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金融政策決定会合議事要旨

(2003年 8月 7、 8日開催分) *

  • 本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、2003年9月11、12日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

2003年 9月18日
日本銀行

(開催要領)

1.開催日時
2003年8月7日(14:00〜15:34)
8月8日( 9:00〜11:39)
2.場所
日本銀行本店
3.出席委員
  • 議長 福井俊彦(総裁)
  • 武藤敏郎(副総裁)
  • 岩田一政(  副総裁  )
  • 植田和男(審議委員)
  • 田谷禎三(  審議委員  )
  • 須田美矢子(  審議委員  )
  • 中原 眞(  審議委員  )
  • 春 英彦(  審議委員  )
  • 福間年勝(  審議委員   )
4.政府からの出席者
  • 財務省 津田 廣喜 大臣官房総括審議官(7日)
    谷口 隆義 財務副大臣(8日)
  • 内閣府 中城 吉郎 政策統括官(経済財政−運営担当)

(執行部からの報告者)

  • 理事平野英治
  • 理事白川方明
  • 理事山本 晃
  • 企画室審議役山口廣秀
  • 企画室参事役櫛田誠希
  • 金融市場局長中曽 宏
  • 調査統計局長早川英男
  • 調査統計局参事役門間一夫
  • 国際局参事役高橋 亘

(事務局)

  • 政策委員会室長秋山勝貞
  • 政策委員会室審議役武井敏一
  • 政策委員会室調査役斧渕裕史
  • 企画室調査役内田眞一
  • 企画室調査役正木一博

I.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要

1.最近の金融市場調節の運営実績

 金融市場調節は、前回会合(7月14、15日)で決定された方針 1 に従って運営した。この結果、当座預金残高は28〜29兆円台で推移した。

 こうした調節のもとで、無担保コールレート翌日物(加重平均値)は、0.001〜0.002%で推移した。

  1. 「日本銀行当座預金残高が27〜30兆円程度となるよう金融市場調節を行う。なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。」

2.金融・為替市場動向

 短期金融市場では、日本銀行による潤沢な資金供給のもとで、落ち着いた市場地合いが維持され、ユーロ円レートなどのターム物金利は、総じて低位安定が続いた。また、短期国債レートは、長期金利の上昇などを背景に一時強含んでいたが、足許では低下している。

 長期金利は、7月上旬に1%を超える水準まで上昇した後、銀行や機関投資家の押目買いがみられたことなどから低下しており、最近では0.9%前後で推移している。この間、民間債流通利回りの対国債スプレッドは、銀行債においてやや拡大したものの、全般的に引き続き低水準で推移している。

 株式市場では、ピッチの早い株価上昇に対する警戒感が強まったことや、海外株価がこのところやや軟調に推移していることから、日経平均は概ね9千円台半ばでもみ合っている。

 為替市場では、円の対米ドル相場は、米国景気回復テンポに対する期待の高まりなどから、120円前後まで下落している。

3.海外金融経済情勢

 米国経済は、個人消費に支えられ引き続き緩やかな回復基調にある。設備投資や生産を全体としてみれば、力強さに欠ける動きが続いているほか、雇用環境も悪化傾向を辿っているが、家計支出が堅調を維持しているうえ、一部のIT関連財の受注や出荷などに明るい動きもみられてきている。

 第2四半期のGDP統計は、実質成長率が前期比年率+2.4%と前期(同+1.4%)を上回る伸びとなった。内訳をみると、政府支出が国防関連支出の増加から大幅に伸びたほか、設備投資が、情報化関連投資の大幅な増加が寄与したことから、プラスに転じた。

 家計支出の動向をみると、6月の実質個人消費は前月比+0.1%と緩やかな増勢を維持したほか、7月の自動車販売も販売促進策の効果もあって高水準となった。

 企業部門の動向をみると、非国防資本財受注は全体として横這い圏内にある中で、IT関連財の一部がやや上向きとなっている。また、ISM指数が製造業・非製造業ともに改善しつつある。この間、生産は、総じてみれば回復感に乏しい状況が続いているものの、ここに来て安定的に前月比がプラスとなりつつある。

 雇用環境をみると、企業が労働コストを抑制する姿勢を続けていることを背景に、7月の民間非農業部門雇用者数は6か月連続の減少となった。失業率は、7月には6.2%と前月より若干低下したものの、引き続き高水準で推移している。

