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金融政策決定会合議事要旨

(2002年 3月19、20日開催分) *

  • 本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、2002年4月30日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

2002年 5月 7日
日本銀行

開催要領

1.開催日時
2002年 3月19日(14:00~15:50)
2002年 3月20日( 9:00~13:23)
2.場所
日本銀行本店
3.出席委員
  • 議長 速水 優 (総裁)
  • 藤原作弥 (副総裁)
  • 山口 泰 (副総裁)
  • 三木利夫 (審議委員)
  • 中原伸之 (審議委員)
  • 植田和男 (審議委員)
  • 田谷禎三 (審議委員)
  • 須田美矢子(審議委員)
  • 中原 眞 (審議委員)
4.政府からの出席者
  • 財務省 藤井 秀人 大臣官房総括審議官(19日)
    谷口 隆義 財務副大臣(20日)
  • 内閣府 小林 勇造 内閣府審議官(19日、20日 9:00~10:42)
    竹中 平蔵 経済財政政策担当大臣(20日10:55~12:20)

(執行部からの報告者)

  • 理事松島正之(20日10:55~13:23)
  • 理事増渕 稔
  • 理事永田俊一
  • 企画室審議役白川方明
  • 企画室参事役和田哲郎(20日 9:00~9:11)
  • 企画室参事役雨宮正佳
  • 金融市場局長山本謙三
  • 調査統計局長早川英男
  • 調査統計局企画役門間一夫
  • 国際局長平野英治

(事務局)

  • 政策委員会室長橋本泰久
  • 政策委員会室審議役中山泰男
  • 政策委員会室調査役斧渕裕史
  • 企画室企画第2課長梅森 徹(20日 9:00~9:11)
  • 企画室調査役山岡浩巳
  • 企画室調査役清水誠一

I.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要

1.最近の金融市場調節の運営実績

 金融市場調節については、前回会合(2月28日)で決定された方針1にしたがって運営した。日銀当座預金残高は、3月中旬にかけて15兆円程度で推移したが、その後は、期末越え資金需要の高まりに応じて徐々に増加し、足許では17兆円程度となっている。こうした調節のもとで、無担保コールレート翌日物(加重平均値)は、0.001~0.002%で推移した。

 この間、ほとんどの資金供給オペにおいて、引き続き「札割れ」が生じている。

  1. 「日本銀行当座預金残高が10~15兆円程度となるよう金融市場調節を行う。なお、当面、年度末に向けて金融市場の安定確保に万全を期すため、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。」

2.金融・為替市場動向

 短期金融市場では、前回会合における本行の措置を受け、資金調達に対する安心感が広がり、全般に落ち着きを保っている。金融資本市場では、株価の反発をきっかけに、債券高、円高の動きがみられた。

 まず、ターム物金利は、短期国債流通利回りが1年物に至るまで0.001%で推移するなど、引き続き極めて低水準で推移している。2月末にかけて強含んだ期末越えユーロ円レートも、本行の追加措置を受けて資金の出し手の運用スタンスが徐々に積極化したことから、上昇傾向に歯止めがかかっている。

 株価は、空売り規制の強化や米国株価の上昇などをきっかけに反発に転じ、さらに日本経済の底入れ期待が台頭したことから、昨年夏頃の水準まで回復した。投資主体別にみると、2月末頃より海外投資家が買い越しに転じている点が目立っており、これまでウエイトを落としてきた日本株組み入れ比率を引き上げる動きが窺われる。

 円の対ドル相場は、こうした海外投資家からの日本株買戻しの動きをきっかけに、一時126円台まで上昇した。もっとも、その後は、景況感の日米格差が意識されたことなどを背景にドルが買戻され、足許では131円前後の水準で推移している。

