金融政策決定会合議事要旨
(2000年11月17日開催分)*
- 本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、2000年12月15日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。
2000年12月20日
日本銀行
(開催要領)
- 1.開催日時
- 2000年11月17日(9:00〜12:30、13:17〜14:44)
- 2.場所
- 日本銀行本店
- 3.出席委員
-
- 議長 速水 優(総裁)
- 藤原作弥(副総裁)
- 山口 泰( 副総裁 )
- 武富将(審議委員)
- 三木利夫( 審議委員 )
- 中原伸之( 審議委員 )
- 篠塚英子( 審議委員 )
- 植田和男( 審議委員 )
- 田谷禎三( 審議委員 )
- 4.政府からの出席者
-
- 大蔵省 原口恒和 大臣官房総務審議官(9:00〜14:44)
- 経済企画庁 小峰隆夫 調査局長(9:00〜14:44)
(執行部からの報告者)
- 理事増渕 稔
- 理事永田俊一
- 企画室審議役白川方明
- 企画室企画第1課長雨宮正佳
- 金融市場局長山下 泉
- 調査統計局長村山昇作
- 調査統計局企画役吉田知生
- 国際局長平野英治
(事務局)
- 政策委員会室長横田 格
- 政策委員会室審議役村山俊晴
- 政策委員会室調査役飛田正太郎
- 企画室調査役内田眞一
- 企画室調査役山岡浩巳
I.議事要旨の承認
前々回会合(10月13日)の議事要旨が全員一致で承認され、11月22日に公表することとされた。
II.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要
1.最近の金融市場調節の運営実績
金融市場調節については、前回会合(10月30日)で決定された金融市場調節方針1にしたがって運営した。この間、オーバーナイト金利は、概ね0.25%で安定的に推移した。なお、10月中旬以降、年末越えの資金について、Y2K問題のあった昨年同時期をも上回るテンポで、積極的な資金供給を行っている。
- 「無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.25%前後で推移するよう促す。」
2.金融・為替市場動向
国内金融市場では、株価が再び軟化傾向を辿り、年初来最安値圏での推移となっている。
株価軟調の背景として市場では、(1)米国NASDAQの下落などにみられるハイテク株の調整の動き、(2)日米両国における政局の先行き不透明感、などを指摘する向きが多い。
長期金利は、(1)株価の軟調や物価指標の弱含みを受けた金利先高観の後退、(2)国債の需給悪化懸念の後退、さらには、(3)RTGS導入を控えた先物の買い戻しといったテクニカルな要因により、このところ弱含んでいる。この間、クレジット・スプレッド(格付けの異なる債券間の利回り格差)は、格付けが特に低めの一部の社債を除き、株価軟調のもとでも、全体としてさほど拡大しているわけではない。
為替市場では、円ドル相場はこのところ106〜109円での推移となっている。この間ユーロは、9月下旬のG7協調介入によりいったんは反発したが、その後は再びやや軟化している。
3.海外金融経済情勢
米国の実体経済は減速傾向が明確になってきている。これは基本的には「ソフト・ランディング」のシナリオに沿った動きと解釈することができる一方、米国の金融市場では、ハイテク株などを中心に、やや不安定な動きが続いている。
すなわち、最近の米国の経済指標をみると、消費関連や生産関連などで、景気のスローダウンを示すものが目立っている。今後のクリスマス商戦についても、売上げの伸び率は昨年と比べてやや鈍化するのではないか、との見方が多い。
こうした状況の下、米国連銀は、11月15日のFOMC(連邦公開市場委員会)において、政策金利であるFFレートの誘導目標を据え置くとともに、引き続きインフレ・リスクを注視していく方針を表明した。ただ、対外公表文では、当面の成長スピードが潜在成長率を下回る可能性に言及しており、市場ではこれを、米国連銀が先行き、政策スタンスを「インフレ・リスク重視型」から「中立型」に切り替える布石ではないか、と捉える見方が多い。
この間、米国金融市場では、低格付債について、クレジット・スプレッドが拡大し、発行も困難となっている。こうした中で、社債の発行額も減少しており、銀行貸出も10月は減少している。このように、企業金融等の面にも、金融の引き締まりを示唆する動きが徐々に表れてきている。
ユーロエリアの経済情勢には大きな変化はない。なお、欧州中央銀行(ECB)は昨日(11月16日)、本年12月より、スタッフの経済・物価見通しを公表していくことを決定した。
4.国内金融経済情勢
(1)実体経済
