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金融政策決定会合議事要旨

(2000年 6月28日開催分)*

  • 本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、2000年8月11日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

2000年 8月16日
日本銀行

(開催要領)

1.開催日時
2000年6月28日(9:00〜12:56)
2.場所
日本銀行本店
3.出席委員
  • 議長 速水 優(総裁)
  • 藤原作弥(副総裁)
  • 山口 泰(  副総裁  )
  • 武富 将(審議委員)
  • 三木利夫(  審議委員  )
  • 中原伸之(  審議委員  )
  • 篠塚英子(  審議委員  )
  • 植田和男(  審議委員  )
  • 田谷禎三(  審議委員  )
4.政府からの出席者
  • 大蔵省 林 芳正 政務次官(9:00〜12:56)
  • 経済企画庁 河出英治 調整局長(9:00〜12:56)

(執行部からの報告者)

  • 理事松島正之
  • 理事増渕 稔
  • 理事永田俊一
  • 金融市場局長山下 泉
  • 調査統計局長村山昇作
  • 国際局長平野英治
  • 企画室審議役白川方明
  • 企画室企画第1課長雨宮正佳
  • 調査統計局企画役吉田知生

(事務局)

  • 政策委員会室長横田 格
  • 政策委員会室審議役村山俊晴
  • 政策委員会室調査役飛田正太郎
  • 企画室調査役山岡浩巳
  • 企画室調査役清水誠一

I.前々回会合の議事要旨の承認

 前々回会合(5月17日)の議事要旨が全員一致で承認され、7月3日に公表することとされた。

II.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要

1.最近の金融市場調節の運営実績

 金融市場調節については、前回会合(6月12日)で決定された金融市場調節方針1に沿って運営し、オーバーナイト金利は0.02%で安定して推移した。

  1. 「豊富で弾力的な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す。」

2.金融・為替市場動向

(1)国内金融資本市場

 短期金融市場では、ゼロ金利政策の早期解除予想が強まっていることを反映して、1〜3か月物など短めのターム物金利の上昇が目立っている。ちなみに、直近の手形売出オペの落札レートをみると、市場は、7月17日の金融政策決定会合におけるオーバナイト金利誘導水準の0.25%への引き上げをほぼ完全に織り込んだ形となっている。

 この間、長期債市場や株式市場は、神経質ながら方向感に乏しい展開となっている。

(2)為替市場

 円の対ドル相場は、前回会合以降、総じて緩やかな円高傾向を辿っている。これは、(1)米国経済の先行きの減速を示唆する経済指標の公表を受けた、日米景気格差の縮小予想、(2)ゼロ金利政策の早期解除予想の台頭、等を背景としている。

3.海外金融経済情勢

 海外景気の拡大傾向に大きな変化はない。まず、ユーロエリアでは、鉱工業生産が順調な増加基調を続けるなど、拡大傾向が続いている。また、NIEsやASEANなどのアジア諸国でも、輸出が好調を維持する中で、個人消費や設備投資も持ち直しの動きが続いている。

 この間米国では、家計支出は引き続き高水準にあるが、住宅投資や自動車など耐久消費財支出の一部ではスローダウンの兆しもみられている。ただ、サービス需要を中心に、全体として需要が強い状況に変わりはなく、労働需給の逼迫も続いている。これらの要因は、CPIコアの上昇圧力として働き続けている。

 米国金融市場では、5月の小売売上高など、最近公表された経済指標が市場予想比やや弱めであったことから、先行きの利上げ観測はやや後退した。この間、株価は落ち着いた展開となっている。このように、市場は全体として、先行きの景気のスローダウンを織り込む展開となっている。ただ、米国経済がソフト・ランディングできるかどうかは、なお見極め難い。

 米国の企業金融の動向をみると、最近では、社債発行市場において異なる格付け間の発行利回り格差が拡大している。社債の発行額も、引き続き高水準ながら、4、5月はやや減少している。銀行貸出は高い伸びが続いているが、アンケート調査などからみた銀行の貸出姿勢は、このところやや厳格化している。このように、企業金融の面では、これまでの連銀の引き締め措置の累積効果が、徐々に表れつつあるように窺われる。

4.国内金融経済情勢

(1)実体経済

 前回会合以降に公表された経済指標は限られており、前回会合で決定された景気判断を変えるに十分な材料は揃っていない。

 まず輸出入関連では、5月の実質輸出は前月比−6.6%の減少となった。ただ、これは1〜3月の大幅増加の後の一時的な反動である可能性が高く、輸出は基調的には引き続き増加傾向にあるとみられる。この間、5月の実質輸入は、情報関連財や中国からの衣料品輸入の増加を反映して、前月比+8.8%と増加した。

