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金融政策決定会合議事要旨

(2001年 2月 9日開催分)*

  • 本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、2001年3月19日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

2001年 3月23日
日本銀行

(開催要領)

1.開催日時
2001年2月9日(9:00〜12:18、13:02〜17:13)
2.場所
日本銀行本店
3.出席委員
  • 議長 速水 優(総裁)
  • 藤原作弥(副総裁)
  • 山口泰(  副総裁  )
  • 武富将(審議委員)
  • 三木利夫(  審議委員  )
  • 中原伸之(  審議委員  )
  • 篠塚英子(  審議委員  )
  • 植田和男(  審議委員  )
  • 田谷禎三(  審議委員  )
4.政府からの出席者
  • 財務省 若林 正俊 財務副大臣(9:00〜13:31)
    田村 義雄 大臣官房総括審議官(13:31〜17:13)
  • 内閣府 小林 勇造 内閣府政策統括官(経済財政—運営担当)(9:00〜12:18)
    坂井 隆憲 内閣府副大臣(13:02〜17:13)

(執行部からの報告者)

  • 理事松島正之
  • 理事増渕 稔
  • 理事永田俊一
  • 企画室審議役白川方明
  • 企画室参事役鮫島正大(9:00〜11:23、13:02〜17:13)
  • 企画室企画第1課長雨宮正佳
  • 企画室企画第2課長田中洋樹(9:00〜11:23、13:02〜17:13)
  • 金融市場局長山下 泉
  • 調査統計局長村山昇作
  • 調査統計局企画役吉田知生
  • 国際局長平野英治

(事務局)

  • 政策委員会室長横田 格
  • 政策委員会室審議役村山俊晴
  • 政策委員会室調査役飛田正太郎
  • 企画室調査役内田眞一
  • 企画室調査役清水誠一

I.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要

1.最近の金融市場調節の運営実績

 金融市場調節は、前回会合(1月19日)で決定された金融市場調節方針 1 にしたがって運営した。この結果、オーバーナイト金利は、総じて0.25%前後で推移した。この間、金融機関が次第にRTGSの下での資金繰りに慣れ、国債発行日などを無事にこなしたこともあって、RTGS導入に伴う資金需要の増加は、一段落している。こうした中で、市場の関心は、年度末越え資金の調達に移っている。

  1. 「無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.25%前後で推移するよう促す。」

2.金融・為替市場動向

 株価は、1月末にかけて比較的底固い動きを示したのち、2月入り後は、NASDAQが下落するとともに、日本経済の先行き見通しが慎重化する中、下落に転じ、昨日(2月8日)は、昨年第3四半期のGDP(2次速報値)の下方修正などを受けて、昨年初来の最安値を更新した。先行きについては、値頃感などから大きく値を下げる可能性は低いという見方が引き続き多いものの、(1)米国経済・株価の調整が予想以上のものになることへの警戒感、(2)国内企業の業績下方修正懸念、(3)持合い解消売り圧力などによる需給悪化懸念などから、しばらくは最安値圏で推移する、との見方が多い。

 債券市場では、前回決定会合における「議長から執行部への指示について」の公表を受けて、買い安心感が広がり、長期金利は、長期、超長期ゾーンを中心に低下した。

 為替市場では、米国景気の減速感の強まり等を背景に、円安の進展が一服し、やや反発する展開となった。先行きについては、日米両国のファンダメンタルズ、今回の決定会合で打ち出される流動性供給方法の改善策の内容、G7の議論などが注目されている。

3.海外金融経済情勢

 米国の実体経済は減速傾向が一段と明らかになっており、民間機関の成長率見通しも下方修正が続いている。昨年第4四半期の実質GDP(事前推計値)は、個人消費の減速に加え、設備投資も前期比減少に転じたことから、前期比年率1.4%と、伸び率が低下した。このように最終需要の伸びが鈍化し、在庫率がなお高まっているもとで、生産の減少が続き、雇用面でも、失業率が若干上昇するなど、労働需給の緩和がみられる。この間、消費者や企業のコンフィデンスは、引き続き悪化している。

 こうした中で、米国連銀は1月末のFOMC(連邦公開市場委員会)で、政策金利であるFFレートの誘導目標を0.5%引き下げ、5.5%とした。

 米国金融市場では、年初以来の相次ぐ利下げの効果が浸透するとの期待から、不安感がやや後退している。すなわち、投資家の信用リスクに対する懸念は幾分和らぎ、低格付社債の高格付社債に対する利回りスプレッドが縮小したほか、社債発行も増加している。また、株価のボラティリティも低下している。ただ、銀行の貸出基準は引き続きタイト化しており、信用力の劣る企業にとっての資金調達環境は、厳しい状況が続いている。

 ユーロエリアでは、生産の伸びが昨年央から低下を続け、輸出の伸びも鈍化するなど、スローダウンの兆しがみられている。ただ、雇用情勢の改善や主要国における相次ぐ減税の効果などから、個人消費を中心に、底固い景気展開が続いている。

 東アジア諸国では、昨年秋以降、米国景気の減速や半導体需要の伸び鈍化等を反映して、輸出の増勢が急速に鈍化し、一部の国では内需にも減速の兆候が見られ始めている。こうした状況下、韓国、台湾、香港などで、政策金利の引き下げが相次いで行われた。

4.国内金融経済情勢

(1)実体経済

 わが国の景気は、緩やかな回復傾向を続けているが、そのテンポは輸出の減速により鈍化している。

 最終需要面をみると、設備投資は増加を続けている。個人消費は、全体としてみれば依然回復感に乏しいものの、一部には明るい指標もみられている。住宅投資はほぼ横這いで推移している。また、公共投資は減少テンポが鈍化している。一方、純輸出は輸出の減速と輸入の増加により減少している。

