このページの本文へ移動

金融政策決定会合議事要旨

(2003年 4月30日開催分) *

  • 本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、2003年6月10、11日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

2003年 6月16日
日本銀行

(開催要領)

1.開催日時
2003年 4月30日(9:00〜13:29)
2.場所
日本銀行本店
3.出席委員
  • 議長 福井俊彦 (総裁)
  • 武藤敏郎 (副総裁)
  • 岩田一政 (  副総裁  )
  • 植田和男 (審議委員)
  • 田谷禎三 (  審議委員  )
  • 須田美矢子(  審議委員  )
  • 中原 眞 (  審議委員  )
  • 春 英彦 (  審議委員  )
  • 福間年勝 (  審議委員  )
4.政府からの出席者
  • 財務省 谷口 隆義 財務副大臣
  • 内閣府 小林 勇造 内閣府審議官

(執行部からの報告者)

  • 理事平野英治
  • 理事白川方明
  • 理事山本 晃
  • 企画室審議役山口廣秀
  • 企画室参事役和田哲郎
  • 企画室企画第1課長櫛田誠希
  • 金融市場局長山本謙三
  • 調査統計局長早川英男
  • 調査統計局経済調査課長門間一夫
  • 国際局長堀井昭成

(事務局)

  • 政策委員会室長橋本泰久
  • 政策委員会室審議役中山泰男
  • 企画室企画第2課長吉岡伸泰(9:00〜9:08)
  • 金融市場局金融市場課長大澤 真(9:00〜9:08)
  • 政策委員会室調査役斧渕裕史
  • 企画室調査役衛藤公洋
  • 企画室調査役山岡浩巳

I.「適格担保取扱基本要領」の一部改正の決定

1.執行部からの提案内容

 4月16日に設立された株式会社産業再生機構は、政府保証を付したうえで資金調達を行う予定である。金融市場調節の一層の円滑化を図る観点から、同機構に対する政府保証付証書貸付債権を適格担保とするため、「適格担保取扱基本要領」を一部改正し、本日から実施したい。なお、本措置は、同機構の資金調達の順便化に資すること等を通じ金融システムの安定確保にも寄与し得ると考えられる。

2.委員による検討・採決

 採決の結果、上記執行部提案が全員一致で決定され、適宜の方法で公表することとされた。

II.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要

1.最近の金融市場調節の運営実績

 金融市場調節については、前回会合(4月7、8日)で決定された方針1に従って運営した。すなわち、イラク情勢や株価低迷を受けて当座預金を厚めに保有する動きが続いたことなどを踏まえ、当座預金残高が目標レンジの上限を上回る調節を継続した。ただ、4月下旬はイラク情勢が収束に向かいつつあったことなどを受けて、市場動向を慎重に見極めつつ、当座預金残高を徐々に減少させている。

 こうした調節のもと、無担保コールレート翌日物(加重平均値)は、引き続き0.001〜0.002%で推移した。

  1. 「日本銀行当座預金残高が17〜22兆円程度となるよう金融市場調節を行う。なお、当面、国際政治情勢など不確実性の高い状況が続くとみられることを踏まえ、金融市場の安定確保に万全を期すため、必要に応じ、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。」

2.金融・為替市場動向

 短期金融市場では、日本銀行による潤沢な資金供給のもと、全体としては落ち着いた市場地合いが維持されたが、銀行株価の下落などを受けて金融機関の運用姿勢が慎重化したことから、短期国債やレポ等の金利は幾分強含んでいる。

 国内資本市場では、イラク情勢が収束に向かったにも拘らず、新型肺炎(SARS)の影響を含め、経済の先行きに対する不透明感が強く、株価軟調、長期金利低下の動きが続いた。

 すなわち、株価は、海外株価が持ち直すなかで、わが国経済や企業業績を巡る不透明感が根強いことや、企業年金基金の代行返上に伴う換金売りの動きが需給悪化要因として意識されたことから、7千円台後半で低調に推移した。こうしたもと、長期金利は、銀行や年金等による長期・超長期ゾーンへの投資がさらに活発化したことから一段と低下した。

 この間、民間債流通利回りの対国債スプレッドは、株価軟調にも拘らず、地域金融機関や機関投資家の旺盛な投資意欲を背景に、低格付債を含め縮小した。銀行債の対国債スプレッドや銀行のクレジット・デフォルト・スワップレートも低下傾向を辿っている。

