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政策委員会 金融政策決定会合 議事要旨 (2023年7月27、28日開催分)

2023年9月27日
日本銀行

本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、2023年9月21、22日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。

開催要領

1.開催日時:
2023年7月27日(14:00から16:06)
 
7月28日( 9:00から12:21)
2.場所:
日本銀行本店
3.出席委員:
議長 植田和男 (総裁)
  • 氷見野良三(副総裁)
  • 内田眞一 ( 副総裁 )
  • 安達誠司 (審議委員)
  • 中村豊明 ( 審議委員 )
  • 野口 旭 ( 審議委員 )
  • 中川順子 ( 審議委員 )
  • 高田 創 ( 審議委員 )
  • 田村直樹 ( 審議委員 )
4.政府からの出席者:
  • 財務省 坂本 基 大臣官房総括審議官(27日)
  • 秋野公造 財務副大臣(28日)
  • 内閣府 井上裕之 内閣府審議官(27日)
  • 藤丸 敏 内閣府副大臣(28日)
(執行部からの報告者)
  • 理事 清水季子
  • 理事 貝塚正彰
  • 理事 高口博英
  • 理事 清水誠一
  • 企画局長 中村康治
  • 企画局政策企画課長 中嶋基晴
  • 金融機構局長 正木一博
  • 金融市場局長 藤田研二
  • 調査統計局長 大谷 聡
  • 調査統計局経済調査課長 長野哲平
  • 国際局長 神山一成
(事務局)
  • 政策委員会室長 倉本勝也
  • 政策委員会室企画役 木下尊生
  • 企画局企画役 安藤雅俊
  • 企画局企画役 丸尾優士
  • 企画局企画役 北原 潤

1.金融経済情勢に関する執行部からの報告の概要

1.最近の金融市場調節の運営実績

金融市場調節は、前回会合(6月15、16日)で決定された短期政策金利(-0.1%)および長期金利操作目標(注)に従って、国債買入れを行った。また、前回会合で決定された長短金利操作の運用方針に従って、10年物国債を対象とする0.5%の利回りでの固定利回り方式による国債買入れ(指値オペ)を毎営業日実施した。このほか、チーペスト銘柄を対象とする指値オペを毎営業日実施した。これらの金融市場調節のもとで、10年物国債金利はゼロ%程度で推移している。前回会合以降のイールドカーブをみると、引き続き総じてスムーズな形状となっている。

前回会合で決定された資産買入れ方針に従って、ETFやJ-REIT、CP・社債等の買入れを運営した。

2.金融・為替市場動向

短期金融市場では、金利は、翌日物、ターム物とも、総じてマイナス圏で推移している。翌日物金利のうち、無担保コールレートは-0.077から-0.009%程度、GCレポレートは-0.095から-0.067%程度で推移している。ターム物金利をみると、短国レート(3か月物)は、期間を通じてみれば、概ね横ばいとなっている。

わが国の株価(TOPIX)は、概ね横ばいとなった。長期金利(10年物国債金利)は、長短金利操作のもとで、ゼロ%程度で推移している。なお、国債市場の流動性指標をみると、多くの指標で、昨年前半に比べれば総じて悪化した状態が続いている。もっとも、昨年末から本年3月中旬頃にかけてみられた悪化局面との対比では、改善方向の動きが続いている。為替相場をみると、円の対ドル相場は概ね横ばいとなった。この間、円の対ユーロ相場は、円安方向の動きとなった。

3.海外金融経済情勢

海外経済は、回復ペースが鈍化している。米国経済は、FRBによる利上げの継続を受けて、減速傾向が続いているものの、個人消費はサービスを中心になお底堅さがみられている。欧州経済は、ひと頃と比べてエネルギー供給懸念は緩和しているものの、ウクライナ情勢の影響が続くもとで、緩やかな減速が続いている。中国経済は、経済活動の正常化が進むもとで、サービス消費が底堅く推移しているものの、外需の減速や不動産市場の調整の影響などから、持ち直しのペースは鈍化している。中国以外の新興国・資源国経済は、内需の緩やかな改善が続いているものの、IT関連財を中心に輸出が減速しており、総じてみれば改善ペースが鈍化している。

先行きの海外経済は、世界的なインフレ圧力が残存し、各国中央銀行による利上げの影響が続く中、当面、回復ペースが鈍化した状態が続くとみられる。その後は、金融引き締めを通じたインフレ抑制の効果が現れるもとで、海外経済は徐々に持ち直していくと考えられる。先行きの見通しを巡っては、世界的なインフレ圧力のほか、ウクライナ情勢の帰趨や中国経済の動向について、不確実性がきわめて高い。

海外の金融市場をみると、米国では、市場予想を上回る経済指標と下回る物価指標が交互に公表される中、長期金利は期間を通してみれば幾分上昇し、株価も上昇した。一方、欧州では、長期金利、株価とも、横ばい圏内で推移した。この間、新興国通貨は、一部通貨の大幅な減価を主因に、全体でも下落した。原油価格は、一部産油国の減産に関する報道などを受けて、上昇した。

4.国内金融経済情勢

(1)実体経済

わが国の景気は、緩やかに回復している。先行きについては、当面は、海外経済の回復ペース鈍化による下押し圧力を受けるものの、ペントアップ需要の顕在化に加え、緩和的な金融環境や政府の経済対策の効果などにも支えられて、緩やかな回復を続けるとみられる。

輸出や生産は、海外経済の回復ペース鈍化の影響を受けつつも、供給制約の影響の緩和に支えられて、横ばい圏内の動きとなっており、先行きも、当面は同様の動きが続くとみられる。その後は、海外経済が持ち直していくもとで、増加基調に復していくと見込まれる。

企業収益は、全体として高水準で推移しており、業況感は緩やかに改善している。こうしたもとで、設備投資は、緩やかに増加している。先行きの設備投資は、企業収益が全体として高水準を維持するもとで、増加を続けると予想される。

