金融政策決定会合議事要旨
(2003年 3月 4、 5日開催分) *
- 本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、2003年4月7、8日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。
2003年 4月11日
日本銀行
(開催要領)
- 1.開催日時
- 2003年 3月 4日(14:01〜15:58)
3月 5日( 9:00〜12:32) - 2.場所
- 日本銀行本店
- 3.出席委員
-
- 議長 速水 優 (総裁)
- 藤原作弥 (副総裁)
- 山口 泰 ( 副総裁 )
- 植田和男 (審議委員)
- 田谷禎三 ( 審議委員 )
- 須田美矢子( 審議委員 )
- 中原 眞 ( 審議委員 )
- 春 英彦 ( 審議委員 )
- 福間年勝 ( 審議委員 )
- (注)藤原委員は、国会出席のため、 5日9:42〜11:34の間、会議を欠席した。
- 4.政府からの出席者
-
- 財務省 津田 廣喜 大臣官房総括審議官( 4日)
谷口 隆義 財務副大臣( 5日) - 内閣府 小林 勇造 内閣府審議官
(執行部からの報告者)
- 理事平野英治
- 理事白川方明
- 理事山本 晃
- 企画室審議役山口廣秀
- 企画室参事役和田哲郎( 5日)
- 企画室企画第1課長櫛田誠希
- 金融市場局長山本謙三
- 調査統計局長早川英男
- 調査統計局企画役門間一夫
- 国際局長堀井昭成
(事務局)
- 政策委員会室長橋本泰久
- 政策委員会室審議役中山泰男( 4日14:01〜14:25、 5日)
- 企画室企画第2課長吉岡伸泰( 5日 9:00〜 9:13)
- 政策委員会室調査役斧渕裕史
- 企画室調査役長井滋人
- 企画室調査役廣島鉄也
- 財務省 津田 廣喜 大臣官房総括審議官( 4日)
I.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要
1.最近の金融市場調節の運営実績
金融市場調節は、前回会合(2月13、14日)で決定された方針1に従って、日銀当座預金残高を20兆円程度に維持するよう運営した。こうした調節のもとで、無担保コールレート翌日物(加重平均値)は、引き続き0.001〜0.002%で推移した。
日本銀行による積極的な年度末越え資金の供給を受けて、都銀など大手行の期末越え資金調達も順調に進捗しており、2月半ばにかけて幾分高止まりを続けていた手形買入れオペの落札金利は、足許、低下傾向を示している。
- 「日本銀行当座預金残高が15〜20兆円程度となるよう金融市場調節を行う。なお、当面、年度末に向けて金融市場の安定確保に万全を期すため、必要に応じ、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。」
2.金融・為替市場動向
短期金融市場では、日本銀行の潤沢な資金供給のもとで、短国レートなどターム物金利の低位安定が続いており、年度末を控えつつも落ち着いた地合いが続いている。3月期末越え資金調達の順調な進捗を受けて、都銀など大手行の市場調達スタンスは落ち着いており、ユーロ円レート(3か月物)などの無担保調達レートは、前年を大きく下回る水準で推移している。
国内資本市場では、株価は、地政学的リスクへの警戒感が一段と強まる中で、海外株価が軟調に推移したこともあって、8千円台半ばで低調に推移しており、特に2月中旬以降、銀行株価の下落が目立っている。とりわけ都銀の株価は、一部大手行による追加増資策の公表をきっかけに、希薄化(dilution)や将来配当負担への懸念が材料視され始めるとともに、海外短期筋とみられる仕掛け的な大量の売りも入り、大きく下落した。
債券市場では、国内景気に対する根強い先行き不透明感や内外株価の軟調継続、海外金利の低下などを受けて、長期国債流通利回り(10年物)は0.7%台に再び低下した。この間、社債流通利回りの対国債スプレッドは、株価の軟調地合いにもかかわらず、地域金融機関などの積極的な購入姿勢を背景に、低格付け債を中心に縮小傾向を辿った。また、銀行債の対国債スプレッドも1月末以降、明確な縮小傾向を示しており、大手行の資本増強策が、銀行株に関しては懸念材料となったものの、銀行債については金融不安や国有化リスクの低下を意味するものとして好感されたことが窺われる。
為替市場では、地政学的リスクが一段と意識されるもとで、米貿易収支の大幅悪化もあり、ドルの軟化基調が続いている。こうした中、海外ファンド筋によるユーロの対円ロングポジション解消の動きも加わり、円は対ドルで117円/ドル台まで上伸したほか、対ユーロでも126円台まで反発している。
