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金融政策決定会合議事要旨

(2003年 5月19、20日開催分) *

  • 本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、2003年6月25日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

2003年 6月30日
日本銀行

(開催要領)

1.開催日時
2003年 5月19日(14:00〜15:42)
            5月20日( 9:00〜12:57)
2.場所
日本銀行本店
3.出席委員
  • 議長 福井俊彦 (総裁)
  • 武藤敏郎 (副総裁)
  • 岩田一政 (  副総裁  )
  • 植田和男 (審議委員)
  • 田谷禎三 (  審議委員  )
  • 須田美矢子(  審議委員  )
  • 中原 眞 (  審議委員  )
  • 春 英彦 (  審議委員  )
  • 福間年勝 (  審議委員  )
4.政府からの出席者
  • 財務省 津田 廣喜 大臣官房総括審議官(19日)
    谷口 隆義 財務副大臣(20日)
  • 内閣府 小林 勇造 内閣府審議官

(執行部からの報告者)

  • 理事平野英治
  • 理事白川方明
  • 理事山本 晃
  • 企画室審議役山口廣秀
  • 企画室企画第1課長櫛田誠希
  • 金融市場局長山本謙三
  • 調査統計局長早川英男
  • 調査統計局経済調査課長門間一夫
  • 考査局長稲葉延雄
  • 国際局長堀井昭成

(事務局)

  • 政策委員会室長橋本泰久
  • 政策委員会室審議役中山泰男
  • 政策委員会室調査役斧渕裕史
  • 企画室調査役長井滋人
  • 企画室調査役山岡浩巳

I.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要

1.最近の金融市場調節の運営実績

 金融市場調節は、前回会合(4月30日)で決定された方針 1のもとで、目標レンジの中程から上の方を目指して運営した。こうした調節のもとで、無担保コールレート翌日物(加重平均値)は、引き続き0.001〜0.002%で推移した。

 なお、りそな銀行に関する公的資本注入の方針の決定(5月17日)といった情勢を踏まえ、金融市場の安定確保に万全を期す観点から、週明け後の19日朝方、即日の手形買入オペを通じて、1兆円の追加的な資金供給を行った。こうしたもとで、19日のコールレートの平均値は0.002%と、それまでと同様の水準で推移するなど、市場は落ち着いた地合いを続けた。

  1. 「日本銀行当座預金残高が22〜27兆円程度となるよう金融市場調節を行う。なお、当面、不確実性の高い状況が続くとみられることを踏まえ、金融市場の安定確保に万全を期すため、必要に応じ、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。」

2.金融・為替市場動向

 短期金融市場では、日本銀行による一層潤沢な資金供給のもとで、ターム物金利が低下するなど、落ち着いた地合いが続いた。また、りそな銀行の問題を受けた5月19日のマーケットでも、ユーロ円レートや短国レート等のターム物金利は、ほぼ横這いで推移した。

 債券市場をみると、経済の先行き不透明感が根強い中、4月下旬にかけては、銀行等が利鞘確保のため保有債券のデュレーションを伸ばす動きが強まり、長期・超長期ゾーンを中心にイールド・カーブのフラット化が進行した。その後、5月入り後は、長期・超長期債の利回り低下を眺めて中期債の購入が活発化し、これらの利回りが低下している。このように、銀行や機関投資家が運用難から国債投資を一段と活発化させたことから、長期国債流通利回り(10年物)は0.5%台まで低下した。

 また、民間債流通利回りの対国債スプレッドも、国債流通利回りの低下や当面のデフォルト・リスクが後退しているとの見方を背景に、機関投資家等が社債投資を拡大させたことから、既往ボトム圏まで縮小している。

 株式市場では、国内経済に対する慎重な見方は根強いものの、最近の欧米株価の堅調な推移などを受けて株価は持ち直しに転じ、日経平均は8千円台を回復した。5月19日中は、りそな問題をきっかけとして銀行株の下落が進み、いったんは再び8千円を割り込む展開となったが、終値では8千円台に戻している。

