政策委員会 金融政策決定会合 議事要旨 (2024年4月25、26日開催分)
2024年6月19日
日本銀行
本議事要旨は、日本銀行法第20条第1項に定める「議事の概要を記載した書類」として、2024年6月13、14日開催の政策委員会・金融政策決定会合で承認されたものである。
開催要領
- 1.開催日時:
- 2024年4月25日(14:00から16:10)
- 4月26日( 9:00から12:15)
- 2.場所:
- 日本銀行本店
- 3.出席委員:
- 議長 植田和男 (総裁)
- 氷見野良三(副総裁)(注)
- 内田眞一 ( 副総裁 )
- 安達誠司 (審議委員)
- 中村豊明 ( 審議委員 )
- 野口 旭 ( 審議委員 )
- 中川順子 ( 審議委員 )
- 高田 創 ( 審議委員 )
- 田村直樹 ( 審議委員 )
- (注)氷見野副総裁は、電話会議により出席。
- 4.政府からの出席者:
-
- 財務省 坂本 基 大臣官房総括審議官(25日)
- 赤澤亮正 財務副大臣(26日)
- 内閣府 井上裕之 内閣府審議官(25日)
- 茂呂賢吾 大臣官房審議官(経済財政運営担当)(26日9:00から10:56)
- 新藤義孝 経済財政政策担当大臣(26日10:57から12:15)
- (執行部からの報告者)
-
- 理事 清水季子
- 理事 貝塚正彰
- 理事 高口博英
- 理事 清水誠一
- 企画局長 正木一博
- 企画局審議役 飯島浩太(25日14:50から16:10)
- 企画局政策企画課長 長野哲平
- 金融機構局長 中村康治
- 金融市場局長 藤田研二
- 調査統計局長 大谷 聡
- 調査統計局経済調査課長 永幡 崇
- 国際局長 神山一成
- (事務局)
-
- 政策委員会室長 播本慶子
- 政策委員会室企画役 木下尊生
- 政策委員会室企画役補佐 安藤正広
- 企画局企画調整課長 土川 顕(25日14:50から16:10)
- 企画局企画役 丸尾優士
- 企画局企画役 北原 潤
- 企画局企画役 倉知善行
1.金融経済情勢に関する執行部からの報告の概要
1.最近の金融市場調節の運営実績
金融市場調節は、前回会合(3月18、19日)で決定された金融市場調節方針(注)に従って運営し、無担保コールレート(オーバーナイト物)は、+0.074から+0.077%のレンジで推移した。
この間、長期国債およびCP・社債等の買入れについては、2024年3月の会合で決定された資産買入れ方針に沿って、運営した。
2.金融・為替市場動向
短期金融市場では、金利は、翌日物、ターム物とも、低位で推移している。翌日物金利についてみると、マイナス金利解除を受けて、無担保コールレートは概ね0.07%台後半、GCレポレートもプラス転化し、0.1%を下回る水準で推移している。ターム物金利をみると、短国レート(3か月物)は、期間を通じてみれば、概ね横ばいとなった。
わが国の株価(TOPIX)は、米国株価の下落や中東情勢の緊迫化を受けて、幾分下落した。長期金利(10年物国債金利)は、3月末にかけて幾分低下したのち、4月入り後は米金利の上昇につれて上昇し、期間を通じてみれば、小幅に上昇した。国債市場の流動性指標をみると、現物国債のディーラー間の取引高は、振れを伴いつつも増加しているほか、長期国債先物にかかる板の厚さ、価格インパクトや値幅・出来高比率、現物国債(新発債)のビッド・アスク・スプレッドも、改善方向の動きが続いている。為替相場をみると、円の対ドル相場は、日米金利差が拡大するもとで、円安方向の動きとなった。円の対ユーロ相場も、円安方向の動きとなった。
3.海外金融経済情勢
海外経済は、回復ペースが鈍化している。米国経済は、FRBによる利上げの影響を受けつつも、個人消費を中心に底堅く推移している。欧州経済は、ECBによる利上げ等の影響が続くもとで、緩やかな減速が続いている。中国経済は、不動産市場の調整の影響などから、緩やかな減速傾向が続いているものの、個人消費など一部には持ち直しの動きがみられる。中国以外の新興国・資源国経済は、輸出に持ち直しの動きがみられており、総じてみれば緩やかに改善している。
先行きの海外経済は、回復ペースが鈍化した状態から徐々に脱し、緩やかに成長していくと考えられる。先行きの見通しを巡っては、各国中央銀行の既往の利上げの影響のほか、中国経済の動向や地政学的緊張の展開などについて、不確実性がきわめて高い。
海外の金融市場をみると、米国では、長期金利は、経済・物価指標の市場予想比上振れを受けて、FRBの利下げ織り込みが後退し、大幅に上昇した。株価は、堅調な経済指標が好感された一方、米金利の上昇や中東情勢の緊迫化、一部ハイテク関連銘柄の決算が嫌気され、小幅に下落した。欧州では、長期金利は小幅に上昇、株価は概ね横ばいとなった。この間、新興国通貨はドルが強含む中で、下落した。原油価格は、中東における地政学的緊張の高まりによる変動を伴いつつ、期間を通じてみれば、小幅に上昇した。
