金融政策決定会合議事要旨
(2000年 8月11日開催分)*
- 本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、2000年9月14日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。
2000年 9月20日
日本銀行
(開催要領)
- 1.開催日時
- 2000年8月11日(9:01〜12:15、12:53〜17:18)
- 2.場所
- 日本銀行本店
- 3.出席委員
-
- 議長 速水 優(総裁)
- 藤原作弥(副総裁)
- 山口 泰( 副総裁 )
- 武富 将(審議委員)
- 三木利夫( 審議委員 )
- 中原伸之( 審議委員 )
- 篠塚英子( 審議委員 )
- 植田和男( 審議委員 )
- 田谷禎三( 審議委員 )
- 4.政府からの出席者
-
- 大蔵省 村田吉隆 総括政務次官(9:01〜17:18)
- 経済企画庁 河出英治 調整局長(9:01〜17:18)
(執行部からの報告者)
- 理事松島正之
- 理事増渕 稔
- 理事永田俊一
- 金融市場局長山下 泉
- 調査統計局長村山昇作
- 国際局長平野英治
- 企画室審議役白川方明
- 企画室企画第1課長雨宮正佳
- 調査統計局企画役吉田知生
(事務局)
- 政策委員会室長横田 格
- 政策委員会室審議役村山俊晴
- 政策委員会室調査役飛田正太郎
- 企画室調査役山岡浩巳
- 企画室調査役清水誠一
I.前々回会合の議事要旨の承認
前々回会合(6月28日)の議事要旨が全員一致で承認され、8月16日に公表することとされた。
II.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要
1.最近の金融市場調節の運営実績
金融市場調節については、前回の会合(7月17日)で決定された金融市場調節方針1にしたがって運営した。この結果、オーバーナイト金利は、0.02〜0.03%で推移した。
- 「豊富で弾力的な資金供給を行い、無担保コールレート(オーバーナイト物)を、できるだけ低めに推移するよう促す。」
この間、金融機関の準備預金の動きをみると、8月入り後は、一旦、ゼロ金利政策の解除観測が後退したため、準備預金の積み進捗ペースが鈍化した。もっとも、足許では、ゼロ金利政策の解除予想が再び広まっていることから、金融機関の準備預金の積み前倒し姿勢がやや強まっている。
なお、7月中旬に、生保等が余資運用を普通預金からコール市場へシフトさせたことから、無担保コール市場残高が一時増加したが、足許では、そうした資金シフトが収束し、同市場残高は7月前半以前の水準に戻っている。
2.金融・為替市場動向
(1)国内金融資本市場
国内金融資本市場では、7月下旬にかけて、株価下落、長短金利の低下の動きとなったが、足許では、株価が小康状態となる中で、ゼロ金利政策解除の思惑が再び強まってきたことから、長短金利は上昇している。
各市場の動きをみると、まず、株価は、「そごう」の民事再生法適用申請をきっかけに下落した後、米国NASDAQの軟調や日債銀の譲渡延期等を材料に、海外投資家主導で売却の動きが広範化し、8月初には年初来安値を更新した。ただし、この間の株価下落においては、米国市場の影響を受けた情報関連株の下げの寄与が大きく、「そごう」破綻の直接の影響は限定的であると考えられる。足許においては、海外投資家の売りの動きが一服し、小康状態となっている。先行きについては、中間決算期を意識した持ち合い解消売りといった需給悪化懸念がある一方、企業収益の増益見通しに大きな変化はみられない。このため、市場では、当面、日経平均株価でみて16千円を挟んだ狭いレンジでのもみ合いが続くとの見方が多い。
長期金利は、株価の下落を背景としてゼロ金利政策の解除観測が後退したため、8月初にかけて幾分低下した。ただ、過去の株価下落局面と比較すると、長期金利の低下は小幅に止まった。その背景としては、(1)9月までにはゼロ金利政策の解除がありうるとの見方が根強いこと、(2)補正予算編成に伴う国債増発懸念が意識されていること等が指摘できる。その後、長期金利は足許にかけて再び1.7%台前半まで上昇している。
短期金融市場では、ゼロ金利政策の解除観測の後退・再燃によりターム物レートが大きく振れる展開となった。足許では8月初にかけての金利低下分を取り戻し、本日の決定会合での0.25%の利上げを概ね織り込む水準となっている。
この間、社債流通利回りの対国債スプレッドは、低格付け債で若干拡大する兆しがみられたが、これまでのスプレッド縮小の動きの修正の範囲内と考えられ、「そごう問題」の影響は限定的と評価できる。また、ジャパン・プレミアムは、ほぼ解消された状態が続いており、「そごう問題」の影響はみられない。
(2)為替市場
円の対ドル相場は、株価下落等を背景に円売りが進み、7月末には109円台後半まで下落した。その後は、ゼロ金利政策の解除観測の強まりから一時107円台まで円が買戻された。この間の市場センチメントをリスク・リバーサルでみると、わが国経済の改善の流れは変わらないとして、中期的には引き続き円高基調を予想していることが窺われる。
3.海外金融経済情勢
米国では、内需主導の力強い拡大が続いているが、住宅投資や耐久財消費などの家計支出には鈍化傾向がみられはじめ、景気減速との見方も台頭している。2000年第2四半期のGDP統計では、個人消費の伸びが大きく鈍化しているほか、9日発表のFRBのベージュ・ブックにおいても、個人消費の減速を報告する先が増加している。他方、供給サイドでは、生産性の上昇が続いており、このため、物価面では、落ち着いた状態が保たれている。
米国金融市場では、インフレ懸念が一段と後退し、国債、スワップ、社債のいずれの利回りも低下傾向を辿った。FF先物市場でも、次回FOMC(8月22日)での利上げ観測が後退している。米国株価は、NASDAQが一部ハイテク企業の業績下方修正を受けて下落したが、NYダウ平均株価は金利低下を好感して堅調に推移しており、総じて落ち着いた動きとなっている。
ユーロエリアの景気は、内外需とも幅広く拡大を続けており、生産も力強く増加している。物価面では、原油高やユーロ安の影響もあって、ジリ高傾向を辿っている。6月の消費者物価指数は、前年比+2.4%とECBが物価安定の定義としている範囲(前年比+2%未満)の上限を上回った。
NIEs、ASEAN諸国の経済は、米国、日本等へのIT関連財の輸出が増加していることや、既往の景気浮揚策の効果浸透などから、好調を持続している。この間、政情不安が続いていたインドネシアでは、経済改革に関するIMFとの合意に向けての前進等から、通貨安に歯止めが掛かりつつある。
4.国内金融経済情勢
(1)実体経済
