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金融政策決定会合議事要旨

(2003年 9月11、12日開催分) *

  • 本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、2003年10月 9、10日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

2003年10月16日
日本銀行

(開催要領)

1.開催日時
2003年9月11日(14:00〜16:11)
9月12日( 9:01〜13:25)
2.場所
日本銀行本店
3.出席委員
  • 議長 福井俊彦(総裁)
  • 武藤敏郎(副総裁)
  • 岩田一政(  副総裁  )
  • 植田和男(審議委員)
  • 田谷禎三(  審議委員  )
  • 須田美矢子(  審議委員  )
  • 中原 眞(  審議委員  )
  • 春 英彦(  審議委員  )
  • 福間年勝(  審議委員  )
4.政府からの出席者
  • 財務省 津田 廣喜 大臣官房総括審議官(11日)
    谷口 隆義 財務副大臣(12日)
  • 内閣府 中城 吉郎 政策統括官(経済財政−運営担当)

(執行部からの報告者)

  • 理事平野英治(12日)
  • 理事白川方明
  • 理事山本 晃
  • 企画室審議役前原康宏
  • 企画室審議役山口廣秀
  • 企画室参事役櫛田誠希
  • 金融市場局長中曽 宏
  • 調査統計局長早川英男
  • 調査統計局参事役門間一夫
  • 国際局長堀井昭成

(事務局)

  • 政策委員会室長秋山勝貞
  • 政策委員会室審議役武井敏一
  • 政策委員会室調査役斧渕裕史
  • 企画室企画第2課長吉岡伸泰(12日9:01〜9:33)
  • 企画室調査役内田眞一
  • 企画室調査役加藤 毅
  • 金融市場局金融市場課長栗原達司(12日9:01〜9:33)

I.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要

1.最近の金融市場調節の運営実績

 金融市場調節は、前回会合(8月7、8日)で決定された方針1に従って運営した。この結果、当座預金残高は28〜29兆円台で推移した。なお、8月下旬には、過去最長となる約9か月の期間の手形買入れオペを実施した。

  1. 「日本銀行当座預金残高が27〜30兆円程度となるよう金融市場調節を行う。なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。」

2.金融・為替市場動向

 短期金融市場では、無担保コールレート翌日物(加重平均値)は、0.001〜0.002%で推移した。ターム物金利も、概ね落ち着いた地合いが続いているが、ユーロ円金利先物レートは8月下旬以降上昇が目立った後、最近は幾分低下している。

 長期金利は、先行きのわが国経済に対する見方が改善する中で、急上昇し、最近では1.4〜1.5%台で推移している。この間、民間債流通利回りの対国債スプレッドは、幾分上昇した。

 株価は、海外投資家の本邦株式投資の継続などから、大幅に上昇し、最近では、日経平均で10千円台半ばまで回復している。

 為替市場では、円の対米ドル相場は、海外投資家による対内株式投資の継続などから上昇し、最近では116〜117円台で推移している。

 クレジット市場においては、ここ数年、シンジケート・ローンの組成が着実に増加している。また、1件当りの組成額が小さくなっているところから、中堅・中小企業にも裾野を広げつつあることが窺える。なお、資産担保証券の買入れについては、前回会合以降、資産担保CP買入れオペを2度実施し、約1,000億円の買入れを行った。

3.海外金融経済情勢

 米国経済は、家計支出に支えられ引き続き緩やかな回復基調にある。第2四半期の実質GDPは、個人消費と純輸出の上振れを主因に、前期比年率+2.4%から+3.1%に上方修正された。個人消費関連の指標は、総じて良好であり、7月末に減税の政府小切手が配布された効果が窺える。また、IT関連財を中心に製造業の受注や設備投資にも明るい動きがみられはじめているほか、生産も、力強さには欠けるものの、持ち直しつつある。ただ、雇用調整圧力は依然として根強い。この間金融市場では、前回会合以降、長期金利、株価とも小幅上昇した。