個人消費は、物価上昇の影響を受けつつも、緩やかなペースで着実に増加している。消費活動指数(実質・旅行収支調整済)をみると、5月までは、月々の振れを伴いつつも増加傾向にある。企業からの聞き取り調査や高頻度データに基づくと、6月以降の個人消費は、物価上昇や悪天候の影響はみられるが、サービスを中心に緩やかな増加傾向を続けているとみられる。所得環境が緩やかに改善するもとで、消費者マインドも改善傾向をたどっており、これまでのところ、物価高が続く中でも、個人消費の足取りはしっかりとしている。先行きも、物価上昇の影響を受けつつも、名目雇用者所得の改善が続くもとで、行動制限下で積み上がった貯蓄にも支えられて、緩やかな増加を続けると予想される。

雇用・所得環境は、緩やかに改善している。就業者数をみると、正規雇用は、人手不足感の強い医療・福祉や情報通信等を中心に、緩やかに増加している。非正規雇用は、対面型サービス業などを中心に、均してみれば緩やかな増加傾向にある。一人当たり名目賃金は、経済活動の回復を反映して、緩やかに増加している。本年の春季労使交渉について、経営側からの回答をみると、定昇を含む賃上げ率は3%台半ばと、前年の2%程度から大きく上昇し、1993年以来の水準となっている。先行きの雇用者所得は、名目賃金の伸び率上昇を反映して、はっきりとした増加を続けると考えられる。実質ベースでも、物価上昇率の低下もあって、マイナス幅は縮小傾向をたどり、次第にプラスに転化していくと見込まれる。

物価面について、商品市況は、総じてみれば横ばい圏内の動きとなっている。国内企業物価の3か月前比は、既往の資源高の影響が徐々に和らぐもとで、下落している。消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、政府の経済対策によるエネルギー価格の押し下げ効果などによって、ひと頃に比べればプラス幅を縮小しているものの、既往の輸入物価の上昇を起点とする価格転嫁の影響から、足もとは3%台前半となっている。予想物価上昇率は、再び上昇の動きがみられている。先行きの消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、既往の輸入物価の上昇を起点とする価格転嫁の影響が減衰していくもとで、プラス幅を縮小していくと予想される。

(2)金融環境

わが国の金融環境は、緩和した状態にある。

資金需要面をみると、経済活動の回復や既往の原材料コスト高を背景に、緩やかに増加している。資金供給面では、企業からみた金融機関の貸出態度は、緩和した状態にある。CP市場では、良好な発行環境となっている。社債市場では、需給環境に改善の動きがみられる中で、総じて良好な発行環境となっている。企業の資金調達コストは、きわめて低い水準で推移している。こうした中、銀行貸出残高の前年比は、3%台半ばとなっている。CP・社債計の発行残高の前年比は、プラス幅の縮小を続けており、1%台半ばとなっている。企業倒産は、このところ増加しているものの、なお低水準で推移している。企業の資金繰りは、経済活動の回復を背景に、改善している。

この間、マネタリーベースは、新型コロナウイルス感染症対応金融支援特別オペ(コロナオペ)の残高の減少による影響が減衰していることから、前年比マイナス幅は縮小している。マネーストックの前年比は、2%台半ばとなっている。

(3)金融システム

わが国の金融システムは、全体として安定性を維持している。

大手行の収益は、海外金利上昇を背景とした有価証券関係損益の悪化がみられるものの、貸出残高の増加を背景とした資金利益の増加や、手数料収入の増加などを背景に、堅調に推移している。この間、信用コストは、総じてみれば低水準となっている。自己資本比率は、引き続き規制水準を十分に上回っている。

地域銀行の収益は、海外金利上昇を背景とした有価証券関係損益の悪化が下押しに作用しているものの、信用コストの減少に加え、経費の減少などによるコア業務純益の改善にも支えられ、前年に比べて増加している。信用金庫の収益は、有価証券関係損益の悪化を背景に、前年に比べ減少している。地域銀行・信用金庫の信用コストは、低水準となっている。自己資本比率は、引き続き規制水準を十分に上回っている。

金融循環面では、金融システムレポートで示しているヒートマップを構成する全14 指標のうち、実体経済活動との対比でみた金融機関の与信量等の3指標について、過熱方向にトレンドから乖離した状態となっている。これらは、手元資金を厚めに確保しようとする企業の行動を主な要因としており、金融活動の過熱感を表すものとはみられない。ただし、金融機関与信が実体経済活動から大きく乖離することがないか、引き続き注視する必要がある。

2.金融経済情勢と展望レポートに関する委員会の検討の概要

1.経済・物価情勢の現状

国際金融資本市場について、委員は、米欧の金融政策や世界経済の先行きを巡る不確実性が引き続き意識されているものの、米国における堅調な経済指標や物価上昇率の鈍化などを受けて、市場センチメントは改善した状態が続いているとの認識で一致した。

海外経済について、委員は、回復ペースが鈍化しているとの認識を共有した。ある委員は、地政学的リスクも重石となり、米欧中の製造業PMIは50を下回っていると付け加えた。

米国経済について、委員は、FRBによる利上げの継続を受けて、減速傾向が続いているものの、個人消費はサービスを中心になお底堅さがみられているとの認識で一致した。何人かの委員は、労働需給や物価の動向等を踏まえると、ハードランディングに陥るリスクは以前に比べれば低くなってきたが、当面、景気は減速を続けるとの見方を示した。

欧州経済について、委員は、ひと頃と比べてエネルギー供給懸念は緩和しているものの、ウクライナ情勢の影響が続くもとで、緩やかな減速が続いているとの認識を共有した。複数の委員は、ECBが利上げを続ける中、経済の減速は続くとの見解を示した。

中国経済について、委員は、経済活動の正常化が進むもとで、サービス消費が底堅く推移しているものの、外需の減速や不動産市場の調整の影響などから、持ち直しのペースは鈍化しているとの見方を共有した。