最終需要をみると、外生需要面では、純輸出が増加傾向を辿っているほか、公共投資も補正予算の執行に伴い高水準で推移しているとみられる。一方、国内民間需要面では、設備投資が増加を続けている。個人消費については、一部指標にやや明るさが窺われるものの、全体としてはなお回復感に乏しい状態が続いている。住宅投資も横這い圏内で推移している。
こうしたもとで、生産は増加を続けており、企業収益や業況感も改善を続けている。家計の所得環境は、企業の人件費抑制スタンスに目立った変化がなく引き続き厳しい状況にあるが、企業活動回復の好影響が家計部門にも一部及びつつあり、夏季賞与の出足も前年水準を若干上回るなど、雇用者所得の減少傾向に歯止めが掛かっている。
物価の現状には、大きな変化はない。
以上のように、わが国の景気は、企業収益が改善する中で、設備投資の増加が続くなど、緩やかに回復している。
家計部門についてやや詳しくみると、このところ、消費水準指数、家電販売、旅行取扱額といった強めの指標が観察される一方、百貨店、チェーンストア販売額が減少を続けるなど低調な指標が残存しており、現時点では回復感に乏しいとの見方を変えるだけの材料は揃っていない。もっとも、消費財の供給数量をチェックしてみると、輸入品がかなり伸びているほか、国産品も緩やかな増加を示しており、消費の実態は販売統計から窺われるほどは弱くはないと考えられる。
夏季賞与については、毎勤統計における6月の特別給与は、前年水準を1.7%上回る出足となった。とくに、最も規模の小さい企業(5〜29人の事業所)が高い伸びを示しており、7月以降はこれらの企業の支給ウエイトが高まることを勘案すれば、6〜8月計でみた特別給与が前年比プラスとなる可能性が高いと考えられる。こうした特別給与の動きと、所定内・所定外給与が前年水準を上回って推移していることを総合すると、賃金は全体として下げ止まったと判断できる。
この間、製造業の在庫循環についてみると、情報関連の生産財は需要好調から前向きの在庫積み増し局面にある一方、情報関連以外の生産財では、多くの先で在庫抑制姿勢を堅持しており、在庫と出荷のバランスは崩れていない。
先行き、設備投資は、機械受注が4四半期連続で前期比増加となるなど、先行指標の動きからみて、増加が続くことが予想される。個人消費については、家計所得の改善が見込まれるほか、消費者マインドも雇用環境の改善を背景に比較的落ち着いた動きとなっていることから、今後、緩やかな増加に転じる可能性が高いと考えられる。
物価の先行きについては、国内需給バランスの改善傾向が今後も持続すると予想され、需要の弱さに由来する潜在的な物価低下圧力は大きく後退している。もっとも、物価に影響を及ぼすその他の要因に着目すると、これまでの原油価格上昇の影響が一時的に上昇方向に作用するとみられるものの、技術進歩や、流通合理化・規制緩和の影響が低下方向に働くものと考えられる。こうした事情のもとで、各種物価指数は、全体としてみれば横這いないし弱含みで推移すると予想される。
(2)金融環境
資金仲介活動をみると、民間銀行は、基本的に慎重な融資スタンスを維持しているが、大手行などでは貸出を増加させようとする姿勢を続けている。また、社債、CP市場などの資本市場も好環境を維持している。なお、「そごう」の民事再生法適用申請をきっかけとした起債の延期・見送りといった動きは今のところみられていない。
企業の資金需要面では、キャッシュ・フローの増加などを背景に、実体経済活動の改善が外部資金需要に結びつきにくい状況が続いている。また、企業の借入金圧縮スタンスも維持されており、これらの結果、民間の資金需要は引き続き低迷している。
こうしたことを背景に、民間銀行貸出の前年比マイナス幅は、ほぼ横這いで推移している。一部に半導体関連や素材関連での資金需要の増加を指摘する声が聞かれ始めているが、一方で企業の返済圧力が強いため、貸出残高の増加には至っていない。
7月のマネタリーベースの前年比は、銀行券の伸び率鈍化を主因に、前月に比べ伸び率が低下した。また、7月のマネーサプライの前年比は2.0%と、このところ横這い圏内の動きとなっている。
以上のような環境のもとで、企業からみた金融機関の貸出姿勢は厳しさが後退しているほか、企業の資金繰りも改善傾向が続いており、企業金融には緩和感が広がりつつある。
この間、企業倒産件数は、特別信用保証制度の効果が一巡したこともあり、このところ横這いから漸増傾向にある。内訳としては、建設業のウエイトが増加している。
III.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要
(1)景気の現状と先行き
景気の現状について、企業収益が改善する中で、設備投資の増加が続くなど、緩やかに回復しているとの判断が委員の間で共有された。同時に、先行きについても、設備投資を中心に緩やかな回復が続くとの見方が多く示された。この結果、わが国経済は、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」に至ったとの認識が大勢となった。
会合では、国内民間需要について多くの発言があった。
まず、企業部門について、多くの委員が、設備投資は増加を続けているとの認識を示した。先行きについても、(1)機械受注が6月にかなり高い伸びとなり、しかもほぼ全ての機種で前年比プラスとなった、(2)7〜9月期についても、前期比2桁増の機械受注が見込まれている、(3)建築着工床面積(非居住用)が前年比プラスを継続しているといった先行指標の動きから、堅調な伸びが続くとの見方が多く示された。このうち、ひとりの委員は、設備投資の回復に弾みがつくことが見込まれると発言した。
ただ、ある委員は、機械受注の高い伸びに関して、(1)電子計算機の受注増は、主として金融・保険業からの受注増が影響しており、IT関連業種も含めたその他の業種の寄与は小さい、(2)中小企業の設備投資動向を示すとされる代理店経由分の受注が先行き減少見通しとなっている、(3)機械受注の見通し達成率の四半期ごとの動きをみると、1〜3月期をピークに下落している、といった点を挙げて、設備投資の先行きに慎重な見方を示した。これに対し、別のひとりの委員は、ITメーカーのみならずITユーザー、回復感の乏しかった重厚長大型のTビジネス(トラディショナル・ビジネス)、さらには、やや遅行気味ではあるが中小企業に至るまで、設備投資回復の広がりが出始めているのではないかと述べた。
また、複数の委員は、企業の生産活動の回復がここに来て鮮明になっているうえ、企業収益も順調に伸びていることを指摘した。ひとりの委員は、外需から内需へのスイッチングが徐々に進みつつある形での生産回復の姿になりつつあると発言した。これらの委員は、今般公表された法人動向調査においても、企業の業況感が改善していることが確認できると述べた。ただ、ひとりの委員は、財務リストラが継続する中、価格回復感が乏しいこともあって、企業収益の回復を過度に期待するべきではないと付け加えた。
こうした議論を踏まえて、ある委員は、企業部門の回復度合いは、予想を上回る力強さを示していると総括した。