 円の対米ドル相場は、概ね119〜120円台でのもみ合いとなったが、対ユーロ相場は132円台まで下落した。

3.海外金融経済情勢

 米国景気は、引き続き緩やかな回復基調にあるが、生産、雇用、所得の拡大モメンタムは弱まっている。個人消費は緩やかな増勢を維持しているが、雇用環境の悪化や消費者マインドの悪化が懸念される状況にあるほか、設備投資の回復基調は未だ確認されていない。

 前回会合以降公表された経済指標でも、こうした認識を大きく修正するような変化は窺われない。本年1〜3月の実質GDPは昨年10〜12月(+1.4%)に続いて前期比年率+1.6%と低い伸びに止まった。個人消費の伸びが低下しているほか、設備投資も減少している。

 他の経済指標をみると、家計支出関連では、3月の小売売上高や自動車販売、住宅着工戸数などは2月から幾分持ち直した。週間小売統計でも、対イラク武力行使の開始後一時落ち込む動きもみられたが、4月入り後は回復基調で推移している。企業関連では、3月の鉱工業生産は、暖冬による電力需要減を受けたエネルギー関連の生産減や自動車の生産減から前月比−0.5%となった。

 物価は、原油価格上昇から、エネルギー関連を中心に3月の生産者物価、消費者物価とも高い上昇率となったが、食料品・エネルギーを除いたベースでは引き続き落ち着いている。

 米国金融市場では、地政学リスクに関する懸念が後退するもとで、企業収益の回復期待を反映し、株価はじり高傾向を辿っている。しかし、景気回復のテンポは緩やかなものとなるとの見方が一般的であり、これを背景に長期金利は横這い圏内で推移している。

 ユーロエリアでは、個人消費、設備投資など内需が低調に推移するもとで輸出も弱含んでおり、ドイツを中心に景気が減速している。英国では個人消費の底固さを背景に景気は回復基調にある。前回会合以降、ドイツの海外受注、ユーロエリアや英国の鉱工業生産などの指標が公表されたが、こうした認識を修正する材料はみられない。

 欧州金融市場でも、地政学リスクの後退にも拘らず、長期金利は横這い圏内で推移するなど、景気の先行きについて引き続き慎重な見方が窺われる。ユーロ先物金利でも、年後半にかけての利下げ観測が引き続き窺われている。ただ、株価は一部企業で事前予想を上回る業績発表がみられたことなどから上昇した。

 中国は、第1四半期の実質GDPが前年比+9.9%となるなど、高い成長率を維持している。NIEs、ASEAN諸国では、輸出の増勢鈍化の動きがみられるが、内需は概ね底固く、景気は引き続き回復基調にある。ただ、韓国では朝鮮半島での緊張感の高まりなどから消費者コンフィデンスの悪化が続いている。中国、香港などの東アジア諸国では、SARSの感染が広がるもとで、観光・小売業などを中心に一部経済への悪影響が表面化している。感染が更に広がると、東アジア経済に大きな影響が及ぶ可能性もあり、今後の動きが懸念される。

 この間、エマージング金融市場では、中国、香港、シンガポールなど一部東アジア諸国でSARSの拡大懸念から株価が下落する動きがみられた。もっとも、ラ米諸国では、通貨や株価の上昇などがみられている。

4.国内金融経済情勢

(1)実体経済

 前回会合以降、2月機械受注や3月の通関統計、鉱工業指数、個人消費関連指標などが公表されたほか、鉱工業指数や実質輸出入の統計が遡及改訂された。これらは、これまでの景気が従来の認識よりも若干底固く推移してきたことを示唆しているが、はっきりした回復への動きはみられていないという点で基本的な変化はない。

 1〜3月の実質輸出は、中国向けが大幅増加の一方、米国向けが自動車を中心に大きく減少し、前期比−0.8%の微減となった。これは、10〜12月の高い伸び(前期比+4.5%)の反動による部分が大きく、均してみれば緩やかな増加基調と考えられる。しかし、海外経済をみると、地政学リスクが一頃より後退したとはいえなお残存しているほか、SARSが東アジア経済に及ぼす影響が懸念されるなど、輸出を取り巻く環境はむしろ不透明感を増しており、今後の動向を注意深く点検していく必要がある。