 設備投資関連では、中小企業金融公庫の設備投資調査(調査時点4月)が公表された。これによると、今年度の中小製造業の設備投資は前年比+1.6%と、この時期の調査としては1973年以来27年振りのプラスという、かなり強めの結果となった。過去の例からみて、今後この計数はさらに上方修正されていく可能性が高い。業種別には電気機械や化学、プラスチック、非鉄、精密機械等が好調であり、案件としてはIT関連向けの能力増強投資が目立つ。こうしたことからみて、大企業のIT関連投資などの波及効果が、最近では中小の製造業にも表れてきているように窺われる。

 個人消費関連指標は、回復感に乏しい展開が続いている。この間、家計所得の面では、日本経済新聞社による夏季賞与調査の中間集計が前年比+1.2%とプラスになった。これは、他の諸機関の調査に比べて業績好調の電気機械のウエイトが高いといった相違はあるが、日経連や連合などその他の夏季賞与調査でも、時間の経過とともに前年比マイナス幅が縮小する傾向が窺われる。

 5月の鉱工業生産は、前月比(季節調整済み)+0.2%の増加となった。6月の予測指数を勘案した4〜6月期の生産は、前期比(季節調整済み)+1.4%と、引き続き増加する見通しである。

(2)金融環境

 マネタリーベースは、これまで郵便局が郵便貯金の大量流出に備えて多額の銀行券を保有していたことから、4月には前年比10%を超える高い伸びとなっていたが、その後は、郵便局が5月にかけて銀行券保有を通常レベルにまで圧縮してきたことを反映して、5月、6月と平残ベースの伸び率は低下している。

 5月のマネーサプライ(M2+CD)前年比は+2.2%と、前月(+2.9%)に比べ伸び率が低下した。これは、(1)金融機関が経営健全化計画を意識して3月末にかけて貸出を積み上げた影響が剥落したことや、(2)郵便局の保有銀行券の減少、などを反映したものである。

 この間、投信の動向をみると、株式投信、公社債投信とも、かなりの増加を示している。このため数字上は、郵便貯金の流出は投信の増加にほぼ吸収された形となっており、マネーサプライにはさほど大きな影響を及ぼしていない。

 5月の倒産件数は、4月に引き続き、前月比小幅減少となった。こうした減少傾向が先行きも続くと楽観はできないが、少なくとも、倒産件数が大きく増える兆しは窺われていない。内訳をみると、中小建設業などのウエイトが高くなっており、こうした傾向は今後も続くことが予想される。

III.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要

(1)景気の現状と先行き

 会合では、前回会合(6月12日)以降に明らかになった経済指標等の評価を中心に、検討が行われた。

 何人かの委員が、設備投資や所得面などで、いくつかの前向きの材料がみられたことを指摘した。ただ、これらの委員も含め、大方の委員の見解は、前回会合での景気判断を大きく前進させる十分な材料が得られたとまではいえないという点で、概ね一致した。

 ひとりの委員は、前回会合時に、経済は「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」にほぼ到達しつつあるとの見方をとっていたが、この「ほぼ」という留保条件が取れるだけの材料が、今回会合までの短い間に得られたとまでは言えない、と述べた。この間、別のひとりの委員は、景気は回復軌道に乗ったとの見方を示しつつ、構造調整や企業リストラの動きが継続する中で、従来の回復局面に比べ、回復の実感には乏しい状況だ、とコメントした。

 まず、企業部門の動向に関して、議論が行われた。

 ひとりの委員は、企業収益に関する民間調査機関の見通しの特徴点として、(1)売上高の伸びは99年度が若干のマイナスであったのに対し、今年度、来年度はプラスとなっていること、(2)経常利益は、昨年度に引き続き、今年度、来年度と大幅増益となっていること、(3)3か月前時点の見通しと比べても、収益予想は一段と上方修正されていること、(4)増益となる企業の数も、昨年度に比べ、今年度は増えると予想されていること、を指摘した。

 次に、設備投資について、多くの委員が、中小企業金融公庫の調査による中小製造業の今年度の設備投資計画が、この時期の調査としては27年振りのプラスと、かなり強い数字となったことを指摘した。このうちひとりの委員は、今年度上期の伸び率は、前年比+14.4%という高い伸びが見込まれており、少なくとも上期における中小製造業の設備投資はかなり力強く増加する姿が展望される、との見方を示した。

