金融政策決定会合議事要旨
(2000年11月30日開催分)*
- 本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、2001年1月19日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。
2001年 1月24日
日本銀行
(開催要領)
- 1.開催日時
- 2000年11月30日(9:00〜12:27)
- 2.場所
- 日本銀行本店
- 3.出席委員
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- 議長 速水 優(総裁)
- 藤原作弥(副総裁)
- 山口泰( 副総裁 )
- 武富将(審議委員)
- 三木利夫( 審議委員 )
- 中原伸之( 審議委員 )
- 篠塚英子( 審議委員 )
- 植田和男( 審議委員 )
- 田谷禎三( 審議委員 )
- 4.政府からの出席者
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- 大蔵省 原口恒和 大臣官房総務審議官(9:00〜12:27)
- 経済企画庁 河出英治 調整局長(9:00〜12:27)
(執行部からの報告者)
- 理事松島正之
- 理事増渕 稔
- 金融市場局長山下 泉
- 調査統計局長村山昇作
- 国際局長平野英治
- 企画室審議役白川方明
- 企画室企画第1課長雨宮正佳
- 調査統計局企画役吉田知生
(事務局)
- 政策委員会室長横田 格
- 政策委員会室審議役村山俊晴
- 政策委員会室調査役飛田正太郎
- 企画室調査役栗原達司
- 企画室調査役清水誠一
I.議事要旨の承認
前々回会合(10月30日)の議事要旨が全員一致で承認され、12月5日に公表することとされた。
II.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要
1.最近の金融市場調節の運営実績
金融市場調節については、前回会合(11月17日)で決定された金融市場調節方針 1 に沿って運営した。金融機関は、概ね所要準備に見合う準備預金の積み姿勢を維持しており、オーバーナイト金利は0.25%前後で安定した推移を辿った。
- 「無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.25%前後で推移するよう促す。」
2.金融・為替市場動向
(1)国内金融資本市場
株価は、米国NASDAQの下落や、国内の景況感が慎重化していることなどを受けて、日経平均が22日、TOPIXが24日にそれぞれ年初来最安値をつけるなど、不安定な動きを続けている。9月、10月は、情報通信関連株がNASDAQの動きにつれて下落していたが、11月入り後は、銀行が保有する株の含み益がなくなりつつあるという見方も加わって、金融関連株の下落が大きくなっている。市場では、景気の先行きに不透明感が出始めている状況では、積極的には買い上げにくいという雰囲気が強い。また当面の注目材料としては、(1)米国株の動向、(2)海外投資家の動き、(3)持ち合い解消売り、などが挙げられている。
長期金利は、10年物国債流通利回りが1.6%台に低下した。このレベルは8月のゼロ金利政策解除前の水準である。また、残存4〜8年の中期ゾーンの金利はゼロ金利政策解除前の水準をかなり下回っている。こうした動きは、市場において景気・物価の先行きに慎重な見方が増えていることを反映したものとみられる。
短期のターム物金利の動きをみると、3か月物金利の上昇がここにきて一服するなど、本行の積極的な資金供給もあって、年末越えの資金調達に対する懸念が徐々に後退しつつあるように窺われる。
(2)為替市場
円の対ドル相場は幾分下落し、110〜111円程度で推移している。市場の景況感の慎重化、一部生保の破綻を受けた金融システムに関する懸念の台頭、国内政局の不安定化、さらには米国大統領選挙の帰趨などが、円売りドル買い材料となっている。円の対ユーロ相場も、ユーロ当局者の発言を受けたユーロ買い介入警戒感が加わって下落している。
3.海外金融経済情勢
米国の経済指標をみると、11月の消費者コンフィデンス指数が幾分低下したほか、非国防資本財受注もやや弱めとなるなど、景気減速を示唆するものが続いている。9月の貿易収支は、単月では過去最大の赤字を記録した。これを受けて、本年第3四半期実質GDPの暫定推計値の前期比年率は+2.4%と、速報値の+2.7%から下方修正された。