景気は、企業収益が改善する中で、設備投資の増加が続くなど、緩やかに回復しているとみられる。
外生需要の面では、公共投資が前年度補正予算の執行一巡に伴って徐々に減少しているが、純輸出は緩やかな増加傾向を辿っている。国内民間需要の面では、設備投資が増加を続けている。個人消費は、一部指標にやや明るさが窺われるものの、全体としては回復感に乏しい状態が続いている。この間、住宅投資は概ね横這いで推移している。
こうした最終需要の動向のもとで、生産は増加を続けており、企業部門を起点とする所得と支出の前向きの循環が続いている。家計の所得環境は引き続き厳しい状況にあるが、労働需給はこのところ改善傾向にあるほか、所定内・所定外給与も増加している。
物価面をみると、国内卸売物価が概ね横這い圏内で推移している一方、消費者物価は弱含みとなっている。
先行きの景気についてのプラス材料としては、製造業を中心に設備投資の増加が続く可能性が高いことや、「日本新生のための新発展政策」の策定を受け、公共投資について、本年度下期も大幅な減少は回避され、来年度上期には増加が見込まれることが挙げられる。
一方、先行きのリスク要因としては、7〜9月期にみられた情報関連財輸出の停滞が先行きの生産に及ぼす影響や、消費者物価の弱含みが企業収益を下押しするリスクが挙げられる。しかし、以下の点を考えると、これらの要因の影響は軽微にとどまるとみられる。
第1に、世界的な情報関連需要自体は堅調であり、足許の情報関連財輸出の停滞は、4〜6月期の前倒し輸出の反動などを反映した一過性のものとなる可能性が高い。また、こうした一時的な輸出の伸び鈍化を受け、生産の伸びも当面は幾分鈍化する見通しにあるが、在庫循環の面からみて、生産が調整局面に入るリスクは小さいと考えられる。
第2に、足許の消費者物価の弱含みには、衣料品の価格低下がかなりの程度寄与しており、これは、既存の大手アパレル・メーカーや小売店が、新興勢力に対抗して、低価格の輸入衣料品を今秋から本格的に投入していることが主因とみられる。こうした企業の多くは、コストダウンにより相応のマージンを確保しており、企業収益全体に悪影響が出る形にはなっていない。
このように、緩やかな景気回復の持続というシナリオ自体を変更する材料は、今のところ見当たらない。ただ、米国の株価下落に伴うクリスマス・セールへの影響や、国内の低価格競争に追随できない中小企業の収益動向などには、今後とも注意していく必要がある。
物価の先行きを規定する要因をみると、国内の需給バランスは今後とも改善傾向を辿ると見込まれる。この間、原油価格上昇の影響は物価を押し上げる方向に作用する反面、半導体市況の軟化や技術進歩、流通合理化の動きが物価低下圧力として作用することが予想される。これらの要因を反映して、先行き、物価は横這いないしやや弱含みで推移する可能性が高い。
(2)金融環境
民間銀行貸出をみると、10月の5業態貸出残高(償却要因等調整後)は前年比−1.7%と、6月以降、僅かずつではあるがマイナス幅の縮小が続いている。一方で、資本市場を通じた資金調達は引き続き盛り上がりに欠ける展開となっている。
10月のマネタリーベース前年比は+5.3%と、前月(同+4.0%)に比べて伸び率を高めた。これは、10〜12月期に予想される郵便貯金の大量満期到来に伴う貯金流出に備え、郵便局が銀行券の保有を増加させていることを主に反映している。
また、10月のマネーサプライも、前年比+2.2%と、前月(同+1.9%)に比べ伸び率を高めた。これには、銀行券の増加に加え、ゼロ金利政策の解除後、定期性預金とMMF間で金利面の優位性が一部逆転し、MMFから定期性預金への資金シフトが生じていることが寄与している。
企業の資金調達コストは、年末越えの短期調達レートがやや上昇したほかは、横這い圏内で推移している。この間、長期プライムレートは、11月10日に、2.3%から2.25%へと引き下げられている。
なお、10月中に起きた生命保険会社2社の経営破綻や株価の下落に伴い、信用リスクが意識された一部不人気業種・企業の発行する債券については、僅かながらスプレッドの拡大がみられている。しかし、全体として、信用リスクへの意識が目立って強まっているわけではない。
10月の企業倒産は、生命保険会社2社の経営破綻の影響から、負債金額は大きく増加した。もっとも、倒産件数は概ね横這いの状態が続いている。
III.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要
(1)景気の現状
景気の現状について、大方の委員は、前回会合以降の経済指標などからみて、「企業収益が改善する中、設備投資の増加が続くなど、緩やかに回復している」というこれまでの判断を変更する材料は得られていない、という認識を共有した。
