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金融政策決定会合議事要旨

(2003年 4月 7、8日開催分) *

  • 本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、2003年5月19、20日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

2003年 5月23日
日本銀行

(開催要領)

1.開催日時
2003年 4月 7日(14:00〜15:52)
4月 8日( 9:00〜13:17)
2.場所
日本銀行本店
3.出席委員
  • 議長 福井俊彦 (総裁)
  • 武藤敏郎 (副総裁)
  • 岩田一政 (  副総裁  )
  • 植田和男 (審議委員)
  • 田谷禎三 (  審議委員  )
  • 須田美矢子(  審議委員  )
  • 中原 眞 (  審議委員  )
  • 春 英彦 (  審議委員  )
  • 福間年勝 (  審議委員  )
4.政府からの出席者
  • 財務省 津田 廣喜 大臣官房総括審議官(7日)
    谷口 隆義 財務副大臣(8日)
  • 内閣府 小林 勇造 内閣府審議官(7日、8日 9:00〜10:28)
    竹中 平蔵 経済財政政策担当大臣(8日10:41〜12:46)

(執行部からの報告者)

  • 理事平野英治
  • 理事白川方明
  • 理事山本 晃
  • 企画室審議役山口廣秀
  • 企画室参事役和田哲郎(8日)
  • 企画室企画第1課長櫛田誠希
  • 金融市場局長山本謙三
  • 金融市場局参事役中曽 宏(8日)
  • 調査統計局長早川英男
  • 調査統計局経済調査課長門間一夫
  • 国際局長堀井昭成

(事務局)

  • 政策委員会室長橋本泰久
  • 政策委員会室審議役中山泰男
  • 政策委員会室調査役斧渕裕史
  • 企画室調査役清水誠一
  • 企画室調査役長井滋人

I.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要

1.最近の金融市場調節の運営実績

 金融市場調節は、前回会合(3月25日)で決定された方針1に従って、対イラク武力行使が継続する中で、金融市場の安定確保に万全を期す観点から、日銀当座預金残高が目標レンジの上限を上回るかたちで運営した。当座預金残高は、3月末に30.9兆円となり、4月1日には郵政公社発足要因も加わって33.8兆円まで増加したが、その後は期末要因の剥落もあって足許27〜28兆円程度まで減少している。

 こうした調節のもとで、無担保コールレート翌日物(加重平均値)は、3月末日(0.021%)を除き、引き続き0.001%で推移した。

  1. 「3月31日までは、日本銀行当座預金残高が15〜20兆円程度となるよう金融市場調節を行う。4月1日以後は、日本郵政公社の発足に伴い、日本銀行当座預金残高が17〜22兆円程度となるよう金融市場調節を行う。なお、当面、国際政治情勢など不確実性の高い状況が続くとみられることを踏まえ、金融市場の安定確保に万全を期すため、必要に応じ、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。」

2.金融・為替市場動向

 短期金融市場では、株価の軟調や米国等による対イラク武力行使の開始にもかかわらず、日本銀行による一層潤沢な資金供給のもとで、総じて落ち着いた市場地合いが維持された。こうした中で、ユーロ円レート(3か月物)は、新年度入りとともに一段と低下し、過去最低水準を更新した。一方、短国レートは、前回会合以降低下に向かったものの、短期国債の発行増継続を背景に低下幅は小幅に止まっている。

 株式市場では、イラク情勢の展開を眺めて神経質な地合いが続いた。そうしたもとで、銀行株価の下落にみられるように、わが国金融システム問題に対する市場の関心は依然強く、国内株価は、海外株価に比べ戻りの弱い展開となっている。

 また、債券市場でも、3月半ば以降、欧米市場における長期金利が反発したのとは対照的に、国内長期金利は一貫して低下を続けた。とくに、超長期ゾーンの国債流通利回りは、資金余剰感の強さや景気の先行きに対する根強い不透明感などを背景に、機関投資家が新年度の債券投資計画を前倒しで実行したことから、急ピッチでの低下を示している。

 為替市場では、米国の財政赤字・経常赤字の拡大懸念が底流するもとで、米ドルは、対ユーロ中心に軟調な地合いを続けている。

3.海外金融経済情勢

 米国景気は、引き続き緩やかな回復基調にあるが、生産、雇用、所得の拡大モメンタムは弱まっている。

 最終需要の動向をみると、個人消費は、緩やかな増勢を維持しているが、雇用環境の悪化や消費者マインドの一段の慎重化がもたらす影響が懸念される。住宅投資はモーゲージ金利低下を背景に基調として引き続き底固いが、住宅価格の上昇テンポは鈍化傾向にある。設備投資はほぼ下げ止まったとみられるが、企業収益を巡る先行き不透明感が根強いもとで、未だ回復基調は確認されていない。こうした中、生産の回復は引き続き足踏み状態を続けているほか、3月のISM指数(製造業)も、受注・生産指数の悪化から改善・悪化の分岐点を示す50を下回った。

 米国金融市場では、イラク情勢の帰趨を巡る思惑を映じて、長期金利、株価ともに大きく振れる展開となっている。FF先物金利などから市場の先行きの金利観をみると、3月上旬にみられた早期利下げ観測は後退したが、引き続き年央にかけての利下げ観測が窺われている。

 ユーロエリアでは、個人消費、設備投資など内需が低調に推移するもとで、輸出も弱含んでおり、ドイツを中心に景気は減速している。ドイツの海外受注、ユーロエリアのPMIといった輸出・生産の先行指標が低調に推移しているほか、雇用環境も緩やかな悪化傾向が続いており、消費者コンフィデンスも悪化している。

 NIEs、ASEAN諸国では、IT関連を中心に輸出の増勢がやや鈍化する動きもみられるが、個人消費や設備投資など内需は底固く推移しており、景気は引き続き回復基調にある。中国は、財政支出の増大や高水準の対内直接投資等に伴う内需好調に加え、輸出も増加基調にあり、引き続き高い成長率を維持している。

