政策委員会 金融政策決定会合 議事要旨 (2023年10月30、31日開催分)
2023年12月22日
日本銀行
本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、2023年12月18、19日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。
開催要領
- 1.開催日時:
- 2023年10月30日(14:00から15:54)
- 10月31日( 9:00から12:20)
- 2.場所:
- 日本銀行本店
- 3.出席委員:
- 議長 植田和男 (総裁)
- 氷見野良三(副総裁)
- 内田眞一 ( 副総裁 )
- 安達誠司 (審議委員)
- 中村豊明 ( 審議委員 )
- 野口 旭 ( 審議委員 )
- 中川順子 ( 審議委員 )
- 高田 創 ( 審議委員 )
- 田村直樹 ( 審議委員 )
- 4.政府からの出席者:
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- 財務省 坂本 基 大臣官房総括審議官
- 内閣府 井上裕之 内閣府審議官
- (執行部からの報告者)
-
- 理事 清水季子
- 理事 貝塚正彰
- 理事 高口博英
- 理事 清水誠一
- 企画局長 正木一博
- 企画局審議役 飯島浩太(30日15:13から15:54)
- 企画局政策企画課長 長野哲平
- 金融機構局長 中村康治
- 金融市場局長 藤田研二
- 調査統計局長 大谷 聡
- 調査統計局経済調査課長 永幡 崇
- 国際局長 神山一成
- (事務局)
-
- 政策委員会室長 倉本勝也
- 政策委員会室企画役 木下尊生
- 企画局企画調整課長 土川 顕(30日15:13から15:54)
- 企画局企画役 安藤雅俊
- 企画局企画役 丸尾優士
- 企画局企画役 長田充弘
1.金融経済情勢に関する執行部からの報告の概要
1.最近の金融市場調節の運営実績
金融市場調節の運営としては、前回会合(9月21、22日)で決定された金融市場調節方針(注)および長短金利操作の運用方針に従って、国債買入れ等を行った。この間、買入れを行う利回り水準を1.0%として、10年物国債を対象とする固定利回り方式による国債買入れ(指値オペ)のほか、チーペスト銘柄を対象とする指値オペを毎営業日実施した。また、機動的に、臨時の国債買入れや、金利入札方式による貸付期間5年の共通担保資金供給オペを実施した。こうした調節運営のもと、長期金利は金融市場調節方針と整合的に推移したほか、イールドカーブの形状は、引き続き総じてスムーズとなっている。
前回会合で決定された資産買入れ方針に従って、ETFやJ-REIT、CP・社債等の買入れを運営した。
2.金融・為替市場動向
短期金融市場では、金利は、翌日物、ターム物とも、総じてマイナス圏で推移している。翌日物金利のうち、無担保コールレートは-0.064から-0.010%程度、GCレポレートは-0.551から-0.094%程度で推移している。ターム物金利をみると、短国レート(3か月物)は、幾分低下した。
わが国の株価(TOPIX)は、下落した。長期金利(10年物国債金利)は、米国の長期金利上昇などを受けて上昇し、0.725から0.880%程度で推移している。なお、国債市場の流動性指標をみると、多くの指標で、引き続き総じて悪化した状態にあるものの、改善方向の動きが続いている。為替相場をみると、米国の長期金利の大幅な上昇に伴い日米金利差が拡大するもとで、円の対ドル相場は、円安方向の動きとなった。円の対ユーロ相場も、円安方向の動きとなった。
3.海外金融経済情勢
海外経済は、回復ペースが鈍化している。米国経済は、FRBによる利上げの影響を受けつつも、個人消費を中心に底堅く推移している。欧州経済は、ECBによる利上げ等の影響が続くもとで、緩やかな減速が続いている。中国経済は、外需の減速や不動産市場の調整の影響などから、緩やかな減速傾向が続いているものの、個人消費など一部には持ち直しの動きがみられる。中国以外の新興国・資源国経済は、内需の緩やかな改善が続いているものの、輸出が減速しており、総じてみれば改善ペースが鈍化している。
先行きの海外経済は、当面、回復ペースが鈍化した状態が続くとみられる。その後は、国・地域ごとにばらつきを伴いつつ、緩やかに成長していくと考えられる。先行きの見通しを巡っては、各国中央銀行の利上げの影響のほか、中国経済の動向や地政学的緊張の展開などについて、不確実性がきわめて高い。
海外の金融市場をみると、米国では、長期金利は、FRBの金融引き締めの長期化や米国債の需給悪化が意識されるもとで、大幅に上昇し、株価は、業績改善期待からハイテク関連銘柄が上昇したものの、長期金利の上昇が重石となり、全体としては小幅に下落した。欧州の長期金利も、米国に連れて上昇した。また、欧州株価は、軟調な企業決算や中東情勢の緊迫化などが嫌気され、下落した。この間、新興国通貨は、米国金利上昇を受けて、幅広い国で下落した。原油価格は、中東情勢が緊迫化する中でも、一部産油国が原油市場の安定に向けたスタンスを示したことや、米国の原油在庫増加などが材料視され、期間を通じてみれば下落した。
4.国内金融経済情勢
(1)実体経済
わが国の景気は、緩やかに回復している。先行きについては、当面は、海外経済の回復ペース鈍化による下押し圧力を受けるものの、ペントアップ需要の顕在化に加え、緩和的な金融環境や政府の経済対策の効果などにも支えられて、緩やかな回復を続けるとみられる。
輸出や生産は、海外経済の回復ペース鈍化の影響を受けつつも、供給制約の影響の緩和に支えられて、横ばい圏内の動きとなっており、先行きも、当面は同様の動きが続くとみられる。その後は、海外経済が国・地域ごとにばらつきを伴いつつ緩やかに成長していくもとで、増加基調に復していくと考えられる。
企業収益は、全体として高水準で推移しており、業況感は緩やかに改善している。こうしたもとで、設備投資は、緩やかに増加している。先行きの設備投資は、企業収益が全体として高水準を維持するもとで、増加を続けると予想される。
