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政策委員会 金融政策決定会合 議事要旨 (2019年10月30、31日開催分)

2019年12月24日
日本銀行

本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、2019年12月18、19日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

開催要領

1.開催日時:
2019年10月30日(14:00~15:52)
 
10月31日( 9:00~12:25)
2.場所:
日本銀行本店
3.出席委員:
議長 黒田東彦 (総裁)
雨宮正佳 (副総裁)
若田部昌澄(  副総裁  )
原田 泰 (審議委員)
布野幸利 (  審議委員  )
櫻井 眞 (  審議委員  )
政井貴子 (  審議委員  )
鈴木人司 (  審議委員  )
片岡剛士 (  審議委員  )
4.政府からの出席者:
財務省 神田 眞人 大臣官房総括審議官(30日)
遠山 清彦 財務副大臣(31日)
 
内閣府 田和 宏  内閣府審議官(30日)
宮下 一郎 内閣府副大臣(31日)
(執行部からの報告者)
理事 前田栄治
理事 内田眞一
理事 池田唯一
企画局長 加藤 毅
企画局政策企画課長 飯島浩太
金融市場局長 清水誠一
調査統計局長 神山一成
調査統計局経済調査課長 川本卓司
国際局長 中田勝紀
(事務局)
政策委員会室長 松下 顕
政策委員会室企画役 山城吉道
企画局企画役 長野哲平
企画局企画役 東 将人
企画局企画役 法眼吉彦

1.金融経済情勢等に関する執行部からの報告の概要

1.最近の金融市場調節の運営実績

金融市場調節は、前回会合(9月18、19日)で決定された短期政策金利(-0.1%)および長期金利操作目標(注)に従って、長期国債の買入れ等による資金供給を行った。そのもとで、10年物国債金利はゼロ%程度で推移し、日本国債のイールドカーブは金融市場調節方針と整合的な形状となっている。

2.金融・為替市場動向

短期金融市場では、金利は、翌日物、ターム物とも、総じてマイナス圏で推移している。無担保コールレート(オーバーナイト物)は-0.07~-0.01%程度で推移している。ターム物金利をみると、短国レート(3か月物)は、海外投資家の需要増などから、低下している。

株価(日経平均株価)は、海外株価の動きに振らされつつも、幾分上昇し、最近では、22千円台後半で推移している。為替相場をみると、円の対ドル相場は概ね前回会合時点と同水準、対ユーロ相場は、英国のEU離脱交渉の展開等を背景に幾分円安・ユーロ高で推移している。

3.海外金融経済情勢

海外経済は、減速の動きが続いているが、総じてみれば緩やかに成長している。先行きについては、成長ペースの持ち直し時期が遅れるものの、その後は、各国のマクロ経済政策の効果発現やIT関連財のグローバルな調整の進捗などを背景に成長率を高め、総じてみれば緩やかに成長していくとみられる。

米国経済は、製造業部門に弱めの動きがみられるが、緩やかに拡大している。個人消費は、良好な雇用・所得環境や消費者マインドなどに支えられて、増加している。一方、米中貿易摩擦の拡大・長期化などから輸出は横ばい圏内の動きにとどまっているほか、製造業の業況感が悪化に転じたことなどを背景に、設備投資は弱めの動きが続いている。物価面をみると、インフレ率(PCEデフレーター)は、総合ベース、コアベースともに、前年比+1%台半ばで推移している。先行きの米国経済は、米中貿易摩擦の影響を受けるものの、緩和的な金融環境などに支えられ、緩やかな拡大を続けるとみられる。

欧州経済は、減速した状態が続いている。輸出は、弱めの動きが続いている。設備投資は、製造業の業況感が一段と悪化していることなどを背景に、横ばい圏内の動きにとどまっている。個人消費は、良好な雇用・所得環境や消費者マインドなどに支えられて、総じてみれば増加基調にある。物価面をみると、インフレ率(HICP)は総合ベース、コアベースともに前年比+1%近傍で推移している。先行きの欧州経済は、製造業部門の調整進捗に伴い、次第に減速した状態から脱していくと予想される。この間、英国経済は、EU離脱を控えた動きの影響などから、弱含んでいる。

新興国経済をみると、中国経済は、総じて安定した成長を続けているものの、製造業部門では引き続き弱さもみられている。物価面をみると、インフレ率(CPI)は、前年比+3%近傍で推移している。先行きの中国経済は、米中貿易摩擦や当局による債務抑制政策の影響を相応に受けるものの、当局がマクロ経済政策を段階的に実施するもとで、概ね安定した成長経路を辿るとみられる。NIEs・ASEANでは、輸出が中国向けを中心に弱めの動きとなっている一方、良好な消費者マインドやマクロ経済政策の効果などから、内需は底堅く推移している。ロシアやブラジルの景気は、インフレ率の落ち着きなどを背景に、振れを伴いつつも、緩やかに回復している。インドの景気は、個人消費や設備投資などが弱めの動きとなっていることから、減速している。

海外の金融市場をみると、米国の株価は、市場予想を下回る経済指標などを背景に下落する局面もみられたものの、その後は、米中通商交渉の進展期待などからリスクセンチメントが改善するもとで上昇し、前回会合時点と概ね同水準で推移している。米国の長期金利も、投資家のリスクセンチメントに振らされつつも、前回会合時点と概ね同水準で推移している。この間、欧州の株価と長期金利は、英国のEU離脱問題の進展期待などもあり、前回会合時点と比べて幾分上昇している。原油価格は、中東の地政学的リスクの高まりを受けて上昇していたが、上昇前の水準に戻っている。

4.国内金融経済情勢

(1)実体経済

わが国の景気は、輸出・生産や企業マインド面に海外経済の減速の影響が引き続きみられるものの、所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、基調としては緩やかに拡大している。先行きについては、当面、海外経済の減速の影響が続くものの、国内需要への波及は限定的となり、基調としては緩やかな拡大を続けるとみられる。

輸出は、弱めの動きが続いている。先進国向けは総じて増加基調を維持しているものの、新興国向けは弱めの動きを続けている。先行きの輸出は、海外経済の成長ペースの持ち直し時期が遅れるもとで、当面は、弱めの動きが続くと予想されるものの、その後は、海外経済の成長率の高まりに伴い、緩やかな増加基調に復していくとみられる。

公共投資は、やや長い目でみれば横ばい圏内で推移している。先行指標である公共工事請負金額や公共工事受注高は、このところ増加傾向が明確となっている。先行きについては、国土強靱化関連工事やオリンピック関連工事などを中心に、増加するとみられる。