 個人消費関連では、2月旅行取扱高や3月の百貨店売上高、消費者マインド関連指標が公表された。個人消費は弱めの動きを続けているとの判断を変える材料はないが、従来所得の弱さの割に底固く推移してきただけに消費者マインドの悪化傾向が懸念される。3月雇用統計は、大きな変化はないが失業率が幾分上昇し、有効求人倍率が幾分低下した。

 設備投資関連では、2月機械受注がかなりの減少となったものの、1〜2月を均してみれば製造業、非製造業ともに前期比で高めの伸びとなっている。資本財出荷は、遡及改訂に伴って昨年4〜6月をボトムに緩やかに増加する姿に修正された。いずれも設備投資の持ち直しを裏付ける動きとなったが、はっきりとした回復の動きは依然として確認できない。

 鉱工業生産をみると、統計の改訂に伴って昨年10〜12月が若干の増加へと上方修正された一方で、1〜3月はほぼ横這いに止まった。4〜5月の生産予測も横這い圏内に止まっており、当面の生産動向については、輸出の動きなどと併せてみていく必要がある。

 3月の物価指標をみると、輸入物価(3か月前対比)は対イラク武力行使前の原油価格高騰を映じて上昇した。国内企業物価(同)は、輸入物価上昇や鉄鋼など素材の需給改善を受けて若干の上昇となった。企業向けサービス価格は前年比1%弱の緩やかな下落が続いている。消費者物価は、ガソリン、灯油等の値上がりから前年比−0.6%と前月に比べマイナス幅を幾分縮小した。4月以降も、医療費負担増加や昨年来の電力料金引下げの影響剥落などから、前年比マイナス幅は幾分縮小するとみられる。ちなみに東京の4月の消費者物価の前年比マイナス幅は、−0.4%と3月(−0.7%)比縮小した。

(2)金融環境

 民間銀行貸出は、公的資本注入行などで業務改善命令等を意識しつつ中小企業向け貸出を幾分前傾化する動きがみられたこともあって、3月の前年比は−2.2%と前月からマイナス幅が幾分縮小した。

 マネタリーベースは、4月入り後も前年比1割程度の伸びが続いている。内訳をみると、大宗を占める銀行券がペイオフ部分解禁を前に伸びを高めた前年の反動から伸び率鈍化が続いている一方、日銀当座預金は伸び率を幾分高めた。この間、マネーサプライは前年比2%前後、広義流動性は同1%台の伸びが続いている。

 「主要銀行貸出動向アンケート調査」によれば、銀行からみた企業の資金需要は減少傾向が続いているが、1〜3月は「減少」超幅が拡大した。一方、銀行の貸出姿勢は、大企業、中堅企業向けで「積極化」超幅が縮小したものの、中小企業向けでは「積極化」超幅が幾分拡大した。貸出条件をみても、中小企業向けについて信用枠や利鞘設定姿勢が幾分緩和する動きがみられる。こうしたもとで、企業からみた金融機関の貸出態度は、国民生活金融公庫調査、中小企業金融公庫調査とも、幾分ながら厳しさが和らぐ方向の動きとなっている。

 このように、企業金融関連の各種判断指標は、一部金融機関の貸出姿勢前傾化の動きなどを反映して、幾分緩和方向の動きがみられた。CP・社債を通じる調達の面でも低格付銘柄の信用スプレッド縮小など環境の改善がみられる。しかし、こうした企業金融面の変化は微妙なものに止まっており、中小企業を中心とした企業金融の厳しさに大きな変化はない。新年度入り後も株価が軟調に推移しているほか、銀行も利鞘改善や自己資本比率を意識した貸出運営が必要とされる状況に変わりはない。このため、今後の企業金融動向は、引き続き注視していく必要がある。

5.展望レポートの拡充

 今回から「経済・物価の将来展望とリスク評価」(展望レポート)を拡充してはどうかと考えている。ポイントは、(1)新たに「金融政策運営と金融環境」等について記述するパートを設けること、(2)政策委員の経済・物価見通しについて、従来の「大勢見通し」、「全員見通し」に加え、「中央値」(上からも下からも5番目の値)を開示すること、の2点である。

 (1)は、金融緩和策の効果の波及度合いやその背景、日本銀行が想定するデフレ克服の展望等を説明することによって、日本銀行の情勢判断や政策運営の透明性向上に資することが期待される。(2)についても、政策委員会が持つ経済・物価の見通しのイメージをより判りやすく伝えられると考えられる。

