このページの本文へ移動

金融政策決定会合議事要旨

(2002年10月10、11日開催分) *

  • 本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、2002年11月18、19日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

2002年11月22日
日本銀行

(開催要領)

1.開催日時
2002年10月10日(14:00〜15:46)
2002年10月11日( 9:00〜12:49)
2.場所
日本銀行本店
3.出席委員
  • 議長 速水 優 (総裁)
  • 藤原作弥 (副総裁)
  • 山口 泰 (  副総裁  )
  • 植田和男 (審議委員)
  • 田谷禎三 (  審議委員  )
  • 須田美矢子(  審議委員  )
  • 中原 眞 (  審議委員  )
  • 春 英彦 (  審議委員  )
  • 福間年勝 (  審議委員  )
4.政府からの出席者
  • 財務省 藤井 秀人 大臣官房総括審議官(10日)
    谷口 隆義 財務副大臣(11日)
  • 内閣府 小林 勇造 内閣府審議官

(執行部からの報告者)

  • 理事永田俊一
  • 理事平野英治
  • 理事白川方明
  • 企画室審議役山口廣秀
  • 企画室企画第1課長櫛田誠希
  • 金融市場局長山本謙三
  • 調査統計局長早川英男
  • 調査統計局企画役門間一夫
  • 国際局長堀井昭成

(事務局)

  • 政策委員会室長橋本泰久
  • 政策委員会室審議役中山泰男(11日)
  • 政策委員会室政策広報課長市川信幸(10日)
  • 政策委員会室調査役斧渕裕史
  • 企画室調査役衛藤公洋
  • 企画室調査役山岡浩巳

I.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要

1.最近の金融市場調節の運営実績

 金融市場調節については、前回会合(9月17、18日)で決定された方針1にしたがって運営した。すなわち、9月30日および10月1日には、期末要因等から流動性需要が増大したことを踏まえ、日銀当座預金残高を高めとする調節を行った。一方、この期間を除いては、当座預金残高を15兆円程度に維持する調節を行った。

 足許、株価が下落傾向を辿る中、短期金融市場は銀行株の動きに若干神経質になってきた。レポ・レートが上昇し、日本銀行による売出手形の落札レートも強含んでいる。ただ、これまでのところ、金利上昇や不安心理が市場全般に広がるといった動きにはなっていない。

 こうした中で、無担保コールレート翌日物(加重平均値)は、概ね0.001〜0.002%で推移した。

  1. 「日本銀行当座預金残高が10〜15兆円程度となるよう金融市場調節を行う。なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。」

2.金融・為替市場動向

 短期金融市場では、日本銀行による潤沢な資金供給のもとで、資金余剰感の強い状態が続いてきた。足許、レポ・レートの上昇などはみられるが、短期金利全体としては、低水準が維持されている。

 国内資本・為替市場では、海外株価の下落と政府の不良債権処理策を巡る思惑の台頭を背景に、神経質な展開が続いた。

 すなわち、長期金利は、本行による「金融システムの安定に向けた日本銀行の新たな取り組みについて」の公表(9月18日)や10年債の入札不調(9月20日)をきっかけに一時大きく上昇したが、その後は再び低下した。また株価は、不良債権処理策を巡る思惑や海外株価の下落を受け、軟化を続けた。

 この間、民間債流通利回りの対国債スプレッドは、株価の下落にもかかわらず、地域金融機関による購入意欲の強さを背景に、横這いとなっている。

 円の対米ドル相場は、本邦資本筋による外貨建証券投資などから、やや軟調に推移している。

3.海外金融経済情勢

 米国景気は、緩やかな回復基調にある。家計支出をみると、自動車販売や住宅投資が堅調に推移していることから、全体としては引き続き底固さを維持している。企業の設備投資も、生産の回復基調が続くもとで、機械投資に限ってみれば緩やかながら回復に向かいつつある。しかし、国際政治情勢などを巡る不透明感が強まり、株価が一段と下落するもとで、家計や企業のマインドも悪化しており、非耐久財消費など個人消費の一部には伸び悩みもみられている。

 米国金融市場では、先行きの景気回復テンポに対する見方が一段と慎重化する中で、長期金利は低下基調で推移し、株価も下落傾向を辿った。こうした動きの背景には、テロ再発懸念や国際政治情勢の不透明化も影響しているとみられる。