企業収益は、一部に弱めの動きがみられるものの、総じて高水準で推移している。業況感は、製造業がはっきりと慎重化している一方、非製造業は総じて良好な水準を維持している。設備投資は、増加傾向を続けている。資本財総供給は、振れを伴いつつも緩やかな増加基調にある。建設工事出来高(民間非居住用)も、いったん増勢が鈍化しているが、やや長い目でみれば増加基調を続けている。先行きの設備投資は、当面、海外経済の減速の影響から製造業の機械投資を中心に幾分減速すると見込まれるが、やや長い目でみれば緩和的な金融環境などを背景に、緩やかに増加していくとみられる。

雇用・所得環境をみると、労働需給は引き締まった状態が続いており、雇用者所得も増加している。短観の雇用人員判断DIは、人手不足感のかなり強い状態が続いているほか、失業率は低水準で推移している。有効求人倍率はバブル期のピークを超えた高水準で推移しているが、足もとでは海外経済の減速の影響もあって若干低下している。

個人消費は、消費税率引き上げなどの影響による振れを伴いつつも、雇用・所得環境の着実な改善を背景に、緩やかに増加している。各種の販売・供給統計を合成した消費活動指数(実質・旅行収支調整済)をみると、このところ伸びが高まっている。先行きの個人消費は、消費税率引き上げなどの影響によりいったん減少すると見込まれる。ただし、前回増税時と比べると、税率引き上げ前の需要増の規模が抑制されていたことに加え、家計のネット負担額の増加も小幅であることから、10月以降の落ち込みは小幅なものにとどまると考えられる。その後は、雇用者所得の増加と株価上昇による資産効果に支えられて、基調としては、緩やかな増加を続けると見込まれる。

住宅投資は、横ばい圏内で推移している。新設住宅着工戸数をみると、持家や分譲戸建では、6月頃にかけて消費税率引き上げ前の需要増の影響から着工が増加したあと、足もとでは既に反動減が生じ始めている。この間、貸家は、節税・資産運用目的の需要減退や金融機関の融資姿勢の慎重化などを背景に、減少傾向を続けている。

鉱工業生産は、輸出は弱めの動きが続いている一方、国内需要が増加していることから、横ばい圏内の動きとなっている。先行きについては、当面は、輸出の弱さや消費税率引き上げの影響から下押しされると予想されるものの、やや長い目でみれば、海外経済の成長率の高まりに伴い、次第に緩やかな増加に転じていくとみられる。

物価面について、国内企業物価(夏季電力料金調整後)を3か月前比でみると、国際商品市況や為替相場の動きを反映して、下落している。消費者物価の前年比は、除く生鮮食品は0%台前半、除く生鮮食品・エネルギーは0%台半ばとなっている。先行きについて、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、当面、原油価格の下落の影響などを受けつつも、景気の拡大基調が続くもとで、マクロ的な需給ギャップがプラスの状態を続けることや中長期的な予想物価上昇率が高まることなどを背景に、2%に向けて徐々に上昇率を高めていくと考えられる。

(2)金融環境

わが国の金融環境は、きわめて緩和した状態にある。

予想物価上昇率は、横ばい圏内で推移している。長期金利から中長期の予想物価上昇率を差し引いた実質長期金利は、マイナスで推移している。

企業の資金調達コストは、きわめて低い水準で推移している。資金供給面では、企業からみた金融機関の貸出態度は、大幅に緩和した状態にある。CP・社債市場では、良好な発行環境が続いている。資金需要面をみると、設備投資向けや企業買収関連などの資金需要が増加している。以上のような環境のもとで、企業の資金調達動向をみると、銀行貸出残高の前年比は、2%台前半のプラスとなっている。CP・社債の発行残高の前年比は、10%を超える高めのプラスで推移している。企業の資金繰りは、良好である。

この間、マネタリーベースは、前年比で3%程度の伸びとなっている。マネーストックの前年比は、2%台半ばの伸びとなっている。

2.金融経済情勢と展望レポートに関する委員会の検討の概要

1.経済情勢

国際金融市場について、委員は、米中通商交渉や英国のEU離脱問題の進展期待の強まりなどを背景に、市場のリスクセンチメントは改善しており、最近では、一頃と比べて落ち着いて推移しているとの認識を共有した。そのうえで、委員は、引き続き不透明感が強い状況に変化はなく、米中通商交渉や英国のEU離脱問題の帰趨などを注視していく必要があるとの見方で一致した。この間、ある委員は、ここ数年間、為替相場などが一定のレンジ圏内で推移している背景には、主要先進国で緩和的な金融環境が維持されていることや、わが国の物価情勢がデフレではない状況となるもとで、購買力平価による長期的な調整圧力が変化していることなどがあると指摘した。ある委員は、各国の投資家は相対的に利回りの高い債券をグローバルに買い増しているため、世界的に低金利圧力がかかりやすく、今後も金利の低下傾向は続くとみられると述べた。

海外経済について、委員は、減速の動きが続いているが、総じてみれば緩やかに成長しているとの認識を共有した。多くの委員は、政治・経済の両面で不透明感が強い状況が続くもとで、グローバルな製造業PMIが50を下回り続けていることや、IMF見通しの下方修正などに言及しつつ、海外経済の成長ペースが鈍化した状況が続いているという認識を示した。複数の委員は、米欧や中国などでは、製造業におけるマインドの慎重化が、設備投資にも波及しつつあると述べた。もっとも、何人かの委員は、アジア各国でIT関連財の受注・在庫バランスが改善し始めるなど、前向きな動きも出始めていると指摘した。海外経済の先行きについて、委員は、成長ペースの持ち直し時期が遅れるものの、その後は、各国のマクロ経済政策の効果発現やIT関連財のグローバルな調整の進捗などを背景に、総じてみれば緩やかに成長していくとの認識を共有した。多くの委員は、米中貿易摩擦の拡大・長期化や新興国経済の減速などから、海外経済の成長ペースの持ち直し時期は、これまでの想定よりも半年程度遅れるという見方を共有した。

経済の現状と先行きを地域毎にみると、米国経済について、委員は、製造業部門に弱めの動きがみられるが、緩やかに拡大しているとの認識で一致した。何人かの委員は、製造業の業況感は引き続き悪化しているほか、非製造業のISM指数が市場予想を下回るなど、業況感の悪化に拡がりが出てきていると指摘した。もっとも、多くの委員は、良好な雇用・所得環境に支えられて、個人消費は堅調であり、全体としては底堅さを維持しているとの認識を示した。米国経済の先行きについて、委員は、米中貿易摩擦の影響を受けるものの、緩和的な金融環境などに支えられ、緩やかな拡大を続けるとの見方を共有した。そのうえで、何人かの委員は、米中通商交渉の帰趨や年末商戦の動向、先行きの金融政策運営などを注視していく必要があると述べた。