 為替市場では、対イラク武力行使の終結にもかかわらず、米国の財政赤字・経常赤字拡大懸念の強まりや、米国通貨当局者の発言などを受け、米国が為替政策のスタンスを変えているのではないかといった思惑が市場の一部に生まれていることなどを背景に、米ドルが他通貨に対して下落する展開が続いた。こうしたもとで、円の対ドル相場は足許では115円台まで上昇する一方、円の対ユーロ相場は、ユーロ発足以来の最安値圏となる135円台まで下落した。

3.りそな銀行に対する公的資本注入方針発表後の金融機関の動向

 5月17日、りそな銀行に対して早期是正措置が発動され、預金保険法第102条に基づく資本増強の必要性の認定が行われた。また、同日、日本銀行は、日銀法第38条に基づき、りそな銀行に対し、必要が生じた場合ただちに所要資金を供給する方針を決定した。

 りそなグループの状況をみると、先週末(17〜18日)におけるりそな銀行、埼玉りそな銀行のATMによる現金払い出しは通常の週末の2倍弱、この間の預金の流出額は全預金の1%弱程度と、総じて平静であった。

 19日も、りそなグループ各行から目立った資金流出は生じておらず、市場性資金の調達に関しても概ね問題は起こっていない。こうしたもとで、いわゆる特融を含め、日本銀行貸付を実行することなく、グループ各行は資金決済を完了している。また、各行は多額の超過準備を保有しており、当面の資金繰りには十分の余裕があると考えられる。他の大手行や地域金融機関においても、特に預金流出は起きていない。

4.海外金融経済情勢

 米国景気は、引き続き緩やかな回復基調にあるが、生産、雇用、所得の拡大モメンタムは弱まっている。

 最終需要の動向をみると、個人消費は、地政学的リスクの低下から消費者マインドが幾分改善するもとで、緩やかな増勢を維持している。しかし、個人消費の先行きについては、雇用環境の悪化の影響が懸念される状況である。設備投資はほぼ下げ止まったとみられるが、景気の先行きや企業収益に対する不透明感が根強いもとで、未だ回復基調は確認されていない。

 このような経済状況のもと、5月6日の連邦公開市場委員会(FOMC)では、FFレートの据え置きが決定された。同時に、先行きのリスクバランスについては、「予見し得る将来において、弱含みの方向に傾いている」との判断を示した。

 米国金融市場では、先行きの景気回復に関する慎重な見方などを背景に、長期金利は低下傾向で推移した。FF先物金利などから市場の先行きの金利観をみると、年央にかけての利下げがある程度織り込まれている。この間、株価は、市場予想を上回る企業業績の発表が続いたことから上昇した。

 ユーロエリアでは、個人消費、設備投資など内需が低調裡に推移するもとで、輸出も弱含んでおり、景気は減速している。生産が低調に推移しているほか、雇用環境も緩やかな悪化傾向が続いており、消費者コンフィデンスも低調に推移している。

 NIEs、ASEAN諸国では、輸出の増勢が鈍化しているが、内需はこれまでのところ底固く推移しており、景気は引き続き回復基調にある。中国では、財政支出の増大や高水準の対内直接投資等に伴う内需好調に加え、輸出も増加基調にあり、引き続き高い成長率を維持している。しかし、中国、香港、台湾、シンガポールなどでは、新型肺炎(SARS)の感染拡大が個人消費を中心に悪影響を与えている可能性がある。

 エマージング金融市場をみると、東アジアでは、新型肺炎の影響に対する懸念から株価、通貨の下落が続いていたが、中国を除いて新型肺炎の感染が一段と拡大する懸念が後退したことから、幾分値を戻した。ラ米諸国では、実体経済が好転しつつあることを受けて、総じて堅調に推移した。

5.国内金融経済情勢

(1)実体経済

 最終需要面をみると、設備投資は、先行指標に弱い部分もみられるが、足許緩やかに持ち直してきている。一方、個人消費が弱めの動きを続けているほか、住宅投資は低調に推移しており、公共投資も減少している。このように、国内需要全体に明確な回復の動きがみられない中で、純輸出は横這い圏内で推移している。