 こうした最終需要動向の下、生産の増加テンポは、輸出の減速を主因にかなり鈍化している。企業収益は改善を続けているとみられる。家計の所得環境は、引き続き厳しい状況にあるが、労働需給が改善傾向にあるなど、底固く推移している。冬季賞与は、毎月勤労統計の特別給与によれば、12月(速報)、11月〜12月計とも、前年比−1.5%と、これまで公表されたアンケート調査と比べ、かなり弱めとなっている。この点は、景気に対してかなり遅行して決まる公務員・準公務員の賞与の減少などが影響している可能性があるが、いずれにしても確報等を待って判断する必要がある。

 この先、景気回復の持続が展望できるかどうかの判断は、海外景気に変調が生じている中で、わが国の企業部門を起点とする所得創出のメカニズムが途切れることなく続くかどうかにかかっている。この点、当面の鍵となるのは、生産と企業収益の動向であるが、生産は当面横這い圏内で推移するとみられる。また、円安がクッションとして作用していることもあって、製造業の増益基調が崩れたと判断する材料には乏しい。もっとも、生産活動が回復しないまま時間が経過すれば、いずれ日本企業の収益改善が止まり、設備投資も調整局面に入ることは避けられない。米国・東アジア経済の減速テンポが速まっているように窺われるだけに、その調整の程度と長さについて、今後とも注意深くみていく必要がある。また、株価の低迷が続く中で、企業や家計の心理が冷え込むことがあれば、それ自体が景気に対する負のショックとなるので、企業や家計の心理面を通じるダウンサイド・リスクについても、引き続き警戒が必要である。

 物価の先行きについてみると、現状では、在庫調整の範囲はかなり限定的であり、労働需給も総じて改善傾向にあることから、国内民需を中心とした国内需給バランスの改善基調という判断を変える必要はないとみられる。しかし、一部の財が輸出の減少を起点とする在庫調整に入るなど、需給バランスの改善は一本調子では進みにくい状況となっている。また、原油価格が昨年末に急落しているほか、技術進歩や規制緩和(通信料金)が引き続き下落方向に作用すると考えられる。さらに、流通合理化の影響も、徐々に弱まりつつも、ある程度尾を引く可能性が高い。他方で、このところの急速な円安は、輸入物価の上昇を通じて国内物価の下落を抑制する方向に働くと考えられる。このような事情を総合すると、各種物価指数は、当面、総じてやや弱含みで推移する可能性が高いと予想される。

(2)金融環境

 株価の下落が金融環境にどのような影響を及ぼしているかについてみると、まず、金融機関の融資姿勢にはほとんど変化はみられていない。なお、中小企業金融公庫や商工中金の1月調査では、中小企業の「資金繰り判断」が幾分悪化した。この点は、(1)悪化した業種では、売上面でも判断が悪化していることや、(2)同じ中小企業金融公庫の「貸出態度判断」に変化はないことも勘案すると、金融機関の融資姿勢の変化を示唆するものではないと考えられるが、今後の動きには注意する必要がある。

 また、市場を通じた資金調達については、エクイティ・ファイナンスのごく一部に、株式の公開が先送りされたり、調達規模が圧縮されるケースがみられるが、社債の発行は安定的に推移しているほか、CPの発行は増加しているなど、全体として大きな変化は生じていない。

 以上総合すると、金融機関の貸出態度や企業金融は、これまでの緩和された状態が続いているとみられる。ただ、株価の動向が企業の資金調達環境に及ぼす影響については、今後とも注視していく必要がある。

 1月のマネタリーベースは、前年、「コンピューター2000年問題」への対応のため、大幅増加となったことの裏が出る形で、前年比では大幅なマイナス(−5.6%)となった。ただ、1月の残高は、昨年1年間の平均を上回っている。マネーサプライ(M2+CD)は、昨年夏場頃と比べてやや伸びを高めているが、これは主として郵便貯金からの資金シフトによるものと考えられる。

 企業の倒産件数は、引き続き高水準ではあるが、このところ、若干弱含みとなっている。今後は、中小企業の資金繰りの状況や、3月末に中小企業金融安定化特別保証制度の取扱いが終了することの影響などを注意してみていく必要がある。

II.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要

 会合では、前回会合以降に得られた金融経済指標や情報などをもとに、(1)日本経済は、「緩やかな回復」という標準シナリオの範囲内にとどまっているのか、(2)世界経済の減速、内外株価の下落といった景気の下振れリスクはどの程度大きくなってきているか、という点について、議論が行われた。

 まず、景気の現状については、輸出・生産の減速により、回復のテンポが鈍化しているという認識で概ね一致した。この間、一人の委員は、国内民需の伸びを輸出減が相殺し、生産は前期比ほぼゼロ成長になっている以上、景気は「踊り場」状態になっているとして、厳しい認識を示した。

 一人の委員は、輸出について、アジア向け輸出の低下が明らかになっており、対米輸出も鈍化し始めていると述べた。こうした下で、生産は当面横這い圏内の動きになるとの見方で、多くの委員の認識が一致した。

 回復の起点である企業収益について、ある委員は、生産の伸び悩みや物価が弱含んでいることを踏まえると、来年度を展望して今年のような増益は困難になってきていると述べた。また、この点に関連して、別の一人の委員とともに、円安の動きは、企業収益の有力なサポート材料になるので、ファンダメンタルズを反映した動きである限り、受け入れていくべきであろう、とコメントした。

 設備投資について、多くの委員は、各種先行指標の動きなどからみて、しばらくは増勢を続けるとの見方を示した。ただ同時に、先行きについていくつかの懸念材料が指摘された。ある委員は、(1)機械受注の下振れ、(2)建築着工床面積の減少、(3)法人企業動向調査で非製造業の設備投資計画が下方修正されたこと、などを挙げた。また複数の委員が、法人企業動向調査で比較的大規模な企業の景況感が悪化してきていることや、各種の調査で中小企業の業況感が悪化していることなどを指摘した。