欧州では、ドイツのIFO景況判断指数とフランスの製造業コンフィデンス指数がやや低下しており、景気拡大テンポの鈍化を示唆している。東アジア各国の本年第3四半期の実質GDPは、概ね前期並みの高めの伸びを確保したが、直近の指標をみると、韓国、シンガポール、香港などで減速を示す指標が多い。
米国金融市場では、株価が不安定な動きを続けている。社債の銘柄間スプレッド(対トリプルA銘柄スプレッド)は、これまで投資不適格の社債(いわゆるジャンク債)の拡大が目立っていたが、ここにきて、投資適格であるトリプルB社債のスプレッドも拡大し始めた。また、銀行の商工業向け貸出基準も厳しめになっている。
4.国内金融経済情勢
(1)実体経済
前回会合以降、輸出入、個人消費、生産等の指標が発表されたが、景気判断を変える材料は見当たらない。
10月の実質輸出は横這い圏内の動きとなった。これは、情報関連財が引き続き小幅の減少となったほか、東アジア向け鉄鋼や欧米向け自動車も減少に転じたことが主因である。他方、実質輸入は、情報関連財と資本財の輸入を中心に、引き続き増加している。この結果、実質貿易収支の増勢は一服した。
個人消費関連の指標は、家電販売やコンビニエンス・ストア売上高が高水準を維持している反面、全国百貨店売上高やチェーンストア売上高が低迷しており、全体として回復感に乏しい状況が続いている。
企業向けサービス価格指数の前年比は、情報関連機器の価格低下を背景とするリース料金の値下がりや、同一都道府県内の市外通話料金の引き下げを主因に、小幅の下落が続いている。
10月の鉱工業生産指数は、季調済前月比で+1.5%と、予測指数(+3.4%)を下回った。また、11月、12月の予測指数と合わせると、10〜12月期は前期比+0.7%の小幅の伸びに止まる見通しである。これまでも、生産の増加テンポは今後幾分鈍化するとみていたが、公表された10月の動きは見込みより幾分弱いものとなった。
(2)金融環境
11月のマネタリーベースの前年比は、郵便局が定額郵貯の大量満期到来に備えて手元現金を一段と積み増していることを受けて、前月をやや上回る見通しである。定額郵貯の大量満期到来は、来年1〜3月にかけても続くため、マネタリーベースの水準自体は、当分は高いままの状態が続くとみられる。ただし、前年比でみると、Y2K(コンピューター2000年問題)の影響で大きく変動した昨年の反動が出るかたちで、不安定な動きをすることになると見込まれる。
9月の貸出約定平均金利(新規実行分)は、長期がやや上昇した。一方、短期の約定平均金利は、市場金利が上昇したにもかかわらず、経営健全化計画を意識して、相対的に金利の低い貸出が9月末にかけて積み増しされた影響等から低下した。
III.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要
(1)景気の現状と先行き
会合では、前回会合(11月17日)以降に明らかになった経済指標等の評価を中心に、検討が行われた。
多くの委員が、(1)生産の増加テンポに鈍化の兆しが窺われること、(2)この背景には、米国やアジア経済等の拡大テンポの鈍化が輸出の一服につながっている面があることに言及した。
このうちの複数の委員は、現状は、緩やかな回復の中での踊り場に入りつつあるのではないかとの認識を示した。
別のひとりの委員からは、鉱工業生産指数のピークアウトや株価の下落などを背景として、景気は、先行き不透明感が強まっており、微妙かつ重大な局面にあるとの発言があった。
もっとも、討議の結果、大方の委員は、(1)「景気は緩やかに回復している」という前回会合までの基調判断を修正する必要はない、(2)現在の動きは、「経済・物価の将来展望とリスク評価」の中で示した標準シナリオの範囲内のものである、との認識を共有した。
具体的には、まず、生産の10〜12月期の伸びが前期比+0.7%と小幅なものに止まる見込みとなったことを受けて、企業部門の改善傾向に変化が窺われるかどうかについて、意見交換が行われた。
ひとりの委員は、鉱工業生産の実績指数と予測指数を比較してみると、7月以降4か月連続で実績が予測を下回っていることや、電気機械工業の動きが弱まっていることを挙げて、企業部門の動向を警戒的にみていく必要がある、との認識を述べた。