 欧州では、英国は勢いが鈍化しつつも緩やかな成長を維持しているが、ユーロエリアの景気は減速している。第2四半期の実質GDPは、ユーロエリア全体、独仏とも、マイナス成長となっている。生産も、依然として低調である。金融市場では、外需主導での回復見通しが広がってきたことから、株価や長期金利は上昇している。

 東アジアでは、景気回復の足取りが徐々に強まってきている。すなわち、中国では、新型肺炎が終息した後は、内外需とも従来の力強さを取り戻している。香港、台湾、シンガポールでも、個人消費が回復している。また、NIEs、ASEAN諸国・地域では、振れを均してみれば、IT関連財を中心に輸出・生産が再び増加しつつある。ただし、韓国では、個人消費が低迷し、設備投資は減速している。

 このように、全体として、米国経済がリードするかたちで世界経済の成長率が高まるという見通しの蓋然性が高まりつつある。ただ、米国においては、長期金利の上昇や厳しい雇用環境が、個人消費や住宅投資に及ぼす影響が懸念されるほか、欧州や韓国でも先行き不透明感が強い。下方リスクは、一頃に比べて縮小したものの、なお相対的に大きいとみられる。

4.国内金融経済情勢

(1)実体経済

 第2四半期の実質GDPは、大幅に上方改訂され、前期比+1.0%(前期比年率+3.9%)となった。もっとも、(1)家計調査や法人季報が強めに出た影響など一時的な振れが作用しているほか、(2)指数面の問題から設備投資デフレーターを中心にGDPデフレーター下落が実勢以上に大きく、これが実質GDPを基調的に押し上げている可能性もあることなどを踏まえると、割り引いてみる必要がある。

 実質輸出は、4〜6月に前期比−0.2%となったのち、7月は4〜6月対比で+0.9%と横這い圏内の動きとなった。内訳をみると、米国向けが自動車関連の減少などから引き続き弱めの動きとなっている一方、東アジア向けは、情報関連財や、半導体製造装置などの資本財・部品を中心に、復調している。先行きについては、海外景気の回復を背景に増加基調に復するものとみられる。

 設備投資は、緩やかに回復しており、先行きについても、企業収益の回復にもかかわらず大幅に抑制されてきた製造業大企業を中心に、回復傾向がより明確化していくと予想される。ただ、様々な構造要因がある中で、中小企業や非製造業を含めて力強い回復が広がっていく蓋然性は低い。

 家計部門の動向をみると、まず、雇用面では、企業が正社員の雇用に慎重な姿勢を崩していないことから、常用労働者数は引き続き減少しているが、カバレッジの広い雇用者数は下げ止まっている。また、賃金の下落にも歯止めがかかってきているため、雇用者所得は徐々に下げ止まりつつある。しかし、失業率の高止まりなど、雇用・所得環境は、なお総じて厳しい状況にある。

 個人消費については、7月の指標は、低調であった4〜6月と比べても減少したものが多かった。もっとも、これは記録的な冷夏の影響もあり、雇用者所得が下げ止まりつつあることや、消費者心理も一頃に比べて改善していることなどを踏まえると、基本的な見方を変える必要はないと考えられる。今後については、雇用・所得環境に当面目立った改善が期待しにくい中で、個人消費は全体として弱めに推移すると考えられる。

 生産は、4〜6月は前期比−0.6%となったのち、7月の4〜6月対比は+0.6%と横這い圏内の動きが続いている。先行きについては、全体としてみれば在庫調整圧力がほとんど蓄積されていないため、輸出の増加を主因に次第に増加基調に復すると考えられる。