3.海外金融経済情勢
米国景気は、引き続き緩やかな回復基調にあるが、生産、雇用、所得の改善テンポは鈍化している。
最終需要の動向をみると、個人消費は、緩やかな増勢を維持しているが、雇用環境の悪化や消費者マインドの一段の慎重化の影響が懸念される。特に、家計のマインド面をみると、2月の消費者コンフィデンス指数は、雇用環境の悪化や地政学的リスクの高まり、燃料価格上昇の影響から、前月に比べ大幅に悪化した。住宅投資はモーゲージ金利低下を背景に引き続き底固いが、住宅価格の上昇テンポは鈍化傾向にある。設備投資はほぼ下げ止まったとみられるが、企業収益を巡る先行き不透明感が根強いもとで、なお回復基調は確認されていない。こうした中、生産の回復は引き続き足踏み状態を続けている。
米国金融市場では、地政学的リスクが強く意識される中で、先行きの景気回復に引き続き慎重な見方が一般的である。こうしたもとで、長期金利は「質への逃避」の動きもあって、低下基調を辿った。一方、株価は一進一退の動きを続けている。
ユーロエリアでは、個人消費、設備投資など内需が低調に推移するもとで、輸出もこのところ弱含んでおり、ドイツを中心に景気は減速している。欧州金融市場では、地政学的リスクが強く意識される中、景気の先行きについて慎重な見方が一段と強まっており、長期金利は低下基調で推移したほか、株価も下落した。
NIEs、ASEAN諸国では、IT関連を中心に輸出の増勢がやや鈍化する動きもみられるが、個人消費や設備投資など内需は底固く推移しており、景気は引き続き回復基調にある。中国は、財政支出の増大や高水準の対内直接投資等に伴う内需好調に加え、輸出も増加基調にあり、引き続き高い成長率を維持している。
エマージング金融市場は、地政学的リスクの動向が注目されているものの、ブラジルの新政権の政策姿勢が市場に好感されているなど、各国固有の不安定要因が緩和したことなどから、総じてみれば安定的に推移している。
4.国内金融経済情勢
(1)実体経済
輸出入は、ともにごく緩やかな増加基調にあり、純輸出は横這い圏内の動きを続けている。輸出は7〜9月、10〜12月と増加した後、1月の10〜12月対比も+0.6%の増加となり、緩やかな増加基調にあることが確認された。単月の動きは幅をもってみる必要があるが、内容的には、東アジア向けが、同地域の内需堅調や、わが国との国際分業の進行といった構造的な要因を背景に増加を続けている。先行きについてみると、中国を中心とするアジア経済は引き続き堅調ながら、米国・欧州経済の回復力は、当面、かなり弱いものとみられ、実質輸出は当面、ごく緩やかな増加に止まるものと見込まれる。
内需面をみると、まず、住宅投資は低調に推移しているほか、公共投資も減少傾向にある。設備投資は、企業収益の改善等を背景に概ね横這いとなっているが、海外経済の先行き不透明感が強いこともあって、企業が投資姿勢を積極化させる兆しは依然みられない。
個人消費をみると、各種販売統計は12月には多くの指標で落ち込んだが、1月は家電販売、百貨店販売等が持ち直したほか、乗用車販売も1、2月と2ヶ月連続で前月比がプラスとなるなど、総じて持ち直している。このような月々の振れを均して評価すると、引き続き弱めの動きを続けているとみられる。消費者心理については、一頃に比べ弱めの指標が多い。
生産は、10〜12月に前期比−1.0%と小幅減少した後、1月は10〜12月対比で+0.6%となり、概ね横這い圏内の動きを続けていると判断される。この間、在庫は企業の慎重な生産姿勢を背景に低水準で推移しており、生産の増加モメンタムが強まり難い状況にあるとみられる一方、在庫面の調整圧力から生産減少の悪循環が始まるリスクも小さいことが窺われる。
雇用・所得環境をみると、新規求人が緩やかな増加基調にあるほか、臨時雇用などを幅広くカバーする労働力調査では雇用者数が下げ止まり傾向にある。しかし、企業の根強い人件費削減姿勢を反映して、常用雇用者数の減少が続いているほか、賃金の低下も続いており、全体としてみれば厳しい状況が続いている。
物価動向をみると、輸入物価は、原油など国際商品市況の上昇を反映して、基調としては上昇傾向にある。また、国内の商品市況は、原油価格の上昇傾向や鉄鋼、化学等の素材の需給引き締まりを反映して、幅広い品目で上昇が続いている。この間、消費者物価は引き続き緩やかに下落しているが、4月以降の医療費自己負担率の引き上げの影響などを勘案すると、前年比のマイナス幅は幾分縮小の方向にあるとみられる。
(2)金融環境
クレジット関連指標をみると、民間銀行貸出は前年比2%台の減少が続いている。CP・社債による資金調達残高は、概ね前年並みで推移している。これらを含めた民間部門総資金調達は、引き続き減少傾向を辿っている。