この間、何人かの委員は、実体経済指標が概ね景気の緩やかな回復に沿った動きを示す一方で、株価の低迷や長期金利の低下が示すように、金融市場参加者や企業の景況感が盛り上がりを欠く展開となっていることを指摘した。
この点について複数の委員は、(1)現在の景気回復は、構造調整圧力を抱え、二極化が進む斑模様の中での緩やかな回復であり、(2)企業からみれば「量は増えても価格が戻らない」状況が続いていることから、回復感は乏しいものとならざるを得ない、と述べた。そのうえで、現在の状況は、回復の初期段階での「踊り場」といえる、との見方を示した。さらに、これらの委員は、(1)政治不安、(2)株価低迷、(3)年金・社会保障等に関する先行き不安、(4)財政再建の道筋が見えないことなどへの不安が、企業や家計のマインドに影を落としている可能性がある、と付け加えた。
さらに別のひとりの委員は、仮に7〜9月期以降前期比ゼロ成長が続いたとしても今年度は1.9%成長となる計算であるのに対し、今年度成長率についての「政策委員の大勢見通し」は1.9%〜2.3%であり、日本銀行の描いている景気回復のテンポ自体、あくまで緩やかなものである、と指摘した。
次に、個々の需要項目等について、検討が行われた。
輸出についてひとりの委員は、7〜9月期の情報関連財の輸出は停滞したが、これは、アジアの情報関連財在庫の積み上がりの状況などからみて予想の範囲内の動きであり、世界のIT関連需要自体は堅調な伸びを示しているので、輸出は年明け後は緩やかな増加傾向に復する可能性が高い、との見方を示した。
次に設備投資について、大方の委員は、機械受注などの関連指標や各種のアンケート調査からみて、設備投資の増加は続いており、今後もこうした増加傾向が維持される可能性は高い、との見方を示した。
ひとりの委員は、(1)7〜9月期の機械受注が5四半期連続の前期比プラスとなり、10〜12月期も増加が見込まれているほか、受注の内訳をみても、IT関連のみならず産業機械や工作機械等、広範な機械について受注が増加していること、(2)法人企業動向調査でも、7〜9月期の設備投資は高い伸びを示していること、(3)中小企業金融公庫の調査によれば、中小製造業の今年度の設備投資は前年比+13.5%と90年度以来の高い伸びが見込まれており、資金調達も大幅に増加する計画となっていることを指摘した。さらに、上述の中小企業金融公庫の調査によれば、調査対象18業種のうち14業種で今年度の設備投資が増加する計画となっており、設備投資の積み増しの動きは裾野の広がりをみせている、と指摘した。
一方、別のある委員は、機械受注の見通し対比達成率は、1〜3月期をピークに低下し、7〜9月期については100%を割り込んでいること等から、設備投資の実勢は機械受注の数字ほど強くなく、年明け以降は減少する可能性があると述べた。
さらに、企業部門全体の動向について、ひとりの委員は、生産は7〜9月期に続いて10〜12月期も増加となる見通しであり、製造業の収益は増益基調が続くと見込まれる、と述べた。
別のひとりの委員は、(1)通産省の「特定サービス産業動態統計」によれば、情報サービス関連産業の売上高は7〜9月期に大きく増加し、10〜12月期も増加となる見通しであることや、(2)JR貨物の取扱量や高速道路の利用台数も7〜9月期は増加となっていることなど、企業活動の前向きの動きを指摘した。
こうした議論を踏まえ、大方の委員は、企業部門を起点とする景気回復のモメンタムは続いている、との見方を共有した。
個人消費について、大方の委員は、各種の販売関連指標などからみて、一進一退の動きが続いているとの判断を示した。
個人消費の背後にある雇用・所得環境について、複数の委員は、毎月勤労統計の所定内給与の伸びが、本年初のサンプル替えの影響から実勢より高めとなっている可能性があると指摘した。ただ、これらの委員を含む何人かの委員は、新規求人倍率や所定内・所定外給与の動きからみて、雇用・所得環境は緩やかながらも改善の方向に向かっている、との見方を述べた。このうちひとりの委員は、こうした雇用・所得環境の動きからみて、個人消費は顕著な増加は期待し難いとはいえ、先行き減少する可能性は小さくなっているのではないか、との見方を述べた。
別のひとりの委員は、(1)これまで有効求人倍率の改善にはパートタイマーの寄与が大きかったが、最近では非パートタイマーの寄与も大きくなっている、(2)総務庁の「労働力調査」の雇用者数と労働省の「毎月勤労統計」の常用労働者数のいずれも前期比でプラスとなってきている、と指摘し、雇用情勢の改善傾向が一段と明確になってきている、と述べた。さらに、この委員を含む複数の委員は、今冬の賞与について、こうした雇用情勢の改善や企業の増益基調、民間機関の予測などを踏まえると、前年を若干上回る水準で着地するのではないか、との見方を示した。