 物価動向をみると、原油価格を中心に国際商品市況が上昇基調で推移してきたことなどから、輸入物価は、下げ止まっており、国内企業物価は、横這い圏内の動きとなっている。企業向けサービス価格は、前年比1%強の下落を続けている。一方、消費者物価は、4月の医療制度改革に伴う診療代の上昇や7月のたばこ税引上げなどから、前年比下落率は0.2%にまで縮小した。今後の特殊要因次第では、一時的にさらに縮小する可能性も考えられるが、基調的には現在程度の小幅下落が続くと予想される。

(2)金融環境

 クレジット関連の指標をみると、民間銀行貸出は前年比2%前後の減少となっている。社債発行市場では、長期金利の上昇を眺めて、様子見姿勢が窺われる。この間、社債の対国債スプレッドは、流通市場では幾分上昇しているが、発行市場には大きな影響は及んでいない。総じてみれば、CP・社債の発行環境は、高格付け企業を中心に良好な状況に大きな変化はみられていない。

 企業金融の動向をみると、設備投資は緩やかに回復しているものの、なおキャッシュフローを下回っており、民間の資金需要は引き続き減少傾向を辿っている。一方、資金供給面では、民間銀行は、優良企業に対しては貸出を増加させようとする一方で、信用力の低い先に対しては慎重な貸出姿勢を維持しているが、条件設定などの面で貸出姿勢を幾分緩和する動きも窺われている。これらの動きを反映し、企業からみた金融機関の貸出態度は幾分改善しているが、中小企業等ではなお厳しい状況にある。企業の資金繰り判断は、中小企業等ではなお厳しい状況にあるが、幾分改善している。

 マネーサプライやマネタリーベースは、経済活動との対比でみれば高めの伸びを維持している。マネーサプライは、伸びをやや高め、前年比2%程度となっている。これは、民間資金調達のマイナス幅がこのところ若干縮小してきていることに加え、企業年金の代行返上に伴う保有資産の売却によって法人預金が増加しているという特殊要因も影響しているものとみられる。

 金融資本市場の動向や金融機関行動、企業金融の状況については、引き続き十分注意してみていく必要がある。

II.シンジケート・ローン債権の担保受入れ等についての報告

 シンジケート・ローン債権の担保受入れに関して、執行部から、次のように報告した。

 シンジケート・ローンのうち証書貸付形態で実行されているものについては、現行基準においても信用度等の要件を満たせば日本銀行の担保として適格となる。しかし、市場取引においては、実務的制約から担保取引は殆ど行われていないようであり、日本銀行に対しても担保の差入れは行われていない。こうしたもとで、実務上の工夫を凝らすことにより他の証書貸付と同様に担保の受入れを実現するよう、検討を進めている。なお、本年12月以降住宅金融公庫は、民間金融機関から購入した住宅ローン債権を裏付け資産とする債券を発行する予定であるが、発行後、取引先金融機関から担保差入れの要望があれば、鋭意審査手続きを進めていく方針である。

 これに対して、委員からは、(1)シンジケート・ローン市場では、中堅・中小企業向けの組成も進んでおり、企業金融の円滑化や市場育成の観点からも、担保受入れ実現に向けて検討を進めて欲しい、(2)担保化は、流通市場の拡大を通じて貸出金利の適正化に資するという意味でも意義深い、との意見が表明された。

III.金融経済情勢に関する委員会の検討の概要

1.経済情勢

 景気情勢について、委員は、「輸出環境などに改善の兆しがみられるものの、全体としてなお横這い圏内の動きを続けている。先行きについては、海外経済の回復を背景に、次第に輸出や生産が増加基調を取り戻すことを通じて、前向きの循環が働きはじめると考えられる」との見方を共有した。