 以上の需要動向を反映し、鉱工業生産は横這い圏内の動きとなっている。雇用面では、雇用者数は下げ止まり傾向にあるとみられるが、企業の人件費削減姿勢が根強い中で、雇用者所得は減少を続けており、家計の雇用・所得環境は、全体として引き続き厳しい。

 先行きを展望すると、海外経済は、イラク情勢を巡る不確実性の低下から、本年後半にかけて米国を中心に成長率を高めるとの見方が、民間の標準的な見通しとなっている。これを前提とすれば、輸出はいずれ増勢を取り戻すと考えられる。しかし、当面は欧米経済の回復力がかなり弱いものにとどまると予想されるうえ、これまで堅調に推移してきた東アジア経済についても、新型肺炎問題の影響から、少なくとも一時的には成長率が鈍化するとみておくのが妥当であろう。こうした状況のもとで、当面、輸出・生産は横這い圏内で推移するとみられる。

 国内需要面では、企業収益が回復していることもあり、輸出や生産が増勢を取り戻せば、設備投資の回復傾向が明確化し、雇用者所得の減少にも歯止めがかかっていくと考えられる。しかし、財政面からは、各種社会保障関連の家計負担が増加しているほか、公共投資も減少傾向が続くことが見込まれる。また、企業の過剰債務や人件費の削減圧力、期待成長率の低さ、金融面の弱さといった構造的な調整圧力も根強く作用すると考えられる。

 物価面をみると、国内企業物価は、機械類の価格低下が続く一方で、輸入物価の上昇や素材の需給改善が影響し、全体として下げ止まっている。消費者物価は、引き続き緩やかに下落しているが、医療制度改革に伴う診療代の上昇などを背景に、前年比下落幅は縮小している。

 なお、1〜3月のGDPデフレーターは、前年比−3.5%とかなりマイナス幅が拡大した。これには、(1)内需の中で設備投資のウエイト(とりわけ、価格下落幅の大きいIT関連財投資のウエイト)が高まったこと、(2)2002年度の公務員給与の引き下げが主に年度末手当ての圧縮で調整されたため、政府消費支出デフレーターが大きなマイナスとなったこと(公務員サービスという付加価値自体は不変とみなされるため、年度末手当ての削減分はそのままデフレーターの低下に反映される)、(3)原油価格の上昇(投入価格の上昇はデフレーターの低下要因となるため)、など一時的な要因がいずれもデフレーター押し下げ方向に働いたことが寄与している。

(2)金融環境

 クレジット関連指標をみると、民間銀行貸出は前年比2%台の減少が続いているが、マイナス幅は幾分縮小している。CP・社債の発行残高は、概ね前年並みの水準で推移している。これらを含めた民間総資金調達は、引き続き減少傾向を辿っている。

 マネー関連指標をみると、マネタリーベースは、日銀当座預金が3割台の高い伸びとなっている一方で、銀行券の伸び率が前年の反動もあって鈍化を続けていることから、全体で前年比1割程度の伸びで推移している。この間、マネーサプライは前年比1%台半ば、広義流動性は前年比1%程度の伸びとなっている。マネーサプライの伸び率鈍化は、(1)合計2兆円強にのぼる大手銀行グループの増資を引き受けるため、法人等で預金を取り崩す動きがみられたこと、(2)個人向け国債の発行(3〜4月計で6,000億円)の影響も看過し得ない。

 企業金融の動向をみると、民間の資金需要は、企業の借入金圧縮スタンスが維持されている中で、設備投資が低水準にあることなどから、引き続き減少傾向を辿っている。

 一方、資金供給面では、民間銀行は、優良企業に対して貸出を増加させようとする一方で信用力の低い先に対しては慎重な貸出姿勢を維持しているが、このところ利鞘設定などの面で貸出姿勢を幾分緩和する動きも窺われている。企業からみた金融機関の貸出態度は中小企業等ではなお厳しい。社債、CPなど市場を通じた企業の資金調達環境をみると、高格付け企業は引き続き緩和的であるほか、相対的に格付けの低い企業でも幾分持ち直しの動きがみられる。