次に家計部門の動向については、前回会合において、情勢判断の最終的な詰めを要するとの意見があった雇用・所得環境について、多くの議論があった。
まず、雇用関連指標について、何人かの委員が雇用者数が前年に比べて若干減少していることを指摘した。ただ、これらの委員は、同時に、新規求人がこのところ大幅に増えていること、有効求人倍率が徐々に回復していること、失業率が大幅な悪化をみていないこと、といった点に着目すべきだと述べた。
賃金については、多くの委員が6月の特別給与支給額が前年比プラスとなったことに言及した。これらの委員は、その他のアンケート調査等も合わせてみれば、本年度の夏季賞与は、概ね前年並みか若干のプラスになろうと見通しを述べた。さらに、すでに1年近く前年を上回っている決まって支給される給与(所定内給与と所定外給与)に特別給与を合わせた所得全体では、緩やかな改善が始まったのではないかとの意見が相次いだ。
ひとりの委員は、こうした状況を踏まえ、雇用者数と賃金の積であるマクロ的な雇用者所得でみても、減少傾向に歯止めが掛かっているとの判断を示した。また、別の委員は、経済全体の改善の恩恵が、家計に少しずつ伝わり始めていると発言した。これらの議論を経て、会合では、雇用・所得環境は、下げ止まりから改善に向かいつつあるとの見方が大勢となった。
続いて、個人消費に関する議論があった。ある委員は、(1)7月の乗用車販売がやや低調であった、(2)今夏の猛暑による消費刺激効果も多くは期待できず限定的なものに止まる、といった点を挙げて、個人消費は一進一退の域を出ていないとの判断を示した。一方、複数の委員が、(1)4〜6月期の消費水準指数が前期比プラスとなった、(2)消費者コンフィデンスに関する指標は概ね改善を続けている、(3)消費性向も足許やや上昇している、ことなどを背景に、先行き、緩やかな増加が展望できるとの認識を述べた。別のひとりの委員も、雇用・所得環境の状況を踏まえれば、個人消費はごく緩やかに一進一退の状態から抜け出すのではないかと発言した。
ただ、これらの委員を含めた何人かの委員は、企業のリストラ圧力が継続する中、家計部門が明確に回復することには時間がかかるとの見方を述べた。このうちひとりの委員は、企業にとって、バランスシート調整、メガコンペティションの強まりの中で、キャッシュ・フローの改善は、まず借入金返済と内部留保の改善、次に設備投資、配当、そして最後に賃金に充当されるというのがビジネスのスタンスである以上、企業業績の回復が家計に波及するのは時間を要すると発言した。このため、企業部門に溜まった水が家計部門に流れ出すという状況は簡単には実現しない、と述べた。この委員は、(1)したがって、消費の構造変化や社会保障等に関する先行き不安といった構造要因をも勘案すると、個人消費は「一進一退」が「一進一停」の局面になれば当面の判断としてよしとせざるを得ない、(2)この点、消費者心理等の面から判断して、「身の丈に合わせた」消費スタンスは維持されており、すでに個人消費は「平時に復した」と評価すべきではないか、との認識を示した。また、別のもうひとりの委員も、構造調整やリストラといった課題をこなしながらの回復過程では、どうしても、「企業先行・家計遅行」の姿にならざるを得ないとして、景気の現局面においては、家計部門の改善テンポが鈍いことをとくに問題視する必要はないとの見解を示した。
ある委員は、以上のような国内民間需要の動きは、ミクロ面からも確認できると述べた。この委員は、幅広く産業段階の事例を挙げて、経済活動が広がりを持ちながら活発化しつつある実態を紹介した。
他方、別の委員は、今次景気回復局面では、景気動向指数のDIが100%に達したことは一度もなく、景気回復の波及度合いや量感が乏しいと述べた。
景気の先行きについて、多くの委員は、(1)様々な構造的な課題を抱えている中で、成長率が著しく高まることは期待し難い、(2)しかし、海外経済等の外部環境に大きな変化がなければ、設備投資を中心に緩やかな回復が続く可能性が高い、との見方を共有した。このうち複数の委員が、民間需要の自律回復への道筋が次第にはっきりとしていると述べた。このため、複数の委員が、増加を続けている輸出、比較的堅調な住宅投資なども合わせた需要全体の動きからみて、需給バランスの緩やかな改善が展望できる、との認識を述べた。
もっとも、ある委員は、本年秋以降、景気は下降局面に入る危険性があるとして、他の委員に比べて景気の先行きに慎重な見方を述べた。この委員は、その根拠として、(1)景気動向指数の一致・遅行比率の動きからみて、すでに景気はピークに近づいており、7〜9月期がピークとなる可能性がある、(2)秋以降、財政支出の減少が予想されており、これが循環的に景気が後退し始める時期と一致する可能性が強い、(3)米国やアジア経済の減速の可能性があり、外部環境についても楽観できない、(4)交易条件が悪化に転じており、企業収益の増益基調が崩れる恐れがある、といった諸点を挙げた。
これに対し、ひとりの委員が財政支出減少が景気に悪影響を及ぼすとの見方について反論を示した。この委員は、(1)当面予想される財政支出減少の規模は、97年と比べてはるかに小さい、(2)当時のアジア危機とか金融システム不安という環境も現在は変わっている、(3)GDPベースでみて、すでに昨年後半から財政支出の大幅な減少が始まっており、その中で景気回復が明確化していることに着目すべきである、と述べた。
物価動向については、多くの委員が、一部の物価指数は弱含んでいるが、緩やかな景気回復の持続が展望されるもとで、需要の弱さに由来する潜在的な物価低下圧力は大きく後退しているとの認識を示した。また、複数の委員が賃金が緩やかに改善していることも、物価下落のリスクを低下させていると述べた。
もっとも、複数の委員が消費者物価やGDPデフレーターがマイナスを続けていることに懸念を表明した。このうちひとりの委員は、卸売物価と消費者物価の動きを捉え、川下にいくほど物価低下圧力が高いことに着目すべきであると述べた。
これに対し、何人かの委員は、最近の消費者物価の動きには、これまでの円高の影響や技術革新、流通革命、あるいはこれらを梃子にした内外価格差縮小の動き等、需要の動きとは異なる要因が下落方向に作用していると指摘した。また、別の委員は、GDPデフレーターについて、90年代で最も高成長を記録した96年にデフレーターが大きく下がっていたなどの例を踏まえれば、基調的な物価動向を判断するうえでは指数の背後にある需給関係や収益・所得の動向をよく吟味する必要があると発言した。この委員は、現在、企業収益が大幅増益となり、雇用者所得もプラスとなっていることからみて、物価指数の下落だけを捉えてデフレと評価することは不適当であると続けた。
この間、原油価格について、ひとりの委員は、米国の石油精製の中心となっている中小石油精製会社における在庫水準が低下しているだけに、今後、高値波乱含みが予想され、依然として目が離せない状況にあるとコメントした。また、この委員は、地価の動きについても触れ、収益還元価格を下回るような低い地価がみられることに懸念を示した。