中国以外の新興国・資源国経済について、委員は、内需の緩やかな改善が続いているものの、IT関連財を中心に輸出が減速しており、総じてみれば改善ペースが鈍化しているとの認識を共有した。ある委員は、インド経済は今後成長が期待されるだけに、注視していく必要があるとの見方を示した。

わが国の金融環境について、委員は、緩和した状態にあるとの認識で一致した。また、委員は、企業の資金調達コストはきわめて低い水準で推移しており、外部資金の調達環境も総じて良好な状態にあるという見方を共有した。

以上のような海外の金融経済情勢とわが国の金融環境を踏まえて、わが国の経済・物価情勢に関する議論が行われた。

わが国の景気について、委員は、緩やかに回復しているとの認識で一致した。一人の委員は、海外経済は回復ペースが鈍化しているが、わが国の企業や家計の景況感は改善傾向にあり、設備投資も増加しているとの認識を示した。別のある委員は、ペントアップ需要の顕在化、インバウンド需要の拡大、さらには地政学的リスクや人手不足への対応も企図した民間設備投資の拡大などが、回復を支えているとの見方を示した。

輸出や生産について、委員は、海外経済の回復ペース鈍化の影響を受けつつも、供給制約の影響の緩和に支えられて、横ばい圏内の動きとなっているとの認識を共有した。

設備投資について、委員は、企業収益が全体として高水準で推移するもとで、緩やかに増加しているとの認識で一致した。複数の委員は、企業の投資意欲の底堅さの背景には、低水準の実質金利などの緩和的な金融環境や高水準の収益があるとの見方を示した。ある委員は、1990年代後半以降、投資抑制を受けた企業部門での恒常的な貯蓄余剰の定着が経済停滞の一因であったと考えており、それが解消されつつあるのか、注目していく必要があると指摘した。

個人消費について、委員は、物価上昇の影響を受けつつも、緩やかなペースで着実に増加しているとの認識で一致した。ある委員は、これまでのところマクロデータで確認される個人消費の回復ペースは緩やかだが、人流データや小売業界の決算情報などからは、消費活動の改善が窺われるとの見方を示した。

雇用・所得環境について、委員は、緩やかに改善しているとの見方を共有した。何人かの委員は、企業経営者からは人材確保のため賃上げが必要との声が多く聞かれ始めており、所得環境にも前向きな動きがみられているとの見方を示した。こうしたもとで、複数の委員は、単年度ではなく、将来にわたる賃上げを約束する企業が出てきていることを指摘した。このうち一人の委員は、人材の獲得、係留のためには、このような工夫・取り組みが必要な状況にあり、経済の好循環を一段と進めるものと期待できるとの見解を示した。もう一人の委員は、こうした企業の動きの背景としては、人手不足の強まりから、賃金上昇率が非線形的に高まり出した可能性もあると付け加えた。別のある委員は、より高い賃金を求める自発的離職が増加しており、先行き、米国のように、転職の動きが求人倍率の上昇を伴いつつ賃金を押し上げるかどうか注視していきたいと述べた。

物価面について、委員は、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、政府の経済対策によるエネルギー価格の押し下げ効果などによって、ひと頃に比べればプラス幅を縮小しているものの、既往の輸入物価の上昇を起点とする価格転嫁の影響から、足もとは3%台前半となっているとの評価で一致した。委員は、足もとの物価上昇率は、4月の展望レポートにおける想定よりも上振れているとの認識を共有した。その背景として、何人かの委員は、既往の原材料価格上昇等を価格に転嫁する動きが、食料品や日用品などの財を中心に継続していることを指摘した。この点に関連し、ある委員は、財価格の上昇幅は、既往の輸入物価上昇分を転嫁したら実現する程度であるほか、サービス価格は概ね賃金上昇に伴うコスト増をカバーする程度の水準にあり、これらコスト上昇分を大きく上回る水準まで上昇した米国や英国とはかなり差があるとの認識を示した。別の委員は、財価格の上昇は大きいが、ユニット・レーバー・コストやユニット・プロフィットの上昇幅は限られ、輸入物価起点の物価上昇との色彩が強いと述べた。他方、複数の委員は、サービス価格についても、粘着性の高い家賃等を除くと、上昇ペースが高めとなっていると指摘した。一人の委員は、わが国では中長期の予想物価上昇率が緩やかに上昇する過程にあると指摘したうえで、予想物価の変化を十分に考慮できてこなかったことが、輸入物価の転嫁や賃金への波及の程度を過少に見積もることにつながった面があるのではないかとの見方を述べた。ある委員は、現在の物価の上振れは、主として、輸入物価上昇の影響が予想より長引いていることによるものだが、企業の賃金・価格設定行動に変化の兆しもみられており、物価面への影響を注視していく必要があるとの見解を示した。この間、予想物価上昇率について、委員は、再び上昇の動きがみられているとの見方で一致した。

2.経済・物価情勢の展望

2023年7月の「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)の作成にあたり、委員は、経済情勢の先行きの中心的な見通しについて議論を行った。委員は、わが国経済について、当面、海外経済の回復ペース鈍化による下押し圧力を受けるものの、ペントアップ需要の顕在化に加え、緩和的な金融環境や政府の経済対策の効果などにも支えられて、緩やかな回復を続ける、その先については、所得から支出への前向きの循環メカニズムが経済全体で徐々に強まっていく中で、潜在成長率を上回る成長を続ける、との認識を共有した。ある委員は、本年の春季労使交渉を受けた賃金上昇が進むもとで、輸入物価下落の影響から物価上昇は一段落することが、経済の回復を支えていくとの見方を示した。別の一人の委員は、GX関連やサプライチェーン再構築のための投資の増加に加え、省力化・DX関連投資による企業の生産性向上が、賃金と物価の好循環にもつながっていくとの認識を示した。この間、ある委員は、今後の持続的な成長には、中小企業の変革を後押しする事業承継等、経営リソース強化のための地域金融機関の伴走支援が重要であるほか、成長期待に働き掛け、デフレマインドを変革するには、名目GDP成長とともに、物価以上に名目賃金が上昇する経済・賃金構造を実現していくことが求められると述べた。