 以上のように、金融市場では、日本銀行の潤沢な資金供給のもとで、きわめて緩和的な状況が維持されているほか、長期金利も一段と低下している。マネーサプライやマネタリーベースは、このところ伸びが幾分鈍化しているが、経済活動との対比でみれば高めの伸びを維持している。企業金融面では、CP・社債の発行環境などに幾分改善の動きがみられるものの、信用力の低い企業を中心に資金調達環境が総じて厳しいという基本的な状況に大きな変化はない。金融資本市場の動向や金融機関行動、企業金融の状況については、りそな銀行の問題の影響も含め、引き続き十分注意してみていく必要がある。

II.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要

 景気の現状について、委員は、(1)全体として横這いの動きを続けている、(2)新型肺炎のアジア経済への影響や、為替相場の不安定な動き、りそな銀行の問題など、このところ不透明感が強まっているとの見方を、概ね共有した。

 また、景気の先行きについては、大方の委員が、海外経済の緩やかな回復を前提とすれば、輸出・生産が増加し、前向きの循環が働き始めるとの基本シナリオは維持されている、との見方を示した。同時に、何人かの委員は、目先、海外経済の回復テンポが直ちに高まることが予想し難い状況の下、日本経済が回復に転じる時期もさらに後ずれする方向にある、との見解を述べた。

 先行きのリスク要因として、何人かの委員は、4月末に公表した「展望レポート」では新型肺炎の影響なども含めた海外経済の動向やドル安、さらには金融システム問題や株価の影響等を指摘したが、りそな銀行への公的資本注入の方針決定の影響等も踏まえれば、これらのリスク要因に引き続き注意が必要である、と述べた。一方で、このうちひとりの委員は、(1)対イラク武力行使の終結、(2)原油価格の低下、(3)日米両国において企業収益の回復が確認されていること、といったプラス材料にも言及した。

 米国経済について、何人かの委員は、足許、企業業績の回復が確認されている一方で、生産・雇用関連など、景気との同時性が強い指標に弱さが目立つなど、景気回復のテンポが高まっていないことを指摘した。このうち複数の委員は、いわゆる地政学的リスクが景気回復を妨げる本質的な理由ではなかったことが、徐々に確認されつつある、との見解を述べた。

 一方で、これらの委員は、株価の上昇や消費者マインドの改善、さらには社債の信用スプレッドの縮小など、景気の先行きとの関連が強いとみられる指標には改善傾向も窺われている、と述べた。このうちひとりの委員は、地政学的リスクの減少や原油価格の低下、さらには最近の長期金利の低下が、先行きの経済に好影響をもたらす可能性を指摘した。

 そのうえで、これらの委員は、年後半に米国経済の成長率が若干高まるというシナリオ自体は維持されている、との見解を示した。

 この間、別の複数の委員は、米国連銀がデフレを警戒し、金融緩和の継続を事前にコミットしたとの市場の見方が、長期金利の低下やドル安の加速に影響している可能性に言及した。

 さらに、何人かの委員は、いわゆる「双子の赤字」への懸念や、米国通貨当局がインフレ率の低下等を眺めてドル安政策に転じているのではないかといった市場の思惑からドル安が進み、これが日本の輸出に悪影響を及ぼすリスクを指摘した。また、複数の委員は、ドル安・ユーロ高の影響を被るはずのユーロ圏には、インフレ率の水準の異なる多数の国が含まれているため、ドル安阻止に向けた足並みが揃い難いとの市場の見方があることに言及した。

 東アジア経済について、何人かの委員は、新型肺炎の影響は、統計面からはなお確認できていないが、少なくとも当面は消費・生産等の下方リスク要因として慎重にみておくべきであろう、との見解を述べた。このうちひとりの委員は、新型肺炎の影響は、素材市況の低下などにすでに表れているのではないか、と述べた。

