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金融政策決定会合議事要旨

(2003年 7月14、15日開催分) *

  • 本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、2003年8月7、8日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

2003年 8月13日
日本銀行

(開催要領)

1.開催日時
2003年7月14日(14:04〜15:32)
7月15日( 9:00〜11:16)
2.場所
日本銀行本店
3.出席委員
  • 議長 福井俊彦 (総裁)
  • 武藤敏郎 (副総裁)
  • 岩田一政 (  副総裁  )
  • 植田和男 (審議委員)
  • 田谷禎三 (  審議委員  )
  • 須田美矢子(  審議委員  )
  • 中原 眞 (  審議委員  )
  • 春 英彦 (  審議委員  )
  • 福間年勝 (  審議委員  )
4.政府からの出席者
  • 財務省 津田 廣喜 大臣官房総括審議官(14日)
    谷口 隆義 財務副大臣(15日)
  • 内閣府 浜野 潤  大臣官房審議官

(執行部からの報告者)

  • 理事平野英治
  • 理事白川方明
  • 理事山本 晃
  • 企画室審議役山口廣秀
  • 企画室参事役櫛田誠希
  • 金融市場局長中曽 宏
  • 調査統計局長早川英男
  • 調査統計局参事役門間一夫
  • 国際局長堀井昭成

(事務局)

  • 政策委員会室長秋山勝貞
  • 政策委員会室審議役中山泰男
  • 政策委員会室調査役斧渕裕史
  • 企画室調査役山岡浩巳
  • 企画室調査役加藤 毅

I.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要

1.最近の金融市場調節の運営実績

 金融市場調節は、前回会合(6月25日)で決定された方針1に従って運営した。この結果、当座預金残高は28〜29兆円台で推移した。

 無担保コールレート翌日物(加重平均値)は、6月25〜27日には、一時的な円転コストのマイナス幅拡大を受けて一部外銀がマイナス金利での資金放出を行ったことから0.000〜−0.004%となったが、その後は0.001〜0.002%で推移した。

  1. 「日本銀行当座預金残高が27〜30兆円程度となるよう金融市場調節を行う。なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。」

2.金融・為替市場動向

 短期金融市場では、日本銀行による潤沢な資金供給のもとで、落ち着いた市場地合いが維持され、ユーロ円レートなどのターム物金利は、総じて低位安定が続いた。もっとも、ユーロ円金先レートや期間が相対的に長めの短期国債レートは、長期金利の上昇を背景に、ごく僅かながら上昇をみた。

 長期金利は、後述の株価の回復や欧米の長期金利の上昇などを受けて上昇し、最近では1%前後となっている。この間、民間債流通利回りの対国債スプレッドは若干拡大した。

 株式市場では、海外株価の上昇や、先行きの経済に対する見方が一部で改善しつつあること、こうした中で海外投資家が積極的な投資スタンスを維持していることなどを背景に、日経平均株価は9千円台後半まで回復している。

 為替市場では、円の対米ドル相場は、最近では117〜118円台と、概ね前回会合時並みの水準で推移している。

3.海外金融経済情勢

 米国経済は、家計支出の堅調に支えられ、引き続き緩やかな回復基調にあるが、設備投資などの企業活動に前向きの動きがみられるには至っていない。

 家計支出の動向をみると、5月の実質個人消費は前月比+0.3%と緩やかな増勢を維持したほか、6月の自動車販売も底固い動きとなった。住宅投資も高水準を持続している。

 一方、企業部門の動向をみると、生産は回復感に乏しい状況が続いている。設備投資も、なお力強さを欠いている。

 雇用環境をみると、企業が労働コストの抑制姿勢を続けていることを背景に、6月の民間非農業部門雇用者数は5か月連続で減少し、失業率も6月は6.4%と上昇するなど、全般に悪化している。

 こうした状況のもとでFRBは、6月25日に0.25%の利下げを行った。また、先行きのリスクに関して、持続的な経済成長の達成に向けては、「上方リスクと下方リスクがほぼ均衡している」との見方を示すとともに、物価面では「インフレ率が大幅に下落する可能性は、上昇する可能性を上回っている」とし、「予見し得る将来において、後者(物価面)に基づく懸念の方が強いだろう」との判断を示した。なお、先物金利から市場の金利観を窺うと、先行きの利下げ観測は後退し、年内は政策金利は据え置きとの見方が大勢になっている。