わが国の輸出や生産について、委員は、当面、海外経済の回復ペース鈍化の影響を受けつつも、供給制約の影響が和らぐことなどから、横ばい圏内で推移するとの見方で一致した。また、サービス輸出であるインバウンド需要は、増加を続けるとの見方を共有した。

設備投資について、委員は、企業収益が全体として高水準を維持するもとで、緩和的な金融環境による下支えに加え、供給制約の影響の緩和もあって、人手不足対応やデジタル関連の投資、成長分野・脱炭素化関連の研究開発投資、サプライチェーンの強靱化に向けた投資を含め、増加を続けるとの見方で一致した。ある委員は、米国経済の調整が終わり、海外経済が回復に転じれば、わが国の輸出が回復し、後ずれしていた案件を含め、設備投資の増勢が強まっていくとの見解を示した。別の一人の委員は、賃金上昇を伴う形での物価上昇には距離があり、デフレマインド払拭の千載一遇のチャンスを手放さないためにも、経済・賃金構造の変革の状況をよく把握し、コロナ禍で借入金が増加した中小企業の投資意欲を削がぬよう慎重な情勢判断を行うことが必要であると述べた。

個人消費について、委員は、当面、物価上昇の影響を受けつつも、行動制限下で積み上がってきた貯蓄にも支えられたペントアップ需要の顕在化に加え、賃金上昇率の高まりなどを背景としたマインドの改善などに支えられて、緩やかな増加を続けるとの見方で一致した。また、その先についても、ペントアップ需要の顕在化ペースの鈍化や政府の各種施策による下支え効果の減衰によってペースを鈍化させつつも、雇用者所得の増加に支えられて、個人消費は増加を続けるとの見方を共有した。

雇用者所得について、委員は、当面、経済活動の回復を背景に、雇用が増加していくことに加え、労働需給の引き締まりや物価上昇を背景に昨年を大幅に上回る結果となった今年の春季労使交渉の結果が徐々に反映されていくことで、一人当たり名目賃金の上昇率も高まっていくことから、増加を続けるとの見方で一致した。その先については、追加的な労働供給が見込みにくくなってくるため雇用の増加ペースは徐々に緩やかとなっていくが、労働需給が引き締まるもとで、賃金上昇率は、物価上昇も反映する形で基調的に高まっていくとみられることから、雇用者所得は増加を続けるとの見方を共有した。

こうした議論を経て、委員は、中心的な成長率の見通しは、本年4月の展望レポート時点と概ね不変との認識を共有した。

続いて、委員は、物価情勢の先行きの中心的な見通しについて議論を行った。委員は、足もとの消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は4月の展望レポートにおける想定よりも上振れているが、先行きは、既往の輸入物価の上昇を起点とする価格転嫁の影響が減衰していくもとでプラス幅を縮小したあと、マクロ的な需給ギャップが改善し、企業の賃金・価格設定行動などの変化を伴う形で中長期的な予想物価上昇率や賃金上昇率も高まっていくもとで、再びプラス幅を緩やかに拡大していくとの見方を共有した。何人かの委員は、輸入物価の前年比がすでにマイナスであることを指摘した。このうちの一人の委員は、物価上昇率は、輸入物価の下落に伴う下押しにより、次第に縮小していくとの見解を示したうえで、物価が再び反転するのは、海外経済の持ち直し後になると付け加えた。別の委員は、最近の価格転嫁による高水準の企業収益見通しを受けて今年度は価格転嫁を急ぐ動きが一服する可能性はあるが、時間をかけて既往のコスト上昇を価格に転嫁する動きは続くと考えられると述べた。

委員は、先行きの物価を見通すうえでは、企業の賃金・価格設定行動の変化が進み、来年以降も賃上げが続くかどうか見極めることが重要となるとの認識を共有した。一人の委員は、物価が今年度後半に2%を下回る水準に低下したあと、再び2%に向けて上昇し、それが安定的に維持されるためには、本年の春季労使交渉を上回る賃上げがトレンドとして定着することが重要であるとの見方を示した。何人かの委員は、労働需給の引き締まりを踏まえると、企業が来年以降も人手を確保するために賃上げを続ける可能性は高く、情勢を注視していきたいと述べた。このうちの一人の委員は、労働需給の逼迫に加え、企業行動における効率性から安定性重視への転換、サプライチェーンの再構築、気候変動対応の一層の積極化など、構造的な物価押し上げ要因が続く中、企業の賃金・価格設定行動の変化が、持続する可能性が高いとの見方を示した。また、ある委員は、昨年来、輸入物価上昇を起点とした財中心の価格上昇が生じてきたが、今春の高水準のベア実現を機に、来年度以降の賃上げを検討する企業も増えており、先行き、賃上げとサービス価格の上昇が続く新たな局面が見込まれると述べた。そのうえで、この委員は、価格転嫁等で改善した収益を賃上げや人手不足対応の投資に向けるといった前向きな循環への動きが一部みえ始めているとの見方を示した。他方、別の一人の委員は、短観によると幅広い業種で人手不足が強まっていると指摘したうえで、付加価値を高めるための工夫と投資により賃上げ・値上げを実現しようとする企業と、低賃金・低付加価値・低価格路線で粘り抜こうとする企業への二極化がみられるが、前者が主流となっているとはまだいえないと述べた。さらに別の委員は、中小企業は6割が赤字法人で収益力が弱く、今後の賃金上昇の広がりを確認する必要があるとの見方を示した。

この間、エネルギー価格の変動の直接的な影響を受けない消費者物価(除く生鮮食品・エネルギー)の前年比について、多くの委員は、2023年度に3%程度、2024年度と2025年度は1%台後半となるとの見方を示した。