4.国内金融経済情勢
(1)実体経済
わが国の景気は、一部に弱めの動きもみられるが、緩やかに回復している。先行きについては、海外経済が緩やかに成長していくもとで、緩和的な金融環境などを背景に、所得から支出への前向きの循環メカニズムが徐々に強まることから、潜在成長率を上回る成長を続けると考えられる。
輸出は、海外経済の回復ペース鈍化の影響を受けつつも、横ばい圏内の動きとなっている。先行きは、海外経済が緩やかに成長していくにつれて、グローバルなIT関連財の持ち直しなどから、増加基調に復していくと見込まれる。
鉱工業生産は、基調としては横ばい圏内の動きとなっているが、足もとでは、一部自動車メーカーの生産・出荷停止の影響もあって減少している。先行きの鉱工業生産は、グローバルなIT関連財の持ち直しなどから、増加基調に復していくと見込まれる。
企業収益は、改善している。業況感は良好な水準を維持している。こうしたもとで、設備投資は、緩やかな増加傾向にある。先行きの設備投資は、企業収益が改善傾向をたどるもとで、緩和的な金融環境などを背景に、増加傾向を続けると予想される。
個人消費は、物価上昇の影響に加え、一部メーカーの出荷停止による自動車販売の減少などがみられるものの、底堅く推移している。消費活動指数(実質・旅行収支調整済)をみると、1から2月は、暖冬の影響に加え、一部メーカーの出荷停止の影響から、小幅に減少した。もっとも、こうした一時的な下押し要因を除いてみれば、物価上昇の影響を受けるもとでも、サービス消費を中心に底堅く推移している。企業からの聞き取り調査や高頻度データに基づくと、3月の個人消費は、天候要因もあって、春物衣料や外出関連の支出に弱さがみられたとの声が多い。もっとも、4月入り後は、持ち直しの動きも指摘されている。物価上昇を受けた消費者の強い節約志向を指摘する声は引き続き聞かれるものの、個人消費は底堅く推移しているとみられる。消費者マインドは、このところ改善が続いている。先行きの個人消費は、当面、物価上昇の影響を受けつつも、名目雇用者所得の改善が続くもとで、政府による経済対策の効果もあって、緩やかに増加していくと予想される。その後も、雇用者所得の改善が続くもとで、緩やかな増加を続けると予想される。
雇用・所得環境は、緩やかに改善している。就業者数をみると、正規雇用は、人手不足感の強い情報通信等を中心に、振れを伴いながらも緩やかな増加傾向にある。非正規雇用も、振れを伴いながらも緩やかな増加傾向にある。一人当たり名目賃金は、経済活動の回復や昨年の春季労使交渉の結果を反映して、緩やかに増加している。本年の春季労使交渉について、これまで明らかになった経営側からの回答をみると、定昇を含む賃上げ率は5%超、ベースアップ率は3%台半ばと、昨年を大きく上回っている。ヒアリング情報等を踏まえると、中小企業についても、ばらつきは大きいものの、人手不足感が強まるもとで、大企業で大幅な賃上げが行われることも受けて、前年を上回る賃上げを行う動きが広がっていくとみられる。先行きの雇用者所得は、名目賃金の伸び率上昇を反映して、はっきりとした増加を続けると考えられる。実質ベースでも、エネルギー価格の影響を受けつつも、徐々にプラスに転化していくと見込まれる。
物価面について、商品市況は、総じてみれば上昇している。国内企業物価の3か月前比は、昨年末以降の原油価格上昇の影響などから、足もとでは小幅のプラスとなっている。消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、既往の輸入物価上昇を起点とする価格転嫁の影響は減衰してきているものの、賃金上昇等を受けたサービス価格の緩やかな上昇が続くもとで、足もとは2%台半ばとなっている。予想物価上昇率は、緩やかに上昇している。先行きの消費者物価(除く生鮮食品)についてみると、既往の輸入物価上昇を起点とする価格転嫁の影響が減衰する一方、来年度にかけては、このところのエネルギー価格の上昇や政府による経済対策の反動が前年比を押し上げる方向に作用すると考えられることから、今年度に2%台後半となったあと、その後は概ね2%程度で推移すると予想される。この間、消費者物価の基調的な上昇率は、マクロ的な需給ギャップの改善に加え、賃金と物価の好循環が引き続き強まり中長期的な予想物価上昇率が上昇していくことから、徐々に高まっていくと予想され、見通し期間後半には「物価安定の目標」と概ね整合的な水準で推移すると考えられる。
(2)金融環境
わが国の金融環境は、緩和した状態にある。
