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金融政策決定会合議事要旨

(2000年10月30日開催分)*

  • 本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、2000年11月30日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

2000年12月 5日
日本銀行

(開催要領)

1.開催日時
2000年10月30日(9:00〜12:28、13:18〜14:27)
2.場所
日本銀行本店
3.出席委員
  • 議長 速水 優(総裁)
  • 藤原作弥(副総裁)
  • 山口泰(  副総裁  )
  • 武富将(審議委員)
  • 三木利夫(  審議委員  )
  • 中原伸之(  審議委員  )
  • 篠塚英子(  審議委員  )
  • 植田和男(  審議委員  )
  • 田谷禎三(  審議委員  )
4.政府からの出席者
  • 大蔵省   原口恒和 大臣官房総務審議官(9:00〜14:27)
  • 経済企画庁 河出英治 調整局長(9:00〜14:27)

(執行部からの報告者)

  • 理事松島正之
  • 理事増渕 稔
  • 理事永田俊一
  • 金融市場局長山下 泉
  • 調査統計局長村山昇作
  • 国際局長平野英治
  • 企画室審議役白川方明
  • 企画室企画第1課長雨宮正佳
  • 調査統計局企画役吉田知生

(事務局)

  • 政策委員会室長横田 格
  • 政策委員会室審議役村山俊晴
  • 政策委員会室調査役飛田正太郎
  • 企画室調査役栗原達司
  • 企画室調査役清水誠一

I.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要

1.最近の金融市場調節の運営実績

 金融市場調節については、前回会合(10月13日)で決定された金融市場調節方針1に沿って運営し、オーバーナイト金利は、概ね0.25%で安定的に推移している。

 この間、金融機関の準備預金の動きをみると、7月以降、積みを前倒し的に進める姿勢が目立っていたが、10月積み期間に入ると、9月中間期末を過ぎ市場地合いが一段と落ち着く中、概ね所要準備に見合う中立的な準備預金の積み姿勢となっている。

  1. 「無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.25%前後で推移するよう促す。」

2.金融・為替市場動向

(1)国内金融資本市場

 株価は、年初来安値圏での推移となっている。この背景としては、(1)米国IT関連株の調整の影響がわが国に波及していること、(2)本邦企業の業績動向について、先行き伸びが鈍化するとの見方があること、(3)生命保険会社の破綻を機に、業況不芳企業にかかるクレジット・リスクに対する意識が強まっていること、(4)政府保有NTT株の放出に伴う需給悪化懸念があること、等の諸点が指摘されている。先行きについて、市場では、企業業績の改善が続いていることを背景に、国内要因がさらに株価を下押しする可能性は小さいとの見方が多い。

 この間、ターム物金利は、本行による年末越えオペレーションの拡大もあって、年末越え物を含め、総じて落ち着いた動きを辿っている。また、長期債市場では、内外株価の軟調、国債増発の動きといった強弱両方の材料が交錯し、1.8%台を中心に比較的狭いレンジでの動きとなった。

(2)為替市場

 円の対ドル相場は107〜108円台でもみ合う展開が続いている。この間、米国株価が下落しているが、(1)中東情勢緊迫化を背景として米国債等へのいわゆるセーフヘブン投資が増加していること、(2)海外投資家による日本株処分の動きが続いていることなどから、対ドルで円高が進行する展開とはなっていない。また、ユーロ相場は、原油価格高止まりのユーロエリア経済への影響が懸念されているほか、介入警戒感の後退等から、ユーロ売り圧力が強まり、下落傾向が続いている。

3.海外金融経済情勢

 米国の本年第3四半期実質GDPは、前期比年率+2.7%と、前期に比べ伸び率を低め、住宅投資や設備投資など内需中心に景気が緩やかに減速していることが確認された。こうした景気減速の動きを背景に、長期金利は国債流通利回りを中心に緩やかに低下している。また、FF先物金利には、年明け後の利下げの可能性を織り込む動きがみられている。

 この間、米国株価は、なお不安定な展開をみせているが、(1)企業業績の下方修正が徐々に株価に織り込まれていること、(2)金利が全般的に低下傾向にあることから、足許、小康を得ている。