こうした議論を経て、委員は、中心的な物価の見通しは、本年4月の展望レポート時点と比べると、既往の輸入物価上昇を起点とする価格転嫁が想定を上回って進んでいることなどから、2023年度は大幅に上振れているが、2024年度と2025年度は概ね不変であるとの認識を共有した。

次に、委員は、経済・物価の見通しのリスク要因(上振れ・下振れの可能性)について議論を行った。委員は、海外の経済・物価動向、資源価格の動向、企業の賃金・価格設定行動など、わが国経済・物価を巡る不確実性はきわめて高いとの認識で一致した。また、そのもとで、金融・為替市場の動向やそのわが国経済・物価への影響を、十分注視する必要があるとの見方を共有した。

そのうえで、経済の主なリスク要因として、委員は、(1)海外の経済・物価情勢と国際金融資本市場の動向、(2)ウクライナ情勢の展開やそのもとでの資源・穀物価格の動向、(3)企業や家計の中長期的な成長期待の3点を挙げた。

このうち「海外の経済・物価情勢と国際金融資本市場の動向」について、委員は、依然として世界的にインフレ圧力が続くもとで、各国中央銀行は利上げを継続しており、国際金融資本市場では、インフレ抑制と経済成長の維持が両立できるかが引き続き注目されているとの認識を共有した。一人の委員は、米欧では、実体経済面ではソフトランディングの可能性は高まっているが、これまでの急速な利上げが、金融システム面、金融市場面に及ぼす影響を注視する必要があると述べた。複数の委員は、米国において、これまでの累積的な利上げの影響から、地方銀行の融資残高が多い商業用不動産市場を中心に、信用収縮が生じないか、留意する必要があるとの見方を示した。また、多くの委員は、中国経済について、不動産市場の調整の長期化に加え、若年失業率の高止まりや地政学的リスクの高まり等の問題がある中で、物価上昇率も低下してきており、先行きの不透明感は強いと指摘した。このうち一人の委員は、単にコロナ禍からの回復に時間を要しているというよりは、より根深い構造的な問題が作用している可能性があるとの見解を示した。

物価のリスク要因について、委員は、上記の経済のリスク要因が顕在化した場合には、物価にも影響が及ぶほか、物価固有のリスク要因として、(1)企業の賃金・価格設定行動や、(2)今後の為替相場の変動や国際商品市況の動向、およびその輸入物価や国内価格への波及には注意が必要であるとの認識で一致した。ある委員は、先行きの消費者物価は、労働需給の引き締まりを受けた賃上げに伴って企業の価格転嫁の動きが広がることで、上振れる可能性があると指摘した。また、別の委員は、足もとの企業の賃上げや価格転嫁は、30年近く抑制されていたペントアップ的な側面を持つ現象であり、賃金や販売価格がこれまでにないペースで上昇を続ける可能性があるとの見方を示した。この委員は、米欧でみられたような物価の大幅な上振れが、程度の差はあれ、わが国でも生じ得るリスクは注視していく必要があると付け加えた。他方、一人の委員は、多くの中小企業からは賃上げの販売価格への転嫁は困難との声が聞かれており、今後、賃上げの勢いが失われかねないと述べた。この間、ある委員は、政策委員の物価見通しやリスク評価の分布からも、今後の物価動向の不確実性の高さが示唆されると指摘した。

リスクバランスについて、委員は、経済の見通しについては、2023年度は下振れリスクの方が大きいが、その後は概ね上下にバランスしているとの見方で一致した。また、物価の見通しについては、2023年度と2024年度は上振れリスクの方が大きいとの見方で一致した。

3.金融政策運営に関する委員会の検討の概要

以上のような金融経済情勢に関する認識を踏まえ、委員は、金融政策運営に関する議論を行った。

先行きの金融政策運営の基本的な考え方について、委員は、経済・物価情勢を踏まえると、現行の金融緩和を継続することにより、賃金の上昇を伴う形で「物価安定の目標」を持続的・安定的に達成することが重要であるとの見解で一致した。多くの委員は、わが国の物価情勢を展望すると、賃金の上昇を伴う形で、「物価安定の目標」の持続的・安定的な実現を見通せる状況には至っておらず、粘り強く金融緩和を継続していく必要があると指摘した。このうち一人の委員は、現状は、金融緩和の継続を通じて賃上げのモメンタムを支え続けることが必要との見解を示した。別の一人の委員は、粘り強い緩和の継続によって、ようやく出てきた企業行動の変化の兆しを、大切に育てていくべきと指摘した。そのうえで、この委員は、2%の持続的・安定的な実現が見通せる状況にはまだ至っていない中で、マイナス金利政策の修正にはなお大きな距離があり、イールドカーブ・コントロールの枠組みも、公表しているコミットメントに沿って継続していく必要があるとの認識を示した。また、ある委員は、引き締めが遅れて2%を超えるインフレ率が持続するリスクより、拙速な引き締めで2%を実現できなくなるリスクの方が大きく、今は、物価の基調の高まりを待つべきと判断していると述べた。この間、別の一人の委員は、「2%の持続的・安定的な物価上昇」の実現が、はっきりと視界に捉えられる状況になっていると考えており、来年1から3月頃には、これを見極められる可能性があると述べた。

長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)について、委員は、金融市場調節上の様々な工夫により、金融市場調節方針に沿って、長期金利はゼロ%程度で推移しているとの認識で一致した。複数の委員は、イールドカーブの形状の歪みは解消された状態にあるほか、社債市場の機能も回復していると指摘した。

そのうえで、何人かの委員は、現状イールドカーブ・コントロールは円滑に運営されているが、短期間で物価見通しが大幅に上振れるなど、経済・物価の不確実性がきわめて高い中、今後も物価の上振れ方向の動きが続いた場合、10年金利の上限を厳格に守ろうとすると、金融緩和の効果が強まる一方、昨年末に起きたように、債券市場の機能度低下や、他の市場でのボラティリティ拡大といった問題が生じるおそれがあるとの見解を示した。また、複数の委員は、海外経済の影響を中心に、経済・物価の下振れリスクも大きいと指摘した。