(2)金融面の動き
金融面では、「そごう問題」が市場心理に与える影響について、多くの議論があった。大方の委員は、市場への影響は限定的なものであるとの見方を共有した。
まず、株価動向について、多くの委員から、7月後半以降のやや不安定な動きは、米国NASDAQの下落を受けたハイテク株調整等が作用している面が強く、「そごう問題」の影響は限定的である、との見方が示された。このうち複数の委員は、業種別にみても、電気機器などハイテク関連株の下落の寄与が大きくなっていることを指摘した。また、別の委員は、銀行株が7月中旬以前の水準に戻していることからみても、97〜98年のような金融システム不安の高まりという状況には至っていないと述べた。
他の金融資本市場の動きをみても、社債市場における信用スプレッド拡大の動きは限定的であるほか、ジャパン・プレミアムも引き続きほぼ解消された状況が続いているといった認識が多く示された。さらに、ある委員は、海外投資家による株式売却の動きがみられるが、その売却資金は円債投資に向かっている模様であり、海外マネーの日本離れは生じていない、との見方を述べた。
また、ある委員は、(1)主要金融機関は、本年度の不良債権処理額の急増は避けられるとみている、(2)本年度の不良債権処理額は、地価等についてかなり厳しい前提を置いても、収益の範囲内に収まると考えられている、といった見方を紹介したうえで、「そごう問題」をきっかけに金融システム不安が再燃する可能性は大きくない、と発言した。
以上の各市場の動き等を踏まえ、これまでのところ、「そごう問題」を契機として、金融システムに対する懸念が広まったり、市場心理が大きく悪化するといった事態はみられていない、との認識が概ね共有された。
もっとも、ひとりの委員は、「そごう問題」による直接的な市場への影響は限定的であると他の委員同様の認識を示したうえで、(1)株式市場の大きな流れをみると、株価の調整は本年春先から始まっている、(2)したがって、株式市場が中長期的な動きとして日本経済の成長率や企業収益の動きをどのように反映していくのか、もう少し見極めたいとの見解を述べた。また、別のある委員は、これまで株価が上昇してきた背景には、(1)ゼロ金利政策、(2)外国人投資家による買い、(3)IT関連株の牽引といった要因があるが、これらの背景が崩れつつあり、売りが続きやすい状況になってきたと指摘した。
企業倒産についてもいくつか発言があった。ある委員は、倒産件数はじりじり増加しているが、消費者コンフィデンスが改善していることに着目すべきであり、倒産件数の増加自体をことさらに懸念する必要はないと述べた。また、もうひとりの委員は、今後も大型倒産の発生の可能性は否定できないが、それが大きなサプライズとなり、金融システム不安を急激に惹起するというような可能性は少ないのではないか、と指摘した。
IV.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要
以上のような金融経済情勢を踏まえて、当面の金融政策運営の基本的な考え方が検討された。
多くの委員の金融経済情勢に関する認識は、(1)景気の現状は、企業収益が改善する中で、設備投資の増加が続くなど、緩やかに回復している、(2)雇用・所得環境は、下げ止まりから改善に向かいつつある、(3)海外経済等の外部環境に大きな変化がなければ、今後も設備投資を中心に緩やかな回復が続く可能性が高い、(4)需要の弱さに由来する潜在的な物価低下圧力は大きく後退している、(5)金融資本市場では、金融システムに対する懸念が広まったり、市場心理が大きく悪化するといった事態はみられていない、といったものであった。
以上の認識を踏まえ、多くの委員は、わが国経済は「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」に至ったとの見解を共有した。
この結果、当面の金融政策運営方針としては、ゼロ金利政策を解除し、コールレートの誘導目標水準を0.25%前後とすることが適当である、との見解が大勢意見となった。また、多くの委員が、ゼロ金利政策解除に関する様々な論点や考え方を、国民や市場に対して分かりやすく説明し、広く理解を求めていくことが極めて重要である旨、強調した。
多くの委員は、(1)実体経済に関して、「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」に至ったと判断されること、(2)いわゆる「そごう問題」の市場心理などに与える影響について、概ね見極めがついたことから、前回会合において指摘された2つのポイントをクリアし、ゼロ金利政策を解除すべき状況になったとの認識を示した。これらの委員は、新たなコールレートの誘導水準は、ゼロ金利政策の導入前と同様「0.25%前後」とすることが適当であるとの考えを述べた。
ある委員は、ゼロ金利政策を解除した場合の市場への影響について、(1)株価は、一時的な下落圧力がかかる可能性は否定できないが、深刻なインパクトは考えにくい、(2)0.25%の利上げは、日米金利差への影響は微々たるもので、為替市場のトレンドを変えるには至らない、(3)長期金利についても、金融緩和スタンスが継続されるとの見方が維持されれば、影響は限定的、といった諸点を述べた。この委員は、さらに、取り巻く経済諸情勢を勘案すると、現時点はゼロ金利政策解除のタイミングと判断できる、との見方を示した。
ゼロ金利政策の解除は「金融緩和の程度の微調整」であり、金融面から景気回復を支援する状態は続くとの認識も多くの委員から示された。ある委員は、ゼロ金利政策の導入時と比べると、民間の経済成長率見通しは1〜2%程度高まっているほか、企業の利益率が明確に上方修正されていることを踏まえると、0.25%という政策金利引き上げ幅はかなり小さく、経済情勢との対比でみた「金融緩和の程度」は引き続き極めて大きいとの見解を述べた。もうひとりの委員は、ゼロ金利政策解除の条件である「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」とは、景気が自律的に回復し始めた初期の段階を念頭においており、したがって、今、ゼロ金利政策を解除するとしても、なお金融政策として景気回復をサポートするスタンスに変わりはない、と発言した。
もっとも、ある委員は、(1)現状のように経済成長が安定した軌道に入っていないと判断される状況においては「微調整」といった考え方をとるべきではないこと、(2)米国の例をみても、例えば94年など、十分に景気の状況を見極めてから慎重に対応していること、の2点を指摘した。