 さらに、この調査についてある委員は、(1)調査対象18業種のうち、今年度は10業種で設備投資の増加が見込まれていること、(2)企業の投資姿勢も前向きとなっていること、なども指摘した。

 そのうえで、複数の委員は、こうした調査結果は、(1)大蔵省景気予測調査(6月7日公表)による中小製造業の設備投資計画が良好な結果となったことや、(2)通産省の設備投資計画調査(6月17日公表)で、大企業・中堅企業製造業の設備投資が明確な増加(+6.6%)を示したことなど、他の調査結果とも整合的である、と述べ、中小製造業の設備投資の増加傾向は、複数の統計からも裏付けられる、との見方を示した。

 こうしたことを踏まえ、これらの委員を含む何人かの委員は、IT関連投資の好調が関連中小企業に波及する形で、設備投資は徐々に裾野の広がりをみせてきており、企業部門の改善傾向は一段と明確になっている、といった見解を示した。ただ、このうちひとりの委員は、設備投資の動きは現状ではITのメーカー中心で、ITのユーザーへの広がりはなお限定的である、との見方を述べた。

 結局、多くの委員は、中小非製造業も含めた設備投資の裾野の広がりについては、6月短観(7月4日公表)をみて判断を固めたい、との意向であった。

 この間、何人かの委員は、ミクロ情報や業界統計などからみた企業部門の動向についてコメントした。

 ある委員は、企業の生産動向について、4月から5月初にかけては一時やや「踊り場」の感もあったが、5月の連休明け以降、アジア向け輸出の好調に加え、設備投資の増加や国内自動車販売の好調といった民需の動向も反映して、生産は再び上向いており、事前の計画に比べ、実績が上振れていく傾向もみられる、と指摘した。

 別のひとりの委員は、(1)5月の高速道路の交通量は、大型車を中心に10か月連続で前年比増加となっており、活発な荷動きが続いていること、(2)5月の広告件数が前年比二桁の増加を示しているなど、サービス部門も好調であること、などを紹介し、企業部門の前向きの動きは、1〜3月期に続いて4〜6月期も維持されている、と述べた。

 次に、家計部門の動向について、議論が行われた。

 まず、雇用・所得面では、何人かの委員が、雇用・所得環境の悪化は止まったとみられるが、企業のリストラや人件費削減の動きが維持されている中で、従来の景気回復局面に比べて、企業部門の回復が家計部門に及ぶまでに時間がかかっていることは否めない、との見解を示した。

 一方で、多くの委員は、日本経済新聞社による夏季賞与調査の中間集計が若干の前年比プラスとなったことに言及した。

 ひとりの委員は、かねてから、「夏季賞与にはあまり期待できない」とみていた通りの数字といえる、とコメントした。一方、別の複数の委員は、この時期の賞与調査はサンプル要因により幅が出やすいことに留意する必要があるが、少なくとも、今夏の賞与が昨年や一昨年のような大幅なマイナスとはならない見通しは立った、との明るい面を指摘した。これに対し、別のひとりの委員は、夏季賞与についての各種調査をみると、一人当たりの夏季賞与支給額は前年比−2%程度から若干のプラスとの結果になっているが、賞与支給対象者が減少しているので、支給総額はなお前年比マイナスとなる可能性がある、との見解を述べた。もっとも、その委員も、年末賞与については、(1)企業収益の増加、(2)生産の伸びなどに伴う求人倍率の改善にみられるような労働需給の改善、といったマクロ環境を併せて考えれば、支給総額が前年比でプラスに転じる可能性がかなり高くなってきたとの見通しを示した。

 こうしたことを踏まえ、ひとりの委員は、企業部門の改善が家計部門に波及していく道筋は、少しずつ確かになってきている、と述べた。別のひとりの委員も、労働分配率が既にかなり下がっていることもあり、企業収益の増益基調が維持されるのであれば、いずれ、こうした動きは家計所得にも反映されていく可能性が高い、と述べた。

 次に、個人消費の動向について、ひとりの委員は、ある民間調査機関による消費者態度指数などからみた消費者のマインドは、消費税率引き上げ前の96年末前後のレベルまで戻っており、また実質消費支出も同時期の水準に概ね近づいている、との前向きの材料を指摘した。

 別のひとりの委員は、(1)財政赤字が拡大する中で、いずれ増税が行われるとの不安、(2)将来の社会保障制度への不安、(3)地価の下落傾向が止まっていないこと等、資産効果に根ざす不安が、消費マインドに影響を及ぼしている可能性を指摘した。同時に、足許の消費性向はまずまずの水準を維持しており、「身の丈」に合った消費行動は維持されている、との見方を述べた。