 別のひとりの委員は、4〜6月のアジアの成長率はかなり伸びが鈍化する可能性があり、また、米国や欧州も4〜6月の成長率は低めとなる可能性が高いことから、世界経済全体として、この4〜6月の成長率は低めとなるとみられ、これが日本の輸出・生産の弱含みを招くリスクがある、との見解を示した。また別のひとりの委員も、わが国の4〜6月の輸出は減少に転じるとの見方を示した。

 国内企業部門に関して、何人かの委員は、企業収益の回復傾向自体は確認されている、との見解を述べた。

 同時に、(1)経済の先行きを取り巻く不透明感が強いこと、(2)企業は、収益回復が人件費削減等のリストラ効果に支えられている部分が大きいと捉え、業況の回復を実感するに至っていないこと、等から、前向きの投資に踏み切るには至っていない、との見方を示した。この点に関連して、ひとりの委員は、ミクロの企業業績好転をマクロの動きに繋げていくことが景気回復を実現する鍵となる、と述べ、税制改革、規制改革、乗数効果を念頭に置いた財政支出の見直し等が重要であると指摘した。

 この間、何人かの委員は、4〜6月の機械受注の見通しが弱めであることに言及した。

 複数の委員は、見通しの作成時期に、株安や新型肺炎、さらには対イラク武力行使といった、経済の先行き不透明感を強める要因が重なったことが、見通しを慎重なものとさせた可能性に言及した。別のひとりの委員は、公表される見通し計数は過去3四半期の達成率の平均値を乗じて調整されたものであるため、受注の回復初期には見通しが低めに出やすいことを指摘した。

 家計部門に関し、ひとりの委員は、雇用・所得環境の厳しさはなお続く可能性が高く、個人消費は、所得対比でみて持ちこたえているとはいえ、弱めの動きが続く可能性が高い、との見方を述べた。

 物価動向に関連し、1〜3月期のGDPデフレーターの前年比マイナス幅の拡大についても、何人かの委員が発言した。ひとりの委員は、投資財のデフレは深化しており、資本のレンタル費用が上がることを通じて、投資環境に好ましくない影響を与えている、と述べた。この間、別のひとりの委員は、デフレーターのマイナス幅拡大には、公務員の特別給与の減少を反映した政府消費支出デフレーターの大幅低下といった一時的要因がかなり寄与しており、先行き、下落率が傾向的に大きくなることは予想し難い、と指摘した。

 金融面の動向についても、何人かの委員が発言した。

 短期金融市場の動向について、何人かの委員は、りそな銀行への公的資本注入の方針決定後も、日本銀行の潤沢な資金供給のもとで、短期金融市場は概ね落ち着いた推移を続けており、りそな銀行の問題がわが国金融機関の流動性調達の問題に結びつく事態は回避されている、との認識を示した。

 下落傾向を辿っている長期金利の動向に関して、ひとりの委員は、20年債、30年債といった超長期債も含めかなり低水準となっており、この背景には経済の先行きを巡る不透明感があるとみられるが、一部には行き過ぎとの見方もある、と指摘した。別のひとりの委員も、投資家の購入姿勢の強気化から債券が買い進まれているが、金利低下の余地が限られている状況での動きであり、十分な注意が必要である、との見解を述べた。

 株価の動向に関して、ひとりの委員は、株価が将来の企業の収益力に対する市場の見方を示すものであることを踏まえれば、銀行株の低迷は、市場がわが国銀行の将来の収益性に対して依然厳しい見方を採っていることの表れであろう、と述べた。そのうえで、今回のりそな銀行の問題が経済金融面にどのような影響を及ぼすかは、りそな銀行自身も含めたわが国の金融機関が、収益力の向上に向けた説得的なビジョンを示せるかどうかにかかる部分が大きい、と指摘した。