欧州経済について、委員は、減速した状態が続いているとの認識を共有した。何人かの委員は、雇用・所得環境や消費者マインドは良好さを維持しているものの、ドイツを中心に、生産・輸出が弱めの動きを続けていると指摘した。欧州経済の先行きについて、委員は、製造業部門の回復に伴い、次第に減速した状態から脱していくとの認識で一致した。複数の委員は、このところ、非製造業の業況感が慎重化してきており、先行き、製造業の減速が非製造業にも本格的に波及しないか注視していく必要があると述べた。何人かの委員は、英国のEU離脱問題の帰趨や、ドイツの財政政策を巡る動向も不確実であるため、先行き、欧州経済の回復が遅れる可能性があると述べた。

中国経済について、委員は、総じて安定した成長を続けているものの、製造業部門では引き続き弱さもみられているとの見方で一致した。何人かの委員は、当局の景気刺激策の効果がはっきりと確認できない中、米中貿易摩擦の拡大・長期化による影響などから、製造業部門を中心に減速していると指摘した。中国経済の先行きについて、委員は、米中貿易摩擦や当局による債務抑制政策の影響を相応に受けるものの、当局がマクロ経済政策を段階的に実施するもとで、概ね安定した成長経路を辿るとの見方を共有した。そのうえで、中国経済の成長ペースが回復してくる時期について、何人かの委員が、当局の景気刺激策の効果が発現するまでには、相応の時間がかかると見込まれることから、それに応じて後ずれするとの認識を示した。

新興国経済について、委員は、全体として緩やかな回復基調を維持しているが、一部新興国で個別要因から減速しているほか、NIEs・ASEANでは、中国向け輸出の弱さなどが景気の下押し要因となっているとの見方で一致した。先行きの新興国経済について、委員は、一部個別国における下押し要因の剥落に加え、各国のマクロ経済政策の効果発現もあって、全体として成長率が高まっていくとの認識で一致した。複数の委員は、今後、一部の国における下押し要因が剥落したとしても、成長ペースが高まっていくかは不確実性が大きく、今後の動向には注意が必要であると述べた。

わが国の金融環境について、委員は、きわめて緩和した状態にあるとの認識で一致した。委員は、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」のもとで、企業の資金調達コストはきわめて低い水準で推移しているほか、大企業、中小企業のいずれからみても、金融機関の貸出態度は引き続き積極的であるとの見方を共有した。

以上のような海外の金融経済情勢とわが国の金融環境を踏まえて、わが国の経済情勢に関する議論が行われた。

わが国の景気について、委員は、輸出・生産や企業マインド面に海外経済の減速の影響が引き続きみられるものの、所得から支出への前向きの循環メカニズムが働くもとで、基調としては緩やかに拡大しているとの見方で一致した。多くの委員は、わが国の内需は底堅く、これまでのところ、海外経済減速による影響の波及は限定的であると指摘したうえで、所得から支出への前向きの循環が働くという景気拡大の基本的なメカニズムは維持されているという認識を示した。複数の委員は、海外経済減速や消費税率引き上げの影響もあり、家計・企業のマインドが慎重化している点が気がかりであると述べた。何人かの委員は、台風19号など相次いだ天候不順が、物流や観光などに与える影響を注視していく必要があると指摘した。

輸出の現状について、委員は、弱めの動きが続いているとの見方で一致した。何人かの委員は、7~9月期の実質輸出は、振れの大きい船舶の押し上げなどの特殊要因によって、4~6月対比で増加したが、アジア地域における設備投資の減速などを反映して弱めの動きを続けている姿に変化はないという認識を示した。先行きの輸出について、委員は、海外経済の成長ペースの持ち直し時期が遅れるもとで、当面は、弱めの動きが続くと予想されるものの、その後は、海外経済の成長率の高まりに伴い、緩やかな増加基調に復していくとの見方を共有した。何人かの委員は、情報関連は、グローバルな調整の進捗から持ち直しの兆しが窺われる一方、自動車関連は、グローバルな自動車販売の不調などから、当面、弱めの動きが続くと見込まれると述べた。

公共投資について、委員は、やや長い目でみれば横ばい圏内で推移しているとの見解で一致した。先行きの公共投資について、委員は、国土強靱化関連工事やオリンピック関連工事などを中心に、増加するとの認識を共有した。

設備投資について、委員は、増加傾向を続けているとの見方で一致した。多くの委員は、9月短観における2019年度の設備投資計画はしっかりとした内容であったほか、支店長会議での報告などによれば、省力化投資や研究開発投資、都市再開発関連投資など、海外需要の変化の影響を相対的に受けにくい分野を中心に、企業の積極的な投資スタンスが維持されていると指摘した。もっとも、ある委員は、投資の底堅さはいったん着手した案件を中断しにくいことの表われにすぎず、需要増大を映じた力強いものではない可能性があるとの見方を示した。先行きの設備投資について、大方の委員は、機械受注などの先行指標の動きを踏まえると、当面、海外経済の減速の影響から製造業の機械投資を中心に幾分減速すると見込まれるが、やや長い目でみれば緩和的な金融環境などを背景に、緩やかに増加していくとの見方で一致した。これに対し、ある委員は、短観における企業の設備不足感がこのところ幾分緩和しているほか、輸出の弱さも相俟って、先行き、製造業を中心に設備投資はピークアウトする可能性があるとの見解を述べた。

雇用・所得環境について、委員は、労働需給は引き締まった状態が続いており、雇用者所得も増加しているとの認識を共有した。そのうえで、複数の委員は、名目賃金や雇用者所得の伸び率が低下しており、雇用・所得環境に変調がないか点検していく必要があると述べた。このうち、一人の委員は、海外経済の減速が続くもとで、新規求人倍率が鈍化している点には留意が必要であると述べた。

個人消費について、委員は、消費税率引き上げなどの影響による振れを伴いつつも、雇用・所得環境の着実な改善を背景に、緩やかに増加しているとの認識で一致した。多くの委員は、現時点で入手可能なスーパーの日次売上高やヒアリング情報などをみると、消費税率引き上げの影響は、前回よりも小幅にとどまっていると述べた。この点に関し、複数の委員は、足もと消費の基調は見えにくく、もう少しデータの蓄積を待って、前回のように消費停滞が長期化しないか注視していく必要があると述べた。先行きの個人消費について、委員は、消費税率引き上げなどの影響によりいったん減少すると見込まれるが、その後は、雇用者所得の増加と株価上昇による資産効果に支えられて、基調としては、緩やかな増加を続けるとの見方で一致した。ある委員は、先行きの消費を巡っては、消費税率引き上げの影響、消費の増加基調が緩慢なこと、消費者マインドが急速に慎重化していること、自然災害による影響などが気がかりであると述べた。