個人消費は、物価上昇の影響を受けつつも、緩やかなペースで着実に増加している。消費活動指数(実質・旅行収支調整済)をみると、8月までは、月々の振れを伴いつつも増加傾向にある。企業からの聞き取り調査や高頻度データに基づくと、9月以降の個人消費は、所得環境が改善する中で、ペントアップ需要にも支えられ、緩やかな増加傾向を続けているとみられる。消費者マインドも、所得増を受けて改善した状態が続いている。先行きも、物価上昇の影響を受けつつも、名目雇用者所得の改善が続くもとで、行動制限下で積み上がった貯蓄にも支えられて、緩やかな増加を続けると予想される。
雇用・所得環境は、緩やかに改善している。就業者数をみると、正規雇用は、人手不足感の強い医療・福祉や情報通信等を中心に、振れを伴いながらも、緩やかに増加している。非正規雇用は、経済活動が正常化するもとで、卸・小売や対面型サービス業などを中心に緩やかな増加傾向にある。一人当たり名目賃金は、経済活動の回復と春季労使交渉の結果を反映して、緩やかに増加している。先行きの雇用者所得は、名目賃金の伸び率上昇を反映して、はっきりとした増加を続けると考えられる。実質ベースでも、物価上昇率の低下もあって、マイナス幅は縮小傾向をたどり、次第にプラスに転化していくと見込まれる。
物価面について、商品市況は、総じてみれば横ばい圏内の動きとなっている。国内企業物価の3か月前比は、既往の資源高の影響が徐々に和らぐ中、燃料油補助金の拡大もあって、横ばい圏内の動きとなっている。消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、政府の経済対策によるエネルギー価格の押し下げ効果などによって、ひと頃に比べればプラス幅を縮小しているものの、既往の輸入物価の上昇を起点とする価格転嫁の影響から、足もとは2%台後半となっている。予想物価上昇率は、緩やかに上昇している。先行きの消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、来年度にかけて、既往の輸入物価の上昇を起点とする価格転嫁の影響が残るもとで、このところの原油価格上昇の影響等もあって、2%を上回る水準で推移するとみられる。
(2)金融環境
わが国の金融環境は、緩和した状態にある。
資金需要面をみると、既往の原材料コスト高に起因した運転資金需要が高水準で推移する中、経済活動の回復や企業買収の動きなどを背景に、緩やかに増加している。資金供給面では、企業からみた金融機関の貸出態度は、緩和した状態にある。CP・社債市場では、良好な発行環境となっている。企業の資金調達コストは、きわめて低い水準で推移している。こうした中、銀行貸出残高の前年比は、3%台前半となっている。CP・社債計の発行残高の前年比は、2%程度となっている。企業の資金繰りは、良好である。企業倒産は、増加している。
この間、マネタリーベースの前年比は、5%台半ばとなっている。マネーストックの前年比は、2%台半ばとなっている。
(3)金融システム
わが国の金融システムは、全体として安定性を維持している。
大手行の収益は、貸出金利息や手数料収入の増加などを背景に、堅調に推移している。この間、信用コストは、総じてみれば低水準となっている。自己資本比率は、引き続き規制水準を十分に上回っている。
地域銀行の収益は、投信解約益の剥落などから前年に比べて減少しているものの、貸出残高の増勢が続くもとで、堅調に推移している。この間、信用コストは、低水準となっている。自己資本比率は、引き続き規制水準を十分に上回っている。
金融循環面では、金融システムレポートで示しているヒートマップを構成する全14指標が、過熱でも停滞でもない状態となっている。企業向け与信に関する指標は高めの水準にあるが、これは、手元資金を厚めに確保しようとする企業の行動を主な要因としており、金融活動の過熱感を表すものとはみられない。ただし、金融機関与信が実体経済活動から大きく乖離することがないか、引き続き注視する必要がある。
2.金融政策の多角的レビューに関する執行部からの報告および委員会の検討の概要
1.執行部からの報告
金融政策の「多角的レビュー」の一環として、中央銀行の財務と金融政策運営に関する基本的な考え方を整理した調査論文を作成している。
同論文では、(1)中央銀行のバランスシートと収益構造、(2)中央銀行のバランスシートの拡大と縮小が収益等に与えるメカニズム、(3)中央銀行の財務を巡る議論、(4)海外中央銀行の最近の状況についてレビューしたうえで、(5)中央銀行の財務と金融政策運営に関する基本的な考え方を整理する。具体的には、中央銀行の財務と金融政策運営に関する基本的な考え方は、次のように整理することができる。
- 管理通貨制度のもとで、通貨の信認は、中央銀行の保有資産や財務の健全性によって直接的に担保されるものではなく、適切な金融政策運営により「物価の安定」を図ることを通じて確保される。そうした前提のもとで、中央銀行は、やや長い目でみれば、通常、収益が確保できる仕組みとなっているほか、自身で支払決済手段を提供することができる。したがって、一時的に赤字または債務超過となっても、政策運営能力に支障を生じない。ただし、いくら赤字や債務超過になっても問題ないということではない。中央銀行の財務リスクが着目されて金融政策を巡る無用の混乱が生じる場合、そのことが信認の低下に繋がるリスクがある。このため、財務の健全性を確保することは重要である。
同論文は、年内に対外公表することを展望しているほか、12月に予定している「多角的レビュー」に関する第1回ワークショップにおいて、有識者との意見交換を行っていく考えである。
2.委員会の検討
委員は、執行部からの報告を踏まえ、中央銀行の財務と金融政策運営に関する基本的な考え方等について議論した。