 米国経済については、多くの委員が、(1)第2四半期の実質GDPが大きく上方改訂されたこと、(2)各種の指標から、個人消費は堅調であり、大型減税の効果が表われつつあるように窺えること、(3)IT関連を中心に、生産や設備投資についても動意がみられることなどを指摘し、本年後半の成長率の上昇の蓋然性が高まったとの認識を示した。このうちひとりの委員は、本年後半は4%台の成長もありうると述べた。もっとも、ほとんどの委員は、同時に、雇用改善の遅れや長期金利の上昇により、個人消費や住宅投資に悪影響が生じる可能性を指摘し、回復のスピードや持続性は慎重にみておく必要があるとの見解を述べた。雇用情勢について、複数の委員が「雇用なき景気回復」(jobless recovery)と呼ばれた90年代前半と比べても、雇用の改善テンポが遅く、「雇用喪失型景気回復」(jobloss recovery)であると指摘した。このうちひとりの委員は、現在の内需の拡大が減税の効果やマインドの好転による一時的なものであった場合、雇用調整が再加速するおそれがある、とコメントした。この間、別の委員は、現在の米国景気は、驚異的な生産性の上昇に支えられているとの認識を示したうえで、その裏側に厳しい雇用情勢があると述べた。ある委員は、財政支出や個人消費からのバトンタッチを期待される設備投資は、企業の過剰設備問題が解決していない中にあって、先行き不確実な部分が多いと述べた。また、複数の委員が、財政収支と経常収支の悪化が長期金利に及ぼす影響について懸念を表明した。

 東アジア経済については、多くの委員が、(1)中国、台湾、シンガポールなどでは、個人消費が回復しているなど、SARSの影響は解消しつつあること、(2)NIEs諸国の輸出・生産は、世界的なIT需要の持ち直しの中で増加していることなどから、成長軌道に復しているとの見方を示した。このうちひとりの委員は、アジアでは直接投資やインフラ整備が活況を呈しており、世界との貿易拡大に伴って、船舶・海運需要も高まっていることを紹介した。この間、ある委員は、ユーロエリアについて、米国経済の回復やユーロ高の修正など外需の環境は好転しているが、第2四半期は若干のマイナス成長で、生産も低調である、と指摘した。別の委員も、欧州経済は底は打ったとみているが、引き続き様々な問題を抱えていると述べた。

 このように米国経済の成長率の高まりや東アジア経済の成長軌道への復帰に伴って、世界経済の成長率が上昇する蓋然性が高まっている、との見方が共有された。ただ、(1)米国の雇用情勢や長期金利の動向、(2)世界的なIT需要の力強さの程度、(3)テロや地政学的なリスクなど、不透明な要因も多い、との見方が示された。

 こうしたもとで、わが国の輸出や生産は、現在は横這い圏内の動きを脱していないものの、徐々に回復基調に戻る蓋然性が高いとの見方が共有された。ある委員は、輸出に関して、世界のIT需要回復を反映して、情報関連が堅調に増加しているほか、資本財・部品もここに来て伸びを高めるなど広がりをみせている、と述べた。ただ、同時に何人かの委員は、最近円高が進んでいることをリスク要因として挙げ、為替相場の安定が重要であると強調した。

 設備投資については、多くの委員が、法人季報や機械受注などをみても、緩やかな増加を確認できるとの見方を示した。ひとりの委員は、GDP統計の設備投資が名目ベースでも前年比プラスとなってきていることは、統計上の振れはあるにしても、良いニュースであるとコメントした。別のひとりの委員は、企業の設備投資は長い間大企業・製造業中心にキャッシュフローを下回る水準に抑制されてきていると指摘し、今後は、こうした企業を中心に設備投資の回復傾向が明確になっていく可能性は十分にあると述べた。また何人かの委員は、法人季報などから企業収益の増加も確認できており、設備投資が増加する環境は整っているとの認識を示した。ただ、複数の委員は、企業収益はリストラの効果に支えられている部分も多いと指摘し、財務面の問題が残っており、海外生産比率が趨勢的に上昇している中で、企業は設備投資に慎重な姿勢を崩していないと述べた。これらの委員は、経済構造の変化や企業の2極化の進展で、企業経営者が肌で感じる景況感はより厳しいものとなっていると述べた。また、このうちひとりの委員は、今後は個人消費や輸出など最終需要の増加を通じて、売上増が予想できるようになってこないと設備投資の本格的な回復は見込めないとコメントした。この間何人かの委員は、企業部門の動向を把握するうえで、10月初に公表される短観に注目していると述べた。