 為替市場の動向について、ひとりの委員は、ドルが他通貨に対して売られる展開になっており、この中で円も対ドルでは円高方向の動きとなっている、と述べた。同時に、円は対ユーロでは円安となっているなど、実効ベースでは円高が進んでいるわけではないが、ドル安の底流には米国の経常赤字などへの懸念があるだけに、これが国際資金フローなどに影響を及ぼすことがないか、注意深くみていく必要がある、と述べた。

 別のひとりの委員は、(1)ドル安は米国産業界にはプラスの影響をもたらす面もあるが、資金フロー面や株式市場・債券市場には悪影響を及ぼす可能性があり、トータルでみれば米国にとってマイナス面が大きい、(2)そうしたことが認識されれば、いずれドル安には歯止めがかかるのではないか、との見方を示した。

 企業金融の動向について、ひとりの委員は、りそな銀行の問題がその他の銀行の資産圧縮の動きを加速したり、投資家のリスクテイク姿勢に影響を与えることがないか、注意してみていく必要がある、と述べた。

III.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

 当面の金融政策運営について、委員は、景気の先行き不透明感が強まる中で、りそな銀行の問題も踏まえれば、金融市場の動向を見極めながら潤沢な資金供給を行い、金融市場の安定に万全を期すべきである、との認識を共有した。

 ただし、その方法については、大別して二つの意見が出され、これらを巡って、議論が行われた。

 まず一つ目の見解は、現状の「なお書き」に沿って、金融市場の動向を注視しながら、必要とあれば一段と潤沢な流動性供給を行っていく、というものであった。

 その理由として、上記の立場を採る委員は、(1)りそな銀行の問題に伴い流動性需要が高まるとすれば、それは金融システム不安に基づく一過性のものとみられること、(2)現在、短期金融市場は概ね落ち着いており、流動性需要が特に高まっているわけではないこと、(3)仮に先行き流動性需要が高まることがあるとしても、その持続性や大きさについて、現時点で見極めることは難しいこと、を挙げた。その上で、当面は「なお書き」で対応した上で、その後の流動性需要増加の状況などを見極めながら、必要とあれば次回会合以降に日銀当座預金残高目標を引き上げるといった対応が適当である、との見解を述べた。

 もう一つの見解は、りそな銀行の問題や為替相場の不安定化をはじめとする景気の先行き不確実性の高まりに対応し、本会合で当座預金残高目標の引き上げを行うべきというものであった。その場合、「なお書き」については、期末越えや対イラク武力行使などの要因の一巡を踏まえ、本年1月以前の表現に戻すことが適当である、とされた。

 その理由として、上記の立場を採る委員は、(1)りそな銀行の問題に伴い流動性需要は既に高まっており、こうした動きが短期的に収束することは必ずしも期待し難いこと、(2)当座預金残高目標の明示的な引き上げという対応により、金融市場の安定に万全を期すという日本銀行のスタンスを明確に示し、国民に安心感を与えることが有益であること、を挙げた。このうち複数の委員は、りそな銀行の問題や海外経済の動向、為替相場の不安定な動きなどを踏まえれば、現時点で、経済の先行きを巡る下方リスクはやや高まったと判断され、当座預金残高目標の小幅増額はこれへの政策対応と位置付けられる、との見解を述べた。

 この議論に関連して、ひとりの委員は、景況判断自体の下方修正と政策とを対応させるという考え方に立てば、先行き、そうした判断がより明確になった段階で、より大幅な当座預金残高目標の引き上げという形が採られるべきではないか、との見解を述べた。別のひとりの委員は、現時点で先行きの流動性需要の高まりの程度が見通し難いのであれば、当面、当座預金残高目標の上限を外すという対応も考えられるのではないか、と述べた。

 また、別のある委員は、物価安定数値目標について検討を開始すべきであり、政策手段としては、物価連動債への交換を可能とするオプションを新規発行国債に付けることを前提に長期国債買入の増額、または外債購入が考えられると述べた。さらに別のひとりの委員は、望ましい物価上昇率について、達成の期限を定めないにしても、これをどう捉え、金融政策運営の中でどのように扱うべきか、検討すべきではないか、と述べた。