住宅投資について、委員は、横ばい圏内で推移しているとの認識で一致した。また、委員は、先行きの住宅投資について、目先、消費税率引き上げの影響から、いったん減少することが予想されるものの、雇用・所得環境の改善や低水準の住宅ローン金利などが下支えとなり、振れを均せば横ばい圏内の動きが続くとの認識を共有した。

鉱工業生産について、委員は、輸出は弱めの動きが続いている一方、国内需要が増加していることから、横ばい圏内の動きとなっているとの認識を共有した。先行きの生産について、委員は、当面は、輸出の弱さや消費税率引き上げの影響から下押しされると予想されるものの、やや長い目でみれば、海外経済の成長率の高まりに伴い、次第に緩やかな増加に転じていくとの認識で一致した。

物価面について、委員は、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、0%台前半となっているほか、消費者物価(除く生鮮食品・エネルギー)の前年比は、企業の慎重な賃金・価格設定スタンスなどを背景に、0%台半ばのプラスにとどまっているとの見方で一致した。委員は、消費者物価の前年比は、プラスで推移しているが、景気の拡大や労働需給の引き締まりに比べると、弱めの動きが続いているとの認識を共有した。複数の委員は、企業の業況感が慎重化していることもあり、国内企業物価指数や企業向けサービス価格指数の前年比が低下している点には留意が必要であると指摘した。もっとも、大方の委員は、内需が堅調を維持し、人手不足も続く中、プラスの需給ギャップを起点として、賃金・物価が緩やかに高まるという基本的なメカニズムは引き続き作動しているとの認識を共有した。消費税率引き上げ前後の物価動向について、何人かの委員は、スーパーの日次物価などをみると、税率引き上げ直前に、需要を取り込むために一時的に販売価格を引き下げる動きがみられたが、その後は、販売価格は消費税率を調整したベースでみて概ね元の水準まで戻っていることなどから、この点において物価の基調に大きな変化はみられていないと述べた。

2.経済・物価情勢の展望

2019年10月の「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)の作成にあたり、委員は、経済情勢の先行きの中心的な見通しについて、当面、海外経済の減速の影響が続くものの、国内需要への波及は限定的となり、2021年度までの見通し期間を通じて、景気の拡大基調が続くとの見方を共有した。わが国の輸出について、委員は、海外経済の成長ペースの持ち直し時期がこれまでの想定よりも遅れるとみられることから、当面、弱めの動きが続くとの見方で一致した。もっとも、委員は、先行き、海外経済は、各国のマクロ経済政策の効果発現やIT関連財のグローバルな調整の進捗などを背景に成長率を高めるとみられることから、輸出は緩やかな増加基調に復するとの認識を共有した。国内需要について、委員は、消費税率引き上げなどの影響を受けつつも、企業・家計の両部門において所得から支出への前向きの循環メカニズムが持続するもとで、増加基調を辿るとの認識を共有した。そのうえで、委員は、海外経済の減速の国内需要への影響は限定的なものにとどまるとの見方で一致した。こうした議論を経て、委員は、わが国経済は、先行き、いったん、潜在成長率を幾分下回る成長となると見込まれるが、その後は、緩やかに成長率を高めていくことから、均してみれば、潜在成長率並みの成長を続けるとの見方を共有した。そのうえで、委員は、2019年7月の展望レポートでの見通しと比べると、見通し期間の成長率は、海外経済の成長ペースの持ち直し時期の遅れから、幾分下振れているとの見方で一致した。

続いて、委員は、わが国の物価情勢について議論を行った。まず、景気の拡大や労働需給の引き締まりに比べて物価が弱めの動きを続けている背景について、委員は、基本的には、賃金・物価が上がりにくいことを前提とした考え方や慣行が根強く残っていることの影響が大きいとの認識を共有した。加えて、委員は、企業の生産性向上によるコスト上昇圧力の吸収に向けた取り組みや、近年の技術進歩、弾力的な労働供給などは、経済が拡大する中にあっても、企業が値上げに慎重な価格設定スタンスを維持することを可能にしているとの見解で一致した。この間、ある委員は、企業の投資スタンスが積極化したこともあり、わが国経済の外的ショックに対する頑健性は高まっており、物価も変動しにくい経済構造となりつつあると述べた。

次に、委員は、先行きの物価動向について、議論を行った。大方の委員は、当面、原油価格の下落の影響などを受けつつも、見通し期間を通じてマクロ的な需給ギャップがプラスの状態を続けることや中長期的な予想物価上昇率が高まることなどを背景に、2%に向けて徐々に上昇率を高めていくとの見方を共有した。これらの委員は、2019年7月の展望レポートでの見通しと比べると、見通し期間中の物価上昇率は、原油価格の下落などを背景に、見通し期間の前半を中心に下振れているとの見方で一致した。

更に、委員は、消費者物価の前年比が2%に向けて徐々に上昇率を高めていくメカニズムを、一般物価の動向を規定する主な要因に基づいて整理した。まず、マクロ的な需給ギャップについて、大方の委員は、先行き、海外経済の減速や消費税率引き上げなどの影響からプラス幅を縮小する局面もみられるものの、景気の拡大基調が続くもとで、均してみれば、現状程度の比較的大幅なプラスを維持するとの見方を共有した。次に、中長期的な予想物価上昇率について、大方の委員は、先行き上昇傾向を辿り、2%に向けて次第に収斂していくとの認識を共有した。その背景として、これらの委員は、(1)「適合的な期待形成」の面では、現実の物価上昇率の高まりが、予想物価上昇率を押し上げていくと期待されること、(2)「フォワードルッキングな期待形成」の面では、日本銀行が「物価安定の目標」の実現に強くコミットし金融緩和を推進していくことが、予想物価上昇率を押し上げていく力になると考えられることを指摘した。

委員は、経済・物価情勢の先行きの中心的な見通しに対する上振れ・下振れ要因についても議論を行った。まず、経済の上振れ・下振れ要因として、委員は、(1)海外経済の動向、(2)消費税率引き上げの影響、(3)企業や家計の中長期的な成長期待、(4)財政の中長期的な持続可能性の4点を挙げた。委員は、米中通商交渉やEU離脱問題の帰趨とそれらの影響、新興国経済の動向、ITサイクルの持ち直しペース、各種の地政学的リスク、こうしたもとでの国際金融市場の動向など、海外経済を巡る下振れリスクは大きく、前回展望レポート時と比べると、リスクは高まりつつあるとみられると判断した。そのうえで、委員は、わが国の企業や家計のマインドに与える影響も注視していく必要があるとの認識を共有した。何人かの委員は、海外経済を巡る不透明感が長引いていること自体に注意が必要であると述べた。ある委員は、企業や家計のマインドが更に慎重化しそれが定着すると、自己実現的に景気後退となる可能性があるとの見方を示した。消費税率引き上げの影響について、委員は、前回増税時と比べて小幅とみているが、消費者マインドや物価の動向によって変化し得ることから、引き続き注意する必要があるとの認識を共有した。こうした議論を経て、委員は、経済の見通しについては、海外経済の動向を中心に、下振れリスクの方が大きいとの認識で一致した。