 エマージング金融市場は、韓国、トルコなどの一部の国で不安定な動きもみられたが、ラ米諸国を中心に各国固有の不安定要因がやや緩和し、総じて落ち着いた状態にある。なお、東アジアでは、新型肺炎(SARS)感染の拡大懸念から、香港、台湾などの株価が下落している。

4.国内金融経済情勢

(1)実体経済

 輸出入は、ともにごく緩やかな増加基調にあり、純輸出は横這い圏内の動きを続けている。地域別の輸出の内訳をみると、米国向けが大きく減少している一方で、東アジア向けが、同地域の内需堅調や、わが国との国際分業の進行といった構造的な要因を背景に増加を続けている。先行きについては、中国を中心とするアジア経済は引き続き堅調ながら、米国・欧州経済の回復力は、少なくとも当面、かなり弱いものとみられ、実質輸出は当面、ごく緩やかな増加に止まるものと見込まれる。

 内需面をみると、住宅投資が低調に推移しているほか、公共投資も減少傾向にあるが、設備投資は持ち直しつつある。先行きの設備投資については、先行指標や3月短観の結果が示唆するように、企業収益の改善等を背景に次第に持ち直し傾向がはっきりとしていくと考えられるが、種々の構造要因に加え、海外経済の先行き不透明感が強いこともあって、ごく緩やかな増加に止まる可能性が高い。

 個人消費をみると、各種販売統計は12月には多くの指標が落ち込みをみせた後、1、2月には持ち直しており、振れを均せば、個人消費の基調に大きな変化はみられない。個人消費は、当面、厳しい雇用・所得環境が続くと予想される中で、消費者心理を示す指標に弱い動きがみられていることなどを踏まえれば、全体として弱めに推移すると考えられる。

 生産は、10〜12月に前期比−1.0%と小幅減少した後、1〜3月は小幅の増加となった模様であり、均してみれば横這い圏内の動きを続けていると判断される。この間、在庫は企業の慎重な生産姿勢を背景に低水準で推移しており、生産の増加モメンタムが強まり難い状況にあるとみられる一方、在庫面の調整圧力から生産減少の悪循環が始まるリスクも小さいことが窺われる。

 雇用・所得環境をみると、新規求人が緩やかな増加基調にあるほか、臨時雇用などを幅広くカバーする労働力調査では雇用者数が下げ止まり傾向にある。しかし、企業の根強い人件費削減姿勢を反映して、常用雇用者数の減少が続いているほか、賃金の低下も続いており、引き続き、家計の雇用・所得環境は全体として厳しい状況にある。

 物価動向をみると、輸入物価は、原油など国際商品市況の上昇を反映して、上昇している。また、国内の商品市況は、原油価格の上昇傾向や鉄鋼、化学等の素材の需給引き締まりを反映して、幅広い品目で上昇が続いている。この間、消費者物価は引き続き緩やかに下落しているが、前年比のマイナス幅は、企業の低価格戦略が一服しているほか、原油高や4月以降の医療費自己負担率の引き上げの影響などを勘案すると、ごく緩やかに縮小する方向にあるとみられる。

(2)金融環境

 クレジット関連指標をみると、民間銀行貸出は前年比2%台の減少が続いている。CP・社債による資金調達残高は、概ね前年並みで推移している。これらを含めた民間部門総資金調達は、引き続き減少傾向を辿っている。

 マネー関連指標をみると、マネタリーベースは、日銀当座預金が3割台の伸びを維持した一方で、銀行券の伸び率がペイオフの部分解禁等を背景に前年に大きく伸びた反動から鈍化を続けていることから、全体で前年比1割程度の伸びに止まった。この間、マネーサプライは前年比2%程度、広義流動性は前年比1%程度の伸びで推移している。

 企業金融の動向をみると、民間の資金需要は、低調な設備投資や企業の債務圧縮姿勢のもとで、引き続き減少傾向を辿っている。

 一方、資金供給面では、民間銀行は、優良企業に対しては貸出を増加させようとする姿勢を続ける一方で、信用力の低い先に対しては慎重な貸出姿勢を維持している。足許では、公的資本注入行などが、業務改善命令等を意識しつつ中小企業向け貸出を幾分前傾化する動きもみられている。企業からみた金融機関の貸出態度は、3月短観で横這いないし若干の改善となったほか、中小企業金融公庫調査でも改善傾向が続いているが、いずれの調査においても、貸出態度を「厳しい」とみる企業の割合は高止まりしている。

 CP市場では、A2格等低格付CPについて銀行等の引き受け姿勢がやや慎重化したことなどから、スプレッドが幾分拡大する動きもみられたが、総じてみれば、落ち着いた年度末越えとなった。また、社債の発行金利における信用スプレッドも総じて落ち着いている。

 以上のように、前回会合以降、イラク情勢や本邦株価、とりわけ銀行株の軟調といった要因にもかかわらず、全体としての金融環境は年度末を挟んで大きな波乱もなく推移しているが、引き続き金融資本市場の動向や金融機関行動、企業金融の状況については十分注意してみていく必要がある。

II.前回会合での指示に基づく執行部からの報告の概要

 前回会合で、(1)金融政策運営の基本的枠組みの検討を進めるため、これまでの量的緩和政策の評価も踏まえたうえで、金融政策の透明性向上と金融緩和の波及メカニズム強化に関して幅広い観点から論点整理を行うこと、(2)特に金融緩和の波及メカニズム強化の観点から企業金融や金融調節の面においてどのような措置が考えられるか、準備が整い次第報告すること、について指示があったことを受けて、執行部より以下の報告が行われた。