中央銀行の財務と金融政策運営の関係について、委員は、執行部の整理した基本的な考え方のもとで、引き続き、財務の健全性にも留意しつつ、適切な政策運営に努めていくことが適当であるとの認識を共有した。そのうえで、何人かの委員は、先行き日本銀行の収益が一時的に下押しされる可能性はあるが、そのことは、日本銀行が物価安定実現のために適切な金融政策を行っていくうえで制約にならないことを、対外的に分かりやすく説明していくことが重要であるとの見方を示した。複数の委員は、中央銀行には通貨発行益が発生することや自身で支払決済手段を提供できることなど、中央銀行の財務と民間金融機関・事業会社の財務との間では違いがある点についても、丁寧に説明していくべきであるとの見解を述べた。このうちの一人の委員は、米欧等の中央銀行では、金利引き上げによって収益や資本が減少しているが、そのことが金融政策運営に影響を及ぼしていないと付け加えた。また、この委員は、大規模金融緩和の政策評価は、中央銀行の収益への影響だけでなく、経済・物価全体への効果を踏まえてなされるものであると指摘した。複数の委員は、中央銀行の財務リスクが着目されて金融政策を巡る無用の混乱が生じることを避ける観点からも、こうした基本的な考え方をこの段階で取り纏めて公表していくことは、非常に重要であるとの見方を示した。別の複数の委員は、先行きの適切なタイミングで、より具体的な説明を行っていくことも考えられるのではないかと指摘した。
3.金融経済情勢と展望レポートに関する委員会の検討の概要
1.経済・物価情勢の現状
国際金融資本市場について、委員は、米欧の金融政策や世界経済の先行きを巡る不確実性が意識されるもとで、市場センチメントは慎重化しているとの認識で一致した。多くの委員は、米国長期金利の急上昇について触れ、今後の動向を注視していく必要があるとの見方を示した。一人の委員は、新興国では証券投資フローの流出が続いており、よくみていく必要があると述べた。
海外経済について、委員は、回復ペースが鈍化しているとの認識を共有した。一人の委員は、各国・地域間のばらつきが大きくなってきているとの見解を示した。
米国経済について、委員は、FRBによる利上げの影響を受けつつも、個人消費を中心に底堅く推移しているとの認識で一致した。何人かの委員は、米国の経済指標は総じて底堅く、ソフトランディング期待が高まっているが、なお情勢は不透明であると指摘した。
欧州経済について、委員は、ECBによる利上げ等の影響が続くもとで、緩やかな減速が続いているとの認識を共有した。複数の委員は、GDP統計やPMIなどの経済指標は弱めであり、経済の停滞感がみられているとの見方を示した。
中国経済について、委員は、外需の減速や不動産市場の調整の影響などから、緩やかな減速傾向が続いているものの、個人消費など一部には持ち直しの動きがみられるとの見方を共有した。複数の委員は、中国政府は財政政策によって経済を支えていく姿勢をやや強めつつあるとの見解を示した。一方、別のある委員は、不動産市場の低迷や米中対立等を受けて、成長期待が低下し、家計や民間企業の支出抑制志向が強まっていく可能性があると指摘した。
中国以外の新興国・資源国経済について、委員は、内需の緩やかな改善が続いているものの、輸出が減速しており、総じてみれば改善ペースが鈍化しているとの認識を共有した。
わが国の金融環境について、委員は、緩和した状態にあるとの認識で一致した。また、委員は、企業の資金調達コストはきわめて低い水準で推移しており、外部資金の調達環境も良好な状態にあるという見方を共有した。
以上のような海外の金融経済情勢とわが国の金融環境を踏まえて、わが国の経済・物価情勢に関する議論が行われた。
わが国の景気について、委員は、緩やかに回復しているとの認識で一致した。一人の委員は、海外経済の下押し圧力は続いているものの、低水準の実質金利や高水準の収益のもとで企業の投資意欲は底堅く、非製造業の業況や個人消費も回復傾向にあるなど、改善傾向が続いているとの認識を示した。別のある委員は、物価上昇による消費の下押しはみられるが、需要は底堅さを増しているとの見方を示した。
輸出や生産について、委員は、海外経済の回復ペース鈍化の影響を受けつつも、供給制約の影響の緩和に支えられて、横ばい圏内の動きとなっているとの認識を共有した。ある委員は、インバウンド需要拡大や円安による輸入品の国内代替もあり、純輸出は拡大基調にあると指摘した。
設備投資について、委員は、企業収益が全体として高水準で推移するもとで、緩やかに増加しているとの認識で一致した。一人の委員は、短観の設備投資計画は高い伸びとなっており、企業の成長期待が高まっている可能性があると述べた。ただし、この委員は、短観における大企業製造業の需給判断DIは国内向け・海外向けともに弱めとなっていることの影響を懸念していると付け加えた。また、ある委員は、設備投資計画は昨年度に続き強いものの、実績は伸び悩んでおり、その背景には、ITや機械等のアジア諸国からの需要の弱さや、外部環境の不確実性の高さがあるとみられるとの認識を示した。
個人消費について、委員は、物価上昇の影響を受けつつも、緩やかなペースで着実に増加しているとの認識で一致した。ある委員は、物価上昇による消費者の生活防衛的な行動は強まっているが、先行きの賃金上昇期待や企業の様々な販売促進策が支えとなって、個人消費は底堅く推移しているとの見方を示した。一人の委員は、低価格帯商品への需要シフトがみられる一方、高額な高付加価値品の需要は堅調であり、全体としては、緩やかかつ安定的な増加トレンドに復しているとの見方を示した。別のある委員は、足もとマインド指標などでは弱めの指標もみられるだけに、物価高の影響やペントアップ需要の持続性について、注視していく必要があると指摘した。
雇用・所得環境について、委員は、緩やかに改善しているとの見方を共有した。
物価面について、委員は、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、政府の経済対策によるエネルギー価格の押し下げ効果などによって、ひと頃に比べればプラス幅を縮小しているものの、既往の輸入物価の上昇を起点とする価格転嫁の影響から、足もとは2%台後半となっているとの認識で一致した。委員は、足もとの物価上昇率は、7月時点における想定よりも上振れているとの認識を共有した。その背景として、多くの委員は、既往の輸入物価上昇を起点とした価格転嫁の影響が想定よりも強まっていると指摘した。このうちの一人の委員は、4月以降の物価見通しの上振れは、値上げ頻度やその幅など、企業の価格改定の想定以上の広がりによるものであると指摘したうえで、コロナ禍からの経済回復や賃金上昇期待が個人消費を支え、企業の価格転嫁を後押ししているとの認識を示した。この間、予想物価上昇率について、委員は、緩やかに上昇しているとの見方で一致した。一人の委員は、家計や企業の予想物価上昇率指標のほか、市場参加者・エコノミストの指標でも上昇が確認されており、全体として上昇しているとの見方を示した。