 次に、こうした民需の動きを踏まえた景気の先行きについて、何人かの委員が言及した。

 ある委員は、民間調査機関の経済見通しが、(1)約3か月前に比べて軒並み上方修正され、今年度については+1%以下〜+2%以上(平均+1.7%程度)、来年度については+1%程度〜+3%以上(平均+1.8%程度)の予測となっていること、(2)いずれの年度についても、殆どの機関は大型補正予算を想定しておらず、公共投資はマイナス寄与が予測されていること、を紹介した。

 さらに別のひとりの委員も、各種の設備投資調査などが示すような設備投資の伸びに加えて、個人消費もプラスとなるならば、今年度は+2%前後の成長を展望できる計算となる、と述べた。その上で、こうした成長の実現可能性について、7月初に公表される6月短観や夏季賞与の動向をみて確認していきたい、と述べた。

 この間、景気の先行きについて他の委員よりも慎重な見方をとるひとりの委員は、(1)景気動向指数をみると、CI(コンポジット・インデックス)先行指数が本年1月以降は落ちてきているほか、経験的に景気に先行するとみられる一致・遅行比率(一致指数を遅行指数で除したもの)も、昨年12月をピークに低下傾向にある、(2)設備投資主導型の大型景気(岩戸景気、いざなぎ景気、バブル期)を除いた71年12月から85年6月までの景気拡大局面の期間を平均すると25か月にしかならない、(3)名目GDPや鉱工業生産の水準は依然低く、特に名目GDPはこのところ前年同期を下回る水準で推移している、(4)公共関連財出荷は90年頃の水準から10%以上低下しており、公共事業の効果が落ちている、(5)企業の十分なリストラが進んでいない、と述べた。

 さらにこの委員は、原油価格について、(1)ノルウェー沖の油田でストライキが発生しており、こうした事件は今後の原油価格が変動し易いことを示唆している、(2)米国のガソリン価格が急騰している、(3)今般決定されたOPECの増産の効果が末端に到達するまでには2か月はかかり、この間に夏の需要期は終ってしまう、(4)イラクの原油生産中止の可能性がある、と述べ、そのうえで、本年の暮れから来年初にかけて、原油の需給は逼迫する懸念がある、との見解を示した。

 次に、物価の動向について、議論が行われた。

 ある委員は、卸売物価がやや強含んでいる一方で、消費者物価やGDPデフレーターが前年比若干のマイナスとなっていることをどう考えるべきか、との問題を提起した。

 この委員は、企業部門の回復が家計部門の回復に先行している状況のもとで、企業の活動を反映しやすい卸売物価が強含む一方で、(1)個人消費の相対的な弱さ(需要要因)や、(2)稼働率の上昇に伴う単位当たり生産コストの低下(供給要因)を背景に、消費者物価やGDPデフレーターがやや弱めの動きを示すことは、景気回復の初期において、特に不思議なことではない、との見解を示した。さらにこの委員は、景気の回復が一段と進んでいけば、様々なところで需給の逼迫傾向が進み、物価もいずれ下げ止まっていくと予想される、と述べた。加えて、96年度を例に、当時の成長率は+4.4%とかなり高くなっていた一方、GDPデフレーターは一貫して下落していたことを指摘し、供給余力にゆとりを残したまま経済活動の水準が上昇していく段階において、景気の改善と物価の若干の軟化が共存した例は過去にもみられる、と指摘した。

 この間、別のある委員は、企業の視点から物価の動向を解説した。

 この委員は、企業からみて、(1)需要の弱さに起因する製品価格の下落リスクは、ほぼ払拭された、(2)一方で、競争激化の中で、企業が製品価格を積極的に上げていくことは難しい状況である、(3)この間、国際価格に比べて高い価格が付けられている製品については、国際的な「メガ・コンペティション」の中で、国際価格に鞘寄せされる動きが続いており、とりわけ消費者物価は、非効率な流通構造等の要因から、こうした圧力の影響を強く受けているほか、一部の企業間の紐付き取引の価格にもこうした圧力が働いている、との見方を述べた。

 そのうえでこの委員は、こうした圧力は、いわば、国際競争力をつけるために必要なコスト構造の調整であり、デフレ的な物価下落とは言えないし、また最近では、このような構造変化を前提にコスト構造自体を見直していく企業も目立ってきている、とコメントした。