 雇用・所得環境については、賃金の下げ止まりなど、良い材料はあるが、依然として厳しい状況にあるとの認識を共有した。ひとりの委員は雇用のミスマッチは縮小していないと付け加えた。この委員は、企業の損益分岐点は、中小企業や非製造業ではなお十分下がり切っておらず、今後雇用や賃金の調整のペースはやや弱まるとしても、それが賃金の上昇に結びつくにはまだ相当時間がかかるとの見方を示した。また、個人消費が4〜6月に続いて7月も全般に弱かった背景として、多くの委員が、冷夏の影響を挙げ、今後の状況に注目していく必要があると述べた。ひとりの委員は、社会保険料の引上げによる可処分所得の減少を懸念材料に挙げた。もっとも、ひとりの委員は、消費者心理は冷夏の中でもこれに比例して悪化しているわけではなく、雇用面の改善など将来につながる材料もあると述べた。

 第2四半期のGDPに関しては、何人かの委員が一時的な要因や指数面のバイアスの影響もあったとしつつ、それを割り引いても良い数値であったと評価した。ひとりの委員は、名目ベースの前年比でもプラスとなったことに注目していると述べた。ただ、多くの委員は、生産の動きやミクロの企業の景気実感とはやや乖離があるとして、今後の動きをさらに見ていく必要があるとの認識を示した。

 このような議論を経て、景気情勢の全般的な評価としては、(1)この春以来想定してきた景気回復シナリオの実現可能性が一段と高まってきている、(2)ただし、統計上確認できる足許の状況は、まだ横這い圏内を脱し切れていない、という認識が共有された。

 この点に関連してある委員は、フローの改善はみられるが、ストック面で経済成長を阻害しかねない構造問題が残っており、景気回復の波及が過去の回復局面のような広がりをみせていない、とコメントした。この委員は、繰延税金資産の問題、不良債権比率の半減目標、ペイオフ解禁、不動産の減損会計実施など金融システム面・企業財務面でも様々な不透明要因が残っていると指摘した。この間、別のひとりの委員は、ストック面であえて明るい面を挙げれば、(1)次世代をリードするような技術力を有する大企業では、過剰雇用・過剰設備・過剰債務の調整が終わりつつある、(2)金融システム面でも、貸出を積極化する動きもみられる、と述べた。もっとも、同じ委員は、こうした動きは、なお「点」の段階であって、全体としては依然として慎重に見ている、と付け加えた。

 物価面では、消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比下落率が0.2%まで縮小してきているが、これには特殊要因が寄与しており、割り引いてみる必要がある、という認識が共有された。ひとりの委員は、下落率の縮小には特殊要因が大きく寄与しているとしつつも、実質GDPの高い伸びが続いていることもデフレ減速要因として影響しているのではないかと付け加えた。別の委員は、物価が安定的にゼロ%以上となっていくためには、循環的な回復がしばらく続く程度では不十分であるとの認識を示した。この委員は、1999年から2000年にかけての回復局面の経験や現在の需給ギャップの状況などから考えても、物価が安定的にゼロ%以上となるためには、循環要因が極めて強いか、構造的な調整が終了し、この面から持続的な上昇圧力が働くかどちらかが必要であると指摘した。そのうえで、構造調整の進捗度合いについて、従来にも増して目を凝らしていきたいと述べた。

2.金融面の動向

 金融面では、株価の上昇について、景況感の改善が基本的な背景にあるとの認識が共有された。また、ひとりの委員は、企業の収益体質が強化されたことを市場が評価した面もあると付け加えた。何人かの委員は、株価の上昇は企業や家計のマインドの好転につながるほか、金融システムの安定にとっても良い影響があると述べた。