 米国金融市場では、景気の先行きに対する楽観的な見方の強まりや、財政状況の悪化に伴う国債増発懸念などを材料に、長期金利は大幅に上昇している。株価は、総じてみれば横這い圏内で推移している。

 ユーロエリアでは、個人消費、設備投資など内需が低調裡に推移するもとで、輸出も減少しており、景気の減速傾向が一層顕著になっている。

 すなわち、輸出は、これまでのユーロ高の影響などから減少している。生産の動きを反映する製造業PMIも低調に推移している。また、雇用環境も緩やかな悪化傾向が続いている。もっとも、こうした中で、海外景気の回復期待等から、企業マインドは先行きの見方を中心に回復している。

 欧州金融市場では、米国金融市場と歩調を合わせるかたちで、長期金利が上昇しているが、その上昇テンポは欧米の成長率格差などを背景に米国に比べて緩やかなものにとどまっている。株価は、米国と同様、総じてみれば横這い圏内で推移している。

 東アジアでは、新型肺炎の終息に伴い、景気に持ち直しの兆しが窺われている。すなわち、中国では、新型肺炎が終息した後は、内外需とも好調な状態に復している。また、IT依存度の高い台湾やシンガポールでは、生産の増加テンポが強まる可能性が高まっている。この間、韓国では、個人消費が減速し、設備投資の増勢も鈍化している。

4.国内金融経済情勢

(1)実体経済

 公共投資は減少しており、先行きも減少が予想される。

 実質輸出は、1〜3月に前期比−0.8%と小幅ながら5四半期振りに減少した後、4〜6月は前期比−0.2%と横這い圏内の動きとなった。これを地域別にみると、1〜3月に大幅減となった米国向けが4〜6月は幾分増加した。他方、1〜3月まで堅調な伸びを続けてきた東アジア向けは、新型肺炎の影響もあって、NIEs向けを中心に4〜6月は減少した。財別にみると、1〜3月に大きく減少した情報関連が、世界的な需要の持ち直しの中で、4〜6月は増加した。

 設備投資は、振れを伴いながらも緩やかな持ち直し基調にある。先行きについては、企業収益が改善している中で、今後、輸出や生産が再び増加していけば、設備投資の回復傾向も明確になっていくと考えられる。ただ、さまざまな構造要因があるため、力強い回復になることは期待しにくい。

 家計部門の動向をみると、まず、雇用・所得環境については、臨時雇用等を広く含む雇用者数は下げ止まりつつあるほか、賃金の低下にも歯止めがかかってきている。しかし、所定外労働時間や新規求人の増加に一服感がみられるほか、常用労働者数は引き続き減少しており、雇用者所得は、均してみれば緩やかな減少傾向が続いている。このように、雇用・所得環境は全体としてなお厳しい。

 こうしたもとで、個人消費は、弱めの動きを続けている。販売統計をみると、天候要因等もあって、4〜6月の前期比はやや大きめの減少となったものが多い。今後についても、雇用・所得環境に目立った改善が期待しにくい中で、個人消費は全体として弱めに推移すると考えられる。

 生産は、1〜3月に前期比+0.3%となった後、4〜6月は前期比−0.6%となり横這い圏内の動きが続いている。先行きについては、輸出の増加に伴って次第に増加基調に復すると考えられるが、目先は横這い圏内で推移するとみられる。

 物価動向をみると、輸入物価や国内企業物価は、春先の原油価格急落の影響などから、下落している。企業向けサービス価格は、価格改定期に当たる4月に下落幅が拡大した後、前年比−1%強の下落を続けている。一方、消費者物価は、4月に医療制度改革に伴う診療代の上昇などから前年比下落幅が縮小した後、同程度の下落を続けている。

(2)金融環境

 クレジット関連の指標をみると、民間銀行貸出は前年比2%台の減少が続いている。この間、7月の社債発行は、前月対比大幅に減少し、社債発行残高は6月に前年比プラスとなった後、7月はマイナスに転じた。これは、6月半ば以降の急ピッチな長期金利上昇の中で、社債発行を手控えた向きが多かったことによるものとみられ、長期金利が落ち着いてきた7月下旬以降は、社債発行は増加している。この間、CP・社債の対国債スプレッドは横這い圏内の動きが続いており、CP・社債の発行環境は、高格付け企業を中心に総じて良好な状況が続いている。