 別の委員も、企業は、製品価格の安易な引き上げは難しいことを前提として経営戦略を立てていかざるを得ない、との考え方を示した。そのうえでこの委員は、既に多くの企業は、こうした意識のもとで、供給サイドの生産性向上などを通じて収益の増加を実現している、と述べた。

(2)金融面の動き

 何人かの委員は、短期金利の動向などからみて、金融市場は、そう遠くない時期のゼロ金利政策解除を織り込んできている、との見解を示した。

 こうした中で、長期金利が総じて低水準で安定的に推移していることについて、議論が行われた。

 まず、ひとりの委員が、長期金利の低位安定に関し、(1)短期金利が先行きのゼロ金利解除を織り込んで上昇していることとの整合性、(2)民間の経済見通しが軒並み上方修正され、今年度について2%成長を予測する先も出てきていることとの整合性、をどう考えるべきか、と述べた。さらにこの委員は、こうした点をチェックしていくことは、ゼロ金利政策解除の市場への影響を考える上でも重要である、と付け加えた。

 別のある委員は、短期的に債券の需給環境が良好であることに加え、日本経済の先行きについて、金融市場は、民間の調査機関などよりも慎重にみていることが、長期金利の低位の理由となっているのではないか、との見方を示した。

 この間、別のひとりの委員は、(1)市場がゼロ金利解除をほぼ織り込んでいること、(2)当面、資金需要の大きな盛り上がりは展望し難いこと、を併せて考えれば、ゼロ金利政策の解除によって長期金利が急騰する可能性は小さいのではないか、と述べた。

 なお、景気に対して慎重な見方を示すひとりの委員は、米国の株価について過去80年間の推移をみると、米国連銀が公定歩合を6%以上に引き上げると、その後しばらくして株価が急落する傾向がみられ、今後、7月中にも米国株価は大きく下落するリスクがある、との見方を述べた。また、日本の株式について、東証一部時価総額に占める銀行株のウエイトは足許約9%と83年以降の最低にまで低下し、銀行セクターが重石となっていると指摘し、他方、企業収益におけるリストラ効果はすでに市場に織り込まれているので、プラス方向のサプライズがあるとすれば、売上高の力強い伸びではないか、との見方を示した。

IV.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

 以上のような金融経済情勢を踏まえて、当面の金融政策運営の基本的な考え方が検討された。

 ひとりの委員は、(1)企業部門において、前向きの所得形成のメカニズムが働いている、(2)こうした動きは、雇用・所得環境の改善を通じて、民間需要の自律的回復につながっていくことが展望される、(3)この結果、経済が先行きデフレ・スパイラルに陥るリスクは十分小さくなった、との判断を示した。そのうえで、こうした経済情勢判断のもとで、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」というゼロ金利政策解除の条件もクリアされたと考えられるため、このタイミングでゼロ金利政策を解除し、オーバーナイト金利を、ゼロ金利政策導入以前の水準である0.25%前後に引き上げることが適当である、と述べた。

 これに対し、大方の委員も、前回会合時点で判断した通り、経済は「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」に着実に近づいている、との見解を示した。ただ同時に、前回会合以降に入手した経済指標は限られており、経済情勢についての判断を現時点でさらに進める材料が得られたわけではない、との見方を共有した。こうした見方を背景に、当面の金融政策運営方針としては、ゼロ金利政策の維持を決定することが適当であるとの見解が、大勢意見となった。

 この間、ゼロ金利政策解除の是非を巡って、さまざまな観点から議論が行われた。

 まず、ゼロ金利政策の性格、および、その解除の意味合いについて、多くの委員が発言した。

 ある委員は、(1)金融政策の役割については、短期金融市場の調節という狭い観点だけではなく需要管理等マクロ・マネージメントの面を十分考えるべきであり、(2)ゼロ金利政策の解除は、約10年振りに金融引締を行うに他ならない、として、ゼロ金利政策の解除に慎重なスタンスを示した。また、92〜94年の米国の「実質ゼロ金利政策」と日本の現状を比較し、日本では実質金利は依然プラスであり、また米国の場合、バランスシート調整圧力が終わったかどうか時間をかけて見極めたと述べ、当時の米国の金融政策が一つの参考となるとの見方を示した。

 一方、別のひとりの委員は、金利水準は、あくまで経済全体の姿の中で評価する必要がある、と述べた。そのうえでこの委員は、ゼロ金利政策の導入後、経済は明らかに改善してきているが、こうした改善の度合いに比べて、ゼロ金利政策解除に伴う金利の変化幅が相対的に小さいのであれば、きわめて景気刺激的な金融環境が維持されることになり、これを「引き締め」と捉えるのは妥当ではない、と述べた。