1.量的緩和後の金融経済動向

 2001年3月の量的緩和の枠組み採用後の金融経済動向を振り返ると、当座預金残高やマネタリーベースが高い伸びを示しているにもかかわらず、マネーサプライが伸び悩み、銀行貸出が減少するなど、日本銀行による潤沢な流動性供給の効果は経済全体に広がらず、経済活動の活発化や物価を押し上げるような動きには繋がっていない。一方で、量的緩和は、金融システム不安など様々なストレスが相次いだ中で、金融市場の安定を確保し、銀行経営不安の広がりや、それを起点とする企業金融の悪化を抑制し、デフレ・スパイラルを防ぐ効果を持った。

 金利面では、量的緩和のもとで、短期金利は低位安定し、中長期の金利も総じて低下傾向を辿った。一方で、資産価格については、金融機関や投資家の投資姿勢の積極化はこれまでのところ窺われておらず、株価は下落基調を継続し、円・ドル相場は2002年初にかけて円安方向で推移した後は円高気味で推移した。

 この間、短期金融市場においては、金利が極端に低下した結果、市場参加者間の取引が縮小するなど市場機能の低下という副作用もみられている。

2.金融政策の透明性向上を巡る論点整理

 金融政策の透明性を確保するためには、(1)金融政策が実現を目指す目的を示したうえで、(2)現状および先行きの経済金融情勢をどう判断しているかを伝え、(3)上記を踏まえ、どのような考え方や議論に立って金融政策を決めているかを明らかにしていく、というプロセスが重要となる。

 まず、金融政策の目的の透明性については、(1)「物価の下落を望まない」という日本銀行のスタンスが国民や市場に伝わっているかどうか、(2)物価の安定に向けた日本銀行のスタンスの伝え方について、政策運営に関する誤解を生じないよう配慮しつつ、これを改善する方法はあるか、といった論点がある。

 次に、情勢判断の透明性については、金融政策の効果発現までのタイムラグを考えると先行きの経済の見通しが重要であることから、(1)「経済・物価の将来展望とリスク評価」の内容に改善を図る余地はないか、(2)「9人の政策委員がそれぞれの見通しを持ちながら議論したうえで、多数決で政策を決定する」という合議制の考え方と、委員会としての経済・物価見通しの「わかりやすさ」との調和をどう考えるべきか、といった論点がある。

 最後に、政策運営プロセスの透明性については、(1)日本銀行がある政策手段を採る、あるいは採らない理由について、情勢判断や経済の先行きに及ぼすリスク等とも関連付けた十分な説明が出来ているか、(2)政策手段の採否も含めた政策運営の考え方に関する説明について更なる改善の余地はないか、といった論点がある。

3.金融調節手段に関する視点

 日本銀行が金融調節を実施するにあたっては、金融市場における市場メカニズムを通じて、金融政策の効果を最大限発揮していくという視点が基本となる。こうした観点から金融調節手段を検討するに際しては、通常の経済金融情勢では強く意識されることはないが、現在のような局面では、(1)どのような「波及効果」が想定できるか、が重要な視点となるほか、(2)市場機能を阻害せず、資源配分に中立的であるか、金融・資本市場の発展に資するか、(3)金融調節を実施する市場が相応の「市場規模」を有しているか、といった点にも留意する必要がある。

 また、金融調節の実施にあたっては、日本銀行の財務の健全性を維持するという観点も重要であり、将来にわたる金融政策の遂行能力を確保するためにも、各種リスクを考慮し、全体として資産の流動性を保ちつつ、必要な自己資本を維持するよう努めていく必要がある。

 4.資産担保証券市場を通じる企業金融活性化のための新スキーム案

 金融緩和効果の波及メカニズム強化の観点から企業金融や金融調節面で考えられる具体的措置として、中堅・中小企業向け貸付債権および中堅・中小企業から買い取った売掛債権のプールを主たる裏付資産とし、リスクの異なる複数階層を持った資産担保証券の市場発展を促すための新たなスキームの案を説明したい。

 資産担保証券は、(1)個々の資産のプールを通じて全体としての信用リスクを軽減できるほか、(2)裏付資産全体のリスクを投資家のリスク許容度に応じた何種類かの証券に再構成できる、といった商品特性を持つ。こうした資産担保証券の市場の発展を促すことは、銀行の信用仲介機能が万全とはいえないもとで、これを補完し、企業金融の活性化に資するものと期待される。具体的には、(1)企業の資金調達が容易になるとともに、銀行には新たな資金貸出余力が生じる、(2)資産担保証券市場の流動性向上により資金調達コストが低下するとともに、アベイラビリティが増加する、(3)以上を通じて、企業、とくに中堅・中小企業に対する新規の資金供給の円滑化が促され、ひいては金融緩和の効果波及経路の強化に役立つ。

 ただ、現状、中堅・中小企業関連資産を裏付資産とする資産担保証券市場は、銀行や投資家の資本制約、市場インフラの未整備といった理由で限界的なものに止まっている。こうした市場の発展を促すためには、複数階層の資産担保証券の新規組成を市場に呼びかけ、現状で十分に買い手が見つかりにくいリスクの中間層部分(メザニン部分)を含め、時限的な措置として、日本銀行ないし公的機関が買い入れることが考えられる。

 こうしたスキームの検討を行うに際しては、市場が発展途上にあることを踏まえると、プロポーザル形式で市場関係者の意見を求めつつ進めていくことが適当と考えられる。

III.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要

 景気の現状について、委員は、(1)企業収益の改善傾向が続き、設備投資に持ち直しの動きがみられるものの、(2)イラク情勢を含めた海外経済の不確実性や銀行株を中心とした不安定な株価動向など先行き不透明感は強まっており、(3)景気は全体として横這いの動きを続けている、との見方を共有した。

 また、多くの委員が、3月短観の結果は、こうした景気の見方を裏付けるものであったとの判断を示した。

 委員は、アジア経済の堅調などを背景に、輸出が、緩やかな伸びを維持している状況に変化はなく、これを映じて生産も総じて横這い圏内の動きを続けているとの認識を共有した。

 国内民間需要については、企業部門において、企業収益が輸出や生産の回復を背景に改善を続けており、3月の短観からも今年度も増益が期待できることが確認されたとの見方が委員の間で共有された。