 米国金融市場では、経済見通しの若干の改善や金融緩和観測の後退などを材料に、長期金利は上昇している。株価は、最近では再び持ち直している。

 ユーロエリアでは、個人消費、設備投資など内需が低調裡に推移するもとで、輸出も弱含んでおり、景気は減速している。

 すなわち、輸出は、ユーロ高の影響等から弱含んで推移している。生産の動きを反映する製造業PMIも低調に推移している。また、雇用環境も緩やかな悪化傾向が続いている。こうした状況のもとで、消費者コンフィデンスも低調に推移している。

 欧州金融市場では、米国金融市場と歩調を合わせるかたちで、6月半ば以降、長期金利が上昇している。株価は、7月入り後は若干持ち直している。先物金利から市場の金利観を窺うと、引き続き、来年初にかけての追加利下げの可能性を織り込んでいるが、一頃に比べれば、利下げ観測はやや後退している。

 東アジアでは、景気回復のテンポが幾分鈍化している。すなわち、(1)中国や香港、台湾、シンガポールで、新型肺炎の流行期間中、個人消費が落ち込んだほか、(2)韓国では、個人消費が減速し、設備投資の増勢も鈍化している。

4.国内金融経済情勢

(1)実体経済

 公共投資は減少しており、先行きも減少が予想される。

 実質輸出は、当初新型肺炎の影響が懸念された5月に+3.4%とむしろ増加し、4〜5月で括っても1〜3月と比べて僅かに増加している。このように、輸出は均してみれば横這い圏内の動きである。

 設備投資は、企業収益が改善を続ける中で、振れを伴いつつも、緩やかに持ち直している。先行きも、企業収益が改善している中で、今後、輸出や生産が再び増加していけば、設備投資の回復傾向も明確になっていくと考えられる。ただ、さまざまな構造要因があるため、力強い回復になることは期待しにくい。

 家計部門の動向をみると、まず、雇用・所得環境については、臨時雇用などを広くカバーする労働力調査でみた雇用者数は下げ止まり傾向にあるが、正社員のウエイトが高い毎勤統計でみた常用雇用者数は減少が続いている。雇用者所得も緩やかながら減少を続けている。このように、雇用・所得環境は引き続き厳しい。

 こうしたもとで、個人消費は、弱めの動きを続けている。販売統計をみると、4月に軒並み減少した後、5月には幾分戻したが、4〜5月を合わせてみると、1〜3月と比べて弱めとなるものが多い。今後も、厳しい雇用・所得環境が続くと予想される中で、個人消費は全体として弱めに推移すると考えられる。

 生産は、1〜3月に前期比+0.3%となった後、4〜6月も横這い圏内の動きとなった模様である。

 物価動向をみると、輸入物価は、春先の原油価格急落の影響などから、5月には3か月前比で下落に転じた。その後、原油価格が底固く推移していることを踏まえると、先行きはほどなく下げ止まる可能性が高い。

 国内企業物価も、原油価格急落の影響が表れた5月には、3か月前比で下落に転じた。先行きについては、素材価格の上昇圧力が弱まりつつあることや、機械類の趨勢的な下落が残ることなどを背景に、全体として緩やかな下落を続けるとみられる。

 消費者物価は、4月に、診療代の上昇や、昨年4月の電力料金引き下げの影響の剥落から前年比マイナス幅が縮小し、その後、5月も4月並みの前年比マイナスとなった。先行きについては、個人消費が弱めの動きを続け、賃金の緩やかな低下傾向も続くもとで、これらの面からの価格低下圧力は続くと考えられる。その一方で、企業は2000年頃のような積極的な低価格戦略を採っているわけではないほか、7月にはたばこ税の増税や電力料金引き上げの影響が見込まれる。こうした両方向の要因がせめぎ合う中で、消費者物価の前年比マイナス幅は、当面、現在と同程度で推移すると予想される。

(2)金融環境

 クレジット関連の指標をみると、民間銀行貸出は前年比2%台前半の減少が続いている。この間、CP・社債の発行残高は、6月までは前年を上回ったが、7月入り後は長期金利の上昇を眺めて社債発行市場で様子見姿勢も窺われる。もっとも、CP・社債の発行環境は、高格付け企業を中心に総じて良好な状況が続いている。