 国債流通利回りをみると、株価反発を受けて、邦銀のリスクテイク能力回復への期待から債券買戻しの動きがみられ、1.5%台から1.4%台へ低下した。

 この間、社債市場におけるクレジット・スプレッド(社債流通利回りと国債流通利回りの格差)は、株価の反発にもかかわらず、低格付債を中心に拡大傾向が続いており、市場の信用リスクに対する見方は引き続き厳しい。また、銀行セクター債の信用リスク・プレミアムも、全体として高止まりしている。

3.海外金融経済情勢

 海外経済をみると、米国では景気回復に向かいつつあるほか、欧州、東アジアでも回復に向けた変化が徐々にみられている。また、世界的に株価は上昇基調に転じている。

 まず、米国経済の動向をみると、景気が既に底を打ち、足許では回復に向かいつつあることを示す兆候がみられている。家計部門では、自動車販売や住宅投資などが底固い動きを続けている。また、企業部門では、在庫調整がほぼ終了したほか、生産は2か月続けて前月比プラスとなった。設備投資は引き続き減少傾向にあるものの、先行指標をみると改善の兆しが窺われる。雇用面についても、非農業部門雇用者数が7か月振りに増加となったほか、失業率が低下するなど、雇用調整圧力は幾分和らいでいる。

 米国経済の先行きについては、景気回復のスピードと持続性がポイントとなる。この点、個人消費、設備投資とも回復テンポは過去の局面に比べて緩やかに止まるとの見方が多い。また、累積的な経常収支赤字や家計の過剰債務問題など、構造的な調整圧力が残存しており、これらはリスク要因として引き続き留意する必要がある。

 米国金融市場では、先行きの景気回復に対する楽観的な見方が広がり、2月末以降、長期金利、株価とも上昇基調に転じている。また、FF先物市場は、5~6月における0.25%の利上げを予想する展開となっている。

 欧州では、輸出の鈍化、設備投資の減少などから、全体として景気の減速が続いている。しかし、ドイツの海外受注数量の改善が続くなど、輸出については下げ止まりの兆候もみられている。また、製造業PMI(ユーロエリア購買者指数)が受注、生産を中心に改善を続けていることから、生産面での調整圧力もかなりの程度緩和している。

 東アジア諸国では、米国等における情報関連財の生産・在庫調整の大幅な進捗を背景に、輸出および生産が下げ止まる傾向にある。足許では、内需の減速にも歯止めがかかりつつあり、総じて景気底入れの動きがみられている。とくに韓国では、政府の景気・雇用対策が奏効しているほか、金融不安も解消に向かっており、景気は回復に転じている。

4.国内金融経済情勢

(1)実体経済

 景気の現状をみると、輸出や在庫面の下押し圧力は弱まりつつあるが、雇用・所得環境はむしろ厳しさを増しており、全体としてなお悪化を続けている。

 まず、輸出は、世界的な情報関連財の在庫調整一巡や海外景気の持ち直しの動きがみられる中で、下げ止まりつつある。インセンティブ販売の反動が懸念された米国の自動車販売が底固く推移していることも、プラス材料として指摘できる。

 また、在庫面では、電子部品をはじめ多くの業種で調整が一段と進捗している。これらを背景に、生産の減少テンポはかなり緩やかになっている。

 一方、設備投資は、減少が続いており、当面、下げ止まりは期待しがたい。先行指標である機械受注は、昨年半ばより大きく落ち込んだ後、1月も大幅な減少となった。この間、企業収益については、2001年度に大幅な減益となった後、2002年度はかなり大幅な増益に転じるとの見方が多い。

 個人消費をみると、販売指標の中には乗用車販売など底固さを示すものもあり、所得の弱さとの対比では比較的健闘している。もっとも、家計の雇用・所得環境が厳しさを増しており、消費は弱めの動きが続く可能性が高い。

 雇用面では、失業率が幾分低下したが、これは労働力化率の低下を背景としているものであり、非自発的離職者数はむしろ大きく増加している。また、賃金については、冬季賞与が大幅な減少となるなど、低下幅が拡大している。春闘ベアに関しても、ゼロ・ベア回答が相次ぐ等厳しい結果となっている。これらを背景に、雇用者所得は減少傾向にある。