2.経済・物価情勢の展望
2023年10月の「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)の作成にあたり、委員は、経済情勢の先行きの中心的な見通しについて議論を行った。委員は、わが国経済について、当面、海外経済の回復ペース鈍化による下押し圧力を受けるものの、ペントアップ需要の顕在化に加え、緩和的な金融環境や政府の経済対策の効果などにも支えられて、緩やかな回復を続ける、その後については、ペントアップ需要や経済対策の効果は和らいでいくものの、所得から支出への前向きの循環メカニズムが経済全体で徐々に強まっていく中で、潜在成長率を上回る成長を続ける、との認識を共有した。ある委員は、コストプッシュによる価格転嫁の影響が一巡していくもとで、個人消費が徐々に持ち直し、国内経済は緩やかに回復していくとの見方を示した。別の一人の委員は、これまでは行動制限下で積み上がってきた貯蓄とペントアップ需要が個人消費を支えてきたが、今後は、家計所得が増加するかが重要であり、来春の賃上げ動向が鍵を握ると述べた。この間、一人の委員は、日本経済の成長率を高めるには、新たな市場を創造し、成長をリードするスタートアップの成長と資金調達環境改善が重要であるとの見解を示した。
わが国の輸出や生産について、委員は、当面、海外経済の回復ペース鈍化の影響を受けて横ばい圏内で推移したあと、海外経済が国・地域ごとにばらつきを伴いつつ緩やかに成長していくもとで、増加基調に復していくとの見方で一致した。また、サービス輸出であるインバウンド需要は、増加を続けるとの見方を共有した。
設備投資について、委員は、企業収益が改善基調をたどるもとで、緩和的な金融環境が下支えとなる中、人手不足対応やデジタル関連の投資、成長分野・脱炭素化関連の研究開発投資、サプライチェーンの強靱化に向けた投資を含め、増加を続けるとの見方で一致した。
個人消費について、委員は、当面、物価上昇の影響を受けつつも、行動制限下で積み上がってきた貯蓄にも支えられたペントアップ需要の顕在化に加え、賃金上昇率の高まりなどを背景としたマインドの改善などに支えられて、緩やかな増加を続けるとの見方で一致した。また、その後についても、ペントアップ需要の顕在化ペースの鈍化や政府の各種施策による下支え効果の減衰の影響を受けつつも、雇用者所得の増加に支えられて、個人消費は緩やかな増加を続けるとの見方を共有した。
雇用者所得について、委員は、雇用は増加を続けるが、これまで女性や高齢者の労働参加が相応に進んできた中で、追加的な労働供給が見込みにくくなってくるため、その増加ペースは徐々に緩やかになっていくとの見方を共有した。もっとも、このことは、景気回復の過程で、労働需給の引き締まりを強める方向に作用し、そのもとで、賃金上昇率は、物価上昇も反映する形で基調的に高まっていくとみられることから、雇用者所得は増加を続けるとの見方を共有した。この点に関連して、一人の委員は、持続的な賃金上昇や成長と分配の好循環には、改革の遅れている先がみられる中小企業を中心に、企業の稼ぐ力を強化し、賃上げ余力を高める必要があり、上場企業の中間決算発表での業績見通しの上方修正規模や、中小企業への波及拡大に注目していると述べた。
こうした議論を経て、委員は、中心的な成長率の見通しは、本年7月の展望レポート時点と比べると、2023年度が輸入の減少等を受けた実績の上振れを反映する形で上振れているが、先行きの景気展開に対する基本的な見方に変化はないとの認識を共有した。
続いて、委員は、物価情勢の先行きの中心的な見通しについて議論を行った。委員は、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比について、来年度にかけて、既往の輸入物価の上昇を起点とする価格転嫁の影響が残るもとで、このところの原油価格上昇の影響等もあって、2%を上回る水準で推移するとみられる、その後、2025年度については、これらの影響の剥落から、前年比のプラス幅は縮小するとの見方で一致した。また、消費者物価の基調的な上昇率は、マクロ的な需給ギャップがプラスに転じ、中長期的な予想物価上昇率や賃金上昇率も高まるもとで、見通し期間終盤にかけて「物価安定の目標」に向けて徐々に高まっていくとの見方を共有した。
委員は、こうした中心的な物価の見通しを、本年7月の展望レポート時点と比べると、2023年度は、政府の経済対策がエネルギー価格を押し下げる一方、価格転嫁が想定を上回って進んでいることなどから、幾分上振れており、また、2024年度は、このところの原油価格上昇の影響や経済対策による押し下げの反動等から、大幅に上振れているとの認識を共有した。一人の委員は、消費者物価の上昇率は低下しつつあるものの、企業による価格転嫁の動きが想定以上に広がったことから、その低下幅は予想よりも緩やかであると指摘した。別のある委員は、短観からみた企業の販売価格の見通しは、引き続き強いとの見方を示した。この間、一人の委員は、来年度の物価見通しの上方修正には、政府のガソリン・電気・ガス代の負担緩和策の効果が来春に剥落すると想定していることが影響していると述べた。
委員は、見通し期間終盤にかけて、基調的な物価上昇率が2%に向けて高まっていくとの見通しが実現するには、賃金と物価の好循環が強まっていくことが必要との見方を共有した。そのうえで、委員は、こうした見通しが実現する確度は少しずつ高まってきているが、先行きの不確実性は高く、現時点では、「物価安定の目標」の持続的・安定的な実現を十分な確度をもって見通せる状況には、なお至っていないとの認識で一致した。ある委員は、2%の持続的・安定的な実現には、コストプッシュがなくなった後も、自律的に賃金と物価の好循環が回り続けることが必要であると指摘した。一人の委員は、企業は、(1)輸入物価の転嫁、(2)賃上げ、(3)人件費の転嫁、(4)価格戦略の多様化・商品の高付加価値化、を組み合わせて賃金・価格設定に取り組んでいるが、どの要素も依然まだら模様であり、物価の基調については引き続き注意深く見極めていく必要があると述べた。この間、別のある委員は、予想物価上昇率や基調的な物価上昇率の動きも踏まえると、「物価安定の目標」の実現が視野に入ってきたと考えており、今年度下期はその見極めの重要な局面になると述べた。他方、一人の委員は、中小企業の賃上げ余力が限られるもとで、次第に家計の節約志向が強まり、物価にも影響することが懸念されると述べた。