マネー関連指標をみると、マネタリーベースは、銀行券が、前年、ペイオフの部分解禁等を背景に大きく伸びた反動から、前月に比べて伸び率が鈍化した。この間、マネーサプライは前年比2%程度、広義流動性は前年比1%程度の伸びで推移している。
企業金融の動向をみると、民間の資金需要は、低調な設備投資や企業の債務圧縮姿勢のもとで、引き続き減少傾向を辿っている。
一方、資金供給面では、民間銀行は、優良企業に対しては貸出を増加させようとする姿勢を続ける一方で、信用力の低い先に対しては慎重な貸出姿勢を維持している。もっとも、足許は、公的資本注入行などが、業務改善命令等を意識しつつ中小企業向け貸出を幾分前傾化する動きもみられている。企業からみた金融機関の貸出態度を中小企業金融公庫調査でみると、12月、1月と2か月連続で改善した後、2月も同じレベルが続いている。
CP市場では、短期金融市場における資金余剰感が投資家の積極的な購入姿勢にも幾分及んでおり、年度末越えの発行が増加する中でも信用スプレッドは落ち着いた動きを続けている。また、社債の発行金利における信用スプレッドも総じて落ち着いている。
以上のように、前回会合以降、企業金融を巡る環境に大きな変化はみられておらず、一頃に比べ、先行き不透明感を過度に警戒する動きが後退した状態が続いている。しかし、金融再生プログラムの具体化や特別検査の影響など、引き続き不確実性は残っており、年度末に向けての金融環境は注視していく必要がある。
II.日本郵政公社の日本銀行に対する預け金の保有に関する件
1.執行部からの提案内容
本年4月1日に発足する日本郵政公社との間で当座預金取引を開始するに当たり、金融調節の円滑な実施を確保する観点から、日銀当座預金全体の需要を安定的かつ予見可能なものとする必要がある。このため、日本郵政公社が日本銀行に対して一定額以上の預け金を保有するとの契約を締結すること、並びにその預け金率の計算方法等について決定をしていただきたい。
なお、現時点での試算では、初年度について、定期性貯金についての預け金率はおおよそ0.5%程度、その他の貯金(郵便振替に係る預り金を含む)については同0.8%程度となる見込みであり、これをもとにした所要預け金額はおおよそ1.5兆円程度となる見込みである。
2.委員による検討・採決
採決の結果、上記執行部提案が全員一致で決定され、適宜の方法で公表することとされた。
3.日本郵政公社の預け金の金融市場調節方針における取扱いについて
採決の後、日本郵政公社の日本銀行に対する預け金を、当面の金融市場調節方針においてどのように取り扱うべきかが議論となった。
ある委員は、技術的な観点から以下のように基本的な考え方を整理した。
- (1)郵政公社が、準備預金制度に準じた内容の契約に基づき、一定額以上の預け金を日銀当座預金口座に保有する以上、この預け金は、現在の金融調節の目標である日銀当座預金残高に含めて考えることが自然である。
- (2)その上で、従来同様の金融緩和度合いを維持するためには、当座預金残高の目標額を引上げる必要がある。具体的には、郵政公社の所要預け金額が1.5兆円程度になると見込まれていることを踏まえると、目標レンジの上限・下限それぞれに、機械的に2兆円を上乗せすることが適当である。
- (3)郵政公社の発足が4月1日であることから、金融市場調節方針の中では、3月末までの扱いと4月1日以後の扱いの双方について期間を分けて盛り込む必要がある。
- (4)郵政公社の資金繰り如何によっては、郵政公社が所要預け金額を上回る多額の日銀当座預金を積み上げ、これによって他の金融機関が保有できる日銀当座預金が減少し、金融市場が不安定化する惧れがある。こうした場合には、調節方針の「なお書き」が想定するケースに該当するため、当座預金目標額にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行うことが適当である。
このような考え方の整理に対して、他の委員全員が同意する旨を表明した。なお、この際、何人かの委員が、郵政公社がどの程度正確に当座預金需要を把握し、どのようなスタンスで当座預金を積むのか、また「なお書き」が発動されるのは、どのような事態かといった点について執行部に確認を求めた。これに対して執行部から、(1)郵政公社の規模等を考えると、実際の資金繰りを当初から完全に予測することは公社自身も含めて難しく、発足当初は当座預金を厚めに積む可能性がある、(2)ただし業務経験を重ねるにつれ徐々にそうした行動も無くなっていくことが予想される、との説明を行った。