III.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要

1.最近の金融経済情勢

 景気動向については、(1)前回会合以降、「横這いの動きを続けている」との現状判断を変更すべき材料はみられていない、(2)幾つかの統計の遡及改訂によって、昨年来の景気が従来の認識より幾分底固かったことが確認された、(3)しかし、先行きについては、イラク情勢が事実上短期で終結したにも拘らず、他の不透明要因の強まりもあってダウンサイド・リスクはむしろ強まっている、との認識が共有された。先行きの不透明要因としては、大方の委員が、海外経済の動向と株価の下落傾向を挙げた。

 海外経済に関しては、多くの委員が、イラク情勢を巡る不透明感は後退したものの、当面の回復力については慎重にみておく必要があるとの見解を示した。これに関連して、複数の委員は、欧米株価も幾分持ち直しているとはいえ力強さに欠けており、市場のコンフィデンスもさほど改善していないと述べた。

 海外経済の回復力を慎重にみざるを得ない背景について、委員は、(1)イラクの戦後復興の成否やテロ再発など、地政学リスクの残存、(2)米国経済におけるバランスシート、過剰設備の調整圧力や双子の赤字問題、欧州経済における金融システムの脆弱性などファンダメンタルズの弱さ、(3)堅調を維持している東アジア経済に対してSARSが及ぼし得る潜在的な影響などを挙げた。これに関連して、何人かの委員は、米国の1〜3月実質GDP成長率、とりわけ内需の伸びの低さ、欧州の内需や雇用、各種コンフィデンス指標の弱さ、アジアの輸出鈍化傾向など、足許の経済指標からも回復力の弱さが窺われると指摘した。複数の委員は、米国の双子の赤字拡大やその持続可能性を巡る論議がドル相場に及ぼす影響に言及した。別の複数の委員は、アジア経済に関して、前回会合時に比べSARSの経済的影響がより具体的かつ広範になっていると述べた。

 株価に関しては、欧米株価が幾分なりとも持ち直すなかで本邦株価の弱さが目立つ点が意識された。多くの委員は、企業業績やわが国経済の先行きに対して市場がかなり悲観的な見方をしていることの表われであると指摘したうえで、その理由について、不良債権処理や各方面における構造改革の遅れに対する懸念を改めて強めているためではないかとの見解を述べた。複数の委員は、このようなわが国経済のファンダメンタルズの弱さに加えて、持合い解消や企業年金基金による代行返上の動きといったわが国固有の需給要因も株価の下押し要因になっていると指摘した。また、複数の委員は、ごく足許の欧米株価に比べた弱さは、SARSや朝鮮半島情勢の影響が強く意識されている面があるのではないかと述べた。

 また、多くの委員は、株価下落が金融経済面に及ぼす影響を懸念材料として指摘した。金融市場は、日本銀行による多額の資金供給のもとで、基本的には落ち着いた地合いを維持しているものの、短期国債やレポ、或いは日本銀行オペの金利が強含むなど、流動性需要が幾分強まる動きがみられる点が意識された。これに関連して、複数の委員は、金融機関の資金繰りは預貸尻改善から落ち着いているが、流動性預金の流入による面が大きく、銀行株価の下落が続くもとで、潜在的な流動性リスクへの警戒感は根強いと指摘した。また、何人かの委員は、更なる株安が金融機関等の体力、信用仲介行動に及ぼす影響や、保有株式の損失処理などを通じて企業業績に及ぼす影響、さらには企業や家計のマインドを悪化させる可能性などを指摘し、今後の情勢を十分注意してみていくべきとの認識を示した。

 株価動向に関連して、何人かの委員が、このところ史上最低水準を更新している長期金利の動向や、社債等の信用スプレッドの縮小傾向に言及した。ある委員は、これらは量的緩和の効果、資金余剰感の強まりという面もあるが、株安の影響も大きいのではないかと指摘した。また、多くの委員は、長期金利の低下は基本的には市場のデフレ長期化予想の表われとの見方であったが、何人かの委員は、相場がやや過熱気味となっている可能性にも言及した。この間、ひとりの委員は、銀行株価の下落にも拘らず、銀行債務の各種信用スプレッドが縮小している点に触れ、市場が銀行の収益力を厳しくみて株を売る一方で、銀行債務については国による何らかの保護を前提に投資を進めているとすれば、市場全体として不健全な道を歩んでいる惧れもあると指摘した。