別の委員は、鉱工業生産のモメンタムは、すでに本年8月にピークをつけたあと低下方向に入った可能性があり、こうした動きは、やがて企業収益にも影響を及ぼすことになると発言した。その委員は、その根拠として、(1)電気機械工業の生産実績が当初予測を達成できなくなっている、(2)原材料の在庫が積み上がっている、(3)設備投資は、輸出の減少と大規模小売店舗立地法に関連する駆け込み建築の反動等から、すでに勢いを失っている、といったことを指摘した。
また、ほかのひとりの委員は、企業収益について発言し、(1)上期実績をみると、IT関連企業や一部成長企業を除いた多くの企業では、依然として輸出やリストラに支えられた面が強かった、(2)下期の収益水準は、輸出の減少、内需回復の足踏み、および価格下落懸念から、上期対比で低下する公算が大きいとして、収益基盤は全体としては依然脆弱であるとの見方を述べた。これに加えて、その委員は、今年度の決算には、時価会計導入による資本勘定の変化や退職給付債務の調整等の影響が加わることから、収益水準が振れる点にも注意が必要である、と述べた。さらに、この委員は生産動向についても言及し、現状、在庫調整は鉄鋼や石油化学などの一部の製品に止まっているが、このほか、IT関連分野でも汎用品を中心に在庫の積み上がりがみられており、こうした動きが今後の生産調整につながるリスクを念頭に置く必要がある、と付け加えた。
このような懸念材料が示されたことに対して、ひとりの委員は、業界からのミクロ情報として、工作機械、ロジックIC、ソフトウェア開発などの受注状況が堅調であることを紹介したうえで、設備投資の持続性について、現段階で判断を変更する必要はないとの認識を示した。
また、別の委員は、(1)IT関連分野の世界的な需要はなお強いほか、国内の設備投資も増加を続けていることを踏まえると、これまでの流れは基本的には変調を来たしていない、(2)生産の増勢が鈍化したと言っても、なお増加基調にある、(3)したがって、企業収益の改善傾向と雇用・所得環境の小幅改善という、「緩やかな景気回復」を支える構図に変化はないとの認識を述べた。そのうえでその委員は、最大のポイントは、景気が潜在成長率を下回るほどまでに大きく減速して、需給ギャップが再び拡大するかどうか、ということであるが、この点については、海外経済のスローダウンの度合いにかかっている、との見解を明らかにした。
輸出動向や海外経済についての見方も数多く示された。
まず、米国経済について、ひとりの委員は、金融機関の融資スタンスを含めた金融環境が、90年代初めと同程度にまで引き締まっていることや、企業、家計の負債がさらに増加していることなどからみて、最近の金融環境の悪化がいずれ実体経済に対して悪影響をもたらす惧れがある、と指摘した。また、この委員は米国株価動向についても言及し、NASDAQが古典的な投機バブルの崩壊過程にあり、投信からの資金流出も続いていることを踏まえると、米国株価が金融引き締めにもかかわらず上昇を続けてきたことと同様に、金融を緩和しても株価が下げ止まらない可能性がある、との懸念を表明した。
これに対して、複数の委員からは、米国経済の減速はこれまで望まれていたことであり、5%程度の高成長が3%程度に減速することは、世界経済の持続的発展に資する可能性が高い、との発言があった。もっとも、これらの委員も、米国経済の減速が現状程度で止まるかどうかは不明確であるほか、仮に現状程度で止まったとしても、アジア経済の減速などを経由して、回復力が脆弱な日本経済に対し予想以上のショックをもたらす可能性も否定できないとして、今後の輸出動向などを注視する必要がある、との認識を強調した。
東アジア経済の動きについても見解が示された。ひとりの委員は、(1)東アジアではランニング在庫の積み上げが一巡している、(2)素材製品で、米国景気減速を受けた各国の対米輸出減少分が、東アジア域内にシフトしている、(3)東アジアの現地では、経済の拡大を見越した仮需に基づく在庫の積み上がりもみられている、といったこと等から、日本企業の東アジア向け輸出が減少し、これが生産の伸びの鈍化につながっていると指摘した。
また、別の委員からは、韓国経済動向について、財閥のリストラが不徹底であることと、議会が金融システム救済のための公的資金の追加的な注入を承認しなかったことの2つを懸念材料として挙げたうえで、状況が悪化していることには注意を要するとの発言があった。