企業の資金調達コストは、足もとでは上昇しているが、なお低水準で推移している。資金需要面をみると、経済活動の回復や企業買収の動きなどを背景に、緩やかに増加している。資金供給面では、企業からみた金融機関の貸出態度は、緩和した状態にある。CP・社債市場では、良好な発行環境となっている。こうした中、銀行貸出残高の前年比は、3%台半ばとなっている。CP・社債計の発行残高の前年比は、1%台後半となっている。企業の資金繰りは、良好である。企業倒産は、増加している。
この間、マネタリーベースの前年比は、1%台半ばとなっている。マネーストックの前年比は、2%台半ばとなっている。
(3)金融システム
わが国の金融システムは、全体として安定性を維持している。
大手行の収益は、貸出金利息や手数料収入の増加などを背景に、堅調に推移している。この間、信用コストは、総じてみれば低水準となっている。自己資本比率は、引き続き規制水準を十分に上回っている。
地域銀行の収益は、貸出残高の増勢が続くもとで、堅調に推移している。この間、信用コストは、低水準となっている。自己資本比率は、引き続き規制水準を十分に上回っている。
金融循環面では、金融システムレポートで示しているヒートマップを構成する全14指標のうち13指標が、過熱でも停滞でもない状態となっている。金融ギャップは、経済活動の回復に伴い、民間債務と経済活動水準とのリバランスが進んでいることから、プラス幅が縮小している。これまでのところ、株価が上昇し、不動産市場の一部に割高感が窺われるものの、全体としては金融活動に過熱感はみられない。ただし、金融活動が実体経済活動から大きく乖離することがないか、引き続き注視する必要がある。
2.「被災地金融機関を支援するための資金供給オペレーション基本要領」の一部改正
1.執行部からの説明
被災地金融機関を支援するための資金供給オペに関して、その対象災害のひとつである平成28年熊本地震については、オペの利用状況や公的支援の継続状況に鑑み、被災地金融機関の復旧・復興に向けた取り組みを支援するとの所期の目的を達成したと判断される。このため、「被災地金融機関を支援するための資金供給オペレーション基本要領」の一部改正を行い、平成28年熊本地震を対象災害から解除することが適当と考えられる。
2.委員会の検討・採決
採決の結果、上記案件について全員一致で決定された。本件については、会合終了後、対外公表することとされた。
3.金融経済情勢と展望レポートに関する委員会の検討の概要
1.経済・物価情勢の現状
国際金融資本市場について、委員は、世界経済の先行きを巡る不確実性が引き続き意識される中、FRBの金融引き締め局面長期化への警戒感が改めて高まっているとの認識で一致した。何人かの委員は、その影響は、このところの為替市場の動きにも表れていると指摘した。
海外経済について、委員は、回復ペースが鈍化しているとの認識を共有した。
米国経済について、委員は、FRBによる利上げの影響を受けつつも、個人消費を中心に底堅く推移しているとの認識で一致した。そのうえで、何人かの委員は、米国の経済指標は、個人消費を中心に想定以上に底堅いと指摘した。このうちの一人の委員は、米国を中心に海外経済全体として、見通しが上方修正される動きがみられていると指摘したうえで、予想を超える米国景気の底堅さには、企業・家計のバランスシートが健全であることも寄与しているとの見解を示した。複数の委員は、景気の底堅さから物価上昇率が高止まりしており、このことがFRBの金融引き締め長期化観測につながっていると付け加えた。一人の委員は、米国で金融引き締めの影響が顕在化していないのは、移民の大量流入という供給要因が寄与した面があり、今後の労働市場の動きに注目する必要があるとの見方を示した。
欧州経済について、委員は、ECBによる利上げ等の影響が続くもとで、緩やかな減速が続いているとの認識を共有した。
中国経済について、委員は、不動産市場の調整の影響などから、緩やかな減速傾向が続いているものの、個人消費など一部には持ち直しの動きがみられるとの見方を共有した。何人かの委員は、政策対応の強化もあって景気の減速傾向には歯止めがかかっているものの、依然として、安定した成長経路に復していくかについては不透明感が強いと指摘した。このうちの一人の委員は、少子高齢化などを背景とした内需不足と供給過剰という構造的な問題は改善しておらず、不動産市場の調整も続いていると述べた。別の一人の委員は、デフレに入りかけている可能性もあるとの見解を示した。
中国以外の新興国・資源国経済について、委員は、輸出に持ち直しの動きがみられており、総じてみれば緩やかに改善しているとの認識を共有した。
わが国の金融環境について、委員は、緩和した状態にあるとの認識で一致した。また、委員は、企業の資金調達コストは足もとでは上昇しているが、なお低水準で推移しているとの見方を共有した。