 この間、物価動向に関して、何人かの委員が3月の消費者物価の下落幅が幾分縮小しており、4月以降もある程度縮小が見込まれる点に言及し、これらは原油価格上昇や医療費負担の増加など一時的要因によるところが大きく、経済が大きな需給ギャップを抱えた状況に変わりはないため、「緩やかな物価下落が続く」という基本認識を変更するには当たらないとの見解を示した。

2.経済・物価の将来展望とリスク評価

 次に、当会合において「経済・物価の将来展望とリスク評価」(展望レポート)を決定・公表する予定であることを踏まえ、委員は、本年度末にかけての経済・物価の標準的な見通しや、これに影響を与え得るリスク要因について議論を行った。

 まず、今年度の景気の標準的なシナリオについて、委員は、(1)海外経済の緩やかな回復を前提とすれば、輸出・生産が今後再び伸びを高め、経済の前向きの循環が働き始める、(2)但し、わが国経済が根強い構造調整圧力を抱えるもとで、景気の回復テンポは緩やかなものに止まる、(3)そうした実体経済動向のもとで、需給ギャップは明確な縮小には至らないため、物価はなお緩やかな下落傾向が続く、との認識を共有した。

 上記の標準的なシナリオに関するリスク要因としては、(1)海外経済の動向、(2)株価も含めた金融資本市場の動向、(3)国内民間需要の動向、(4)不良債権処理や金融システムの動向の4点が挙げられた。いずれも、基本的には上振れ・下振れ両方向に働き得る要因との認識であったが、どちらかと言えば下振れ方向のリスクに関する指摘が多くなされた。

 まず、標準シナリオが、引き続き外需主導の回復を想定していることから、大方の委員は、海外経済が緩やかな回復傾向を持続するかどうかが引き続き重要な鍵であるとの認識を示した。そのうえで、多くの委員は、最近の金融経済情勢を巡る上述の議論を踏まえ、海外経済の回復力が現在想定しているよりも弱い可能性に言及した。このうちのひとりの委員は、第2四半期に世界の製造業生産が弱含み、日本の輸出も弱含むリスクがあると指摘した。同様に、金融資本市場の動向についても、足許における株価の軟調が、家計や企業のマインドや支出行動に悪影響を及ぼす可能性が強く意識された。

 不良債権処理や金融システムの動向を巡っては、何人かの委員が、不良債権問題の解決や金融機関の収益力強化に向けた道筋が描かれていない点が基本的な問題であるとの認識を示した。このところの銀行株価の下落も、銀行経営に対する市場の厳しい評価の表われであるとの指摘もみられた。

 ある委員は、このような状況のもとでは、金融機関の信用仲介機能、金融緩和の波及メカニズムは制約されることになると述べた。そのうえで、この委員は、日本銀行としては金融システムの早期健全化にも政府などと協力しつつ取り組んでいく必要があると述べた。

 このように、海外経済や金融資本市場の動向、金融システムなどに大きな不確実性を抱えるもとで、委員は、国内民間需要の回復力についてもリスク要因として認識しておく必要があるとの考え方を共有した。個人消費については、従来、所得対比では相応に底固さを保ってきたが、年金・医療費負担増や所得環境の厳しさから消費者マインドが悪化し、底固さが崩れるリスクが意識された。設備投資については足許持ち直し傾向にあるものの、何人かの委員が、株価下落による企業財務の悪化、成長期待の萎縮などの影響を注視すべきとの見解を述べた。

 金融政策の効果に関する評価を巡っても議論が行われ、量的緩和は、(1)株価下落やイラク情勢など、経済に様々なショックが加わるもとでも金融市場の安定を確保し、これを通じてデフレ・スパイラルの防止に寄与してきた、(2)しかし、銀行貸出が減少を続けるなど、金融システムの信用仲介機能は活性化されておらず、実体経済活動もこれまでのところ十分刺激されるには至っていない、との認識が概ね共有された。

 (2)の点に関連して、複数の委員は、長めの金利も含めた金利水準の低下、社債等の信用スプレッド縮小などの面で、量的緩和が金融機関等のリスク・テイクを促す(ポートフォリオ・リバランス)効果がある程度みられた点にも留意すべきと述べた。ただ、これらの委員も含め、多くの委員は、株などの資産価格や銀行貸出への目立った影響は窺われておらず、ポートフォリオ・リバランス効果は総じて限定的なものに止まっているとの評価を共有した。