これらの見解も踏まえ、大方の委員は、先行きの物価の不確実性がきわめて高いもとで、イールドカーブ・コントロールの枠組みによる金融緩和を持続していくためには、今回、その運用を柔軟化し、上下双方向のリスクに機動的に対応していくことが適当との見方を共有した。何人かの委員は、物価の上振れ方向の動きが続く場合、長期金利の上昇をある程度許容することで、債券市場の機能度低下等を和らげつつ、実質金利を通じた緩和効果も維持できるとの見解を示した。このうち一人の委員は、長期金利に上限を設ける中で予想物価上昇率が高まると、実質金利を通じた緩和効果が高まるが、同時に市場の不安定化といった副作用も強まると指摘した。また、複数の委員は、下振れリスクが顕在化した場合は、現在の枠組みのもとでも、長期金利は自然に低下し、金融緩和は維持されることになると指摘した。このうち一人の委員は、従来からイールドカーブ・コントロールの枠組みのもとでの具体的な運用は、金融仲介機能や市場機能への影響と緩和効果を比較衡量して決定してきたと指摘したうえで、今回、その運用をより柔軟にすることで、上下双方向のリスクに機動的に対応し、市場機能等にも配慮しながら、うまく緩和を続ける「備え」をするべきであると述べた。一人の委員は、2%の「物価安定の目標」を早期に達成するためには、長期金利の低位安定を図ることが重要であると述べたうえで、物価安定目標の達成確度が十分に高まるまでは、イールドカーブ・コントロールを柔軟化しつつ維持していく必要があるとの見方を示した。ある委員は、経済・物価情勢の改善が続く中、先行きの金利動向を巡る不確実性が高いとみて、債券投資を手控える投資家がみられると指摘したうえで、現下の情勢を踏まえると、緩和的な金融環境は維持しつつ、市場機能に配慮した金融政策を行うことが適当であるとの認識を示した。この間、別の一人の委員は、長期にわたり緩和的な金融環境下に置かれてきたわが国経済、依然低い債券市場の機能度、イールドカーブ・コントロールには金融政策の見通し変化を事前にマーケットに織り込ませづらい性質があることを踏まえれば、出口までの間、円滑に金融緩和を継続していくため、イールドカーブ・コントロールの弾力化を進めるべきであるとの見解を示した。他方、ある委員は、現在の物価上昇は輸入インフレの域を出ておらず、多くの従業者が働く中小企業の賃上げモメンタム向上には、中小企業の「稼ぐ力」向上が重要であることから、イールドカーブ・コントロールの運用の柔軟化はそれを確認したうえで行う方が望ましいと述べた。

委員は、イールドカーブ・コントロールの運用の柔軟化を進める際の論点についても、議論を行った。ある委員は、必要な期間にわたって円滑に金融緩和を続けられるようにするためには、混乱なく対応できるうちにあらかじめイールドカーブ・コントロールの柔軟性を一定程度高めておくことが望ましいとの見方を示した。この点に関連し、何人かの委員は、現在の市場環境は安定しており、運用の柔軟化を行うのに適切な時期であると指摘した。ある委員は、しばしば指摘されている通り、イールドカーブ・コントロールの調整には固有の難しさがあり、運用の柔軟化に際しては、状況に応じた弾力的対応を可能とする枠組みを用いることが適当であると述べた。この間、何人かの委員は、今回の運用の柔軟化は出口への一歩ではなく、日本銀行が粘り強く金融緩和を進めていく姿勢に変わりはないことを明確に説明していく必要があると指摘した。

以上のような委員の意見を受けて、議長は、執行部に対し、委員から指摘があったイールドカーブ・コントロールの運用の柔軟化について、どのような対応が考えられるか説明するよう指示した。

執行部は、次のとおり説明を行った。

  • まず、イールドカーブ・コントロールの運用の柔軟化について、以下の取扱いとすることが考えられる。
    • 短期政策金利はマイナス0.1%、10年物国債金利の操作目標はゼロ%程度と、それぞれ現状維持とする。
    • 長期金利の変動幅を「±0.5%程度」に維持したうえで、変動幅の位置付けを「目途」として、イールドカーブ・コントロールをより柔軟に運用する。
    • 10年物国債金利について1.0%の利回りでの指値オペを、明らかに応札が見込まれない場合を除き、毎営業日、実施する。

      現在の金利情勢のもとでは応札は見込まれないと考えられるが、当分の間、毎営業日、実施する。

    • 金融市場調節方針と整合的なイールドカーブの形成を促すため、大規模な国債買入れを継続するとともに、各年限において、機動的に、買入れ額の増額や指値オペ、共通担保資金供給オペなどを実施する。
  • また、その具体的な運用について、以下の取扱いとすることが考えられる。
    • 市場の状況によっては、長期金利が±0.5%程度の変動幅を超えて動くこともあるものとする。
    • 長期金利が1%の水準では、連続指値オペで金利上昇を厳格に抑える。
    • 長期金利が0.5%から1%の範囲では、長期金利の水準や変化のスピード等に応じて、機動的に、国債買入れ額の増額、指値オペ、共通担保資金供給オペなどを実施することで、過度な金利上昇圧力を抑制する。

執行部の説明に対し、大方の委員は、イールドカーブ・コントロールの運用の柔軟化およびその具体的な運用について、執行部の示した対応案は適当であるとの見解を共有した。何人かの委員は、粘り強く金融緩和を続けていくことを明確に示すためにも、±0.5%程度の変動幅を維持することが適切であるとの見解を示した。この間、ある委員は、市場参加者の注目が長期金利に対する個々のオペレーションに集まることも考えられると指摘したうえで、状況を注意深くみていく必要があるとの見解を示した。別の一人の委員は、運用の柔軟化にあたっては、(1)市場に金利形成を極力委ねること、(2)市場の流動性の確保・回復を図ること、(3)ただし、金利の急激な変動を避けることが重要であり、それを踏まえたオペレーションが必要との見解を示した。

