動向等を背景に、このところ株式市場においても不安定な動きがみられるところである。
  • 政府としては、これまで財政面からの下支えの手を緩めることなく景気を本格的な回復軌道に繋げていくために万全の体制を採ってきたが、引き続き、平成12年度予算の円滑かつ着実な執行を通じて、公需から民需への円滑なバトンタッチを図り、民需中心の本格的な景気回復を実現するよう全力を尽くして参りたい。
  • 平成12年度予算における公債依存度が38.4%となるなど、わが国の財政が危機的な状況にあることを踏まえると、経済が本格的な回復軌道に乗った段階においては、財政構造改革についても21世紀のわが国の経済、社会のあるべき姿を展望し、根本的な視点に立って必要な措置を講じていかなくてはならないと考えている。しかし、現状は、わが国経済が依然として厳しい状況を脱していないことから、政府としては、引き続き景気回復に万全を期したい。
  • 日本銀行におかれても、政府による諸施策の実施とあわせて、経済の回復を確実なものとするため、金融為替市場の動向も注視しつつ、豊富で弾力的な資金供給を行うなど、引き続き適切かつ機動的に金融政策を運営していただきたい。

VI.採決

 多くの委員の認識をあらためて総括すると、(1)景気は、持ち直しの動きが明確化している、(2)民間需要面でも、設備投資の緩やかな増加が続くなど、一部に回復の動きがみられる、(3)金融面では株価が一時不安定な動きをみせたが、総じてみれば底固い動きを示している、(4)もっとも、民間需要の自律回復力については、なお点検すべき点が残っている、(5)需要の弱さに由来する潜在的な物価低下圧力は、一頃に比べて後退しているが、引き続き留意する必要がある、といったものであった。

 こうした認識を踏まえ、会合では、ゼロ金利政策を続けていくことが適当であるという意見が大勢を占めた。

 ただし、ひとりの委員からは、金融市場調節方針を、ゼロ金利政策を採用した昨年2月12日以前の方針に戻すことが適当であるとの考えが示された。一方、別のひとりの委員からは、CPI上昇率およびマネタリーベースの伸び率に目標値を設定するという量的緩和に踏み切ることが適当であるとの考えが示された。

 この結果、次の3つの議案が採決に付されることとなった。

 篠塚委員からは、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、「無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.25%前後で推移するよう促す。なお、金融市場の安定を維持するうえで必要と判断されるような場合には、上記のコールレート誘導目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。」との議案が提出された。

 採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。

 中原委員からは、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、「中期的な物価安定目標として2002年10〜12月期平均のCPI(除く生鮮)の前年同期比が0.5〜2.0%となることを企図して、次回決定会合までの当座預金残高を平残ベースで7兆円程度にまで引上げ、その後も継続的に増額していくことにより、2001年1〜3月期のマネタリーベース(平残、注2)が前年同期比で15%程度に上昇するよう量的緩和(マネタリーベースの拡大)を図る。なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記マネタリーベースの目標等にかかわらず、それに対応して十分な資金供給を行う。」との議案が提出された。同委員は、本提案について、CPI、マネタリーベースの目標期間を前回までの提案に比べ先延ばししたほか、マネタリーベースの定義変更3に合わせ、新ベースでの必要マネタリーベースを計算し直した結果、目標とするマネタリーベースの伸び率を前年比10%から同15%ヘ変更したことを説明した。

 採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。

  1. 2「新ベース」
  2. 3「日本銀行は、2000年5月15日、マネタリーベースの定義を従来の「日本銀行券、貨幣流通高、準備預金の合計値」から、「日本銀行券、貨幣流通高、日銀当座預金の合計値」に変更する旨、公表した。

 議長からは、会合における多数意見をとりまとめるかたちで、以下の議案が提出された。

議案(議長案)

 次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとし、別添のとおり公表すること。

 豊富で弾力的な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す。

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、武富委員、三木委員、植田委員、田谷委員
  • 反対:中原委員、篠塚委員

篠塚委員は、(1)景気はすでに民需主導の自律的回復局面に入っており、経済が再びデフレ・スパイラルの瀬戸際に陥るリスクは大幅に後退している、(2)景気が持ち直す中でゼロ金利政策を長期にわたって継続すると、その効果が行き過ぎてかえってマイナス面の影響が強まると思われる、といったことを理由に挙げて、上記採決において反対した。

中原委員は、(1)本年度下半期からの景気屈折が予想され、また来年度以降は公的支出がかなりのマイナスになることが見込まれるので、現在のゼロ金利政策では不十分である、(2)ゼロ金利政策は、解除か継続かの2つの選択肢しかなく、また、何を基準に判断しているのか曖昧であり、余程うまく解除しない限りターム・プレミアムや流動性プレミアムが大幅に拡大し、金融引締め効果が強く出過ぎる恐れがある、(3)その場合は、オールドジャパンに属する企業に対するショックは予想以上に大きくなる、(4)したがって、量的レジームへ転換することが適当である、といったことなどを挙げて、上記採決において反対した。

VII.金融経済月報「基本的見解」の検討

 当月の金融経済月報に掲載する「基本的見解」が検討され、採決に付された。採決の結果、「基本的見解」が全員一致で決定され、それを掲載した金融経済月報を5月19日に公表することとされた。

以上


(別添)
平成12年 5月17日
日本銀行

当面の金融政策運営について

 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、当面の金融政策運営について、「ゼロ金利政策」を継続することにより、金融緩和効果の浸透に努めていくことを決定した(賛成多数)。

 すなわち、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針は、以下のとおりである。

 豊富で弾力的な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す。

以上