 その背景について、ひとりの委員は、成長期待の改善が伴っていない点を指摘したうえで、金融緩和効果を高めるためにも経済の基礎的な力を高め、需要を引き出していく必要があると述べた。こうした観点から、大方の委員は、民間企業、政府、金融機関等がそれぞれの課題に取り組んでいくとともに、日本銀行としても引き続き金融市場の安定を確保しつつ、金融緩和の波及メカニズム強化に取り組んでいくことが重要である、との認識を共有した。

 ある委員は、展望レポートにおける経済・物価見通しとの関係で80年代前半の水準まで逆戻りしている株価水準に言及した。この委員は、(1)現在の株価水準が、経済実勢の反映なのか、行き過ぎた萎縮なのかは判断が難しいが、市場は日本経済の先行きをかなり厳しく評価している、(2)この点、展望レポートが描くように、今の延長線上で粘り強い取組みを続けていけば成長期待が高まっていくのか、或いは、様々な分野で思いきった政策強化が必要なのか、良く考えていく必要があると述べた。

IV.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

 当面の金融政策運営については、わが国経済を巡る先行き不透明感の強まりを踏まえ、全ての委員が、日銀当座預金残高の目標を引き上げる追加緩和によって、金融市場の安定確保に万全を期し、金融面から景気回復を支援する効果を確実なものとする必要があるとの認識を示した。ただ、ひとりの委員は、金融市場の状況等からすれば現状維持も選択肢たり得るとの認識を示したうえで、今回は市場が政策変更を予想していないこともあり、当座預金残高目標を引き上げる理由について、十分説明を行う必要があるとの考えを示した。引き上げ幅は、直近の当座預金残高である25兆円台を十分カバーし得るものとする観点から5兆円(目標レンジは「22〜27兆円」)とすることが適当とされた。この点について、複数の委員は、郵政公社による多額の当座預金保有が徐々に落ち着いてくることも考慮すればかなり積極的な緩和と位置づけられる、と述べた。

 また、金融市場調節方針の「なお書き」については、イラク情勢こそ落ち着いてきたものの、金融資本市場や流動性需要を巡る不確実性は依然として高いことを踏まえ、基本的な考え方をそのまま維持することが適当との認識が共有された。同様の趣旨から、補完貸付制度の弾力運用(1積み期間中の公定歩合による利用可能日数を5営業日までとするルールの適用停止)についても、当面継続することとされた。

 なお、当座預金残高目標の引き上げに関連して、多くの委員は、短期資金供給オペの応札状況などに照らすと、円滑な資金供給を行ううえで長期国債の買い入れ増額は不要との見解を示した。

 また、ある委員は、新たな調節方針のもとで、レンジ内のどの辺りを目指すのか目途を示しておくべきではないか、と述べた。これに対し、議長は、直近の当座預金残高などを踏まえ、差し当たりレンジの中程より上を目指すことが適当ではないかと述べ、他の委員もその考え方に同意した。

 このほか、展望レポートにも関連して、金融政策の透明性向上策を巡っても議論が行われた。

 ある委員は、金融政策の透明性を高めるには、(1)金融政策が実現を目指す目標は何かを明らかにしたうえで、(2)その目標との関係で現在および先行きの情勢をどう判断しているか、(3)両者に乖離がある場合にどのような方法・手段で目標を実現していくか、を判りやすく示すことが必要であると整理した。そのうえで、多くの委員は、展望レポートのなかで、金融政策の効果に関する評価やデフレ脱却への展望を記述することは、金融政策の透明性を高める観点から有益であるとの認識を示した。

 ただ、同時に多くの委員は、現状、金融政策の透明性に問題があるとすれば、金融緩和の波及メカニズムの制約によって(3)が明確ではないことが基本的な要因である、との見解を示した。この点に関して、ひとりの委員は、物価が下落を続けるもとで「日本銀行は何故もっと緩和しないのか、他に手段があるのではないか」といった国民の素朴な疑問に十分説得的に答えきれていないとしたうえで、この点は、透明性の問題というよりも政策の枠組み自体の問題として捉えるべきとの認識を示した。また、ひとりの委員は、展望レポートにおけるデフレ脱却への展望に関する記述は、構造改革の役割を強調し過ぎている面があるのではないかと指摘した。