 物価については、国内卸売物価は、輸入物価の上昇や在庫調整の進捗を背景に、このところ下落幅が幾分縮小している。3か月前対比で内訳をみると、機械類が引き続き下落しているものの、鉄鋼や建材が下げ止まっているほか、非鉄金属などが上昇している。一方、消費者物価は、前年比1%弱の下落が続いている。サービス価格については、賃金の抑制傾向がどのように影響するか、注視していく必要がある。

(2)金融環境

 銀行貸出をみると、2月はCP等からの振り替わりの動き等から前年比マイナス幅が幾分縮小したが、基調としては、徐々に減少テンポが拡大しているとみられる。

 市場を通じた資金調達をみると、CP発行残高の前年比伸び率は鈍化を続けている。そのうち、A2格以下の発行ウエイトは低下しており、低格付けCPの発行環境は厳しい状況が続いている。社債についても、低格付け債の発行がほとんどみられない。

 以上を総合した民間部門の総資金調達をみると、前年比減少幅が97年以降で最大となっている。

 2月のマネタリーベースは、銀行券の伸びが高まっているほか、日銀当座預金も大幅に増加していることから、伸びをさらに高めた。銀行券の伸びの高まりの背景としては、(1)超低金利による銀行券保有コストの低下、(2)ペイオフ解禁を控えた安全資産選好の動きの強まり、(3)金融機関における手許現金の一段の積み増し等が考えられる。M2+CDも、投信等からの資金シフトを背景に幾分伸びを高めている。この間、広義流動性は緩やかな低下傾向を続けており、M2+CDとは対照的な動きになっている。

 企業の資金調達コストをみると、長期プライムレートは、昨年12月以降、4か月連続の引き上げとなった。この間、約定平均金利は、短期・長期ともほぼ横這い圏内の動きとなっている。

 企業金融面では、信用力の低い企業、とりわけ中小企業では資金調達環境が徐々に厳しさを増しており、今後の動向には注意が必要である。

II.「適格担保取扱基本要領」の一部改正の決定

1.執行部からの提案内容

 2月28日の金融政策決定会合で示された方針を受け、預金保険機構および地方交付税特別会計向け貸付債権の適格担保化について、実務的検討を進めてきた。これらの貸付債権は、信用度は問題がないほか、預金保険機構、財務省ともこのほど譲渡制限を撤廃することとしたため、市場性も十分確保されると考えられる。したがって、「適格担保取扱基本要領」を一部改正し、両貸付債権を適格担保化することとしたい。

2.委員による検討・採決

 採決の結果、上記執行部提案が全員一致で決定され、適宜の方法で公表することとされた。

III.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要

1.景気の現状と先行き

 景気の現状については、大方の委員が、海外経済の改善を背景に輸出や在庫面からの下押し圧力は弱まりつつあるとの見解を示し、景気判断を幾分上方修正することが適当である、との認識で概ね一致した。同時に、これらの委員は、設備投資の減少が続いているほか、雇用・所得環境の厳しさが増していること等から、景気は全体としてなお悪化を続けている、との見方を共有した。

 景気の先行きについては、複数の委員が、2002年度下期にかけて景気は全体として下げ止まりに向かうという、昨年10月の展望レポートにおける標準シナリオにほぼ沿った展開になっている、との見方を示した。ただし、何人かの委員は、経済の改善は外需次第の面が強く、内需のモメンタムはなお弱いとして、経済全体の先行きはなお不透明である、との認識をあわせて述べた。

 以上に対して、ひとりの委員は、米国経済の先行きには不確実性が高く、また、わが国について景気動向指数等をみると、在庫循環には底打ちの兆候があるが、経済全体として本格的な景気回復を見極め得る段階ではなく、現時点では景気認識を上方修正すべきではない、と述べた。