また、ゼロ金利政策の解除は、将来の不確実性やリスクを念頭に置いた慎重な政策運営であるという考え方が、何人かの委員から示された。複数の委員は、(1)経済状況がここまで改善している中で、景気最悪期に決定した金融緩和政策をいつまでも継続すると、いずれ経済・物価情勢の大きな変動をもたらしたり、より急激な金利調整が必要となるリスクが増大する、(2)そうした観点からみれば、経済の改善に応じて金融緩和の程度を調整することは、長い目でみて健全な経済発展に資する、との認識を明確にした。別の委員は、ゼロ金利政策の解除後も、経済情勢が大きく変化すれば、臨機応変かつ弾力的に政策を見直すこともありうるとの立場に立つ必要がある、との考えを示した。
金融政策と構造調整の関係についても、いくつか発言があった。ある委員は、企業の過剰債務問題は、長期的なプレッシャーとして日本経済に作用し続ける恐れがあるとの認識を示したうえで、金融政策の観点からは、そうした構造問題を抱えながら、現実にどのような成長軌道を辿り、物価がどう変動するかに着目すべきであると述べた。別の委員は、現在の日本経済は構造的要因と循環的要因が複雑に組み合わさっているが、循環的な経済の推進力の強さの度合いに応じて金利水準を微調整することは、自然なステップであると発言した。
政府の経済政策との関係についても、様々な議論が行われた。
まず、何人かの委員が、政府、日本銀行とも、民間需要主導の自律的景気回復を目指して努力するという目標は十分共有しており、かつ、ゼロ金利政策を解除しても十分景気刺激的な政策であることから、政府の経済政策との整合性は確保されているとの認識を示した。このうちひとりの委員は、そうした政策の基本ベクトルが一致していればよく、そのうえで各政策手段の採り方が結果的に異なるということもありうると述べた。もうひとりの委員は、財政政策に機械的に歩調を合わせて金融政策を運営するのではなく、財政政策からの影響も含めて、民間需要の自律回復が物価安定と両立しながら実現するかどうかを基準に金融政策を運営することが、本質的な意味で政府の経済政策との整合性確保に繋がると主張した。これらの議論を受けて、別の委員は、ゼロ金利政策の解除は、金融政策の自主性を定めている日本銀行法第3条だけでなく、政府の経済政策の基本方針との整合性に言及している同法第4条も満たした措置と考えることができる、と発言した。
なお、ゼロ金利政策の解除を主張したある委員は、以上の議論を踏まえ、今回、ゼロ金利政策を解除するにしても、それは、その条件としてきた「デフレ懸念の払拭」という考え方に基づくものであり、一部で取り沙汰されている日本銀行の独立性の証明といったことではないということを、確認しておく必要があると述べた。
会合では、ゼロ金利政策の解除とは異なる2つの意見が表明された。
ひとりの委員は、わが国経済は、デフレ懸念を払拭できる状況に着実に近づきつつあるが、「払拭できた」と完全に言い切るだけの自信はないと述べたうえで、ゼロ金利政策を継続することが適当であると主張した。
その理由として、(1)株式市場は、取り敢えず下げ止まりつつあるとみられるが、市場の方向感が中長期的な景況感を反映して、上向きになっているという感触を得たい、(2)金利の調整が可能な局面に入ったと判断するには、実体経済について、ボトムからある程度の幅を超えて上昇しているということをもう少し確認したい、といった点が挙げられた。この委員は、(2)の点について、かなりの幅を持って評価すべきと前置きしたうえで、「テイラー・ルール」による適正金利に関する試算を示した。それによると、日本経済には水準としてまだ大きな需給ギャップが存在しており、現時点の適正金利は若干のマイナスかぎりぎりプラスになった程度とされた。この委員は、足許のインフレ率等からみて、政策変更せずに「待つこと」のコストは小さく、計算される適正金利がもう少しはっきりとしたプラスになるまでゼロ金利政策を維持してもよいのではないか、と述べた。
これに対し、ゼロ金利政策の解除を主張したひとりの委員は、(2)の点は需給ギャップの大きさそのものを重視する考えである一方、需給ギャップの変化の方向が物価動向に同様に影響するという考え方もありうる、との見解を示した。この委員は、デフレ懸念の払拭が展望できるかどうかという観点からは、需給の改善傾向がはっきりと予想できることが重要ではないかと述べた。
もうひとりの委員は、CPI上昇率に目標値を設けたうえで、マネタリーベース・ターゲティングに移行し、また、その実現のために日銀当座預金残高を増やすことを主張した。
その理由として、この委員は、(1)わが国経済のGDPギャップはかなり大きな規模で残存していると考えられる、(2)物価について、インフレの可能性はほとんどなく、むしろ、消費者物価がマイナス基調にあることを懸念すべき、(3)マネタリーベース、マネーサプライがすでに鈍化傾向を示している中で、ゼロ金利政策を解除すると、日銀当座預金残高が1兆円程度減少すると考えられることなどから、そうした金融の量的指標がさらに悪化し、株価や為替に悪影響が及ぶ危険性がある、(4)政策目標を具体的に示し、金融政策のパフォーマンスを測るメジャーを用意して、行内での政策議論や市場との対話に役立てる必要がある、といったことを挙げ、早期に一層の量的緩和を行い、かつそれを一定期間継続する必要があると述べた。
これに対し、ゼロ金利政策の解除を主張したひとりの委員は、金利引き上げと金融の量的指標との関係についての考え方を示した。その委員は、(1)マネタリーベースは、金利引き上げ当初、超過準備の供給が不要となることからある程度減少しようが、時間の経過に従い、景気回復に伴う現金需要の増加がマネタリーベースの増加に繋がる可能性がある、(2)マネーサプライの動きは、企業向け・家計向けの金利動向に大きく依存するので、マネタリーベースの変化を受けて直ちに減少するということは予想し難い、と述べた。
なお、何人かの委員は、金融政策決定会合で表明されるべきこと等が、本会合に先立って様々な形で伝えられ、必要以上に混乱を生じたことに触れ、この間の情報発信および情報管理のあり方について、遺憾の意を述べた。このうちのひとりの委員は、こうした混乱の理由の一端には、日本銀行の説明不足があったとしたうえで、今後の金融政策運営に当たっては、これまでにも増して、政府等との意思疎通を図るとともに、マーケットとの対話も改善していく必要があると述べた。
V.政府からの出席者の発言
会合の中では、大蔵省からの出席者からは、以下のような趣旨の発言があった。
- 景気は緩やかな改善が続いているが、雇用情勢は依然として厳しく、個人消費も概ね横這いの状態となっている。設備投資は足許持ち直しの動きが明確になっているが、その持続性や広がりについて、なお見極めが必要である。企業収益の大幅な改善が雇用・所得環境の改善や個人消費の増加に繋がっていくのかどうか、まだ確信を持てる状況にはない。GDPデフレーターや消費者物価も前年比マイナスが続いている。こうした中で、先般の大型企業倒産を契機として、わが国経済の先行きに対する懸念が強まり、市場等に影響を及ぼしていることについて、十分に注視する必要があると考えられる。