これらの議論を受けて、日本郵政公社の預け金の金融市場調節方針における取扱いについて、技術的観点から、当座預金残高目標値の上下限に機械的に2兆円上乗せすることで委員の意見が一致し、これを前提として、以後の政策運営の検討を進めることが確認された。
III.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要
1.経済情勢
景気の現状について、委員は、(1)景気は横這いの動きを続けている、しかし、(2)海外経済の先行きや不良債権処理の影響など、先行き不透明感が強い状態が続いている、との見方を共有し、前月の景気判断を維持することで一致した。
各需要項目のうち、輸出について、委員は、アジア経済の堅調などを背景にまずまずの伸びを維持しているとの評価を述べた上で、その持続性を注視する必要があるとの見方を概ね共有した。この点に関連して、何人かの委員が、外需自体の先行き不確実性に加え、地政学的リスクや米国の双子の赤字問題がドル相場に下落圧力を加えていることを懸念材料として挙げた。
足許の国内民間需要については、前回会合から大きく判断を変える材料に乏しく、(1)設備投資は概ね横這いで推移しているものの、明確な回復の兆しはみられない、(2)個人消費は、雇用・所得環境の厳しさとの対比でみれば底固いものの、総じて弱めの動きを続けている、との認識が概ね共有された。
多くの委員が、個人消費関連の指標が12月に落ち込んだ後、1月に持ち直したことなどを挙げ、足許ではこれまでの基調が維持されているとの見方を示した。もっとも、ある委員は、ベアの廃止や定昇圧縮といった賃金制度改革の動きの広まりや、医療・年金など社会保障制度の見直し議論の具体化が、消費者マインドに与える影響について懸念を示した。
企業収益が、足許改善傾向を続けていることについて、ひとりの委員は、企業の財務体質が改善する中、デフレ下でも利益を上げることに自信を持ち始めている経営者も増えており、供給サイドの改革が進捗している様子が窺われるとコメントした。ただし、この委員を含む複数の委員が、原油価格の上昇、円高傾向、保有株の評価額低下などが収益を圧迫する可能性に懸念を表明した。
景気の先行きについては、大方の委員が、海外経済の緩やかな回復を前提とすれば、輸出・生産が増加し、前向きの循環が働き始めるとの基本シナリオは崩れていないとしつつ、先行き不透明感が強まっていることに警戒感を示した。特に、イラク情勢の緊迫化など地政学的リスクの高まりと、海外経済を巡る先行き不透明感を意識する見方が多く示された。他方、金融面から景気に下押し圧力がかかる可能性については、引き続きリスク要因として注視する必要があるものの、幾分後退しているとの見方が、委員の間で共有された。
当面のリスク要因について、委員は、米国経済の先行きが重要な着目点であるとの見方を共有した。
多くの委員は、米国経済が足許では緩やかな回復基調を維持している点を認めつつ、地政学的リスクを中心に数多くの不確実性を抱えていることを指摘した。まず、個人消費の動向について、何人かの委員は、(1)足許弱めの指標がみられることに加え、消費者コンフィデンス指標が大幅な下落を示していることに懸念を示し、(2)この背景には、エネルギー価格の上昇や改善テンポの鈍い雇用情勢、地政学的リスクの高まりに伴う不安心理などが影響しており、今後注視する必要がある、との見方を示した。また、複数の委員が、財政赤字と経常赤字のいわゆる「双子の赤字」が拡大しており、仮に軍事行動が開始された場合、これらが一層拡大することや、軍事行動終結後も積み上がった政府債務や対外債務残高が残ることを、米国経済の潜在的な脆弱性として指摘した。さらに、ひとりの委員は、家計・企業の負債の積み上がりも、そうした潜在的脆弱性を高めているとの見方を示した。
また、米国以外の海外経済については、複数の委員が、欧州経済が、内需低調に加えて、ユーロ高の影響も窺われ始めており、とりわけドイツ経済を中心に弱い展開となっていることを指摘した。一方、多くの委員が中国を中心とするアジア経済は堅調との見方を示した。しかしながら、同時に複数の委員が、原油価格の上昇が同地域、とりわけ非産油国に与える影響に懸念を示した。
委員は、地政学的リスクが内外の経済情勢に与える影響について、幅広い見地から意見の交換を行った。
この中では、まず、地政学的リスクの内外経済への影響は、あり得べき軍事行動の期間や広がりなど、数多くの不確実性に左右されるだけに基本的には見定め難いとの認識が共有された。その上で、ある委員は、内外の経済情勢は地政学的リスクの高まりを前に足踏み状態に陥っているとの見解を示したほか、この委員を含む複数の委員は、不透明感の強い状態が長引くこと自体が、ダウンサイド・リスクを高める可能性があることを指摘した。また、何人かの委員は、軍事行動の短期終結とその後の経済の好転を一種の標準シナリオと受け止める向きがあることについて、地政学的リスクには思わぬ展開を辿る可能性もあり、予断を許さないとして慎重な見方を示した。