 銀行貸出および直接市場調達を含めた民間部門総資金調達は、引き続き減少している。

 マネー関連指標をみると、6月のマネタリーベースは、日銀当座預金が伸び率を高めたことを主因に、全体でも伸びを高め、前年比2割程度の上昇となった。マネーサプライは、前年比2%弱の伸びで推移している。

 企業金融の動向をみると、民間の資金需要は、企業の借入金圧縮スタンスが維持されている中で、設備投資もなお低水準にあることから、引き続き減少傾向を辿っている。

 一方、資金供給面では、民間銀行は、優良企業に対しては貸出を増加させようとする一方で、信用力の低い先に対しては慎重な貸出姿勢を維持している。ただし、このところ、利鞘設定などの面で貸出姿勢を幾分緩和する動きも窺われている。これらの動きを反映し、企業からみた金融機関の貸出態度は幾分改善しているが、中小企業等ではなお厳しい状況となっている。

 企業の資金繰り判断は、中小企業等ではなお厳しい状況にあるが、全体として幾分改善している。

 金融環境面の動きを総合すると、金融市場では極めて緩和的な状況が維持されている。CP・社債の発行環境は高格付け企業を中心に良好な状況が続いているものの、信用力の低い企業を中心に資金調達環境は総じて厳しいという基本的な状況に大きな変化はない。金融資本市場の動向や金融機関行動、企業金融の状況については、引き続き十分注意してみていく必要がある。

II.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要

1.経済情勢

 景気の現状について、委員は、(1)景気は横這い圏内の動きを続けている、(2)こうした中で、新型肺炎の影響が輸出面に及ぶリスクは、先月に比べて後退している、との認識を共有した。

 輸出について、多くの委員は、4月にいったん弱めとなった実質輸出が、5月に持ち直していることなどを踏まえると、当初懸念された新型肺炎がアジア向け輸出に及ぼす影響は、限定的であった可能性が高い、との見解を示した。そのうえで、何人かの委員は、前月までの「基本的見解」において指摘した輸出面での下方リスクは減少したとみられる、と述べた。

 輸出を取り巻く海外経済の動向についても、議論が行われた。

 米国経済に関し、何人かの委員は、個人消費の堅調に支えられ、引き続き緩やかな回復基調にあり、減税や利下げなど政策面の対応も行われているが、雇用、生産、設備投資の面に明確な回復の兆しはみられておらず、生産・所得の拡大モメンタムは高まっていない、との見方を述べた。

 このうち複数の委員は、米国の金融市場の動きなどをやや仔細にみると、ITセクターやIT関連投資の先行きについての期待が高まっており、株価指数もハイテク株主導で上昇しているほか、IT関連投資には下げ止まりの兆しがみられていることを指摘した。そのうえで、米国経済の先行きを展望する上で、IT関連需要の動向が一つの注目点となろう、と指摘した。

 欧州経済について、複数の委員は、ユーロ高やユーロ加盟国に課された財政赤字の制約条件等が、実体経済を下押しするリスクを指摘した。

 東アジア経済について、多くの委員は、新型肺炎の個人消費への影響等から、4〜6月期は成長が減速した可能性が高いとの認識を示した。同時に、このうち複数の委員は、(1)潜在的な成長のモメンタムは底固いとみられること、(2)新型肺炎終息後、一部にペントアップ需要の顕在化の兆候もみられること等を背景に、先行きは自律的な成長メカニズムを取り戻す可能性が高い、との見方を述べた。

 企業部門の動向に関し、多くの委員は、6月短観などからみて、(1)企業収益が改善を続けていること、(2)こうしたもとで、地政学的リスクや新型肺炎といった不確実要因の減少、さらには内外株価の上昇なども加わって、企業部門の業況感も若干改善していること、を指摘した。

 また、設備投資の動向について、何人かの委員は、6月短観の設備投資計画が、製造業大企業を中心に、この時期としては堅調な計画となっていることを指摘した。さらに、このうちひとりの委員は、機械受注についても、業界による3月時点での4〜6月期の見通しは弱めであったにもかかわらず、その後の受注実績は比較的堅調に推移している、と述べた。

 家計部門について、多くの委員は、企業の人件費削減の動きが続くもとで、雇用・所得環境は引き続き厳しい、との認識を示した。また、多くの委員は、百貨店・スーパーの販売や新車登録といった販売関連指標も、個人消費が基本的に弱めの動きを続けていることを示している、との見解を述べた。