以上のような海外の金融経済情勢とわが国の金融環境を踏まえて、わが国の経済・物価情勢に関する議論が行われた。
わが国の景気について、委員は、一部に弱めの動きもみられるが、緩やかに回復しているとの認識を共有した。
輸出について、委員は、海外経済の回復ペース鈍化の影響を受けつつも、横ばい圏内の動きとなっているとの認識で一致した。
鉱工業生産について、委員は、基調としては横ばい圏内の動きとなっているが、足もとでは、一部自動車メーカーの生産・出荷停止の影響もあって減少しているとの見方を共有した。
設備投資について、委員は、企業収益が改善し、業況感が良好な水準を維持するもとで、緩やかな増加傾向にあるとの認識で一致した。一人の委員は、供給制約等を受けた設備投資先送りによって企業が商機を逸し、生産性を改善できないことで賃上げ原資の確保が未達となるおそれがあるため、設備投資の動向に注目していると述べた。
個人消費について、委員は、物価上昇の影響に加え、一部メーカーの出荷停止による自動車販売の減少などがみられるものの、底堅く推移しているとの認識で一致した。ある委員は、こうした一時的な要因もあって足もとの指標は弱いが、日用品の節約志向と趣味・嗜好品や非日常的なイベント・サービスへの消費のメリハリがみられる中、全体として底堅さが窺われると付け加えた。複数の委員は、家計のマインド指標は改善傾向をたどっていると述べた。
雇用・所得環境について、委員は、緩やかに改善しているとの見方を共有した。
物価面について、委員は、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比は、既往の輸入物価上昇を起点とする価格転嫁の影響は減衰してきているものの、賃金上昇等を受けたサービス価格の緩やかな上昇が続くもとで、足もとは2%台半ばとなっているとの認識で一致した。複数の委員は、輸入物価の動きを受けて企業物価が再び上昇率を幾分高めており、その動きは徐々に中間財から最終財に波及しつつあると指摘した。一人の委員は、消費者物価をみるとサービスの価格が高めの伸びを続けているほか、企業向けサービス価格指数をみても、人件費の価格転嫁によるとみられる伸び率の加速が窺われると述べた。
この間、予想物価上昇率について、委員は、緩やかに上昇しているとの見方で一致した。一人の委員は、企業・家計・エコノミストいずれの予想物価上昇率も緩やかな上昇傾向にあるほか、物価連動国債から算出されるBEIも1.5%を超えていると指摘した。
2.経済・物価情勢の展望
2024年4月の「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)の作成にあたり、委員は、経済情勢の先行きの中心的な見通しについて議論を行った。委員は、わが国経済について、海外経済が緩やかに成長していくもとで、緩和的な金融環境などを背景に、所得から支出への前向きの循環メカニズムが徐々に強まることから、潜在成長率を上回る成長を続ける、との認識を共有した。
わが国の輸出について、委員は、海外経済が緩やかに成長していくにつれて、グローバルなIT関連財の持ち直しなどから、増加基調に復していくとの見方で一致した。また、サービス輸出であるインバウンド需要は、増加を続けるとの見方を共有した。
鉱工業生産について、委員は、グローバルなIT関連財の持ち直しなどから、増加基調に復していくとの見方を共有した。
設備投資について、委員は、企業収益が改善傾向をたどるもとで、緩和的な金融環境が下支えとなる中、人手不足対応やデジタル関連の投資、成長分野・脱炭素化関連の研究開発投資、サプライチェーンの強靱化に向けた投資を含め、増加傾向を続けるとの見方で一致した。ある委員は、内閣府の調査では企業の期待成長率は徐々に上昇しており、短観の設備投資計画も高水準となっていると指摘した。また、この委員は、株価や地価の上昇により、企業の実質自己資本が拡大していることや担保価値が改善していることも、設備投資の拡大につながることが期待されると述べた。一人の委員は、わが国の労働供給の制約が緩和されるとは考えにくく、企業は、人材確保のための持続的な賃上げを可能とするため、労働生産性向上を企図した設備投資を積極化していくことが見込まれると述べた。別の一人の委員は、生産や研究開発などコア業務分野においても、同業競合他社と協働する動きが広がっており、こうした取り組みが人手不足、物価高、金利上昇等に対応することを通じて、わが国企業の新たな変革期となることを期待しているとの見解を示した。