 先物金利から市場の金利観をみると、先行きの利下げ観測が強まりつつあり、FF先物金利は年内の0.25%の利下げを織り込む水準まで低下した。

 ユーロエリアでは、輸出の増加を主因に景気は底入れしたが、個人消費、設備投資など内需が依然低調に推移しており、景気全体として回復基調はなお定着していない。

 欧州金融市場でも、景気の先行きに対する見方が一段と慎重化する様子が窺われる。すなわち、長期金利は低下基調で推移しており、主要国の株価も、96、97年以来の安値をつけている。市場の先行きの金利観をみると、ユーロ先物金利は、年末にかけての0.25%の利下げを、ほぼ織り込む水準となっている。

 NIEs、ASEAN諸国では、IT関連を中心に輸出の増加が続くもとで、個人消費や設備投資も持ち直す方向にあるなど、景気は引き続き回復基調にある。

 この間、エマージング金融市場では、欧米の株価下落などに伴って海外投資家のリスク回避指向が強まる中、個別国の政治情勢への懸念や国際政治情勢の不透明化などから、不安定性が高まっている。

4.国内金融経済情勢

(1)実体経済

 輸出の増加ペースは鈍化しているが、増加傾向自体は続いている。先行きも、海外経済が来年にかけて緩やかな回復傾向を続けるとの見通しを前提とすれば、輸出の増加基調は維持されると考えられる。ただし、本年末頃までは、IT関連を中心とした海外の在庫復元の一巡などを背景に、増加ペースは鈍化していくとみられる。また、米国経済の動向や世界的なIT関連需要、さらには国際政治情勢を巡る不透明感は強く、各国の株価も不安定な動きを続けていることを踏まえれば、海外経済の緩やかな回復というシナリオ自体がリスクを内包している点には、注意が必要である。

 上記のような輸出動向を反映し、生産も増加を続けている。ただし、その増加ペースは、輸出同様徐々に鈍化しており、当面は、こうした傾向が続く可能性が高い。

 以上のような輸出・生産の動向を受け、企業収益は回復している。企業の業況感も全体として改善が続いている。ただし、世界経済を巡る不透明感の強さもあって、業況感の改善の度合いは、現状、先行きとも緩やかなものになってきている。

 こうしたもとで、設備投資は下げ止まりつつあり、先行きについても、企業収益の回復持続が展望できれば、その好影響が及んでいくと考えられる。もっとも、先行き不透明感が強いもとで、企業はなお慎重な投資姿勢を維持しており、設備投資がはっきりした回復に転じるには、まだ時間がかかるとみられる。

 家計部門をみると、所定外労働時間が引き続き増加し、新規求人も堅調に推移している。しかし、常用労働者数の減少が続いているほか、雇用者所得も明確な減少を続けている。

 こうしたもとで、個人消費は弱めの動きを続けており、先行きについても、当面、全体として弱めに推移すると考えられる。

 この間、公共投資は減少している。

 物価面をみると、輸入物価は、原油など国際商品市況の動向を反映して下げ止まりつつある。一方、国内卸売物価は、これまでの輸入物価下落の影響もあって、弱含みの動きとなっている。また、消費者物価は引き続き緩やかな下落傾向にある。

 先行き、輸入物価は上昇に転じていくとみられるが、国内卸売物価は、当面なお弱含みで推移するとみられる。また消費者物価も、需給バランス面からの低下圧力などを反映し、当面、現状程度の緩やかな下落傾向を辿ると考えられる。

(2)金融環境

 銀行貸出はマイナス2%台の減少を続けている。また、社債やCPといった直接金融市場を通じた資金調達も、前年比プラス幅が縮小傾向にある。これらを反映して、民間部門の総資金調達はマイナス幅がやや拡大しており、民間の資金需要は引き続き低迷している。

 次に量的金融指標をみると、9月のマネタリーベースは前年比21.4%と、前月に比べれば伸び率は低下したが、依然高い伸びとなっている。内訳をみると、銀行券が引き続き高い伸びを示している中、日銀当座預金については、前年9月にテロ事件の影響から残高が大きく増えていたことを受け、前年比でみた伸び率は低下した。この間、マネーサプライは、前年比3%台での増加が続いている。名目GDPとの対比でみると、マネタリーベースもマネーサプライも、現在の水準は歴史的にみて、きわめて高い。