 最初に、海外経済情勢について、議論が行われた。

 多くの委員は、情報関連財の在庫調整一巡に加え、個人消費関連指標も底固く推移するなど、米国経済の底打ち感が徐々に強まっている、との認識を示した。

 もっとも、米国経済の先行きにはなお不確実な面がある、との見方も多く示された。何人かの委員は、その理由として、(1)設備投資の回復がなかなか見込めない、(2)家計の過剰債務が残存し、消費の持続性が不確かである、(3)雇用情勢の先行きが不透明である、(4)株価の戻りが不十分であり、先行き下落のリスクもある、といった点を指摘した。

 複数の委員は、欧州や東アジア諸国についても、米国経済の改善等を背景に、回復の動きがみられる、との認識を示した。

 次に、国内経済の現状と先行きについて、討議が行われた。

 まず、企業部門については、大方の委員が、(1)海外経済の改善を受け輸出が下げ止まりつつある、(2)情報関連分野を中心とする在庫調整が一段と進捗している、(3)これらを映じて生産の減少テンポが緩やかになっている、といった点に言及した。このうちひとりの委員は、株価の回復もあって企業マインドの冷え込みにも一服感がみられており、産業界では「潮の変わり目」というムードが出始めていると指摘した。

 企業収益については、複数の委員が、製造業中心に2002年度には増益に転ずる可能性を指摘した。そのうえで、収益動向と賃金や設備投資との関係について意見が交わされた。

 複数の委員が、99年から2000年の回復局面の経験を踏まえると、今回も、企業収益の増加が賃金や消費の回復には結びつかない可能性があると述べた。これらの委員は、その背景として、労働分配率が上昇しているもとで賃金抑制圧力が根強いこと、企業のROA重視姿勢がさらに強まっていることなどを指摘した。

 設備投資に関しては、減少が続いているとの認識が多くの委員から示された。複数の委員は、通常、企業収益の改善は設備投資回復の環境を整えるはずであるが、その際、投資が海外に向かう可能性に留意する必要があると述べた。

 家計部門については、多くの委員が、雇用・所得環境が厳しさを増している点に留意した。複数の委員は、冬季賞与の大幅な減少や厳しい春闘にみられるような賃金の動向は消費者心理に悪影響を及ぼす可能性がある、との懸念を示した。別のある委員は、賃金の減少が消費減少および物価下落を招きデフレ・スパイラルに繋がる惧れがある、と発言した。何人かの委員は、わが国の賃金水準は労働生産性との対比でみてなお割高であるとの見方を述べたうえで、今後も、賃金については厳しい状況が続く、と主張した。

 このような雇用・所得環境を背景に、個人消費は引き続き弱めの動きとなっているとの認識が示された。ひとりの委員は、財の消費は弱い動きを続けているものの、通信、外食、旅行などのサービス消費の堅調から、全体としての消費は、引き続き弱含みではあるが、なお「平時」の範囲内にあると述べた。

 物価動向に関して、複数の委員は、国内卸売物価については、在庫調整の進展や海外商品市況の回復などを背景に、下落幅が幾分縮小している、と指摘した。このうちひとりの委員は、企業再編が進む中で、一部の企業では、価格回復を優先させる経営戦略を採っており、財別にみても、下落が止まる財が少しずつ増えてきていると述べた。

 一方、消費者物価については、何人かの委員が、賃金の減少が先行きサービス価格の下落に波及するかどうか注視する必要がある、との見解を示した。このうち、複数の委員は、需給ギャップが拡大している割には消費者物価の下落が加速していないことを指摘した。これらの委員は、98年から99年初めにかけても同様の現象が観察されたとしたうえで、需給ギャップ、賃金、物価の関係については、なお明らかになっていない面があると述べた。