 長期金利の上昇については、基本的には景況感の改善が背景にあるが、金融機関のポジション調整など市場のテクニカルな要因も影響したとの見方が示された。多くの委員は、市場は多少落ち着きを取り戻しつつあるが、なお不安定な状況にあるとの認識を示した。先行きについて、何人かの委員は、金融機関は、リスク管理手法などの面でリスクを取り難くなっており、期末要因もあって長期金利がさらに不安定化するおそれもあると述べた。長期金利上昇の影響については、経済実態を反映しない過度の上昇は金融システムや実体経済に対して悪影響を与えるおそれがあるとの懸念が多く表明され、委員の間で共有された。また、社債の発行が様子見となっていることについて、ひとりの委員は、企業の設備投資がキャッシュフローを下回る状況が続いていることを考えると、現時点では企業活動の制約になっている可能性は低いとしつつ、今後の長期金利の動向に応じて、社債発行市場や貸出の動きがどうなるか、注視していきたいと述べた。

 短期金融市場については、ひとりの委員が、短期国債の入札金利の期間毎の凹凸や金先レートの高止まりがみられる点は要注意であると指摘した。そのほかの大方の委員も、総じて落ち着いた地合いを維持しているものの、長期金利上昇の余波を受けて不安定な部分もみられるとの認識を示した。

IV.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

 当面の金融政策運営について、大方の委員は、経済情勢は、一部に改善の兆しはみられるものの、なお「横這い圏内」の動きを続けていることなどを踏まえ、現在の「27〜30兆円程度」という当座預金残高目標を維持することが適当との認識を共有した。

 この間、いわゆる「時間軸」との関係で、市場との対話のあり方について議論がなされた。何人かの委員は、8月後半の長期金利の上昇過程では、中期ゾーンの金利上昇がみられた点等を指摘し、日本銀行の量的緩和の継続に関するスタンスに市場が懐疑的になった面もあるのではないかと述べた。ある委員は、中短期債の需給悪化の中で、市場参加者が過度に神経質になったこともあると付け加えた。別の複数の委員も、そうした下では、日本銀行も情報発信には慎重を期す必要がある、と指摘した。

 こうした情勢のもとで、委員は、「時間軸」に対する信認を再構築し、補強していくことが重要な課題であるとの認識を共有した。そのための手段として、大方の委員は、(1)現在の量的緩和政策継続のコミットメントが極めて明確で具体的な約束であることを繰り返し丁寧に説明していくとともに、(2)市場との間で景気・物価情勢に関する認識を共有していく必要がある、との認識で一致した。この点に関連して、何人かの委員は、10月末の「経済・物価の将来展望とリスク評価」(展望レポート)の公表等の機会を通じて、これらの点を対外的に説明していくことが重要であると述べた。また、何人かの委員は、今後、冷夏の影響の表われ方などによっては消費者物価指数(除く生鮮食品)のマイナス幅がさらに縮小する可能性もあるが、特殊要因による一時的なものであれば、量的緩和政策の変更にはつながらないことを対外的に説明していく必要がある、とコメントした。この間ある委員は、デフレ脱却への強い姿勢を市場に示すことが重要であると述べた。また、同じ委員は、日本銀行は市場安定のための様々な手段を有していることを市場に明確に示していくことも重要であると付け加えた。

 また、中間期末を控えた当座預金残高目標の運営に関しても議論がなされた。まず、期末日前後に30兆円を上回る資金供給が必要となる場合には、「なお書き」により対応することが了解された。また、期末要因に限らず、市場が不安定な地合いにある場合にも、機動的に潤沢な資金供給を行うことは、現在の「なお書き」の範囲で行いうることが確認された。そうした「なお書き」の運用を前提として、多くの委員は、現在の27〜30兆円というターゲットで、十分に対応可能であるとの見方を示した。