このように、わが国経済がデフレ懸念の払拭が展望できるような情勢になり、民需中心の本格的な景気回復を実現するかについては、なお見極めが必要な段階にあると考えられる。 - 政府としては、これまで財政面からの下支えの手を緩めることなく、景気を本格的な回復軌道に繋げていくために万全の体制を採ってきたが、引き続き景気の下支えに万全を期すため、先般、公共事業等予備費の使用を閣議決定したところである。今後とも、平成12年度予算の着実な執行などを通じて、公需から民需への円滑なバトンタッチを図り、景気を民需中心の本格的な回復軌道に乗せるよう全力を尽くして参りたい。わが国経済の先行きについては、なお見極めが必要と考えられることから、今後の財政運営のあり方については、4〜6月期のQEの結果等をよくみたうえで、さらに判断を行うことが適切と考えている。
- 先般の沖縄サミットにおいても、マクロ経済政策は内需主導の成長を確かなものとするよう引き続き支援的なものとすべき旨が、首脳声明に盛り込まれたところであり、政府としては、引き続き適切な経済運営に努めて参りたいと考えている。
- 日本銀行におかれては、政府による諸施策の実施とあわせ、経済の回復を確実なものとするため、金融為替市場の動向も注視しつつ、豊富で弾力的な資金供給を行うなど、現行の金融市場調節方針を継続していただきたい。
経済企画庁からの出席者より、以下のような趣旨の発言があった。
- 各種の政策効果やアジア経済の回復などの影響に加え、企業部門を中心とした自律回復に向けた動きが続いており、景気は緩やかな改善が続いている。しかしながら、なお雇用情勢は厳しく、個人消費も概ね横這いの状態にある。とくに足許、消費の停滞感、株価の下落、先行指標の一部悪化などがみられ、景気が自律的回復軌道に乗ったことを確認できる状況にはない。さらに、企業倒産をみると、件数はやや高い水準となっており、負債金額の増加がみられるほか、企業のリストラ加速、不良債権処理、海外経済動向など一段と神経質な動きも生じており、注意すべき状況にある。
このため、今の時期は、金利の動向や金融政策の変更が、たとえ実態が微調整であっても、景気に軸足を置いた政策からの方向転換と受け取られる場合など、心理面も含めた影響の大きさには、計り知れないものがあると考えている。 - したがって、経済の現状を考えると、引き続き景気回復に軸足を置いた機動的、弾力的な経済・財政運営の継続が必要である。日本銀行におかれては、金融為替市場の動向も注視しつつ、豊富でかつ状況に応じて弾力的な資金供給を行うなど、引き続き景気回復に寄与するような金融政策を運営していただきたいと考えており、現時点でゼロ金利政策を解除することについては、時期尚早と考えている。
VI.採決
1.議案の提出
以上の議論を踏まえ、会合では、ゼロ金利政策を解除し、コールレートの誘導目標水準を0.25%前後とすることが適当であるという意見が大勢を占めた。
ただし、ひとりの委員からは、CPI上昇率およびマネタリーベースの伸び率に目標値を設定して、量的緩和に踏み切ることが適当であるとの考えが示された。
この結果、次の2つの議案が提出されることとなった。
中原委員からは、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、「中期的な物価安定目標として2002年10〜12月期平均のCPI(除く生鮮)の前年同期比が0.5〜2.0%となることを企図して、次回決定会合までの当座預金残高を平残ベースで7兆円程度にまで引上げ、その後も継続的に増額していくことにより、2001年1〜3月期のマネタリーベース(平残)が前年同期比で15%程度に上昇するよう量的緩和(マネタリーベースの拡大)を図る。なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記マネタリーベースの目標等にかかわらず、それに対応して十分な資金供給を行う。」との議案が提出された。
議長からは、会合における多数意見をとりまとめるかたちで、以下の議案が提出された。
議案(議長案)
次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとすること。対外公表文は別途決定する。
記
無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.25%前後で推移するよう促す。
議長からは、本議案の提出に際し、(1)ゼロ金利政策の解除は、経済の改善に応じて金融緩和の程度を微調整する措置である、(2)ゼロ金利政策解除後もコールレートは極めて低い水準にあり、金融が大幅に緩和された状態は継続し、景気回復を支援する役割を果たす状況は維持される、(3)今回の措置をひとつの契機として、国民が、日本経済は改善しているという明るい認識を持つことや、市場のダイナミズムが一段と発揮されることを期待する、との補足説明があった。
2.政府による議決延期の求めとそれに関する討議・採決
議長がゼロ金利政策の解除の議案をとりまとめたことを受け、大蔵省および経済企画庁からの出席者より、日本銀行法第19条第2項に基づき議決の延期を求める必要性などにつき、両省庁間で協議し、また必要に応じて大蔵大臣および経済企画庁長官と連絡を取るため、会議の一時中断の申し出があった。議長はこれを承諾した(午後2時51分中断、午後3時10分再開)。
会議再開後、大蔵省および経済企画庁からの出席者より、「わが国経済の現状や市場の動向等に鑑みれば、現時点におけるゼロ金利政策の解除は時期尚早と思われることから、議長案の採決を延期することを求めたい」と、協議の結果が報告された。このため、大蔵省および経済企画庁からの出席者から、「日本銀行法第19条第2項の規定に基づき、議長提出の金融市場調節方針の決定に関する件に係る政策委員会の議決を次回金融政策決定会合まで延期すること」との議案が提出された。
その後、会合では、政府による議決延期の求めについて、討議が行われた。
まず、複数の委員が、政府からの出席者に対し、議決延期を求めることの理由を明確に説明して欲しいと述べた。これに対し、大蔵省からの出席者は、(1)企業部門を中心に景気が回復傾向にあるとはいえ、雇用・所得環境については、引き続き厳しい状況にあると判断している、(2)株式市場を含む市場動向についても、警戒感を緩めていない、といった点を挙げて、景況感や市場についての見方が日本銀行と比べてやや慎重であると説明した。また、経済企画庁からの出席者は、(1)米国株価の先行きに不透明感がある、(2)アジア経済の回復基調にやや一服感が感じられる、(3)財政からの景気下支え要因が今後減衰する可能性がある、(4)不良債権処理の影響が現時点では十分見極め難い、など、景気の下方リスクを指摘して、現時点の政策対応としてより慎重であるべきとの考えを述べた。