 企業金融の動向をみると、民間の資金需要は、企業の借入金圧縮スタンスが維持されている中で、設備投資もなお低水準にあることから、引き続き減少傾向を辿っている。

 一方、資金供給面では、民間銀行は、優良企業に対しては貸出を増加させようとする一方で、信用力の低い先に対しては慎重な貸出姿勢を維持している。これらの動きを反映し、企業からみた金融機関の貸出態度は幾分改善しているが、中小企業等ではなお厳しい状況となっている。

 企業の資金繰り判断は、中小企業等ではなお厳しい状況にあるが、幾分改善している。

 金融環境面の動きを総合すると、金融市場では極めて緩和的な状況が維持されている。マネーサプライやマネタリーベースは、経済活動との対比でみれば高めの伸びを維持している。企業金融面では、CP・社債の発行環境は高格付け企業を中心に良好な状況が続いているものの、信用力の低い企業を中心に資金調達環境は総じて厳しいという基本的な状況に大きな変化はない。このため、金融資本市場の動向や金融機関行動、企業金融の状況については、引き続き十分注意してみていく必要がある。

II.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要

1.経済情勢

 景気の現状について、委員は、先行きの不透明感がやや後退する中で、横這い圏内の動きを続けている、との見方を共有した。

 景気の先行きについて、委員は、「海外経済の成長率が本年後半に高まっていくとの想定のもとで、次第に輸出や生産が増加基調に復することを通じて、前向きの循環が働き始める」という標準シナリオは維持されているが、輸出や生産が増加する時期や、これが国内需要の自律的な回復にどの程度つながっていくのかについて不確実性が残っており、この点に関する見極めが重要である、との見方を共有した。さらに、大方の委員は、輸出に大きく影響する米国経済の動向が重要なポイントとなる、との見解を述べた。

 米国経済について、委員は、個人消費に支えられ引き続き緩やかな回復基調にある、との見方を共有した。そのうえで、多くの委員が、(1)第2四半期の実質成長率が予想を上回る伸びとなったこと、(2)世界的に情報関連需要に持ち直しの動きがみられること、(3)企業のコンフィデンスが改善していることなどを指摘し、回復基調がより明確になりつつある、との見解を述べた。また、何人かの委員は、連邦政府による大型減税が個人消費にプラスの影響を与える可能性を指摘した。ある委員は、こうした減税策や連邦準備制度(FRB)による金融緩和といった積極的な政策対応が景気回復に対する期待感を強めている、との見方を示した。

 一方、リスク要因として、多くの委員が、民間非農業部門の雇用者数が6か月連続で減少していることなどを指摘しつつ、雇用環境が全般的に悪化を続けており、個人消費に与える悪影響が懸念される、との見方を示した。この点につき、複数の委員は、新規失業保険申請件数が足許減少していることを指摘し、雇用情勢にも下げ止まりの兆しがみられることを指摘した。また、ひとりの委員は、労働生産性が大幅に上昇していることを指摘したうえで、労働生産性の上昇は雇用の回復の遅れと表裏の関係にあるが、中長期的な観点からは持続的な景気拡大にはプラスである、と述べた。

 また、多くの委員は、長期金利の上昇が住宅投資や個人消費に与える影響が懸念される、との見方を示した。このうち、ひとりの委員は、堅調な個人消費は、低利の住宅ローンへの借換えや、住宅価格の上昇に伴う住宅担保金融に支えられてきた面が大きいため、長期金利の上昇は個人消費に大きな悪影響を与える可能性がある、と述べた。

 ひとりの委員は、企業業績が好調であるにもかかわらず、設備投資の回復力が乏しい、と述べた。この委員は、その理由として、バランスシート調整圧力の中でキャッシュフローが借入金の返済に充てられていることなどが考えられる、と述べた。

 この間、ひとりの委員は、米国において一般的に理解されているNAIRU(インフレ率を加速も減速もさせない失業率の水準、5.0〜5.4%程度)の水準を前提とすれば、現在の失業率(6.2%)の下では物価低下圧力が働くと考えられるが、実際には物価の先行き見通しについてのFRBや市場関係者の見方は分かれており、これが長期金利の不安定な動きの一因になっているのではないか、との見方を示した。