個人消費について、委員は、当面、物価上昇の影響を受けつつも、賃金上昇率の高まりやマインドの改善などを背景に、政府による経済対策の効果もあって、緩やかに増加していくとの見方で一致した。また、その後についても、雇用者所得の改善が続くもとで、個人消費は緩やかな増加を続けるとの見方を共有した。多くの委員は、このところの個人消費の弱さには、減衰しているとはいえ、物価上昇による実質所得の押し下げが影響していると指摘した。そのうえで、何人かの委員は、今後、春季労使交渉の結果が賃金に反映されていくにつれて、所得税・住民税減税の効果もあって、家計の所得は改善し、個人消費は緩やかに増加していくとの見方を示した。この点に関連し、ある委員は、原油価格上昇や円安の進展等を背景に、輸入価格が再び上昇に転じる中、本年夏場以降に賃金上昇の影響が表れるまでは、個人消費は足踏みが続く可能性が高いと付け加えた。この間、一人の委員は、家計の貯蓄率がゼロ%近傍まで落ち込んでいることや、高齢化が進むもとで賃上げの恩恵を受ける勤労者世帯が減っていることを踏まえると、賃上げが実現しても、可処分所得がさほど伸びず、個人消費が持続的に増加していかないことが懸念されると述べた。
雇用者所得について、委員は、雇用は増加を続けるが、これまで女性や高齢者の労働参加が相応に進んできた中で、追加的な労働供給が見込みにくくなってくるため、その増加ペースは徐々に緩やかになっていくとの見方を共有した。もっとも、このことは、景気回復の過程で、労働需給の引き締まりを強める方向に作用し、そのもとで、賃金上昇率は、物価上昇も反映する形で基調的に高まっていくとみられることから、雇用者所得は増加を続けるとの見方を共有した。複数の委員は、支店長会議での報告等を踏まえると、人手不足感が強まるもとで、中小企業でも、前年を上回る賃上げに踏み切る動きが広がっていく可能性が高いと述べた。また、何人かの委員は、春季労使交渉における中小企業のベースアップの集計結果が、発表回を重ねるごとに上方修正されている点を指摘した。そのうえで、これらの委員は、大企業の賃上げ率が高水準となるもとで、これがいわゆる世間相場となり、中小企業の賃金決定に影響してきているとの見方を示した。この点に関連し、ある委員は、世間相場が意識されていることは、物価の上昇分を賃金に上乗せする目安ができたという点で画期的な変化であり、賃金や物価が上がりにくいことを前提とした考え方や慣行の転換に向けて、定着していくことを期待すると述べた。一方、一人の委員は、収益力や給与水準の二極化が進むもと、中小企業では人材係留目的の賃上げが多くなっており、大企業のように構造改革の成果として賃金を引き上げる動きはまだ弱いとの認識を示した。そのうえで、この委員は、持続的な賃金上昇の実現には、価格転嫁等で収益体質を向上した中堅・中小企業が設備投資や事業構造強化により着実に成長力を高め、また新市場を創出するスタートアップがユニコーンへ成長するといった企業のダイナミズムが必要であるとの見解を示した。
こうした議論を経て、委員は、中心的な成長率の見通しは、1月の展望レポート時点と比べると、(1)2023年度は一部自動車メーカーの生産・出荷停止の影響もあって、個人消費を中心に下振れ、(2)2024年度も前年度後半の下振れが大きかった影響もあって幾分下振れているが、(3)2025年度は概ね不変であり、先行きの景気展開に対する基本的な見方に変化はないとの認識を共有した。
続いて、委員は、物価情勢の先行きの中心的な見通しについて議論を行った。委員は、消費者物価(除く生鮮食品)の前年比について、今年度に2%台後半となったあと、2025年度および2026年度は、概ね2%程度で推移するとの見方で一致した。また、既往の輸入物価上昇を起点とする価格転嫁の影響が減衰する一方、2025年度にかけては、このところの原油価格上昇の影響や政府による経済対策の反動が前年比を押し上げる方向に作用するとの認識を共有した。ある委員は、海外における高めの物価上昇の継続による輸入物価上昇に加え、国内のタイトな労働需給、企業の価格設定行動の変化が継続することなどから、先行きも、消費者物価の前年比は、概ね2%の水準を維持すると述べた。
この間、消費者物価の基調的な上昇率について、委員は、マクロ的な需給ギャップの改善に加え、賃金と物価の好循環が引き続き強まり中長期的な予想物価上昇率が上昇していくことから、徐々に高まっていくと予想され、見通し期間後半には「物価安定の目標」と概ね整合的な水準で推移するとの見方を共有した。複数の委員は、基調的な物価上昇率が高まり、2%の「物価安定の目標」が実現していく確度は、引き続き高まっていると指摘した。このうちの一人の委員は、物価上昇が継続するとの認識が社会で広く共有されてきていると述べた。別の一人の委員は、3月短観や企業のヒアリング情報は企業の賃金・価格設定行動の積極化傾向が続いていることを示しており、政府による強力なサポートもあり、人件費上昇の価格転嫁も進みつつあるとの見解を示した。