 なお、各経済主体の金融資産保有スタンスをみると、金融機関、企業、家計とも、現金や預貯金、国債といった安全資産の保有比率を増やしており、安全資産選好の強さが窺われる。

 企業金融の環境をみると、信用スプレッドは、4〜6月期に縮小傾向を辿ったが、7〜9月期は縮小テンポがやや足踏みしている。9月短観の企業金融関連DIをみても、資金繰り判断の緩和には一服感が出ているほか、借入金利水準判断も上昇傾向を示しており、貸出態度判断DIも僅かながら厳格化している。

 以上をまとめると、金融市場ではきわめて緩和的な状況が続いているほか、マネーサプライやマネタリーベースも、経済活動との対比でみれば高めの伸びを維持している。この間、企業金融面をみると、信用力の高い企業は引き続き緩和的な調達環境にあるが、信用力の低い企業については投資家の姿勢が依然として厳しく、民間銀行も貸出姿勢を慎重化させている。したがって、先行き、株価下落や不良債権処理の影響も含め、企業金融の環境については十分注意してみていく必要がある。

II.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要

1.経済情勢

 経済情勢について委員は、前月(9月)から大きな変化はみられていない、との認識を、概ね共有した。すなわち、(1)輸出や生産の伸びは鈍化しているが、これは予想の範囲内の動きといえる、(2)企業収益は回復しており、設備投資も下げ止まりつつあるなど、景気は全体として下げ止まっている、(3)一方で、国内需要は依然低迷を続けており、世界経済を巡る不透明感の強さもあって、回復へのはっきりとした動きはみられていない、との認識を示した。

 多くの委員は、輸出と生産について、基本的に増勢を維持しつつも、増加テンポは緩やかになってきている、と指摘した。そのうえで、本年前半の輸出の急伸は世界的なIT関連財などの在庫復元の動きを反映していた面があるため、本年後半にかけて輸出の増加テンポが鈍化していくこと自体は予想されたことである、との認識を示した。

 同時に、多くの委員は、米国をはじめとする海外経済の先行きに加え、世界的な株価下落傾向や国際政治情勢など、先行きの輸出環境を巡る不透明感が強いことを指摘した。このうちひとりの委員は、アジア向け輸出についても、IT関連の世界的な出荷動向から、今後、増勢テンポが大きく鈍化する可能性があるとの見方を示した。

 そのうえで、米国をはじめとする海外経済の展望について、議論が行われた。

 米国経済について、多くの委員は、緩やかな回復基調が続くというシナリオは維持されているが、先行きのダウンサイド・リスクはやや高まっている、と述べた。

 ひとりの委員は、米国の家計支出を取り巻くリスクとして、(1)米国株価下落に伴う逆資産効果やマインドへの影響、(2)雇用環境の改善の遅れ、を指摘した。別のひとりの委員は、家計支出の中味をみると、住宅投資や耐久財消費など、低金利の恩恵を受けやすい金利感応的なものが堅調を維持している一方、非耐久財消費などについては弱めの動きもみられ始めている、と指摘した。

 また別のひとりの委員は、上述のような消費減速の兆候に加えて、設備投資の回復時期が先にずれ込みつつあることを踏まえれば、10〜12月期の米国の成長率は潜在成長率に届かない可能性が高く、この結果需給ギャップは若干拡大し、雇用・物価面に下方圧力がかかる可能性がある、と指摘した。

 さらに別のひとりの委員は、(1)米国株価下落に伴う逆資産効果や年金の引当不足問題への懸念が高まっている、(2)証券不祥事に伴うインベストメント・バンクへの不信や、コーポレート・リフォームが未決着状態にあることから、投資家の株式投資姿勢が慎重化している、(3)欧州でも、通信業界の過剰債務とそれに伴う金融機関の不良債権問題を背景に、金融システム面での緊張感が高まっている、等のリスクを指摘した。

 そのうえで、何人かの委員は、日本の内需の立ち上がりがなお明確でない中では、海外経済の先行きを巡る不透明感は、そのまま日本経済の回復の展望を巡る不透明感にもつながりやすく、海外経済の動向については今後とも十分注意してみていく必要がある、との認識を示した。