これに対し、さらに別のひとりの委員は、企業は当面、人件費抑制スタンスを続けていくとみられるため、今冬の賞与も基本的には抑制傾向が維持され、企業から家計への前向きの所得循環の波及は遅れる可能性が高い、との見方を述べた。また、先行きの個人消費を巡るリスクとして、年金制度等に対する先行き不安や、財政再建の展望が見えないことの不安が、消費マインドに悪影響を及ぼすリスクを指摘した。
物価面では、各委員が、足許の物価指数について、消費者物価の前年比マイナス幅がやや拡大傾向にあるなど、弱めの動きがみられていることを指摘した。
多くの委員は、消費者物価指数の前年比マイナス幅の拡大には、既存のアパレル・メーカーや小売店が、新興勢力に対抗して、今秋から低価格の輸入衣料品を積極的に投入していることによる衣料品価格の低下がかなり寄与しており、この間、需給バランスは悪化しているわけではない、と指摘した。
このうち一人の委員は、こうした形での価格低下は、グローバルな競争激化の下での「国際価格への鞘寄せ」とも言うべき動きである、との見方を示した。そのうえで、こうした競争の激化は、日本経済の構造変化にとって避けられず、企業経営上乗り越えなければならない課題であるとの認識は、産業界の一部でもようやく理解されるようになり始めた、とコメントした。
以上のような議論を踏まえ、多くの委員は、足許の物価の動きは、流通業界全体の企業収益に悪影響を及ぼしているわけではなく、基本的には景気回復とも両立し得るものである、との見解を示した。同時に、何人かの委員は、こうした価格の下落は、低価格競争についていけない中小小売業の収益を圧迫することを通じて、景気の足を引っ張るリスクもある、と指摘した。このうち複数の委員は、このところ中小自営業者の廃業が増加しており、低価格競争の激化は、現実に経済の二極化を加速させているようにみられる、と述べた。
こうしたことも踏まえ、多くの委員は、引き続き、物価の動きを、企業収益の動向などとあわせて注意深くみていくべきである、との見解を共有した。
この間、需給バランスの要因による物価低下圧力についても、何人かの委員が言及した。
ひとりの委員は、需給バランスの崩れによる価格下落懸念がここにきて再び出始めた、と述べた。その背景としてこの委員は、政府系金融機関の融資や信用保証枠の拡大、金融機関の債権放棄等によって、本来淘汰されるべき企業や設備が残ってしまっており、これが、建設や機械、素材などの業種で、「勝ち組」企業を巻き込みながらの過度な価格競争に結びついている、との見方を示した。そのうえで、こうした措置は、景気回復が最優先という段階では止むを得ない部分もあったが、その影響が所要の構造調整の先送りを通じて、現在は「悪い物価下落懸念」の残存という形で顕在化してきたとも言えるのではないか、とコメントした。さらにこの委員は、企業は価格下落による収益減少を補うために、引き続き人件費抑制に動く可能性があることから、家計部門の回復がさらに先送りされかねず、これは景気の先行きに対するリスク要因となり得る、との見解を述べた。
別のひとりの委員は、今後、仮に世界のIT関連需要が減速することがあれば、輸出への影響を通じて国内の需給バランスの改善も停滞するリスクがあり、その意味でも、海外経済やIT関連需要の動向を注意してみていく必要がある、と述べた。
また、この委員を含む複数の委員は、物価の低下のうち、どれだけが需要要因によるもので、どれだけが供給要因によるものかを、物価統計の側から識別することは大変難しく、結局、物価の動きを企業収益などとあわせてみることにより、景気回復との整合性といった観点から判断していくことが重要となる、との見解を述べた。
この間、さらに別のひとりの委員は、日本銀行は物価情勢について、「需要の弱さに由来する物価低下圧力は大きく後退した」という判断を、7月以降の「金融経済月報」の「基本的見解」で示してきたが、これは、ゼロ金利政策解除時の公表文で「その後1年半が経過し」と記しているように、あくまで「ゼロ金利政策の導入時と比べて」との趣旨である、と述べた。そのうえで、この表現を用いているため、日本銀行が需要要因を全く無視しているかのように誤解されている面もあるので、何らかの対応が必要ではないかとの意見を述べた。
(2)経済・物価の先行きの展望とリスク
景気の先行きについて、大方の委員は、10月31日に公表した「経済・物価の将来展望とリスク評価」で示した標準的なシナリオを変更する材料は得られていない、との見方を共有した。
ただ、同時に多くの委員は、米国をはじめとする海外経済や金融市場の動向など、上記レポートで示していたダウンサイド・リスクのうち、当面重点を置いて慎重に点検していくべきリスク要因が、より明確になってきている、との見方を示した。このうち複数の委員は、先行きの見通しの「分布」をイメージすると、「標準的なシナリオ」である「最頻値」(最も確率の高い値)は不変だが、ダウンサイド・リスク側の分布がやや膨らんだ状況といえる、と述べた。