 なお、本日の会合における議論を総括し、ひとりの委員は、経済金融情勢の認識や、このような情勢のもとで潤沢な資金供給を通じて金融市場の安定確保に万全を期す必要があるとの基本的な考え方を巡っては、委員の間に見解の相違があるわけではない、と述べ、残された資金供給の方法論を巡る意見の相違についても、収斂が図られれば望ましい、と発言した。

IV.政府からの出席者の発言

 会合では、財務省の出席者から、以下の趣旨の発言があった。

  •  わが国経済の現状をみると、企業収益の改善や設備投資に持ち直しの動きがみられ、14年度の実質GDP成長率は+1.6%とプラスに転じている。他方、名目GDP成長率は依然−0.7%であり、このところの株価の低迷やアジア地域におけるSARSの発症拡大など、先行きについては楽観視できる状況ではなく、引き続き十分注視していく必要があると考えている。現在、日本銀行は金融政策運営の基本的な枠組みについて、金融政策の透明性の向上と金融緩和の波及メカニズム強化の観点から、幅広く検討を行っている。日本銀行においては、家計や企業など実体経済にいかに資金を流すかという観点から質量両面において一段と工夫を講じられないか、更なる検討を進め、実効性ある金融緩和措置を実施して頂きたいと思っている。
  •  こうした検討作業の一環として、日本銀行は中堅中小企業関連の資産担保証券の買入れについて検討しているが、今後可及的速やかに市場関係者の声を踏まえた具体案が決定・実施され、企業金融の円滑確保および実体経済における資金循環の活性化に繋がることを期待している。
  •  なお、今後とも、わが国金融システムの安定確保のため、市場に不測の事態が生じないよう潤沢な資金供給を含め万全の対応をお願いする。
  •  先週の土曜日、金融危機対応会議が行われ、りそな銀行に対する公的資金の注入ということになった。日本銀行においては、日銀特融も含め、万全の対応をお願い申し上げたい。
  •  また、資産担保証券の購入の検討については、従来のように資金供給が目的であれば、信用力の高いものだけを購入することになるが、今回、日本銀行は資産担保証券市場の活性化を通じて企業金融の円滑化を図り、金融緩和効果を強化することを目的とする旨表明している。現在発展途上にある資産担保証券市場が活性化するためには、日本銀行がある程度のリスクをとることを含めて、従来よりも柔軟な対応をとることが必要と考えている。他方、金融政策として行う以上、一定の制約があり、日本銀行においてはそうした制約の中でぎりぎりの対応をお願い申し上げたい。

 内閣府の出席者からは、以下の趣旨の発言があった。

  •  平成15年度1〜3月期GDP速報では、実質GDPは前期比で0.0%となった。これにより、平成14年度実質GDP成長率は+1.6%となり、政府の実績見込み+0.9%を上回った。しかし、GDPデフレーターの下落幅が拡大し、1〜3月期前年同期比は−3.5%とデフレが継続している。景気は概ね横這いながらも、先行きを巡る環境には不透明感が存在している。政府は、金融経済情勢を注視しつつ、中期的な日本経済の重要課題であるデフレ克服に向け、平成15年度予算、税制改正法案等を着実に実施するとともに、引き続き金融、税制、歳出および規制の4本柱の構造改革を積極的に推進しているところである。また、5月14日には「証券市場の構造改革と活性化に関する対応」に基づいて、可能なものから早急に対応を行うこととしている。さらに17日には金融危機対応会議を開催し、りそな銀行に対する資本増強の必要性を認定した。政府としては今後とも金融システムの安定確保に万全の対応をとっていく。
  •  日本銀行においても、りそな銀行の資金繰りには万全を期して頂くとともに、今後とも内外の金融為替市場の動向等に応じ、適切かつ機動的な対応をお願いする。さらに2005年度のデフレ克服を目指す観点から、金融政策運営の基本的な枠組みについての見直しも含め、さらに金融調節手段の検討を深め、デフレ克服に実効性のある金融政策運営を期待する。