 この点に関連して、一人の委員は、企業の現場の感覚として、ここまで量は戻ってきたが、そこで踊り場を迎えており、量の面での景況感は「平時」にあるが、価格の下落、下がった価格が戻らないことがビジネス・マインドを悪化させている、とコメントした。別の一人の委員は、こうした景況感の慎重化や最近の株安が、来年度の設備投資計画の慎重化をもたらす惧れもあるのではないか、と指摘した。

 この間、もう一人の委員は、設備投資の先行きについて、新技術の具体化や高付加価値商品に関する投資など、ある程度景気変動と独立して動く部分もあると考えられる、と指摘しつつ、世界経済の減速や先行きの不透明感は、見通しを抑制する方向で働く、との見方を示した。一方、ある委員は、96年に行われた米国の通信法改正が、その後の米国の情報化投資を加速させたことを紹介し、わが国でも、現在国会で審議されているIT関連法案がうまく機能すれば、新規投資に良い効果をもたらす可能性がある、と指摘し、悲観的に傾斜することの懸念を示した。こうした議論を踏まえ、多くの委員から、3月から4月にかけて公表される各種のアンケート等によって、来年度の企業の事業計画を確認していくことが当面のポイントとなる、という認識が示された。

 雇用・所得情勢については、何人かの委員が、12月の特別給与が前年比マイナスとなった点に言及した。ある委員は、特別給与がマイナスとなった点は気がかりな材料であるが、労働市場の改善傾向が続いていることを踏まえれば、全体として雇用・所得情勢は底固いとの判断で良いのではないか、との見方を示した。一方、別の委員は、雇用・所得の改善は、昨年10月に「経済・物価の将来展望とリスク評価」を公表した時点で想定していたよりもかなり弱かった、とコメントした。

 次に、昨年7〜9月期のGDP成長率(2次速報値)が下方修正されたことについて、何人かの委員がコメントした。これらの委員は、(1)短観などの設備投資計画が、計画通りではないにしても、ある程度実現していくとすれば、設備投資は年度後半にかけて増加していく可能性が高い、(2)公共投資も年央までは増加傾向が見込まれる、(3)労働市場の改善傾向が続いており、消費が大きく落ち込むおそれは少ない、といった点を勘案すれば、年度後半、生産はほぼ横這いで推移したとしても、GDPベースでは多少の増加が見込まれる、との見方を示した。

 以上のような議論を経て、多くの委員は、回復のテンポは鈍化しているが、緩やかな回復が途切れているわけではない、との見方を示した。ある委員は、景気は「踊り場」にあり、今のところ後戻りの気配はないものの、そうした懸念が出てくるかどうか注視すべき状況であると表現した。別の委員は、現在の日本経済は、標準シナリオの「下限ぎりぎり」を何とか走っているという状態ではないか、との評価を述べた。この間、一人の委員は、委員の大勢の見方との違いは微妙ではあるが、想定したような回復力は期待できなくなってきている、と述べた。

 一方、別の一人の委員は、標準シナリオは既に崩れており、国内経済は景気後退の入り口にある、との認識を示した。この委員は、景気判断は、様々な期間の景気循環を単一のものと捉えて行うべきであると述べ、景気動向指数の分析を示した。この委員は、(1)需給ギャップおよび企業の利潤率と関連性がある景気動向指数CI(コンポジット・インデックス)の一致・遅行比率が大きく下落している、(2)景気動向指数の一致系列の指標の半分以上が昨年8月以前にピークをつけた、と指摘し、2000年度後半以降の景気は停滞から後退に移行する初期の段階であり、2001年度は景気がさらに下振れるリスクが大きい、との見方を示した。

 景気の先行きについては、下振れリスクが大きくなっている、という認識で一致した。ある委員は、回復メカニズムの根幹にかかわる部分でのリスクが高まっている、と述べた。

 まず、米国経済の急激な減速が明らかになっている点について、多くの委員が言及した。ある委員は、国際機関や民間のエコノミストの間では、下期にかけて回復を予想する向きが多いとしたうえで、(1)調整が急激であっただけにV字型の回復をすると考えるのか、それとも、(2)長期にわたる景気拡大が続いた分、調整も大幅なものになると見るのかは見方が分かれるが、今後の行方は不透明であるので、より慎重に見ていくべきである、と述べた。また別の委員も、日本のバブル崩壊の経験からしても、米国経済の調整がどの程度で終わるのか、なかなか見通しがたい、と述べ、最近の経済指標の急激な悪化からみて、米国経済の先行きについてはかなり慎重にみておくべきではないか、との見解を示した。このほか、今後IT関連分野で、設備投資の本格的な調整局面を迎えると考えられる、との意見も示された。また、別の委員は、(1)求人広告の大幅減少、(2)雇用者所得の減少(非農業部門、3か月前比)、(3)消費者コンフィデンスの低下、などを指摘し、米国経済は明らかに景気後退局面に入っている、との見方を明らかにした。この委員は、(1)米国のIT投資はピークアウトした、(2)家計のバランスシート調整が成長の足を引っ張るおそれがある、(3)カリフォルニア州の電力問題が場合によって米国全体に大きな影響を与えかねない、といった点を付け加えた。さらに、原油価格について、世界景気の鈍化が進んで供給過剰の可能性が出てきており、一旦25ドル/バーレルを割ると下落幅はかなり大きくなる、という見通しを示した。

 株価下落の影響については、まず、株式含み益の減少から、企業の信用力や金融機関のリスク・テイク能力が低下していないか、について議論された。ある委員は、これまでのところ、金融機関の貸出運営スタンスに大きな変化はみられないし、企業の資金調達が困難化するような兆しもみられていない、と述べた。ただ、中小企業金融公庫や商工中金のアンケートでは、中小企業の「資金繰り判断」が幾分悪化しているといった動きもあるので、これが一時的なものなのかどうか、注意してみていきたい、と付け加えた。