 この間、ひとりの委員は、原油価格動向について、年後半にかけてじり高の展開が予想され、中東情勢の影響も含め、警戒すべきである、との意見を示した。

 先行きのリスク要因についても、議論が行われた。複数の委員は、海外景気に端を発するダウンサイド・リスクは、一頃に比べて徐々に後退している、との見解を示した。一方、これらの委員を含めた多くの委員は、(1)国内金融システムの状況が企業金融や金融市場に悪影響を及ぼすリスク、および(2)雇用・所得環境が一段と悪化するリスク等について、留意する必要があると述べた。

 また、最近みられる景気循環面での改善の動きと、金融システム問題をはじめとする構造的な問題の関係とをどう整理するかという問題提起も行われた。この点に関してある委員は、99年から2000年の経験からすると、循環的な側面からある程度の成長は可能となろうが、経済成長の持続性やスピードについては、経済のサプライ・サイドの要因が影響するのではないか、との見方を述べた。

 この間、ある委員は、中長期的な観点からみると、今後2年程度は厳しい局面を辿ることになろうが、その先には明るい兆しがみえ始めている、と強調した。この委員は、その理由として、(1)バブル期以前の銀行貸出残高対名目GDP比を適正な貸出規模のひとつの目途と考えると、あと2年程度でオーバーバンキングが解消され、その間に不良債権処理もそれなりに進捗すると予想されること、(2)昨年秋以降、マネタリーベースが前年比15%を上回る高い伸びを示していること、(3)株価は12年以上にわたって長期間下落してきたが、ここへきて底値感が窺われること、を挙げた。

2.金融面の動向

 多くの委員は、短期金融市場について、前回会合で決定した措置の効果もあって、期末にかけての流動性確保に対する不安感は後退し、全体として落ち着きを取り戻している、との評価を述べた。

 為替・資本市場に関しては、多くの委員が、株価の反発を起点にして、債券高、円高の動きがみられると指摘した。このうち、株価の反発について、ある委員は、(1)空売り規制強化等をきっかけとした一時的な動き、(2)生産の底入れが展望される等のファンダメンタルズの変化を素直に反映した動き、という2つの見方を紹介したうえで、後者の面がやや強いのではないか、との見解を述べた。もうひとりの委員も、テクニカル分析の観点からみると、株価は底値圏から脱した可能性がある、と発言した。これに対し、ひとりの委員は、不良債権処理が円滑に進まなければ、先行き株価は再び下落するリスクがある、との留意点を述べた。

 他方、複数の委員は、株価が反発しているにもかかわらず、金融市場では信用リスクに対する警戒感が根強い、との見方を示した。また、別のある委員は、企業倒産について、1月、2月と件数が前年比2桁の伸びとなり増加基調が明確化しているほか、信用保証協会の特別保証制度を利用した企業の倒産も目立っている、との認識を述べた。この委員は、そのほか、債券相場の長期的な上昇トレンドは終了し、先行き、長期金利が強含むリスクがある、と付け加えた。

 金融システムの現状についても、複数の委員が言及した。ある委員は、銀行が発行する債券にかかる信用スプレッドは高止まりしており、金融システムに対する市場の評価は依然として厳しい、との認識を述べた。別のある委員は、景気に前向きの動きがみえ始めたとはいえ、そのプラス効果が多額の負債を抱える非製造業にはなかなか及びがたく、銀行部門の負荷はなかなか軽減されないのではないか、との見解を示した。

IV.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

 続いて、当面の金融政策運営について、検討が行われた。

 大方の委員は、足許の景気について、海外経済の改善を背景に輸出や在庫面からの下押し圧力は弱まりつつあるが、全体としてなお悪化を続けている、との見解を概ね共有した。さらに、当面は、金融システムや雇用・所得環境の動きに注意する必要がある、との認識でほぼ一致した。