 これに対して、ひとりの委員は、(1)金融市場が今後さらに不安定化するおそれがあり、予防的に対応する必要があること、(2)市場への情報発信のみでなく、当座預金残高目標の引上げという行動を通じて、日本銀行の量的緩和継続に関する強いスタンスを明確にすべきであること、(3)期末を控え30兆円の上限はやや窮屈になっていること、を理由に、当座預金残高目標を「30〜35兆円程度」に引き上げることが適当であると主張した。また、そのもとで、オペの頻度や期間にも工夫を凝らし、市場の安定化に努めることが適当であると付け加えた。

 この間、何人かの委員から、現在、日本銀行の金融調節においては、手形買入れオペや短期国債買入れは最長期間が1年であるのに対し、国債現先オペは最長期間が6か月となっているが、量的緩和政策のもとで金融市場の安定確保のため金融調節を機動的に行う観点から、国債現先オペの期間を延長することが適当ではないか、との意見が出された。これを受けて議長は、国債現先オペの期間延長につき検討し、次回決定会合で報告するよう、執行部に指示した。また、その旨を別添1により対外公表することを、全員一致で決定した。

V.政府からの出席者の発言

 会合では、財務省の出席者から、以下の趣旨の発言があった。

  • わが国経済の現状をみると、企業部門を中心に前向きの動きがみられているが、物価は依然として下落しており、デフレ克服に向けて引き続き金融政策の役割は重要である。
  • 最近景気回復期待の高まり等を背景に金利の動向には一部不安定な動きが見受けられる。市場関係者の一部からは、量的緩和政策が予想外に早期に解除されるとの懸念が一部に生じたことも影響しているのではないかとの声も聞かれている。金利が実体経済の動きを先取りして、過度に上昇する場合には、景気回復に悪影響を与えるおそれもある。
  • 日本銀行におかれては、経済・市場動向を十分注視し、市場に対して量的緩和政策を堅持するとの金融緩和姿勢を改めて明確に示すとともに、今後とも一層機動的な金融政策運営を実施して頂きたい。
  • 加えて中堅・中小企業金融の円滑化を含め、実体経済の資金循環の活性化につながるよう実効性のある金融緩和措置を検討、実施して頂きたい。
  • グローバル・ディスインフレという状況のもとで、わが国は主要国の中で唯一デフレ状況が継続していることに鑑みても、金融政策の役割は他国に増して重要であり、デフレ克服に向けて実効性のある金融緩和政策の実施を引き続きお願いしたい。また、当面の間、量的緩和政策を堅持するとの金融緩和姿勢に対する市場の信頼を損なわないように、市場との対話には十分工夫を凝らして頂きたい。

 また、内閣府の出席者からは、以下の趣旨の発言があった。

  • 4〜6月期の実質GDP成長率は前期比年率3.9%と2次速報において改定された。景気の基調判断は本日の月例経済報告等関係閣僚会議において報告されるが、設備投資の増加や企業収益などの改善がみられることから、持ち直しに向けた動きがみられる。その一方、依然デフレ傾向は継続している。また、実体経済の改善に比して長期金利の上昇のピッチが早いおそれがあるなど、今後の金融資本市場の動向には留意する必要がある。
  • 日本経済の重要な課題は、デフレを早期に克服すること、および内需主導の自律的回復を実現することである。このため、政府は「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2003」(基本方針2003)に基づき、構造改革を進めている。また、産業金融の機能強化にも取り組んでいる。「基本方針2003」においても、「デフレ克服に向け政府は日本銀行と一体となって強力かつ総合的に取り組む。この取組みを通じて、『改革と展望─2002年度改定』で示したように、集中調整期間の後にはデフレは克服できると見られる」としている。
  • 依然デフレ傾向が継続する中、日本銀行におかれては、2005年度のデフレ克服を目指す観点から実効性ある金融政策運営を行うことを期待する。長期金利の動向を含めた金融資本市場の安定の観点から、市場の安定により効果ある調節手段の実施も含め、適切かつ機動的な金融調節を行なって頂きたい。また、今後仮に一時的に消費者物価指数が前年比プラスになるような状況が生じたとしても、安定的にゼロ%以上となったことが確認されるまでは緩和措置を堅持するとの方針を、再度明らかにされることを期待する。