次に、物価の上振れ・下振れ要因について、委員は、これまで議論したように、経済のリスク要因については、特に海外経済を巡る下振れリスクが高まりつつあるとみられるもとで、これが顕在化した場合には、物価にも相応の影響が及ぶ可能性があるとの認識で一致した。また、委員は、このほか、物価に固有の上振れ・下振れ要因として、(1)中長期的な予想物価上昇率の動向、(2)マクロ的な需給ギャップに対する価格の感応度、(3)為替相場の変動や国際商品市況の動向、の3点を挙げた。このうち、中長期的な予想物価上昇率の動向について、委員は、先行き上昇傾向を辿るとみているが、企業の賃金・価格設定スタンスが積極化してくるまでに予想以上に時間がかかり、現実の物価が弱めの推移を続ける場合には、適合的な期待形成を通じて、予想物価上昇率の高まりも遅れるリスクがあるとの見方で一致した。こうした議論を経て、委員は、物価の見通しについては、経済の下振れリスクに加えて、中長期的な予想物価上昇率の動向の不確実性などから下振れリスクの方が大きいとの認識を共有した。

3.当面の金融政策運営に関する委員会の検討の概要

金融政策運営に関する検討にあたり、委員は、まず、「物価安定の目標」に向けたモメンタムについて、前回会合以降に公表された短観をはじめとする各種経済指標や国際金融市場の動向なども踏まえつつ、評価を行った。初めに、「物価安定の目標」に向けたモメンタムを評価する際の主な要因のうち、マクロ的な需給ギャップについて、大方の委員は、引き締まった状態にある労働需給や高水準の資本稼働率を反映して比較的大幅なプラスとなっているとの認識を共有した。そのうえで、輸出が弱めの動きを続けることや消費税率引き上げなどの影響により、いったん、プラス幅を縮小するとみられるものの、見通し期間を通じて、景気の拡大基調が続くもとで、均してみれば現状程度のプラスを維持するとの見方を共有した。次に、中長期的な予想物価上昇率について、これらの委員は、指標ごとに動きが幾分異なるが、総じてみると、横ばい圏内で推移しているとしたうえで、先行きマクロ的な需給ギャップがプラスを維持していくもとで、上昇傾向を辿るという見方で一致した。ある委員は、予想物価上昇率に関する短観等のサーベイをみると、企業や家計の物価に対するスタンスが積極化する兆しも窺われており、先行き実際の物価上昇率が高まっていけば、中長期的な予想物価上昇率もそれに応じて上昇していくという見方を示した。何人かの委員は、家計の値上げ許容度や、消費関連業種の販売価格判断DIが改善傾向を続けていることも、先行き物価上昇率が高まるとの見通しを支持していると述べた。さらに、「物価安定の目標」に向けたモメンタムのその他の判断材料として、何人かの委員は、前回会合以降、米中通商交渉などの進展期待の強まりなどを背景に、リスクセンチメントが改善するもとで、原油価格や国際金融市場が落ち着いている点も指摘した。この間、ある委員は、内外経済のリスクと不確実性の高まりから、製造業を中心とした企業と家計のマインドが慎重化していることを踏まえると、「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れは相応にあるという見方を示した。また、一人の委員は、長短金利操作の導入以降、デフレには陥らないという意味で物価上昇のモメンタムは維持されているが、2%の物価目標に向けたモメンタムは維持されていないとの見方を述べた。こうした議論を経て、大方の委員は、(1)先行きの物価は、当面、原油価格下落の影響などを受けるものの、マクロ的な需給ギャップや中長期的な予想物価上昇率の動向などを踏まえると、「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れが一段と高まる状況ではないこと、(2)海外経済の下振れリスクは引き続き大きく、このリスクが顕在化した場合には、わが国の経済・物価にも相応の影響が及び得る状況にあり、引き続き注意が必要な情勢にあること、について認識を共有した。そのうえで、委員は、今回の点検結果を、「『物価安定の目標』に向けたモメンタムの評価」として対外公表することが適当であるとの認識で一致した。

以上の議論を踏まえて、委員は、金融政策の基本的な運営スタンスについて議論を行った。大方の委員は、「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れが一段と高まる状況ではないことから、現状の金融市場調節方針と資産買入れ方針を維持することが適当であるとの認識を共有した。多くの委員は、プラスの需給ギャップができるだけ長く持続するように、経済・物価・金融情勢を踏まえつつ、現在の政策のもとで、きわめて緩和的な金融環境を維持していくことが必要であると述べた。ある委員は、「物価安定の目標」の実現にはなお時間がかかることを踏まえると、強力な金融緩和を継続していく方針を対外的に強く発信すべきであると述べた。別の一人の委員は、経済・物価の下振れリスクが大きい現状を踏まえると、追加緩和の要否を引き続き検討すべきであると指摘した。そのうえで、この委員は、海外経済の影響を受けやすく、予想物価上昇率が物価安定の目標にアンカーされておらず、現実の物価上昇率と目標の距離が大きい日本こそ、予防的金融緩和論が一番妥当するのではないかと述べた。これに対し、何人かの委員は、今回は現行の金融緩和政策を維持することが適当であるが、先行き、「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れが高まる場合には、躊躇なく、追加の緩和策を講じる必要があると指摘した。複数の委員は、リスクシナリオの一環として、次なる景気後退に備えるべきであり、その際には、金融政策面での対応のほかにも、財政政策やその他の政策など、政府の経済政策との連携強化が一層重要になるという見方を示した。

さらに、委員は、政策金利のフォワードガイダンスについて、議論を行った。多くの委員は、海外経済の持ち直し時期が後ずれすることを踏まえると、「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れについて、注意が必要な状況がしばらく続くと指摘した。そのうえで、これらの委員は、先行き、相応の長い期間にわたって緩和方向を意識した政策運営をしていく必要があることが確認されたことを踏まえると、今回の会合で、現在のフォワードガイダンスの見直しを検討することが適当であると述べた。見直しの方向性に関し、何人かの委員は、これまでの情報発信との連続性の観点から、フォワードガイダンスを「物価安定の目標」に向けたモメンタムと関連付けるとともに、政策金利の下方バイアスを示すことで、7月の会合以降、緩和方向をより意識して政策運営を行っている日本銀行のスタンスを明確にすることができるとの見方を示した。これに対し、ある委員は、フォワードガイダンスは、物価上昇率の低下を容認しないスタンスが示されていること、内容が具体的であること、具体的な条件にもとづいて行動することが約束されていること、の3つの要件が満たされている、強力なものにすることが望ましいと述べた。