 ユーロエリアの景気は、内外需とも拡大を続けているが、ドイツIFO景況判断指数が4か月連続低下しているなど、弱めの景気指標が散見されている。また、物価は、原油高やユーロ安の影響もあって、引き続き上昇傾向を辿っており、9月の消費者物価は、前年比+2.8%と、ECBが物価安定の定義としている範囲(中期的に前年比+2%未満)を4か月連続で上回った。

 エマージング市場では、投資家のリスク回避の強まりを反映して、米ドル建債の対米国債スプレッドがこのところ拡大している。フィリピンでは、政情不安の高まりもあって、株価、為替相場、債券価格の下落に歯止めがかからない状況にある。

4.国内金融経済情勢

(1)実体経済

 前回会合以降に公表された経済指標をみると、消費者物価指数がやや弱い動きを示したが、実体経済面で生産が堅調な伸びを続けるなど、前回会合で決定された景気判断を変える必要はないとみられる。

 まず実質輸出は、欧米向け自動車関連や、米国、東アジア向け資本財・部品を中心に増加している。ただ、情報関連財の輸出は、7四半期振りに前期比減少となった。この点、業界では、海外パソコン・メーカー向けの半導体輸出が前倒しで行われた反動であり一時的なものとの見方が多いが、最近の半導体メモリー価格の下落等と併せて、今後注意深くみていく必要がある。なお、米国株価下落が米国消費等に悪影響を与えるとの懸念を示す向きもあるが、足許、IT関連需要に変調を来たしているということはない。

 雇用関連指標では、6〜8月期の特別給与は前年比+0.8%となり、今夏の賞与は前年を若干上回る水準で着地した。この間、来年度の新卒採用計画を日経新聞調査でみると、製造業を中心に前年比+3.5%と、3年振りに前年水準を上回る見通しとなっている。

 個人消費関連指標をみると、回復感に乏しい状況が続いている。最近の各種販売統計では、家電販売やコンビニエンス・ストア売上高が増加している一方、百貨店、チェーン・ストア売上高などでは低迷基調に変化が窺われない。この間、消費者コンフィデンスは概ね横這い圏内の動きとなっているが、このところの軟調な株価や生命保険会社破綻等の影響が現れないか注視する必要がある。

 企業の生産活動は、9月の生産指数が予測指数比下振れたが、10月以降の予測指数がプラスとなり、堅調な増加基調が続くことが予想される。こうした点は、ミクロ情報とも概ね整合的である。

 物価面をみると、企業向けサービス価格は9月に前年比下げ幅が若干拡大したが、基調的にみて大きな変化は窺われない。9月の消費者物価(全国)は、商品、とりわけ被服のマイナス寄与が大きく、前年比マイナス幅が拡大した。また、商品を輸入品・輸入競合商品とそれ以外の国内商品とに分けてみると、前者の価格下落がこのところ目立っている。

(2)金融環境

 マネタリーベースは、9月にかけて前年比伸び率が低下していたが、10月は、郵便局が郵便貯金の大量流出に備えて多額の銀行券を保有したことを背景に、伸び率が前月を上回る見通しにある。この間、マネーサプライ(M2+CD)前年比は2%を幾分下回る水準で推移している。

 企業金融面をみると、本行による主要銀行貸出動向アンケート調査(10月実施)によれば、7〜9月期の企業の資金需要(過去3か月間の変化)が僅かながら「増加」超となるなど、これまでヒアリング等で得た感触のとおり、一部に新規資金需要の動きが出始めていることが確認された。また、同アンケートで金融機関の貸出運営スタンスをみると、中堅・中小企業向けを中心に貸出を増加させる姿勢を維持していることが窺われる。このように、ゼロ金利政策解除以降も、金融機関の貸出姿勢や企業金融の緩和傾向に、大きな変化は生じていないとみられる。

 9月の倒産件数は、前月に比べ減少した。ただ、基調としては、昨年後半より幾分増加傾向にある。業種別内訳をみると、建設業の倒産が増えていることが特徴として指摘できる。