もっとも、このうちの前者の委員は、アジア経済が米国経済減速の影響を受けてはいるが、中には、IT関連分野を中心に堅調な推移を示している国もあることから、東アジア経済は、二極化しているとは言え大きく失速する可能性は小さい、との考えを示した。
会合では、個人消費についても発言があった。複数の委員は、家計の支出態度を積極化させる方策として、(1)確定拠出型年金(いわゆる401K)を早期にスタートさせて、家計の資産形成に対する金融資本市場の貢献をより大きなものとする、(2)年金、社会保障、金融機関のバランスシート問題など、家計の将来不安を和らげるような施策を行う、といったことが必要であると述べた。また、ほかの委員からは、所得が下げ止まり、消費性向も安定しているわりには、個人消費関連の指標が弱く、個人消費の実勢が正確に把握されていない可能性があるとみられる、という考えが示された。
このほか、物価面では、ひとりの委員が消費者物価指数の見方に関して、このところ生鮮食品価格は輸入品の浸透を受けて下落傾向を続けているが、この点は衣料品の価格低下と同様であるとしたうえで、供給サイドの変化を整合的に把握するという観点に立つと、生鮮食品価格を含めた総合ベースで消費者物価指数の点検をすることも必要ではないか、との考え方を述べた。
別の委員は、石油価格について、現状はWTIベースでみて34〜35ドル程度で揉み合っているが、80年代からの米国主要石油会社の在庫極小化戦略が、ここ数年の大手石油会社の合併により一段と促進されており、この結果、石油価格のボラティリティが増大していることに注意する必要がある、との見方を述べた。
(2)金融面の動き
金融面では、株価が不安定な動きを続けていることを受けて、その背景や実体経済活動に及ぼす影響などについて、各委員からの発言があった。
まず、株価の低迷の背景については、多くの委員から、(1)市場の景況感が慎重化していることを示している、(2)米国株価の下落の影響を受けている、といった指摘があった。
このうち、複数の委員は、株価の低迷、長期金利の低下、および円相場の軟調という金融資本市場全体の相場展開は、市場の景況感が慎重になっていることを示す典型的なパターンである、との見方を述べた。
また、別の委員からは、株価の低迷は、こうした国内要因以上に、ITを中心とする世界的な株価調整の影響を受けている、といった見解が示された。この委員は、その根拠として、主要国株価指数の年初来の最高値からの下落率を、為替相場調整後のベースでみると、電気通信などのハイテク・セクターのウェイトが高い日本、ドイツで大きくなっていることなどを指摘した。そのうえで、海外投資家が国内株式取引の半分近くを占めている現状では、国内の株価形成における海外要因の影響力は一段と高まっている、との見解を述べた。
これらとは別のひとりの委員は、長期金利について言及し、(1)市場は、今年度補正予算の成立や、来年度の国債発行額が100兆円に迫るかもしれないといった、国債の需給に関する材料に反応せず、景況感の悪化にのみ反応するようになっている、(2)このため、12月短観の結果次第では長期金利は一段と低下する可能性がある、との見方を示した。
次に、このような金融資本市場の動きが実体経済に及ぼす影響についても議論が行われた。
まず、株価の低迷が実体経済に及ぼす直接的な影響として、ひとりの委員が、企業や消費者のマインドが悪化する可能性を指摘した。もっとも、その委員は、実体経済活動全体がしっかりしていることから、現状ではまだ大きな影響は出ていないという見方を示した。別の委員も、ニュー・エコノミー分野の企業の立ち上がりや新規の雇用に影響が出ることが考えられるが、その度合いは、かなり限定的ではないかという考えであった。
また、何人かの委員は、株価の低迷が金融機関の融資スタンスを一段と慎重化させる可能性についても言及した。ひとりの委員は、株価の下落によって、不良債権処理のための償却原資になりうる株式含み益が大幅に減少していることが懸念されると発言した。別の委員も、日本の株価がさらに下落すると、銀行や生保の経営に影響が出てくる惧れがあると述べた。