以上の議論を踏まえ、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、委員は、以下のとおりとすることが適当であるとの見解で一致した。

「短期金利:日本銀行当座預金のうち政策金利残高にマイナス0.1%のマイナス金利を適用する。

長期金利:10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう、上限を設けず必要な金額の長期国債の買入れを行う。」

また、長短金利操作の運用に関し、大方の委員は、以下のとおりとすることが適当であるとの見解で一致した。

「長期金利の変動幅は「±0.5%程度」を目途とし、長短金利操作について、より柔軟に運用する。10年物国債金利について金額を無制限とする1.0%の利回りでの固定利回り方式の国債買入れ(指値オペ)を、明らかに応札が見込まれない場合を除き、毎営業日、実施する。また、金融市場調節方針と整合的なイールドカーブの形成を促すため、大規模な国債買入れを継続するとともに、各年限において、機動的に、買入れ額の増額や指値オペ、共通担保資金供給オペレーションなどを実施する。」

これに対し、ある委員は、長短金利操作の運用の柔軟化については賛成であるが、法人企業統計等で企業の稼ぐ力が高まったことを確認したうえで行う方が望ましいとの見解を示した。

長期国債以外の資産の買入れに関して、委員は、従来の方針を維持することが適当との意見で一致した。

先行きの金融政策運営方針について、委員は、内外の経済や金融市場を巡る不確実性がきわめて高い中、経済・物価・金融情勢に応じて機動的に対応しつつ、粘り強く金融緩和を継続していくことで、賃金の上昇を伴う形で、2%の「物価安定の目標」を持続的・安定的に実現することを目指していく、との基本方針を共有した。そのうえで、委員は、「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続する、マネタリーベースについては、消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、拡大方針を継続する、との考え方を共有した。また、委員は、引き続き企業等の資金繰りと金融市場の安定維持に努めるとともに、必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じることで一致した。

4.政府からの出席者の発言

以上の議論を踏まえ、政府からの出席者から、会議の一時中断の申し出があった。議長はこれを承諾した(11時39分中断、11時51分再開)。

財務省の出席者から、以下の趣旨の発言があった。

  • 今回提案のあった内容は、金融緩和の持続性を高める観点から実施されるものと受け止めている。
  • 政府としては、先日、「令和6年度予算の概算要求に当たっての基本的な方針について」が閣議了解されたところ、令和6年度予算では、骨太方針2023に基づき、経済・財政一体改革を着実に推進し、経済再生と財政健全化の両立を図っていく。
  • 日本銀行には、政府との密接な連携のもと、物価安定目標の持続的・安定的な実現に向けた適切な金融政策運営を期待する。

また、内閣府の出席者から、以下の趣旨の発言があった。

  • わが国の景気は、コロナ禍後の経済社会への本格的な移行に伴い、緩やかに回復している。ただし、海外景気の下振れリスクや、物価上昇、金融資本市場の変動等の影響には十分注意する必要がある。
  • 提案のあった事項は、日本銀行が物価安定目標を持続的・安定的に達成する、そのために必要な金融緩和の取り組みをより持続的に推進するためのものと受け止めている。こうした変更の趣旨について、対外的に丁寧に説明いただくことが重要である。
  • 日本銀行には、今後とも経済・物価・金融情勢を踏まえつつ、賃金の上昇を伴う形での2%の物価安定目標の持続的・安定的な実現に向けて粘り強く金融緩和を継続していただくよう期待する。

5.採決

1.金融市場調節方針

以上の議論を踏まえ、議長から、委員の意見を取りまとめるかたちで、金融市場調節方針について、以下の議案が提出され、採決に付された。

採決の結果、全員一致で決定された。

金融市場調節方針に関する議案(議長案)

次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとすること。

  1. 日本銀行当座預金のうち政策金利残高にマイナス0.1%のマイナス金利を適用する。
  2. 10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう、上限を設けず必要な金額の長期国債の買入れを行う。

採決の結果

  • 賛成:植田委員、氷見野委員、内田委員、安達委員、中村委員、野口委員、中川委員、高田委員、田村委員
  • 反対:なし

2.長短金利操作の運用

議長から、委員の多数意見を取りまとめるかたちで、長短金利操作の運用について、以下の議案が提出され、採決に付された。

採決の結果、賛成多数で決定された。

長短金利操作の運用に関する議案(議長案)

次回金融政策決定会合までの長短金利操作の運用を下記のとおりとすること。

長期金利の変動幅は「±0.5%程度」を目途とし、長短金利操作について、より柔軟に運用する。10年物国債金利について金額を無制限とする1.0%の利回りでの固定利回り方式の国債買入れ(指値オペ)を、明らかに応札が見込まれない場合を除き、毎営業日、実施する。また、金融市場調節方針と整合的なイールドカーブの形成を促すため、大規模な国債買入れを継続するとともに、各年限において、機動的に、買入れ額の増額や指値オペ、共通担保資金供給オペレーションなどを実施する。

採決の結果

  • 賛成:植田委員、氷見野委員、内田委員、安達委員、野口委員、中川委員、高田委員、田村委員
  • 反対:中村委員

中村委員は、長短金利操作の運用の柔軟化については賛成であるが、法人企業統計等で企業の稼ぐ力が高まったことを確認したうえで行う方が望ましいとして反対した。

3.資産買入れ方針

議長から、委員の見解を取りまとめるかたちで、資産買入れ方針について、以下の議案が提出され、採決に付された。

採決の結果、全員一致で決定された。

資産買入れ方針に関する議案(議長案)