 また別の委員も、ゼロ金利政策の解除は、異常な金利体系を正常に戻すという「超金融緩和の中での微調整」と捉えるべきであり、「引き締め政策への転換」とみる必要はない、と述べた。一方でこの委員は、金融市場や企業は、金利が上がるという点にのみ注目し、これを引き締めと受け止める可能性はあるので、日本銀行としても、「超金融緩和の中での微調整」という趣旨について、内外に向け、十分に説得的な説明を行っていく必要がある、と述べた。

 次に、ゼロ金利政策の解除と財政政策等との関係について、何人かの委員が発言した。

 ゼロ金利政策の解除を「引き締め」とみる委員は、財政が中立になろうとしている時にこうした措置をとれば、経済に対して悪い影響が及ぶ、との懸念を述べた。

 他方、ゼロ金利政策の解除を「超金融緩和の中での微調整」とみるひとりの委員は、景気の改善に合わせて、金融緩和の程度が調整されるとともに、財政発動の規模も徐々に縮小していくことは自然な流れであり、仮にゼロ金利政策を解除しても、財政政策の方向性や、日本の内需拡大に対する米国等の強い期待とも整合的である、との見解を示した。同時にこの委員は、「財政が出動する中で金利を上げるのか」といった誤解をされるおそれはあり、また、日本経済の内需主導の回復に対する米国等諸外国の関心も強いことを踏まえれば、アカウンタビリティの観点から、ゼロ金利政策解除の位置付けや、その前提となる経済情勢の見方について、内外や市場に向けて説明し、理解を得ていく必要がある、と述べた。

 別のひとりの委員も、実体経済の改善の中で金融緩和の程度を微調整することは、政府の経済政策と矛盾するものではない、と述べた。さらにこの委員は、財政政策は予算制度の中で決められ、直接に需要を創出するのに対し、金融政策は財政の効果も踏まえて機動的に運営すべきものであり、そもそも性格を異にするものだ、と指摘した。そのうえでこの委員は、「財政との整合性」という言葉は、過去において、使われ方によっては金融政策の対応を遅れさせる方向に働いた例もあったように思われ、その意味はよく吟味されるべきである、と述べた。

 さらに、ゼロ金利政策の解除を検討する上での具体的なチェック・ポイントについて、何人かの委員が発言した。

 多くの委員は、設備投資と個人消費を合わせた民間需要の自律的回復力の強さが確認できるかどうかが鍵である、との見解を述べた。そのうえで、何人かの委員は、6月短観などで企業部門の回復力を確認するとともに、その他の経済指標も併せて、雇用・所得環境の下げ止まりが明確に確認できるかどうか、注視していきたい、との趣旨を述べた。

 さらに、何人かの委員は、(1)債券・株式・為替市場といった金融市場の状況や、(2)米国の実体経済や金融市場の動向とその日本経済への影響などを、重要なチェック・ポイントとして挙げた。

 この間、ひとりの委員は、(1)自分は一貫してゼロ金利政策の継続に反対票を投じてきたし、その理由として「ゼロ金利政策の副作用」といった点も指摘してきた、(2)ゼロ金利政策を評価するうえでは副作用も重要な視点のひとつであると引き続き考えている、(3)しかし、ゼロ金利政策を解除する理由について、内外の市場関係者などの理解をきちんと得ていくためは、やはり、経済金融情勢について、各種の指標などを丹念に分析し、「経済が改善し、デフレ懸念も払拭されてきた」という点を客観的に示していくことが最も重要である、と述べた。別のひとりの委員も、ゼロ金利政策の解除に当たっては、日本銀行がすでに示している「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」という基準に照らし、先行きの経済について、どのような見通しを描けるのかがポイントである、と述べ、大方の賛同を得た。

 この間、さらに別のひとりの委員は、ゼロ金利政策を解除できる情勢になったかどうかについて、次のような意見を述べた。

 すなわち、仮にかなり高い成長率が見込まれるようになったとしても、GDPギャップや、目指すインフレ率の水準と現実のインフレ率の差によっては、依然としてマイナスの金利、したがってゼロ金利がしばらくは望ましい場合があり得る、と述べた。さらに、この点について「テイラー・ルール」に基づいた最適政策金利を試算すると、前提の置き方によっては、現在、こうした最適政策金利がゼロ近辺に上昇してきている可能性があるが、結果は前提次第で大きく振れる、との見解を示した。そのうえで、「デフレ懸念払拭」のためには、こうした最適政策金利がもう少しはっきりとプラスになるまで待つという考え方もあり得ること、さらに、この試算結果は当然ながら一つの参考材料に過ぎないことを付け加えた。