 この間、複数の委員は、2001年以降労働生産性の伸び率が下げ止まっていること、労働力調査による雇用者数が下げ止まっていること、日本経団連調査による夏季賞与が2年振りのプラスとなったこと、などを指摘したうえで、今後の雇用・所得環境の動きに注目したい、と述べた。

 景気の先行きについて、複数の委員は、「輸出や生産を起点に、次第に前向きの循環が働き始める」という標準シナリオは維持されている、と述べた。同時に、シナリオの前提となる海外経済の回復については、依然不確実性が高い、との認識を示した。

 このうちひとりの委員は、(1)米国経済について、株価が上昇しているとはいえ、雇用や設備投資関連の指標などからみて、先行きの回復力についてはなお不透明感が強い、(2)東アジアについては、新型肺炎の終息後、再び成長率が高まっていくのかどうかがポイントであろう、と指摘した。

 また、複数の委員は、各国で共通してみられる、景気回復を先取りした金融資本市場の期待が、今後、現実の経済指標の裏付けを伴うものとなっていくのかどうかが注目され、この点は国内についても同様であろう、と整理した。

 このうちのひとりの委員は、(1)消費は弱めの動きが続き、輸出や生産も横這いであるなど、足許の経済指標にはなお明確な前向きの動きが見られているわけではない、(2)これまでキャッシュフローとの対比で設備投資が抑制されてきたことからみて、企業の先行き見通しが上向けば、これが投資行動にも反映されていく可能性はあるが、設備投資は企業マインドの行方いかんによる面が大きい、と指摘した。そのうえで、日本経済はなお、海外要因を中心に、上下両方向のショックの影響を受けやすい状況がしばらく続くとみておくべきだろう、との見解を述べた。

2.金融面の動向

 金融面について、委員は、株価の上昇と長期金利の上昇が、海外市場と連動して進んだことを指摘した。このような動きの背景として、多くの委員は、(1)世界経済を取り巻く不透明感の後退、(2)年明け以降の、わが国経済の先行きに対する行き過ぎた悲観論の修正、を挙げた。このうちの複数の委員は、これまでのエクイティからデットへというリスク回避傾向が後退し、債券から株式への資金シフトが生じている、との見方を述べた。さらに、この複数の委員のうちひとりの委員は、グローバルなマネーの動きについては、高金利通貨の豪州ドル、ニュージーランド・ドルやユーロから、米ドルあるいは円を含むアジア通貨への資金シフトが行われている点も大きな変化であると指摘した。

 長期金利上昇の影響について、何人かの委員は、(1)企業金融の環境や企業の調達コストに、現時点で大きな影響が出ているわけではない、(2)金融機関への影響も、全体としてみれば、株価上昇による保有株式の含み損益へのプラス効果が保有長期国債の価格下落による損失を上回る状況である、と指摘した。

 このうちひとりの委員は、イールド・カーブの過度のフラット化の是正自体は、銀行の収益基盤の確保に資するプラス面も期待される、と述べた。別のひとりの委員は、株価の持ち直しによる、(1)マインド面への好影響、(2)金融システム不安の後退への寄与、といったプラス面を指摘した。

 そのうえで、多くの委員は、このところの金融資本市場の動きについては、基本的には冷静に受け止めるべきであろう、との見解を述べた。

 同時に、何人かの委員は、(1)内外の株価や長期金利の上昇は、経済指標の明確な改善に裏付けられたものではなく、(2)したがって当面、株価や長期金利は、市場参加者の思惑や海外市場の動向を反映しながら、次の均衡点を模索する動きを続ける可能性が高い、との見方を示した。

 この間、ひとりの委員は、(1)わが国の経常黒字幅が若干拡大している中、(2)海外投資家による積極的な本邦株式への投資も円高要因として働く、と整理した。そのうえで、本邦為替当局がこうした円高圧力を相殺する方向での為替介入を行う場合、その裏腹として、本邦長期金利が海外長期金利の上昇に連動しやすくなることも念頭に置く必要がある、と述べた。この委員を含めた複数の委員は、リスク・プレミアムの大きな拡大を伴う長期金利の上昇には注意が必要である、と述べた。