V.採決

 以上のような議論を踏まえ、議長からは、多数の委員の見解をとりまとめる形で、以下の議案が提出された。

議案(議長案)

1.次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとすること。

 日本銀行当座預金残高が27〜30兆円程度となるよう金融市場調節を行う。

 なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。

2.対外公表文は、別途決定すること。

採決の結果

  • 賛成:福井委員、武藤委員、岩田委員、植田委員、中原委員、<春委員、福間委員
  • 反対:田谷委員、須田委員

 田谷委員は、りそな銀行の問題も踏まえれば、必要に応じて一層潤沢な資金供給を行い、市場の安定確保に万全を期す必要はあるとした上で、(1)現在、短期金融市場が不安定化しているわけではないこと、(2)仮に今後流動性需要が高まるとしても、そのマグニチュードを現段階で見極めることは難しいこと、(3)流動性需要が現実に高まっていない中で予防的に当座預金残高目標を引き上げるといった対応は、市場との対話を難しくするおそれがあるとし、マネーマーケットが不安定化するようであれば「なお書き」で対応することが適当ではないか、と述べ、上記採決において反対した。
 さらに、当座預金残高目標の引き上げを行うとしても、次回会合以降、流動性需要の動向が明らかとなった段階で採るべきであろう、と述べた。

 須田委員は、上記田谷委員と同様の理由に加え、国民にとっての政策のわかりやすさの観点からも、「なお書き」による対応が望ましいとの考え方を述べ、上記採決において反対した。

VI.対外公表文の検討

 続いて、決定事項等にかかる対外公表文について、執行部が作成した原案に基づいて委員の間で議論が行われ、採決に付された。採決の結果、対外公表文(「金融市場調節方針の変更について」)が賛成多数で決定され、別紙のとおり、即日公表することとされた。

採決の結果

  • 賛成:福井委員、武藤委員、岩田委員、植田委員、中原委員、春委員、福間委員
  • 反対:田谷委員、須田委員

 田谷委員、須田委員は、前述の金融市場調節方針に反対票を投じたことから、上記採決において反対した。

VII.金融経済月報「基本的見解」の検討

 当月の金融経済月報に掲載する「基本的見解」が検討され、採決に付された。採決の結果、「基本的見解」が全員一致で決定された。これを掲載した金融経済月報は5月21日に公表することとされた。

VIII.議事要旨の承認

 前々回会合(4月7、8日)の議事要旨が全員一致で承認され、5月23日に公表することとされた。

以上


別紙

2003年 5月20日
日本銀行

金融市場調節方針の変更について

  1.  日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、金融調節の主たる操作目標である日本銀行当座預金残高の目標値を、これまでの「22〜27兆円程度」から「27〜30兆円程度」に引き上げることを決定した(別添)。
  2.  わが国の景気は、全体として横這いの動きを続けているが、欧米経済の回復力や東アジアでの新型肺炎の影響を巡る不確実性に加え、株価、為替相場の不安定な動きなど、先行き不透明感がこのところ強まっている。
  3.  こうしたなか、今般、政府の金融危機対応会議において、りそな銀行に対する資本増強の必要性の認定が行われた。

     金融市場は、日本銀行による追加資金供給の下で、これまでのところ総じて落ち着いた地合いを維持している。しかしながら、景気の先行き不透明感が強い状況だけに、今後、金融市場において不安定性が高まるような事態になれば、実体経済活動にも悪影響が及ぶ可能性もあり、この点注意が必要である。

  4.  以上のような経済金融情勢に関する認識を踏まえ、日本銀行は、金融市場の安定確保に万全を期す趣旨を明確にするため、当座預金残高の目標値の引き上げを行うことが適当と判断した。

以上


(別添)

平成15年5月20日
日本銀行

当面の金融政策運営について

 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を、以下のとおりとすることを決定した(賛成多数)。

 日本銀行当座預金残高が27〜30兆円程度となるよう金融市場調節を行う。

 なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。

以上