ほかの何人かの委員も同様の問題意識を示したが、それらの委員からは、あわせて、(1)金融機関の融資姿勢は、すでに融資先の信用リスクを適正に反映する方向となっており、株の含み益の減少によってこれが一段と厳しくなるとは考えにくい、(2)企業の資金需要が依然として低迷しているため、仮に金融機関の融資スタンスに変化が生じたとしても、企業活動がすぐに強く制約されることはない、(3)日本では、米国と異なり、社債と国債との間のスプレッドが安定していることからみても、企業の資金調達に支障は生じていないと判断される、といった指摘があった。もっとも、このうちのひとりの委員は、株価の低迷が年度末まで続くような場合には状況が変化しうるので、今後の動向については、注意深く点検していく必要があるとの認識を付け加えた。
こうした議論とは異なる視点として、複数の委員は、景況感の下振れに合わせて、長期金利が低下したり、円相場が軟化することは、それ自体市場の自律的な反応であり、企業収益や投資環境をサポートするといった一種のバッファー機能がある面にも注目したい、との考えを述べた。
IV.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要
以上のような金融経済情勢を踏まえて、当面の金融政策運営の基本的な考え方が検討された。
多くの委員の金融経済情勢に関する認識は、(1)「景気は緩やかに回復している」という前回会合までの基調判断を修正する必要はない、(2)実体経済面や市場の景況感は、やや弱い方向に動いているとみられるが、現状は、「経済・物価の将来展望とリスク評価」の中で示した標準シナリオの範囲内の動きである、との認識を共有した。
こうした情勢判断を踏まえ、委員の大勢は、(1)当面は現在の緩和的な金融環境を維持し、景気回復をサポートするとともに、(2)「経済・物価の将来展望とリスク評価」に述べられた様々なリスクについて十分な目配りをしながら、民間需要の自律回復力の強さや持続性、内外市場の動向などを点検していくことが重要である、という見方で概ね一致した。この結果、現在の金融市場調節方針を継続することが適当である、との判断に至った。
これに対して、別のひとりの委員は一段の金融緩和を主張し、そのフィージビリティの高いひとつの手段として、消費者物価(CPI)上昇率に目標値を設けたうえで、マネタリーベース・ターゲティングに移行し、その実現のために日銀当座預金残高を増やすことを提案した。この委員は、その理由として、(1)景気動向指数、鉱工業生産、株価動向などを踏まえると、景況感の悪化は明らかである、(2)消費者物価指数、卸売物価指数、GDPデフレーターがいずれも下落しているほか、地価は下落幅を拡大しているなど、デフレ的な状況が続いている、(3)したがって、10月末に決定した「経済・物価の将来展望とリスク評価」における「緩やかな回復が続く」という標準シナリオが崩れる可能性がさらに高まっている、(4)消費者物価指数の目標を公表すべきである、(5)見通し数値の公表については、ECBが、スタッフ作成の需要項目別数値を2年先まで公表することとしたことを、日本銀行も参考にすべきである、といった点を列挙した。
V.政府からの出席者の発言
会合の中では、大蔵省からの出席者より、以下のような趣旨の発言があった。
- わが国経済は、企業部門を中心に自律的回復に向けた動きが継続し、全体としては緩やかな改善が続いている。ただし、雇用情勢は依然として厳しく、個人消費も概ね横這い状態が続いているなど、家計部門の改善が遅れており、企業収益の大幅な改善が個人消費の増加に繋がっていくのかどうか、未だ確信を持てるような状況にはない。物価面でも、原油価格の高騰にもかかわらず、消費者物価指数やGDPデフレーターの前年比マイナスが続いている。原油価格の高騰や、このところ軟調な展開が続いている株式市場をはじめ内外の市場の動向が経済に与える影響についても、十分注視する必要がある。
- こうした状況のもとで、政府は、経済対策を決定し、これを受けて編成された平成12年度補正予算が11月22日に成立した。政府としては、今回の補正予算を着実に実行することにより、景気の自律的回復に向けた動きを本格的回復軌道に確実に繋げるとともに、わが国経済の21世紀における新たな発展基盤の確立を図っていきたいと考えている。また、企業の年末金融について資金供給に万全を期す必要があると考えており、近日中に政府系金融機関と民間金融機関との意見交換を行う予定である。