多くの委員は、賃金と物価の好循環の強まりを見極めるうえでは、(1)来年の春季労使交渉で物価上昇を反映した賃上げが実現するかに加え、(2)賃金上昇が物価に波及していくか確認することも重要との認識を示した。賃金動向について、複数の委員は、本年の春季労使交渉でしっかりとした賃上げが実現したように、バブル崩壊以降続いた賃金は据え置くとの企業行動が変化してきているとの見方を示した。また、複数の委員は、来年の春季労使交渉について、ベア交渉の出発点となる今年度の物価上昇率見通しは、昨年の同時期を上回っているため、来年の賃上げ率は本年を上回ることが期待されると述べた。このうちの一人の委員は、足もとの物価と企業収益を前提とすると、来年、賃金が上がらなければ労働分配率が下がることになり、経済のバランスとして、相応の賃上げが行われる可能性が高いとの見解を述べた。そのうえで、この委員は、今回2024年度の物価見通しが上方修正されたことは、2025年度も相応の賃上げが続く可能性を高める方向に作用する要因であると付け加えた。一方、ある委員は、第一次石油ショック直後は大幅な賃上げが続いたが、その後賃上げ率が急減速したと指摘したうえで、持続的な賃上げには企業の稼ぐ力の向上が不可欠との認識を示した。
賃金上昇の物価への波及について、ある委員は、現時点では、賃金上昇を販売価格に反映する動きは、統計からは十分に把握できないと指摘した。別の一人の委員は、サービスで上昇が目立つのは、原材料費が上がっている外食等を除くと、宿泊費程度に限られており、企業からは人件費の転嫁は難しいという声も聞かれると述べた。他方、この委員を含む複数の委員は、中小企業を含め企業収益が高水準で推移していることを踏まえると、実際には、人件費上昇の販売価格への反映が、徐々に進んでいる可能性もあるとの見解を示した。一人の委員は、賃金動向を反映しやすく粘着的な企業向けサービス価格の伸び率が着実に高まっていることを指摘し、今後、賃金上昇に伴う物価上昇圧力が中小企業を含めて一段と高まっていくか注視していると述べた。
この間、エネルギー価格の変動の直接的な影響を受けない消費者物価(除く生鮮食品・エネルギー)の前年比について、多くの委員は、既往の輸入物価の上昇を起点とする価格転嫁の影響が徐々に減衰することから伸び率が低下したあと、見通し期間の終盤にかけては2%程度で推移するとの見方を示した。
次に、委員は、経済・物価の見通しのリスク要因(上振れ・下振れの可能性)について議論を行った。委員は、海外の経済・物価動向、資源価格の動向、企業の賃金・価格設定行動など、わが国経済・物価を巡る不確実性はきわめて高いとの認識で一致した。また、そのもとで、金融・為替市場の動向やそのわが国経済・物価への影響を、十分注視する必要があるとの見方を共有した。
そのうえで、経済の主なリスク要因として、委員は、(1)海外の経済・物価情勢と国際金融資本市場の動向、(2)資源・穀物価格を中心とした輸入物価の動向、(3)企業や家計の中長期的な成長期待の3点を挙げた。
このうち「海外の経済・物価情勢と国際金融資本市場の動向」について、何人かの委員は、米国経済のソフトランディング期待が高まっている一方で、長期金利の高止まりや資産価格調整といったリスクはむしろ強まっていると指摘した。中国経済について、ある委員は、不動産不況やディスインフレ的状況が続き、きわめて不透明感が強く、実体経済を通じた日本への影響には留意が必要であると述べた。「資源・穀物価格を中心とした輸入物価の動向」について、一人の委員は、中東などにおける地政学的リスク拡大などに伴ってエネルギー・食料価格が再上昇した場合には、実質賃金の減少が続くことによる個人消費の低迷や、海外経済減速による輸出減少などのリスクがあると指摘した。複数の委員は、輸入物価上昇の価格転嫁の影響がさらに長引けば、家計の実質所得の下押しや、その消費意欲への影響を介して、企業の価格設定行動にも影響しうるとの見解を示した。
物価のリスク要因について、委員は、上記の経済のリスク要因が顕在化した場合には、物価にも影響が及ぶほか、物価固有のリスク要因として、(1)企業の賃金・価格設定行動や、(2)今後の為替相場の変動や国際商品市況の動向、およびその輸入物価や国内価格への波及には注意が必要であるとの認識で一致した。ある委員は、来年度の物価見通しの上振れの主因がコストプッシュ要因であることを踏まえると、依然として物価と賃金の相互波及メカニズムが確かめられたわけではなく、見通しの不確実性がきわめて高い状態は変わっていないと指摘した。別の一人の委員は、米欧の経験も踏まえると、賃金上昇を伴う物価上昇は、想定以上に慣性が強くなる可能性も念頭に置く必要があると述べた。
リスクバランスについて、委員は、経済の見通しについては、2023年度と2024年度は概ね上下にバランスしているが、2025年度は下振れリスクの方が大きいとの認識を共有した。また、物価の見通しについては、2023年度は上振れリスクの方が大きいとの認識を共有した。もっとも、委員は、物価については、長期にわたる低成長やデフレの経験などから賃金・物価が上がりにくいことを前提とした慣行や考え方が社会に定着してきたことを踏まえると、賃金と物価の好循環が強まっていくか注視していくことが重要との見方で一致した。
4.金融政策運営に関する委員会の検討の概要
以上のような金融経済情勢に関する認識を踏まえ、委員は、金融政策運営に関する議論を行った。
先行きの金融政策運営の基本的な考え方について、委員は、現時点では、賃金の上昇を伴う形での「物価安定の目標」の持続的・安定的な実現を十分な確度をもって見通せる状況には、なお至っておらず、イールドカーブ・コントロールのもとで、粘り強く金融緩和を継続することで、経済活動を支え、賃金が上昇しやすい環境を整えていく必要があるとの見解で一致した。複数の委員は、賃金と物価の好循環を通じた「物価安定の目標」の実現にはまだ距離があるため、金融緩和の継続を通じて賃上げの動きを支え続けることが重要であり、イールドカーブ・コントロールの枠組みは維持すべきとの認識を示した。別の一人の委員は、イールドカーブ・コントロールの枠組みやマイナス金利は、少なくとも、「物価安定の目標」を安定的に持続するために必要な時点まで継続する方針であり、その判断には、今後の賃上げ動向をはじめ、賃金と物価の好循環を、双方向からしっかりと確認していく必要があると指摘した。この間、一人の委員は、最近の物価指標や春季労使交渉に向けた経営者の発言等を踏まえれば、「物価安定の目標」の持続的・安定的な実現の確度は、従来と比べ一段と高まっていると考えられ、最大限の金融緩和から、少しずつ調整していくことが必要との見方を示した。