 欧州経済について、ひとりの委員は、ドイツにおける景況感の改善等がみられるものの、足許は総じて低調に推移している、と述べた。

 東アジア経済について、何人かの委員は、新型肺炎の終息に伴い、中国を中心に従来の自律的な成長過程に復しつつある、との見方を示した。

 こうした海外経済動向のもとで、わが国の輸出については、委員は、このところの指標にやや弱さがみられるが、全体としては横這い圏内の動きを続けているとの見方を共有した。複数の委員は、東アジア向けの減少は新型肺炎の影響による一時的なものであり、足許は回復基調にある、との見方を示した。また、ひとりの委員は、米国向けは、自動車関連が現地在庫の調整から引き続き減少しているものの、情報関連が下げ止まったほか、デジタル家電や資本財が増加していることを指摘した。

 生産については、委員は、4〜6月の鉱工業生産が6四半期振りのマイナスとなったものの、全体としては引き続き横這い圏内にあるとの見方を共有した。また、ひとりの委員は、在庫が減少傾向にある中で、需要の増加に応じて生産が増加しやすい状況が続いている、と述べた。

 設備投資については、何人かの委員は、緩やかな持ち直し基調にある、との見方を示した。このうち、ひとりの委員は、プラントなどを中心に産業機械の受注が増加していることを指摘した。また、別のある委員は、この点に関連して、大企業製造業を中心に過剰債務の調整が一段落しつつあり、構造的な問題にようやく改善がみられつつあるのは好材料だが、非製造業、中小企業のように調整の進捗が遅れているセクターも多く、これらの先行きが焦点である、と述べた。

 家計部門については、複数の委員が、労働力調査でみた雇用者数や、賞与等も含めた賃金に下げ止まりの兆しが窺われており、これが個人消費に好影響を与える可能性に言及した。もっとも、これらの委員は、社会保険料の支払負担増により実質可処分所得が減少していることや、悪天候の影響が懸念されることもあわせて指摘し、個人消費の今後の動きに注目したい、と述べた。

 また、ひとりの委員は、財政面の動きについて、来年度予算の概算要求基準が閣議了解されたことに言及し、来年度も財政面からの多くのサポートを期待できない状況であるだけに、輸出や生産の持ち直しが国内民間需要の自律的な回復につながっていくかどうかがとりわけ重要である、と述べた。

 この間、物価面について、ある委員は、GDPギャップと物価の関係についてひとつの試算(インフレ率を加速も減速もさせない産出量水準、NAILO<Non-Accelerating Inflation Level of Output>)を紹介し、昨年後半以降、GDPギャップはデフレを減速させる方向に寄与していると考えられる、との見方を示した。

2.金融面の動向

 金融面について、委員は、短期金融市場はターム物も含めて落ち着いた動きとなっており、特に短めの資金については余剰感が強まっている、との認識を共有した。何人かの委員は、その背景として、りそな銀行への公的資本注入などを契機に金融システム不安が後退していることも影響しているとの認識を示しつつ、中間期末や年度末にかけて、仮にこうした不安が生じることになれば、金利が上昇する可能性も否定できず、注意してみていく必要がある、と述べた。

 6月半ば以降の長期金利の上昇が海外市場、とりわけ米国市場と連動して進んだことを踏まえ、米国の長期金利について議論が行われた。

 米国の長期金利上昇の背景について、多くの委員は、過度のデフレ懸念が後退し、米国経済の先行きに対する楽観的な見方が強まったことが考えられると指摘した。また、何人かの委員は、FRBが景気に対する楽観的な見通しを示唆していると受け止められたことが長期金利の上昇に寄与している、と述べた。また、何人かの委員は、財政赤字拡大に伴う国債の需給悪化懸念や、モーゲージ証券(MBS)投資家の価格変動リスクに対するヘッジ行動も、長期金利の上昇を加速している、との見方を示した。また、ひとりの委員は、4%程度という現行の長期金利水準は、自然利子率が3%程度、期待インフレ率が1%程度と考えると整合的に理解できる、との見解を述べた。別のある委員は、長期金利の上昇にはテクニカルな側面もあるが、基本的には景況感の改善に基づくものであり、債券に先立って期待収益の改善を織り込んで上昇していた株価動向に鞘寄せされたと理解すべきである、と述べた。

 米国の長期金利上昇の影響について、ひとりの委員は、実体経済への影響と並んで、グローバルな波及効果も含めて、金融資本市場の広い範囲に影響が及ぶ可能性もあるため、十分な注意が必要であると指摘した。また、別のある委員は、経常収支赤字と財政赤字の拡大という状況の下で、米国債の円滑な消化に対する懸念が長期金利やそのボラティリティの高止まりにつながり、ひいてはわが国の長期金利や為替レートにも影響を及ぼすリスクがある、と述べた。