 設備投資については、持ち直しの動きがみられる点で委員の認識は一致した。ひとりの委員は、製造業において、電気機械を中心とする設備投資の連鎖に期待が持てるとの見方を示した。一方、何人かの委員は、設備投資の先行きについて、回復力の強さ、持続性については、なお脆弱性を抱えたものであるとの見方を示した。このうち、ひとりの委員は、設備投資は次第に持ち直し傾向がより明確になるとしながらも、期待収益率の低下、過剰債務の重石、製造業における海外生産シフトの影響といった構造的な抑制要因は作用し続けると指摘した。

 家計部門については、多くの委員が、個人消費は、12月に落ち込んだ多くの指標が1〜2月には持ち直しており、均してみれば弱い動きを続けている状況に変化はないとの見方を示した。ひとりの委員は、消費が所得動向に比べて健闘している背景として、人口動態面での変化や家計が流動性資産、現金を多く保有していることがもたらす影響などを指摘した。

 雇用・所得環境について、多くの委員が、厳しい状況が続いているとの認識を示した。ただし、ある委員は、先行きについては、雇用、賃金の悪化程度が緩やかになることを期待できる基盤が整いつつあると評価した。また、別の委員は、名目賃金が2月に前年比ベースでほぼ下げ止まったことに注目し、雇用者所得は、労働者数の減少が続く中で増加は見込み難いとしても、企業の業績回復に伴って、減少に歯止めがかかることを期待できるとの見方を示した。

 景気の先行きについては、大方の委員が、設備投資の持ち直しなど足許でプラスの材料が増えていることもあり、海外経済の緩やかな回復を前提とすれば、輸出・生産が増加し、前向きの循環が働き始めるとの基本シナリオを変更する必要はないとの見方を示した。

 同時に、大方の委員は、景気の先行き不透明感はむしろ強まっているとして、とくに、(1)弱めの経済指標が増えてきている海外経済の先行きと(2)銀行株を中心とする株価の不安定な動きをリスク要因として指摘した。

 海外経済のうち、米国経済について、多くの委員は、引き続き緩やかな回復基調にあるとしつつも、消費者マインドの悪化が続く中で、個人消費に弱めの指標がみられ、生産・雇用関連指標も悪化していることを懸念材料として指摘した。何人かの委員は、こうした弱めの動きは、イラク情勢の影響というよりも、戦争以前から米国経済が抱える構造的脆弱性に起因している可能性があるとの見方を示した。また、イラク情勢がもたらすリスクについて、多くの委員が、不確実性の焦点は、戦後に中東地域の安定がどう確保されるか、復興のための財政負担が米国の双子の赤字をどの程度悪化させるか、それらが為替レートにどのような影響を与えるか、といった問題に移ってきていることを指摘した。

 米国以外の海外経済については、殆どの委員が、未だ影響の大きさは明らかでないとしながらも、新型肺炎(SARS)がアジア経済に及ぼす影響を新たなリスク要因として指摘した。また、複数の委員が、欧州経済の先行きについて、財政赤字や失業問題、ドイツに典型的な金融セクターの脆弱性などを理由に慎重な見方を示した。

 先行きの大きなリスク要因として、殆どの委員が、株価の不安定な動き、とくに銀行株価の下落について懸念を示した。これらの委員は、こうした株価の下落が、金融システムへの影響を通じて、企業金融や実体経済に悪影響を与えるリスクを指摘した。このうち、ひとりの委員は、98年当時のような金融システム不安を惹起する状況ではないとしながらも、日銀当座預金残高が30兆円前後となる状態が続くことは潜在的なシステムの脆弱性を物語っていると述べた。

 株価の先行きに関して、ひとりの委員は、株価下落に対する大手銀行の耐久力は相当高まっているものの、持ち合い株の解消、生命保険会社の株式ポートフォリオ圧縮、年金の代行返上といった面では依然として相当の売り圧力が残っていると指摘した。一方、別の委員は、様々な不確実性から買いが入りにくい状況であるが、バリュエーション指標からは日本株は割安になっており、証券税制の改革や企業収益の改善などを背景に前向きな動きも期待できるとの見方を示した。

 一方、短期金融市場の動向については、潤沢な資金供給もあって、無事に年度末を越えたものの、国際政治情勢や株価の不安定な動きなどを考えると、引き続き金融機関の流動性確保に万全を期すために注意が怠れないという点で委員の認識が一致した。また、ひとりの委員は、イラク情勢の変化にかかわらず長期金利がほぼ一貫して下げ基調にあることを指摘し、その基本的背景として銀行や機関投資家の間に極めて強い資金余剰感があることを挙げた。

 この間、物価動向に関して、ある委員は、供給サイドでの幾つかの要因によって、当面マイナス幅が縮小傾向に向かうと考えられるものの、前年比でプラスに転じることまでは見込めないとの見方を示し、別の委員もこうした見方に賛同した。

 これと関連して、予想インフレ率と実質利子率の水準について議論があった。ひとりの委員は、予想インフレ率あるいは予想デフレ率は実現しているインフレ率の近辺にあるとの見方を示したうえで、それを踏まえると実質利子率も僅かに低下する程度の動きとなっており、直ちにデフレ・スパイラルが進行するリスクは然程高くないと述べた。別の委員も、99年以降、GDPデフレータの変化率があまり変わらない一方で、名目金利は1%以上低下しており、日本の実質金利はかなり低下しているとの見方を示した。同じ委員は、日本の実質金利は、80年代から現在にかけて傾向的に低下を続けており、米国でも同様に低下している結果、日米の実質金利差は安定しているとしたうえで、実質金利を見る場合には傾向的かつ国際的な動きを見る必要があると指摘した。

 これに対して、別のある委員は、GDPデフレータは95年頃と比較すると2%を超えるマイナス幅にまで拡大しているほか、設備投資のデフレータは4%近いマイナスとなっており、デフレは深化しているとの認識を示した。