 国内企業部門の動向について、多くの委員は、輸出・生産の増加基調自体は維持される中で、企業の業況感は緩やかながら改善傾向が続いており、企業収益も回復傾向を辿っている、との認識を示した。同時に、何人かの委員は、(1)海外経済の先行きを巡る不透明感などを背景に、企業の投資意欲はなお高まっていないこと、(2)こうした中で、設備投資は、収益が増加しているにもかかわらず、なお「下げ止まり」の段階に止まっていること、を指摘した。

 次に、家計部門の動向について、議論が行われた。

 多くの委員は、個人消費は総じて弱めの動きを続けているとの認識を述べた。

 複数の委員は、個人消費関連指標について、7月の各種販売統計は概ね不芳であったが、8月以降の販売統計は総じて持ち直しており、7月の不振は一時的なものであった可能性が高いことを指摘した。同時に、これらの委員は、企業は人件費抑制スタンスを維持しており、家計の所得環境は引き続き厳しいことから、目先、個人消費に需要の牽引役を期待することは難しいとの見解も述べた。

 これらをまとめる形でひとりの委員は、(1)景気回復に向けた前向きの循環の力は働き続けているが、そのルートは、輸出関連の製造業を中心とする企業部門を通じた道筋に限られているほか、(2)このメカニズム自体、輸出環境の不透明さや企業の支出意欲の弱さといった「重石」を抱えている状況である、と述べた。

 さらに、先行きのリスク要因についても、議論が行われた。

 多くの委員は、米国をはじめとする海外経済や内外株価に起因する下方リスクに注意を要する状況が続いている、と述べた。さらに何人かの委員は、国内において、不良債権問題への対応やペイオフ解禁の延期など、金融システム面を巡る情勢の変化がみられていることを指摘した。

 そのうえで、不良債権処理の加速をはじめとする金融システム面での情勢の変化が、先行きの実体経済に及ぼし得る影響について、議論が行われた。

 何人かの委員は、不良債権の処理が今後どのようなテンポで進むのかは、民間銀行や行政の対応次第の面が大きく、現時点で見通すことは難しいと述べた。そのうえで、(1)不良債権問題の克服は、中長期的には資源の効率的な再配分などを通じて経済の生産性を高めるものである、(2)ただし、不良債権処理は、短期的には需要や雇用を減らす方向に働く可能性が高い、(3)金融面でも、不良債権処理は中長期的には民間銀行が貸出に取り組みやすい環境を整備するが、短期的には償却を通じて貸出の数字を下押ししたり、貸出スプレッドを引き上げる方向に働く可能性がある、と述べた。

 ひとりの委員は、不良債権処理が、貸し手が既に発生している損失を会計上認識するだけに止まるのであれば、それ自体が新たなマイナスの影響を生じるとは限らないが、現実には、(1)貸し手の事前の見通しとの対比でみて、引当不足が大きいことが徐々に明らかになる、(2)企業破綻により、雇用や需要にマイナス・インパクトが及ぶ、(3)不良債権処理の過程で、これまで継続価値で評価されていた企業が、より低い清算価値で再評価され得る、といったメカニズムを通じて、経済にマイナスの影響が及び得る、と整理した。

 この間、ひとりの委員は、上記のように経済が様々なダウンサイド・リスクを抱える中、公共投資は国・地方分ともマイナスを続ける見通しであり、当面、財政面からは経済成長に対する援軍が見込めないことを指摘した。

2.金融面の動向

 多くの委員は、内外株価の下落や不良債権処理の加速を巡る思惑の強まりにもかかわらず、日本銀行の潤沢な資金供給のもとで、市場では流動性を巡る懸念はほぼ払拭された状態が続いている、との認識を示した。

 同時に、これらの委員は、株価の不安定な動きや金融システム面を巡る情勢の変化が、今後企業金融面に及ぼす影響については、十分注意してみていく必要がある、と述べた。

 まず、本邦株価下落の背景として、複数の委員は、(1)海外株価の下落や、その背景にある海外経済の先行き不透明感の高まり、(2)不良債権処理の加速に伴う短期的なマイナス・インパクトへの懸念、を指摘した。

 そのうえで、多くの委員は、内外株価の下落が、不良債権処理が経済に短期的にもたらし得るマイナス・インパクトへの懸念とも相まって、今後、企業金融面へのプレッシャーとして働いていく可能性は排除できない、との警戒感を示した。