 また、消費者や企業のコンフィデンスが悪化していないか、という点について、ある委員は、消費者コンフィデンスは、この間、改善傾向を続けており、日本の場合、家計のマインドに対しては、株価よりも、雇用や所得環境の影響の方が大きいということではないか、とコメントした。

 こうしたもとで、多くの委員は、株価の下落は、これまでのところ実体経済活動に対して、深刻な悪影響を及ぼしているわけではない、という認識で一致した。もっとも、複数の委員は、株価の下落をきっかけに個別企業や金融機関の問題がクローズアップされ、それが金融市場の機能やコンフィデンスに悪影響を及ぼす「イベント・リスク」などに、引き続き注意する必要がある、と述べた。このうち一人の委員は、金融機関の多くはこの3月期には時価会計を導入しないが、市場は実態に応じて評価するので、そのことで、リスクが軽減されるわけではない、と付け加えた。一方、ある委員は、欧米の機関投資家間で中長期の信用リスクを回避するために取引されているクレジット・デフォルト・スワップのレートが、邦銀や日本国債について上昇してきており、わが国の経済・金融機関を見る目が一段と厳しくなってきている、と指摘した。

 以上のような議論を経て、多くの委員は、日本経済の先行きについては、現時点で「緩やかな回復」というパスが困難になっているとはいえないが、「世界経済の減速」と「株価の下落」の帰趨如何によっては、踊り場に止まらず、後退色を強めるかもしれない、といった認識で一致した。ある委員は、こうしたリスク要因が、「標準シナリオの下限ぎりぎり」という経済のパスをさらに引っ張ることになるのかどうか、非常に判断の難しい局面に入っている、と述べた。別の委員は、リスクが既に顕現化してきたと評価するべきではないか、として、さらに慎重な見方を示した。

 物価について、多くの委員は、規制緩和、技術革新、内外価格差の是正などの供給サイドの要因が強く働いている、との認識を示す一方、景気回復のペースが鈍ってきている中で、需要サイドの要因の重要性が増してきている、との見方を共有した。ある委員は、今年度のGDPが1%台前半程度になるとすると、この間需給ギャップは横這いか若干拡大している可能性もあると述べ、こうした見方は、各種の物価指数の動きとも概ね整合的である、と付け加えた。その上でこの委員は、需要面からの物価低下圧力が劇的に高まっているということではないが、来年度の成長率がさらに低下するようであれば、物価低下圧力が相当強まるリスクもある、との評価を示した。別の委員も、生産の伸びのスローダウンが長引く場合には、需要の弱さからくる物価下落圧力について違った評価が必要になるかもしれない、と述べた。この間、一人の委員は、需給バランスの崩れによる価格下落懸念が現実化しつつあり、また、構造改革先送りの弊害として、本来、市場から退出せざるをえない「負け組」企業が、コスト無視の価格で勝負に出るため、「勝ち組」企業までが価格競争に巻き込まれ体力を疲弊させるという形の物価下落現象がみられている点も問題だ、と述べた。

 また、多くの委員が、足許の景気回復ペースの鈍化は、主として世界経済の減速によってもたらされているものではあるが、その根底には日本経済の構造的な問題が存在している、と指摘した。ある委員は、市場の景況感が実体経済以上に慎重化している背景には、構造改革後の姿がなかなか見えてこないことがある、と指摘した。また別の委員は、株価の下落に関連して、海外投資家は、金融システム問題の抜本的な、最終段階の対策が打ち出されるかどうか、という点に注目している、と指摘した。この委員は、金融と産業を一体で捉えた抜本的な構造改革面の諸施策が是非必要であると述べた。別の委員は、需要構造の変化に対応できない企業を残存させたまま、構造改革が道半ばで先送りとなっていることが、景況感の悪化につながっていると指摘し、「景気回復を進めて構造改革を」という発想を、「構造改革を進めて景気回復を」という方向に切り替え、市場原理の下、民間の自助努力で構造改革を進め、金融システム不安を断ち切る必要がある、と指摘した。具体的には、(1)企業・家計の先行き不安を解消するため、政府は、財政赤字、税制、年金・医療などの社会保障、不良資産処理等の道筋を示すスケッチを明示すべきである、(2)政府の役割は、規制緩和、税制面でのサポート、雇用の流動化、新産業の育成のための基盤作りなど環境整備に徹することである、(3)構造改革によってもたらされるデフレ圧力を防ぐため、金融政策面では、低金利と潤沢な資金供給によって流動性を担保していくことが重要である、と述べた。この間、一人の委員は、持続的な景気の拡大を期待するには、経済構造の変化による生産性の上昇がなければならないが、そうした構造変化が起こってきているからこそ、景気下押し圧力が強まってきているという側面がある、と指摘した。

III.金融市場への流動性供給方法の改善

(1)執行部からの報告

 前回決定会合における議長から執行部への指示を受けて、金融市場への流動性供給方法の改善について、執行部から報告を行った。

 現在の流動性供給方法については、オーバーナイト金利の誘導目標を実現するうえで、特に問題が生じているわけではないが、最近における内外経済情勢や金融資本市場の動向を踏まえると、以下のような観点から見直しを行う余地がある。

 すなわち、第1に、現在の金融調節の枠組みは、市場における不測の資金ニーズに対して、柔軟かつ機動的に対応する仕組みには必ずしもなっていない。また、マクロ的に十分な資金供給を行っていても、一部の金融機関が資金を大量に抱え込むようなことがあれば、他の金融機関に十分資金が行き渡らないこともあり得る。そこで、市場における変化やショックに対し柔軟に対応する能力を強化することはできないか、という点である。第2に、現在は市場の主要プレイヤーを対象として流動性を供給しており、中小金融機関には基本的に日銀信用へのアクセスが認められていないが、この範囲を拡大することはできないか、という点である。第3に、現在は市場に返済圧力のかかる形のオペが中心となっているが、短期資金を安定的に供給していくうえで、運用面の工夫はないか、という点である。