この間、ひとりの委員は、地政学的リスクは、現に原油価格や株価、為替レート、消費や投資マインドを通じて、直接・間接に日本経済に影響を与えているとの見方を示した。また、別のある委員は、地政学的リスクについては、中東情勢を中心に議論されることが多いが、欧米メディアの論調をみると、東アジア情勢への懸念も目立っており、日本としても同様の意識を強めていかざるを得ないのではないか、と指摘した。
この間、物価動向に関して、ある委員は、緩やかな下落基調が続いているが、マイナス幅の縮小傾向も窺われるとの見方を示した。また、この委員は、鉄鋼など素材市況の上昇の背景に、中国における需要増加がある点に着目しているとの見方を示した。
これらの議論を受けて、ひとりの委員が、やや長めの観点から、今後名目成長率をプラスの領域に誘導していこうとするのであれば、(1)昨年同様、財政支出の落ち込みを外需がカバーする形で外生需要が伸び、デフレ・スパイラル入りの防護壁の役割を果たし続けることができるか、(2)労働分配率の低下が企業収益改善に寄与すると同時に、貯蓄率低下で消費が下支えされるという持続可能性に乏しい現在の姿から、企業のキャッシュ・フローの改善が、投資支出や雇用者所得増加に繋がる、前向きな循環に転換し得るかどうか、が重要な着目点になるとの見解を示した。
2.金融面の動向
金融環境全般に関しては、大方の委員が、(1)大手行の3月期末越え資金の調達が順調に進捗する中、短期金融市場は、期末を控えつつも、きわめて落ち着いていること、(2)社債の対国債スプレッドが縮小傾向にあるなど、企業金融面で急激な引き締まりといった事態は生じていないこと、などから、年度末に向けて金融面のリスクはやや後退しているとの見方を示した。もっとも、同時に、地政学的リスクの高まりや、銀行株を中心とした株価の低調な動きなど懸念すべき材料が少なくない点も、多くの委員が強調した。
金融市場動向について、大方の委員が、年度末を控えているにもかかわらず、足許、資金余剰感の強い状況が続いているとの認識を共有し、その背景として、日本銀行が早いタイミングで、潤沢な期末越え資金供給を実施したことを指摘した。
ある委員は、市場の流動性不安が後退している別の背景として、オペ期間の長期化など、オペを通じた市場との対話が奏効した点を指摘した。その上で、現在の量的緩和の金融市場への影響について、(1)高水準の当座預金残高は、金融機関の流動性確保に大きな効果を発揮している、(2)長めの期間の手形オペなど、マーケット・フレンドリーなオペによって、必ずしも長期国債買入れの増額を行わなくても、必要な資金供給が行われている、(3)昨年4月のペイオフの部分解禁後、日本銀行は短期金融市場における言わばブローカーとしての機能を強めており、オペ期間の弾力化などの工夫次第で資金供給余力はなお残っている、との整理を示した。
この間、別のある委員は、(1)現在は、止むを得ず、流動性リスクや信用リスクを政策で強力に押さえ込んでいる状態であり、本来市場取引から伝わってくるべき情報が伝わってきていない、(2)このため、本質的な問題が表面化しないまま、大きなリスクが蓄積されていることを、留意点として指摘した。
委員は、株価がバブル崩壊後の最安値圏内で低調に推移していることについて、(1)流動性リスクや信用リスクの増大には繋がっていないが、(2)銀行株を保有している生保や一般企業への影響を含め、株価下落そのものの影響を注意深く見守る必要がある、との見方を概ね共有した。
複数の委員は、企業収益が明確に改善しているにも拘わらず、株価が低迷基調を続けている点について、(1)これまで相当大規模なリストラによって利益増加を確保しているだけに、その継続性が疑問視されていること、(2)持続的な企業利益増加の将来展望が描き難いこと、を反映しているとの解釈を示した。これに関連して、ひとりの委員は、証券税制の簡素化によって、現在は預金・保険に著しく偏っている個人金融資産が株式に流れる可能性があるとの期待を表明した。同じ委員は、個人などが多様な投資行動を行う受け皿の拡大が必要であるとして、非居住者の円建て債券市場の整備など、いわゆる円の国際化の重要性も合わせて指摘した。
次に、銀行株が、大手行の増資計画が出揃って以降、値下がり傾向を強めたことが議論の対象となった。