II.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要

(1)景気の現状

 会合では、前回会合(10月13日)以降に明らかになった経済指標等の評価を中心に、検討が行われた。

 多くの委員が、(1)米国経済が減速傾向を示すなど、世界経済に変化が生じつつある、(2)内外の株価が不安定な動きを続けている、(3)消費者物価指数の下落幅が若干拡大している、といった点を挙げ、これらの動きを注意深くみていく必要がある、と指摘した。ひとりの委員は、景気回復のテンポは小休止し、踊り場の状態にあるのではないか、との見方を示した。もっとも、これらの委員を含めた大方の委員は、「景気は緩やかに回復している」との景気判断を修正する必要はない、との認識を共有した。ある委員は、今回局面では企業マインドや消費者心理が慎重なため、回復に弾みが足りないとも言えるが、それだけに需給の大規模なアンバランスは生じ難く、むしろ回復の持続性を備えている面がある、との考えを述べた。

 まず、企業部門について、多くの委員が、鉱工業生産指数が7〜9月期に続き10〜12月期にかけても堅調な伸びが予想されていることや、第3次産業活動指数が増加基調を維持していることを指摘した。これらの委員は、企業部門を中心に緩やかな景気回復の流れが続いていると述べた。このうちのひとりの委員は、生産活動に加えて設備投資についても、幅広い業種に波及しつつあると発言した。また、別のある委員は、在庫水準は依然として低く、出荷と在庫のバランスは良好であるとの見解を述べた。

 ただ、世界経済の減速の動きを受けて輸出の伸びが幾分鈍化しているとのコメントがあった。ひとりの委員は、アジア向け素材輸出や米国向け自動車輸出の減速の動きに合わせ、一部に生産を減少させる動きがある、と発言した。この委員は、さらに、鉄鋼など素材業種における在庫水準が高まっている点を指摘したうえで、こうした動きが一時的なものかどうか、また素材業種のみならず川下の業種にまで波及することがあるかどうか、留意する必要がある、との認識を示した。また、別の委員は、(1)米国の景気減速を背景に、アジア地域における自動車、電子デバイス等の業種で稼働率が低下している、(2)ユーロ安により日本の機械メーカーの海外からの受注が減少してきており、そうした動きが金型加工機械にまで及んできている、ことを指摘した。他の何人かの委員も、米国をはじめとする海外経済の減速の動きがわが国の景気回復にどのような影響を与えるか、注視する必要がある、と述べた。

 次に、雇用・所得環境については、何人かの委員が、夏季賞与が前年を若干上回る水準で着地したこと、来年度の新卒採用計画が前年を上回ると予想されることを、明るい材料として言及した。これらの委員は、こうした材料は、企業収益の増加の影響が緩やかではあるが雇用・所得面にも波及してきていることを示している、とコメントした。もっとも、ある委員は、常用雇用者が引き続き前年割れとなっていることが気掛かりと述べたうえで、今後も各種雇用統計の動きを丹念にみていく必要がある、と付け加えた。また、別のある委員は、毎月勤労統計から算出した雇用者所得は足許プラスに転じているものの、法人企業統計における4〜6月期の人件費は前年割れとなっており、雇用・所得環境についての判断には難しい面があると述べた。

 個人消費について、何人かの委員が、百貨店・チェーンストアなどの販売統計は、総じてみれば低迷を続けており、個人消費の回復感はなお乏しいとの認識を共有した。しかし、このうちひとりの委員は、同時に、雇用・所得環境が改善に向かいつつあることが消費者コンフィデンスにプラスに働いていると指摘した。また、別のある委員は、消費の構造変化、消費の飽和感、先行きの所得不安等を背景に、消費分野により明暗がでるなど、消費は二極分化の様相を呈している、と発言した。この委員は、そうした中にあって、全体として所得に見合った消費スタンスが維持されているほか、消費財供給数量が96、97年のレベルに回復していることから、消費の現状はすでに「平時」に復していると評価できる、と述べた。そのうえで、家計所得回復への道筋はみえてきており、消費の改善に向けた環境は整いつつある、との見解を述べた。また、複数の委員は、企業のリストラ圧力が根強いことを背景に、経済全体の改善のベネフィットが企業から家計に伝わるにはなお時間を要するとして、暫くは、「企業先行、家計遅行」という景気回復パターンを続ける可能性が高い、との考えを示した。