まず、米国経済の動向とその日本経済への影響について、議論が行われた。
ひとりの委員は、米国経済の先行きのシナリオについて、(1)減速傾向が明確にならず、急激な金融引き締めが必要となってハード・ランディングが起こるケース、(2)ソフト・ランディング、(3)ソフト・ランディングよりもやや急ピッチでの減速となるケース、の3つに整理した。そのうえで、ここ数か月の経済指標は、金融引き締めや原油価格の上昇を反映して、米国経済が「ソフト・ランディング・シナリオ」に沿って緩やかに減速していることを示している、と述べた。さらに、こうした指標をみる限りでは、ハイテク分野の生産等は引き続き堅調であるように窺われる、と指摘した。
一方でこの委員は、米国の金融資本市場では、ハイテク株を中心とする株価の調整や、社債のクレジット・スプレッドの拡大、低格付社債の発行の困難化、銀行貸出の減少などがみられており、金融市場はハイテク分野の先行きについて、実体経済指標が示すよりもやや警戒的にみているように窺われる、とも述べた。
そのうえでこの委員は、米国経済の展望を上述の3つのシナリオに則してみれば、メイン・シナリオは(2)の「ソフト・ランディング」のまま、(1)のシナリオの確率が減り、(3)のシナリオの確率がやや増えた状況といえる、と整理した。さらに、今後、クリスマス期の消費動向や、金融市場の動向に注目していく必要がある、と述べた。
別のひとりの委員も、米国経済は、本年前半までの年率5%程度の成長テンポから、3%程度の成長テンポに減速する可能性が高いと述べた。そのうえで、この程度の減速は、成長の持続性という観点から中長期的にはむしろ望ましいと考えられるが、成長が減速する過程では、下方にモメンタムがつくリスクもあるので、注視していきたい、との見解を示した。
この間、また別の委員は、米国経済は10年近くにわたって景気拡大を続けてきただけに、市場参加者の間では、経済のどこかに行き過ぎが生じているのではないか、といった懸念が根強く、これが、足許の米国株価の警戒的な動きにつながっているように見受けられる、と述べた。
さらに別の委員は、米国株価の下落は、経常赤字の円滑なファイナンスを困難にするルートを通じても、米国経済のソフト・ランディングに対するひとつのリスクとなり得る、と述べた。一方で、米国は財政・金融政策の両面で政策対応の余地が大きく、これは、ソフト・ランディングの実現にとってプラス要因である、とも指摘した。
また、ある委員は、米国経済の減速が日本経済にもたらす影響について、次のように整理した。すなわち、(1)米国経済の減速が、アジア等世界経済の減速を通じて日本に影響をもたらすルート、(2)米国のハイテク分野の調整が日本のハイテク分野の設備投資を腰折れさせるルート、(3)米国株価の下落が日本の株価に波及し、これが日本経済に悪影響を及ぼすルート、の3点を指摘したうえで、米国経済の減速が急激なものとならない限り、(1)のリスクは大きくないとみられるが、(2)と(3)のリスクについては注意してみていく必要がある、との考えを示した。
この間、米国株価の先行きについてとりわけ慎重な見方を示すひとりの委員は、米国株価のこれまでの上昇はバブルであり、現在はその自壊が表面化している状況である、と述べた。また、NASDAQはすでに昨年10月中旬の今回上昇相場の出発点の水準近くまで下落しており、10月の安値を割り込めば12月の初めにかけてさらに大幅に低下するリスクがあり、NYダウもこれに連れて下落する危険が大きい、との見方を示した。そのうえで、こうした米国株価の下落は、米国のクリスマス商戦にかなりの影響を与えるのではないか、との考えを述べた。
次に国内経済金融情勢について、各委員は、生産や設備投資など実体経済に関連する指標は概ね「企業部門主導の緩やかな回復」という流れに沿った動きとなっている一方、金融市況の面で、株価の低迷など弱めの動きがみられることを指摘した。そのうえで、多くの委員は、(1)株価の低迷が、先行きの日本経済に対する何らかの情報を含んでいるのか、(2)株価の低迷自体が、企業・家計のコンフィデンスや、金融機関の融資行動などに影響を与えないか、といった点について、注意してみていく必要がある、との見解を示した。
まず、足許の株価低迷の背景について、検討が行われた。
多くの委員は、株価低迷の背景として、(1)米国NASDAQの動きに代表される世界的なハイテク株の調整、(2)日米両国における政局の先行き不透明感などを指摘し、生産や企業収益など、日本の株価を巡るファンダメンタルズが変調をきたしているわけではない、との見解を示した。
このうちひとりの委員は、現在、米国や欧州、アジアといった各国の株価は一様に下落しており、例えば欧州株も、ドル・ベースに引き直せば年初来2割程度下落している計算になるので、日本の株価だけが下落しているわけではない、と指摘した。