 こうした観点からは、(1)ロンバート型貸出の導入、(2)短期国債アウトライト・オペの積極活用、(3)手形オペ(全店買入)導入の具体化、の3つの改善策が考えられる。

 以上の報告に対して、委員の間では、大枠として執行部からの報告に沿ったかたちで流動性供給方法の改善策を講じていくことが適当、との認識が共有され、より具体的なスキームをもとに議論することとなった。このため、議長は、執行部に対して、以上の3つの改善策について具体案を作成し、再度報告するように指示した。

 これを受けて、執行部は、以下の具体案を作成し、改めて報告を行った。

  1. (1)ロンバート型貸出の導入
     幅広い対象先に対し、公定歩合(現状、市場金利より高め)で、取引先からの申込みを受けて、本行が受動的に貸し応じる形の貸出ファシリティを導入してはどうか。このように、取引先の不測の資金不足に備えたstandby lending facilityを用意することで、市場に流動性に関する安心感を与えることができる。また、適用金利である公定歩合は、市場金利の上限を画することになる。なお、貸出対象先については、本支店管下の中小金融機関を含め、幅広く認めることとしてはどうか。
  2. (2)短期国債アウトライト・オペの積極活用
     現在は残高のない短期国債アウトライト・オペを積極的に活用して、返済圧力が直接かからない形で、比較的長めの短期資金を市場に供給することとしてはどうか。
  3. (3)手形オペ(全店買入)導入の具体化
     地方の中小金融機関を含めて幅広く資金を供給する体制を整える観点から、既に導入を決定している手形オペ(全店買入)について、本年7月までに実施すべくさらに準備を急ぐこととし、3月中に対象先選定手続を開始する旨、対外的に表明してはどうか。

(2)委員会における検討

 こうした執行部報告の内容に対して、すべての委員が賛意を示した。まず、「ロンバート型貸出」については、(1)市場において何らかのショックが起こった場合にも、フレキシブルに資金供給できる、(2)幅広い相手先に、受動的に流動性を供給する体制を準備することで、健全先であれば、流動性に対する不安はなくなることになり、市場全体に安心感を与えることができる、(3)金利面でも、オーバーナイト金利の上限を画することによって、期末日や何らかのショックによって、金利が跳ね上がることがなくなる、(4)こうした流動性に関する安心感や金利変動の安定化を通じて、オーバーナイト金利のみでなく、短期市場金利全般の安定性確保にも寄与する、といった点を指摘し、適切な手段であるとの認識で一致した。

 ある委員は、こうした仕組みがあるということ自体、市場に安心感を与えるものであり、実際に使われるかどうかにかかわらず、いわば事前的に市場の安定化に貢献するものといえる、と評価した。また別の委員は、今回の措置は、将来の政策変更に関する期待に働きかけるのではなく、流動性調達の不確実性に伴うリスクプレミアムを低下させることで、ターム物金利を低下させるものである、と整理した。

 そのうえで、いくつかの論点について、議論された。

 まず、多くの委員が、今回の措置により、公定歩合に、「オーバーナイト金利の変動の上限を画すことによって、短期市場金利の安定化に資する」という新たな機能が付与されることとなる点に言及した。一人の委員は、「ロンバート型貸出」の適用金利を公定歩合とするか、別の金利とするかは論点になりうる、と問題提起した。この点について、多くの委員は、公定歩合は、近年、アナウンスメント効果を除いて実質的な意義がなくなっていたが、こうした新たな機能を付与することで、金融政策運営上の役割が高まるとして、積極的な評価を示した。別の委員は、こうした新しい公定歩合の意味合いについてのイメージが定着するには多少の時間を要するかもしれないが、丁寧に説明していけば受け入れられるであろう、と述べた。

 また、一人の委員は、金融政策運営上、貸出の機能を復活させる場合には、裁量的な運営とならないようにすることが重要であるが、そうした観点からも、「ロンバート型貸出」のような明確な基準に基づく受動的な貸出制度は好ましい、と述べた。

 複数の委員は、今回の措置の特徴として、日銀が流動性面のサポートを強化することで、金融機関の信用創造を助けるものである、と指摘した。このうち、一人の委員は、これで、健全先の流動性不安は全くなくなるので、それでも銀行信用が回復しないとすれば、別の問題があるというインプリケーションが得られることになる、とコメントした。また、もう一人の委員は、97〜98年のように、金融機関の信用力に問題があった時期には、流動性に働きかける施策だけでは不十分であったかもしれないが、現状では、適切な対応であると述べた。さらに、別の委員も、構造調整をこなしながらの景気回復過程にあって、金融政策によって構造問題を解決することはできないが、流動性の供給という中央銀行が「できるところ」で環境を整備していく、という意味で、今回の措置は、景気の実態に合ったものである、と評価した。

 この間、一人の委員は、今回の措置が経営に不安のある金融機関に対する救済措置であるといった誤解がなされることがないよう、公表文等で十分趣旨を説明する必要がある、と述べた。また、複数の委員が、「ロンバート型貸出」に、何か日本語でわかりやすい名称を付けたほうが良い、とコメントした。

 「短期国債アウトライト・オペの積極活用」と「手形オペ(全店買入)導入の具体化」の2つの措置についても、幅広く安定的な資金供給を行っていくうえで有益である、との見方で委員の意見は一致した。一人の委員は、現在のオペに比べて広範な相手先に中央銀行信用へのアクセスを認めることは、流動性に対する安心感を広く行き渡らせる効果がある、と評価した。また、別の委員は、短期国債アウトライト・オペは、取引相手方に返済圧力のかからない資金供給方法であり、これを積極活用することは意味がある、と述べた。

 以上の議論を踏まえて、議長から、「基準貸付利率(公定歩合)により受動的に実行する貸出制度を、別添骨子(別添2「ロンバート型貸出の骨子」参照)により導入することとし、平成13年3月実施に向けて具体的準備を進める」との議案が提示され、採決の結果、全員一致で決定された。