ある委員は、(1)大手行の増資計画は3月期末に向けての過度の不安感を後退させるなど、金融市場の安定に一定の効果を持った、(2)同時に、株式市場においては、既存株主の利益を損ないかねないとの懸念を招いており、各行の収益力強化の実現可能性に厳しい視線が注がれている、と指摘した。また複数の委員は、当初前向きに評価されていた一連の大手行の増資策が、売り材料に転化した背景について、(1)増資計画の実現可能性への懸念があること、(2)配当負担の増加を上回るような長期的な収益力向上の見通しが示されていないこと、(3)いわゆる仕掛け売り的な動きがあったこと、を指摘した。このうちのひとりの委員は、現在の銀行株の動きは、(1)短期的な経営危機の回避や、不良債権処理の着実な進捗は、言わば必要最低限のことであり、むしろ、それを超えた、長期的に付加価値を生み出し得るようなビジネス・モデルの提示が銀行に求められていることを示唆していると同時に、(2)日本銀行による資金の潤沢な供給によって出来ることと出来ないことの違いを明確に示している、との見解を付け加えた。
IV.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要
当面の金融政策運営について、委員は、(1)金融経済に関する基本的な認識に変化がないこと、(2)金融市場はきわめて緩和的で、全体として落ち着いた状況が維持されていることを踏まえ、現状の運営スタンスを維持することが適当であるとの見解で一致した。
同時に、国際政治情勢という予期し難い不確実要因の存在や、株価動向、特別検査の影響、さらには銀行増資の帰趨などによっては年度末に向けて金融面の脆弱性が増すリスクがあることを踏まえ、委員は、万一金融市場が不安定化する惧れがある場合には、機動的かつ柔軟に資金を供給していく必要があると強調した。ある委員は、前回会合での「なお書き」変更によって、期末に向けて市場の安定確保に万全を期すスタンスを対外的に明らかにしており、万が一予期せぬ事態が生じた場合にも、適切に対応できる手はずが整っていることを指摘した。
今後の金融政策運営に関連して、実質長期金利の評価や意味合いについて、議論が交わされた。
まず、ひとりの委員が、(1)一定の計算方法で求めた各国の実質長期金利は、現在、概ね同レベルに収斂しており、「日本ではデフレと名目金利のゼロ制約から実質金利が高く、有効需要に悪影響を与えている」との理解は不適切である、(2)海外並みの実質長期金利水準のもとで、国内投資が低迷しているのは投資の限界効率が低いことの証左であり、実質金利の引下げで非効率な投資を実行させるのではなく、むしろ潜在成長率の引上げで投資を活発化させる必要がある、との問題意識を提示した。また、別の委員も、実質金利の高さが実体経済に及ぼす下押し圧力は限定的との見方を述べた。この委員は、(1)通常、数%程度の実質長期金利に対し、景気循環をリードするようなセクターの期待収益率は、例えば数十%と、著しく高いため、実質金利が投資の阻害要因になるとは考え難い、(2)ただし、こうしたセクターの先行き期待は大きく振れるため、如何に先行きに対するコンフィデンスを高め、実物資産収益率を引上げるかが、現在、日本に限らず各国共通の課題である、(3)過去、非効率なセクターの投資は、金利低下よりもむしろ資金の量的アヴェイラビリティの緩和によって引き出されたが、こうしたセクターの投資は主に資産価格の下落によって抑制されている、との見方を説明した。
これらの議論に対し、さらに別の委員は、90年代以降、日本の実質長期金利が緩やかに低下し、足許非常に低い水準にあることを紹介した上で、マクロ的にみて一般物価下落による実質金利高が経済を低迷させ、バランス・シート問題、金融システム問題と繋がるデット・デフレーションが生じているとは言えず、現在の一連の問題の主たる背景は資産デフレである、との見解を表明した。
こうした見方に関して、別のある委員は、現状程度の一般物価下落が問題の焦点ではないとみることと、バランス・シート調整圧力の強さや、物価指数の上方バイアス、あるいはゼロ金利制約の問題などを踏まえ、ある程度物価をプラスに誘導することが望ましいという政策対応論とは区別すべきであると主張した。さらに、別のある委員は、現実的に考えるとデフレが債務者行動に影響を与えないとは考えられないと述べた。これに対して、先の議論を行った委員は、(1)名目長期金利の低下余地が限られてきた中で、実質金利が今以上に上昇する危険性があること、(2)物価下落の防止のため、より低い実質金利が適切である可能性があること、は認識しており、現状程度の物価下落の放置を支持するものではないと説明した。