 こうした金融経済情勢を踏まえ、ほとんどの委員は、年度末に向けた一層潤沢な資金供給を行いつつ、金融緩和効果を途切れなく浸透させるよう努めることが重要であり、現状の金融市場調節方針を継続することが適当である、との考えを示した。複数の委員は、4月のペイオフ解禁を控えているだけに、金融市場の安定を維持することが極めて重要である、と強調した。これらの委員は、同時に、日本銀行の供給する潤沢な資金が家計や企業の活発な経済活動に繋がるよう、不良債権の抜本的処理を含め、構造改革に向けた政府および民間部門の積極的な取り組みが合わせて必要である、と発言した。

 金融市場調節の運営方法や日銀当座預金残高の見通しについて、多くの委員は、期末にかけては当座預金需要がさらに増加することが見込まれるが、その後は、流動性需要の行方が不透明であるとして、市場の状況をよく見極めて金融調節に当たる必要がある、との認識を示した。このうちひとりの委員は、4月以降も、「10~15兆円程度」というレンジの上限を目指して潤沢な資金供給に努めるべきであるとしたうえで、その際に必要であれば、資金供給オペや適格担保の面で工夫の余地がないか、検討することが必要である、との考えを述べた。

 この間、ある委員は、日銀当座預金需要が予備的動機などにより大きく変動する状況では、当座預金残高で金融緩和の度合いを測ることは難しくなっているのではないか、との問題提起を行った。この委員は、今後、金融不安の後退や景気回復期待の強まりに応じて、予備的な流動性需要が減少する可能性があり、その際、当座預金残高の伸び率低下が金融引き締めと誤解されないよう、説明をしっかり行っていく必要があると述べた。

 次に、何人かの委員が不良債権処理や構造改革の重要性について述べた。ある委員は、これまで、短期金利の超低位安定、3割近いマネタリーベースの伸びなどにみられるように、金融政策面で最大限の対応を図ってきたが、そのことにより、日本経済の抱える本質的な問題が解決されたわけではない、と指摘した。この委員は、抜本的な経済の構造改革や金融システムの強化・安定への取り組みにより、民間需要を引き出させるような環境を早急に整備することが、日本経済がデフレから脱却していくうえで極めて重要である、と強調した。さらに、何人かの委員は、具体的な施策として、需要を喚起するような税制の見直しやサプライ・サイドに働きかける財政支出、公共工事の生産性向上策等の必要性を述べた。

 以上に対して、景気情勢について他の委員に比べて慎重な見方を有するひとりの委員は、デフレを食い止めるにはより踏み込んだ対応が必要であるとして、(1)インフレーション・ターゲティングの導入、(2)外債買い入れの開始、(3)日銀当座預金残高目標を20兆円程度とする調節方針、を提案したいと述べた。この委員は、オーバーバンキング解消の過程では、金融仲介機能が十分発揮されることはないとして、そうした状態を緩和するような潤沢なマネタリーベースの供給が必要であることを強調した。さらに、海外では、デフレはマネタリーな現象であり、思い切ってマネタリーベースを増加させるべきであるとの声が多く聞かれており、こうした主張は正しいと考える、と発言した。

 これに対し、ある委員は、マネタリーベースの高い伸びにもかかわらず、マネーサプライがあまり増加せず、銀行信用が減少を続けているという現実を認識すべきであり、海外の一部にみられる論調は日本の現実から遊離している、との意見を述べた。もうひとりの委員も、ここ数年はマネタリーベースと名目GDPの比率が過去のトレンドから大きく上方に乖離しているにもかかわらず、物価は低下傾向にあり、単純なマネタリスト的な見方は足許では妥当しないのではないか、と述べた。

 この間、インフレーション・ターゲティングについて、ある委員は、目標達成に向けた手段が伴わないまま、期限付きの数値目標を導入することは適当ではないが、政策運営のフレームワークとして、何らかの数値目標を政府と共有する意味はあるのではないか、との考えを述べた。これに対しひとりの委員は、政府と共同で物価目標を掲げる場合、その実現のために政府がどのような政策をコミットするかも重要であるとしたうえで、現在のデフレ的な状況のもとでは、財政再建を進めながらインフレ目標を掲げることは自己矛盾ではないか、と発言した。