 この間、別のひとりの委員は、長期金利の動向は、先行きの政策運営にとって重要な情報や含意を得るという観点からも重要である、と指摘した。

 これらの議論を通じて、委員は、今後の市場動向とその影響を、引き続き注意深くみていく必要があるとの認識を共有した。

III.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

 当面の金融政策運営について、委員は、(1)景気は横這い圏内の動きであること、(2)新型肺炎が輸出面に及ぼすリスクはやや減少したとみられること、(3)企業の業況感などにも一部に改善の兆しがみられること、などを踏まえ、現在の「27〜30兆円程度」という当座預金残高目標を維持することが適当との認識を共有した。

 そのうえで、何人かの委員は、中長期的な政策課題という観点から、発言を行った。

 ひとりの委員は、先行き、経済の本格的な回復とデフレ克服が展望される段階で、長期金利の上昇がリスク・プレミアムの拡大を伴う不安定な形で生じ、これが金融機関の収益面や企業金融面への影響と相まって、持続的な成長を阻害することがないかが一つの留意点となると指摘した。そのうえでこの委員は、この問題は、景気回復を実現する過程で発生し得る経済実勢と乖離した金利上昇のコストを経済全体でどう吸収していくかという広い観点から捉えられるべきであり、そのためには、経済全体のリスク管理という視点が重要であろう、と述べた。別のひとりの委員も「経済全体のリスク管理」という考え方に、賛意を表明した。

 また別のひとりの委員は、金融システム不安が足許ではひとまず後退しているとはいえ、公的資金の予防的注入や繰延税金資産の取扱い等、不良債権問題の克服に向けた課題は残っている、と指摘した。

 さらに別のひとりの委員は、長期金利の上昇局面では、国債需給への当局の介入を通じた金利抑制を期待する声が外部で高まりやすいが、長期金利のコントロールは、為替相場のコントロール同様、他の重要な政策目的を犠牲にしない限り困難である、との理論的整理を示した。さらに、米国の1940〜50年代の「長期国債価格支持政策」時代の経験として、(1)価格支持政策をひとたび採用すれば、脱却することが非常に困難となった、(2)その結果、物価の安定が損なわれ、(3)市場参加者がFRBの出方を窺いながら取引を行う結果、市場機能が失われた、という教訓を紹介した。

 そのうえでこの委員は、(1)1940〜50年代と比較して、国債市場のグローバル化や派生市場の発達が進んだ現在、長期金利をコントロールするといった政策は、当時と比べてもはるかに困難かつ問題が多いと予想される、(2)先行き経済・物価情勢が好転し、現在の金融緩和の枠組みの転換が市場参加者の視野に入ってくる段階では、インフレ期待の安定化のためにいかなる方策をとり得るか検討が必要となろう、と述べた。

 この間、ひとりの委員は、長期の実質金利を日本の潜在成長率の範囲内に抑える観点からも、(1)財政当局が、新規発行国債について、物価連動債や変動利付債に転換するオプションを付すことを検討すべきである、(2)長期の期待物価上昇率にアンカーを設けるという観点から、物価安定の数値目標について、早期に検討を進めるべきである、と述べた。

 一方、当面の政策対応という観点からも、何人かの委員が発言した。

 ひとりの委員は、中長期の政策課題と、当面ないし短期的な政策課題を分け、それぞれについて考えていくことが重要であると述べた。そのうえで、(1)現時点で海外経済の回復の展望が明確になっているわけではないこと、(2)こうしたもとで、日本の輸出や生産、消費は横這いを続け、インフレ率もマイナスであること、(3)多くの構造問題も抱えていること、等を踏まえれば、景気回復とデフレ克服がはっきり展望できるまでには、なお時間がかかる可能性がある、との認識を示した。この委員は、当面は量的緩和の枠組みの下で緩和的な金融環境の維持に努めるとともに、波及メカニズムの強化の余地を模索していくことが、政策対応の基本線となろう、と発言した。

 別のひとりの委員も、こうした見解に賛意を示した上で、(1)オペ期間の適切な選択等により金融緩和の姿勢を明確に示すことが重要である、(2)債券のリスク・プレミアムを徒に高めかねない情報発信には慎重であるべき、との見解を述べた。こうした見解に、何人かの委員が賛意を示した。

 この間、また別の委員は、当面、いわゆる「時間軸効果」が及ぶ余地のある中期ゾーンの金利水準に注目し、現実の効果の及び方に関する情報を読み取りながら、市場との対話について考えていくことが有益ではないか、と述べた。