 こうした中、ひとりの委員は、他の委員に比べて慎重な景気認識を示した。この委員は、(1)景気回復度合いを過去の局面と比較すると、今回局面は特に需要面において回復の強さが感じられない、(2)景気動向指数の分析によると、近い将来、景気は頭を打ち、反転に向かう可能性が高く、景気は年末から来年度にかけていよいよ正念場を迎えつつある、(3)大口電力の契約量が急落しているほか、生産統計において電気機械産業の生産下振れや在庫増加が目立っているなど、企業部門についても懸念材料がある、(4)米国やアジア諸国の成長が幾分鈍化しており、海外需要を巡る環境が悪化している、(5)勤労者世帯の土地・住宅取得に係る債務負担が一貫して増加してきており、個人消費の改善が期待できない、といった懸念材料を指摘した。

 物価動向について、やや弱目となった物価指数の動きをどう評価するかという点について、多くの議論があった。

 ひとりの委員は、生産や企業収益が改善しているとはいえ、需給ギャップが残存していることが物価低下圧力に繋がる可能性は否定できないとの見方を述べた。また、別のある委員は、価格についての不確実性が企業収益に不透明感を与え、その点から企業マインドが慎重になる面がある、と述べた。ただ、これらの委員を含めた何人かの委員は、このところの物価指数の弱めの動きが一時的なものかどうか、また企業収益や雇用・所得関連指標の改善の動きと両立しうるものなのか、注意深くみていく必要があるが、物価に関するこれまでの判断を変更する必要はないとの認識を示した。この点に関連して、複数の委員は、潜在的な供給能力の伸びは、生産設備の陳腐化など資本ストックの経済的な価値の低下などを反映して低下している一方、民間需要が緩やかに回復していることから、需給ギャップが緩やかに縮小傾向を辿ると考えられ、需要の弱さに由来する物価低下圧力が再び高まっているとは思えない、との見解を明らかにした。

 また、消費者物価指数の具体的な動きに関して、ある委員は、衣料品や外食がマイナスに寄与しており、供給サイドの生産性向上や流通革命の動きがなお作用している、とコメントした。もうひとりの委員も、最近の物価指数の下落には、輸入価格の下落や内外価格差の縮小の動きが影響している、と強調した。

 原油価格の動向についてもコメントがあった。ある委員は、このところ1バレル当たり30ドル台での保合いの動きとなっているが、底値は固く、冬場の需要期にかけて一段と上昇する可能性を指摘した。この委員は、米国内のある有力石油精製会社の経営が特定産油国との繋がりを強めており、その中期的な影響が懸念されると付け加えた。また、多くの委員は、原油価格の上昇が世界経済、さらにはわが国の景気回復に与える影響をよくみていく必要があるとの認識を述べた。

(2)金融面の動き

 金融面では、不安定な動きを続ける内外株価に関して多くの意見が出された。

 まず、何人かの委員が、年初来の最安値圏で推移しているわが国の株式市場の動きは気掛かりであり、これが家計や企業の心理面に悪影響を及ぼす可能性に留意すべきである、と指摘した。このうち複数の委員は、ハイテク企業の収益鈍化懸念を背景に調整局面にある米国市場の影響が、日本を含む世界各地の株式市場に及んでいるとの見方を述べた。また、ひとりの委員は、国内要因として、不良債権問題の再燃懸念、企業業績に関する過度の期待の修正、景気の先行きに対する不安感といった様々な点が指摘できる、と述べた。一方、もうひとりの委員は、企業収益の動向などからみて、株価のファンダメンタルズに変調を来たしているわけではなく、現時点の評価としては、IT分野の先行きに対する過度の期待が修正されているということではないか、との考えを示した。この間、別のある委員は、株価の動きとマネタリーベースの前年比伸び率の動きに相関関係が認められるので、最近のマネタリーベースの低い伸び率が悪影響を与えることを危惧している、とコメントした。

 こうした議論を経て、多くの委員は、最近の株価の動きが先行きの経済の変調を先取りしているものなのか、あるいは、今後、実体経済にインパクトをもたらす可能性があるのかといった点を、注意深く点検していく必要がある、との認識を共有した。

 長期金利については、10年債流通利回りが1.8%台で安定していることを巡って、いくつかの意見があった。ある委員は、その背景として、基本的に民間の資金需要が引き続き低迷している中、市場で国債の消化について強い懸念が生じにくい状態となっていると述べたうえで、(1)先行きの国債増発額の概要が発行当局から公表され、過度の需給悪化懸念が後退している、(2)グローバル・インデックスに基づいた日本国債投資が継続している、などの要因が市場で指摘されている、とコメントした。もうひとりの委員は、先行き、金融機関の国債購入姿勢に変化が生じるかどうかに着目していきたいと述べた。また、別のある委員は、時価会計の導入が機関投資家の投資姿勢に変化を及ぼし、長期金利に影響が出てくるのではないか、と発言した。