IV.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

 当面の金融政策運営については、(1)先行き不透明感は強くなっているものの、足許で設備投資の持ち直しの動きなどもあり、景気は横這いの動きを続けているという判断を変更する状況ではなく、(2)短期金融市場も、潤沢な資金供給のもとで、総じて落ち着いて推移していることから、現在の「17〜22兆円程度」という当座預金残高目標を維持することが適当との見解が大勢を占めた。

 同時に、大方の委員は、無事に期末を越え、対イラク武力行使の短期終結期待が高まっているとはいえ、市場にはなお不安定な地合いが残っていることから、現状の「なお書き」を維持したうえで、それに基づいて潤沢な資金供給を続けることが適当であるとした。ひとりの委員は、当座預金残高が目標レンジの上限である22兆円にすぐに戻ってしまうのではないかという誤解が市場で生まれないように、十分な対外説明を行うことの重要性を指摘した。

 こうした大勢意見に対して、ひとりの委員は、3月初から目標レンジの上限を超えて潤沢な資金供給を行ってきており、今後も当面そうした状況を続ける必要があることを考えると、実態にあわせて目標レンジを「25〜30兆円程度」にまで引き上げ、量的緩和のスタンスを明確にすることが自然かつ現実的であるとの意見を示した。この委員は、不確実な要素がなくなった際には、目標レンジを元に戻せばよいとの考え方を示したが、複数の委員は、そうした決定は政策意図が誤解される可能性があるため現実的には選択肢となりにくいと指摘した。

 また、別の委員は、今後の運営を考えるにあたっては、マネタリーベースの前年比伸び率を維持するという考え方に基づいて、当座預金残高を増加させていくことも検討すべきとの意見を示した。

 続いて、金融政策の波及メカニズム強化のための具体策について、執行部から報告のあった、資産担保証券市場を通じた企業金融の活性化スキームを中心に議論が行われた。

 まず、銀行の信用仲介機能が万全でない中で、金融緩和の波及経路を強化するという観点から、中堅・中小企業関連資産を裏付けとする資産担保証券市場の発展を促すという方向性は基本的に望ましいという点で委員の間で認識が一致した。ひとりの委員は、市場育成がもたらすプラスの効果として、(1)プライマリー市場の発展で中堅・中小企業に新たな資金調達手段が提供されること、(2)セカンダリー市場に幅広い投資家が参加することで信用リスクの価格付けがより適切に行われること、を指摘した。これに加えて、別の委員は、貸出債権等を持っている銀行の資本を一部解放できることをメリットとして挙げた。ある委員は、中小企業を中心に企業間信用が昨年大幅に減少していることを指摘し、中小企業の資金調達手段を多様化し、強化していくことは極めて緊急性の高い課題であると評価した。

 同時に、何人かの委員は、今回のスキームが奏効したとしても、資産担保証券市場の規模などを考えると、それが金融緩和を強化する効果には限界があることも指摘した。ひとりの委員は、(1)今後暫くの間、家計、企業ともに資金余剰部門であり続けるとみられ、各経済主体はマーケット機能を活かしながら金融資産・負債を再構築する過程にある、(2)こうした中で、銀行は、従来の預貸業務依存から脱却することによって自己資本比率を向上させる必要がある、(3)したがって、今回のスキームによって、中堅・中小企業への貸出が増加し、マネーサプライが増加することまで期待することは難しいため、そうした期待を国民に持たせるべきではないと述べた。別の委員は、本スキームは、市場規模などを考えると、金融調節の中心的手段とはなり得ず、金融緩和の波及効果を強化する効果も限界的であるため、あくまでも市場の発展を促すという政策意図を前面に押し出して説明していくべきとの意見を述べた。

 次に、日本銀行が金融調節で資産担保証券の一部を買い切ることの効果や是非について、様々な観点から議論が行われた。

 複数の委員は、執行部が整理した、波及効果、市場機能との親和性、市場規模といった金融調節手段を検討する際のポイントのうち、現在の経済の状況を踏まえると、波及効果がとくに重要であるとの認識を示した。

 何人かの委員は、日本銀行が信用リスクのある資産を買い切ることは、これまでの政策からみて大きな飛躍であり、なぜ中堅・中小企業関連の資産担保証券が最初の対象となるのかについて、十分な検討が必要であるとの認識を示した。この点について、ある委員は、考えられる全ての選択肢を同時に比較考量して政策決定を行うことは現実問題として困難であり、検討の具体化したものから順次吟味していくというアプローチを採らざるを得ないため、今回のスキームについては、プロポーザルを出して市場の意見を聞きつつ、買入れの検討を進めるべきであると述べた。

 日本銀行が、従来の政策から飛躍して、中堅・中小企業関連の資産担保証券を買い切ることに踏み切る理由として、ひとりの委員は、(1)適格担保の拡大は実効あるものとしては限界にきており、次のステップとしては民間信用の買い切りに踏み込まざるを得なくなっている、(2)資産担保証券は他の民間信用に比べて個別性が低く、より中立的である、(3)信用リスクが、プールすることで比較的小さくなるほか、より正確なリスク計算や評価が可能、と整理した。これに対して、別の委員は、様々な債権をプールするとしても、組成の仕方には個別性が残るため、厚みがなく、個別性の高い市場に日銀が出ていくという問題は回避できないと指摘した。

 本スキームを検討する際に、日本銀行の財務の健全性確保に十分配慮することが必要である点については委員の認識が一致した。ひとりの委員は、財務の健全性を明確に対外説明できない場合には、信認の低下と政策効果の低下を招きかねないとした。ある委員は、日本銀行が中堅・中小企業のリスクをとっていく際には、信用リスク管理のための体制整備や各種データベースなどの情報の充実が必要であると述べた。