V.政府からの出席者の発言

 会合の中では、内閣府からの出席者から、以下のような趣旨の発言があった。

  • 政府は、2月末にデフレ対応策についての考え方をとりまとめた。日本銀行がその直後の金融政策決定会合で果敢な対応を採られたことに敬意を表している。ただ、不良債権問題がある限り、金融政策の効果に限界があることも事実であり、政府としては、特別検査の結果を受けて、この問題の終息感が持てるような積極的な対応を行いたい。
  • 構造改革が遅れているとの指摘があるが、レーガン、サッチャー政権でも、大きな改革を実施するのに数年かけている。わが国の場合、既に1年目で多くの特殊法人改革を決めるなど、決して遅いわけではない。
  • 政府と日本銀行との間で目標を共有したうえで、互いの独立性を認める、新しいアコードのようなものについて長期的な方向性として議論をして頂きたい。
  • 政府の3月の月例経済報告では、生産・輸出の下げ止まり、在庫調整の進展から、僅かな上方修正を行った。ただ、これは循環的な動きに過ぎず、税制の見直しや規制緩和等を通じて構造的問題を解決することが極めて重要である。
  • 日本銀行におかれては、引き続き思い切った金融政策の検討、実施をお願いしたい。

 財務省からの出席者からは、以下のような趣旨の発言があった。

  • わが国経済は緩やかなデフレが継続しており、これが経済に様々な悪影響を与えている。デフレの克服には、政府、日本銀行が一体となった総合的かつ継続的な取り組みが必要であると考えており、政府としては、構造改革を通じた成長の実現に向け、引き続き全力をあげてまいりたい。
  • 日本銀行におかれては、今後とも、経済・市場動向や金融情勢について十分注視し、金融システム安定にも配慮する必要がある。こうした観点からも、年度末における資金需要に的確に対応し、流動性確保に対して市場の不安が生じないよう、万全の対応をお願いするとともに、今回の適格担保拡大が早期に実施に移されることを期待している。
  • さらに、物価下落に反転の兆しがみられない中においては、従来の短期国債を中心とするオペの実体経済に与える影響は限定的であることから、金融政策に当たり、さらなる工夫を講じること等により、継続的な物価の下落を阻止し、物価を安定させていくとともに、わが国経済がデフレ・スパイラルに陥らないよう、幅広くご検討頂き思い切った対応が採られるようお願いしたい。

VI.採決

 以上のような議論を踏まえ、会合では、現状の金融市場調節方針を維持することが適当である、との考え方が大勢となった。

 ただし、ひとりの委員は、実体経済が一段と悪化し、現状維持の政策では不十分であるとの判断のもと、(1)インフレーション・ターゲティングを導入すること、(2)資金供給の円滑な実施のため外債買い入れを開始すること、(3)日銀当座預金残高目標を20兆円程度とすること、を提案したいと述べた。同じ委員は、同時に、国債買い切りオペを月1兆円から月1.5兆円に増額することが必要であるとした。

 この委員はこれらの提案理由として、(1)「物価の安定」について、国民に分かりやすい具体的な数値とその達成時期を示すことが重要である、(2)インフレーション・ターゲティングは政府との関係を調整するもっとも有力な手段となる、(3)マネタリーベースの供給手段の多様化が必要であり、日本銀行による定時定額の外債購入は、法律的に、政府による為替介入と一線を画せる、(4)オーバーバンキングの解消過程において、金融面から強力なバックアップが不可欠である、といった点を挙げた。

 これに対し、別のひとりの委員は、ターゲット達成までの間、オーバーバンキングの解消、すなわち銀行信用の収縮を想定し、かつ、長期金利が上昇するリスクにも言及しながら、一方でインフレ率は高められるとする、そのメカニズムとしてどのような姿を想定しているのか、と質問した。