このほか、委員は、先行きの金融政策運営上の留意点についても議論を行った。複数の委員は、金融機関の財務状況は現時点では健全であるが、低金利環境が長期化することによる累積的な副作用に留意する必要があると指摘した。ある委員は、金融政策は、銀行経営ではなく、経済全体との関係で考えるべきであると指摘した。そのうえで、この委員は、「量的・質的金融緩和」導入後、銀行の当期純利益が増加したこともあり、銀行によっては職員数を増加させるところもあったが、この間、利益の改善をもたらした債券・株式売却益の増加や信用コストの低下は、職員数の増加とは関係ないため、採用した人材でどう利益を上げるかという視点が重要であると述べた。一人の委員は、長期金利が現状程度で長期間継続する場合、国民ニーズが高い終身保険や年金保険などの商品の提供を維持することが困難となり、生命保険業界としての社会的使命を果たせなくなる可能性があると述べた。そのうえで、この委員は、年金や投資信託は、円債運用において、金利が0.1%低下すると数百億円の収益減になる可能性があるほか、マイナス金利適用残高の約半分を占める信託銀行の残高は年金や投資信託からの受託財産であり、その分のマイナス金利は実質的に年金や投資信託が負担しているという見方を示した。

長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)について、委員は、前回会合以降、金融市場調節方針と整合的なイールドカーブが円滑に形成されているとの認識を共有した。

以上の議論を踏まえ、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、大方の委員は、以下の方針を維持することが適当であるとの見解を示した。

「短期金利:日本銀行当座預金のうち政策金利残高に-0.1%のマイナス金利を適用する。

長期金利:10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう、長期国債の買入れを行う。その際、金利は、経済・物価情勢等に応じて上下にある程度変動しうるものとし、買入れ額については、保有残高の増加額年間約80兆円をめどとしつつ、弾力的な買入れを実施する。」

これに対し、ある委員は、長期金利がある程度変動しうるとすることは、政策委員会が決定する金融市場調節方針として曖昧であるため、オペの運営次第では金利が必要以上に上昇し、現在のイールドカーブ・コントロールが想定している効果を阻害する惧れがあるとの意見を述べた。別のある委員は、短期政策金利を引き下げることで金融緩和を強化することが望ましいとの意見を述べた。

長期国債以外の資産の買入れについて、委員は、次回金融政策決定会合まで、(1)ETFおよびJ-REITについて、保有残高が、それぞれ年間約6兆円、年間約900億円に相当するペースで増加するよう買入れを行う。その際、資産価格のプレミアムへの働きかけを適切に行う観点から、市場の状況に応じて、買入れ額は上下に変動しうるものとすること、(2)CP等、社債等について、それぞれ約2.2兆円、約3.2兆円の残高を維持すること、が適当であるとの認識を共有した。

先行きの金融政策運営の考え方について、大方の委員は、(1)2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続する、(2)マネタリーベースについては、消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、拡大方針を継続する、(3)政策金利については、「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れに注意が必要な間、現在の長短金利の水準、または、それを下回る水準で推移することを想定している、(4)今後とも、金融政策運営の観点から重視すべきリスクの点検を行うとともに、経済・物価・金融情勢を踏まえ、「物価安定の目標」に向けたモメンタムを維持するため、必要な政策の調整を行う、(5)特に、海外経済の動向を中心に経済・物価の下振れリスクが大きいもとで、先行き、「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れが高まる場合には、躊躇なく、追加的な金融緩和措置を講じるとの方針を共有した。

これに対し、ある委員は、2%の物価目標の早期達成のためには、財政・金融政策の更なる連携が必要であり、日本銀行としては、政策金利のフォワードガイダンスを、物価目標と具体的に関連付けた強力なものに修正することが適当であるとの意見を述べた。

4.政府からの出席者の発言

政策金利のフォワードガイダンスに関する議論を踏まえ、政府出席者から、財務大臣および経済財政政策担当大臣と連絡を取るため、会議の一時中断の申し出があった。議長はこれを承諾した(11時32分中断、11時51分再開)。

財務省の出席者から、以下の趣旨の発言があった。

  • 本日提案のあった事項は、「物価安定の目標」の達成に向け、強力な金融緩和を継続する姿勢を示すものと受け止めており、本会合において、適切に判断して頂ければと思う。また、今回の提案を含め、金融政策運営の状況等について、引き続き、丁寧かつ積極的な説明に努めて頂きたい。
  • 今般の台風19号による災害被害を受け、予備費の使用を決定した。引き続き、被災地の復旧のため、政府一体となって、スピード感を持って、諸対策を今後進めていく。消費税率の引き上げについては、政策対応の効果もあり、2014年のような大きな駆け込み需要はみられない。今後とも、経済の動向をきめ細かく分析し、経済運営に万全を期していく方針である。
  • 日本銀行には、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」に沿って、引き続き、経済・物価・金融情勢を踏まえつつ、「物価安定の目標」の実現に向けて努力されることを期待する。

また、内閣府の出席者からは、以下の趣旨の発言があった。

  • わが国経済は輸出を中心に弱さが長引いているものの、緩やかに回復している。消費税率引き上げの影響は、前回に比べそれほど大きくないのではないかとみている。先行きについては、当面、弱さが残るものの、雇用・所得環境の改善が続く中で、各種政策の効果もあって、緩やかな回復が続くことが期待される。ただし、通商問題を巡る緊張、中国経済の先行き、英国のEU離脱などの海外経済の動向、金融資本市場の変動の影響、消費税率引き上げ後の消費者マインドの動向、相次いだ自然災害の影響に留意する必要がある。
  • 消費税率引き上げに対する各種政策の効果がしっかり発現するよう、引き続き着実に実行していく。そのうえで、世界経済の動向を注視するほか、消費税率引き上げ後の動向をきめ細かく把握し、必要があれば、機動的なマクロ経済政策を実行していく。また、相次いだ自然災害による被災者への生活支援および被災地の復旧・復興を迅速に進めていく。
  • 日本銀行には、経済・物価・金融情勢を踏まえつつ、物価安定目標の実現に向けて、金融緩和を着実に推進していくことを期待する。今回のフォワードガイダンスの変更は、「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れがある場合の対応を明確化するため提案されたものと認識しており、その趣旨について、対外的に丁寧に説明して頂くことが重要と考える。