 複数の委員は、既に内外で、企業金融面での引き締まりの兆候はみられ始めているとの認識を述べた。このうちひとりの委員は、民間銀行は9月末以降、先行きの不良債権処理を巡る思惑から、与信スタンスを慎重化させている可能性が高い、と指摘した。別のひとりの委員は、中小企業金融の逼迫感が強まっていることを踏まえ、場合によっては、公的金融や信用保証が必要となる可能性について言及した。

III.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

当面の金融政策運営について、大方の委員は、(1)景気は全体として下げ止まっており、前月以降、実体経済の状況に目立った変化はみられていない、(2)日本銀行の潤沢な資金供給のもと、株価の下落にもかかわらず、金融市場では資金余剰感が強く、流動性不安も払拭されている、との認識であった。そのうえで委員は、現在の調節方針を維持し、潤沢な資金供給を継続すべきである、との見解を共有した。

 何人かの委員は、株価の下落にもかかわらず流動性調達を巡る懸念はほぼ払拭されており、日本銀行の潤沢な資金供給は、流動性不安の解消という面で大きな効果を挙げているといえる、と指摘した。同時に、これらの委員は、先行き株式市場等に端を発して市場が不安定化する可能性は排除できず、今後とも、必要があれば調節方針の「なお書き」も活用しつつ、市場の安定に万全を期していくべきである、と述べた。

 この間、ひとりの委員は、一部民間銀行の株価下落を受け、流動性需要に微妙な変化が生じているリスクがあり、非常事態の入り口に入っている可能性も念頭におく必要がある、と発言した。

 別の複数の委員は、株価の低迷や不良債権処理の加速を巡る思惑が、健全な企業の資金調達に影響を及ぼしたり、企業金融全般の引き締まりに結びつくといったリスクについて、十分注意していくべきであると発言した。そのうえで、仮にそうしたリスクが現実のものとなる場合、金融政策の立場からいかなる方策を採り得るのか、検討しておく必要がある、と述べた。

 さらに、不良債権処理の加速を巡る思惑から市場や国民に不安心理が広まっているようにみられる点について、何人かの委員が発言した。

 ひとりの委員は、ペイオフの再延期等に伴い、現在、国民や市場関係者が納得できるような、実現可能性・妥当性の高い不良債権処理・金融システム再生のプランが見出せなくなっている状況であり、速やかにクレディブルなプランを作り直すことが、不安心理の払拭のために必要であろう、と述べた。別のひとりの委員も、不良債権処理に際し本来重要なことは、企業の「整理・淘汰」ではなく「再建・再生」だが、この道筋が明確でないことがマインド面への悪影響につながっている、と述べた。

 別の複数の委員は、不良債権処理を巡り、徒に不安心理をかき立てることのないよう、当局者には対外発言に際し慎重な配慮が求められる、と述べた。

 さらに、不良債権処理を進めるに当たり、わが国として必要な対応を巡っても、広範な議論が行われた。

 ひとりの委員は、不良債権処理の「痛み」とは、短期的な需要や雇用への影響、企業の整理・淘汰などの問題が中心となる、と整理した。そのうえでこの委員は、こうした「痛み」を流動性の供給によって和らげることには限界があり、真に必要な政策として、(1)雇用の流動化に対応した、再就職を容易にする雇用対策や、(2)企業・事業の再生を容易にする法律・制度の整備、さらには、(3)新規投資やベンチャーをサポートする直接金融市場の整備などが重要になると指摘した。

 別のひとりの委員は上記に同意したうえで、不良債権処理の短期的な雇用・需要面へのマイナス・インパクトを吸収するうえでは、失業者へのセーフティ・ネット関連支出等、かなりの財政負担が不可避となる筋合いにあると指摘した。そのうえで、この委員を含む複数の委員は、不良債権処理をどのようなテンポで進めていくかは、財政政策と一体のものとして考えられなければならないと述べた。

 インフレ・ターゲティングを巡る問題についても議論が行われた。

 何人かの委員は、現在の状況のもとでインフレ・ターゲティングを採用すれば、政策への信認や市場への悪影響等、経済の回復や金融システム問題の克服にとって、むしろ弊害が大きいと指摘した。