 次に、企業金融について、ある委員は、企業の返済圧力が引き続き強く、依然として返済額が新規貸出額を上回っている傾向に変わりはないものの、返済額と比較して新規貸出額がより早いテンポで増加していることが窺われており、貸出残高の減少には歯止めが掛かりつつある、との見方を述べた。さらに、この委員は、主要銀行貸出動向アンケート調査によっても、中堅・中小企業を中心に新規資金需要の動意がみられると指摘したうえで、これらを併せてみると、景気が緩やかな回復傾向にあることを金融面から裏付ける材料が、徐々に増えつつあるのではないか、との認識を示した。

 そのほか、米国金融市場についてもコメントがあった。ひとりの委員は、米国株価は足許一旦リバウンドしているが、今後再び下落し、10月中旬の安値を割り込むようなことがあると、大幅な下落に繋がる可能性があり、非常に注意すべき局面にある、との見方を述べた。また、この委員は、(1)社債市場におけるクレジット・スプレッドが98年秋の水準を上回って拡大しており、社債の新規発行が困難になっている、(2)金融機関の問題債権が急増しており、一部ネット・インフラ関連企業の資金繰りが逼迫するという現象も現れ始めている、(3)一部大手商業銀行で融資条件引き締めの動きがみられる、といった点を挙げて、米国の金融環境が悪化しており、米国景気への悪影響が懸念される、と発言した。

(3)経済・物価の将来展望とリスク評価

 最初に、今年度から来年度にかけてのわが国経済の基調的な動きに関する議論があった。大方の委員は、標準的な見通しとして、(1)民間需要主導の緩やかな景気回復が持続する可能性が高い、(2)物価面では、各種物価指数を総じてみれば、横這い圏内の安定的な推移を辿ることが予想される、(3)ただし、わが国経済には、企業や金融機関のバランスシート問題やリストラの継続など、様々な構造調整圧力が残存しているため、景気の力強い拡大は期待しにくい、(4)景気回復のパターンは、暫くは「企業部門先行・家計部門遅行」の姿を辿る、という点で認識が一致した。ひとりの委員は、日本経済には構造調整や国際競争の圧力、あるいは将来の財政運営や社会保障の姿など、様々な不安感があるが、そうした中にあっても、経済の前向きの循環メカニズムが働いていることを強調した。

 次に、こうした標準見通しに対するリスク要因について、議論が行われた。

 ひとりの委員は、在庫循環や資本ストック循環といった循環メカニズムから、自律的に景気にブレーキがかかってくる可能性は、今のところ低いとの見方を示した。別の委員は、世界経済の好環境が続く中で、わが国経済の回復の裾野がなかなか広がらない状況を踏まえると、世界経済のスローダウンが日本経済にとっての最大のリスクではないかと指摘した。多くの委員はこうした見方に同調したうえで、IT関連需要の減少に端を発する世界経済の減速、原油価格上昇、金融・為替市場の変調などをリスク要因として挙げた。

 このうち複数の委員は、米国経済の減速自体は、当局者が持続的成長を実現するために目指してきているものであり、減速の動きが下方にオーバーシュートするかどうかが重要である、との考えを述べた。ただし、ひとりの委員は、これまでの高い成長が幾分鈍化しただけでも株式市場等における期待の修正が起こっているので、局部的に若干の混乱が生じることはありうるとして、米国経済および市場の動きを丹念にみていくべきである、と主張した。

 また、原油価格上昇の影響について、ひとりの委員は、先行き不透明な中東情勢がリスク要因として加わっているとの見方を示したうえで、石油消費国を中心に景気や物価への影響を懸念する声が高まっていることを指摘した。別のひとりの委員は、原油価格の上昇が世界経済の減速をもたらすリスクのみならず、物価上昇圧力に繋がらないかという視点も重要である、と述べた。