IV.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

 続いて、当面の金融政策運営の基本的な考え方が検討された。

 多くの委員の金融経済情勢に関する認識は、(1)わが国の景気は、緩やかな回復を続けているが、輸出の減速により、回復テンポは鈍化している、(2)海外経済がさらに減速する可能性や内外資本市場の動きなど景気に対する下振れリスクが強まっている、(3)物価は、先行きやや弱含みで推移するとみられる、といったものであった。

 こうした情勢判断を踏まえ、委員の大勢は、(1)「緩やかな回復」という標準シナリオを変更するまでには至っておらず、ゼロ金利政策を考える状況ではない、(2)ただし、景気がスローダウンし、下振れリスクも高まっていることを念頭に置けば、何らかの措置を打ち出して、金融緩和の効果を高めることが望ましい、という点で一致した。もっとも、ほとんど追加緩和の余地がない中で、どのような手段が適当かについては、意見が分れた。

 まず、多くの委員は、金融市場調節方針を現状維持としたうえで、公定歩合を引き下げる、という意見を述べた。このうち一人の委員は、ロンバート型貸出にはターム物金利を引き下げる効果が期待できるが、公定歩合の引き下げによって、さらに意識的にターム物金利を引き下げるとともに、若干のアナウンスメント効果も含めて、金融面から景気回復を支援する力を強化することが適当である、との見方を示した。また、別の委員も、ロンバート型貸出の運営のポイントは、オーバーナイト金利の誘導水準と公定歩合との幅をどう設定するかということにある、と指摘したうえで、技術的に可能であれば、できるだけ幅を狭く設定して、緩和効果を高めるのが望ましいと同調した。

 こうした議論の過程で、何人かの委員から、執行部に対して、(1)ロンバート型貸出のターム物金利抑制効果について、何らかの試算はあるか、(2)オーバーナイト金利の誘導水準と公定歩合との幅をどの程度まで小さくすると金融市場調節面等で支障が生じうるか、といった質問がなされた。これに対して、執行部からは、まず、第1の点について、(1)一定の前提のもとで計算すると、誘導水準と公定歩合との幅が現行の25bp(ベーシス・ポイント<0.01%>)の場合、ターム物金利を5bp程度引き下げる効果がある、(2)幅を狭めれば引き下げ効果は若干高まる、(3)ただし、この結果はロールオーバーをどの程度の期間認めるか等の前提によって異なり、相当幅を持って見る必要がある、と説明した。また、第2の点については、過去のオーバーナイト金利のばらつきや、オーバーナイト物と1週間物など期間の短いターム物との金利差などを踏まえると、幅が10bp未満になると、相当程度頻繁にこのファシリティーが利用される可能性がある、と報告した。

 こうした点も踏まえ、多くの委員は、公定歩合を引き下げるとすれば、オーバーナイト金利の誘導水準との幅は、10〜15bp程度が望ましいという認識となった。一人の委員は、これまで公定歩合は0.25%の倍数で定められてきたが、今回は、そうしたことはできないとすれば、例えば、その2分の1の0.125%引き下げてはどうか、とコメントした。一方別の委員は、ベーシス・ポイント単位で区切りのいい数字で、かつ、ぎりぎりまで効果を追求すれば、オーバーナイト金利水準より10bp高い0.35%が良いのではないか、と述べた。多くの委員は、後者の意見に賛意を表した。

 これに対して、一人の委員は、新しい手法を導入するのであるから、取り敢えず、現在の公定歩合水準で実施してみて、その効果や運用の実態をみてから、改めて適用金利水準について考えれば良いのではないか、と指摘し、現時点での公定歩合の引き下げに反対した。

 また、別の複数の委員は、金融市場調節方針を緩和したうえで、公定歩合を引き下げることを提案した。このうち一人の委員は、緩やかな回復というシナリオ自体を放棄するわけではないが、「経済・物価の将来展望とリスク評価」で示したような回復力を期待することは難しくなったとして、こうした景気実態に合わせて金融政策のスタンスを調整する観点から、(1)オーバーナイト金利の誘導目標を0.15%引き下げて、0.10%とするとともに、(2)公定歩合を0.25%引き下げて、0.25%とすることが適当である、との意見を述べた。この委員は、景気実態の変化に直面しても日銀は動かないということで、「硬直的」とみられることは避けるべきではないか、と付け加えた。また、別の委員も、(1)オーバーナイト誘導目標の小幅引き下げ、(2)ロンバート型貸出の持つターム物金利引下げ効果、(3)公定歩合の引き下げは、それぞれひとつひとつの緩和効果は大きくないものの、同時に行えば、それなりの効果を期待できる、と主張した。

 こうした議論の過程で公定歩合引き下げに関し憶測に基づく報道がなされたことについて、多くの委員が強い遺憾の意を表明した。

 この間、別の一人の委員は、CPI上昇率に目標値を設けたうえで、マネタリーベース・ターゲティングに移行し、また、その実現のために日銀当座預金残高を増やすことを主張した。

 その理由としてこの委員は、(1)景気が失速する可能性が高まり、多くの委員が描いてきた標準シナリオが崩れたことがはっきりしてきた、(2)各種物価指数が全般に前年比マイナスとなっており、デフレ・スパイラルの懸念がある、(3)そうしたもとで、実質金利が高止まっており、インフレーション・ターゲティングを導入してデフレ克服への決意を示すべきである、と述べた。

 なお、別のある委員は、今後、(1)金融システム不安がシステミック・リスクにつながるか、(2)実体経済が踊り場状態から後戻りするか、(3)需給バランスの崩れによる物価下落の懸念が顕現化してくるか、に注目し、いずれかが起こる場合には、さらに弾力的な金融政策運営が必要になると強調した。また、国債買い切りオペの増額による量的緩和については、先行き選択肢のひとつと思うが、その実施に当たってはクリアすべき条件が多い、と付け加えた。