また、もうひとりの委員は、日本銀行法第19条第2項に規定する議決延期の求めとは、そもそもどのようなケースを想定したものか、政府と日本銀行との間の景況感についての差違があるといった状況も念頭に置かれているのか、確認しておきたいとの発言があった。
これに対し、別の委員は、日本銀行法改正時の議論の過程では、本条項は、予期せぬ議案とか、高度に専門的な議案が出された場合に、政府が一旦持ち帰り、政府の見解を十分に説明する時間的余裕を与えるというケースが例示されていたはずであると述べた。
これを受けて、執行部から、日本銀行法改正時の議論として、(1)金融制度調査会答申「日本銀行法の改正に関する答申」(平成9年2月6日)の該当部分2と、(2)国会審議における大蔵省・武藤総務審議官(当時)の答弁(平成9年5月14日)3が紹介された。
- 2「政府と日本銀行の政策の整合性の確保のみならず、国民にその過程を明らかにするという透明性の確保のためには、政府にその見解を政策委員会において十分説明する機会を与えることが重要である。したがって、政策委員会は、この仕組みが政府と日本銀行の間で金融政策に関する意見が異なる場合の政策調整の仕組みとして用意されているという趣旨を踏まえ、その運営に当たり、政府の見解が十分に説明されないまま議決が行われることのないよう、十分な配慮が必要であると考える。」
- 3「仮に政策委員会で議案が提案されましたときに、政府からの出席者が十分に予期された範囲内の議案であって、事前に政府部内での方針が大体とりまとめられているといったような事柄であれば、そこはその場でご説明し、ご判断をいただければいいわけでございますけれども、(中略)新たに提案された議題についての政府の見解が必ずしも明らかでないという事態が生じ得るわけでございます。そういう場合には、政府の中でさらに検討をして、意見をとりまとめるべき一定期間の、それはそれほど長い期間とは考えられませんが、一定期間の検討が必要になるということがまず考えられますし、またあるいは政策委員から説明を求められた際に、政府から出席しておる者が十分な説明ができればベストなわけでございますが、必ずしもそれだけの準備がない場合もあるいはあるかもしれません。どういう場合が具体的に考えられるかということについては、まだ明確に申し上げるだけのものがございませんけれども、ある程度抽象的なことにはなりますが、今言ったような事態に当たりまして、その議決延期の請求を行うということでございます。」
以上を前提に、各委員による議論が行われた。
ある委員は、政府から議決延期の求めに応じるべきであるとの考えを示した。この委員は、その理由として、(1)議長案の採決を強行すると、内外から日本の政策当局に対する不信感が決定的なものとなり、今後の政策運営に禍根を残す、(2)政府経済見通しと日本銀行の見方とが、特に設備投資と輸出について非常に乖離しており、その違いについて、さらに議論を深める必要がある、(3)日本銀行の政策目標についての説明が極めて抽象的な表現となっており、これが今回の議論の原因となっていると思われるので、日本銀行の政策目標について政府との間で1ヶ月をかけて十分な擦り合わせを行うべきである、(4)新日銀法施行後、僅か2年半しか経過していない中、日本銀行の独立性のあり方について重大な問題が投げかけられており、然るべき冷却期間を設けることが適当である、(5)議会制民主主義のもとで、政府による議決延期の求めの背後には与党・国会の意思があるということを無視すべきではない、(6)4〜6月期のGDP統計を確認してから判断すべきである、といった点を列挙した。さらに、この委員は、株主総会に際し予め大株主と十分な意見の擦り合わせを行う一般の株式会社の例を参考に挙げつつ、政府から議決延期の求めがあったことは、極めて重大な事態であるとの認識を述べた。
これに対し、他の多くの委員は、議決延期の求めに反対の立場をとった。ひとりの委員は、日本銀行と政府との間で景気認識についてギャップが存在するといっても、(1)企業部門が主導する形での景気回復という見方は一致している、(2)先行きに関する様々なリスク・ファクターについては、日本銀行としても十分念頭に置いている、といった点を踏まえれば、今後の景気回復の持続性に関する判断の若干の差に過ぎないと述べた。そのうえで、この委員は、議決延期の求めが政府から出されたことを踏まえ、日本銀行がそうした政府の見解も含め十分に議論を行ったうえで自主的に政策を決定することは、新日銀法の枠組みに沿った手続きであると述べた。さらに、そうして選択された政策については、当然、日本銀行が責任を負うべきものであると続けた。もうひとりの委員も、景況感の差は極めて微妙なものであり、今回の判断をあえて次回に延期しなければならないという強い理由にはなりにくいのではないか、と発言した。
また、別のある委員は、ゼロ金利政策の解除の条件である「デフレ懸念の払拭」という考え方は、景気回復の初期の状況を想定しているのに対し、政府は民間需要の回復が確たるものとなることを念頭に置いているのではないか、と発言した。この委員は、そうであれば、景況感に対する考え方に若干の差が生じることはやむを得ないとの認識を示した。ただ、同時に、政策目標について、政府と日本銀行の考え方に整合性がとれていなければならないと続けた。そして、政府の出席者と意見交換を行った結果、政府と日本銀行の政策運営の基本ベクトルの整合性は確保されていると判断されると述べた。
以上の議論を踏まえ、政府が提出した議長案に対する議決延期の求めについて、日本銀行法第19条第3項に基づく採決を行った。その結果、政府による議決延期の求めは、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。
3.金融市場調節方針の採決
このあと、直ちに、金融市場調節方針に関する議案として、(1)中原委員案、(2)議長案が順に採決に付された。
中原委員案は、採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。
議長案は、採決の結果、賛成多数で議決された。
採決の結果
- 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、武富委員、三木委員、篠塚委員、田谷委員
- 反対:中原委員、植田委員
植田委員は、(1)株式市場の動向等をもう少し見極めたい、(2)一定の前提に基づき試算した適正な金利水準が漸くゼロ近傍に達したという状況であり、これがもう少しはっきりとプラスになるまで待ちたい、(3)足許のインフレ動向から判断して、「待つこと」のコストは大きくない、といったことを理由に挙げて、上記採決において反対した。なお、同委員は、景気情勢等に対する見方は、他の委員と大差ないと付け加えた。