 別の複数の委員は、米国株式市場の動きに加えて、経常収支の大幅赤字という不安材料を抱えているドル相場や、このところ大きく下落しているユーロ相場の行方も無視しえないリスク要因である、との認識を示した。ひとりの委員は、欧州から米国への直接投資、証券投資の動向や、ユーロに対する市場のコンフィデンスの行方に注目すべきである、と述べた。これに対し、別のある委員は、米国経済が本格的に減速した場合には、わが国、ユーロエリア、アジア諸国にも当然影響が及ぶわけで、その影響の度合い如何では、為替調整がどのように生じるか予想し難く、為替相場そのものはリスクとして特定しづらい面がある、とコメントした。

 また、海外要因のほかに、国内のリスク要因についても議論があった。複数の委員は、企業や金融機関のバランスシート調整やリストラの影響について言及した。このうちのひとりの委員は、金融システムには依然として脆弱性が残っているとの見方を示した。もうひとりの委員は、わが国の構造調整圧力は、基本的には、「緩やかな回復」という表現の「緩やかな」という部分に織り込まれているはずであり、問題は、そうした構造問題が具体的な形で突発的に表面化した場合に、企業や家計のコンフィデンス、あるいは金融資本市場などにどのような影響を与えるかという点である、と指摘した。

 別の複数の委員は、企業や家計の心理面の影響について言及した。このうちのひとりの委員は、雇用不安、社会保障不安、老後の生活不安、政治不安といった様々な不安材料を挙げ、これらが経済に下方の圧力を及ぼす可能性を述べた。これらの委員は、企業、家計が今ひとつ景気回復を実感できないのは、こうした心理的要因が影響しているのではないかとの見方を示した。

 会合では、財政バランスの問題についても言及があった。ひとりの委員は、財政再建についての長期的なビジョンを早く示しつつ、短期的には現実の経済の動きを踏まえて徐々に財政再建へシフトしていくのが望ましいとの見解を述べたうえで、そうした財政再建についての国民的コンセンサスが存在しない状況のもとで、国債残高がかなり速いペースで増加する場合、市場がどのように反応するか予測し難いこともひとつのリスクである、と発言した。

 以上に対して、ひとりの委員は、他の多くの委員が示す標準見通しとリスク評価が楽観的すぎるのではないかと述べた。この委員は、(1)物価情勢には依然デフレ懸念が残っている、(2)マネタリーベースの伸び率低下が株価や為替等に悪影響を与えうる、(3)最近の株価下落が企業収益にマイナスの影響を及ぼす、といった諸点に着目すべきである、と主張した。

 こうした議論を踏まえ、「経済・物価の将来展望とリスク評価」に参考計表として掲載する「政策委員の見通し」は以下のとおりとなった。すなわち、2000年度についての「政策委員の大勢見通し」2は、実質GDP(年度平均前年比。以下同じ)が「+1.9%〜+2.3%」、国内卸売物価指数が「0.0%〜+0.1%」、消費者物価指数(除く生鮮食品)が「−0.4%〜−0.2%」となった。また、2000年度についての「政策委員全員の見通し」3は、実質GDPが「+1.5%〜+2.3%」、国内卸売物価指数が「0.0%〜+0.2%」、消費者物価指数(除く生鮮食品)が「−0.5%〜−0.1%」となった。

 なお、「経済・物価の将来展望とリスク評価」および「政策委員の見通し」のあり方等について、いくつか議論があった。何人かの委員は、足許の政策を考える際にも来年度以降の経済見通しがかなり重要な要素となることを踏まえると、今年度のみならず来年度の見通し計数を作成・公表する必要がある、との意見を述べた。このうちひとりの委員は、リスクをどのように評価しているかを示すために、見通し計数を確率分布の形で提示することも検討に値する、と発言した。また、もうひとりの委員は、「経済・物価の将来展望とリスク評価」の中では、様々なリスクを単に列挙するだけでなく、リスクが発生する蓋然性の程度に応じた順位付けを明らかにするという方法も考えられる、とコメントした。こうした指摘に対し、別のある委員は、今回が初めての公表であり、今後、経験を積みながら、公表方法や公表内容の改善等を考えていけばよいのではないか、と発言した。