 ひとりの委員は、(1)インフレ・ターゲティングが狙う、金融政策の透明性向上というメリットは、達成の手段・メカニズムの裏付けがあって初めて得られる筋合いにあるが、現在はそうした状況ではない、(2)このことは、量的金融指標の高伸と物価のマイナス傾向持続という量的緩和の経験が、一段とはっきり示している、(3)さらに、短期的には需給ギャップを拡大させる可能性が高い不良債権処理を加速しようという政策全体の方向性の中でインフレ目標を設けることは、「目標とメカニズムの乖離」という問題をさらに大きくしてしまう、と述べた。

 これらの委員は、このような状況のもとでインフレ目標を導入することは、よほどの規模の財政出動でもない限り、結局、目標実現のメカニズムとして、専ら人々のインフレ予想の高まりに期待することになる、と指摘した。そのうえで、(1)理論的にみて、手段やメカニズムの裏付けを伴わずにインフレ予想だけを高められるとは考えにくく、その場合には政策全体への信頼を損なうだけに終わる、(2)一方、仮にインフレ予想が高まることがあるとすれば、その影響は長期金利の上昇として最も表れやすい、と指摘した。このうちひとりの委員は、インフレ・ターゲティング導入を主張する論者も、名目長期金利が上昇することを想定していると付言した。

 これらの委員は、経済活動水準が高まる前に、インフレ予想の高まりを通じて長期金利が上昇すれば、(1)政府や企業の利払い負担が増加するほか、(2)多額の国債を保有する銀行の財務にも悪影響を及ぼし、結果的には「痛みを和らげる」のとは全く逆方向の、「ハード・ランディング」となる可能性が高い、と指摘した。

 なお、以上の議論に関連しひとりの委員は、(1)インフレ・ターゲティングが透明性確保の観点から望ましいのかどうか、いつまでも研究課題としておくことなく議論を詰めて結論を得るべき、(2)民間銀行ではヘッジやデュレーションの短期化等によりALM上のリスク管理が行われており、長期金利上昇の影響はそれほど大きくはないとも考えられ、よくモニターしていく必要がある、(3)キャリー益確保の観点から言えば、ある程度の長期金利上昇は銀行にとって望ましいかもしれない、と発言した。

 これに対し別のひとりの委員は、仮に長期金利上昇が銀行収益にプラスに作用する局面があり得たとしても、その裏側では企業の調達コストの上昇が生じることになり、やはり経済全体としてはハード・ランディングのシナリオとなるのではないか、と指摘した。また別のひとりの委員は、債券市場でインフレ予想が高まることがあるならば、それによる長期金利の上昇はコンマ何%といったモデレートなものには止まらない可能性が高いのではないか、と述べた。

 また、何人かの委員は、現在の日本銀行の金融緩和とインフレ・ターゲティングの関係について発言した。

 これらの委員は、日本銀行の緩和策は、現在持ち得る政策手段を前提として、インフレ・ターゲティングが狙うメリットを最大限取り込むよう考えられていると説明した。

 このうちひとりの委員は、「CPIインフレ率が安定的にゼロ以上になるまで量的緩和を続ける」という現行政策によって、日本銀行は既に、広い意味でのインフレ・ターゲティングを採用していると解釈できる、と述べた。そのうえで、「より厳格なインフレ・ターゲティング」との相違は、インフレ率がゼロを超える時期を示すかどうかという点になろうが、この点に踏み込むには、副作用の強い極端な政策手段が必要になろう、と指摘した。

 別のひとりの委員は、現在の「時間軸効果」を伴う日本銀行の金融緩和は、やや長めの金利に至るまで限界までの金利引き下げを実現し、結果的に政府の資金調達をサポートしており、政策協調という観点からも望ましいはずだと述べた。そのうえで、政府当局者の一部から、逆に利払い負担を増加させてしまう可能性が高いインフレ・ターゲティングに好意的な発言が聞かれる理由が不可解であり、この点につき政府出席者の意見も伺いたい、と発言した。