長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)について、委員は、7月会合以降、イールドカーブ・コントロールが柔軟に運用されるもとで、長期金利は、金融市場調節方針と整合的に推移しているとの認識で一致した。複数の委員は、7月のイールドカーブ・コントロールの柔軟化以降、市場機能度に改善がみられているとの見方を示した。
そのうえで、多くの委員は、米国の長期金利上昇の影響等を受けて、わが国の長期金利に上昇圧力がかかっていると指摘した。複数の委員は、わが国における物価情勢も本邦長期金利を上押ししていく要因となる可能性があるとの見方を示した。ある委員は、最近の金利上昇は、昨年のような海外勢による投機的な動きによるものではなく、米国長期金利や国内の物価情勢次第では、長期金利が連続指値オペの金利水準である1%まで上昇することは十分にありうるとの認識を示した。また、一人の委員は、足もとでは物価上昇により投資家の金利目線が高まっていることから長期の資金調達に影響がみられ始めていると指摘した。この委員を含む多くの委員は、先行き、長期金利の厳格なコントロールを続けることによって、市場や企業金融に及ぼす副作用が大きくなりうるとの認識を示した。この間、何人かの委員は、予想物価上昇率が緩やかに上昇するもとで、実質金利は引き続き低位で推移しており、金融緩和効果は十分に保たれているとの見解を示した。
これらの議論を踏まえ、大方の委員は、内外の経済や金融市場を巡る不確実性がきわめて高い中、今後の情勢変化に応じて、金融市場で円滑な長期金利形成が行われるよう、イールドカーブ・コントロールの運用において、柔軟性を高めておくことが適当との見方を共有した。ある委員は、イールドカーブ・コントロールでは、元来、連続指値オペを使わず、主として量の調節で金利操作をしてきたと指摘したうえで、現在の状況を踏まえると、昨年春以降の連続指値オペによる厳格な対応をさらに柔軟化することが適切ではないかとの見解を示した。別の一人の委員は、連続指値オペにより長期金利を厳格に抑制し続ける場合、市場機能や市場のボラティリティの面で大きな副作用が発生するリスクが高くなっていると指摘した。ある委員は、昨年12月以降イールドカーブのコントロールの程度を少しずつ弱めてきているが、実質金利が非常に低く緩和効果が十分保たれていることも踏まえると、この段階での緩和効果と副作用のバランスとしては、運用を柔軟化することが適切であるとの見解を示した。また、複数の委員は、現段階でイールドカーブ・コントロールの運用をさらに柔軟化することは、投機的な動きを生じにくくすることにより、この枠組みの耐性向上にも繋がるとの認識を示した。一人の委員は、イールドカーブ・コントロールの柔軟化は、出口までの間、副作用の発現を抑制し、金融緩和を効果的に継続するため、そして、将来の出口以降は、金融緩和を維持しつつ、円滑に金融正常化を進めるうえで、大きくプラスであるとの見方を示した。この委員は、柔軟化に当たっては、金利の急激な変動を避けつつも、できるだけ市場に金利形成を委ね、流動性の確保・回復を図ることが重要と指摘した。別のある委員も、市場機能を重視した価格形成や債券市場の流動性改善を意識する必要があると述べた。この間、一人の委員は、物価上昇を上回る賃上げが実現するかはまだ不透明であり、このタイミングでイールドカーブ・コントロールを修正すると、金融引き締めと受け止められる可能性があると述べた。そのうえで、この委員は、賃金と物価の好循環を実現するチャンスを手放さないよう、当面は辛抱強く現在の金融緩和を続けることが適当と付け加えた。
以上のような委員の意見を受けて、議長は、執行部に対し、委員から指摘があったイールドカーブ・コントロールの運用のさらなる柔軟化について、どのような対応が考えられるか説明するよう指示した。
執行部は、次のとおり説明を行った。
- まず、イールドカーブ・コントロールの運用のさらなる柔軟化について、以下の取扱いとすることが考えられる。
- 短期政策金利はマイナス0.1%、10年物国債金利の操作目標はゼロ%程度と、それぞれ現状維持とする。
- 長期金利の上限は、1.0%を目途とする。
現行の「±0.5%程度」の「変動幅の目途」は廃止する。
毎営業日実施する形での連続指値オペによる厳格な金利上限の抑制は行わない。
- 金融市場調節方針と整合的なイールドカーブの形成を促すため、大規模な国債買入れを継続するとともに、各年限において、機動的に、買入れ額の増額や指値オペ、共通担保資金供給オペなどを実施する。
指値オペの利回りは、金利の実勢等を踏まえて、適宜決定する。
- また、その具体的な運用について、以下の取扱いとすることが考えられる。
- 現行の大規模な国債買入れを継続する。
- 長期金利の厳格な上限は設定しないが、長期金利への上昇圧力が高まる場合には、機動的に、国債買入れ(増額や臨時オペ)や指値オペ、共通担保資金供給オペなどによって対応する。
執行部の説明に対し、大方の委員は、イールドカーブ・コントロールの運用のさらなる柔軟化およびその具体的な運用について、執行部の示した対応案は適当であるとの見解を共有した。何人かの委員は、長期金利の上限の引き上げは、市場参加者の金利目線を引き上げてしまう可能性があるため適当ではなく、むしろ1%を上限の「目途」としたうえで、上限に近づけば機動的に買入れを増やしていく運用が適切であると述べた。そのうえで、委員は、1%の上限の目途のもとで、長期金利が1%を大幅に上回って推移することは想定されないとの認識を共有した。