 以上の議論とは別に、ひとりの委員は、CPI上昇率に目標値を設けたうえで、マネタリーベース・ターゲティングに移行し、また、その実現のために日銀当座預金残高を増やすことを主張した。

 その理由としてこの委員は、(1)景気は回復局面にあるとはいえ、大きなデフレギャップが残存しているうえ、インフレ懸念が生じているとかデフレギャップが消滅したという実証研究は全くないので、更なる金融緩和を行うべきであること、(2)潜在成長率+2%、目標インフレ率+1%、名目GDPのターゲット+3%を前提としたうえで、マッカラム・ルールのフレームワークに沿って計算すると、現時点でのマネタリーベースの伸び率(前年比)の目標値は約+15%と考えられること、(3)CPIやGDPデフレーターが前年比マイナスとなっていること、(4)秋口に財政が減少すると景気は失速する可能性が非常に高く、経済対策の効果が残っているうちに量的緩和に踏み切るべきであること、(5)CPIの目標値を明示し、その背後にあるGDP成長率なども公表することによって、フォワード・ルッキングかつプリエンプティブ(予防的)な政策運営となること、を挙げた。

V.政府からの出席者の発言

 会合の中では、大蔵省からの出席者より、以下のような趣旨の発言があった。

  • 景気は緩やかな改善が続いているが、雇用情勢は厳しく、個人消費も概ね横這いであるなど、景気は厳しい状況を脱していない。設備投資は持ち直しの動きが明確になっているが、その持続性や広がりについてはなお見極めが必要である。企業収益の大幅な改善についても、これが雇用・所得環境の改善や個人消費の増加につながっていくのか、まだ確信を持てる状況にはない。GDPデフレーターやCPIも前年比マイナスが続いている。さらに、米国経済には不透明感もみられるところであり、景気の動向については、なお見極めが必要な段階にあると考えられる。

     政府としては、これまで財政面からの下支えの手を緩めることなく、景気を本格的な回復軌道に繋げるための万全の体制を採ってきたが、今後とも平成12年度予算の円滑かつ着実な執行を通じて、民需中心の本格的な景気回復を実現するよう全力を尽くして参る所存である。
  • 財政が危機的な状況にあることを踏まえれば、経済が本格的な回復軌道に乗った段階において、財政構造改革について必要な措置を講じていかなければならないと考えている。しかしながら、景気の動向について、依然見極めが必要な段階にあることから、政府としては引き続き景気回復に万全を期すことにしている。わが国経済は、2四半期連続マイナス成長のあと、本年1〜3月期はプラス成長に転じはしたが、先行きについては、なお見極めが必要と考えている。時期尚早な政策変更により景気の腰折れを招き、よもやわが国の経済運営に対する内外の信用を失うことがないよう、政府としては、今後の財政運営のあり方については、本年4〜6月期のQEなどを見極めた上で、さらに判断することが適切と考えている。
  • 日本銀行におかれては、政府による諸施策の実施とあわせ、経済の回復を確実なものとするため、金融為替市場の動向も注視しつつ、豊富で弾力的な資金供給を行うなど、引き続き適切かつ機動的な金融政策を運営して頂きたい。

 経済企画庁からの出席者からは、以下のような趣旨の発言があった。

  • 各種の政策効果やアジア経済などの影響に加え、企業部門を中心に自律的回復に向けた動きも徐々に強まってきており、景気は緩やかな改善が続いている。しかしながら、企業は本格的なリストラを実施中であり、雇用状況は引き続き厳しく、またボーナスの妥結状況等を考慮すると、個人所得も当面低い伸びにとどまると見込まれる。今後雇用や所得がしっかりと改善すれば、消費の回復も期待できるが、目下のところは予断を許さない。また、設備投資の持ち直しの動きが明確になっているが、実体経済になおかなりの需給ギャップが存在していることもあり、回復の持続性と業種的な広がりについてはまだ明らかでないと考えている。
    今後の経済を取り巻く環境をみると、米国など世界経済の動向とその内外通貨や株式市場などへの影響、長期金利の上昇、円高、設備投資の持続性と波及性、企業リストラの加速、金融再編・不良債権処理の企業活動に対する影響、地方公共団体の社会資本整備費の削減など、さまざまな不確定要因がある。
    政府としては、1日も早く経済を潜在成長率に見合った持続可能な自律的回復軌道に乗せることが喫緊の課題と考えている。このため、21世紀に相応しい経済新生に向けた構造改革を早期かつ強力に推進するとともに、自律的な景気回復を確実、強固なものとすることに政策の重点を置いている。
  • 経済の回復を確実、強固なものとする観点からは、今後、民需を中心とした本格的な回復軌道に乗り得るかどうか、その広がりと持続性を見極める必要がある。日本銀行におかれては、金融為替市場の動向も注視しつつ、豊富でかつ状況に応じて弾力的な資金供給を行うなど、引き続き適切かつ機動的に金融政策を運営して頂きたい。