 何人かの委員は、厳格な目標ではないにせよ、インフレ参照値などのかたちで物価の安定を数値で示すことが有用であるとの見方を示した。このうちのひとりの委員は、その理由について、期待インフレ率のアンカーとなり得ること、物価の調整にかかる期間や費用を削減する効果があり得ることを挙げた。この委員は、展望レポートにおいても、日本銀行が目指す物価安定を数値で示すとともに、デフレ克服の前提条件は何か、金融政策が何をすべきかを明確に記載することが望ましい、その際最終的な目標に至る金融政策の過程を幾つかの局面に分け、局面毎に異なる目標や手段を採用するといった動態的アプローチも考え得るのではないかとの見解を述べた。これに対し、別の委員は、デフレ脱却の局面でどの程度の物価上昇を許容すべきかは、その時の景気回復や物価上昇の勢い、資産価格や金融システム状況等によって異なると述べ、予め望ましい物価水準や上昇率を示すことは適切でないと指摘した。

 また、別の何人かの委員は、目標を実現する手段を欠いているもとでは、インフレ・ターゲットにせよ、参照値にせよ、さほど意味はない、或いはかえって政策運営を判りにくくしかねないと述べ、まずは金融緩和の波及メカニズム強化が重要との認識を示した。これに対し、ひとりの委員は、日本銀行が「政策手段がない」と言うほど、市場がそれを織り込んでデフレを克服しにくくなる面があり、日本銀行はより強いコミットメントを示すことが必要との見解を述べた。

 また、何人かの委員は、今回政策委員見通しの「中央値」を出すこととなっている点に触れ、「中央値」の提示が、インフレ目標や参照値に結び付くものと誤解されないよう十分注意して説明していく必要があると述べた。

V.政府からの出席者の発言

 会合の中では、財務省の出席者から、以下のような趣旨の発言があった。

  •  わが国経済は依然としてデフレが継続している。デフレは、緩やかなものであったとしても、長く続くことによりデフレ心理を深刻化・定着化させ、それがデフレ克服を一層困難なものとしている。日本銀行は、これまでもデフレ克服に向けた金融政策運営を行ってきたが、こうした心理面からの悪循環を断ち切るためには日銀自身が物価の下落を望まないという強い政策態度を改めて示し、金融政策の内容を国民に判りやすく説明することが重要である。こうした観点から、金融政策の透明性の向上について検討を進めて頂きたい。
  •  日本銀行は、金融政策運営の基本的な枠組みについて、金融緩和の波及メカニズムを強化する観点から幅広く検討を行っているが、家計や企業など実体経済に如何に資金を流すかという観点から、質量両面において一段と工夫を講じられないか更なる検討を進め、実効性ある金融緩和措置を実施して頂きたい。
  •  こうした検討作業の一環として、日本銀行は、前回の金融政策決定会合において資産担保証券の買い入れの検討を決定したが、今後可能な限り早期に具体案が決定・実施され、実体経済における資金循環の活性化に繋がることを期待している。
  •  また、日本銀行は、当座預金残高目標である17〜22兆円を上回る潤沢な流動性供給を行っているが、市場に不測の事態が起きないよう引き続き万全の対応をお願いする。
  •  なお、4月の東京の消費者物価にみられるように、全国の消費者物価も今後前年比マイナス幅の縮小が見込まれる。金融政策の目的は単なる物価安定のみならず、それを通じて国民経済の健全な発展に資するというものであり、経済動向を見据えながら適切な対応をしていく必要があるので、金融政策の枠組み見直しにあたっては、こうした観点からの検討もお願いしたい。また、マネタリーベースは、日本銀行が年度末にかけ資金供給を増加させたこともあって、辛うじて前年比10%台の伸びを維持しているが、マネーサプライの伸び率は1%台後半に低下している。両者の関係が稀薄化している面はあるにせよ、マネタリーベースの伸びがマネーサプライ増加の原動力であることは間違いない。金融緩和の波及メカニズム強化の検討に際しては、マネーサプライの伸び率低下をどう考え、どう対応していくかというマクロ的観点からの検討も是非進めていただきたい。