- 日本銀行におかれては、政府による諸施策の実施と合わせ、わが国経済を民需中心の本格的な回復軌道に乗せていくよう、経済の動向を注視しつつ、豊富で弾力的な資金供給を行うなど、適切かつ機動的な金融政策運営を行って頂きたい。
経済企画庁からの出席者からは、景気の認識について上記の大蔵省からの出席者と同趣旨の発言があった。そのほか、以下のような発言があった。
- 景気の下方リスクとしては、企業倒産の動向、米国経済やアジア経済の動向、原油価格の推移、さらには株価の下落が心理的な影響を及ぼすことなどがあり、これらについて、今後警戒感をもって注視していくことが必要である。
- 今般95年基準の「93SNA」を公表した。平成11年度の実質GDPは0.9%上方修正の1.4%となったが、一方、GDPデフレーターは0.4%下落幅を拡大して−1.5%となった。こうした中で、景気を本格的な回復軌道に乗せていくためには、ゆるぎない構造改革を推進していくことが必要であり、そうした観点で先般新たな経済対策を策定した。これらを含む諸施策を引き続き推進していくことが必要である。
- 日本銀行におかれても、今後とも金融・為替市場の動向に応じながら、豊富かつ状況に応じて弾力的な資金供給を行うなど、引き続き景気回復に資するような金融政策運営をお願いしたい。
VI.採決
以上のような議論を踏まえ、会合では、現在の金融市場調節方針を継続することが適当である、という意見が大勢を占めた。
ただし、ひとりの委員からは、CPI上昇率およびマネタリーベースの伸び率に目標値を設定して、量的緩和に踏み切ることが適当である、との考えが示された。
この結果、次の2つの議案が採決に付されることとなった。
中原委員からは、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、「中期的な物価安定目標として2002年10〜12月期平均のCPI(除く生鮮)の前年同期比が0.5〜2.0%となることを企図して、次回決定会合までの当座預金残高を平残ベースで7兆円程度にまで引上げ、その後も継続的に増額していくことにより、2001年7〜9月期のマネタリーベース(平残)が前年同期比で15%程度に上昇するよう量的緩和(マネタリーベースの拡大)を図る。なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記マネタリーベースの目標等にかかわらず、それに対応して十分な資金供給を行う。」との議案が提出された。
採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。
議長からは、会合における多数意見をとりまとめるかたちで、以下の議案が提出された。
議案(議長案)
次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとし、別添のとおり公表すること。
記
無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.25%前後で推移するよう促す。
採決の結果
- 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、武富委員、三木委員篠塚委員、植田委員、田谷委員
- 反対:中原委員
中原委員は、(1)株価の下落は、銀行の自己資本を毀損しているほか、生保の経営状況にも大きな影響を及ぼしており、企業マインドの悪化や逆資産効果を通じて、景気の腰を折りかねない、(2)物価指数は軒並み前年比マイナスであり、深刻なデフレが続いている、(3)民需の自律回復がなかなか実現せず、大きなデフレギャップが残存している、(4)オーバーナイト金利を0.25%とする政策の目標が不明確であり、アカウンタビリティを十分果たしているとは言えないため、定量的な物価目標ガイドラインが必要である、といったことを挙げたうえで、現状維持の政策では不十分であるとして上記採決において反対した。
以上
(別添)
平成12年11月30日
日本銀行
当面の金融政策運営について
日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を、以下のとおりとすることを決定した(賛成多数)。
無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.25%前後で推移するよう促す。
以上