5.採決

1.「物価安定の目標」に向けたモメンタムの評価

「『物価安定の目標』に向けたモメンタムの評価」の文案が検討され、多数意見が形成された。

議長からは、こうした多数意見を取りまとめるかたちで、「『物価安定の目標』に向けたモメンタムの評価」の議案が提出された。

採決の結果、賛成多数で決定された。

採決の結果

賛成:
黒田委員、雨宮委員、若田部委員、原田委員、布野委員、櫻井委員、政井委員、鈴木委員
反対:
片岡委員

片岡委員は、物価上昇率の実績値、需給ギャップ、予想物価上昇率の動向を踏まえると、「物価安定の目標」に向けたモメンタムはすでに損なわれているとして反対した。

2.金融市場調節方針

以上の議論を踏まえ、議長から、委員の多数意見を取りまとめるかたちで、以下の議案が提出され、採決に付された。

採決の結果、賛成多数で決定された。

金融市場調節方針に関する議案(議長案)

次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとすること。

  1. 日本銀行当座預金のうち政策金利残高に-0.1%のマイナス金利を適用する。
  2. 10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう、長期国債の買入れを行う。その際、金利は、経済・物価情勢等に応じて上下にある程度変動しうるものとし、買入れ額については、保有残高の増加額年間約80兆円をめどとしつつ、弾力的な買入れを実施する。

採決の結果

賛成:
黒田委員、雨宮委員、若田部委員、布野委員、櫻井委員、政井委員、鈴木委員
反対:
原田委員、片岡委員

原田委員は、長期金利が上下にある程度変動しうるものとすることは、政策委員会の決定すべき金融市場調節方針として曖昧すぎるとして反対した。片岡委員は、短期政策金利を引き下げることで金融緩和を強化することが望ましいとして反対した。

3.資産買入れ方針

議長から、委員の見解を取りまとめるかたちで、次回金融政策決定会合まで、(1)ETFおよびJ-REITについて、保有残高が、それぞれ年間約6兆円、年間約900億円に相当するペースで増加するよう買入れを行う。その際、資産価格のプレミアムへの働きかけを適切に行う観点から、市場の状況に応じて、買入れ額は上下に変動しうるものとする、(2)CP等、社債等について、それぞれ約2.2兆円、約3.2兆円の残高を維持する、との資産買入れ方針とすることを内容とする議案が提出され、採決に付された。

採決の結果、全員一致で決定された。

採決の結果

賛成:
黒田委員、雨宮委員、若田部委員、原田委員、布野委員、櫻井委員、政井委員、鈴木委員、片岡委員
反対:
なし

4.対外公表文(「当面の金融政策運営について」)

以上の議論を踏まえ、対外公表文が検討された。この間、片岡委員からは、2%の物価目標の早期達成のためには、財政・金融政策の更なる連携が必要であり、日本銀行としては、政策金利のフォワードガイダンスを、物価目標と具体的に関連付けた強力なものに修正することが適当であるとの意見が表明された。

こうした検討を経て、議長からは、対外公表文(「当面の金融政策運営について」<別紙>)が提案され、採決に付された。採決の結果、全員一致で決定され、会合終了後、直ちに公表することとされた。また、「『物価安定の目標』に向けたモメンタムの評価」を決定する際の背景となる一連の分析を取りまとめた資料についても、会合終了後、直ちに公表することとされた。

6.「経済・物価情勢の展望」の検討

続いて、「経済・物価情勢の展望」の「基本的見解」の文案が検討され、多数意見が形成された。

議長からは、こうした多数意見を取りまとめるかたちで、「基本的見解」の議案が提出された。

採決の結果、賛成多数で決定され、会合終了後、直ちに公表することとされた。また、背景説明を含む全文は、11月1日に公表することとされた。なお、片岡委員は、消費者物価の前年比について、先行き、2%に向けて上昇率を高めていく可能性は現時点では低いとして、物価の見通しに関する記述に反対した。

採決の結果

賛成:
黒田委員、雨宮委員、若田部委員、原田委員、布野委員、櫻井委員、政井委員、鈴木委員
反対:
片岡委員

7.議事要旨の承認

議事要旨(2019年9月18、19日開催分)が全員一致で承認され、11月6日に公表することとされた。

以上


  • (注)「10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう、長期国債の買入れを行う。その際、金利は、経済・物価情勢等に応じて上下にある程度変動しうるものとし 、買入れ額については、保有残高の増加額年間約80兆円をめどとしつつ、弾力的な買入れを実施する。」 本文に戻る

別紙

2019年10月31日
日本銀行

当面の金融政策運営について

  1. 日本銀行は、本日の政策委員会・金融政策決定会合において、「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れについて、一段と高まる状況ではないものの、引き続き、注意が必要な情勢にあると判断した1。こうした認識を明確にする観点から、以下のとおり、新たな政策金利のフォワードガイダンスを決定した(注1)

    日本銀行は、政策金利については、「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れに注意が必要な間、現在の長短金利の水準、または、それを下回る水準で推移することを想定している。

  2. 金融市場調節方針および資産買入れ方針については、以下のとおり決定した。
    1. (1)長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)(賛成7反対2)(注2)

      次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針は、以下のとおりとする。

      短期金利:
      日本銀行当座預金のうち政策金利残高に-0.1%のマイナス金利を適用する。
      長期金利:
      10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう、長期国債の買入れを行う。その際、金利は、経済・物価情勢等に応じて上下にある程度変動しうるものとし2、買入れ額については、保有残高の増加額年間約80兆円をめどとしつつ、弾力的な買入れを実施する。
    2. (2)資産買入れ方針(全員一致)

      長期国債以外の資産の買入れについては、以下のとおりとする。

      1. (1)ETFおよびJ-REITについて、保有残高が、それぞれ年間約6兆円、年間約900億円に相当するペースで増加するよう買入れを行う。その際、資産価格のプレミアムへの働きかけを適切に行う観点から、市場の状況に応じて、買入れ額は上下に変動しうるものとする。
      2. (2)CP等、社債等について、それぞれ約2.2兆円、約3.2兆円の残高を維持する。
  3. 日本銀行は、2%の「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続する。マネタリーベースについては、消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、拡大方針を継続する。今後とも、金融政策運営の観点から重視すべきリスクの点検を行うとともに、経済・物価・金融情勢を踏まえ、「物価安定の目標」に向けたモメンタムを維持するため、必要な政策の調整を行う。特に、海外経済の動向を中心に経済・物価の下振れリスクが大きいもとで、先行き、「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れが高まる場合には、躊躇なく、追加的な金融緩和措置を講じる。