 内閣府の出席者からは、以下のような趣旨の発言があった。

  •  景気の基調判断については、月例経済報告で示したとおりであるが、こうした中で物価は依然として下落しており、デフレ期待も継続している。マーケットの動向もこうした状況を反映しているとみられる。日本経済の重要課題はデフレ克服である。
  •  政府の「改革と展望」においては、政府、日本銀行一体となった取組みを通じて2004年度までの集中調整期間終了後にはデフレを克服することとしている。このため、政府は様々な構造改革をさらに推進していく。日本銀行は、今回の「経済・物価の将来展望とリスク評価」において新たにこれまでの金融政策の評価やデフレ克服の展望を示されたが、今後とも2005年度のデフレ克服を目指す観点から、金融政策運営の基本的な枠組みについての見直しも含め、さらに金融調節手段の検討を深められ、デフレ克服に実効性ある金融政策運営を期待する。

VI.採決

 以上のような議論を踏まえ、会合では、日銀当座預金残高の目標を5兆円引き上げることが適当である、との考え方が共有された。

 これを受け、議長から以下の議案が提出された。

議案(議長案)

1.次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとすること。

 日本銀行当座預金残高が22〜27兆円程度となるよう金融市場調節を行う。

 なお、当面、不確実性の高い状況が続くとみられることを踏まえ、金融市場の安定確保に万全を期すため、必要に応じ、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。

2.対外公表文は、別途決定すること。

採決の結果

  • 賛成:福井委員、武藤委員、岩田委員、植田委員、田谷委員、須田委員、中原委員、春委員、福間委員
  • 反対:なし

VII.「経済・物価の将来展望とリスク評価」の決定

 次に、「経済・物価の将来展望とリスク評価」の文案が検討され、採決に付された。採決の結果、全員一致で決定され、即日公表することとされた。

採決の結果

  • 賛成:福井委員、武藤委員、岩田委員、植田委員、田谷委員、須田委員、中原委員、春委員、福間委員
  • 反対:なし

VIII.対外公表文の検討

 続いて決定事項等にかかる対外公表文について、執行部が作成した原案に基づいて委員の間で議論が行われ、採決に付された。採決の結果、対外公表文(「金融市場調節方針の変更等について」)が全員一致で決定され、別紙のとおり、即日公表することとされた。

採決の結果

  • 賛成:福井委員、武藤委員、岩田委員、植田委員、田谷委員、須田委員、中原委員、春委員、福間委員
  • 反対:なし

IX.議事要旨の承認

 前々回会合(3月25日)の議事要旨が全員一致で承認され、5月6日に公表することとされた。

以上


別紙

2003年4月30日
日本銀行

金融市場調節方針の変更等について

  1.  日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、金融調節の主たる操作目標である日本銀行当座預金残高の目標値を、これまでの「17〜22兆円程度」から「22〜27兆円程度」に引き上げることを決定した(別添)。
     あわせて、産業再生機構に対する証書貸付債権を、新たに日本銀行の適格担保とすることを決定した。
  2.  わが国の景気は、全体として横這いの動きを続けている。この間、海外経済の動向をみると、欧米諸国の景気回復力については、依然不確実性が高い。また、総じて堅調を維持しているアジア経済についても、新型肺炎(sars)の影響が懸念される。
  3.  金融面をみると、日本銀行による潤沢な資金供給のもとで、金融機関の流動性調達を巡る懸念は、ほぼ払拭されている。しかしながら、株式市場では、銀行株を中心に株価が不安定な動きを続けており、これが先行き金融市場や実体経済活動に悪影響を及ぼすリスクには、十分な注意が必要である。
  4.  以上のような経済金融情勢に関する不確実性を踏まえ、日本銀行は、当座預金残高の目標値の引き上げを通じて、金融市場の安定確保に万全を期し、景気回復を支援する効果をより確実なものとすることが適当と判断した。
  5.  なお、日本銀行は、金融政策の透明性を一段と向上させる観点から、本日公表する「経済・物価の将来展望とリスク評価」において、新たに金融政策運営と金融環境に関するパートを新設するなど、内容の拡充を図ることとした。

以上


(別添)

平成15年4月30日
日本銀行

当面の金融政策運営について

 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を、以下のとおりとすることを決定した(全員一致)。

 日本銀行当座預金残高が22〜27兆円程度となるよう金融市場調節を行う。

 なお、当面、不確実性の高い状況が続くとみられることを踏まえ、金融市場の安定確保に万全を期すため、必要に応じ、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。

以上