 わが国の長期金利について、委員は、上昇が一服し、落ち着きどころを模索している状況にあるとの認識を概ね共有した。何人かの委員は、先行きについて、公的資本注入行に対する業務改善命令が、金融機関に対して債券売買益の嵩上げに向けたプレッシャーを強め、長期金利動向に何がしかの影響を与える可能性がある、との見方を示した。また、ひとりの委員は、わが国経済の自然利子率や期待物価変化率に鑑みると、現行程度の長期金利は不自然なものではない、と述べた。

 株価動向について、何人かの委員は、足許はやや弱含んでいることを指摘したうえで、これまでの急ピッチの上昇において企業収益の改善期待が織り込まれているため、更に上昇するには材料に乏しい、との見方を示した。

 何人かの委員は、金融市場における今後のリスク要因について発言した。複数の委員は、中間期末において株価が銀行決算に与える影響が注目される、と述べた。また、複数の委員は、繰延税金資産の取扱いや不良債権処理を巡って、金融システムが不安定化するリスクも否定できない、と指摘した。また、ひとりの委員は、政局を巡る思惑等から、マーケットが不安定な動きとなる懸念に言及した。

 これらの議論を通じて、委員は、海外市場を含め、今後の市場動向とその影響を引き続き注意深くみていく必要があるとの認識を共有した。

III.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

 当面の金融政策運営について、委員は、景気は横這い圏内の動きを続けていること、金融資本市場も総じて落ち着いていること、などを踏まえ、現在の「27〜30兆円程度」という当座預金残高目標を維持することが適当との認識を共有した。

 そのうえで、何人かの委員は、金融市場調節の運営について発言した。

 ひとりの委員は、現在の量的緩和の枠組みの下で、年末越えや年度末越えを含め、長めの資金供給オペを積極的に行い、時間軸効果を市場に再認識させることが重要である、と述べた。

 また、何人かの委員は、日々の日銀当座預金残高が28〜29兆円という狭い範囲で推移していることについて意見を述べた。ひとりの委員は、資金の余剰感が強まっている現状のもとでは、市場の地合いに応じて日銀当座預金残高目標のレンジをフルに利用することが望ましく、日銀当座預金残高がレンジの下限まで減少することがあってもよい、との見方を示した。別のある委員は、日々の調節において日銀当座預金残高はレンジのできるだけ高いところを狙うべきではないか、加えて、郵政公社の日銀当座預金残高が大幅に変動している中で、日銀当座預金残高を固定的な水準で運営していることをどのように考えるべきか、との問題を提起した。別のひとりの委員は、こうした議論を総括する形で、市場において引き締めと受け取られるような金融市場調節は行うべきではないが、執行部において市場地合いを活かした調節運営を行うことは理解できる、との見解を示し、大方の委員が賛意を示した。

 何人かの委員は、「時間軸効果」や市場とのコミュニケーションのあり方について発言した。ひとりの委員は、最近の米国の長期金利の変動において、当局の情報発信も材料視されたことに言及しつつ、経済の先行きに対する期待形成はできる限り市場に委ねつつ、中央銀行としては、時には忍耐をもって市場の動きを見守ることも必要ではないか、との見方を示した。また、別のひとりの委員は、足許のように景気の先行きに対する見通しが分かれる状況では、「時間軸効果」が弱まる傾向があると指摘したうえで、「時間軸効果」の範囲を市場と共有することが重要であり、そのためには経済情勢に対する的確な分析とこれに基づく適切な情報発信が求められる、と述べた。

 ひとりの委員は、金融政策運営の透明性向上に関する検討や、量的緩和政策の総括はなお不十分であり、次回の展望レポートを念頭において更なる検討を行うべきである、と述べた。これに関連して、別の委員は、中長期的なデフレ脱却のフレームワークという観点から発言した。この委員は、金融政策運営について、マネタリーベースの伸びは、中期的に望ましい物価上昇率や名目所得の伸びを考慮したうえで考えていくことが望ましい、との見方を示した。この委員は、現在の財政政策について、国債残高の対名目GDP比率を安定化させることを目標に運営されているとの認識を示したうえで、こうした金融政策と財政政策の組み合わせによって、デフレ脱却は十分に可能である、との見解を述べた。

 この間、ある委員は、中長期的な金融政策運営のあり方を議論することは重要であるが、場合によっては、金融政策が引き締めに転換しようとしているとの誤解を与える惧れがある点にも、十分留意すべきである、と指摘した。