長期国債以外の資産の買入れについて、下記のとおりとすること。

  1. ETFおよびJ-REITについて、それぞれ年間約12兆円、年間約1,800億円に相当する残高増加ペースを上限に、必要に応じて、買入れを行う。
  2. CP等は、約2兆円の残高を維持する。社債等は、感染症拡大前と同程度のペースで買入れを行い、買入れ残高を感染症拡大前の水準(約3兆円)へと徐々に戻していく。ただし、社債等の買入れ残高の調整は、社債の発行環境に十分配慮して進めることとする。

採決の結果

  • 賛成:植田委員、氷見野委員、内田委員、安達委員、中村委員、野口委員、中川委員、高田委員、田村委員
  • 反対:なし

4.対外公表文(「当面の金融政策運営について」)

以上の議論を踏まえ、対外公表文が検討された。議長から、対外公表文(「当面の金融政策運営について」<別紙>)が提案され、採決に付された。採決の結果、全員一致で決定され、会合終了後、直ちに公表することとされた。

6.「経済・物価情勢の展望」の検討

続いて、「経済・物価情勢の展望」の「基本的見解」の文案が検討され、議長から、委員の見解を取りまとめるかたちで、議案が提出された。採決の結果、全員一致で決定され、会合終了後、直ちに公表することとされた。また、背景説明を含む全文は、7月31日に公表することとされた。

7.議事要旨の承認

議事要旨(2023年6月15、16日開催分)が全員一致で承認され、8月2日に公表することとされた。

8.金融政策決定会合の開催予定日の承認

2024年の金融政策決定会合の開催予定日が全員一致で承認され、会合終了後、公表することとされた。

以上


  • (注) 「10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう、上限を設けず必要な金額の長期国債の買入れを行う。」本文に戻る

別紙

2023年7月28日
日本銀行

当面の金融政策運営について

  1. 日本銀行は、本日の政策委員会・金融政策決定会合において、長短金利操作の運用を柔軟化することを決定した。わが国の物価情勢を展望すると、賃金の上昇を伴う形で、2%の「物価安定の目標」の持続的・安定的な実現を見通せる状況には至っておらず、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」のもとで、粘り強く金融緩和を継続する必要がある。そうした中、経済・物価を巡る不確実性がきわめて高いことに鑑みると、長短金利操作の運用を柔軟化し、上下双方向のリスクに機動的に対応していくことで、この枠組みによる金融緩和の持続性を高めることが適当である。

    長短金利操作、資産買入れ方針については以下のとおりとする。

    1. (1)長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)
      1. [1]次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針は、以下のとおりとする (全員一致)。
        短期金利:
        日本銀行当座預金のうち政策金利残高にマイナス0.1%のマイナス金利を適用する。
        長期金利:
        10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう、上限を設けず必要な金額の長期国債の買入れを行う。
      2. [2]長短金利操作の運用(賛成8反対1)(注)

        長期金利の変動幅は「±0.5%程度」を目途とし、長短金利操作について、より柔軟に運用する。10年物国債金利について1.0%の利回りでの指値オペを、明らかに応札が見込まれない場合を除き、毎営業日、実施する1。上記の金融市場調節方針と整合的なイールドカーブの形成を促すため、大規模な国債買入れを継続するとともに、各年限において、機動的に、買入れ額の増額や指値オペ、共通担保資金供給オペなどを実施する。

    2. (2)資産買入れ方針(全員一致)

      長期国債以外の資産の買入れについては、以下のとおりとする。

      1. [1]ETFおよびJ-REITについて、それぞれ年間約12兆円、年間約1,800億円に相当する残高増加ペースを上限に、必要に応じて、買入れを行う。
      2. [2]CP等は、約2兆円の残高を維持する。社債等は、感染症拡大前と同程度のペースで買入れを行い、買入れ残高を感染症拡大前の水準(約3兆円)へと徐々に戻していく。ただし、社債等の買入れ残高の調整は、社債の発行環境に十分配慮して進めることとする。
  2. 海外の経済・物価動向、資源価格の動向、企業の賃金・価格設定行動など、わが国経済・物価を巡る不確実性はきわめて高い。そのもとで、金融・為替市場の動向やそのわが国経済・物価への影響を、十分注視する必要がある。

    わが国の物価は、4月の展望レポートの見通しを上回って推移しており、本年の春季労使交渉などを背景に、賃金上昇率は高まっている。企業の賃金・価格設定行動に変化の兆しが窺われ、予想物価上昇率も再び上昇する動きがみられる。今後も上振れ方向の動きが続く場合には、実質金利の低下によって金融緩和効果が強まる一方、長期金利の上限を厳格に抑えることで、債券市場の機能やその他の金融市場におけるボラティリティに影響が生じるおそれがある。長短金利操作の運用の柔軟化によって、こうした動きを和らげることが期待される。

    一方、グローバルな金融環境のタイト化が海外経済に及ぼす影響を含め、わが国経済・物価の下振れリスクも高い。下振れリスクが顕在化した場合には、長短金利操作の枠組みのもとで、長期金利が低下することで、緩和効果が維持されることになる。

  3. 日本銀行は、内外の経済や金融市場を巡る不確実性がきわめて高い中、経済・物価・金融情勢に応じて機動的に対応しつつ、粘り強く金融緩和を継続していくことで、賃金の上昇を伴う形で、2%の「物価安定の目標」を持続的・安定的に実現することを目指していく。

    「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続する。マネタリーベースについては、消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、拡大方針を継続する。引き続き企業等の資金繰りと金融市場の安定維持に努めるとともに、必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じる。

以上


  • (注)賛成:植田委員、氷見野委員、内田委員、安達委員、野口委員、中川委員、高田委員、田村委員。反対:中村委員。中村委員は、長短金利操作の運用の柔軟化については賛成であるが、法人企業統計等で企業の稼ぐ力が高まったことを確認したうえで行う方が望ましいとして反対した。本文に戻る

  1. 現在の金利情勢のもとでは応札は見込まれないと考えられるが、当分の間、毎営業日、実施する。本文に戻る