委員は、今回の措置の情報発信についても議論を行った。何人かの委員は、イールドカーブ・コントロールの枠組みのもとで、粘り強く金融緩和を継続していく方針であることを強調していく必要があるとの認識を示した。このうちの一人の委員は、市場において無用の憶測を生じさせないためには、日本銀行の政策判断は、経済・物価の見通しに基づいて行っていることを対外的にしっかりと説明することが重要と指摘した。この委員は、日本銀行が市場金利の変動を追認する形で政策を決定していると受け止められ、投機的な取引を助長することは避ける必要があると付け加えた。この間、一人の委員は、「物価安定の目標」の持続的・安定的な実現が見通せるかは今後の賃金動向等の見極め次第ではあるが、今回の対応案や7月の柔軟化が、出口へ繋がりうる点を強く否定するべきではないと述べた。これに対して、ある委員は、今回の措置に、イールドカーブ・コントロールやマイナス金利の撤廃に向けた準備という意図はない点は、明確に示す必要があると述べた。別の一人の委員は、イールドカーブ・コントロールの枠組みにおいて、予想物価上昇率の上昇に応じてその運用を調整していくことは、将来のスムーズな移行に資するものであるが、それは結果論であり、昨年12月以降の対応はあくまで枠組みの中で緩和を続けるための措置であると述べた。別のある委員は、低金利が続いてきただけに、将来の出口を念頭に、「金利の存在する世界」への準備に向けた市場への情報発信を進めることが重要であると述べた。また、この委員は、出口に向けた予見可能性を示す観点から、日本銀行の政策への考え方について丁寧にコミュニケーションしていくべきであると付け加えた。
以上の議論を踏まえ、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、委員は、以下のとおりとすることが適当であるとの見解で一致した。
「短期金利:日本銀行当座預金のうち政策金利残高にマイナス0.1%のマイナス金利を適用する。
長期金利:10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう、上限を設けず必要な金額の長期国債の買入れを行う。」
また、長短金利操作の運用に関し、大方の委員は、以下のとおりとすることが適当であるとの見解で一致した。
「長期金利の上限は1.0%を目途とし、金融市場調節方針と整合的なイールドカーブの形成を促すため、大規模な国債買入れを継続するとともに、各年限において、機動的に、買入れ額の増額や固定利回り方式の国債買入れ(指値オペ)、共通担保資金供給オペレーションなどを実施する。」
これに対し、ある委員は、長短金利操作の運用をさらに柔軟化することについては賛成であるが、法人企業統計等で企業の稼ぐ力が高まったことを確認したうえで行う方が望ましいとの見解を示した。
長期国債以外の資産の買入れに関して、委員は、従来の方針を維持することが適当との意見で一致した。
先行きの金融政策運営方針について、委員は、内外の経済や金融市場を巡る不確実性がきわめて高い中、経済・物価・金融情勢に応じて機動的に対応しつつ、粘り強く金融緩和を継続していくことで、賃金の上昇を伴う形で、2%の「物価安定の目標」を持続的・安定的に実現することを目指していく、との基本方針を共有した。そのうえで、委員は、「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続する、マネタリーベースについては、消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、拡大方針を継続する、との考え方を共有した。また、委員は、引き続き企業等の資金繰りと金融市場の安定維持に努めるとともに、必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じることで一致した。
5.政府からの出席者の発言
以上の議論を踏まえ、政府からの出席者から、会議の一時中断の申し出があった。議長はこれを承諾した(11時30分中断、11時50分再開)。
財務省の出席者から、以下の趣旨の発言があった。
- 今回提案のあった内容については、適切な金融政策に取り組む観点から、適切にご判断いただきたい。
- 政府においては、総理からの指示に沿って、経済対策の策定に取り組んでおり、経済対策の決定後速やかに、令和5年度補正予算を編成するとともに、あらゆる政策手段を総動員すべく、取り組んでいる。
- 日本銀行には、政府との緊密な連携のもと、物価安定目標の持続的・安定的な実現に向けた適切な金融政策運営を期待する。
また、内閣府の出席者から、以下の趣旨の発言があった。
- 現在策定作業中である新たな経済対策は、物価高から国民生活を守る対応とともに、地方や中堅・中小企業を含めた持続的な賃上げの支援、成長力・供給力の強化に向けた国内投資の促進など、社会課題を解決しながら経済を持続的な成長軌道に乗せるものにしたい。
- 提案のあった事項は、日本銀行が物価安定目標を持続的・安定的に達成する、そのために必要な金融緩和の取り組みをより持続的に推進するためのものと受け止めている。こうした変更の趣旨について、対外的に丁寧に説明いただくことが重要である。
- 日本銀行には、引き続き、経済・物価・金融情勢を踏まえつつ、賃金の上昇を伴う形での2%の物価安定目標の持続的・安定的な実現に向けて、適切な金融政策運営を行っていただくよう期待する。
6.採決
1.金融市場調節方針
以上の議論を踏まえ、議長から、委員の意見を取りまとめるかたちで、金融市場調節方針について、以下の議案が提出され、採決に付された。
採決の結果、全員一致で決定された。
金融市場調節方針に関する議案(議長案)
次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとすること。
記
- 日本銀行当座預金のうち政策金利残高にマイナス0.1%のマイナス金利を適用する。
- 10年物国債金利がゼロ%程度で推移するよう、上限を設けず必要な金額の長期国債の買入れを行う。
採決の結果
- 賛成:植田委員、氷見野委員、内田委員、安達委員、中村委員、野口委員、中川委員、高田委員、田村委員
- 反対:なし
2.長短金利操作の運用
議長から、委員の多数意見を取りまとめるかたちで、長短金利操作の運用について、以下の議案が提出され、採決に付された。
採決の結果、賛成多数で決定された。
長短金利操作の運用に関する議案(議長案)
次回金融政策決定会合までの長短金利操作の運用を下記のとおりとすること。
記