別のひとりの委員は、(1)企業リストラによる人件費抑制の動きが止まりつつある一方で、(2)株式市場では、リストラを超えて新しいビジネス・モデルの構築にまで成功している企業は少ないとの見方から、今後この面から更なる収益増加のモメンタムは期待できないと評価されている可能性がある、との見解を示した。同時に、更なる株価の押し上げにつながるようなリストラは、一方で家計所得にマイナスのインパクトを及ぼす可能性もある、とも指摘した。
さらに別のひとりの委員は、現在市場では、(1)米国経済の減速や海外株価の調整の日本への影響や、(2)日本経済において、「外需から内需へ」、「オールド・エコノミーからニュー・エコノミーへ」、さらには「企業から家計へ」といった経済のリード役の交替がスムーズに進むかどうかを見極めたいといった「模様眺め感」が強い、との見解を述べた。
この間、日本の株価について慎重な見方を示すひとりの委員は、日本株は10月の安値を割り込んで、もう一度相場の中期的な下値をテストする展開になると予想され、これは、市場が企業業績の先行きについて不安を抱いていることの表れである、との見方をとった。
次に、足許の株価の低迷が日本経済の先行きに及ぼす影響について、検討が行われた。
ひとりの委員は、金融市場の動きを全体としてみれば、クレジット・スプレッドが目立って拡大したり、金融機関の融資スタンスが再び消極化するといった展開にはなっていないことを指摘し、株価の低迷は、現在のところ、97〜98年にみられたような「クレジット・クランチ」につながっていない、と指摘した。その一方で、これ以上の株価の下落は、金融機関の不良債権処理や与信行動に影響を及ぼすリスクもあり、株価の動向には注意が必要である、と述べた。
別のひとりの委員も、計量モデル等によれば、これまでの株価の低迷がマクロ的に大きな影響を及ぼす可能性は小さいが、これ以上株価の下落が進むと、非連続的にマイナスの影響が増えていく可能性もある、との考えを述べた。また別のひとりの委員も、多くの企業で含み益は底をついてきており、これ以上の株価の下落は、企業の当期利益に悪影響を及ぼす可能性が高いのではないか、と指摘した。
こうした議論を踏まえ、多くの委員は、株価のこれ以上の下落は、企業や家計のマインドや金融機関の融資スタンスなどに悪影響をもたらすリスクがあるので、(1)株価の動向や、(2)こうしたもとでの企業や家計のコンフィデンス、(3)企業金融の動向、などを引き続き注視していく必要がある、との見解を共有した。
さらに、ひとりの委員は、海外経済や株価の動向以外に考慮すべきリスクとして、(1)先送りされている構造調整問題や地価下落が金融機関の経営体力に与える影響、(2)多くの企業は収益の回復を輸出増とリストラによって実現しており、収益基盤はなお脆弱であること、(3)国債発行残高からみて財政赤字は限界にきており、これ以上の国債増発は国の信用が問われ、長期金利の上昇を招きかねないこと、(4)原油価格上昇の影響、(5)ユーロ安の影響、を指摘した。別のひとりの委員は、生命保険会社の倒産に伴う生活設計の不安が消費マインドに及ぼす影響を、リスク要因として指摘した。
この間、景気の先行きに関し、他の委員よりも慎重な見方をとるひとりの委員は、(1)景気動向指数をみると、9月の先行DIが50を割り込むなど弱めの動きがみられており、足許の景気は拡張局面にあるが、年末から来年度にかけて景気は正念場を迎える、(2)機械受注の増加は携帯電話により過大評価されており、設備投資の実勢はこれほど強くない、(3)日本リサーチセンターなどの調査によれば、消費者マインドにやや陰りが出ている、(4)交易条件の悪化、販売価格の下落、先行きの輸出の減少等を背景に企業収益の増加や賃金・雇用の改善のモメンタムは今年度下期にはピークアウトするとみられ、早晩、企業は雇用者数の削減だけでなく一人当たり人件費の削減を迫られるというリストラの第2段階に突入する可能性が高い、といったマイナス材料を挙げた。
さらにこの委員は、原油価格は高止まりし、いずれ前の高値を抜くリスクがある、との見方を示した。そのうえで、名目GDPに対する石油・石油製品・天然ガスの輸入金額の比率をみると、本年第2四半期において日本や米国が1%台であるのに対し、韓国は6%台、タイも日米の水準をかなり上回っており、原油価格の上昇は石油依存度の高い韓国、タイ等の一部アジア諸国に深刻な影響を与えるおそれがある、との考えを述べた。さらに、韓国は金融システム安定のため100兆ウォンを注入したが、今後必要とされる50兆ウォンの追加注入の帰趨が同国の金融システムの安定を大きく左右する、との見方を示した。
(3)金融面の動向
上記の株式市場以外の金融面の動向について、ひとりの委員は、(1)民間銀行貸出の前年比マイナス幅は若干縮小してきており、銀行の融資スタンスは前向きな姿勢が維持されている、(2)直接金融市場でも、企業の資金調達環境は良好であり、クレジット・スプレッドの目立った拡大もみられていない、と述べ、企業の資金調達環境は引き続き良好である、との見方を示した。