次に、ひとりの委員が、非金融部門に流動性を直接供給すべきとの議論について考え方を述べた。まず、(1)流動性供給は、対象となる主体が流動性制約のもとにあって初めて意味を持つが、非金融部門(法人・個人)は現在資金余剰主体である、(2)個別にみれば資金不足主体も存在するが、中央銀行が行えるのは資産同士の等価交換であり、市場流動性の高い金融資産を保有していない、言わば真の資金不足先に直接、流動性を供給することはできない、ことを指摘した。その上で、日本銀行としても、金融機関の流動性制約の解消や金融市場の整備を通じて、引き続き非金融部門を支援していくことが重要であると述べ、その具体例として、実際に、中小企業の売掛債権流動化の促進に力を入れていることなどを紹介した。さらに、この委員は、仮に日本銀行に、流動性供給ではなく資産価格支持が求められているのであれば、(1)それは現在の政府が目指している方向に沿わないばかりか、(2)金融政策本来の範疇に属することではなく、日本銀行独自の判断で行うことは出来ない、と付け加えた。
最後に、やや長い目でみた金融政策運営について、何人かの委員が言及した。
ある委員は、政策判断としては現状維持を支持するとした上で、その背景にある考え方を、(1)物価の下落幅は縮小する方向にあるとはいえ、当面インフレ率がプラスになる展望も描きにくい以上、デフレ克服に向けて打てる手があれば打つことが適当である、(2)しかし、現在の政策の枠組みの範囲内で先行きの物価上昇確率を引上げようとしても、その取組みにあまり効果があるとは思えない、(3)一方で、先行きの物価により強い影響を与える政策手段については、そのフィージビリティや副作用について、議論が尽くされているとはいえない、と整理した。
これを受けて別のある委員は、経済活動を刺激する効果という点では単純な流動性の増加自体に、さほどの意味はないとした上で、今後、日本銀行単独で行うことに限って言えば、結局、(1)オペや担保資産の対象を拡張する、(2)金融資産の価格面を強く意識したオペレーションを組み立てる、といった選択になってくるとの見解を示した。その上で、そもそも金融政策判断は、現状、先行きの様々な状況を斟酌した上で、特定の選択肢を排除することなく議論を行い、決定していくものだが、それを行う目的や論理、さらに国民経済の中で、本来的には誰がその担い手となるべきなのか、といった点に関する十分な議論が必要となる、との見方を示した。
V.政府からの出席者の発言
会合では、財務省の出席者から、以下の趣旨の発言があった。
- 速水総裁をはじめとする現執行部は、新日銀法施行以来、ゼロ金利政策や量的金融緩和政策の実施など、前例のない金融政策運営を行われ、物価の安定及びこれを通じた日本経済の健全な発展に向け、尽力してこられた。この5年間のこうした努力について改めて敬意を表したいと思う。
- 日本銀行は金融機関に対して潤沢な流動性供給を行なっているが、貸出やマネーサプライの伸び率が低下しているなど、実体経済における資金循環の活性化には繋がっていない。このため物価下落に反転の動きはみられず、デフレが継続している。こうした中で市場関係者の間では、日銀は2年間実施してきた量的金融緩和政策の効果について一度レビューすべきではないかという声も聞かれている。
- 日本銀行には、家計や企業などミクロの経済の動きも視野に入れつつ、流動性供給の質量両面において更なる工夫を講じるなど実効性のある金融緩和措置を、是非検討・実施して頂きたい。なお、年度末における資金需要に迅速かつ的確に対応し、市場に不安が生じないよう万全な対応をお願いしたい。
- 以下は個人的な意見だが、まず前回も申し上げたように、ポートフォリオ・リバランス効果促進の観点から、現在月1兆2千億円の長期国債の買切りオペを、例えば月2兆円に増額するとともに、銀行券発行残高の歯止めを一定期間停止し、効果が発現した段階で改めて考えるということを検討して頂きたい。
- 本年入り後、マネタリーベースの伸び率鈍化と相前後してマネーサプライの伸び率も低下している。マネタリーベースの伸びがマネーサプライ増加の原動力であることは間違いなく、デフレ克服に向けた強い政策態度を示すためにも、マネタリーベースの伸びを高い水準に維持することを念頭に入れた金融政策運営を検討・実施して頂きたい。
- さらに、現在の「なお書き」は、不測の事態が生じた際の機動的対応という点では有効ながら、一方で執行部に過度の裁量を与えてしまっている可能性がある。このため、予見不可能な事態を除けば、「なお書き」に過度に依存せず、金融市場調節方針の本則を修正するなどして対応することが必要であり、かつ金融政策の透明性向上の観点から望ましい。
また、内閣府の出席者からは、以下の趣旨の発言があった。