VI.採決

 以上の議論を踏まえ、大方の委員は、当面の金融市場調節方針については、当座預金残高目標を27〜30兆円程度とする現在の調節方針を維持することが適当である、との考え方を共有した。

 この間、ひとりの委員は、当座預金残高目標を30〜35兆円程度とすることが適当であるとの考え方を述べた。

 この結果、次の2つの議案が採決に付されることとなった。

 福間委員からは、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、「日本銀行当座預金残高が30〜35兆円程度となるよう金融市場調節を行う。なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。」との議案が提出された。

 採決の結果、反対多数で否決された(賛成1、反対8)。

 議長からは、会合における多数意見をとりまとめるかたちで、以下の議案が提出された。

議案(議長案)

 次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとし、別添2のとおり公表すること。

 日本銀行当座預金残高が27〜30兆円程度となるよう金融市場調節を行う。

 なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。

採決の結果

  • 賛成:福井委員、武藤委員、岩田委員、植田委員、田谷委員、須田委員、中原委員、春委員
  • 反対:福間委員

VII.金融経済月報「基本的見解」の検討

 当月の金融経済月報に掲載する「基本的見解」が検討され、採決に付された。採決の結果、「基本的見解」が全員一致で決定された。これを掲載した金融経済月報は9月16日に公表することとされた。

VIII.議事要旨の承認

前回会合(8月7、8日)の議事要旨が全員一致で承認され、9月18日に公表することとされた。

IX.先行き半年間の金融政策決定会合等の日程の承認

 最後に、2003年10月〜2004年3月における金融政策決定会合等の日程が別添3のとおり承認され、即日対外公表することとされた。

以上


(別添1)
2003年 9月12日
日本銀行

国債現先オペの期間延長の検討について

 現在、日本銀行の金融調節においては、手形買入れオペや短期国債買入れは最長期間が1年であるのに対し、国債現先オペ(国債及び短期国債の条件付売買)は最長期間が6か月となっている。本日の政策委員会・金融政策決定会合では、量的緩和政策のもとで金融市場の安定確保のため金融調節を機動的に行う観点から、国債現先オペの期間を延長することが適当ではないかとの意見が出された。これを受けて議長は、国債現先オペの期間延長につき検討し、次回決定会合で報告するよう、執行部に指示した。

以上


(別添2)
2003年 9月12日
日本銀行

当面の金融政策運営について

 日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を、以下のとおりとすることを決定した(賛成多数)。

 日本銀行当座預金残高が27〜30兆円程度となるよう金融市場調節を行う。

 なお、資金需要が急激に増大するなど金融市場が不安定化するおそれがある場合には、上記目標にかかわらず、一層潤沢な資金供給を行う。

以上


(別添3)
2003年 9月12日
日本銀行

金融政策決定会合等の日程(2003年10月〜2004年3月)
  会合開催 金融経済月報公表(注) (議事要旨公表)
2003年10月 10月 9日(木)・10日(金)
10月31日(金)
10月14日(火)
--
(11月27日(木))
(12月19日(金))
11月 11月20日(木)・21日(金) 11月25日(火) (12月19日(金))
12月 12月15日(月)・16日(火) 12月17日(水) ( 1月23日(金))
2004年 1月 1月19日(月)・20日(火) 1月21日(水) ( 3月 2日(火))
 2月 2月 5日(木)・ 6日(金)
 2月26日(木)
2月 9日(月)
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( 3月19日(金))
未定
 3月 3月15日(月)・16日(火) 3月17日(水) 未定
  • (注)「経済・物価の将来展望とリスク評価(2003年10月)」は、10月31日(金)に公表の予定。

以上