 また、ひとりの委員は、日本銀行の自己資本について、(1)通貨発行益(シニョレッジ)は国民一般に帰属し、国会における予算承認のプロセスを通じて財政政策というかたちで使われるべきものである、(2)その一部を自己資本として内部に留保するのは、基本的に、最後の貸し手機能を発揮する際の予期せざるリスクの顕現化に対して備えるためである、(3)そのうえで余裕がある場合には他の特定の政策に割り当てることも出来る、という基本的な性格を十分に認識する必要があると述べた。そのうえで、この委員は、(1)今後、経済情勢次第では長期国債などの保有残高を積み増さなければならなくなる可能性も考えあわせると、現状、日本銀行の自己資本に十分な余裕がある訳ではない、(2)こうしたもとで、リスク資産を思い切って買い入れる場合には、「他のリスク資産を買い入れる余地が狭くなった」と市場が受け止める可能性もある、(3)他方、現在の中小企業金融について、引き続き厳しい状況にあるものの、ここにきて逼迫感が強まっている訳ではないといった現状評価を行った。この委員は、上記の点を比較考量すると、複数階層の資産担保証券のうち直接買い取る対象はシニア部分に限定し、メザニン部分は適格担保として受け入れることが一案ではないかと主張した。

 日本銀行が信用リスクをとる形で市場育成に関与していくことは、財政政策に近い領域に踏み込んでいるとの認識を多くの委員が共有した。ひとりの委員は、こうした認識に基づいて、市場育成の取り組みを進めていく際には、市場関係者だけではなく、関係政府機関との連携も重要であると述べた。

 大方の委員は、市場の発展を促すための日本銀行の関与は、時限的かつ必要最低限のものに止め、市場の歪みやモラル・ハザードの発生を回避すべきとの認識を共有した。ひとりの委員は、日銀が買入れるのみならず、一部を他に売ることを条件にすれば、市場の価格発見機能を強め、市場育成に資することに繋がるとの意見を述べた。ある委員は、極力早期に多数の市場参加者による価格形成を促して、日本銀行も買い手としてのプレゼンスを低下させていくことが必要と指摘した。

 ひとりの委員は、提案されているスキームについて、貸出債権等のスプレッドが本来薄い中で、これを証券化しようとするとどこかに無理が生じる可能性があるとの懸念を述べた。

 こうしたスキームの検討を市場へのプロポーザル形式で進めていくことについては、多くの委員が、未発展の市場であるだけに、中央銀行がどのような形で関与することが最も効果的で市場の歪みを最小限に出来るかを、市場との対話を通じて検討することが望ましいと述べた。もっとも、ひとりの委員は、民間の知恵を利用できる反面、様々な要望が出て収拾がつかなくなるリスクがあるという意味で諸刃の剣であるとの意見を述べた。別の委員も、金融調節方法を検討するにあたって、プロポーザル形式というのは異例なやり方であるとの認識を示した。

 こうした議論を通じて、執行部から報告のあった中堅・中小企業関連の資産担保証券市場を通じた企業金融活性化スキームに関しては、色々と今後詰めていくべき点はあるものの、市中へのプロポーザルを行って検討を進めていくことについては、大方の委員の合意が得られた。

 同時に、何人かの委員が、今回のスキームに止まらず、企業金融の活性化を通じて、金融緩和効果の波及メカニズムの強化を図る方策がないか、今後さらに検討を進めていくべきであると述べた。また、ある委員は、量的緩和政策の効果を浸透させるためには、不良債権処理を加速させ、銀行の金融仲介機能を回復させることが最優先の課題であると強調した。

 金融政策の基本的枠組みに関する検討のうち、金融政策運営の透明性向上についても議論が行われた。

 ひとりの委員は、現在の「消費者物価上昇率が安定的にゼロ%以上になるまで」という量的緩和のコミットメントについて、日本銀行が0〜1%程度の物価上昇率を目指しているという誤解を与える可能性はあり、もう少し物価安定の意味を広く考えていることを明確にする余地はあるものの、一方で、現時点で物価の安定を数字で示すことは、実現のための手段、環境面での改善なしに、インフレ・ターゲットに近づく印象を与えかねないと述べた。この委員は、現在の状況下、金融政策だけで無理にプラスの物価目標の達成を目指すことは、必ずしも持続的な物価の安定や健全な経済の発展に繋がらないことについて、経済・物価の見通しと金融政策の関係という形で、展望レポートなどで分かり易く説明していくことが望ましいとの意見を述べた。別の委員もこうした意見に賛同したうえで、高い目標インフレ率を公表することでインフレ期待が高まり、実質金利が低下するというルートがあるかどうかは、実現できる手段をどれだけ持っているかに依存すると述べた。

 こうした意見に対してひとりの委員は、現在の時間軸に関するコミットメントは、広い意味でインフレ・ターゲットを採用していると理解することが出来るが、(1)物価目標と達成期限を明示することで、一段と強いコミットメントを示し、説明責任の明確化と透明性の向上を図ることが出来るうえ、(2)物価目標の上限を設定すれば、今後極端なインフレになることを回避し、期待物価上昇率のアンカーを提供する意味でも有効である、との見解を示した。

 別の委員は、物価目標実施に向けての波及メカニズムが明確でない場合も、理論的に説明し得るものであれば、たとえ構造的な制約要因があるにせよ、目標の設定を行う意義はあるとの考え方を示した。