以上


  1. (注1)片岡委員は、2%の物価目標の早期達成のためには、財政・金融政策の更なる連携が必要であり、日本銀行としては、政策金利のフォワードガイダンスを、物価目標と具体的に関連付けた強力なものに修正することが適当であるとして反対した。 本文に戻る
  2. (注2)賛成:黒田委員、雨宮委員、若田部委員、布野委員、櫻井委員、政井委員、鈴木委員。反対:原田委員、片岡委員。原田委員は、長期金利が上下にある程度変動しうるものとすることは、政策委員会の決定すべき金融市場調節方針として曖昧すぎるとして反対した。片岡委員は、短期政策金利を引き下げることで金融緩和を強化することが望ましいとして反対した。 本文に戻る

  1. 本日の政策委員会・金融政策決定会合では、前回会合で示した方針に基づき、経済・物価動向を改めて点検し、「物価安定の目標」に向けたモメンタムを評価した。その結果は、別紙のとおりである。 本文に戻る
  2. 金利が急速に上昇する場合には、迅速かつ適切に国債買入れを実施する。 本文に戻る

(別紙)

「物価安定の目標」に向けたモメンタムの評価(注3)

日本銀行では、前回の金融政策決定会合において、このところ、海外経済の減速の動きが続き、その下振れリスクが高まりつつあるとみられるもとで、「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れについて、より注意が必要な情勢になりつつあると判断した。こうした情勢にあることを念頭に置きながら、今回の金融政策決定会合では、「物価安定の目標」に向けたモメンタムを評価する際の主な要因である「マクロ的な需給ギャップ」と「中長期的な予想物価上昇率」等に関して、以下のとおり点検を行った。そのうえで、日本銀行では、「物価安定の目標」に向けたモメンタムが損なわれる惧れについて、一段と高まる状況ではないものの、引き続き、注意が必要な情勢にあると判断した。

  1. マクロ的な需給ギャップ

    マクロ的な需給ギャップは、いったん、プラス幅を縮小するとみられる。もっとも、見通し期間を通じて、景気の拡大基調が続くもとで、マクロ的な需給ギャップは、均してみれば現状程度のプラスを維持すると考えられる。

    海外経済については、米中貿易摩擦の拡大・長期化や、中国をはじめとする新興国・資源国経済において減速の動きが続いていることなどから、成長ペースの持ち直し時期がこれまでの想定よりも遅れるとみられる。わが国経済については、そうしたもとで、輸出の弱めの動きが続くことや、消費税率引き上げなどの影響もあることから、いったん、潜在成長率を幾分下回る成長となり、マクロ的な需給ギャップのプラス幅は縮小することが見込まれる。

    もっとも、2021年度までの見通し期間を通じてみると、設備投資は、海外経済の減速の影響から、製造業を中心にいったん増勢が鈍化するものの、都市再開発関連投資、省力化投資、研究開発投資などを中心に、緩やかな増加を続けると予想される。個人消費は、消費税率引き上げの影響が小幅にとどまるもとで、雇用・所得環境の改善が続くことなどから、緩やかな増加傾向をたどるとみられる。このように、国内需要については、海外経済の減速の波及は限定的となり、増加基調をたどると考えている。また、海外経済についても、各国のマクロ経済政策の効果発現やIT関連財のグローバルな調整の進捗などを背景に、先行き、成長率を高めると予想される。そうしたもとで、わが国経済は、見通し期間を通じて、拡大基調が続き、均してみれば、潜在成長率並みの成長を続け、マクロ的な需給ギャップは、現状程度のプラスを維持するとみられる。

  2. 中長期的な予想物価上昇率

    中長期的な予想物価上昇率は、指標ごとに動きが幾分異なるが、総じてみると、横ばい圏内で推移している。先行き、マクロ的な需給ギャップがプラスを維持していくもとで、中長期的な予想物価上昇率は、上昇傾向をたどると考えられる。

    中長期的な予想物価上昇率をみると、一部で弱めの動きがみられる一方で、上昇の動きを示す指標もみられるなど、指標ごとに動きが幾分異なるが、総じてみると、横ばい圏内で推移している。また、家計の値上げ許容度や企業の価格設定スタンスといった、家計や企業の物価に対するスタンスをみると、依然として慎重さは残るものの、積極化の兆しもみられている。

    先行き、景気の拡大基調が続き、マクロ的な需給ギャップがプラスを維持していくもとで、雇用・所得環境の改善が続いていけば、家計の値上げ許容度は徐々に高まり、企業も価格設定スタンスを次第に積極化していくことが見込まれる。家計や企業の物価に対するスタンスが積極化していけば、現実の物価上昇率の伸びを通じて、「適合的な期待形成」の面で、中長期的な予想物価上昇率を押し上げていくと期待される。また、日本銀行が「物価安定の目標」の実現に強くコミットし金融緩和を推進していくことが、「フォワードルッキングな期待形成」の面で、中長期的な予想物価上昇率を押し上げていく力になると考えられる。

    こうしたもとで、中長期的な予想物価上昇率は、先行き、上昇傾向をたどり、2%に向けて次第に収斂していくとみられる。

  3. 原油価格や国際金融市場の動向等
    輸入物価を含め価格全般に影響を及ぼす原油価格や国際金融市場の動向を確認すると、原油価格は、今年の春頃に比べると下落した水準にあるが、夏場以降は、振れを伴いつつも、横ばい圏内で推移している。また、国際金融市場は、米中貿易摩擦や世界経済の減速に対する懸念などを背景に、リスク回避的な動きが続いていたが、最近は、ひと頃に比べると、落ち着いて推移している。
  4. 留意点
    物価の動向に関しては、マクロ的な需給ギャップ、中長期的な予想物価上昇率のどちらの面からも不確実性が大きい状況が続いている。特に、海外経済について、下振れリスクが高まりつつあるとみられるもとで、成長ペースの持ち直し時期がさらに遅れたり、一段と減速するなど、下振れリスクが顕在化した場合には、マクロ的な需給ギャップなどの経路を通じて、物価にも相応の影響が及ぶ可能性がある点には留意しなければならない。また、今後の原油価格や国際金融市場の展開によっては、物価にも影響が及ぶ可能性があるため、注視する必要がある。

以上


  1. (注3)賛成:黒田委員、雨宮委員、若田部委員、原田委員、布野委員、櫻井委員、政井委員、鈴木委員。反対:片岡委員。片岡委員は、物価上昇率の実績値、需給ギャップ、予想物価上昇率の動向を踏まえると、「物価安定の目標」に向けたモメンタムはすでに損なわれているとして反対した。 本文に戻る