IV.政府からの出席者の発言

 財務省の出席者からは、以下のような趣旨の発言があった。

  •  現在、日銀は、金融機関に対して潤沢な流動性供給を行っているが、物価は依然下落しており、デフレの克服には結びついていない。こうした状況のもと、不良債権処理の加速化に伴うデフレ圧力の緩和のため、一層の金融緩和が必要であるとの意見や、金融政策の新しい在り方を含め、柔軟な議論をすべきとの意見も示されている。わが国経済が民需主導の自律的な成長を実現するうえで、デフレ克服はここ一両年の経済運営において政府・日銀が一体となって取り組むべき最重要課題との認識をあらためて共有し、日銀におかれては金融政策運営についても流動性供給の質量両面において、従来の考え方や枠組みにとらわれない、実効性のある思い切った措置を是非ご検討頂きたい。
  •  日銀は9月18日、「金融システムの安定に向けた日本銀行の新たな取り組みについて」を発表し、金融機関保有株式の購入を検討する旨の表明をしているが、政府としては、日銀の新たな取り組みによって、株式の持合い構造の解消を通じて経済構造改革が促進されるとともに、金融仲介機能の回復などを通じて、現在の金融緩和策の効果がより高まることを期待している。また、本件については、こうした効果も含めた幅広い議論が、本会合においてもなされるよう希望している。
  •  なお、本件については、先般来、執行部との間で、(1)日銀法の目的との整合性、(2)株式の買入れ、管理及び処分等の適正な方法、及び(3)日銀の財務の健全性との関係などを中心に意見交換を行ってきた。本日、成案が得られ、政策委員会において認可申請が議決されるものと承知しているが、財務省として、これまでの議論等を踏まえて、日銀法の趣旨に照らし、適切かつ迅速に対処してまいりたいと考えている。
  •  先程来議論のあるインフレ・ターゲティングについては、私自身、現状でこれを採用することが好ましいとは思っていないし、財務省でもそういう考え方が大勢である。現在、長期国債の買い切りを行った資金がそのまま日銀当預に積み上がるという状況の中、一定期間、ある程度のボリュームで長期国債を買い切るといった方法を、まず検討して頂きたい。

 内閣府の出席者からは、以下のような趣旨の発言があった。

  •  景気の基調判断は、引き続き一部に緩やかな持ち直しの動きがみられるものの、環境は厳しさを増している。先行きについては、景気は持ち直しに向かうことが期待されるものの、米国経済等の先行き懸念やわが国の株価の下落など、環境は厳しさを増しており、わが国の最終需要が下押しされる懸念が強まりつつある。したがって、今後の金融経済情勢については、これまで以上に注意深く見守っていく必要があると考えている。
  •  政府は、「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2002」を早期に具体化する中で、金融システム改革、税制改革をはじめとした構造改革を加速するための政策強化を行うには総合的な政策が必要であり、10月末を目途に対応策を取りまとめることとしている。特に総理から指示のあった不良債権処理の加速とデフレの克服については、政府・日銀が一体となって強力かつ総合的な取り組みを行う必要があると考えている。
  •  日本銀行におかれても、従来の政策の枠組みにとどまらず、幅広い政策の選択肢の中からデフレ克服に実効性ある金融政策を検討・実施して頂きたいと考えている。また、インフレ・ターゲティングについては、先程のような質問があったことを大臣に伝えたい。

 これらの発言を受け、ひとりの委員は、総需要が何らかの形で増加し、需給バランスが改善するというのが、もっともわかりやすいデフレ克服の道であり、これについて政府としてどのような手を打たれるのか、強い関心を持って見守らせて頂きたい、と発言した。

V.採決

 以上のような議論を踏まえ、会合では、当面の金融市場調節方針を現状維持とすべきであるとの考え方が共有された。

 これを受け、議長から以下の議案が提出された。

議案(議長案)

 次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとし、別添のとおり公表すること。

 日本銀行当座預金残高が10〜15兆円程度となるよう金融市場調節を行う。

 なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。

採決の結果

  • 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、植田委員、田谷委員、須田委員、中原委員、春委員、福間委員
  • 反対:なし

VI.金融経済月報「基本的見解」の検討とじ

 当月の金融経済月報に掲載する「基本的見解」が検討され、採決に付された。採決の結果、「基本的見解」が全員一致で決定された。これを掲載した金融経済月報は10月15日に公表することとされた。

以上


(別添)

平成14年10月11日
日本銀行

当面の金融政策運営について

 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を、以下のとおりとすることを決定した(全員一致)。

日本銀行当座預金残高が10〜15兆円程度となるよう金融市場調節を行う。

 なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。

以上