さらに、この委員を含む複数の委員は、株価の低迷や景況感の停滞に応じて、長期金利がこのところ低下し、1.8%を下回る水準となっていることを指摘した。
IV.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要
以上のような金融経済情勢を踏まえて、当面の金融政策運営の基本的な考え方が検討された。
多くの委員の金融経済情勢に関する認識は、(1)景気の現状は、企業収益が改善する中で、設備投資の増加が続くなど、緩やかに回復している、(2)先行きについては、10月に公表した「経済・物価の将来展望とリスク評価」で示した標準シナリオに沿って、今後も設備投資を中心に緩やかな回復が続いていく可能性が高い、(3)ただし、海外経済や金融資本市場の動向など、当面重点を置いて点検していくべきいくつかのリスク要因が、より明確になってきている、(4)物価は、先行き横這いないしやや弱含みで推移するとみられる、(5)金融は緩和された状態が続いている、といったものであった。
こうした情勢判断を踏まえ、委員の大勢は、(1)当面は金融緩和スタンスを継続して景気回復を支援していくとともに、(2)そうしたもとで民間需要の回復力の強さと持続性などを慎重に見極めていくべきである、として現在の金融市場調節方針を継続することが適当である、との判断で一致した。そのうえで、海外経済や内外金融資本市場の動向など、いくつかのリスク要因に十分に注意を払っていく必要がある、との見方を共有した。
このうちひとりの委員は、先行きのリスクに対し、金融政策運営の面でどう対応すべきかという観点からコメントした。すなわち、(1)実体経済の面では、公共投資や輸出は来年以降再び増加に転じる可能性が高いこと、(2)株価は低迷しているが、株価の変動自体に金融政策が直接対応するのは適当でないこと、(3)物価面では、足許の物価の軟化はテクニカルな要因による部分が大きく、需給環境が悪化しているわけではないこと、を指摘した。その上で、この委員を含む何人かの委員は、いくつかのリスクがより明確になってきているとはいえ、「緩やかな回復」という標準シナリオが維持されている中では、現在の金融緩和スタンスを維持することが適当である、と述べた。
また、複数の委員は、株価低迷や景況感の停滞に反応する形で長期金利が低下しており、現状の金融政策スタンスの下で、市場は自律的な調整機能を発揮している、と指摘した。
以上に対して、ひとりの委員は、CPI上昇率に目標値を設けたうえで、マネタリーベース・ターゲティングに移行し、また、その実現のために日銀当座預金残高を増やすことを主張した。
その理由としてこの委員は、(1)各種の物価指数の前年比がいずれもマイナスであり、特に国内卸売物価については、10月の前年比が本年2月以来のマイナスとなったほか、前月比も2か月連続で下落しており、デフレ局面が続いていると判断される、(2)株価が下落し、海外情勢も不安定である中で、潜在成長率と考えている1.5〜2%まで景気を加速させ、一定期間それをキープすべきである、(3)「経済・物価の将来展望とリスク評価」で示した標準シナリオが崩れる可能性が高まっている、と述べた。
V.政府からの出席者の発言
会合の中では、大蔵省からの出席者から、以下のような趣旨の発言があった。
- わが国経済は企業部門を中心に自律的回復に向けた動きが継続し、全体としては緩やかな改善が続いている。ただし、雇用情勢は依然として厳しく、個人消費も概ね横這い状態となっているなど、家計部門の改善が遅れており、企業収益の大幅な改善が、所得や個人消費の増加につながっていくのかどうか、まだ確信を持てる状況にはない。物価面でも、原油価格の高騰にもかかわらず、消費者物価指数やgdpデフレーターの前年比マイナスが続いている。原油価格の高騰や内外市場の動向が経済に与える影響についても、十分注視する必要がある。
- 政府としては、公需から民需への円滑なバトンタッチに万全を尽くし、景気の自律的回復に向けた動きを本格的回復軌道に確実につなげるとともに、21世紀における新たな発展基盤の確立を目指すため、経済対策を決定し、これを受けた12年度補正予算を11月10日に国会に提出した。
この補正予算は、歳出面については、経済対策関連として、社会資本整備やit関連特別対策、災害対策、中小企業等金融対策、住宅金融、雇用対策等に重点的に計上している。歳入面については、租税について1兆2,360億円の増収を見込み、また、前年度の純剰余金1兆5,103億円を計上しているが、なお不足する部分については、公債の追加発行1兆9,880億円を行う。この結果、本年度の公債発行額は34兆5,980億円となり、公債依存度は38.5%となる。この公債の発行については、市場の動向やニーズ等を十分に勘案して年限別の発行額を適切に設定することで確実かつ円滑な消化を図ることを考えている。 - 日本銀行におかれては、政府による諸施策の実施とあわせ、経済を民需中心の本格的な回復軌道に乗せていくよう、経済動向を注視しつつ、豊富で弾力的な資金供給を行うなど、適切かつ機動的な金融政策運営を行って頂きたい。