 また、ひとりの委員は、今回の「経済・物価の将来展望とリスク評価」の公表に際しては、(1)標準シナリオはあくまでも「日本経済が民間需要主導の緩やかな回復を続ける」というものであり、ここに述べられているリスク要因は、実現する蓋然性は標準シナリオと比べて今のところ低いかもしれないが、潜在的な影響が大きいので注意してみていく必要があるとの位置付けである、(2)「政策委員の見通し」は、想定される経済の先行きの姿を参考までに数字で表現したものであり、目標ではない、といった点を対外的に分かりやすく説明することが重要である旨、強調した。

  1. 2各政策委員の見通し計数のうち最大値と最小値を1個ずつ除いたものを「幅」で示したもの。
  2. 3政策委員の作成した全見通し計数を最大値、最小値の「幅」で示したもの。

III.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

 以上のような金融経済情勢を踏まえて、当面の金融政策運営の基本的な考え方が検討された。

 多くの委員の金融経済情勢に関する認識は、(1)「景気は緩やかに回復している」という前回会合における判断を変える必要はない、(2)今年度から来年度にかけても、民間需要主導の緩やかな景気回復が持続する可能性が高い、(3)ただし、海外経済の減速の動きや内外株価の動向等には十分注意を払っていく必要がある、といったものであった。

 こうした情勢判断を踏まえ、委員の大勢は、(1)当面は現在の緩和的な金融環境を維持し、景気回復をサポートするとともに、(2)「経済・物価の将来展望とリスク評価」に述べられた様々なリスクについて十分な目配りをしながら、景気回復力の強さを点検していくことが重要であるとして、現在の金融市場調節方針を継続することが適当である、との判断に至った。

 以上に対して、別のひとりの委員は、消費者物価(CPI)上昇率に目標値を設けたうえで、マネタリーベース・ターゲティングに移行し、また、その実現のために日銀当座預金残高を増やすことを主張した。この委員は、その理由として、(1)消費者物価指数、企業向けサービス価格指数、GDPデフレーターとも、一貫して前年比マイナス幅を拡大している、(2)個人の債務負担の高まりや、内外の株価下落により消費者マインドがさらに悪化する惧れがあるほか、企業の収益環境も悪化しており、景気回復の標準シナリオが崩れる可能性が高まっている、(3)マネタリーベース、マネーサプライ等の量的金融指標が収縮しており、株価、為替等に悪影響を与えている、といった点を指摘したうえで、ここで量的緩和に踏み切って、わが国の潜在成長率とみられている1.5%から2%程度まで景気を加速させる必要があると述べた。

IV.政府からの出席者の発言

 会合の中では、大蔵省からの出席者より、以下のような趣旨の発言があった。

  •  わが国経済は、緩やかな改善が続いており、企業部門を中心に自律的回復に向けた動きが続いている。ただし、雇用情勢は依然として厳しく、個人消費も概ね横這い状態が続いているなど、企業収益の大幅な改善が所得や個人消費の増加に繋がっていくのかどうか、未だ確信を持てるような状況にはない。物価面でも、原油価格の高騰にもかかわらず、消費者物価指数やGDPデフレーターの前年比マイナスが続いている。原油価格の高騰や内外の市場の動向が経済に与える影響についても十分注視する必要がある。
  •  政府としては、公需から民需への円滑なバトンタッチに万全を尽くし、景気の自律的回復に向けた動きを本格的回復軌道に確実に繋げるとともに、わが国経済の21世紀における新たな発展基盤の確立を目指すため、先般「日本新生のための新発展政策」と題する経済対策を取りまとめたところである。現在、この経済対策を踏まえて、平成12年度補正予算の編成に取組んでおり、11月10日前後を目処に国会に提出したいと考えている。本対策に関連し、予算措置が必要となる金額は約3.9兆円となる。財源としては、11年度決算剰余金の活用等によるほか、これらで不足する部分について概ね2兆円の国債を全額建設国債として発行することを考えている。
  •  日本銀行におかれては、今回の対策に盛り込まれた諸施策を政府が実施することと併せて、わが国経済を民需中心の本格的な回復軌道に乗せていくよう、経済の動向を注視しつつ、豊富で弾力的な資金供給を行うなど、適切かつ機動的な金融政策運営を行って頂きたい。