中原委員は、(1)ゼロ金利政策の解除は、先行きの日銀の独立性や経済政策運営における政府との関係等の問題に大きな影響を与える可能性がある、(2)政府の経済見通しと日本銀行執行部の見方との乖離が、特に設備投資と輸出で非常に大きく、アカウンタビリティーが不十分である、(3)今回の決定は内外からの政府・日本銀行の政策的一体感に対する不信感をさらに一段と強めることになるため、時間をかけて政府との間で擦り合わせを行うべきである、(4)量的緩和の実質的終焉は、株価、為替に悪影響を与えると思われるなど、金融市場に対して良い影響を与えない、(5)GDPギャップがかなり残存する中での利上げは、オーソドックスな経済理論では理解できないうえ、世界の経済学界での主流的意見にも反することから、諸外国より「日銀異質論」が生じかねない、といったことを理由に挙げて、上記採決において反対した。
上記採決の後、政府からの出席者は、議決延期の求めが否決されたことは誠に残念であるが、日本銀行におかれては、今回の決定が回復しつつあるわが国の景気の腰折れや金融資本市場への悪影響をもたらすことのないよう、新たな金融市場調節方針のもとにおいても、景気や金融資本市場の動向等を十分注視しつつ、豊富な資金供給を行うなど、適切かつ機動的な金融政策運営を続けることを要望したい、と述べた。なお、政府からの出席者は、議決の延期を求めた事実と理由は、本日中に公表する予定であると付け加えた。
これに対し、議長は、(1)景気の先行きに対する見方や経済政策の基本方針が政府と日本銀行との間で大きく異なっているということはないと考えられる、(2)今回の措置は、金融緩和の程度を微調整したものであり、景気回復を支援する状態は継続する、との認識を示した。そのうえで、本日の決定について「政府と日本銀行との対立」という図式で捉える向きが出るかもしれないが、今回の件は、日本銀行法のもとで用意された政府との透明な意思疎通の枠組みにしたがって斉々と取り進められたもので、この点、誤解が生じることのないよう、対外的に正確に説明していく必要がある、と発言した。議長は、続けて、日本銀行としては、今後とも、「政府の意見は決定会合の場でしっかり伺ったうえで議論をし、その模様は議事要旨で公表する」という日本銀行法に定められた枠組みに則して、政府と密接な意思疎通を図りつつ、適切な政策判断に努めてまいりたい、と強調した。
VII.対外公表文「金融市場調節方針の変更について」の検討
対外公表文「金融市場調節方針の変更について」は、議長の指示により執行部が原案を用意し、それについて検討が行われ、最終案が固められた。
その際、日本銀行の金融政策が政府の経済政策の基本方針と整合的なものであるべきことに配慮したステートメントにすべきとの意見があった。これを受けた討議の結果、「適切かつ機動的な金融政策運営を継続する」ことを盛り込むことが支持された。
採決の結果、賛成多数で議決され、別添1のとおり公表することとされた。
採決の結果
- 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、武富委員、三木委員、篠塚委員、植田委員、田谷委員
- 反対:中原委員
なお、議長は、合わせて、本日の会合で政府が議決延期の求めを行い、これが否決されたことを公表すると述べた(対外公表文は別添2)。また、政策変更時の恒例にしたがい、本日、議長が記者会見を行うこととなった。
VIII.金融経済月報「基本的見解」の検討
当月の金融経済月報に掲載する「基本的見解」が検討され、採決に付された。採決の結果、「基本的見解」が賛成多数で決定され、それを掲載した金融経済月報を8月15日に公表することとされた。
採決の結果
- 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、武富委員、三木委員、篠塚委員、植田委員、田谷委員
- 反対:中原委員
中原委員は、(1)卸売物価に比べ消費者物価、GDPデフレーターといった最終需要段階に近い物価指数の下落幅が大きくなっていること、(2)依然として大きなGDPギャップが存在すること、を踏まえると、需要の弱さに由来する潜在的な物価低下圧力が「大きく」後退したとはいえないと考えられるほか、消費者物価、GDPデフレーターといった実際の物価がマイナス幅を拡大している状況下においてこうした記述は不適当である、として上記採決において反対した。
なお、閉会に際し、議長は、本日の決定会合の開催時間中に、会合の進行に関する報道が一部でなされたことは極めて遺憾であると述べた。そのうえで、出席者全員に対し、会合の議事内容に関する情報の取り扱いを厳正にするよう、強く要請した
以上
(別添1)
平成12年8月11日
日本銀行
金融市場調節方針の変更について
(1)日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、金融市場調節方針を以下のとおりとすることを決定した(賛成多数)。
無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.25%前後で推移するよう促す。
(2)日本銀行は、昨年2月、先行きデフレ圧力が高まる可能性に対処し、景気の悪化に歯止めをかけるためのぎりぎりの措置として、内外に例のない「ゼロ金利政策」を導入した。その後、デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢となるまで「ゼロ金利政策」を継続するとの方針のもとで、この姿勢を維持してきた。
(3)その後1年半が経過し、日本経済は、マクロ経済政策からの支援に加え、世界景気の回復、金融システム不安の後退、情報通信分野での技術革新の進展などを背景に、大きく改善した。現在では、景気は回復傾向が明確になってきており、今後も設備投資を中心に緩やかな回復が続く可能性が高い。そうした情勢のもとで、需要の弱さに由来する物価低下圧力は大きく後退した。
このため、日本経済は、かねてより「ゼロ金利政策」解除の条件としてきた「デフレ懸念の払拭が展望できるような情勢」に至ったものと考えられる。
(4)この間、7月央以降は、いわゆる「そごう問題」の影響にも注目してきたが、これまでのところ、この問題を契機として、金融システムに対する懸念が広まったり、市場心理が大きく悪化するといった事態はみられていない。
(5)今回の措置は、経済の改善に応じて金融緩和の程度を微調整する措置であり、長い目でみて経済の持続的な発展に資するという観点から行うものである。
今回の措置実施後も、コールレートは0.25%というきわめて低い水準にあり、金融が大幅に緩和された状態は維持される。日本銀行としては、物価の安定を確保するもとで、適切かつ機動的な金融政策運営を継続することにより、景気回復を支援していく方針である。
以上
(別添2)
平成12年8月11日
日本銀行
政府からの議決の延期の求めについて
本日決定した金融市場調節方針に対しては、大蔵省および経済企画庁からの出席者が、日本銀行法第19条第2項に基づき、議決を次回金融政策決定会合まで延期することを求めた。政策委員会は、同条第3項に基づいて採決した結果、これを反対多数で否決した。
以上