経済企画庁からの出席者からは、以下のような趣旨の発言があった。
- 最近の経済動向をみると、厳しい状況をなお脱していないが、企業部門を中心に自律的回復に向けた動きが継続し、全体として緩やかな改善が続いていると判断している。しかしながら、雇用状況は依然として厳しく、個人消費も概ね横這い状態が続いているほか、倒産件数はやや高い水準となっており、負債金額の増加もみられる。また、株価の下落が続いていること、米国経済やアジア経済の動向、原油価格などの下方リスクも考慮する必要がある。
- こうした中で、景気を本格的な回復軌道に乗せていくとともに、揺るぎない構造改革を推進するために、「日本新生のための新発展政策」をはじめとする諸施策を引き続き推進してまいりたい。
- 日本銀行におかれても、今後とも金融・為替市場の動向を注視しつつ、豊富でかつ状況に応じて弾力的な資金供給を行うなど、引き続き景気回復に寄与するような金融政策を運営して頂きたい。
VI.採決
以上のような議論を踏まえ、会合では、現在の金融市場調節方針を継続することが適当である、という意見が大勢を占めた。
ただし、ひとりの委員からは、CPI上昇率およびマネタリーベースの伸び率に目標値を設定して、量的緩和に踏み切ることが適当であるとの考えが示された。
この結果、次の2つの議案が採決に付されることとなった。
中原委員からは、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、「中期的な物価安定目標として2002年10〜12月期平均のCPI(除く生鮮)の前年同期比が0.5〜2.0%となることを企図して、次回決定会合までの当座預金残高を平残ベースで7兆円程度にまで引上げ、その後も継続的に増額していくことにより、2001年7〜9月期のマネタリーベース(平残)が前年同期比で15%程度に上昇するよう量的緩和(マネタリーベースの拡大)を図る。なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記マネタリーベースの目標等にかかわらず、それに対応して十分な資金供給を行う。」との議案が提出された。
採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。
議長からは、会合における多数意見をとりまとめるかたちで、以下の議案が提出された。
議案(議長案)
次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとし、別添のとおり公表すること。
記
無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.25%前後で推移するよう促す。
採決の結果
- 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、武富委員、三木委員、篠塚委員、植田委員、田谷委員
- 反対:中原委員
中原委員は、(1)消費者物価指数(除く生鮮)、GDPデフレーター、国内卸売物価指数がいずれも前年比マイナスとなるなど、デフレが続いていると判断されること、(2)現在、かなりのデフレギャップが残存し、民需の自律的回復が実現していない一方、物価は安定しておりインフレリスクが殆どない状況であるので、現在の政策では不十分と考えられること、(3)先般公表した「『物価の安定』についての考え方」や「経済・物価の将来展望とリスク評価」でも物価目標やガイドラインとなる特定の指標は示されておらず、金融政策の対外的説明が依然抽象的表現に基づいていることから、アカウンタビリティを果たすために物価目標値を設定すべきであること、の3点を理由に、上記採決において反対した。
VII.金融経済月報「基本的見解」の検討
当月の金融経済月報に掲載する「基本的見解」が検討され、採決に付された。採決の結果、「基本的見解」が全員一致で決定され、それを掲載した金融経済月報を11月20日に公表することとされた。
以上
(別添)
平成12年11月17日
日本銀行
当面の金融政策運営について
日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を、以下のとおりとすることを決定した(賛成多数)。
無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.25%前後で推移するよう促す。
以上