 これに対し、提案した委員は、(1)ターゲットは、オーバーバンキングの解消が見込まれる時期を狙って設定している、(2)長期金利については、当面厳しい経済環境が続くと考えられるので、大きく上昇することはないと考えている、と述べた。

 この結果、以下の議案が採決に付されることになった。

 中原伸之委員からは、金融市場調節方式について、(1)「2003年10~12月期平均の消費者物価指数(全国、除く生鮮食品)の前年同期比を1.0~3.0%にすることを目的として、金融市場調節を行う」、(2)「日本銀行当座預金を円滑に供給するうえで必要と判断される場合には、実務体制等の準備が整い次第、外債の買入れを開始する」、との議案が提出された。

 採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。

 さらに同委員から、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、「日本銀行当座預金残高が20兆円程度となるよう金融市場調節を行う。なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う」との議案が提出された。

 採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。

 議長からは、会合における多数意見をとりまとめるかたちで、以下の議案が提出された。

議案(議長案)

 次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとし、別添1のとおり公表すること。

 日本銀行当座預金残高が10~15兆円程度となるよう金融市場調節を行う。

 なお、当面、年度末に向けて金融市場の安定確保に万全を期すため、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、三木委員、植田委員、田谷委員、須田委員、中原眞委員
  • 反対:中原伸之委員

中原伸之委員は、(1)実体経済面では雇用・所得環境が悪化しており、より積極的な政策対応が必要である、(2)日銀当座預金残高目標は、ピンポイントで示すことが適当である、(3)「なお書き」が一層の緩和を示唆したものかどうか、その位置付けが不明確である、と述べ、上記採決において反対した。

VII.金融経済月報「基本的見解」の検討

 当月の金融経済月報に掲載する「基本的見解」が検討され、採決に付された。採決の結果、「基本的見解」が賛成多数で決定され、それを掲載した金融経済月報を3月22日に公表することとされた。

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、三木委員、植田委員、田谷委員、須田委員、中原眞委員
  • 反対:中原伸之委員

中原伸之委員は、(1)現状判断について上方修正するのは時期尚早である、(2)失業率や倒産動向等についても言及すべきである、(3)当面の物価の下落が「緩やか」との判断は適当でない、と述べ、上記採決において反対した。

VIII.議事要旨の承認

 前々回会合(2月7、8日)の議事要旨が全員一致で承認され、3月26日に公表することとされた。

IX.先行き半年間の金融政策決定会合等の日程の承認

 最後に、平成14年4月~9月における金融政策決定会合等の日程が別添2のとおり承認され、即日対外公表することとされた。

以上


(別添1)

平成14年3月20日
日本銀行

当面の金融政策運営について

 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を、以下のとおりとすることを決定した(賛成多数)。

 日本銀行当座預金残高が10~15兆円程度となるよう金融市場調節を行う。

 なお、当面、年度末に向けて金融市場の安定確保に万全を期すため、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。

以上


(別添2)

平成14年3月20日
日本銀行

金融政策決定会合等の日程(平成14年4月~9月)

表 金融政策決定会合等の日程(平成14年4月~9月)
  会合開催 金融経済月報公表(注) (議事要旨公表)
14年 4月 4月10日(水)・11日(木)
4月30日(火)
4月12日(金)
−−
(5月24日(金))
(6月17日(月))
5月 5月20日(月)・21日(火) 5月22日(水) (7月 1日(月))
6月 6月11日(火)・12日(水)
6月26日(水)
6月13日(木)
−−
(7月19日(金))
(8月14日(水))
7月 7月15日(月)・16日(火) 7月17日(水) (8月14日(水))
8月 8月 8日(木)・ 9日(金) 8月12日(月) (9月24日(火))
9月 9月17日(火)・18日(水) 9月19日(木) 未定
  • (注)「経済・物価の将来展望とリスク評価(2002年4月)」は、4月30日(火)に公表の予定。

以上