 経済企画庁からの出席者からは、以下のような趣旨の発言があった。

  •  最近の景気動向は、厳しい状況をなお脱してはいないが、緩やかな改善が続いていると判断している。すなわち、各種の政策効果やアジア経済の回復などの影響はやや薄らいでいるものの、企業部門を中心に自律的な回復に向けた動きが続いている。しかしながら、雇用情勢は依然として厳しく、個人消費も概ね横這い状態が続いているほか、倒産件数がやや高い水準になっており、負債総額の増加もみられる。また、株価の下落が続いていること、米国経済の動向、原油価格、為替相場などの下方リスクも考慮する必要がある。
  •  政府は新たな経済対策「日本新生のための新発展政策」を取りまとめたところである。今回の対策は、景気を自律的回復軌道に乗せること、また多様な知恵の時代にふさわしい未来型社会への出発点にすることの2点を目的としている。このために時代を先取りした経済構造改革を推進する包括的な政策として、(1)IT革命の推進、(2)環境問題への対応、(3)高齢化対策、(4)都市基盤整備の重要4分野を軸とした、日本新生プランの具体策等を中心に盛り込んだ。また、これと併せて経済企画庁の経済見通しの見直しを行い、本年度実質経済成長率を政府経済見通しの1.0%程度から1.5%程度へ上方修正したところである。
  •  日本銀行に対する金融政策の要請は、本対策の中にも盛り込まれているので、よろしくお願いしたい。

V.採決

 以上のような議論を踏まえ、会合では、現在の金融市場調節方針を継続することが適当である、という意見が大勢を占めた。

 ただし、ひとりの委員からは、CPI上昇率およびマネタリーベースの伸び率に目標値を設定して、量的緩和に踏み切ることが適当である、との考えが示された。

 この結果、次の2つの議案が採決に付されることとなった。

 中原委員からは、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、「中期的な物価安定目標として2002年10〜12月期平均のCPI(除く生鮮)の前年同期比が0.5〜2.0%となることを企図して、次回決定会合までの当座預金残高を平残ベースで7兆円程度にまで引上げ、その後も継続的に増額していくことにより、2001年1〜3月期のマネタリーベース(平残)が前年同期比で15%程度に上昇するよう量的緩和(マネタリーベースの拡大)を図る。なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記マネタリーベースの目標等にかかわらず、それに対応して十分な資金供給を行う。」との議案が提出された。

 採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。

 議長からは、会合における多数意見をとりまとめるかたちで、以下の議案が提出された。

議案(議長案)

 次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとし、別添のとおり公表すること。

 無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.25%前後で推移するよう促す。

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、武富委員、三木委員、篠塚委員、植田委員、田谷委員
  • 反対:中原委員

 中原委員は、(1)内外の経済環境が変化しており、企業収益の改善を軸とした景気回復の標準シナリオが崩れる可能性が高くなってきた、(2)物価が下落しておりデフレが続いている、(3)依然としてかなりのデフレ・ギャップが存在しており、民需の自律回復が十分には実現していない、(4)金融の量的指標が収縮している、ことなどから、現行の金融市場調節方針では不十分であるとして、上記採決において反対した。

VI.「経済・物価の将来展望とリスク評価」の決定

 「経済・物価の将来展望とリスク評価」の文案が検討され、採決に付された。採決の結果、賛成多数で決定され、10月31日に公表することとされた。

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、武富委員、三木委員、篠塚委員、植田委員、田谷委員
  • 反対:中原委員

 中原委員は、(1)「経済・物価の将来展望とリスク評価」の内容は概して楽観的であり、最近の外部環境の変化、とくに世界経済の減速、内外株式市場の変調等が十分に記述されていない、(2)国内のデフレ懸念について明示的な言及がない、(3)消費者物価指数、企業向けサービス価格指数、GDPデフレーターがマイナスで推移し、かつ、かなりのGDPギャップが存在している中で、可能性が高くないインフレ・リスクにまで触れている、(4)マネタリーベースの伸び率低迷の金融市況への影響について何も触れられていない、(5)販売価格の下落が企業収益にとって最も重要な問題であるにもかかわらず、物価動向をきっかけに経済活動が抑制される可能性が小さいと評価していることは疑問である、といった点を理由に挙げて、上記採決において反対した。

以上


(別添)
平成12年10月30日
日本銀行

当面の金融政策運営について

 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を、以下のとおりとすることを決定した(賛成多数)。

 無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.25%前後で推移するよう促す。

以上