委員は、こうした中心的な物価の見通しを、1月の展望レポート時点と比べると、2024年度は、このところの原油価格上昇の影響などから上振れているが、2025年度は概ね不変であるとの認識を共有した。
次に、委員は、経済・物価の見通しのリスク要因(上振れ・下振れの可能性)について議論を行った。委員は、海外の経済・物価動向、資源価格の動向、企業の賃金・価格設定行動など、わが国経済・物価を巡る不確実性は引き続き高いとの認識で一致した。また、そのもとで、金融・為替市場の動向やそのわが国経済・物価への影響を、十分注視する必要があるとの見方を共有した。
そのうえで、経済の主なリスク要因として、委員は、(1)海外の経済・物価情勢と国際金融資本市場の動向、(2)資源・穀物価格を中心とした輸入物価の動向、(3)わが国を巡る様々な環境変化が企業や家計の中長期的な成長期待や潜在成長率に与える影響、の3点を挙げた。この間、ある委員は、需給ギャップはゼロ近傍である一方、短観の設備と雇用人員の不足感の加重平均DIは歴史的にみても不足超幅が大きくなっていると指摘した。そのうえで、需給ギャップを過小推計したり、潜在成長率を過大推計したりしていることがないか確認していくことが、成長が安定的に続くか判断するうえで重要であると述べた。
物価のリスク要因について、委員は、上記の経済のリスク要因が顕在化した場合には、物価にも影響が及ぶほか、物価固有のリスク要因として、(1)企業の賃金・価格設定行動や、(2)今後の為替相場の変動や国際商品市況の動向、およびその輸入物価や国内価格への波及には注意が必要であるとの認識で一致した。企業の賃金・価格設定行動について、何人かの委員は、従来見込んでいた以上に積極化する可能性があるとの見解を示した。複数の委員は、企業収益は高水準にあり、企業が賃上げによるコスト上昇を吸収する余地はあるが、来年度の賃上げも見越して、想定以上に値上げを進める可能性もあると述べた。このうちの一人の委員は、実際に企業間取引を中心に人件費を理由とした値上げが増加してきており、その広がりを確認していく必要があると付け加えた。別の一人の委員は、物価上昇が続くもとで、企業経営者の予想物価上昇率が適合的にしっかりと高まっていくとすれば、物価の上振れリスクとなり得ると述べた。
委員は、このところの為替円安等が物価に及ぼすリスクについても議論した。ある委員は、円安と原油価格上昇は、コストプッシュ要因の減衰という前提を弱めていると指摘した。そのうえで、この委員は、企業の賃金・価格設定行動の変化も踏まえると、円安・原油高が物価、さらには賃金に波及するタイムラグが短くなっている可能性があると述べた。この点に関連し、一人の委員は、企業の行動変化を受けて円安のパススルーの度合いは高まっているとみられ、その物価や賃金への影響が一時的なものにとどまらない可能性もあると指摘した。別の一人の委員は、円安と原油価格上昇は、輸入物価を通じて企業物価へ波及しつつあり、賃上げに伴うサービス価格の高まりに加えて、現在伸び率が低下している財価格が底打ちして反転する可能性にも注意を払う必要があるとの見方を示した。さらに別の一人の委員は、円安は、短期的にはコストプッシュ型の物価上昇を招くことで経済を下押しするが、インバウンド需要の増加や製造業における生産拠点の国内回帰などを通じ、中長期的には生産や所得への拡張効果もあるため、基調的な物価上昇率の上振れにつながり得ると指摘した。一人の委員は、輸入物価上昇や予想物価上昇率の上昇に伴う物価上昇率上振れのリスクもあるため、今後、2022年以降に続く第2ラウンドの価格転嫁が生じることがないか、予断なく見極める必要があるとの見解を示した。これらの議論を踏まえ、委員は、最近の円安の動きが、基調的な物価上昇率にどのような影響を及ぼすのか、注視していく必要があるとの認識を共有した。
リスクバランスについて、委員は、経済の見通しについては、2024年度以降、概ね上下にバランスしているとの見方を共有した。また、物価の見通しについては、2024年度は上振れリスクの方が大きいが、その後は概ね上下にバランスしているとの見方で一致した。
4.金融政策運営に関する委員会の検討の概要
以上のような金融経済情勢に関する認識を踏まえ、委員は、金融政策運営に関する議論を行った。
次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針について、委員は、「無担保コールレート(オーバーナイト物)を、0から0.1%程度で推移するよう促す」という方針を維持することが適当であるとの見解で一致した。また、長期国債およびCP等・社債等の買入れについて、委員は、2024年3月の金融政策決定会合において決定された方針に沿って実施することが適当であるとの認識を共有した。