V.政府からの出席者の発言

 会合の中では、財務省からの出席者から、以下のような趣旨の発言があった。

  •  わが国経済は、雇用情勢が依然として厳しく、個人消費も概ね横這い状態が続いているほか、輸出の減速を背景に生産の伸びが鈍化するなど、全体として景気の改善テンポがより緩やかになっている。また、米国経済の急速な減速、株式市場の動向など景気の先行きに対する懸念が指摘されている。物価面でも、原油価格の高騰にもかかわらず、消費者物価指数、GDPデフレーターの前年比マイナスが続いており、物価の下落が、実質金利の上昇、実質債務負担の増大などを通じて、経済に与える影響について留意していく必要がある。
  •  政府としては、景気を自律的回復軌道に確実に乗せるため、平成12年度補正予算の円滑かつ着実な執行と平成13年度予算の早期成立に全力を挙げているところである。
  •  日本銀行におかれては、経済を民需中心の本格的な回復軌道に乗せていくよう、経済や市場の動向を注視しつつ、豊富で弾力的な資金供給を機動的に行って頂きたい。また、流動性供給方法の改善を含めて今後の金融政策運営について、金融市場をはじめ内外から強い関心が集まっているが、特に景気の先行きに対する懸念が指摘される中で、物価の下落が続いていることに十分配慮し、時期を失せず適切な対応を採られるようお願いしたい。

 内閣府からの出席者からは、以下のような趣旨の発言があった。

  •  わが国の景気の現状については、企業収益や設備投資が増加しており、自律的回復に向けた緩やかな改善が続いているという判断に変わりはないが、景気改善のテンポはより緩やかになっている。また輸出の弱含みに伴う生産の増加テンポの鈍化に加え、アメリカ経済の減速、内外株価の不安定化など警戒すべき要素が強まっており、これらを注視していくことが必要と考えている。
  •  このような状況を踏まえ、政府としては、引き続き景気回復に軸足を置いた経済運営が重要であると認識している。このため「平成13年度の経済見通しと経済運営の基本的態度」で示されているとおり、まずは経済を自律的回復軌道に確実に乗せるための方策を採るとともに、時代を先取りした経済構造改革の推進等を図ることとしている。
  •  なお、2月2日に行われた経済財政諮問会議における議論について簡単に紹介する。まず、景気動向については、改善のテンポが一層緩やかになってきており、米国経済の減速により輸出が鈍化し、生産の増加テンポが緩やかになっている点に留意が必要という点で共通の認識があった。また、経済社会総合研究所の浜田所長より、日本銀行が短期金利の操作以外の手段も行うことが、日本経済の構造改革を通じた「弱気の均衡」から「強気の均衡」への移行に資する、との意見が示された。また、複数の議員から、金融政策のあり方も視野に置いて、経済財政政策を議論すべきとの趣旨が述べられた。

VI.採決

 以上のような議論を踏まえ、会合では、金融市場調節方針を現状維持としたうえで、公定歩合を年0.15%引き下げ、0.35%とするとの考え方が大勢となった。

 ただし、このほか、(1)CPI上昇率およびマネタリーベースの伸び率に目標値を設定し、マネタリーベースの拡大を図ることが適当である、(2)オーバーナイト金利の誘導目標を0.15%引き下げて、0.10%とするとともに、公定歩合を0.25%引き下げて、0.25%とすることが適当である、という2つの考え方が示された。

 この結果、以下の議案が採決に付されることとなった。

 中原委員からは、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、「中期的な物価安定目標として2002年10〜12月期平均のCPI(除く生鮮)の前年同期比が0.5〜2.0%となることを企図して、次回決定会合までの当座預金残高を平残ベースで7兆円程度にまで引上げ、その後も継続的に増額していくことにより、2001年7〜9月期のマネタリーベース(平残)が前年同期比で15%程度に上昇するよう量的緩和(マネタリーベースの拡大)を図る。なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記マネタリーベースの目標等にかかわらず、それに対応して十分な資金供給を行う。」との議案が提出された。

 採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。

 田谷委員からは、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について「無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.10%前後で推移するよう促す」とともに、公定歩合を「年0.25%引き下げ、年0.25%とし、平成13年2月13日から実施する」との議案が提出された。

 採決の結果、反対多数で否決された(賛成3、反対6)。

 議長からは、会合における多数意見をとりまとめるかたちで、以下2つの議案が提出された。

金融市場調節方針に関する議案(議長案)

次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとし、別添1のとおり公表すること。

 無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.25%前後で推移するよう促す。

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、武富委員、三木委員、篠塚委員
  • 反対:中原委員、植田委員、田谷委員

中原委員は、(1)金融政策に対するいわゆる「包囲網」が狭まっており、現状維持ではさらに追い込まれる危険があること、(2)大勢意見の景気判断は、実体経済の急速な悪化に追いついていないこと、(3)各種物価指数が全般的に下落しており、デフレ・スパイラルに陥るぎりぎりの状況にあること、といった点を理由に、上記採決において反対した。

植田委員は、上記採決において反対したが、論点は先の議論の中で既に明らかになっていると述べた。

田谷委員は、(1)現時点で緩やかな回復が続くというシナリオを放棄するわけではないが、景気の下振れリスクの一部が顕現化しており、企業収益から家計所得への改善の伝播は予想よりも遅い、(2)こうした景気実態に合わせて金融政策のスタンスを調整する必要がある、と主張し、上記採決において反対した。

公定歩合に関する議案(議長案)

日本銀行法第33条第1項第1号の手形の割引に係る基準となるべき割引率(以下「基準割引率」という。)および同項第2号の貸付けに係る基準となるべき貸付利率(以下「基準貸付利率」という。)を年0.15%引き下げ、下記のとおりとし、平成13年2月13日から実施すること。対外公表文は別途決定すること。

基準割引率および基準貸付利率     年0.35%

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、武富委員、三木委員、中原委員、植田委員、田谷委員
  • 反対:篠塚委員