IV.政府からの出席者の発言

 会合では、財務省の出席者から、以下の趣旨の発言があった。

  • 政府は、6月に閣議決定された「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2003」等を踏まえ、平成15年度と同様の歳出改革路線を堅持する、との基本的な考え方に沿って、先般(8月1日)、平成16年度予算の概算要求基準を閣議了解したところである。これに基づき、歳出全般にわたる徹底した見直しを行い、歳出の抑制と所管を超えた予算配分の重点化・効率化を実施していくこととしている。
  • わが国経済の現状をみると、株価や米国経済の動向等、わが国の景気を巡る環境に変化の兆しがみられる。しかしながら、実体経済の明確な回復は未だ確認されておらず、依然として物価の下落は継続しており、引き続き金融政策の役割は重要であると考えている。
  • 日本銀行におかれては、中堅・中小企業金融の円滑化を含め、実体経済の資金循環の活性化に繋がるよう、実効性のある金融緩和措置を検討・実施して頂きたいと考えている。
  • 日本銀行において、CP残高統計が1年間訂正されず、関係者の処分が行われた。昨日公表された総裁談話においても言及されているが、統計データの信頼性確保は極めて重要であり、もう一度すべてにわたって再点検し、信頼回復に努めて頂きたい。

 また、内閣府の出席者からは、以下の趣旨の発言があった。

  • 景気の基調判断については、8月5日の月例経済報告において、上方修正を行い、「景気は概ね横這いとなっている。株価やアメリカ経済の動向など、我が国の景気を巡る環境に変化の兆しがみられる。」と報告した。先行きについては、米国経済等の回復が持続すれば、景気は持ち直しに向かうことが期待される一方、今後の株価・長期金利や海外経済の動向には留意する必要がある。
  • 日本経済の重要な課題は、デフレを早期に克服することおよび内需主導の自律的回復を実現することである。このため、政府は「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2003」に基づき、引き続き金融、税制、歳出および規制の四本柱の構造改革を一体的かつ整合的に実行する。また、先日、閣議了解した平成16年度予算概算要求基準では、政府全体の予算について、歳出・歳入両面、および質・量両面にわたる改革をさらに加速することとしており、例えば歳出面では「政策群」や「モデル事業」といった新たな取り組みを進めている。
  • 「基本方針2003」においても、「デフレ克服に向け、政府は日本銀行と一体となって強力かつ総合的に取り組む。こうした取り組みを通じ、『改革と展望−2002年度改定』で示したように、集中調整期間の後にはデフレは克服できると見られる」としている。
  • 日本銀行におかれては、本年3月から今後の金融政策運営の基本的枠組みについて検討を進められており、先般、金融緩和の波及メカニズム強化のために、資産担保証券の買入れを開始するなど、新たな取り組みを行っているところだが、引き続きデフレ克服に実効性ある金融政策運営を行うことを期待する。その際、2005年度のデフレ克服を目指すという観点から、まず物価変化率が上昇に向かうよう図るとともに、物価や金利の経路を展望し、その段階に応じた適切な金融調節手段の選択を検討して頂きたいと考えている。

V.採決

 以上の議論を踏まえ、当面の金融市場調節方針については、当座預金残高目標を27〜30兆円程度とする現在の調節方針を維持することが適当である、との考え方が共有された。

 これを受け、議長から以下の議案が提出され、採決に付されることとなった。

議案(議長案)

次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとし、別添のとおり公表すること。

 日本銀行当座預金残高が27〜30兆円程度となるよう金融市場調節を行う。

 なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。

採決の結果

  • 賛成:福井委員、武藤委員、岩田委員、植田委員、田谷委員、須田委員、中原委員、春委員、福間委員
  • 反対:なし

VI.金融経済月報「基本的見解」の検討

 当月の金融経済月報に掲載する「基本的見解」が検討され、採決に付された。採決の結果、「基本的見解」が全員一致で決定された。これを掲載した金融経済月報は8月11日に公表することとされた。

VII.議事要旨の承認

 前々回会合(6月25日)および前回会合(7月14、15日)の議事要旨が全員一致で承認され、8月13日に公表することとされた。

以上


(別添)
2003年 8月 8日
日本銀行

当面の金融政策運営について

 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を、以下のとおりとすることを決定した(全員一致)。

 日本銀行当座預金残高が27〜30兆円程度となるよう金融市場調節を行う。

 なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。

以上