何人かの委員は、前回会合で決定した金融政策の枠組みの見直しは、市場に混乱なく受け入れられているとの見方を示した。このうちの一人の委員は、最近の消費者物価等をみても、前回会合時点で金融政策の枠組みの見直しの条件が既に満たされていたことを裏付ける内容となっていると指摘した。別の一人の委員は、昨年後半以降の日本銀行の情報発信によって先行きの金融政策運営に関する予見可能性が高まり、市場の安定に寄与したとの見解を示した。
委員は、先行きの金融政策運営について議論を行った。まず、委員は、先行きの金融政策運営は、今後の経済・物価・金融情勢次第であるとの見解で一致した。具体的には、何人かの委員は、2%の「物価安定の目標」を持続的・安定的に実現するという観点からは、基調的な物価上昇率の動向が重要であるとの認識を示した。別の一人の委員は、夏場にかけて前向きな企業行動が設備投資等から確認できるか、賃上げを受けて個人消費が改善していくかがポイントとなると指摘した。一人の委員は、賃金・物価スパイラルの想定以上の進展、円安の進行、積極的な財政政策、人手不足を主因とする供給力不足、資源価格の上昇など、様々な物価の上振れリスクがあるとの見解を示した。また、何人かの委員は、金融政策は為替相場を直接コントロールの対象としていないが、為替は経済・物価に影響を及ぼす重要な要因の一つであり、経済・物価見通しやそれを巡るリスクが変化すれば、金融政策上の対応が必要になると指摘した。このうちの一人の委員は、国際金融のトリレンマなどを踏まえると金融政策を為替の安定に割り当てるべきではないが、為替の変動が、企業の中長期の予想インフレ率や企業行動に影響を及ぼす場合には、物価に影響を及ぼすリスクが高まるので、金融政策での対応が必要となると述べた。
そのうえで、委員は、(1)先行き、見通しに沿って基調的な物価上昇率が高まっていけば、金融緩和度合いを調整していくことになるほか、(2)経済・物価見通しやそれを巡るリスクが変化すれば、金利を動かす理由となるとの認識を共有した。この点に関連し、多くの委員は、基調的な物価上昇率の高まりに応じて緩和度合いは調整していくことになるが、経済・物価の見通しを踏まえると、当面、緩和的な金融環境は継続することになると指摘した。ある委員は、政策金利の引き上げについて、そのタイミングや幅に関する議論を深めることが必要であるとの認識を示した。一人の委員は、緩和度合いの調整ペースは経済・物価見通しの確度に応じて変化するが、先行きの急激な政策変更を避けるために、確度が十分に高くなる前から、経済・物価・金融情勢に応じて、緩やかな利上げにより緩和度合いを調整することも考えられると述べた。別の一人の委員は、経済にストレスを与えないように緩和度合いを調整するには、今後、見通しの確度の高まりに合わせて、適時適切に、政策金利を引き上げていくことが必要であると指摘した。ある委員は、現在の経済・物価見通しが実現するのであれば、約2年後に「物価安定の目標」が持続的・安定的に実現し、需給ギャップもプラスとなるので、金利のパスは、市場で織り込まれているよりも高いものになる可能性があるとの見解を示した。一人の委員は、基調的な物価上昇率が2%を下回る現状では、緩和的な金融環境を今後も相応に長く維持する必要があると考えているが、円安を背景に基調的な物価上昇率の上振れが続く場合には、正常化のペースが速まる可能性は十分にあると指摘した。この間、ある委員は、家計の購買力はまだ弱く、当面は緩和的な金融環境の継続が妥当との見方を示した。
以上の議論を踏まえ、委員は、こうした日本銀行の金融政策運営の考え方について、「展望レポート」でしっかりと示していく必要があるとの見解で一致した。これを受けて、議長は、執行部に対して、先行きの金融政策運営について、どのような記述が考えられるか、案を示すよう指示した。執行部からは、(1)金融政策運営については、先行きの経済・物価・金融情勢次第であり、この点を巡る内外の経済・金融面の不確実性は引き続き高い、(2)「展望レポート」の経済・物価の見通しが実現し、基調的な物価上昇率が上昇していくとすれば、金融緩和度合いを調整していくことになるが、当面、緩和的な金融環境が継続すると考えている、(3)日本銀行は、2%の「物価安定の目標」のもとで、その持続的・安定的な実現という観点から、経済・物価・金融情勢に応じて適切に金融政策を運営していく、と記述することが考えられると報告した。
執行部の説明に対し、委員は、執行部の示した案は適当であるとの見解を共有した。ある委員は、対外的に説明していく際には、基調的な物価上昇率は、単一の指標等で捉えられるものではなく、あくまで概念であることを強調する必要があると指摘した。