VI.採決

 以上のような議論を踏まえ、会合では、現在のゼロ金利政策を続けていくことが適当であるという意見が大勢を占めた。

 ただし、ひとりの委員からは、金融市場調節方針を、ゼロ金利政策を採用した昨年2月12日以前の方針に戻すことが適当であるとの考えが示された。一方、別の委員からは、CPIの上昇率に目標値を設定したうえで、本格的な量的ターゲティングに踏み切ることが適当であるとの考えが示された。

 この結果、次の3つの議案が採決に付されることとなった。

 篠塚委員からは、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、「無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.25%前後で推移するよう促す。」との議案が提出された。

 採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。

 中原委員からは、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、「中期的な物価安定目標として2002年10〜12月期平均のCPI(除く生鮮)の前年同期比が0.5〜2.0%となることを企図して、次回決定会合までの当座預金残高を平残ベースで7兆円程度にまで引上げ、その後も継続的に増額していくことにより、2001年1〜3月期のマネタリーベース(平残)が前年同期比で15%程度に上昇するよう量的緩和(マネタリーベースの拡大)を図る。なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記マネタリーベースの目標等にかかわらず、それに対応して十分な資金供給を行う。」との議案が提出された。

 採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。

 議長からは、会合における多数意見をとりまとめるかたちで、以下の議案が提出された。

議案(議長案)

 次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとし、別添のとおり公表すること。

 豊富で弾力的な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す。

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、武富委員、三木委員、植田委員、田谷委員
  • 反対:中原委員、篠塚委員

篠塚委員は、(1)日本経済は、民間需要主導の自律的回復局面に入っており、再びデフレ・スパイラルの瀬戸際に陥るリスクは大幅に後退していることから、ゼロ金利政策解除の条件である「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」に至っていると判断されること、(2)ゼロ金利を解除しても、超金融緩和の状況が続くことに変わりはないこと、を理由に、上記採決において反対した。

中原委員は、(1)ゼロ金利政策は抽象的な言い回しが多く、明確な数字や基準が欠けており、市場との対話を行い難い政策であること、(2)インフレ・リスクがない状態の中で、ゼロ金利政策の継続だけではマネタリーベースやマネーサプライが鈍化し、株価、為替等に悪影響を及ぼす可能性があるので、現在のパッシブ(受動的)なスタンスの政策をより積極的なものへ切り替えるべきであること、を理由に、上記採決において反対した。

VII.2000年7月〜12月における金融政策決定会合の日程の承認

 最後に、2000年7月〜12月における金融政策決定会合の日程が別添2のとおり承認され、即日対外公表することとされた。

以上


(別添1)
平成12年 6月28日
日本銀行

当面の金融政策運営について

 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、当面の金融政策運営について、「ゼロ金利政策」を継続することにより、金融緩和効果の浸透に努めていくことを決定した(賛成多数)。

 すなわち、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針は、以下のとおりである。

 豊富で弾力的な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す。

以上


(別添2)
平成12年 6月28日
日本銀行

金融政策決定会合等の日程(平成12年7月〜12月)

表 金融政策決定会合等の日程(平成12年7月〜12月)
  会合開催 (参考)金融経済月報公表 (議事要旨公表)
12年 7月  7月17日(月)  7月19日(水) ( 9月20日(水))
8月  8月11日(金)  8月15日(火) (10月18日(水))
9月  9月14日(木)  9月19日(火) (11月 2日(木))
10月 10月13日(金)
10月30日(月)
10月17日(火)
−−
(11月22日(水))
(12月 5日(火))
11月 11月17日(金)
11月30日(木)
11月21日(火)
−−
(12月20日(水))
未定
12月 12月15日(金) 12月19日(火) 未定

以上