 さらに別の委員も、(1)いわゆる「時間軸効果」は伸び縮みが弾力的である点がポイントであり、市場の景況感に伴って伸縮するのは当然である、(2)ただし、インフレ率のプラス転化までは予想させない程度の景況感の改善では、大きな影響は受けない、と述べ、この点について市場とのコミュニケーションを図ることが重要であろう、と発言した。

IV.政府からの出席者の発言

 会合では、財務省の出席者から、以下の趣旨の発言があった。

  •  政府は持続的な経済成長の実現及びデフレ克服に向けた取り組みとして、6月27日に閣議決定された「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2003」に基づき、構造改革を今後とも着実に推進していくこととしている。
  •  わが国経済の現状をみると、企業収益の改善や設備投資に持ち直しの動きがみられることに加え、株価の上昇など景気の先行きについて過度の悲観論が修正されつつあることを示す動きもみられる。他方、依然として物価の下落は継続しており、実体経済の回復が明確になっているとまでは言えないものと考えており、引き続き金融政策の役割は重要であると考えている。
  •  日本銀行におかれては、中堅・中小企業金融の円滑化を含め、実体経済の資金循環の活性化に繋がるよう、実効性のある金融緩和措置を検討・実施して頂きたいと考えている。
  •  7月7日に、財務省国際局の研究会である「我が国金融・資本市場の国際化のための研究会」が報告書を取りまとめたが、この中で、貿易金融の円滑化に向けてのアジア企業と日本企業の取引に生じる債権を担保とする円建てCP市場の創設・整備に向けての提言を頂いた。こうした市場の創設・育成についても、日本銀行の協力を期待している。

 また、内閣府の出席者からは、以下の趣旨の発言があった。

  •  景気の基調判断については、7月11日の月例経済報告において、先月に引き続き、「景気はおおむね横ばいとなっているが、このところ一部に弱い動きがみられる」と報告した。先行きについては、米国経済等の回復が持続すれば景気は持ち直しに向かうことが期待される一方、海外経済の先行きを巡る不透明感や今後の株価や長期金利の動向に留意する必要がある。日本経済の重要な課題は、デフレを早期に克服することおよび内需主導の自律的回復を実現することである。このため、政府は先般閣議決定したデフレの克服や経済の活性化をはじめとする「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2003」を早急に具体化することとしている。本方針においても、「デフレ克服に向け、政府は日本銀行と一体となって強力かつ総合的に取り組む。こうした取り組みを通じ、『改革と展望−2002年度改定』で示したように、集中調整期間の後にはデフレを克服できると見られる」としている。
  •  日本銀行におかれては、本年3月から今後の金融政策運営の基本的枠組みについて検討を進められているが、引き続きデフレ克服に実効性ある金融政策運営を行うことを期待する。その際、2005年度のデフレ克服を目指すという観点から、まず物価変化率が上昇に向かうよう図るとともに、物価や金利の経路を展望し、その段階に応じた適切な金融調節手段の選択を検討して頂きたいと考えている。

V.採決

 以上の議論を踏まえ、当面の金融市場調節方針については、当座預金残高目標を27〜30兆円程度とする現在の調節方針を維持することが適当である、との考え方が共有された。

 これを受け、議長から以下の議案が提出され、採決に付されることとなった。

議案(議長案)

 次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとし、別添のとおり公表すること。

 日本銀行当座預金残高が27〜30兆円程度となるよう金融市場調節を行う。

 なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。

採決の結果

  • 賛成:福井委員、武藤委員、岩田委員、植田委員、田谷委員、須田委員、中原委員、春委員、福間委員
  • 反対:なし

VI.金融経済月報「基本的見解」の検討

 当月の金融経済月報に掲載する「基本的見解」が検討され、採決に付された。採決の結果、「基本的見解」が全員一致で決定された。これを掲載した金融経済月報は7月16日に公表することとされた。

VII.議事要旨の承認

 前々回会合(6月10、11日)の議事要旨が全員一致で承認され、7月18日に公表することとされた。

以上


(別添)

2003年 7月15日
日本銀行

当面の金融政策運営について

 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を、以下のとおりとすることを決定した(全員一致)。

 日本銀行当座預金残高が27〜30兆円程度となるよう金融市場調節を行う。

 なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。

以上