委員は、資産買入れの先行きや保有する資産の取扱いについて議論した。長期国債の買入れについて、何人かの委員は、どこかで削減の方向性を示すのが良いとの認識を示したうえで、現在は、政策枠組み見直し後の市場の状況をみているところであると述べた。ある委員は、国債保有量・準備預金残高の適正化という観点から、日本銀行のバランスシートの圧縮を進めていく必要があると指摘した。そのうえで、この委員は、段階的にイールドカーブ・コントロールを柔軟化したことが円滑な出口につながったことも踏まえれば、国債買入れの減額も、市場動向や国債需給をみながら、機を捉えて進めていくことが大切であるとの見解を示した。別の一人の委員は、国債の需給バランスを踏まえると、先行き、市場機能回復を志向し買入れを減額することが考えられるとしたうえで、市場の予見可能性を高める観点から、減額の方向性を示していくことが重要と述べた。この間、何人かの委員は、現在の買入れ方針のもとでも、国債需給等に応じた日々の調整は、金融市場局において、丁寧に行うことになるとの見解を示した。
保有するETFおよびJ-REITの取扱いについて、委員は、時間をかけて検討していく必要があるとの認識を共有した。そのうえで、一人の委員は、市場動向を踏まえると、その取扱いについて具体的な議論ができる環境になりつつあるとの見解を示した。別の一人の委員は、保有ETFの取扱いを検討するにあたっては、その処分方法が株式市場の機能に与える影響や市場に及ぼすインパクトの大きさ等を考慮する必要があると指摘した。そのうえで、この委員は、簡単な解決策はないが、仮に長い時間がかかっても方向としては残高をゼロにしていくべきであるとの認識を示した。
5.政府からの出席者の発言
内閣府の出席者から、以下の趣旨の発言があった。
- 日本経済はこのところ足踏みもみられるが、緩やかに回復している。先行きも緩やかな回復が続くと見込むが、世界経済の不確実性や円安による家計購買力への影響には注意が必要である。
- 賃上げ支援に加え、定額減税により消費を下支えするとともに、潜在成長率の引き上げに取り組む。
- 日本銀行には、政府と緊密に連携し、十分な意思疎通を図りながら、2%の物価安定目標の持続的・安定的な実現に向け、適切な金融政策運営を行うことを期待する。
また、財務省の出席者から、以下の趣旨の発言があった。
- 設備投資は過去最大規模となり、賃金引き上げの流れも大企業以外にも広がっていることがうかがえる一方、人件費を価格転嫁できていない中堅・中小企業も多く、消費は力強さを欠いている。
- 政府としては、いまだ道半ばであるデフレ脱却に向けて、あらゆる政策を総動員し、賃上げを強く後押ししていく。
- 日本銀行には、政府との密接な連携のもと、2%の物価安定目標の持続的・安定的な実現に向けた適切な金融政策運営を期待する。
6.採決
1.金融市場調節方針
以上の議論を踏まえ、議長から、委員の意見を取りまとめるかたちで、金融市場調節方針について、以下の議案が提出され、採決に付された。
採決の結果、全員一致で決定された。
金融市場調節方針に関する議案(議長案)
次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を下記のとおりとすること。
記
無担保コールレート(オーバーナイト物)を、0から0.1%程度で推移するよう促す。
採決の結果
- 賛成:植田委員、氷見野委員、内田委員、安達委員、中村委員、野口委員、中川委員、高田委員、田村委員
- 反対:なし
2.対外公表文(「当面の金融政策運営について」)
議長から、対外公表文(「当面の金融政策運営について」<別紙>)が提案され、採決に付された。採決の結果、全員一致で決定され、会合終了後、直ちに公表することとされた。
7.「経済・物価情勢の展望」の検討
続いて、「経済・物価情勢の展望」の「基本的見解」の文案が検討され、議長から、委員の見解を取りまとめるかたちで、議案が提出された。採決の結果、全員一致で決定され、会合終了後、直ちに公表することとされた。また、背景説明を含む全文は、4月30日に公表することとされた。
8.議事要旨の承認
議事要旨(2024年3月18、19日開催分)が全員一致で承認され、5月2日に公表することとされた。
以上
- (注)「無担保コールレート(オーバーナイト物)を、0~から0.1%程度で推移するよう促す。」本文に戻る
別紙
2024年4月26日
日本銀行
当面の金融政策運営について
日本銀行は、本日、政策委員会・金融政策決定会合において、次回金融政策決定会合までの金融市場調節方針を、以下のとおりとすることを決定した(全員一致)。
無担保コールレート(オーバーナイト物)を、0から0.1%程度で推移するよう促す。
なお、長期国債およびCP等・社債等の買入れについては、2024年3月の金融政策決定会合において決定された方針に沿って実施する。
以上