V.政府からの出席者の発言

 会合では、内閣府の出席者から、以下の趣旨の発言があった。

  •  景気は横這いで推移しており、踊り場的な状況にある。平成14年度の経済成長率は政府見通しよりも高いところに落ち着きそうな状況にあるが、景気を巡る不確実性は高く、慎重に対応していく必要がある。こうした中、消費に弱い動きが出ている一方で、設備投資が3期連続で僅かにプラスになるなど、家計から企業への緩やかなシフトが進行しつつある。
  •  政策面では、予算を着実に実行していくことが政府にとっての重要な責任になる。構造改革面では、構造改革特区が4月からいよいよスタートする段階になった。また、経済活性化のための先行減税についても、規模は限定的ながら、効果を発揮することを期待している。今後営業を開始する産業再生機構については、これがどのような役割を果たせるかが、不良債権比率を2年間で8%から4%に下げられるか否かのポイントとなると考えている。財政面では、補正予算を巡る議論は存在するが、基本的にファイン・チューニングとしての財政政策は採らないというのが小泉内閣の方針である。
  •  不良債権処理に向けて、政府、金融庁の責任は非常に大きいが、これまで非常に着実かつ現実的に金融を改革するという動きが進捗していると思っている。新たな公的資金の制度についてどのように考えるかという点について議論が続けられているが、日本銀行の意見も伺っていきたいと思っている。
  •  金融政策運営の透明性を巡る議論については、政策目標は政府と共有したうえで、それに向けての政策手段については日本銀行の独立性を重視するかたちで存分に議論をして頂きたい。政策目標と政策手段の整合性という問題は、組織の信頼性という観点からも大変重要であるが、一方で、政策の目標と手段に必ずしも1対1の厳密な対応がないという宿命を背負っている面もあると思う。
  •  景気は横這いで推移しており、踊り場的な状況にある。平成14年度の経済成長率は政府見通しよりも高いところに落ち着きそうな状況にあるが、景気を巡る不確実性は高く、慎重に対応していく必要がある。こうした中、消費に弱い動きが出ている一方で、設備投資が3期連続で僅かにプラスになるなど、家計から企業への緩やかなシフトが進行しつつある。
  •  政策面では、予算を着実に実行していくことが政府にとっての重要な責任になる。構造改革面では、構造改革特区が4月からいよいよスタートする段階になった。また、経済活性化のための先行減税についても、規模は限定的ながら、効果を発揮することを期待している。今後営業を開始する産業再生機構については、これがどのような役割を果たせるかが、不良債権比率を2年間で8%から4%に下げられるか否かのポイントとなると考えている。財政面では、補正予算を巡る議論は存在するが、基本的にファイン・チューニングとしての財政政策は採らないというのが小泉内閣の方針である。
  •  不良債権処理に向けて、政府、金融庁の責任は非常に大きいが、これまで非常に着実かつ現実的に金融を改革するという動きが進捗していると思っている。新たな公的資金の制度についてどのように考えるかという点について議論が続けられているが、日本銀行の意見も伺っていきたいと思っている。
  •  金融政策運営の透明性を巡る議論については、政策目標は政府と共有したうえで、それに向けての政策手段については日本銀行の独立性を重視するかたちで存分に議論をして頂きたい。政策目標と政策手段の整合性という問題は、組織の信頼性という観点からも大変重要であるが、一方で、政策の目標と手段に必ずしも1対1の厳密な対応がないという宿命を背負っている面もあると思う。

また、財務省の出席者からは、以下の趣旨の発言があった。

  •  わが国経済は、イラク情勢にもかかわらず、年度末を無事に越えたが、依然として不透明感が残っており、厳しい状況が続いている。こうした状況の中、政府は14年度補正予算、15年度予算の着実な実施に努めていくとともに、歳出、税制、金融、規制などの構造改革を推進していくことにより、民需主導の持続的な経済成長の実現を目指すこととしている。日本銀行におかれても、市場に不測の事態が生じないよう、現在臨時に実施している潤沢な流動性供給を含め、引き続き万全の対応をお願いしたい。
  •  先日の臨時金融政策決定会合において、今後、金融政策運営の基本的な枠組みについてさらに検討を進める旨決定された。物価の下落に反転の動きが見られない中、こうした検討がなされることは望ましいことであり、可能な限り早期に具体的な成果が出されることを期待している。
  •  日本銀行は、一昨年3月以来、量的金融緩和政策の下、金融機関に対して潤沢な流動性供給を行っているが、実体経済における資金循環の活性化には繋がっていない。今回の検討を通じて、家計や企業など実体経済にいかに資金を流すかとの観点から、流動性供給の質量の両面において更なる工夫が講じられることを期待している。デフレ克服は引き続き経済運営における最重要課題であり、日本銀行におかれては実効性のある金融緩和措置を是非検討・実施して頂きたい。
  •  前回も申し上げたように、個人的には、ポートフォリオ・リバランス効果促進の観点から、現在月1兆2千億円の長期国債の買切りオペを、例えば月2兆円に増額するとともに、銀行券発行残高の歯止めを一定期間停止し、効果が発現した段階で改めて考えるということを検討して頂きたい。
  •  日本銀行が、資産担保証券の市場育成に関する提案を行っていくことは大変評価をしている。現在の金融状況の緊急性や日本銀行の機動性という点からは、早急に実施に移して頂きたい。

VI.採決

 以上の議論を踏まえ、当面の金融市場調節方針については、現状維持としたうえで、「なお書き」に基づいた潤沢な資金供給を続けることが適当との意見が大勢となった。

 ただし、ひとりの委員は、(1)3月初から当座預金残高が目標レンジ上限を一貫して超えており、今後も、銀行株の下落といった不確実性の高い状況が続くことを考え合わせると、目標自体を一時的にせよ引き上げ、量的緩和のスタンスを明確にする方が自然であり、信認も高まる、(2)「なお書き」を使い過ぎることは適当でない、との理由から、当座預金残高目標を「25〜30兆円程度」に引き上げることが適当であり、その旨の議案を提出したいとした。

 また、資産担保証券市場を通じた企業金融の活性化スキームについては、執行部からの提案の方向で市中にプロポーザルを行うかたちで検討を進めていくことについて、委員の認識が概ね一致した。

 この結果、以下の議案が採決に付されることとなった。

 福間委員からは、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、「日本銀行当座預金残高が25〜30兆円程度となるよう金融市場調節を行う」との議案が提出された。

 採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。

 議長からは、会合における多数意見をとりまとめるかたちで、以下の2つの議案が提出された。

金融市場調節方針に関する議案(議長案)