篠塚委員は、景気の先行きについて下振れリスクが一段と高まっていると認識しているものの、(1)政策対応余地がかなり限られている中で、先行き下振れリスクが一段と高まる状況に対してより効果的に政策を発動できるように備えることが必要である、(2)現時点では、現行の公定歩合のもとで今回新たに設けるロンバート型貸出がどのように受け止められるかなどを見極める必要がある、と主張し、上記採決において反対した。

VII.対外公表文の検討

 本日の決定を踏まえて、対外公表文を作成するため、執行部に原案を作成するよう指示があり、この間、会合は一時中断された(16時3分中断、16時11分再開)。原案をもとに、委員の間で議論が行われ、「流動性供給方法の改善策および公定歩合の引き下げについて」(別添2)が採決に付された。採決の結果、全員一致で決定され、同日公表されることとなった。

 なお、会合中に憶測に基づく報道がなされたこと関して、一人の委員から、金融政策に関する議論は世の中の関心を集めやすいだけに、会合参加者間で改めて情報管理を徹底することを確認したいとの意見が表明され、全員の賛意を得た。

VIII.金融経済月報「基本的見解」の検討

 当月の金融経済月報に掲載する「基本的見解」が検討され、採決に付された。採決の結果、「基本的見解」が賛成多数で決定され、それを掲載した金融経済月報を2月13日に公表することとされた。

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、武富委員、篠塚委員、植田委員、田谷委員
  • 反対:三木委員、中原委員

三木委員は、世の中で最も注目される基本的見解の冒頭部分において、回復テンポの「鈍化」という表現だけでは、実体経済の現状とずれがあるし、世間からも「日銀の認識は甘い」とされるとした上で、ほとんどゼロ成長になったことを意味する「停滞」「踊り場」といった表現を加えるとともに、基本的見解の内容全体についても厳し目の見方をにじませるべきである、と強く主張し、上記採決において反対した。

中原委員は、(1)景気判断の根拠が、かつての「デフレ懸念の払拭」を巡る議論と同様、不明確であるので、例えば特定の指標に基づいて判断するなど数量的な根拠を示すべきであること、(2)個人消費に関し、「一部の指標にやや明るさが窺われている」との記述には同意できないこと、(3)在庫について「全体としてなお低水準」とは判断できないこと、(4)企業がリストラを強化している中で、所得環境が「底固く推移している」とは言えないこと、(5)国内の需給バランスは「徐々に改善していくものと見込まれる」とは考えられないこと、などを理由に、上記採決において反対した。

以上


(別添1)
平成13年2月9日
日本銀行

当面の金融政策運営について

 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を、以下のとおりとすることを決定した(賛成多数)。

 無担保コールレート(オーバーナイト物)を、平均的にみて0.25%前後で推移するよう促す。

以上


(別添2)
平成13年2月9日
日本銀行

流動性供給方法の改善策および公定歩合の引き下げについて

  1.  日本銀行は、本日開催された政策委員会・金融政策決定会合において、金融市場に対する流動性供給方法の改善策を講ずるとともに、公定歩合を0.15%引き下げ、年0.35%とすることを決定した。
  1. (1)流動性供給方法の改善策
    1. (i)公定歩合により受動的に実行する貸出制度の新設
      現在の金融市場調節の枠組みでは、金融市場への流動性供給は専ら日本銀行がオファーするオペを通じて行われているが、今回、これに加えて、日本銀行が予め明確に定めた条件に基づき、取引先からの借入申込みを受けて受動的に貸出を実行する制度(いわゆる「ロンバート型貸出」制度)を新設することとし、3月実施に向けて具体的準備を進める。
    2. (ii)短期国債買い切りオペの積極活用
      市場に返済圧力がかからない形で短期の流動性供給を行う観点から、短期国債買い切りオペを積極的に活用する。
    3. (iii)手形オペ(全店買入)導入の具体化
      比較的長めの短期資金を地方所在の金融機関を含めて幅広く安定的に供給していく体制を整備する観点から、既に導入方針を決定している手形オペ(全店買入)について、本年7月までに実施に移すべくさらに準備作業を急ぐこととし、3月中にオペ対象先選定手続を開始する。
  2. (2)公定歩合の引き下げ
    公定歩合を0.15%引き下げ、年0.35%とし、2月13日より実施する。上記(i)の新たな貸出制度は短期市場金利の安定化効果を持つと期待されるが、公定歩合の引き下げは、その効果を一層高めると考えられる。
  1. 今回の措置は、最近における内外経済情勢や金融資本市場の動向を踏まえ、金融市場調節の柔軟性を高めるとともに、幅広く安定的に資金供給を行い、金融面から景気回復を支援する力を強化する観点から、実施することとしたものである。また、日々の金融市場調節面でも、期末に向けて潤沢に流動性を供給していく方針である。
  2. 日本銀行としては、こうした施策を進めることにより、金融市場の円滑な機能の維持と安定性の確保に万全を期し、引き続き、金融面から景気回復を支援していく方針である。

以上


ロンバート型貸出の骨子

目的
金融調節の一層の円滑化の観点から、日本銀行が予め明確に定めた条件に基づき、取引先からの借入申込みを受けて受動的に実行する貸付けを導入し、金融市場の円滑な機能の維持と安定性の確保を図ること
貸付先
信用力が十分な取引先(銀行等のほか、証券会社、短資業者、証券金融会社を含む)
貸付店
業務局または支店
貸付金利
基準貸付利率(公定歩合)
—— ただし、一定の日数を超える頻繁な利用先には高レートを適用
貸付期間
オーバーナイト
—— 一定の日数まで基準貸付利率によるロール・オーバーを認める
担保
本行適格担保
実行方法
取引先からの申込みを受けて、受動的に貸付けを実行する
例外的取扱い
特に必要と認められる場合には、日本銀行は貸付けの拒絶や貸付金額の制限などを行うことができる