長期金利の上限は1.0%を目途とし、金融市場調節方針と整合的なイールドカーブの形成を促すため、大規模な国債買入れを継続するとともに、各年限において、機動的に、買入れ額の増額や固定利回り方式の国債買入れ(指値オペ)、共通担保資金供給オペレーションなどを実施する。
採決の結果
- 賛成:植田委員、氷見野委員、内田委員、安達委員、野口委員、中川委員、高田委員、田村委員
- 反対:中村委員
中村委員は、長短金利操作の運用をさらに柔軟化することについては賛成であるが、法人企業統計等で企業の稼ぐ力が高まったことを確認したうえで行う方が望ましいとして反対した。
3.資産買入れ方針
議長から、委員の見解を取りまとめるかたちで、資産買入れ方針について、以下の議案が提出され、採決に付された。
採決の結果、全員一致で決定された。
資産買入れ方針に関する議案(議長案)
長期国債以外の資産の買入れについて、下記のとおりとすること。
記
- ETFおよびJ-REITについて、それぞれ年間約12兆円、年間約1,800億円に相当する残高増加ペースを上限に、必要に応じて、買入れを行う。
- CP等は、約2兆円の残高を維持する。社債等は、感染症拡大前と同程度のペースで買入れを行い、買入れ残高を感染症拡大前の水準(約3兆円)へと徐々に戻していく。ただし、社債等の買入れ残高の調整は、社債の発行環境に十分配慮して進めることとする。
採決の結果
- 賛成:植田委員、氷見野委員、内田委員、安達委員、中村委員、野口委員、中川委員、高田委員、田村委員
- 反対:なし
4.対外公表文(「当面の金融政策運営について」)
以上の議論を踏まえ、対外公表文が検討された。議長から、対外公表文(「当面の金融政策運営について」<別紙>)が提案され、採決に付された。採決の結果、全員一致で決定され、会合終了後、直ちに公表することとされた。
7.「経済・物価情勢の展望」の検討
続いて、「経済・物価情勢の展望」の「基本的見解」の文案が検討され、議長から、委員の見解を取りまとめるかたちで、議案が提出された。採決の結果、全員一致で決定され、会合終了後、直ちに公表することとされた。また、背景説明を含む全文は、11月1日に公表することとされた。
8.議事要旨の承認
議事要旨(2023年9月21、22日開催分)が全員一致で承認され、11月6日に公表することとされた。以上
別紙
2023年10月31日
日本銀行
当面の金融政策運営について
- 日本銀行は、本日の政策委員会・金融政策決定会合において、長短金利操作の運用をさらに柔軟化することを決定した。具体的には、長期金利の目標を引き続きゼロ%程度としつつ、その上限の目途を1.0%とし、大規模な国債買入れと機動的なオペ運営を中心に金利操作を行うこととする。こうした運用のもとで、日本銀行としては、粘り強く金融緩和を継続する方針である。
長短金利操作、資産買入れ方針については、以下のとおりとする。
- (1)長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)
- (2)資産買入れ方針(全員一致)
長期国債以外の資産の買入れについては、以下のとおりとする。
- [1]ETFおよびJ-REITについて、それぞれ年間約12兆円、年間約1,800億円に相当する残高増加ペースを上限に、必要に応じて、買入れを行う。
- [2]CP等は、約2兆円の残高を維持する。社債等は、感染症拡大前と同程度のペースで買入れを行い、買入れ残高を感染症拡大前の水準(約3兆円)へと徐々に戻していく。ただし、社債等の買入れ残高の調整は、社債の発行環境に十分配慮して進めることとする。
- わが国の物価情勢を展望すると、物価見通しは7月の展望レポートと比べて上振れているが、その主因は、既往の輸入物価の上昇を起点とする価格転嫁の影響が長引いていることや、このところの原油価格の上昇である。消費者物価の基調的な上昇率は、見通し期間終盤にかけて、2%の「物価安定の目標」に向けて徐々に高まっていくとみているが、その際には賃金と物価の好循環が強まっていく必要がある。日本銀行としては、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」のもとで粘り強く金融緩和を継続することで、経済活動を支え、賃金が上昇しやすい環境を整えていく方針である。引き続き、「物価安定の目標」の持続的・安定的な実現という観点から、賃金と物価の好循環など経済・物価情勢の変化を丹念に確認していく。
また、内外の経済や金融市場を巡る不確実性がきわめて高い中、今後の情勢変化に応じて、金融市場で円滑な長期金利形成が行われるよう、長短金利操作の運用において、柔軟性を高めておくことが適当である。この点、現在の状況において、原則として毎営業日1.0%の利回りで連続指値オペを実施し、長期金利の上限を厳格に抑えることは、強力な効果の反面、副作用も大きくなりうると判断し、大規模な国債買入れと機動的なオペ運営を中心に金利操作を行うこととした。
- 日本銀行は、内外の経済や金融市場を巡る不確実性がきわめて高い中、経済・物価・金融情勢に応じて機動的に対応しつつ、粘り強く金融緩和を継続していくことで、賃金の上昇を伴う形で、2%の「物価安定の目標」を持続的・安定的に実現することを目指していく。
「物価安定の目標」の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続する。マネタリーベースについては、消費者物価指数(除く生鮮食品)の前年比上昇率の実績値が安定的に2%を超えるまで、拡大方針を継続する。引き続き企業等の資金繰りと金融市場の安定維持に努めるとともに、必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じる。
以上
- (注)賛成:植田委員、氷見野委員、内田委員、安達委員、野口委員、中川委員、高田委員、田村委員。反対:中村委員。中村委員は、長短金利操作の運用をさらに柔軟化することについては賛成であるが、法人企業統計等で企業の稼ぐ力が高まったことを確認したうえで行う方が望ましいとして反対した。本文に戻る
- 指値オペの利回りは、金利の実勢等を踏まえて、適宜決定する。本文に戻る
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