 次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとし、別添1のとおり公表すること。

 日本銀行当座預金残高が17〜22兆円程度となるよう金融市場調節を行う。

 なお、当面、国際政治情勢など不確実性の高い状況が続くとみられることを踏まえ、金融市場の安定確保に万全を期すため、必要に応じ、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。

採決の結果

  • 賛成:福井委員、武藤委員、岩田委員、植田委員、田谷委員、須田委員、中原委員、春委員
  • 反対:福間委員

 福間委員は、既述の議案提出理由と同様の理由から、上記採決において反対した。

資産担保証券の買入れの検討に関する議案(議長案)

1.日本銀行は、金融緩和の波及メカニズムを強化する観点から、資産担保証券市場を通じた企業金融円滑化の具体的な方法として、次のような要件を満たす資産担保証券のうち一定の信用度を有するものを、金融調節上の買入対象資産とすることについて、検討を進めること。

(1) 銀行等の自己査定による正常先に相当する中堅・中小企業関連資産(中堅・中小企業から買い取った売掛債権や中堅・中小企業向け貸付債権)を主たる裏付けとしたものであること。

(2) 裏付け資産全体のリスクを、リスクの異なる複数の階層に再構成しているものであること。

2.日本銀行による資産担保証券買入は、現在のわが国金融機関の信用仲介機能が万全とは言い難いことや資産担保証券市場が発展途上にあることを勘案して、時限的措置とすること。

3.日本銀行による資産担保証券買入の具体的スキーム策定に際しては、広く市場関係者等の意見を求めること。

4.上記3.の意見を求めるに当たっての提案書の内容は総裁が定めること。

5.日本銀行による資産担保証券買入の具体的スキームについては、改めて金融政策決定会合において討議のうえ決定すること。

6.本件に関する対外公表文は、別途決定すること。

採決の結果

  • 賛成:福井委員、武藤委員、岩田委員、植田委員、田谷委員、中原委員、春委員、福間委員
  • 反対:須田委員

 須田委員は、資産担保証券市場の拡大の意義は十分に認識しているものの、本件については、(1)金融調節上の買入れ対象とする資産の信用リスクの度合い、スキームに割り当てられる自己資本の量など、本行が独自に決定すべき基本的要件について政策委員会で予め確認するべきであるが、現時点では曖昧である、(2)本行の自己資本の性格・制約や企業の資金調達環境の現状評価を踏まえると、資産担保証券のシニア部分の買い取りはともかく、現時点でよりリスクが高いメザニン部分まで買い取る用意があると表明することは適当でない、(3)資産担保証券市場の発展のためには、金融機関に対して裏付資産となる個々の貸出債権を組成する段階から債権譲渡を前提とした商品設計に取り組むことを促すことが必要であり、そのためには、単にリスク部分を買い入れるということではなく、考査機能などを含めた広範なアプローチを採るべきである、と述べ、上記採決において反対した。

VII.対外公表文の検討

 本日決定した資産担保証券の買入れの検討に関する件にかかる対外公表文について、執行部が作成した原案に基づいて委員の間で議論が行われ、採決に付された。採決の結果、対外公表文(「資産担保証券の買入れの検討について」)が賛成多数で決定され、別添2のとおり、同日公表することとされた。

採決の結果

  • 賛成:福井委員、武藤委員、岩田委員、植田委員、田谷委員、中原委員、春委員、福間委員
  • 反対:須田委員

VIII.金融経済月報「基本的見解」の検討

 当月の金融経済月報に掲載する「基本的見解」が検討され、採決に付された。採決の結果、「基本的見解」が全員一致で決定された。これを掲載した金融経済月報は4月9日に公表することとされた。

IX.議事要旨の承認

 前々回会合(3月4、5日)の議事要旨が全員一致で承認され、4月11日に公表することとされた。

以上


(別 添1)

平成15年4月8日
日本銀行

当面の金融政策運営について

 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を、以下のとおりとすることを決定した(賛成多数)。

 日本銀行当座預金残高が17〜22兆円程度となるよう金融市場調節を行う。

 なお、当面、国際政治情勢など不確実性の高い状況が続くとみられることを踏まえ、金融市場の安定確保に万全を期すため、必要に応じ、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。

以上


(別添2)

2003年4月8日
日本銀行

資産担保証券の買入れの検討について

1. 日本銀行による潤沢な資金供給は、金融市場の安定確保と景気・物価の下支えに大きく貢献してきた。しかし、潤沢な資金供給が経済活動の拡大に効果的に結びついていくためには、金融緩和の波及メカニズムを強化することが求められる。

2. このような考え方に基づき、日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、以下の点を決定した。

(1) 中堅・中小企業関連資産を主たる裏付資産とする資産担保証券を、時限的措置として金融調節上の買入れ対象資産とすることについて、検討を進めること。

(2) 資産担保証券買入れの具体的スキーム策定に際しては、広く市場関係者等の意見を求めること。

(3) 具体的スキームは、改めて金融政策決定会合において討議のうえ決定すること。

3. 資産担保証券は、その商品特性から信用リスクの分散化や移転を通じて企業金融の円滑化に貢献する効果が期待される。今回の決定は、わが国の金融機関の信用仲介機能が万全でない中で、発展途上にある資産担保証券市場の活性化を通じて企業金融の円滑化を図り、金融緩和効果を強化することを目的とするものである。

4. 日本銀行は、これまでも資産担保証券を含めた民間債務を金融調節上の担保や売戻し条件付の買入れ資産として活用してきたが、民間債務を買い切ることは、中央銀行としては異例の措置である。日本銀行としては、(1)波及効果の大きさはどの程度か、(2)市場機能を歪めることはないか、(3)日本銀行の財務の健全性をどのように維持するかといった点も見極めながら、買入れの具体的方法等を最終的に決定していく方針である。

5. 日本銀行としては、今後とも、金融緩和の波及メカニズム強化や金融政策の透明性向上の観点から政策運営に改善の余地がないかを点検し、必要な措置を講じていく方針である。

以上