- 景気は引き続き一部に持ち直しの動きがみられるものの、このところ弱含んでいる。先行きについても、世界経済の先行き懸念やわが国における消費者マインドが弱含んでいることなどにより、わが国の最終需要が引き続き下押しされる懸念が存在している。国際政治経済情勢を踏まえつつ、今後の金融経済情勢についてより一層注視する必要がある。
- 政府は「改革加速プログラム」、およびこれに基づく平成14年度補正予算の着実な実施に努めると共に、平成15年度一般会計予算、および税制改革の早期成立と執行を図ることが重要と考えており、これにより民間需要主導の持続的な経済成長の実現を目指していく考えである。さらに、「改革と展望—2002年度改定」にも示されているように、2004年度までの集中調整期間における最重要課題であるデフレ克服のためには、金融面など総合的な対応が重要であり、政府・日本銀行が果たすべき役割は大きいものがある。
- こうした認識を踏まえ、さらに最近の銀行貸出やマネーサプライの動向に十分鑑み、日本銀行にも、できる限り早期にプラスの物価上昇率が実現されるよう、従来の政策の枠組みに止まらず幅広い政策の選択肢の中からさらに実効ある金融政策を検討、実施して頂きたい。
VI.採決
以上の議論を踏まえ、当面の金融市場調節方針について、基本的に現状維持としつつも、4月1日以後、日本郵政公社の発足にあわせて、当座預金残高目標を2兆円上乗せするとの考え方が共有された。
これを受け、議長から以下の議案が提出された。
議案(議長案)
次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとし、別添1のとおり公表すること。
記
3月31日までは、日本銀行当座預金残高が15〜20兆円程度となるよう金融市場調節を行う。4月1日以後は、日本郵政公社の発足に伴い、日本銀行当座預金残高が17〜22兆円程度となるよう金融市場調節を行う。
なお、当面、年度末に向けて金融市場の安定確保に万全を期すため、必要に応じ、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。
採決の結果
- 賛成:速水委員、藤原委員、山口委員、植田委員、田谷委員、須田委員、中原委員、春委員、福間委員
- 反対:なし
VII.金融経済月報「基本的見解」の検討
当月の金融経済月報に掲載する「基本的見解」が検討され、採決に付された。採決の結果、「基本的見解」が全員一致で決定された。これを掲載した金融経済月報は3月6日に公表することとされた。
VIII.議事要旨の承認
前回会合(2月13、14日)の議事要旨が全員一致で承認され、3月10日に公表することとされた。
IX.先行き半年間の金融政策決定会合等の日程の承認
最後に、平成15年4月〜9月における金融政策決定会合等の日程が別添2のとおり承認され、即日対外公表することとされた。
以上
(別添1)
平成15年3月5日
日本銀行
当面の金融政策運営について
日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を、以下のとおりとすることを決定した(全員一致)。
3月31日までは、日本銀行当座預金残高が15〜20兆円程度となるよう金融市場調節を行う。4月1日以後は、日本郵政公社の発足に伴い、日本銀行当座預金残高が17〜22兆円程度となるよう金融市場調節を行う。
なお、当面、年度末に向けて金融市場の安定確保に万全を期すため、必要に応じ、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。
以上
(別添2)
平成15年3月5日
日本銀行
金融政策決定会合等の日程(平成15年4月〜9月)
会合開催 | 金融経済月報公表(注) | (議事要旨公表) | |
---|---|---|---|
15年4月 | 4月 7日(月)・ 8日(火) 4月30日(水) |
4月 9日(水) −− |
(5月23日(金)) (6月16日(月)) |
5月 | 5月19日(月)・20日(火) | 5月21日(水) | (6月30日(月)) |
6月 | 6月10日(火)・11日(水) 6月25日(水) |
6月12日(木) −− |
(7月18日(金)) (8月13日(水)) |
7月 | 7月14日(月)・15日(火) | 7月16日(水) | (8月13日(水)) |
8月 | 8月 7日(木)・ 8日(金) | 8月11日(月) | (9月18日(木)) |
9月 | 9月11日(木)・12日(金) | 9月16日(火) | 未定 |
- (注)「経済・物価の将来展望とリスク評価(2003年4月)」は、4月30日(水)に公表の予定。
以上